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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑤ ~破滅の三大魔獣神~】

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【第二十章】 出陣の刻

9/17 誤字修正

   ~another point of view~



 帝国騎士団本部に帰還したアリフレートは、まずその光景に唖然とした。


「なんスかあれ……」


 思わず驚きの声が漏れる。

 どういうわけか、砦の正面入り口のすぐ前に団員が整列しているのだ。

 事前にその理由になり得る話を聞いていないのだからそれ以外に感想の述べようがなかった。

 まるで出陣を控えているかの様に鎧や兜を身に付けている戦士達は男女入り交じっており、一見するだけで現在砦に残っている百五十人が揃っているらしいことが分かる。

 事情が全く分からず、目をパチクリさせながら戦士達の背中を見つめていたアリフレートは隣に居るユリウスをちらりと伺うが、どうやらそのユリウスも事前に知っていたというわけではないらしく大層面倒臭そうに戦士達の背中を眺めていた。

 いつまでもそうしているわけにもいかず隊列を組む団員達を回り込む形でその正面に回ると、ゲルトラウトとブラックという五番隊コンビが団員達と向かい合う形で立っている。

 二頭の馬が近付いてきたことに気付いたゲルトラウトが出迎えの言葉を投げ掛けた。

「よう、ユリウスにアリフレート。早い帰りじゃったの」

「一体なんの騒ぎだ仰々しい」

 気さくなゲルトラウトとは対照的にユリウスは不快感を隠そうともせず、団員達の挨拶を無視して馬から下りながら非難の目を向ける。

 自身の部下を集めて精神論や根性論を説くのが好きなゲルトラウトだ。

 これがいつものそんな光景であれば心で悪態を吐くだけに留めてやり過ごしていただろう。

 勝手に自身の部下をも招集していること自体には特に何も感じないが、ただただ目障りだというだけの理由によってわざわざ総員を集めて同じことをしようとしているなら他所でやれと思う気持ちを抑えることが出来なかった。

「そう鬱陶しそうにするな。これも団長命令じゃ、決戦前の士気向上っちゅうやつじゃろう」

「士気向上ったって、今からやる意味あるんスか? 普通出陣前にやるもんなんじゃ……」

 団長命令という言葉を意外に思ったアリフレートは首を傾げている。

 二人はほとんど同時に団長の何らかの指示を馬鹿なゲルトラウトが勘違いして迷走しているのだろうという結論に辿り着いた。

 ユリウスとアリフレートがそう思っているであろうこと、ゲルトラウト自身がそれに気付いていないであろうことをいとも簡単に察したブラックはすかさず指摘しようとしたが、ユリウスが居る以上いつもの様にアリフレートに暴言を吐くことも躊躇われて咄嗟に言葉が出ない。

 かといって黙っているのも腹の虫が治まらず、どうしたものかと出来るだけばれないように恐ろしいユリウスを横目で見ては目を逸らしを繰り返しながらどうしたものかと迷っていると、ようやくアリフレートの呆れ顔や蔓延する微妙な空気に気付いたらしいゲルトラウトが自身の言葉を補足した。

「言うておくが、わしは反対したんじゃ。何も今日これから冥王龍とやり合わんでもよかろうちゅうてな」

「は? 今日これから!? ちょっと待ってくださいッスよゲルトラウト隊長。今からドラゴン退治するって言うんッスか!?」

「じゃからそう言うちょろう」

「ここ二、三日部屋から出ても来なかった人間の決断とは思えんな。クリストフはもう起きてきているのか?」

「少し前に出てきたわい。お前とアリフレートがあのカルマだかいう魔王に会いに行ったと知って、ならば戻り次第決戦じゃと言うとった。病み上がりで無理するもんでもない。せめて今日一日休んでからでも遅くはないと言うてはみたんじゃが、敵は冥王龍だけじゃないちゅうことのようじゃ」

