【第十九章】 それぞれの思惑
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~another point of view~
アークヴェール宮殿は久しく見る慌ただしさに見舞われていた。
淵界、或いは人々が魔界と表現するその世界には基本的に魔族以外は生息していない。
中心に聳え立つ巨大で禍々しい造りの宮殿こそが魔族の長とその配下が暮らしており、魔族の戦力の全てが集約されている根城ともいえる建物であった。
人間との争いは全面対決が間近に迫っている。
かつて例のない、同じ人間であるとある組織と同盟を結んだ結果その目論み通り敵も戦力値の高い国ばかりが連合を組み、勝利がすなわち人間界の崩壊を意味するだけの抗争を実現するに至った。
魔族も持てる戦力を集結させ人間を叩き潰すべく準備をしており、それゆえに宮殿内は普段とは違った騒がしさに包まれているのだった。
しかし、まだ機は熟していない。
それを知っているのは魔族の中でも限られた者のみである。
三大魔獣神の同時復活。
それが帝国騎士団を名乗る人間の戦士達と手を組んだ唯一の理由であり、かつて魔界の神と呼ばれた生物を蘇らせることこそが最大の目的であるという事実は最上位に位置する極少数のみが知る画策であった。
天鳳ファームリザイア、そして冥王龍ボルガという二体に関しては特別強い意味を見出しておらず、あくまで取引上の名分でしかないこともまた、意味を同じくして帝国騎士団の者にすら明かしていない事実なのだ。
そんな魔族の根城にあって、一人本来の持ち場を離れて長く広い回廊を歩く男が居た。
派手な紋様が描かれた茶色いローブを身に纏い、薄く緑掛かった肌と頭部にある湾曲した二本の角が特徴的な魔族きっての魔道士である。
その名はバジュラ。
【呪い師】の異名を持つ、魔王軍最高幹部である四天王の一人である。
四天王は対人間界の実行部隊ではなく、四人いる魔王の側近としてその手足となることが主な役割であり、対人間界の戦いにおいても指示や指令を下す立場ではあるものの主の下を離れて前線に赴くことはそう多くはない。
長男であるメゾアにマグマが付いている様に。
次男カルマにエスクロが付いている様に。
末妹のシェルムにシオンが付いている様に。
バジュラも三男であるドネスの側近というのが通常の立ち位置であった。
しかし、バジュラはすでにその役割を放棄している。
幼く、争いの歴史や敗北の苦汁を知らないシェルムとは違い、ドネスは偏にその臆病な性格が原因で戦うことを恐れ、避け、本来魔族が持って生まれるべき闘争本能が著しく欠如していると言えた。
側に付いていたところで部屋から出てくることはほとんどなく、地上への侵攻になど微塵の興味も示さず、暇つぶしなのか趣味なのか魔界植物を育てる以外に自発的に行動している姿を見た記憶などどこまで時を遡らなければならないのか分かったものじゃない。
そんなドネスを早々に見切ったバジュラは今現在カルマの指示で動いている。
野心の強さで言えばメゾアも似通ったものがあるが、誰よりも魔族の一時代を築くことに対する執着が強い。
それでいてメゾアと違って冷静かつ計画的に事を進める度量も持ち合わせているカルマこそが我らを率いるべき存在なのだと、バジュラは信じて疑ってはいなかった。
そして、淵帝ゴアもそんなカルマやバジュラを特に咎めることもない。
この抗争の舞台となるサントゥアリオでの活動も、邪神アステカ復活の儀式も、カルマの指示の下バジュラが中心となって進めているのだ。例えそれらの事情がなかったとしても、咎めるはずもなかった。
「カルマ様、ご報告に参りました」
バジュラは宮殿最深部にあるカルマの部屋へと到着すると、大きな扉を二度拳で叩いた。
内部から短く『入れ』と言葉が返ってきたことを受けて、そのまま部屋の中へと足を踏み入れる。
部屋には豪壮さの際だつソファーに腰を掛け、片手にワイングラスを持ったカルマが一人居るだけだ。
側に控えていることが多い一番の腹心であるエスクロの姿は無い。
もしかすると自分が行おうとしている報告内容を先読みしてフローレシアに行かせたのだろうか。
そんなことを考えつつ、バジュラはカルマの前で跪く。
