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王妃な王妃とツンドラ王と  作者: 神田 明理
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第28話

次の朝、私が目覚めるとすでにそこに王様の姿はなかった。


「王様は?」


「私がこちらに来た時にはもうお帰りになったと聞いております。」


「そう。」


 朝番の侍女が来る前にお帰りだなんて、何時に帰ったのかしら。


 思えば王様は朝私が目覚める時にいらしたことはほとんど無かった。私は朝が特に弱いわけでは無いし、今は色々あってそんなに眠りが深くも無いし、隣で寝ている王様が動かれたら起きたっておかしくは無いのに。

一体どんなお帰りの仕方をしているのかしら、きちんと睡眠はとっているのかしら。


 そんな心配をよそにその日以来王様は毎日のように御渡りになり、そしてもちろん私が目覚める前にはそのお姿は消えていた。だんだんと私も寝ないように耐えてみたり、いつお帰りになっているのか聞いてみたりしたけれど「王妃は気にしなくて良い」と言うだけで何も答えてはくださらない。ただ私に分かるのは王様が私の体を気遣い、ご自分の時間を割いてくださっているということだけ。


 何しろ毎日部屋にいらっしゃり、「今日は何をしていた」とか「仕事はどう進んでいる」とか仰るものだから自然と仕事の進みは早く、公に頼まれる仕事も減らされ、もちろん秘め事的なアレもなく夜はしっかり寝て…王様は体調のことを何も言わないが、完全に私を休ませる体制に入っているという事が分かった。とてもありがたい事だったが、無言の優しさと元々が仕事人間の私にかなり余裕ができている事がなんとなく居心地が悪かった。


「何をおっしゃっているのですか、王妃様。」


「や、分かってるわよ、ロバート。ありがたい事なんだけど。こう、何も言われずに裏で動かれる感がね。」


「確かに、王妃様ご自身が裏で動かれるタイプの方ですからね。しかし、王妃様も現に王様の裏で動かれているでしょう。お互い様では?」


「あら、流石に手厳しいわね。」


「まぁ私ども医務官と致しましては王妃様は今安静にしていただきたい時期ですので王様に感謝申し上げたいところです。」


ロバートは王妃である私に思ったことを大体は正直に話してくれる。私にとっては良い相談相手だ。


「確かに、裏で動いてるのが同じく裏で動くタイプにバレているってこんな感じなのね…宜しく無いわ。」


「そうでしょう。私としてはそろそろお二方にも落ち着いていただきたいところです。」


ロバートには私が得た情報をかなり話しているし、一方で元王様付きの主治医であったのだからあちらの情報もよく知っている。もちろん夫婦間といえども守秘義務があるから話すこともないのだけれど。つまり王様と私のこの非合理的な関係に関して彼の中では多分仕様もない事に見えているのだろう。


「悪かったわね。でもほんと、何がどうしてこうなったのかしら。」


「なるほど。きっかけを考えることは大変よろしいことかもしれません。もしかしたらご自分にきっかけがあるかもしれませんからね。」


「私に?一体どういうこと?」


「失礼いたしました、深い意味はございません。ただ何事もそのように考えてみると案外答えに近づけたりするものです。」


「そう。」


 きっと深い意味はあるのだろう。何かを知っているのだ。


 私が王様と初めて会ったのは私がこの城に輿入れしたまさにその時だった。しきたりを守れば婚礼の儀で初めて顔を見るはずで会ったが、私が輿を降りようとした時、手を伸ばしてくれたのが王様だったのだ。後で知ったことだが、このしきたり破りは結構問題になったらしい。


「ようこそ、我が城へ。ティーナ皇女。」


 初めて見たエルグランデの国王があまりにも穏やかな微笑みを浮かべていたので、私は到底この王が悪名を世界中に馳せるような冷酷な人物には思えなかった。手を取って輿を降りると一体何人いるのか、どこまでが私を見ているのかわからないほどの人たちが頭を下げて私を出迎えた。その時に私はストンとこの国の王妃になることを受け入れたような気がする。もう戻れない地に足を踏み入れたのだと。


 正直に言うと心細かった。これからこの国を支えていかなければならないと言うのに私はこの国のことを何も知らないし、この国で心を許せる人物も誰一人としていなかった。


「すまない、驚いたか。」


 冷たく、硬くなっていた心に「すまない」の一言がじんわり広がった。


「いいえ。たくさんのお出迎え、感謝いたします。」


 私はこの方の隣で完璧な王妃になってみせるのだ。完璧な王妃にふさわしい微笑みで、立ち振る舞いで、何者にも弱みは見せない。私は自分の宿命から逃げない。そう、心に誓っていた。


