2章
あれから私とルッツは仕事を終え、本部に戻ってきていた。
本部の手前にある鉄のアーチをくぐり、
扉を押す。
「ただいま」
「ただいま。……やっぱ慣れないなぁ…コレ」
と私は先程の挨拶のことについてルッツに言うとルッツは苦笑して
「俺も最初はそうだった」
と言った。
「二人共!お帰りなさい。お仕事お疲れ様」
そういってにこりと笑いながら出迎えてくれたのは赤茶色の髪をした女の人。ミントだ。
本名はミント・グレーネス。この本部のバーで働いているが、本当はエクソシスト実動部隊のトップエージェントだったりする。
歳は私より上だけど本人がさん付けで呼ばれることを嫌っているためみんな呼び捨てで呼んでいる。
「ルッツ。報告書は?」
ミントが訊くとルッツは、はぁとため息をつき
「後で二枚とも出すよ」
と言い、カウンターの席に座る。
「リオも座れよ」
とルッツに言われ隣に座る。その時、私の席の一つ空けて隣の席から紫煙が上がる。
この本部で煙草を吸うのは一人しかいない。
私が話しかけるよりも先に紫煙を上げている主が声をかけてくる。
「仕事にはもう慣れたのか?リオ」
紫煙が消えたその先には闇色の髪をもつ、本部のヘビースモーカー、ガイ。本名はまだ知らない。
ガイの言葉に私はこくりと頷き
「また昼間から酒飲んでたの?」
と言うとガイは苦笑したように笑う。
「その割には、仕事サボっているでしょう?」
とカウンターの反対側にいるミントに言われガイはうっと首をすくめる。
「リオ、戻ってきて早々で悪いんだけど城下の見学もかねてガイと一緒に裏町の武器屋に行って来てくれる?そこに武器を取りに行ってほしいの」
とミントに言われ私は軽く「いいよ」と返事を返す。だがガイがすかさず反論する。
「はぁ!?俺が!?なんでそんなダリィ事…」
「戻ってきたらお酒用意しとくわよ?」
「……。…はぁ、へいへい。わぁーったよ。ったく」
渋々と言ったようにガイはそう返事をし、
「いくぞ」
とだけ言い先に歩き出す。
「あっ、まって!!」
「裏町は危ないから気をつけてね。リオ」
「わかった。じゃっ、行ってくる!」
ミントからメモを受け取り、私は足早にガイを追いかけた―――――――――――――――――――
-裏町-
「っあ~~~~~かったりぃ……」
「そういう台詞聞くとガイが本当にエクソシストなのか疑いたくなるよ」
はぁ、とため息をつきながら私はガイに言うとガイは煙草に火をつけながらいう。
「失礼だな。これでも一応本部の人間だぜ?」
そういって紫煙をあげ煙草を吸う。…本当にヘビースモーカーだな、なんて思う。
この三週間、ガイが煙草を吸っているトコと酒を飲んでいるトコしか見てないような気がする。
なんてぼんやり考えて歩いているとふいにガイが足を止める。
「ガイ?」
どうしたの、急に。と口を開こうとするが、それよりも先にガイがいつもより冷たい、凍えるような口調で一言だけ言った。
「リオ、後ろにいろ」
「え…っ何?っどうしたの…っ!!」
私は戸惑い、口を開くが、ガイの見据える先をみてはっきりした。
裏町の道は暗くて見えにくいが男の持っている短剣が妖しく、煌めいた。
その男は顔は暗くてよく見えないけど、女の子の腕を掴んでいた。
どう見ても親子ってワケじゃなさそうだし。…人さらい、だ。
ガイが私の腕を掴み自分の背中に私の姿を隠し、私が前に出て行かないよう、片手で道を塞ぐ。
「その子の手をはなせ」
凛とよく通る声でガイが男に向かって言うと、男は
「なんだテメェ…。ジャマすんじゃねぇぞ」
と言い、ふっと私の方を見る。バレた…!!