「先程サントゥアリオより報告がございました。彼奴らが無事エルワーズ・ノスルクを始末したとのことです。直ちに代価の引き渡しを望む、例の場所にて待つ。と、カルマ様への言伝を」
バジュラが帝国騎士団との取引のためにサントゥアリオ共和国に残したものは三つ。
騎士団員が国内を移動するための転移魔法陣。
占拠した主要都市への侵入を察知する結界。
そして、連絡用のデビルズミラーという遠隔通信の能力を持つ魔物である。
騎士団との遣り取りは主にバジュラが担っており、その魔物を通じて対話をすることによって為されているのだ。
「思ったよりは早かったな。数で圧倒的に劣る状態で人間共の連合を相手にし、占拠した都市を防衛しながら異国での暗殺までやってのけるとは、奴等の執着も相当なもののようだ」
報告を受けて、カルマは微かに嘲るような笑みを浮かべた。
誰がどう考えても互いに利用し合うだけの腹である同盟関係だ。
どこまで利用できるか、どこで切り捨てるか。
そんなことを、特に真剣味を持たず半ばゲーム感覚で考えていた。
「消え失せた祖国が余程大事なようでございますな。しかし、つい先程グランフェルト周辺で異様な魔力を持つ七色の巨大な怪鳥を確認したと部下から報告を受けております。天鳳が復活している以上、あの者共の報告が虚偽ということはないかと思われます」
「こちらもそれなりに戦力を提供したのだ、そこは疑ってはいない。エルワーズ・ノスルクの暗殺はともかく、人柱を集めることに関してはそれなりに役に立った。忌まわしき人間共を一掃するためならば利用価値に免じて多少の温情ぐらい見せてやるさ」
「では、直ちにサントゥアリオへと向かうので?」
「我々にもやるべきことがある。下らぬ取引に時間を割きたくはないだろう」
「仰せのままに」
バジュラは跪いたまま頭を垂れる。
その体勢を数秒維持したのち立ち上がるとすぐに転送魔術を発動させ、カルマ共々部屋から姿を消した。
○
帝国騎士団と魔王軍の密会の地となっているのはサントゥアリオ共和国最北部、グリーナ地方の側にある大きな山の山頂だった。
利便性を踏まえるならば騎士団本部を使うことが最も効率的ではあったが、騎士団員の強い拒絶によってグリーナへの立ち入りを認められていないことがその理由である。
過去に一度、遣いに出たエスクロが無断で立ち入ったことがある。
特に決裂に結びつくような諍いに発展することはなかったが、それによって警告じみた抗議を受けた結果、計画の頓挫を面倒に思ったカルマの命令によって魔王軍はそれ以来許可無く立ち入ることを止めたのだった。
カルマとバジュラは強い日差しが差す山中に降り立つと、山頂までの少しの道を登っていく。
マジックアイテムによるものではなく、呪文によってその身を転送するというのは魔族独自の魔術である。
高度な魔法であり、誰しもに扱えるものではない。これもまた、バジュラが魔王軍最強の魔道士と呼ばれる所以であった。
やがて二人が山頂に辿り着くと、そこにはすでに騎士団の戦士が居た。
変わった形状の鉄仮面で顔の半分を覆っている若い男、そして腰に二本の鎌をぶら下げた年端もいかない少女という男女の二人組だ。
カルマやバジュラは男の方がユリウスという名の騎士団で隊長を務める幹部級の男であるということは知っていたが、少女に関しては何ら情報を持っていない。
情報が不足しているのではなく、始めから興味も関心もないからだ。
「クリストフはどうした。こちらはカルマ様が直々に参ったというのに、貴様等にとっては団長が出向くまでもないことだとでも言うつもりか?」
双方の距離が縮まると、真っ先に口を開いたのはバジュラだった。
不快感を露わにし、その大きな目で二人をギロリと睨み付ける。
「勘繰るな。団長殿は静養中で動けぬゆえ代理で来たまでだ」
ユリウスは淡々と言葉を返す。
すぐ隣で敵意を剥き出しにして鋭い目を向ける少女、すなわちアリフレートと違ってそこに感情の乱れは感じられない。
他者の言動に逐一反応し怒り散らすレイヴァースや自分が楽しむために敢えて挑発に乗るゲルトラウトとは違い、元来ユリウスは誰かの言葉や態度に心を乱される性格ではない。
鉄仮面によって表情が隠れていることがよりその印象に拍車を掛けてはいたが、先手を取って言葉を投げ掛けたバジュラにとってもそれは意外な反応であった。