「本人がそれでいいと言うならそこで終わる話だ。俺達がとやかく口を挟む問題ではない」

 揃いも揃って人のやることに口を出すのが好きな連中だ。と、ユリウスは内心毒突きたくなる。

 意味を持たない戦いに何ら感慨を覚えることもないユリウスにとって、今日であれ明日であれ早いに越したことはない。

 クリストフの決定はむしろ都合が良いとさえ思っているぐらいだった。

 しかし、ならばその団長は何をしているのかとゲルトラウトに問おうとした時、ちょうど正面入り口が開く音が響く。

 ユリウス、アリフレート、ゲルトラウト、ブラックの四人が同時に振り返ると、そこにはクリストフとレイヴァースの姿があった。

「フレデリック、ルイーザ、もう戻っていたのか。ご苦労だったな」

 クリストフはいつもと何ら変わりのない様子で二人に声を掛ける。

 黄金の鎧と背に負ったノコギリ刀がゲルトラウトの言葉が事実であると告げていた。

「これはこれは団長殿、睡眠不足は解消されましたかな?」

 カルマから受け取った黒い宝玉を懐から取り出し、近付いてくるクリストフに放り渡しながらユリウスは皮肉たっぷりに鼻で笑う。

 敵意剥き出しの目で自身を睨むレイヴァースが目に入ったこともあって嫌味も自重しようとしたユリウスだったが、結局それ以外に言葉が見つからずに思ったままを口にしていた。

 もはや確認するまでもなく、レイヴァースの目付きは一層鋭くなっている。それどころか、すでに剣を抜いてさえいた。

「ユリウス……貴様、よほどその命が要らぬらしいな」

 低く、呻くような声がユリウス一人に向けられる。

 団員達のほとんどが異様な空気に息を呑んで見守る他ない状態であったが、肩書きを持つ戦士達は日常茶飯事のその光景に今更慌てたりはしない。

 アリフレートだけがレイヴァースに対して、レイヴァースの部下達がユリウスに対して、人知れずいつでも攻撃を出来る心構えを取っているだけだ。

「ラミアス、他愛もない挨拶だ。そう興奮するな」

「そうじゃぞレイヴァース。今がどういう時か分からんわけじゃあるまい」

 対抗する気も言葉を返す様子も無いユリウスに代わってクリストフとゲルトラウトがそれを宥める。

 レイヴァースは舌打ちを一つ挟んで怒りの形相のまま武器を収めたものの、ユリウスは口元に笑みを浮かべ、鼻で笑うだけで何も言わない。

 馬鹿の一つ覚えによく飽きないものだ、と。

 思えば思う程に相手をする価値が無いことを再認識し、整列している戦士達を含め全てが滑稽に思えて仕方がなかった。

「理由はどうあれ俺が余計な遊び心を出したせいで数日を無駄にしてしまったことに変わりはない。フレデリック、世話を掛けたな」

「そう思うのならば、さっさとやるべきこととやらを済ませてもらいたいものだ」

「ああ、お前達の消化不良の日々もこれで終わりだ。長き我らの戦いの締め括りに向けて……全てを蹂躙させてもらうとしよう」

 クリストフは不敵な笑みを携え、列を組む団員達の前に移動する。

 そして背から刀を抜き、高々と天に向けて掲げた。


「バルカザール帝国の血を引く戦士達よ! ようやく我等はこの日を迎えることが出来た! 無惨にも消し去られた我等が祖国の、勇猛果敢に戦い戦場に散った先人達や同胞の、そして誇りを踏みにじられ家畜の如く扱われた一族の無念を晴らすべく戦う時が来たのだ! 必ずや勝利を手に戻る。我らこそが最強の一族だと証明するのだ!!」


「「「偉大なる祖国の名を永遠(とわ)に刻むために!!!」」」


「「「誇り高き先人達の無念を今ここに晴らせ!!!」」」


「「「勇敢なる生き様を全ての敵に知らしめろ!!!」」」


「「「栄光を我等帝国騎士団の手に!!!」」」


 総勢百五十二名の綺麗に揃った声が轟音の様に響き渡る。

 団員達は鬼気迫る表情で団長を真っ直ぐと見ながら何度も何度も、その四つの言葉を繰り返した。

 そして、十度目の一斉唱和が終わると同時にクリストフが剣を持つ右手を下ろし、左手を掲げることで団員達の声を静める。


「同士諸君よ、よく聞いてくれ。我等六人、必ずや勝利を手に戻る。お前達の思いも、ミネルを始め敵に捕らわれ今この場に居ない団員達の無念も、高祖達を含めた戦場に散った気高き魂も、全てをこの背に負って憎き敵を討つ。敵もおいそれと次の手を打っては来れまい。留守は任せたぞ」


