フウフウ
これは、とある家庭のとある物語。
幸せに包まれているお家の中で、小さな男の子がテーブルの前に座り、あるものを今か今かと待っていました。
それは、お母さんが作るご飯でした。
「はい。お待ち遠さま」
台所の中から、笑顔のお母さんが出てきました。
「うわ~あ」
男の子は思わず、声を上げました。
お母さんの手から、テーブルに置かれたお皿の中身を、男の子は大きく口を開けながら覗き込みました。
「熱いから…フゥフゥしてから、食べるのよ」
お母さんはそう男の子に告げると、次の料理の用意をする為に、台所に戻っていきました。
「はあ~い」
男は大きく頷くとしばらく、じっとお皿の中身を見つめていました。お皿の中には、暖かい湯気を立てるスープさんがいました。
「お〜い。早く食べてくれよ〜」
スープさんは、覗き込む男の子に言いました。
「…うん」
男の子は頷くと、テーブルの上に用意されていたスプーンに手を伸ばそうとしました。
「あ」
その時、男の子の耳に音楽が飛び込んできました。その音に導かれるように、視線を他に移しました。どうやら、男の子の好きなアニメが始まったようです。
「お~い」
スープさんは、少年に声をかけました。
だけど…男の子はテレビに夢中になりました。
「あとでね」
急いでテーブルから離れると、スープさんを飲むことなく、テレビの前へと走っていきました。
「お〜い!お〜い!」
スープさんが呼んでも、男の子は知らんぷりです。
「冷めちゃうよお〜!」
スープさんの声も、テレビに夢中の男の子には聞こえません。
「やい!スープ!」
すると、どこからやってきた風さんが、スープさんに話しかけました。
「お前さんから出ている湯気が、さっきから、あたしに当たってるんだよ」
風さんは、湯気が嫌いでした。
「ごめんよ…風さん。男の子が、まだ食べてくれないんだよ」
スープさんが申し訳なさそうに言うと、風さんの仲間達が集まってきました。
「どうしたんだい?どうしたんだい?」
風さん達は、スープさんの上を何度も通り過ぎて行きます。
「やめてくれよお〜冷めちゃうだろ!」
スープさんがそう言っても、風さん達は止まりません。
「どうしたんだい?どうしたんだい?」
何度も何度も…スープさんの上を通り過ぎて行きます。
やがて………。
「面白かった」
男の子はテレビから、スープさんのところへ走って戻ってきました。
「お腹…すいちゃったよ」
テーブルの前の椅子に座り、スプーンを持つと、男の子はやっと…スープさんを食べようとしました。
だけど、スープさんからは、湯気が出ていませんでした。さっきまで元気だったスープさんは、何も話ししてくれません。
「スープさん?」
男の子は首を傾げながらも、スプーンをスープさんに近付けました。
「待ちな!」
突然、今まで黙っていたスプーンさんが口を開きました。
「こいつは…もうスープじゃない!」
スプーンさんは男の子を睨み、溜め息をつくと、悲しそうに呟きました。
「もう冷めちまったのさ」
「え」
スプーンさんの言葉に驚いた男の子は、お皿の中のスープさんを覗き込みました。
すると、スープさんは最後の力を振り絞って、男の子に話し掛けました。
「ごめんよ。おいら…冷めちまった。君に、おいしく食べて貰いたかったのに…ごめんよ」
スープさんは涙を流しながら、冷たくなっていきます。
「ス、スープ!」
スプーンさんが叫びましたが…もうスープさんは話すことが、できなくなりました。
「お母さあ〜ん!お母さあ〜ん!」
台所にいたお母さんは、男の子の泣く声にびっくりとして慌てて、テーブルに来ました。
「あらら…どうしたの」
男の子は椅子から立ち、お皿の前で泣いていました。
「スープさんが、冷めて死んじゃったよお!」
お母さんは、テーブルの上で冷たくなったお皿の中を覗きました。
「すぐに食べなかったの?」
お母さんの言葉に、男の子は答えず、ただ泣きじゃくります。
お母さんはため息をつくと、お皿を持って、台所に行きました。
数分後…戻ってきたお母さんの手には、湯気を立てたお皿がありました。お母さんは、お皿をテーブルの上に置きました。
「スープさん!」
男の子は、お皿に駆け寄り、中身を覗き込みました。
「スープさん!」
だけど、男の子の声にも、スープさんは答えません。
お母さんは、男の子のそばで屈むと、言い聞かせるように話し出しました。
「もう…スープさんはいないのよ」
「どうしてなの?」
男の子は涙を溜めながら、お母さんを見ました。
「一度…冷めてしまうと、スープさんは死んでしまうの。どんなに、暖め直しても、最初のおいしいスープさんは、いないのよ」
お母さんの言葉に、男の子は顔をくしゃくしゃにして、泣きました。
「スープさあ〜ん!」
お母さんは、男の子の頭を優しく撫でました。
「だからね。出されたものは、暖かいうちに食べないと、駄目なの。ずっと置いておかれたら、スープさんは冷めちゃうの。かわいそうでしょ」
「ごめんなさい」
男の子は、暖めなおされたスープを、フゥフゥして食べました。
次の日から、男の子は、出された料理をすぐに食べるようになりました。
だって、かわいそうでしょ。折角のお料理。みんな…あなたに食べてもらいたがってるのに。待たせたら、駄目ですよ。