第21話
「そんな…」
私は驚きのあまり、何も言えなかった。
「ごめんなさいね、エルザ様。あなたを試すような事をして。」
「王妃様、おやめください。私が望んだ事です。」
つまり、罰するためではなく、私がダニエルの事をまだ愛しているかどうかを確認するためのお芝居だったという事なのね…
「お、恐れながら王妃様。」
「何かしら?」
「つまり、最初に私に会いにいらした時から私が罪を告白しに来るまでの事は全て計画で、こうなることも分かっていらっしゃったのですか?」
そうでなければこんな大胆なことはできないわ。それこそ本当に私の弁解なんて関係が無かったのね。
「何言ってるの。そんなことわかるわけないじゃない。あなたの心が読めるわけじゃないんだからから。」
「え?」
「でもね、こうなれば良いと思っていたの。こうして2人がまた想いを通わせることが出来たらってね」
「王妃様…」
「エルザ様、責めるならどうか私を責めてください。自信がなかったせいで、あなたを試すような事をしました…」
「やめてください。そんな事よりも、私、貴方との誓いを破ってしまいました。貴方に何も言わずに…」
私を受け入れて、認めてくださったあなたとの誓いだったのに、何も言わずに去ってしまった事。その事を1日たりとも忘れたことはなかった。
「良いんですよ。こうして、エルザ様がまだ私を想っていてくださっただけで、充分なのです。」
「エルザ様なんてやめてください!エルザと呼んでください。」
「いけません。貴方はまだ後宮のご側室なのですから。ですが…エルザ様、お尋ねします。もう一度、私の元に戻ってきては下さいますか?貴方を愛しています。私は一国の主にはあらゆる面でかなわないでしょう。ですが、生涯をかけてあなただけを大切にし、守り抜く事を誓います。」
もしダニエルが降嫁を受け入れてくれなければ、私には戻る場所なんてない。実家に下がるとしても後宮で何もなさずに帰ってきた娘をどう受け入れるか分からない。そんな私にもまだ『尋ねて』くれる彼の優しさに涙が溢れた。
「私をお許しいただけるなら、喜んで参ります。ダニエル様。」
「エルザ様…今日の日のことを私は一生忘れません。」
「ダニエル様、やはり私達には敬称は似合いませんわ。ですから、2人の時はエルザとお呼びください。」
「そうですね。また私達だけの秘密にしましょう。」
「はいっ」
「完全に二人の世界ね…忘れられてるわ。」
「王妃様!申し訳ありません!」
私ったら、何て事を…
慌ててダニエルを見ると、彼は素知らぬ顔をしていた。
「もういいわ、まったく見てられない。私は寝室に帰るから、好きにしてちょうだい…ラドフォード、また今度お話しましょう。」
「王妃様」
お帰りになろうとする王妃様をダニエルが引き留めた。
「何かしら」
そして、王妃様の前で跪いた。何をするつもりかはすぐに分かった。私も同じ気持ちを持っていた。
「ちょっと」
「王妃様、このご恩は忘れません。このダニエル・ラドフォードは王妃様に一生涯の忠誠を誓います。王妃様、どうぞ受け入れてください。」
この方にならついて行きたい。ついていって全てを捧げる価値がある。そう思わずにはいられない方なのだ。大国の姫として生まれ、異国の地で王妃となった、生まれながら人の上に立つ才覚を持つお方だ。
「私ただ自分の仕事をしただけよ。優しさでした事ではないわ。分かっているわよね。」
「もちろんです。」
「それにあなたは立場的に考えて王様に忠誠を尽くすべきだと思うわ。」
「私も自分の仕事はいたします。義務として。ですが、私のこの心は王様にいつも尽くされる王妃様にお捧げいたします。」
「一生涯の忠誠をこの場で決めて良いというの?」
「はい。私にとってこの場こそが決める時です。」
「そうね、あなたはとても賢いのだったわ。判断は間違えないわね。…良いわ。貴方が私に忠誠を誓ってくれるというならば、私に拒む理由はない。ダニエル・ラドフォード、私の忠実なる使者でありなさい。」
「ありがたき幸せにございます。」
一度で認めないことが、王妃様なりの優しさなのかもしれない。ダニエルがお礼を言うと直ぐに部屋をお出になった。
「おめでとうございます、ダニエル。」
「『私の忠実なる使者でありなさい。』か、今まで聞いてきた忠誠を受け取る言葉の中で最も簡潔で、良い響きです。使者とは王妃様らしいですね。」
忠誠というのは騎士や近衛兵などの武官が立てるのが一般的ではあるが、自分が生涯お仕えしたいと思った主が現れた場合、文官でも立てることがある。
主人に跪いて忠誠を誓った後、主人はその者に言葉をかけるが、この言葉は人によって様々である。『忠誠を貫け』や『裏切りは許さない』など主人の性質が出るといっても過言ではない。
『使者』というのは素敵な言葉だ。いつ、どこにいたとして主人から『派遣』されているというイメージは誇り高いものであるような気がする。
「そうですね。私、初めてお話しした時、王妃様と私が少し似ていると想ったんです。同じ高等教育修了者でしたし。ですが、今考えるとあまりにも愚かでした。」
「愚か、ですか?」
「はい。王妃様は私たちよりもずっと遠い先を歩いておられます。」
「そうですね。私はそれについていけるでしょうか。」
「行けます。ダニエルなら必ず」
「あなたにそう言っていただけるとありがたい事です。」
2人は静かに微笑みあった。




