第1話「前人未踏の、100回目」【イラスト/1話中盤】
「……よ~し、はじめるか!」
照原拓斗、25歳。会社員。いつも通りに仕事を終えて帰宅した彼は、いつも以上にそわそわしながらゲーム機のスイッチを入れた。
今夜、うまくいけば“歴史”が変わる――自分が変える。
その瞬間を想像するだけで、コントローラーを握る手にも熱がこもってくる。
ゲーム『Brave Rebirth』、略してブレリバ。
拓斗がどっぷりハマり、この3年間やり込んでいるアクションRPGだ。
舞台は、剣と魔法のファンタジー世界【リバース】。
神託を受けた【勇者】が召喚され、【魔王】を討つべく旅に出る……。
導入だけなら、あまりにも王道なRPG。
だが多くのプレイヤーが熱く遊び続ける“理由”があった。
――異常なまでの「自由度の高さ」。
メインストーリーは存在するが、放置したって問題ない。
移動手段さえ確保できれば、ゲーム序盤から世界中のどこへも行ける。
戦う必要すらない。
溜息が出るほどグラフィックが美しいから、歩くだけでも楽しめる。
街へ定住して好きな店を開いたっていい。
仲間にできるキャラは確認されただけで数千人以上。
アクション要素が強く、どんな武器でもLV1から操作次第で使いこなせる。
中でも、猛者たちを興奮させたのは、2つのシステムだった。
――ひとつは『創造システム』。
文字を組み合わせて詠唱呪文を決め、『魔術』の術式を自在に構築できる。
素材や工程をカスタマイズし、『武器』『防具』等を好きな仕様で生産できる。
たった1文字違うだけで魔術の効果が変わることがあるし、同じ素材を使っても数値が少々ずれるだけで別アイテムが生まれることも。
――もうひとつは『転生システム』。
魔王を倒してクリアすると、いわゆる“強くてニューゲーム”に移行する。
このとき勇者の所持品とステータス以外は、(例外もあるが)リセットされる。
転生すれば、超レアアイテムを何個だって入手可能。
周回しないと仲間にできないキャラや、解放できない会話イベントも数多い。
ブレリバをやり込むなら、周回&転生が欠かせないというわけだ。
そして、拓斗も周回にハマるプレイヤーの1人だった。
ある周回では高速クリアを目指したし、ひたすら仲間キャラの数を増やした周回や、闘技場での連続勝利を重ねまくった周回だってある。
日々の発見をSNSに書き込んだり、攻略サイトの新レシピを試したり……。
そんなことを3年間くり返しているだけなのに、飽きるどころか「時間がいくらあっても足りない!」とすら感じていた。
そして今日は、拓斗にとって特別な日。
「おっしゃ~! 前人未踏の100周目達成っ!!」
そう……ちょうど100回目の魔王討伐。
掲示板で見る限り、クリア回数3桁へ到達したプレイヤーは他にいないはず。
このゲームの歴史を塗り替える、大きな一歩というわけだ。
『Brave Rebirth』の発売は、当時大学4年だった拓斗の就職先が決まった直後。
長く苦しかった就活も卒論も終わり、暇になった時だった。息抜きがてら購入し、自分そっくりな黒目黒髪の「タクト」というキャラを作ってプレイし始めた。
……あれから3年。
仕事以外ほぼ全ての時間を、寝る間も惜しんでこのゲームに費やしてきた。
画面に流れるのは、少し見飽きたエンディング。
「100周クリアしたら、ちょっとは演出変わるかもって思ったんだけどな……」
どんなに寄り道をしても。
どんなにアイテムを集めても。
どんな魔王の倒し方をしても。
魔王討伐後のエンディングだけは変わらない。
恐ろしいほどに、隠し要素だらけのゲーム。
なのに1種類しかエンディングが確認されていないのは「最大の謎」とも言われている。
そんなことを考えながら、のんびり画面を観ていると。
エンドロールが終わった直後。
突如、サーッというノイズとともに、見慣れない文字が現れた。
――100回目の魔王討伐、誠におめでとうございます
「おっ、まじで!!!」
拓斗の胸が高鳴り始める。
――100回も魔王を倒すほど、世界を愛してくださる貴方なら
――きっと……この……
さらに流れる文字。
前人未踏の100周目。
何が起こっても不思議じゃない。
食い入るように、拓斗は画面を見つめていた。
――……助けて……勇者様!!