「女連れかよ。その女、置いていけ。そうしたら見逃してやらぁ」
にやりと男が笑う。
カチリと私は刀に手をかけようとするとガイが待てと私を止める。
「リオ、俺が合図をしたら…あの子を助けろ」
「わかってるって」
クスリと笑うと男が不審気に私たちを見て女の子に短剣を向ける。
「さっさとしろ!!」
「ふっ…置いていくワケ、ねぇだろ?バカじゃねぇの?」
ハッと鼻で笑い男を挑発する。
そして予想通り、男がガイに短剣を向け突進する。
その短剣をキン、と音をたてガイがレイピアで受け止める。
「リオ!行け!」
「了解っ!」
ガイと男の横をすりぬけ女の子とその近くに落ちていた女の子のだと思われる人形を拾い、女の子を守るようにして鞘に入ったままの刀の柄を握る。
「てめぇっっ!!!!」
私をみた男は私に向かってこようとするが、その瞬間ガイがすかさず男の首に手刀を叩き込む。
「よそ見してんじゃねぇよ、バーカ」
とガイが言い、男がガクリとくずれおちる。
それを確認してからガイは私に声を掛ける。
「大丈夫か?リオ、それに」
「女の子なら、無事よ。…それよりどうする?この人」
と、私はガイの手刀で気絶している男を見て言うとガイは少し考えてからこういった。
「後で王立兵でも呼んでくるか」
王立兵というのは王都にいる国家の兵士のことだ。
ガイは私に視線を向けて
「どうすんだ?そいつ」
と言った。そいつ、というのは女の子のことだろう。
「あぁ…そっか。大丈夫?ケガ、ない?」
視線を合わせるようにして私は女の子の顔を覗き込む。…あれ?この子、どこかで見たような……。
「「あっ」」
同時に私と女の子は声をあげる。この子確か…!!
「本部にいた子!!」
「あぁ?…おぅ……ミシェルじゃねーか」
ガイに名前を呼ばれミシェルはびくりと肩を震わせ俯く。
「ははっ、相変わらず人見知りだな…」
「ガイ、今気づいたの?」
ガイの方を見るとガイは「あぁ」とだけいう。
するとずっと黙っていたミシェルが初めて口を開いた。
「リオ、お姉ちゃん…だよね?……はじめまして、ミシェル・クランですい…っ。助けてくれて、ありがとう」
「気に入られたな。リオ」
ガイに言われ私は少し不思議がりながらも持っていた人形を渡す。よく見ると黒いうさぎだった。
「えっと、はじめまして。如月 莉央です。よろしくね、ミシェル」
ニコッと笑うとミシェルは安心したかのようにほっとした表情になる。
「ミシェル、悪ィが王立兵を呼んでくれって言ってもムリそうだな。しゃぁねぇ、俺が行くか」
ダリィなぁと、ボソリと呟いてガイが踵を返す。と、ミシェルが慌てたようにガイに叫ぶ。
「わ、わたしが行くっ!…行かせて、ガイお兄ちゃん。また、後でね、リオお姉ちゃんっ」
「ミシェル?お、おぅ…いいけどよ……いいのか?」
「うん。わたしが行く。…ありがとう、ガイお兄ちゃんっ」
ふわりと髪をゆらしてぱたぱたと走っていったミシェルの後ろ姿をみたガイがぽつりと呟く。
「ガイお兄ちゃんか…か」
「?どうしたの?ガイ」
私が尋ねるとガイが苦笑したのか口角を上げる。
「あいつから初めてお兄ちゃん、なんて呼ばれたな」
「えっ!?そうなの!?ガイって本部にいて長いんでしょ?なのに……」
「あいつは人見知りが激しいんだよ。俺なんて三年も本部にいるのにミシェルと話した回数なんて数える程しかねぇよ」
だから気に入られた、か。確かに三週間、話したのが今日初めてでお姉ちゃん、だもんな。
「おい、リオ。いくぞ」
「あぁ、うん。…あのさ、ガイ」
「あぁ?」
私がガイに話しかけるとガイは視線を私に向けて歩き出そうとする。
「…ありがと」
そう言うと歩き出そうとしたガイの足が止まる。
「……」
「…ガイ?」
黙り込んだガイに声をかけるとガイは小さくかぶりを振って
「いや、なんでもねぇ。それと、礼はいい」
早く行くぞ、と先にガイが歩き出す。
「あっ!!待ってよっ」
タッ…と私は一足先に行くガイを小さく追いかけた。