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(エドワード様が、来てくださった?)


 リリアは迷った。

 食堂でのことがあって以来、エドワードと話していない。

 謝る気にはなれなかったし、向こうも同じように謝罪も接触もしてこなかった。


 それでもリリアはエドワードが好きなのだ。

 お見舞いに来てくれた事は、ただ素直に嬉しいと思った。


(お、お見舞いに来てくれた婚約者、それも公爵家の子息を追い返すのはいいことではないし、うんうん。そうよね)


「いいわ。お通しして」

「かしこまりました」



 メイがエドワードを迎えに扉に向かう間、リリアは慌てて手ぐしで髪を整え、カーディガンを羽織った。

 

 



 寝室に入って来た彼は学園の制服姿だった。

 どうやら授業の帰りに、寮へ帰らずそのまま寄ってくれたらしい。


「リリア、休んでいるところすまない。失礼する」

「エドワード様。ごきげんよう」


 エドワードは、ベッドのわきに立つと手に持っていたものを手渡してくれた。


「熱が出たと聞いた。リリアが体調を崩すのはめずらしいな」


 リリアが両手で受け取ったのは、赤い薔薇を中心に小さな白い花がちりばめられた華やかであり可愛らしくもある花束だ。

 思わずぱっと表情が輝いた。


「まぁ、素敵」

「見舞いだ。後でフルーツのゼリーが届くように手配もしている」

「有り難うございます」


 しばらく花を眺めたあと、メイに花瓶に飾ってくれるように頼みつつ渡した。

 その後、ベッドサイドの椅子を進めて、今日の学校の様子をいくつか話す。

 ―――あの食堂でのことは、どちらも触れなかった。



「では、私は失礼いたしますね。お茶のお代わりが必要でしたらベルでおよびくださいませ」

 

 ベッドのサイドテーブルの上にお茶を淹れたカップを置いたメイが、礼をして下がろうとした。

 しかしエドワードが彼女を振り返って首を振る。


「いや、控えていてくれ。未婚の令嬢と二人きりなんて失礼だからな」

「……? はい、畏まりました」


 ……エドワードがリリアを訪ねて来るとき、周りが気を使って二人きりになる時間を作ってくれることが多かった。

 それが当然のものとして十年以上行われてきたのだ。

 でも今回のエドワードは、それを拒んだ。


(どなたに気を使っているのかしら)


 頭の端に桃色の愛らしい女性を思い浮かべながら、リリアは笑顔を作る。


「来てくださって有り難うございます」

「……義務だからな」

「っ、そう……ですか……」


 婚約者という立場上の、義務だから来てくれた。


(嘘をついて、心配だったからとでも言ってくれても良かったのに。そんなにはっきりと…)

   

 それでも、一杯のお茶分だけの短い時間だけでも、彼が自分を見てくれて、自分を労わってくれることがリリアは嬉しくて仕方がなかった。今の自分はとても惨めだと、心底思った。




* * * *



 エドワードが帰ったあと、リリアの熱がどっと上がった。


 汗で額に張り付いた黒髪を、メイの優しい指がそっと払ってくれる。


「焦らず直していけばいいのです。ゆっくりなさってくださいませ」

「……ありがとう、メイ」

「お夕飯は食べられそうですか?」

「……ごめんなさい」

「謝らないでくださいな。でははちみつレモンはいかがでしょう、すっきりされると思いますが」

「それなら、飲めるかも」

「かしこまりました。すぐにご用意してまいりますね」


 そう言って、メイがはちみつレモンを用意しに部屋を出た後。


 しばらくして、ベッドに横になっているリリアの視界の隅に影が現れた。


(誰……?)


 リリアがうっすらと開いた目をそちらにやったのに気づいたのか、枕元に誰かが小さく口を開いた。


「リリア様」

「ゼ、ン……?」


 リリアの護衛騎士だ。

 ぼんやりと見上げると、彼が固い顔でリリアを見下ろしていた。


(ゼンって、こんな顔だったかしら。普段は私の後ろに控えているし、そもそも気にも留めていなかったわ)


 華やかではないが、均整のとれた精悍な顔立ちだと思った。

 騎士というには爽やかさも漢っぽさも少し足りないような気もする。

 でももっと優しく笑えれば、きっとモテるのに、なんてぼんやりと思いつつ、首をかしげる。


「どうして、貴方がここにいるの?」


 ゼンに許しているのは居室への出入りまでだ。

 寝室まで入る許可なんて出した覚えがない。

 リリアが寝室にいるときは、いつもは扉の向こう側で立っているはずなのだ。


 どうして今この、枕元に立っているのだろう。

 護衛として行き過ぎた距離に、不思議に思いつつリリアは眉を寄せた。

 何か文句を言おうと口を開きかけたけれど、しかし声を発する前に相手が話し始める。


「リリア様」

「……何よ」

「あの方を消しますか」

「え?」


 熱でぼやけていた思考が、とたんにはっきりとした。

 

「人知れず消す方法なんていくらでもあります」

「なに、を…」


 ゼンの提案は、リリアにとってとても素敵なものだった。

 

(誰にも知られず、彼女を消すことが出来る? シンシア様さえいなくなれば、元通りになる? しょっちゅうお手紙をくださって、週に一度はお茶会をして、月に一度はデートだってしてくださっていたあの頃に、戻れる?)


 紳士的で優しい、リリアだけを見てくれていた婚約者の鏡のようなエドワードに戻る、かもしれない。


「障害となる者から主を守るのが、護衛騎士である私の役割です」


 だから、シンシアを消してくれるというのか。

 なんて出来た護衛騎士だろう。

 リリアは小さく息を吐きながら、身体を起こした。

 シーツを捲りあげて、ベッドに腰かける形で身体ごとゼンの方へ向いて見上げる。


「ゼン……あなたが私の護衛になって、何年かしら」

「学園へ入学された十二の頃からなので、五年目になりますね」

「そう」


 五年経っても、リリアはゼンのことをほとんどしらない。

 ずっと一緒にいるのにプライべートなお喋りをするような親しい間柄にはなれなかった。

 なのにこんな、余りに大それた秘密を共有しようというのか。

 何だか可笑しくて、リリアは鼻から吹きだしてしまった。

 でも、すぐに真顔に戻る。


「―――やめて」


 そうきっぱりと、リリアは断った。


「っ、ですが」

「駄目よ。許さないわ。あの子のことは、嫌い。でもだめよ、そんなの……ダメ。いけないわ」


 話ながらも徐々にうつむいていき、リリアは手の甲で目元を覆いながら首を降る。

 ただの護衛に泣き顔まで見せるわけにはいかなかった。

 でも、声が震えてしまっているから丸わかりかもしれない。

 

 シンシアがいなくなってくれるのは嬉しい。

 でも、それはしてはいけないことだ。


「用はそれだけ? 今度そんなことを言ったら承知しないわよ。――――出て行きなさい」

「申し訳ありませんでした」


 ゼンが立ち去って一人きりになった室内で、リリアは小さく独り言を落とす。


「ばっかみたい。出来るわけないわ」


(あの子がいなくなれば、もちろん嬉しいわよ。でも、どう考えてもそれはいけないことなの)


 でも――だったら、他に彼を取り戻す方法はあるのだろうか。

 リリアの好きな人を振り向かせる方法は。

 考えたけれどやっぱりわからなくて、ふいにやっぱり暗殺してもらっちゃおうかなんて思ってもしまった。

 そんなしてはいけない考えを必死に振り払おうと頭を痛ませて、結局余計に熱を上げてしまうことになるのだった。


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