第79話 ご飯が食べたい
前回のあらすじ
事情聴取を受ける
美味しい匂いのする宿を見つける
早く飯が食べたい
夕ご飯の時間になり示し合わせたかのように俺たちと姫姉たちは同じタイミングで部屋を出た。実際は美味しそうな匂いと外で鳴り響く夕刻の鐘の音で部屋を出たのがどうやら姫姉と俺は同じ考えだったらしい。
俺と姫姉は言葉など不要とばかりに目と目で語り一階の食堂にやって来た。
「いらっしゃいませ、こちらのお席にどうぞ。本日は定番のオーク肉の野菜炒めか、フォレストバッファローのステーキになります。どちらも野菜のスープとパンが付きます。追加料金を頂ければこちらのメニューからも注文いただけます」
俺たちは看板娘の少女に案内されてテーブル席に座り、どちらにするか悩んだ末に全員フォレストバッファローのステーキと果実水を頼んだ。
「わかりました、ステーキと果実水すぐにお持ちしますね」
少女はそう言うと良く通る声で厨房にオーダーを伝えて他の客のところに掛けて行った。
それから十分もしないうちに看板娘の少女とその母であろう女性が四人分のステーキとパン、そしてポトフのようなスープと果実水を運んできた。
「お待たせしました、フォレストバッファローのステーキとパンと野菜たっぷりのスープと果実水になります。ステーキのプレートは熱いのでお気を付けください。ご注文は以上で宜しかったでしょうか?」
俺たちは少女に大丈夫だと伝えると少女と女性はごゆっくりと言い残してそれぞれ他の客のところに向かっていった。
「それじゃあ「「いただきます」」」
俺と姫姉と田中さんは手を合わせ声を揃えてそう言い、暗殺者の少女も遅れて手を合わせた。
俺はまずプレートに脂を滴らせてジュウジュウと小気味の良い音を立てているステーキに目掛けてフォークを突き立てナイフを入れた。ステーキは程よい弾力でナイフを押し返そうとするが抵抗空しく切断され、その内側に広がるルビーのような紅い身を滴り落ちる脂と共に姿を見せた。
俺はその紅い身を熱く熱されたプレートに軽く押し付け程よくピンク色になった肉を口の中へ放り込んだ。塩胡椒とわずかに感じるハーブの香りそしてフォレストバッファローの肉汁それらが溶け合い素晴らしいハーモニーを奏でてフォレストバッファローの肉に合う最高のタレとなっている。端的に言えば美味い、それに尽きる。
「美味過ぎる。やはり異世界の飯もまた最高だ。だからこそ惜しい、ここに米が無い事が悔やまれる」
俺は無意識にそう溢した。すると誰かが俺の肩を叩いて来た。俺は誰だと思い振り返ると一人のおっさんが立っていた。
「ようにいちゃん、あんた米が食いてぇのか?」
おっさんはにやけた顔で俺に米が食いたいかと訊ねてきた。
「おっさん、まさか米があるのか?」
俺はおっさんの言葉に返事をしていた。
「ああ、あるぜ。ここの食堂では裏メニューでホッカホカで白く輝く白米がな。店員に50シア渡してこう言いな、『ごはん大盛で』ってな」
おっさんはそれだけ言うと元居たのであろう席に座ってジョッキに入った酒をあおり始めた。
俺はおっさんの言い残した言葉に従い看板娘の少女を呼び止めた。
「注文良いかな」
「はい、何にしますか?」
「ごはん大盛で頼めるかな」
俺が50シアを渡しながらそう言うと看板娘の少女は目の色を変えた。
「お客さん初めてですよね、どこでそれを知ったんですか?」
少女から放たれたものとは思えないほどのプレッシャーを感じ俺は素直に情報元をゲロった。
「あそこにいるおっさんに聞いた」
「なるほど、分かりました。少々お待ちください」
すると少女はおっさんのところへ駆け寄り、持っていたお盆で思いっきり引っ叩き怒鳴った。
「お父さん! サボってないで厨房で働きなさーい!」
引っ叩かれたおっさんは少女に連れられすごすごと厨房に戻って行った。
それからすぐに看板娘の少女がご飯をお盆に載せて戻って来た。ホカホカの炊き立てご飯。無限収納にある作り置きのある程度冷ましてから握ったおにぎりとは輝きが違う。
「お待たせしました白ご飯です。ごゆっくり堪能下さい」
俺はすかさずステーキを切り分けアツアツの白ご飯の上にワンバウンドさせてから口の中に入れてすぐさまご飯を掻き込んだ。
「美味い、これこそ日本の味!」
俺は無我夢中でステーキを切り分けご飯と一緒に食べていた。そんな時横に座る姫姉から熱い視線を感じ取った。
「どうしたんだ姫姉?」
「どうしたもこうしたもないわよ! ソレどうすれば食べれるの!」
どうやら姫姉も白米欠乏症だったらしい。俺が手に持つご飯に羨望の眼差しを向けていた。
「良いだろう、これは選ばれし者にのみ与えられるんだ」
「そんなわけないでしょ、さっさとどうやって注文するのか教えなさい!」
俺がご飯を見せつけていると姫姉は脛を蹴ってそう言った。
「ッ痛、痛いって。教える、教えるから。店員に50シア渡して『ごはん大盛で』って伝えると出して貰えるっておっさんに言われたんだよ」
「そう、そうなんだなら私も注文しなくちゃ」
姫姉はそう言うと看板娘の少女に50シアを渡し注文をしていた。ついでに田中さんもポケットから50シアを出して注文していた。彼もまた白米欠乏症の一人だったのだ。
それから俺たちは白ご飯に舌鼓を打ち、食事を満足に終えて部屋に戻った。
余談だが暗殺者の少女も姫姉からご飯を一口貰い小さな声ではあるが美味しいと溢していた。