その文字を見た瞬間。
拓斗の目の前が、真っ白になった。
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夢を見た。
空気が透き通るような、静かな夜。
月明かりにうっすら照らされる、1人の綺麗な女の子。
さざ波のようにきらめく、青みを帯びた細い銀髪。
寂しげに潤んだ瞳でこちらを見つめ立ち尽くしている。
震える長い睫毛の間から、すぅーっとこぼれる涙。
彼女の唇がゆっくり小さく動き、何かを伝えようとする。
「………………」
だが、よく聞き取ることができない。
それはまるで。
見えない何かに……遮られるかのように。
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気がつくと拓斗は、広い部屋にいた。
見渡す限りに真っ白だ。
見覚えのある光景。
やたら高い天井。
壮大な石柱が立ち並び、重厚な純白の布が垂れている。
大理石の床は磨かれていて、埃ひとつすら落ちていない。
「ここは……原初の神殿の……礼拝の間、だよな……?」
ゲーム『Brave Rebirth』スタート時、『勇者』が目覚める地点である。
「おぉ! 気が付いたようじゃのう」
声の方向へと振り向くと、これまた見知った顔の老人。
「ワシが誰か分かるかの?」
「もちろんです。いつもお世話になっております、神様」
神様――別名『リバースの管理者』。
ゲームでも最初に出会うキャラである。
その姿はパッケージの中央にも大きく描かれている。
いわば『Brave Rebirthの顔』とでも言うべき象徴的な存在だ。
「……もっと驚いてくれてもいいんじゃよ?」
「さすがにもう見慣れましたから」
ふさふさと長い白髪と顎ひげ。
白布をたっぷり使った荘厳な衣装。
その表情は穏やかで、それでいて威厳があふれている。
まるで画面の中から飛び出したみたいにリアルだな、と拓斗は思った。
100周もプレイしてきた拓斗にとって、101回目の神との出会い。
こんなにも厳かで印象に残るビジュアルを、まさか見間違えるはずもない。
「いや驚かんかいッ!!」
「……へ?」
「ワシは神じゃ! 正真正銘本物じゃぞ! お主のような人間が会うことなんぞめったに叶わんスンゴォ~イ存在なんじゃぞ!? 普通もっと驚くじゃろがいッ!!」
「そんなこと言われても――」
「神に向かって『そんな』とはなんじゃぁーーッ!!!」
「す、すみません……」
――やっぱり、見間違いだったかもしれない。
そう拓斗に思わせるほど、記憶と実物の誤差は激しかった。
さっきまでの威厳はどこへやら。
癇癪を起こした幼児のように地団太を踏みまくる神。
どうしたものかと、ただただ拓斗が困り果てていると。
「なんじゃ! 可愛げがないのう」
「可愛げって……俺もう25歳なんですけど」
「んなもんワシからすればヒヨッコじゃい! なんたってワシは神じゃからな!」
ふぉっふぉっと特徴的な声で神が笑った。
「……さぁて、お主は今の状況をどう考えておる?」
一瞬考えた拓斗が答える。
「ゲーム……Brave Rebirthの中に、入り込んだ?」
「うむ。半分アタリで……半分ハズレといったとこかの。まぁそう考えるように仕組んだのは、他でもないワシなんじゃがな」
のんびり顎ひげを撫でながら、神は説明を始める。
「ここは現実じゃ、“げぇむ”とやらではないんじゃよ。ただしお主らが住んでおる地球とは異なる世界……リバース、と言えば分かるかの? 今お主は、魂だけがリバースに呼ばれておる状態なんじゃ」
「えっと…………異世界召喚、ですか」
「ふぉっふぉっふぉっ、そんな感じじゃ。つくづくお主は驚かんのう」
「地球には、異世界物の作品がたくさんあるので……」
――夢かもしれない。
――だけど、何となく夢じゃない気がする。
不思議な確信を抱きつつ、拓斗は会話を続けた。
「……神様、色々と伺ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんじゃよ」
神は、言える範囲にはなってしまうがの、との言葉を添える。
「ではお言葉に甘えて。この世界がリバースで、ゲームじゃなく現実ってどういうことですか?」
「この『現実世界のリバース』はワシが管理しておる世界なんじゃ。ここを元にして、そっくりな架空世界を作り出しての……んで地球の神と取引し、地球の“げぇむ”と架空世界とをリンクさせたんじゃ。それが『Brave Rebirth』というわけじゃよ」
「神様が作ったゲーム……道理でクオリティが高いわけですね。あんなに自由に遊べるなんて、他のタイトルじゃ考えられないですから」
ワシの力を目一杯使ったんだから当然じゃ! と神が胸を張った。
「というか神様、そもそもなんでゲームを作ったんですか?」
「この世界には現在、とてもとても深刻な危機が訪れておっての。それを救ってくれる勇者を探すためじゃ。よろしく頼むぞよ、勇者として選ばれた若者よ!」
「いや、まだ引き受けてないですから!」
「嫌なのかの?」
「嫌ってわけじゃないですけど……その…………」
勇者という響き自体には憧れる。
だが、もう少し様子をみたいと拓斗は思う。
確かに彼は過去に何度も何度も世界を危機から救ってきた。
それだけは、紛れもない事実である。
だがそれはあくまで、ゲームの話。
現実の拓斗は、いたって普通の会社員。
何をしても平均点で、容姿だって中の中。
ゲームみたいな命がけの死闘を、実体験する機会なんてあるわけない。
――そんな自分が勇者になるなんて、絶対無理!!