 その言葉に、喝采の声が反響する。

 怒声の様な大きな声が次々と団長クリストフや帝国騎士団を尊崇していた。

 それらを耳にし、満足げな笑みを浮かべたクリストフは背後に立つ五人の隊長副隊長達を振り返る。

「さて、お前達に一つだけ言っておくことがある」

 それが何かということに一切の心当たりは無かったが、自信に満ちたその目に五人は次なる言葉を待っている。

 さすがのユリウスも余計な口を挟もうとはしなかった。

「俺は先人達を何よりも尊敬している。戦いに生き、強く気高き戦士達であったと信じている。その無念を晴らし、彼等の意志を継ぎ、この身体に流れる血が持つ本能が不屈であることを証明するために騎士団を再結成し戦ってきたつもりだ。だが、一つ勘違いのないように言っておく。先人達がどれだけ偉大であったとしても、今ここにいる俺達の方が強い。分かるな? 俺達は冥王龍になど負けはしない。ラミアス、お前はどう考える」

「私は失われた祖国と奪われた尊厳のために、そしてこの帝国騎士団のために全ての力を費やすまで。団長の手足になれるのならば、それが我が本望です」

「心強いことだな、頼りにしているぞ。デバインはどうだ」

「わしにゃ難しい事情を考えながら喧嘩する様な頭はない。じゃが団長の言うた通りわしらこそが最強じゃと信じちょる。そのために邪魔する奴らぁ叩きのめすだけじゃ」

「俺達が最強だ、お前の力があればそれを証明出来る。フレデリック」

「敵は殺す。それ以外の意志は必要無い」

「フッ、お前らしい考え方だな。だが、それでいい。ブラックはどうだ」

「おいらはゲルトラウト隊長に付いていくだけでやんす」

「あ、あたしだってフレッド先輩に付いていくだけッス!」

「それがお前達の戦う理由ならば、それを貫き通せ。そこに俺達の未来がある」

 慌てて付け加えるアリフレートの頭に手を置いて、クリストフは青空を見上げる。

 そして、


「さあ、決戦の刻だ」


 その言葉を最後に六人は砦を離れ、戦場へと向かった。


          ○


 移動用の魔法陣でグリーナを離れ、そこから馬での移動を経てしばらく、帝国騎士団の幹部衆はようやく目的地へ到着した。

 エリオット・クリストフが決戦の地として選んだのはサントゥアリオ共和国北西部にある広大な荒野地帯である。

 国内で最大の広さを持つ無人地帯として知られており、付近に大きな都市や町が存在しないこともあって管理が行き届いておらず、荒れた地面や乱雑に伸びている雑草、枯れた潅木といった文字通りの荒廃した風景が遙か彼方まで続いていた。

 まだ見ぬ仇敵。

 それは世に魔獣神と呼ばれ、三界の長き歴史の中でも最上級の生物だと言われている。

 地上最強の生物。

 伝説のドラゴン。

 様々な異名を持つその生物を抹殺するべく、本来相容れぬはずの魔族と手を組むことを決めたエリオット・クリストフの目に迷いはない。

 バルカザール帝国が消滅し移住を余儀なくされて以来、或いはサントゥアリオ帝国が滅んで以来、奴隷や娼婦として生きることしか出来なくなった先祖達。

 人としての尊厳を奪われ、戦士としての誇りを踏みにじられた歴史は敗れた彼等が悪いのか。

 勝者が全てを手に入れ、敗者が全てを奪われる運命に抗う術はないというのならば。

 それが戦いに生きる血族の、そしてこの国の揺るぎない価値観であるというのならば。

 再び力によってそれらを取り戻し、勝者として全てを蹂躙する。

 それが国を追われ、度重なる戦の末に蛮族と貶められた先祖達が負け犬などではないことを、気高き魂を持った誇り高き血統であることを、自身の手で国と一族を再建し栄光を手にすることで証明する。