会話をした経験こそ片手で数えられる程であったものの、エリオット・クリストフからは『俺よりも余程憎悪に狂っている男だ』と聞いていたからだ。
「静養中とは興味深い話じゃないか。誰かに痛手でも負わされたか? 好戦的なのは結構だが、時と場合と相手は選ぶべきだという箴言は人間が残したものだったはずだがな」
カルマが割って入る。
魔王カルマもまた、堂々たる風格と余裕のある薄笑いを浮かべた表情を崩すことはない。
「宿願を前に少々はしゃぎ過ぎただけのことだ。特に傷を負ったわけではない、すぐに戦線に復帰するだろう」
「その後は冥王龍と一戦交える、という話だったな」
「そうらしいな。俺にとってはどうでもいいことだが」
「少数で挑むにはいささか無謀な戦にも思えるが、血は争えぬということらしい。歴史を繰り返すことにならないことを願っておくとしようじゃないか」
「流れる血によって生き方が変わったわけではない。流れる血によって生き方を変えられたのだ。いつまで軍隊ごっこを続けるつもりか知らぬが、下らぬドラゴン退治などより下らぬ人間共を一掃する方が何倍も意義があることだと思うがね」
「フッ、同じ種族同士で滅ぼし合おうというのだから人間とは可笑しなものだ。だが、我々の準備も最終段階まで来ている。果たしてお前達の出る幕が残っているかな」
「要らぬ心配は他所でしていろ。どのような結末を迎えようとも、俺が立ち止まることはない。さあ、四方山話はもういいだろう。こちらは全ての条件を満たした、例の物を渡してもらおう」
「焦らずとも取引を反故にするつもりなどないさ。人間がせっかちなのは寿命の短さと関係があるのかどうか、是非聞かせて欲しいものだな」
「…………」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべるカルマに対し、ユリウスは御託は結構だと言わんばかりに無言で睨み付けるだけだった。
やれやれ、と。
冗談の通じない奴だ、と。
カルマは敢えて口にして、右手を広げるとユリウスに差し出した。
その手はすぐに白い光を帯び始め、その光が消えると同時に黒い宝玉が現れている。
ユリウスは宝玉を受け取ると、隣に居るアリフレートへと雑な手付きで手渡した。
「その宝玉に冥王龍ボルガが封印されている。実際に目にしたことはないが、我が父の操る魔界龍とどちらがより凶悪な生物かというレベルの話の様だ。精々死なずに戻って見せるがいい」
カルマは無言のまま背を向け立ち去ろうとするユリウスに別れの挨拶に代わる激励を投げ掛けた。
ユリウスは足を止めれど決して振り返ることない。
「要らぬ心配が好きなのは魔族の無駄に長い寿命がそうさせるのか、是非お聞かせ願いたいものだ」
と、吐き捨てる様に言い残し、アリフレートと共に背後に残していた馬に跨るとそのまま去っていった。
その後ろ姿が見えなくなるとバジュラは視線はその方向を見たまま憎々しげな表情を浮かべる。
「人間の分際で大層な口振りでございますな。用済みになれば揃って始末されるだけとも知らずに」
「捨て置け、奴等がどうなろうとただの道楽の延長に過ぎぬわ。無事に儀式を終え、こちらの体勢が整うまでは人間同士でやり合わせておけばいい」
「しかし、よろしいので? 天鳳や冥王龍を野放しにして」
「いずれも何者かの支配下に成り下がるような生物ではない。天鳳がそうある様に、勝手に暴れて勝手に人間を殺してくれるのならばそれで構わないさ。奴等が死に冥王龍が人間を滅ぼそうとも、奴等が勝ち奴等が人間同士で殺し合いを続けようとも我らにとって大差はない」
「ですが、貴方様の血を使えば……」
「ドラゴンの持つ強い耐性に対してどこまでの効果があるのかは定かではない。そして方や天の遣いとくれば不確定要素に頼ってまで戦力としてあてにする必要もないだろう」
「魔界の神がいれば十分である、と」
「邪神とお前やエスクロ、そしてその上に立つこの俺が居ればそれで十分だ」
「仰る通りで」
「さて、寄り道も済んだ。俺達もフローレシアに向かうとしようじゃないか」
「御意」
カルマとバジュラはニヤリと凄惨な笑みを浮かべ、その場から姿を消した。
〇
ユリウスとアリフレートは山を下りると、落とした橋の代わりに設置された魔法陣によってグリーナへと戻っていく。
特に急ぐわけでもなく、パカパカと並んで森の中を奥へ奥へと向かって馬を走らせる二人だが基本的にユリウスからの会話のきっかけを作ることはない。
