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瞳買い

作者: 金魚

私はかつて、こう言われたことがある。


『あなたの瞳を売ってはくれないかしら』


私が16ほどの時のことだった。多分、あの人は60を過ぎていたように思う。まだ若かりし頃のお話。


『ごめんなさい。私の瞳は売れないわ』


あの時の私は何故か冷静で、シャキッと背筋を伸ばし、微笑んでこう言ったのだった。


その人は泣きそうな顔をして、

『本当に、お願いよ』

と、ほぼほぼ悲願するように顔をくしゃくしゃにしながら言ったものだから、私は可哀想になって、


『私が死ぬ前に、取りにきて頂戴』


と、そう言えばその人は、たちまち、心底嬉しそうな顔をして


『ありがとう』


と心からそう言った。




あれから60年の時が経つ。あの明るく開けた世界は無くなり、狭まり霞んだ、小さな世界が見えるだけになってしまった。もう私は少しで逝ってしまうのだろうと検討ついている。あの人は来るのだろうか。私の瞳を求めて。


普通なら死んでいる筈だ。

けれど、あの人は来た。私の元へやってきた。

私の側で静かに座って、すっかり白くなった髪をそっと撫ぜた。

その人は、昔と何も変わらなかった。何も。

変わったのは私だけだった。私だけが歳をとり、穢れた瞳になってしまった。


その人は言った。私の瞳を見つめて。


『あなたの瞳は、いつまでたっても、綺麗なままね』


涙が溢れた。潤んだ視界の中では何も見えなかったけれど、私の髪を撫ぜる手が、大丈夫、と言っているような気がした。酷く幸せな時間の中で、私は逝った。


私の瞳は、彼女に売られた。


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