 そのために力を蓄え、戦力を整え、ただその時を待った。

 それが旧サントゥアリオ帝国皇帝の血を引くクリストフが世に『蘇った帝国騎士団』と呼ばれる組織を作り上げた唯一にして最大の理由なのだ。

 そして隣に立つ女戦士ラミアス・レイヴァースの目にもまた、一点の迷いも無い。

 クリストフの野望のために全てを捧げる。

 それがレイヴァースの生きる意味であった。

 三人の隊長達はそれぞれが違ったタイミングでクリストフと出会い、それがそのまま帝国騎士団の名を背負う理由となっている。

 その中にあって一番古くに出会いを果たしたのはレイヴァースである。

 八年前。

 ちょうどクリストフがグリーナ地方で散り散りになって生活していたピオネロ民族を集め始めた頃であった。

 母親共々売られ、買われ、奴隷同然の労働力としてとある田舎の村で暮らしていたレイヴァースの前に現れ、村人を一人残らず惨殺して回った狂人こそが当時先代国王暗殺の実行犯としてお尋ね者となっていたエリオット・クリストフだった。

 母を過労と栄養失調による衰弱の末に失ってからというもの、たった一人で日々続く孤独と重労働に耐えていたレイヴァースを返り血に塗れたクリストフは見下ろした。

 一目見れば目の前に居る男が同じ血を引く人間なのだと理解出来た。

 同時に、男が同じ理由で村人の中で唯一自分だけを殺さなかったのだということも理解した。

 そして、腰が抜けただ怯えることしか出来ない少女に対し、そう大きく歳が違わない男は言った。


「お前にこの国の人間を憎む気持ちがあるならば共に来い。生きる場所と方法を与えてやる。そして、この俺が過去から今に至る全ての同胞の恨みと憎しみを晴らしてやる……この国に血の雨を降らせることでな」


 少女は自分までもが殺されるのではないかという恐怖にただ無言で頷くことしか出来ない。

 しかしそれでも、クリストフはその言葉通りレイヴァースに生きる場所を与えた。

 理不尽に怒鳴られることもなく、無意味に殴られることもなく過ごせる場所を。

 傷んだ生の野菜ではなく火の通った食事を毎日口にすることが許され、牛舎の隅で牧草をかぶって凍えながら眠るのではなくベッドの上で暖かい毛布に包まれて眠ることが許される日々を、クリストフによって与えられた。

 そんな日々をグリーナで過ごすことしばらく、クリストフを始めとする同じ色の瞳を持った男達がその生活を維持するために近隣の町や村、或いは近くの海を通る船を襲撃して回っていることを知った。