常識的には、即答一択。
だが目の前にいるのは、紛れもない神様だ。
――神様ともなれば、することなすこと全てに意味があるはず。
――俺を勇者に選んだのも、考えあってのことなのか……?
拓斗が黙って、あれこれ考えを巡らせていると。
「で、どうなんじゃ?」
痺れを切らしたらしい神が促してきた。
考えがまとまりきっていない拓斗は、言葉を選びつつ無難に答える。
「えっとですね……できればもう少し状況を把握してから、お引き受けするかどうか考えたいと思うんですが」
「ま、それもそうじゃのう。じゃがお主には他に選択肢が無いんじゃぞ?」
「え?」
「……お主は今、魂のみがリバースに来ておる状況じゃ。それは理解しとるな?」
「はい、先程ご説明いただきましたので」
「ならば地球に残されたままになっておる魂の抜け殻、つまりお主の肉体は、現在どうなっておるかの?」
「急に言われても見当もつかないんですが……」
「 抜 け 殻 じゃぞ?」
ニヤニヤ笑いだす神。
「……まさか」
瞬間。
血の気が引く。
「俺、死んだんですか!?!?」
「フォ~~ッフォッフォッフォッフォ! やっと驚いてくれたのうッ!!」
膝から崩れ落ちる拓斗。
膝を叩いて爆笑する神。
最高の笑顔で喜びまくったところで、神はやっと満足したらしい。
ふぅと一息ついてから、いまだ絶望の淵に沈む拓斗へと陽気に声をかける。
「安心せい! まだまだ死んではおらんぞい」
「……は?」
「じゃから、まだ、死んではおらんぞよ」
「ちょ、紛らわしい言い方しないでくださいよ!」
「しかしのう……このまま放置してしまうと、お主の世界ではいずれ『死んだ』という扱いにされるやもしれん。なんたって、只の動かぬ抜け殻じゃからのう……」
嘘だろ、と拓斗がつぶやく。
神は全く動じず言葉を続ける。
「ま、リバースさえ救ってくれれば、召喚されたその瞬間、その場所まで魂を戻してやるわい。さすれば元通りの生活を送れるはずじゃ」
「もし俺が……勇者をやらない、って言ったら?」
「……地球に戻ることもできず、その存在すら誰かに気づいてもらうこともできず、消え去ることもできず、1人孤独にリバースを彷徨い続けることになるのう……魂だけが、永遠にのう……ふひひひ、可~哀そうにのぉぅ~……」
意味深に薄ら笑いを浮かべる神に、拓斗は底知れぬ恐怖を感じた。
「……ただの日本の会社員でしかない俺に、世界を救うなんて大それたこと……本当にできるんでしょうか」
「大丈夫じゃ! お主を勇者にと選んだ『選定者』も太鼓判を押しとったぞ!」
「あれ? 神様が選んだんじゃないんですか?」
「まぁ色々あっての……選定は、信頼できるもんに任せたんじゃ……」
ほんの少しだけ遠い目をした神だが、すぐに表情を戻して話を続ける。
「……それにお主はこれまでの3年間、勇者として戦い続けてきたんじゃろ? それだけの経験を積んでおるなら、心配せんでもよいはずなんじゃが……そうそう、特に魔術やアイテム作りのレシピは、現実世界より架空世界のほうがずいぶん研究が進んでおるようじゃったな」
「え! あのレシピ、そのまま使えるんですか?」
「無論、使えるぞよ。まぁさすがに全部のレシピは覚えとらんじゃろうから、そちらの世界の……えぇと……“げぇむ攻略さいと”、じゃったか? あれを覗けるようにしといてやるでの」
「神様も攻略サイトに頼るんですね」
「当然じゃ。世界の命運がかかっとるんじゃから、使えるもんは使ってやるわい」
ブレリバの『攻略サイト』はファン有志が運営している。
未知の組み合わせを試したり、既存レシピの精度を上げたりに情熱を燃やす『研究者』と呼ばれるスタイルのプレイヤーも少なくない。
驚くことに発売から3年経った今も、新たなレシピが編み出され続けている。
