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魔法の花  作者: 千曲千明
1/2

上.助言の狼

2012年1月頃に書いていた童話風小説の2作目です。

未完のまま放置してしまっていたのを加筆して完結させました。


 一.


 ある年の春、お城に一輪の花が咲きました。

 釣鐘型の花弁が愛らしい薄紅色の花でしたが、何せ、誰も立ち入らない場所に咲いたものですから、この花が咲いたことを誰も知りませんでした。


 はじめは何とも思っていなかったのですが、空を翔ける鳥の群れを眺めるうちに独りぼっちが寂しいことに気づいた花は、やがて、自分が散ってしまうまでに誰かに会って私がここに咲いていたことをずっと覚えていてほしいなあ、と考えるようになりました。


 そうして春の終わりが近づいてきた頃、いつものように独りで夜空を眺めていた花の元に一人の人間が訪れました。

 このお城に住み、王様に仕えている若い宮廷魔術師です。

 魔術師は裏庭の片隅で咲いている花を見つけると、ふらふらと吸い込まれるように歩み寄りました。


「お前も独りぼっちなのかい」


 そう言って魔術師は優しく花を撫でます。

 病気で死んでしまった奥さんの瞳と同じ色をしたこの花を、魔術師はとても愛おしいと感じました。

 そして、あと数日のうちに、誰の目も届かないところでひっそりと散ってしまうこの花の運命を気の毒だと思わずにはいられなかったのです。


「せめて、長生きのまじないだけでも……」


 再び、魔術師の白い指が花に触れます。

 魔術師が呪文を唱えると、それに合わせて体中から不思議な力が湧いてくるのが花には分かりました。


「これでよし。明日は、きちんと水も持ってくるからな」


 こうしてお城の裏庭にひっそりと咲いた花は、いつまで経っても散ることのない魔法の花になったのです。


 二.


「やあ、おはよう。調子はどうだい」


 それからというもの、魔術師は決まって日に一度、東の空が紫色に白む頃になるとお城の裏庭を訪ねるようになりました。

 銀のカップから注がれる冷たい水が花の根元にじわじわと浸みこんでいきます。


「では、昨日の続きをしよう。……それから、十六才になった私は王様にお仕えするためにこのお城にやってきたのだ。そして、……」


 水をやり終えた魔術師がこうして地面に寝転がって、花に語りかけるのもまたお決まりになっていました。

 誰も入ってこない裏庭にたった独りで、ただ咲いているだけの毎日を過ごしていた花にとって、魔術師のお話を聞いているこの時間は最高に幸せなものでした。


 しかし今日は、いつもと勝手が違うようです。


「私は、それから……、ううん……」


 魔術師はお話の途中で二、三度唸ったかと思うと、ぴったりと目を瞑って眠りに落ちてしまったのです。


 魔術師を起こしてやることができない花は、魔術師が起きるのをじっと待っていましたが、魔術師はいつまで経っても起きる様子を見せません。

 花は、これでは今日のお話は諦めなくてはいけないなあ、と思いましたが、そこで、あることに気がついたのです。


 ――魔術師様のお話を聞けなくても、幸せな気持ちはちっとも減っていない。


 花はずっと、幸せな気分になるのは魔術師様のお話が面白いからなのだと思っていました。

 しかし、その本当の理由は、魔術師と一緒に居るからだったのです。


 花がその気持ちを“恋”と呼ぶことを知ったのはもう少し後になってからのことでしたが、とにかく、一年目の春、魔法の花は魔術師に恋をしたのです。


 三.


 あれから一年が過ぎ、二度目の夏がやって来ました。


 青い空から、夏の眩しい日差しがぎらぎらと照りつけています。

 花が、体中から水がなくなって焼けてしまいそうになるのを我慢していると、不意に、真っ黒な影がお日様を遮りました。


「やあ。済まない、遅くなってしまった」


 二日ぶりの優しい声色に花は胸を高鳴らせます。

 魔術師はお日様から花を庇うようにして座り込むと、ふう、と息を吐きました。


「今日は本当に、よく晴れているなあ」


 空を眺める魔術師の瞳は夏の空と同じ、淡い青色に輝いています。

 空の色を映して色味を変える、魔術師の銀色の瞳が何よりも美しいことを花はよく知っていました。

 しかし、花は喋ることができないのでその想いを伝えることができません。


「ほうら、水だよ。おいしいかい」


 そう言って、自分に笑いかけてくれる魔術師がかなり無理をしていることも花にはお見通しでした。

 魔術師が夏の間、二日に一度しか自分の元に来ないのは暑さのせいで調子を悪くしているからなのです。

 しかし、花は喋ることができないので魔術師の体を気遣ってやることもできません。


 そうして魔術師への想いを募らせていくうちに、喋れるようになりたいと思うようになった魔法の花は、願いを叶えてくれるという流れ星を探すために夜な夜な、星空を見上げるようになりました。

 こうして、二年目の夏が過ぎて行ったのです。


 四.