去り際の遣り取りからして機嫌を損ねているのではないかと思ったアリフレートは何気ない口振りを装い、懐から山頂で受け取った宝玉を取り出した。
「本当にこんなガラス玉みたいな物にドラゴンが封印されてるんスかね~。ちなみに、これ捨てたらどうなりまスかね?」
「そうしたいならそうしてくれ。俺が困ることはない」
「嫌ッスよ! 団長やババアにぶっ殺されるじゃないッスか。ていうか、あたしが持ってるってだけでもおっかないんスから。フレッド先輩が持っててください」
アリフレートはユリウスに宝玉を差し出す。
ユリウスは面倒臭そうに一瞥し、渋々それを受け取ると顔の前まで持ち上げてまじまじと見つめた。
「こんな物に執着してダラダラと時間を浪費していると思うと馬鹿らしい限りだな」
「帝国騎士団にとってはそれが全て、みたいなところがありまスからねぇ。あたしは両親の顔も覚えてないですし、なんで死んだのかも知らない分あんまり敵討ちって感じでもないッスけど、他の人達はほとんど殺されたり戦って死んだりって家系ですから」
「遡っての先祖ならまだしも、現団員の親兄弟が冥王龍に殺されたわけではないだろう。それはこの国の人間に向けるべき憎しみではないのか?」
「うーん……それはそうなんでしょうけど、歴史を辿ればこの国に移り住むことになったこと自体は冥王龍ボルガのせいってことに違いは無いッスからね」
「お前がそう言うなら、そういうものなのだろうな」
口ではそう言っていても、やはりそれはユリウスには理解出来ない感情であった。
恨みを晴らし、栄光を取り戻すことを目的としている戦闘部族がなぜ龍退治などに必死にならなければならないのか。
国や血統に如何ほどの価値があるというのか。
そんなもののために戦い、血を流し、死んでいくことを誇らしく思うことに何の意味がある。
もっと直接的に、この国のゴミ共を殺し血の雨を降らせることこそが何よりの復讐であり、自己存在証明となるのではないのか。
ユリウスの価値観ではどうしたってそんな考えが遙かに勝ってしまう。
しかしそれでも、理解は出来ずとも帝国騎士団にとってはそれが全てであることを知らないわけではない。
何年もの間その中に混ざって生きてきたのだ。
今は無きバルカザール帝国とそこに生きた過去の人間達の弔い合戦と武力による種族の繁栄にただならぬ執着を持っている様を嫌というほど見てきている。
ユリウス自身も力無き己を嘆き、当時十代の自分一人ではこの国を地獄に変えるという目的を果たすことは出来ないとクリストフの誘いに乗り、誓いを立てた。
だからこそ冥王龍の打倒が騎士団復興に必要だと言う限りは何度その約束や隊長という立ち位置を放棄しそうになっても組織に身を置き続けている。
ゆえに、そんな心根を口にすることはどうにも憚られた。
「それよりも、ッス。本当にあたしら隊長副隊長だけで化けもんと戦うんスかね~。いくら団長や先輩がいるといっても普通に怖いんスけど。あたしドラゴンなんて見たこと無いッスよ」
あってない様な生き方、考え方のまともさという意味で自分か騎士団かという比較ならばどう考えても騎士団に近いであろう幼いアリフレートに価値観の違いを語って聞かせる意味はないとユリウスが黙っていると、何かを察したのかアリフレートは話題を変えた。
修羅の道に付き合う覚悟がある。
ユリウスと共になら誰とでも戦う覚悟がある。
そんなアリフレートだからこそ、例え表情が見えずとも、何ら口にせずとも、ユリウスが考えたくもないことを考えていると雰囲気で分かるのだ。
「負ければ騎士団の野望も消え失せ、魔族共かこの国が勝者ということになる。そんな未来のために数年の時を過ごしてきたわけではあるまい」
「どうせ死ぬならフレッド先輩の胸の中か、そうじゃなくても先輩の盾になって死にたいってもんッス」
「勝とうが負けようが俺は死ぬつもりはない。お前は自分がそうならないことだけ考えていろ」
「その訓示、しかと心に焼き付けておきまッス!」
アリフレートは満面の笑みを浮かべ、馬上で敬礼のポーズを取る。
ユリウスには何を楽しそうにしているのかも理解出来なかったが、それっきり言葉を返すこともなく鼻歌交じりに一歩先を進んでいくアリフレートの後に続き、砦へと戻っていった。