 王様は私の反応に満足したようで私をエスコートし、城の中へ導いた。


「長旅大変だっただろう。婚礼の儀が全て終わるまでティーナ皇女にはこちらの部屋でお過ごしいただくが、よろしいだろうか。」


「はい。ありがとうございます。」


「詳しい説明は後で担当の者がするだろう。しばらくはこの部屋から出ることが出来ず窮屈な思いをさせるがすまない。誤解のないように言っておく。門の外には衛兵を配置するがそれは皇女殿下を監視しているわけでは無い。貴女を守るためだ。理解してほしい。私は失礼するが不便なことはなんでも言ってくれ、なるべく叶えよう。何か質問はあるか。」


「いいえ。王様自らのご説明ありがとうございます。心から感謝申し上げます。」


 意外だった。私は半ば人質のように扱われるものと思っていたし、そうではなくても王妃の入城なんて事務的に終わるものだと思っていた。王族の女性なんてほとんどが政治の道具として扱われるものだし、私は実際その政治的取引の結果この国に来たのだから。

 それがこの歓待。大勢の臣民に加え、王様自らが出迎え、労いの言葉までかけてくれるなんて。


 国を出る前に王妃である母が話してくれた入城の話とあまりにも違っていて、私は少し戸惑った。


「そうか、では失礼しよう。」


「王様、名乗るのが遅れまして大変申し訳ございません。ユリアス帝国が第二皇女ティーナ・エインズワース・ユリアスでございます。今後王様のお側で少しでもお役に立つ事ができるよう、微力ながら尽力させていただきます。宜しくおねがい致します。」


「あぁ、頼むよ、俺は君をずっと待っていたからね。俺の側で君の力を存分に発揮してくれ。」


『君の力を存分に発揮してくれ』という王の言葉は私がこの国のお飾りの王妃として存在するだけでなく、能力を活かして働くことを認めてくれている気がしてとても嬉しかった。私が、隣接する大国の皇女ではなくこの私自身が、この国に存在しても良いと言われた気がしたのだ。この人となら一緒に一つの国を協力して作っていけるかもしれない。そう思ったらもう自分の気持ちを抑える事ができなかった。


 今思えば私は焦っていたのかもしれない。一刻も早くこの王に認めてもらうために、置いて行かれないために。そして自分自身が王様との関係に一線を保つ事ができるように。


「王様、私の小さな力を王様に捧げるために一つ、失礼を承知でお願いがございます。」


「なんだ。言ってみろ。」


「今後、基本私を妻としてでなく、王妃という女性最高の権力者であり、直属の部下として見て下さい。」


「どう言う意味だ。」


「私を抱いていただくのは一向にかまいません。それは世継ぎを成すと言う点で王妃に求められる最も重要な仕事ですから。ですが私は王様にとって、ひいてはこの国にとって厄介な火種になるようなことは避け、私の全てをかけて王様を政務的にもお支えするつもりです。ですので妻としての気遣いは最低限で結構です。操を立てる必要もございません。存分に私を利用してください。」


 この時の私は王様をまっすぐ見つめようとしながらも、それができずにどこか別の世界を見ていた。


「そうか。わかった。」


 そう短くつぶやいて部屋を出て行こうとした王様がどんな顔をしていたか、何を思って承諾したのか、その答えから逃げてしまった私には知る由もなかった。今思えばその時きちんと彼と向き合うべきだったのかもしれない。私の意思を伝えた上で、彼の意思も聞くべきであったのだ。


 私の目指した王妃像は彼にとっては必要なものではなかったかもしれない。私の理想をこの国の王に押し付けることは正しいことではなかったのかもしれない。私は王様の執政における効率やその充実を第一に求めたが、その結果生まれたのは彼との非合理的で曖昧な関係だった。本当に王妃の仕事はこれで良かったのだろうか。お互いが裏で動き合うような、そんな関係は彼にとって、国にとって本当に最良なものだろうか。


 そう、最初から分かっていた。私の宣言は単なるわがままだったのかもしれないと言うことを。傷つくことを恐れた、実に自己中心的な。


 だとしたら、私がこの望ましく無い関係をスタートしてしまったと言うならば、それを終わらせるのも私でなくてはいけない。


 例え、結果がどうなったとしても。彼のため、私のため、そして新しい命のために。



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