 夏から秋、秋から冬、冬から春、そして春から夏へと季節が移り変わり、また秋がやってきました。


 魔術師は花の元ですやすやと眠っています。

 十六才になったばかりのお姫様の結婚相手を探すために、今、お城中が大忙しなのだ、と魔術師は言っていました。

 きっと魔術師が一週間に一度しか花の元を訪れないのも、お仕事が忙しいせいなのでしょう。

 魔術師がこうして眠っている間にときたま、顔を歪めて苦しそうに咳き込むのも、きっとお仕事の疲れが溜まっているからに違いありません。


 夕焼け空の下で金色に光る魔術師の瞳を見ることができないのは残念でしたが、それでも、魔術師と一緒に時間を過ごせることが花にとっては相変わらず、最高の幸せでした。


 しかし、幸せな時間というものはそう長く続くものではありません。

 今日も獣のようによく通る、野太い声が裏庭中に響き渡ります。


「魔術師様。魔術師様。どこにいらっしゃるのですか」


 二人を引き裂く声の主は召使のおばあさんです。

 目を覚ました魔術師は気だるそうに体を起こし、返事をしました。


「何の用だ、私はここに居るぞ」


「ああ、また、こんな所にいらっしゃったのですね。王様が、お姫様と北の国の王子様との相性を占ってほしいと、魔術師様のことをお探しになっていましたよ」


「そうか、分かった。すぐに行く、と王様に伝えておいてくれ」


「はいはい。かしこまりました」


 そう言っておばあさんが裏庭から姿を消すと、魔術師はやせ細った指で花にそっと触れました。


「お仕事を任されてしまったから、今日はこれでお別れだ。また会いに来るよ」


 段々小さくなる魔術師の影を見送りながら、もし私に手足が生えていたら魔術師様についていくことができるのに、と花は思いました。

 それだけではありません。

 咳き込む魔術師の背中を擦ってやることだって、魔術師のお仕事のお手伝いをすることだって、手足さえあれば何でもできるような気がするのです。


 しかし、そんな魔法の花をあざ笑うかのように、秋の終わりを告げる冷たい風がビュービューと音を立てて吹き抜けていきました。

 独りぼっちの裏庭にもいつの間にか冬が近づいていたのです。


 五.


 季節が巡り、花にとっては四度目の冬が訪れました。


 氷のように冷たいお月様が、裏庭に薄く積もった雪をぼんやりと照らしています。

 銀色の帳が辺りを包む、しんとした夜でした。


 魔術師はもう一月も姿を見せていませんでした。

 相変わらず、お城のお仕事が忙しいようです。

 それでも花は寒空の下で、健気に魔術師のことを待ち続けていました。


 夜がいよいよ深まり、お月様が天球の一番高いところにまで昇った頃、お城の裏庭に雪を踏みしめる音が響きました。

 やがて、足音は花の目の前で立ち止まると、二つの暗い影を真っ白な雪の上に落としました。


「ねえ。これがあの、お花ですのね?」


 小さい方の影から、お姫様のかわいらしい声が聞こえてきます。


「ああ」


 それに短く答えた魔術師の声は、心なしか掠れているような感じがしました。

 小さい影から伸びたお姫様の指が薄紅色の花弁の先に触れます。


「お花さん、はじめまして。私はもうすぐ魔術師様、いいえ、ラドルフ様のお嫁さんになるヘレンと申します。お目にかかれて嬉しいですわ」


 花に心があることを知らないお姫様は、追い討ちをかけているとも露知らず、花に微笑みかけました。


「これからは、私が精一杯ラドルフ様を支えていきますから、どうか二人のことを見守っていて下さいましね。うふふ」


 鈴のようなかわいらしい声に、雪のように白くて華奢な体。

 お姫様は花の欲しかったものは何でも持っていました。

 そのうえ、花の唯一の拠りどころであった魔術師さえも無邪気に奪っていってしまったのです。


「さあ、もう戻りましょう。あんまり長く居ると、お体に障りますわ」


「……ああ。では、また来るよ」


 再び静けさを取り戻した裏庭に、二人の足跡が残っています。

 魔法の花はただぼんやりとそれを眺めていました。

 空っぽの花にはもう、何にも残っていないのです。


 六.


 空っぽになった花の心には氷柱のように冷たく尖った気持ちが芽生え、ぐるぐると渦を巻いていました。


 花は、一春のうちに散って一生を終えるはずだった自分の運命を捻じ曲げ、弄んでいった魔術師のことをひどく恨みました。

 そして、美しい容姿も、魔術師の愛も、欲しいものは何でも手に入る幸せなお姫様に対して嫉妬せずにはいられなかったのです。


 しかし、冬の終わりが近づいてきたある日、花はその気持ちが間違いであったことを悟りました。

 雪の上に残っていた魔術師の足跡がお日様に融かされて日に日に小さくなっていくことが、この上なく寂しくなったのです。

 そして明日の朝が来て、大嫌いになったはずの魔術師と自分とを繋ぐ最後の証をお日様が消し去ってしまうことが、この上なく恐ろしくなったのです。


 ――ああ、やっぱり、私は魔術師様のことが大好きなんだ。


 花は戸惑いながらも、自分の素直な気持ちを受け入れました。

 すると、ずっと花の心を閉ざしていた氷柱が温かい気持ちに触れて、少しずつ解かされていきます。

 そうして心を取り戻した花は、もう一つ、自分の心の醜さにも気がつきました。


 ――どうして私は愛する人の幸せを願ってあげられなかったんだろう。

 そのうえ、独り善がりな逆恨みまでして。私は本当に最低だ。


 絶望に打ちひしがれ、しゅんと俯く魔法の花の背を一筋の流れ星が走りました。

 もちろん、魔法の花はそれに気がつきません。

 長い長い冬の終わりを告げる、銀色の流れ星でした。

お読みくださりありがとうございます。後半へ続きます。


設定


ラドルフ 性別:男 年齢:20代

容姿:銀色の瞳

お城に住み込みで仕える宮廷魔術師。

病死した先妻の目と同じ色をした花を憐れんで不死の魔法を掛けた。

名前は「助言の狼」の意。


ヘレン 性別:女 年齢:16才

容姿:かわいらしい声に華奢な体

ラドルフが仕えるお城のお姫様。

望んだものは何でも手に入る、恵まれた少女。

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