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帰らぬ子供たち

作者: 竹仲法順

「俺、確かに見たんだ」

「何を?」

「あそこにある踏切の手前で、小さい子供二人が消えてくのをだよ」

「消える?見間違えなんじゃねえの?」

「いや、見間違えなんかじゃない。間違いなく子供が消えた。しかも二人だよ」

 僕がそう言うと、目の前にいる友達の昭仁(あきひと)が首を傾げる。

「どんな子だった?」

「二人とも頭が角刈りだったな。年齢は、そうだね……五、六歳ぐらいってとこだったよ」

「そう……」

 昭仁が語尾にいやな類の含みを残しながら返す。

「お前ホントは何か知ってて、俺に隠してるんじゃねえか?」

 僕が強い口調でそう言って昭仁を問いただすと、昭仁が、

「いいか。これから俺が言うこと、冷静に聞けよ」

 と言い、ゴホンと軽く一つ咳払いして、話し始めた。

「実はな、二年前にあの踏切で人身事故が起こったんだ。被害者は幼い子供二人だった。親が目を離した隙に、たまたま電車が通る直前の踏切の真ん中にいて、やってきた電車に跳ね飛ばされてな」

「ふーん」

 僕がゆっくりと頷くと、昭仁が続けて、

「人身事故で、その日のその時間帯以降の電車は完全に止まっちまったんだ。そして子供たち二人の遺族は多額の賠償金を支払わされ、子供たちの父親があまりのショックに自宅の部屋で首吊って自殺した。おまけに母親は実家に帰っちまって、一家は完全に離散したんだ」

 と言い、軽く息をついた。

 十二月末ですっかり冬のせいか、辺りは冷え込んでいた。僕も昭仁も、自販機で買っていた缶コーヒーで両手を温めながら、ハアハアと繰り返し息を吐き出す。吐く息は付近に漂う冷気に混じって、真っ白に染まっていた。

「そんな曰くがあったのか?」

 僕がそう問うと、昭仁が、

「ああ。だから、(いま)だに心ある人たちが踏切の手前に花や子供たちが好きだった飲み物なんかを飾ってるよ。見れば分かるだろ?」

 と言い、踏切の手前を指差した。

 昭仁が指差した先には確かに、買ってこられたばかりのような花や、開けられていないジュースの缶などが所狭しと置かれている。

 僕が、

「俺、ちゃんと手を合わせてくるよ」

 と言い、踏切まで歩いていって、そこで手を合わせた。

 すると不意に辺りの空気が、燃やした線香のような、鼻腔を強く刺激する臭気へと変わる。

 そして目の前には踏切事故で死んだ子供たち二人の姿が現れた。一見するまでもなく、腰から下がない霊だった。

「お兄ちゃん、おいでおいで」

 子供たち二人が(しき)りに手を振ってくる。僕はそれに釣られて、踏切の方へと歩いていった。

 カンカンカンカン……。

 遮断機が降り始め、夢遊病状態のような僕が電車の通る踏切内へと誘い込まれる。

 僕が不意に自分の右側を見ると、猛烈な勢いで電車が走ってきていた。

“……!?”

 何も考える暇がないまま、僕は電車に跳ねられた。

 バーン。

 強烈な音が辺りに鳴り響く。

 人身事故とあってか、付近一帯が騒がしくなり始めた。

 その様子を遠くから昭仁がじっと見つめている。

 不謹慎にも昭仁は笑っていた。

“ああ、あいつもこの踏切にまつわる都市伝説通りにイったな”

 昭仁は僕に対し、ある一つ隠し事をしていた。それは、踏切での幼児二人の人身事故を話すと、その人間がまるで吸い込まれるようにして踏切内へと入っていき、そこでやってきた電車に跳ね飛ばされるという事実だった。昭仁はその秘密を僕に喋らずに、幼児の死亡事故だけを話した。だから、僕が犠牲になったわけだ。

 近くの派出所にいた警官を始め、複数の警察官が出動し、跳ねられて血みどろと化した僕の遺体や現場での詳しい様子を検証している。昭仁は遠巻きにその様子を見つめながら、黙っていた。

 昭仁が、

「……寒い」

 と呟き、騒がしい踏切から離れ、近くにあるバスターミナルに入ろうとした瞬間、ある惨劇が巻き起こった。

 昭仁は右肩に冷たいものを感じた。温もりのない不気味な類の感触だ。

 昭仁がふっと振り返ると、そこには幼児二人に加え、つい今さっき跳ね飛ばされた僕が立っていた。

「どうした?」

 昭仁が恐る恐るそう訊ねると、僕の霊が、

「お前には死んでもらう」

 と言い、ゆっくりと昭仁に近付いていく。

「や、止めてくれよ」

 昭仁が後ずさると、僕の霊に加えて幼児二人の霊も、

「僕たちを笑い者にしたのはあんただ」

 と言って、ゆっくりと昭仁に擦り寄る。

 昭仁はどんどん後ずさり、やがて踏切から百メートルぐらい離れた場所にまで来た。

 そして次の瞬間、派手な音を鳴らして走っていたオートバイが、昭仁を思いっきり跳ね飛ばした。

「あー……」

 昭仁の悲鳴が辺りに木霊(こだま)し、昭仁は固いアスファルトに叩き付けられ、即死した。

 こうして幼児二人に加え、僕と昭仁が立て続けに死亡した。

 それから先、幼児たちと僕が犠牲になった踏切や、昭仁がバイクに跳ねられた場所に花や線香が供えられるようになり、僕たちの事故死も都市伝説となった。

 やがてその踏切や昭仁が跳ねられた道路にも新たな曰くが付く。そこは幼児二人に加え、僕たち二人、合計四人の人間の尊い命が犠牲になった場所だと。

 今日もその踏切は、何でもないようにカンカンカンと音を鳴らして、遮断機を上げ下げしている。

                 (了)


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