 この国では食料も生活に必要な道具もどれだけ金を積んでも売ってはもらえない。

 だからこそ力を以てそれらを手に入れる。それが自分達のやり方なのだとクリストフは言った。

 それだけではない。

 近い将来。より大きな力を蓄え、この国を丸々いただくのだとも言った。

 そのために大昔に存在した帝国騎士団なる組織を復活させる。今はその準備の期間であると、そう言った。

 そして、何度かグリーナを離れるクリストフ達に同行している内にレイヴァース自身の心にも復讐の炎が宿っていく。

 最初は怖いと感じるだけだった。

 出会いの時と同じく、目の前で大勢が血を流し死んでいく。

 十三歳の少女にとってその光景も、平然とそんなことをするクリストフや他の同族達もただ恐ろしいものに映るばかりであった。

 しかし、慣れと共にそんな感情も徐々に薄れ、彼等の言い分こそ当然の主張なのだとレイヴァースは思い始めるようになる。

 目の色が違うだけで何をされても文句は言えない人間なのだと言われ続けてきた。

 そんなこの国の人間達が命乞いも虚しく一方的に傷つけられていく。抵抗も虚しく斬り伏せられていく。

 当然の報いだ。そう思うようになった。

 ざまあみろ。と、心が晴れる自分が居た。

 少しの時を経て、レイヴァースは自身も騎士団に入ることを決める。

 剣術を習い始めてからその血統による恩恵を発揮するまでにそう時間は掛からなかった。

 何年もの間、過酷な重労働に耐えてきた肉体と精神力は瞬く間に周囲の男達を凌駕する腕力と技術へと成り代わっていった。

 クリストフにもそれを認められ、着実に人数を増していく騎士団にあって女戦士達の纏め役という立場を打診された。

 後に二番隊と名を変える、女戦士のみで形成される部隊とその隊長の誕生であった。

 それらの過去もあって密かに、沸々と闘志を燃やすクリストフやレイヴァースの横に立つ二人の隊長達の様相はまた少し違ったものがある。

 ユリウスは仮面の奥で飄々とした表情でただその時を待っている。

 ゲルトラウトは逆に興奮と気の高ぶりを隠そうともせず、期待に満ちた表情と堂々たる構えで敵と相対する瞬間を待つ。

 ユリウスは七年前、帝国騎士団が復活して間もない頃に。

 ゲルトラウトは少しの時を経て五年前に。

 たった一人で大国を相手に武器を振るっていた若き時分にクリストフとの出会いを果たした。

 復讐に狂い、民と王国護衛団(レイノ・グアルディア)の兵士の区別も付けずにひたすらに虐殺を繰り返す殺戮者として。

 ただ自身の強さを追い求めるために暴れては王国護衛団に包囲されてを繰り返す喧嘩屋として。

 それぞれが本能と欲求に従って武を振うことが出来る環境と理由をクリストフよって与えられた。


『俺がこの国を地獄に変えるための力と舞台を用意してやる。代わりにお前の力を貸せ』

『寝言は寝て言えよ……俺を助けたつもりか? 誰がお前の手なんか借りるかよ。俺には仲間なんて必要無い……この国の奴等がそうした様に、この国の全てを奪ってやるんだ……俺自身の手で!』

『討ち死にも本望、か。だが本当にそれでいいのか? それでお前の憎しみは晴れると言えるのか? 全てを犠牲にする覚悟があるならば、少しの時間ぐらい耐えて見せろ。腐ってもこの国は大国だ。一人で出来ることには限度がある。少しの我慢でお前の望む未来が実現するならば安いものだろう』

『恐れるものなんてない……俺にはもう失うものなんてない……だけど、お前にそんなことが出来るとは思えない。結局は一人じゃどうにもならないから徒党を組んでいるだけじゃないか!』

『そうかもしれん。だが、そうじゃないかもしれん。いずれにしても、俺一人が奴等より強いという事実に価値は無い。少なくとも今のお前よりは間違いなく強いとは思うがな』

『…………』

『俺にはバルカザール帝国から続く血族が負け犬ではないことを証明するという大望がある。そして、俺とお前には少なからず同じ血が流れているのだ。互いが互いを利用する、そんな関係も結構なことじゃないか。俺はお前の力を借り、お前は組織の力を借りる。目指すは同じ、この国の崩壊だろう。違うか?』

『何を偉そうに……』

『一つ、良いことを教えてやろう。この国の先代国王を殺したのは俺だ』

『なんだって!?』

『俺はグダグダと虚勢を並べさせるためにお前を連れ帰ったわけではない。お前が望むのは一人で百の敵を殺すことか、百人で一万の敵を殺すことか……若くとも復讐に生きているつもりならば、一端の戦士を気取るつもりならば、今ここで決断しろ!』


 当時、十五歳のユリウスと十八歳のクリストフはそんな言葉の数々を交わした。

 そして、葛藤の末にユリウスはクリストフの組織に身を置くことを決める。

 この男の言う通り、全てを懸けて果たすと決めた復讐を果たせるならば。

 そこに利用できるものがあるならば苦汁も舐めてやろうじゃないかと、一人で戦うことを決めて以来心に巣くう殺戮の衝動を駆り立てる修羅の鬼や絶えず膨れ上がり続けるドス黒い感情を押さえ込み、帝国騎士団の一員となること決めたのだった。

 対照的に、ゲルトラウトが同じ道を歩むに至るまでに特筆すべき遣り取りがあったわけではない。

 多くの同族と同じく、数代前から肉体労働のための奴隷として生きていた。

 二十を過ぎた頃、同じ目を持ち同じ奴隷として生きていた仲間が悪ふざけの延長で死に追いやられた。

 それに激昂したゲルトラウトは実行した張本人、すなわち主人である貴族の息子を拳一つで半殺しの目に遭わせ、自身を捕らえ拷問しようとする主人や警備兵をも薙ぎ倒して屋敷を逃げ出すこととなる。

