第22話
正気の沙汰ではない。自分でそう思う。いつからこうなったのだろうか、そんな事も分かりきっている。
王妃と出会った日だ。
あの日、俺は見た。人間以上に高い建造物はほぼ無く、いたるところに瓦礫や、路上で暮らす人々の痕跡がある、そんな街の中で輝く若者達とその中心にいる王妃を。
俺は一国の王であり、それなりに国をまとめている自負がある。今最も成長している国だと言って間違いはない。しかし、それはいわゆる王の威厳のためでは無く、王を恐れているからだ。
別に国民に何かしたわけじゃない。敵に容赦がなかっただけだ。
俺は恐れられている。だから皆が従う。
それも絶対王政の君主として必要な事だ。
だが、俺の周りはあの街のように汚れている。王に媚びへつらう者、どうにかして私利私欲を満たさんとする者、俺の周りには常にそんなドロ沼が広がっているのだ。
災害の被害地に咲き、希望を与える白い花の皇女。俺にもそんな蓮の花が欲しかった。泥の中でも咲いてくれる蓮の花が。
領地を増やしたいと思った事はない。
攻められたから攻めただけだ。
人を殺したいと思った事はない。
殺さなければ殺されるからやるだけだ。
欲しいものなど何もなかった。その時まで。もう一度、一目見るだけでも良いと思った。その花を。
あの日の夜、皇女の滞在先に行った。どうにもこうにもあの笑顔が脳裏から離れなかったのだ。
そこで見たのは男に刃物を向けられた状態の皇女。護衛兵はタイミングを伺っているのか、攻撃はしていない。俺は迷わず飛び込んで男を倒し、王妃を抱えて夜の闇の中に連れ出した。
「ちょっと!何するの!」
「助けてやったのに、なんだその言い方は。」
俺たちの最初の会話は王妃の文句からはじまった。
「えぇ、そこは感謝するわ。でもね、もう少しで説得できそうだったのよ。それから、女性を勝手に夜の外に連れ出して感謝しろですって?何様のつもりよ。」
「そこはすまなかった。少し君と話したかったんだ。これ、着ろ。」
俺は慣れているが、大国のお姫様にとって恐らく夜風ってのは慣れないものだろう。
「ありがとう。まったく今夜はお客さんが多すぎるわ…」
意外に素直に受け取ったことに驚いた。
「説得って事は、護衛兵はわざと下がらせてたのか。」
「そうよ。『護衛兵』って言うって事はあなた、私の正体を知っているわね。でも言葉からしてこの国の人じゃない。いったい誰?」
「それがバレたら面倒だから顔を隠してるんだ。」
「そんなのアンフェアだわ。」
「アンフェア、か。世の中そんなもんだろ」
「世の中はそうでも私は嫌よ。」
「思ったより気が強いんだな。」
「思ったより?」
「君が白を身にまとって瓦礫の撤去作業をしているのを見ていたんだよ。てっきり心優しい系かと思ったら頭もよく働くらしい。」
「ご期待に添えなくてごめんなさい。」
「お前、いつもそうなのか。」
「何です?」
「突然連れ去った男とこんなにフランクに会話するのか」
「まさか、初めてよ。素直に話してるのは助けてもらったお礼と道を教えてもらえないと1人じゃ帰れないから。ちゃんと戻してちょうだいよ。それから態度が悪いのは知らない異国の人にはどう思われても良いっていうのと勝手に連れ去られて腹が立つからよ。」
「そうか」
表情が次々変化する。見ていると思わず笑ってしまう。この小さい体の中に色んなものが詰まって、周りを豊かにしているのだろう。
「何がおかしいの」
「いや、何でもないよ。」
「それよりここ良いわね。街が見渡せる。綺麗だわ。」
「そうか?」
「これもしかして『デート』というものなの?」
「ただの誘拐だ。」
「そう、残念。でもあなた、お昼の私を見たんでしょう?どう、印象に残ったかしら?」
「残ったよ。綺麗だった。だから会いに来たんだ。」
こんな事を恥ずかしげもなく言える自分に驚いた。
「あらそう?良かった。これでもうしばらく皆復興を続けられるわね。」
綺麗だと言ったのに、感謝や謙遜はなかった。
「わざと印象に残るようにしたのか。」
「そうよ。あなたも頭が良いのね。」
その上自分が頭が良いことをしっかり認識なさっているようだ。
王族の一員が復興に携わる事で、現地の被災者の復興意欲を湧かせる。よくある政治手段だ。つまり俺を含めた彼女を見ていた者たちは希望を見たのではなく、見せられたというわけである。
「白い装いは君が考えたのか」
考えてみれば、復興作業に純白の服装は確かにふさわしくない。
「そうよ。その方が作業の汚れがよく見えるし、心理的によく作用するわ。酷いと思うかしら?王室ってそんなものよ。」
「別に思わん。」
俺も王室の一員だからな。それに、計画されたものだとしても、美しいという事実に変わりは無いのだ。
