獄中満喫物語~僕と看守さんと時々G~
「ちょっと、それはなんですか?」
僕がスマホをいじっていると、看守さんはいぶかしんで尋ねてきました。
「これは、スマホと言って、おおよそのことがこれでできます」
「え!? それはつ、まり、呪術のための道具ってことですか?」
「まあ、そうなりますね」
「はあ、それじゃあ、はい」
看守さんはそう言って手を差し出してきます。
ですがその意図がよくわかりません。握手でもしたいんでしょうか。
「はい」
看守さんの手に、自分の手を重ねてみます。
すると、看守さんの表情が一変しました。
笑顔を浮かべているのです。ですが、目は全然笑ってません。
「そうじゃありません! 没収すると言っているんです。ほら、早く!」
これは困りました。ただのスマホなら渡してもかまいません。ですが、この神様からいただいたスマホは放っておいたら、手元に戻ってきてしまうのです。そのたびにこんなことを繰り返すのはとても煩わしい。本意ではありませんが、仕方がありません。苦肉の策というやつです。
「看守さんって、実は――」
わざと声を響かせるように言ってみます。よく小学校の頃に、気の強い女子が嫌がらせに使っていた方法ですね。
「ああああああ! わかりました! 好きにしてください」
「そうさせていただきます」
ああ、私の良心が痛みます。ですがこれは仕方がないのです、と自分に言い聞かせます。
「まったく……うわぁっ!」
あきらめたと思ったら、看守さんは次は奇声を上げました。
「どうかしたんですか?」
「ええっと、その、あれがですね……」
看守さんが指さす方向を見るとGがいました。どうやら、Gは異世界でも生き抜くようです。
「ああ、ゴキブリですか。それじゃあ」
こんな時はアマゾソです。ゴキジェットを注文します。すると、次の瞬間目の前にゴキジェットが現れました。相変わらず、このスマホの性能はチートじみています。
「これどうぞ。ゴキブリはこれで簡単に倒せますよ」
僕はそう言って、看守さんにスプレー缶を渡します。
僕自身得意ではないので、一安心と思った瞬間信じられない光景を目撃しました。
「いやあぁぁぁぁぁ!」
なんと、看守さんがスプレー缶でゴキブリを滅多打ちにしているのです。ゴキジェット(物理)です。
「らあぁぁぁぁ!」
余程のうらみがあるのでしょうか、看守さんは何度もスプレー缶でゴキブリをたたきつけます。止まる様子はありません。看守さんの気が済むまで待ちましょう。
「はあ、はあ、はあ」
やっと、止まったころには看守さんは肩で息をしていました。とても頑張ったようですが、真実を言わなければなりません。
「看守さん」
「はい? なんですか。どうですか見事倒しましたよ」
看守さんは、ホッとして、笑顔を浮かべています。
看守さんに真実を告げるのが、残酷に思えてしまいます。ああ、良心が痛みます(棒)。
「あのですね、看守さん。実はそれ、そういう使い方じゃないんですよ」
僕はそう言って、看守さんからスプレー缶を受け取ります。
「こう使うんです」
スプレー缶から、殺虫剤を噴霧させます。
「……え!? それじゃあ、さっきの私って……」
「そうです、ただのお間抜けさんです。肉弾戦好みのアマゾネスです」
看守さんは、一日中顔を真っ赤にしていました。当然口もきいてくれませんでした。何か話しかけようとすると、親の仇を見るようににらんでくるのでした。
◇ ◇ ◇
「ひゃあ!」
翌日、看守さんが再び奇声を上げました。
次は、ハエが二、三匹現れたようです。
「これをどうぞ」
僕は、アマゾソでハエたたきを注文して看守さんに渡します。
昨日のことから察するに、看守さんは少し脳筋要素があるようなので実際にたたく、ハエたたきが良いと思ったのです。
「ありがとうございます」
ですが、看守さんは期待を裏切りませんでした。
「あれ? おかしいな。何も出ませんよ?」
看守さんは、脳筋云々ではなくあほの子のようです。
「看守さん、それはハエたたきと言って実際にたたくものなんです」
「え!?」
ハエたたきを小脇に抱え、構えていた看守さんはそれはもう素っ頓狂な声を上げて驚きました。
ちなみに、その日も一日口をきいてくれませんでした。