 父は死んだ。

 家族も居ない。

 己の人生とは何なのか。

 生きてきた意味はあったのか。

 そんな自問を繰り返しながら今にも自分を捕らえに来るかもしれない者達から身を隠し、数日の時を過ごした。

 そして、ゲルトラウトはあっさりと開き直ることを決める。

 隠れて、逃げてという生活を続けていたせいで腹が減って仕方がない。ただそれだけの理由でしかなかった。

 どのみち捕まれば殺されるのだ。

 ならば最後の時まで精々その運命に抗ってやる。好きに生きてやる。

 目の色がどうであれ、身分がどうであれ、奴等は素手の自分にすら勝てなかったではないか。

 そんな思考の下、ゲルトラウトは逃げることを止めた。

 人以下の生物だと言われ続け、その通りに生きてきた自分。

 逆らえば死であると刷り込まれてきたこの国の人間達に対する恐れ。

 その両方を、捨てた。

 それらを暴力によってねじ伏せ、奪うことで必要な物を手に入れ、敵意を向ける者全てを返り討ちにした。

 やがてその名は尾ひれの付いた噂と共に各地に広がっていき、見知らぬ村や町に行ってもすぐに兵士に追われることが多くなった。

 そんなある日。

 誰にも負けぬと豪語していたゲルトラウトは酔った勢いで喧嘩沙汰を起こし、怒った村人達に袋叩きにされて捨てられ動けなくなったところをユリウスの部下に拾われる。

 そしてクリストフと出会い、始めて歴史と過去を知ることとなった。

 帝国騎士団という戦士達の存在を知り、現代にそれを蘇らせ、力によって自身の体にも流れる血を持った一族が最強の部族なのだと証明するつもりなのだと聞いた。

 世界で二番手と呼ばれる大国を数百の組織で相手取り、国を乗っ取る。

 地上最強と呼ばれる生物を倒し、敵討ちを果たす。

 クリストフはそんな野望を自信満々に語って聞かせた。

 ゲルトラウトにとって人生で最も興奮し血が滾った瞬間だった。

 同時に、潜在的に持っていたはずの戦士の性が呼び起こされた時でもあった。

 ほとんど二つ返事で誘いの言葉に乗り、ゲルトラウトも騎士団の一員となることを決断する。

 二十五歳にして初めて生きる場所と目的を得たゲルトラウトはレイヴァース二番隊隊長やユリウス三番隊隊長と同じくすぐに国内に名を轟かせる戦士となり、クリストフの野望と騎士団の存在意義のため、そして自身の生きた証を残すという目的のために戦場に身を置き続けた。

 それらの過去、それらの半生を持つがゆえに恐れず、躊躇わず、後悔もしない。

 ゲルトラウトが様々な事柄に対して難しく考えることをやめ、ただ欲求と団長に従えばいいという生き方を選ぶこととなる原点ともいえる出会いだった。

 そして、そんな二人に付き従う二人の副隊長にもまた、退くつもりは一切ない。

 ラミアス・レイヴァースがエリオット・クリストフに付いていくと決めた様に。

 付き従うと決めた相手と戦場で心中する覚悟がある。

 フレデリック・ユリウスが修羅の道を進むと決めた様に。

 デバイン・ゲルトラウトが本能のままに強さを追い求め、仲間と共に己の生きた証を残すという生き方を選んだ様に。

 自らの意志で決めた自らの生き方を曲げるつもりは微塵もないのだ。

 広大な大地のど真ん中に立つクリストフは二人の隊長と二人の副隊長を一度見渡し、その表情からこの場に怖気付く者など居ないということを再認識すると不敵に、そして満足げにニヤリと笑い、少し離れた位置にユリウスから受け取った宝玉を置いた。

 そして背から刀を抜き、他の五人も武器を取ったことを確認すると同時に爆砲(カロル)を一つ放ち、宝玉を破壊する。

 地上最強の生物が今、蘇ろうとしていた。


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