「あらそう、あなた変わってるわ。他の人なら少しは嫌そうな顔をするのよ。…でもね彼らには復興してもらわないと困るの。なるべく自分達の力で。勿論国が経済的な面で困るのも確かよ。でもそれだけじゃない。国主導で復興していくのと、地元の人が自分達で復興させていくのでは今後何十年にも渡って違いが出るわ。自分達で復興したという自信がつく。」
「正しい判断だろう。…だが一つ言わせて貰えば、君が俺に酷いと思うかって聞くのは君の心のどこかで自分が酷いと思っているからじゃないのか。」
「そうね。そうなのかも。」
わざと意地の悪い質問をしても、動揺することなく素直に返してくる。
「嘘や策略だらけの王室が嫌いか?」
「そんな事は考えたこともないわ。王室を嫌ったからって離れられるわけじゃないもの。これは私がどう生きるかの問題よ。どんなに嘘や策略だらけでも私が国民を想う心は真実なの。全部が嘘じゃない。嘘の中に真実があったって良いでしょ。」
「なるほど」
多くの嘘の中に少しの真実。良い言葉だと思った。
「少なくとも私は全部を嘘にはさせないわ。…って、私なんでこんな話してるのかしら。誰だか知らない誘拐犯なのに。」
「無防備すぎだ。」
「普段はこうじゃないのよ。でも、そうね、きっと貴方が外国の人で、それに顔を隠しているからかしら。私を殺す気もないようだし。」
「顔を隠していると良いのか?」
「そういうことじゃないけど、私今部屋着よ?普段皆が見ている皇女ではない。それに貴方も身分を隠してる。お互い本当の姿じゃないんだから、何か通じるものがあるというか、そんな感じなのよ。」
「雑だな。」
「うるさいわね。」
今までしっかりと俺を見ながら話していた皇女がふてくされたように俺から目を離した。
しかし皆が見ている皇女の自分を『本当の自分』と言うところがまた新鮮だ。
「お前向いてるよ、王族。生まれながらの皇女だ。」
「褒められてるのかしら、それ。」
褒めてるんだ。誰をも惹きつける生まれながらの気高さは、世界一の大国に、力のある王と格式高い家の王妃を母に持ち、最も身分的に恵まれた形で生まれたこの皇女の魅力なのだ。
「そろそろお前を返そう。ほら。」
柵に腰掛ける王妃に手を出すと、素直にその白く華奢な手が伸ばされた。立ち上がらせてそのまま抱き上げる。
「ちょっと、何?」
「お前、抱えられて来たんだから、抱えられて帰るしかないだろ。それともさっきみたいに担ぐか?いくらか丁寧にしたつもりだが。」
「私履物履いてるわ!」
「寝室用だろ。怪我したらどうする。我慢しろ。」
「分かったわよ。あなたって不思議ね。乱暴に誘拐したくせに私の話をひたすら聞いて、その上優しくするわ。」
そこから先は無言で歩いた。時折視線を感じたが、気付かないふりをした。
皇女に触れている部分は彼女の体温で暖かかった。狩で大きな獲物を仕留めた時、その動物に触れて感じる暖かさとは随分違う。
我ながら陳腐な比較だと思う。
「ここで良いわ。」
無言でよかったと思った。皇女が話すとその声の近さを感じずにはいられない。
「なぜだ。」
「誰かよくしらない人が助けてくれたついでに街を散歩しただけだからよ。」
「別に誘拐されたと言っても構わん。俺は捕まらないからな。」
「あらやだ、あなたのためじゃないわよ。」
「じゃあ何だ」
「さっきの刃物の男の事をなかったことにしたいのよ。だからあなたが私を助ける状況もなかったの。」
「助かれば見逃すのか」
「彼ね、地元の人間なんだけど、私が帰ったら復興作業が停滞すると思って、帰らないでくれって命をかけて言いに来たのよ。私の最大の目的はここをいち早く復興させること。その目的にそぐわない事はなるべくしたくないの。」
「優秀な皇女だ。」
「よく言われるわ。」
自信たっぷりに言うその姿に思わず笑いそうになった。
「お前、俺んところに来るか?」
「え、なんですって?」
「俺と一緒に来ないかって言ってるんだ」
「全く、冗談もほどほどにして。私には次の仕事が待ってるの。はい、さよなら。もう誘拐は勘弁してちょうだい。」
無事に滞在場所に戻るのを見届けた後、自分の顔が綻んでいるのに気がついた。
見るだけでも、話してみても面白い。何を犠牲にしたとしてもあの皇女が欲しい。
なぜ欲しいのかは自分でもよく分からない。妻にしたいと思うのだから惚れたと言うならばそうなのだろう。他の奴に渡してたまるか。
あの純粋さを、俺の手で守ってやりたい。
欲しいと思ったものが手に入らなくて、いらないものばかり手に入れて何が王だ。
金も領地も他には何もいらない。だから全てをかけてあの皇女を手に入れてみせる。
それが俺の唯一の野望だ。
今日も読んでくださってありがとうございます(o^^o)




