第65話 マトモな偉い人はお忍びがお好き
前回のあらすじ
久しぶりのお休み
勲章を見せても玩具扱い
面倒事担当のアリシアさんが来る
「何で君はこうも問題を起こすんだ……。はぁ、それで君たちを助けたご老人は?」
アリシアさんは疲れ切ったため息を俺の目の前で吐き出した後、俺を助けてくれた老人が誰か尋ねて来た。
「それは私だな」
アリシアさんの問いに俺が答える前に当の本人の老人が名乗り出た。
アリシアさんは老人を一目見た後いきなり跪いた。
「申し訳ありません、ウィンダム様!」
そして緊張した面持ちで老人を様付けで呼んだ。
アリシアさんが老人をそう呼んだ事で周りにいた客や店の人間、俺と姫姉を除いた全員が跪いた。ちなみに暗殺者ちゃんも跪いていた。
「爺さん一体何者だよ……」
いまいち状況が飲み込めない俺は困惑しながら心の声を零した。
「おい馬鹿ッ、さっさとお前たちも跪かんか!」
俺と姫姉だけが立っているとアリシアさんが俺たちに跪くように命令して来た。
だがそれに老人が待ったをかけた。
「いやいや、そこまでしなくてもいいぞ。皆も立ってくれ。私はもうそのような立場の人間ではないからな」
老人に言われて跪いていた人達は恐る恐る立ち上がり、気をつけ姿勢で固まった。
「はぁ、皆楽にしてくれ」
老人は気をつけで固まっている人達を見てため息を吐きながらそれをやめさせた。
「全く、私はもう爵位を息子に継承させたと言うのに。それはそれとしてお主私が誰かと聞いたな」
老人はブツブツと何かを呟いた後、俺の方を向いて俺が漏らした言葉について聞いて来た。
「はい、無知なもので。私はあなた様のことを存じ上げません。宜しければお教え願えますか?」
俺は出来るだけ丁寧な言葉遣いを心がけて老人の問い掛けに答えた。
そんな俺の言葉遣いにアリシアさんは驚いた表情を見せて、姫姉は笑いを堪えていた。
「私はウィンダム・ラグウェスト、ここら一帯の辺境を取りまとめているラグウェスト辺境伯の先代だ。まぁ今はただの爺さんだし呼び捨てでもさん付けでも適当に呼んでくれ、新たなドラゴンスレイヤー君」
先代辺境伯と名乗った老人は俺の事をドラゴンスレイヤーと呼び握手を求めて来た。
「アハハ、Dランク冒険者のユーマ・ナギタキです。こちらこそ宜しくお願いします、ウィンダムさん」
俺は自己紹介をした後、出された手に握り返して握手に応じた。
俺とウィンダムさんが固い握手を交わした後、アリシアさんがウィンダムさんに近付き話しかけた。
「ウィンダム様、少し宜しいでしょうか?」
「何かなアリシア?」
「本日は護衛も付けずお一人でどうなさったのかと思いまして」
アリシアさんはウィンダムさんが一人で出歩いていることに疑問を持ったらしい。
確かに元とは言え辺境伯だった人が護衛も付けずに出歩くのはいろいろ問題がありそうだが。
「何、久しぶりに此処の飯が食べたくなってな。だが息子は行かせてくれんし、書き置きを残して抜け出して来たと言ったところか」
ウィンダムさんは飄々とした様子で物凄く重要な事を言った。
「またですか。分かりました、ヴィルム様には私から報告させて頂きます。あと騎士団から何名か護衛を付けますので、くれぐれも勝手な行動は慎んで下さい」
アリシアさんはそう言ったあと俺たちに背を向けて他の衛兵たちに命令を出した。
そのタイミングで俺の後ろから誰かが話しかけて来た。
「面倒だから私は此処で失礼するよ。君たちもアリシアから逃げるなら早くした方が良いよ」
話しかけて来たのはウィンダムさんで、ウィンダムさんは俺たちに自分は逃げると告げ俺が振り向いた時にはもう何処にもその姿は無かった。
気配もいつの間にかすごく遠くに移動していた。
「あれ、ウィンダム様は? まさか逃げられた! あぁ、どうしよう。……そうだユーマ、ウィンダム様は何処に行ったか知らないか」
衛兵たちに命令を出したあと俺たちの方に向き直ったアリシアさんはついさっきまでいたはずのウィンダムさんがいなくなっている事に気付き、俺に何処に行ったか聞いてきた。
「あーえーと、ウィンダムさんなら面倒だからとか言って逃げましたよ。それじゃ俺たちもこの辺で失礼します」
俺は苦笑いを浮かべてアリシアさんにウィンダムさんの事を伝え、俺たちもこの場を後にしようとした。
「待て、こうなったらお前たちは逃がさんぞ。これから事情聴取だ」
アリシアさんは俺たちを逃がさないように俺と姫姉の腕を掴んだ。
「あのー出来ればお腹空いてるので昼食後にして貰えないでしょうか?」
「それなら此処で食べましょう。さぁ料理が出来るまでゆっくり事情を聞かせて貰いましょうか。支配人もそれで良いですよね」
「はいっ大丈夫です!」
アリシアさんは支配人をも脅して俺たちの逃げ道を潰してきた。
それから料理が出来るまでじっくりと話を聞かれた。
料理が運ばれて来て食事が始まってもアリシアさんに見られながらだったのであまり料理の味がしなかった。
食事が終わった後もたっぷりと話を聞かれ、解放されたのは夕刻だった。
俺たちは疲れ切った状態で宿屋に戻った。
「遅かったね、ドラゴンスレイヤー君」
やっとの思いで宿屋に帰り着くとウィンダムさんが待ち構えていた。
続いてます。