なおこのゲームには、開発元の意向とやらで公式サイトもSNSも存在しない。
ファン有志の攻略研究情報だけが、貴重な情報源なのである。
「んで、他に気になることはあるかのう?」
「ええっと……」
ゲームスタート時の流れと合わせて考えれば。
今この時が、神と会える最初で最後のチャンスなのだろう。
聞けることは聞いておかないと。
異世界召喚物のゲームやアニメの数々を必死に思い出しつつ、拓斗は質問を絞り出していく。
「俺は今、魂だけがこの世界に来たってことでしたけど、これから活動するにあたっての身体はどうなりますか?」
「こちらの世界の勇者としての肉体を使ってもらうぞ。ほら、お主が“げぇむ”でずっと操っておった人物がおったじゃろ? あれと同じような肉体を、器として新しく用意してあるぞよ」
「勇者としての強さは?」
「LV1からスタートじゃ」
「ってことは1周目と一緒か……ゲームではLV999まで育てたんですが、ステータスとかアイテムとかは持ち越せないんですか?」
「あれは架空世界じゃからのう。じゃが神殿から多少支援があるはずじゃよ」
「そういえばゲームでも、装備やお金の支給がありましたね」
「言葉はどうなってますか? ゲームだと世界共通で使える言語のラグロスと、それと別に各国や各種族だけに伝わる言語が大量にあるって設定でしたけど」
「現実のリバースでも同じじゃな」
「なるほど。言葉も通じない外国に飛ばされるわけだから……最低限共通言語だけでも、旅で関わるキャラによっては特有の個別言語にも対応できるよう準備しないとまずいのか……」
「お主なかなか心配性じゃのう。ならばほれ! 『言語自動翻訳アイテム』を持たせてやるわい」
ひと通り質問し終えたところで、拓斗はふと気付く。
だがこれは、神を相手に発言してもよいのだろうか?
内容が内容なだけに気が引けるが……聞かないことにはモヤモヤが収まらない。
少し悩むも、思い切ってストレートにたずねてみることにした。
「あの……もし勇者として命をかけて頑張ったとしても、『元の世界の元の時間に戻してもらえる』ってだけで、俺には全くメリットが無い気がするんですが……」
「そう言うと思っての、ちゃ~んと褒美を用意してあるんじゃよ!」
「褒美、ですか?」
得意げにニヤッと笑う神。
「そうじゃ! リバースを救った暁にはのう、この世界に存在するアイテムの中から好きなものを何でも1つ、地球に持って帰るがよい!」
「何でも?」
「何でもじゃ!! ワシが保証しちゃるわい!」
リバースには様々なアイテムが存在する。
地球には存在しない未知の物質。
回復・飛翔などの効果を持つ魔導具。
うまく使えば、とんでもない事ができるかもしれない。
美術的価値が高いものを持ち帰り、売り払って大金を得るのもよいだろう。
「……あっ、『自由転移扉』もありだな!」
例の『青い未来ロボットの道具』再現を目指す研究者たちが、何ヶ月もかけてレシピを編み出した最新アイテム。
瞬時に好きな場所へ移動できる、いわゆる『どこ〇もドア』だ。
これまでの『移動』という概念を根底から覆したことで、拓斗はじめ多くのプレイヤーにとって必需品と化していた。
もし『自由転移扉』を地球へ持って帰れたとしたら。
あんな場面やこんな場面で、好き勝手に使いまくれるとしたら――
……脳内で妄想を繰り広げるうち、拓斗の身震いは止まらなくなってきた。
「どうじゃどうじゃ? こりゃ~もう、勇者を引き受けるしかないじゃろ?」
「そ、そうですね……」
「では改めてよろしく頼むぞよ、勇者として選ばれし若者よ!!」
「はい……謹んで、お受けいたします」
ふぉっふぉっふぉっと笑いを響かせる神様。
やたら耳に残るその声を最後に、拓斗の意識は再びぷつっと途絶えた。




