【第十八章】 託されしもの
1/20 台詞部分以外の「」を『』に統一
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「……………………」
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「……………………」
どうやら、どれだけ考えてもこの状況から脱する術など思い付くことはなさそうだ。
辺り一面真っ暗。
真っ暗というよりも、むしろ真っ黒というべきか。
何も見えない。
何も聞こえない。
自分の体だけが暗闇の中にはっきりと姿、形、色を維持してはいるが、それ以外は全てが黒だった。
立っている自覚はあるものの、足下すら黒一色なのでどこに立っているのかも分かりゃしない。
直前の光景からして僕は天鳳に食われてしまったんだろうけど、人間って死んだらこういう場所に来るものなのだろうか。
それがこの世界だからなのか、日本で死んでも同じものなのかは全く分からないし大して興味もないけど、少なくとも前に天狗の化け物の刺された時にはこんな空間に来てはいないんだけど……死んだのと死にかけただけとでは違いもあるというものか。
「といっても、僕はこれからどうすればいいんだろうか。死後の世界に独りぼっちってこれ……」
二次元的なイメージでは案内の人とかが来てくれたりするんだけど。
なんて、現実逃避の様な台詞を頭で思い浮かべながらも心は途方に暮れていた。
化け物と殺し合いをしている中に加わっている時点でこういう結末は大いにあり得たことだし、死んだなら死んだでそれは仕方ないことだけど、せめてその後のことはもう少しちゃんとして欲しいものだ。
そんな不満を胸に、どこまで続いているのかも分からないただ真っ暗なだけの四方を見渡してみる。
とにかく、いずれかの方向に進んでいけばどうにかなるかな……。
来る前にミランダさんとアルスさんに破り捨てられた母さん達へ宛てた手紙を書き直しておかなかったことへの後悔が心残りとして一番に思い浮かぶ中、渋々ながら歩き出そうとした時だった。
「ここは死後の世界ではありませんよ。貴方は死んでなどいません」
不意に、背後から声がする。
振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
見た目の推定は三十歳ぐらいだろうか。
落ち着いた雰囲気がある、袖の無い全体が羽毛で出来ている様なやけにカラフルでふわふわのドレスを着た髪の長い綺麗な女性だった。
「突然この様な場所に呼び立てて申し訳ありません。少し、貴方と話がしたかった」
一瞬言葉を失う僕に、女性は言った。
前後の状況や七色の羽毛のドレスという風貌。それらから想像するに……。
「あなたは……もしかして」
「ご想像の通り。先程まで貴方の目の前に居た化け物の真の姿、それが私です」
「天鳳ファームリザイアの……真の姿」
「ファームリザイア、ですか。今はそう呼ばれているのですね、私達は」
「そう呼ばれているって、そういう名前ではないんですか?」
「私個人の名はファーム・ジェスタシア。言い伝えられるうちにいつしか形を変えてしまったのでしょう。大前提として天鳳という存在は私一人ではないのです。私個人の名が天鳳の名として認識されていることがそもそもおかしな話であると言えます」
「一人ではないって……他にも居るんですか? あなたと同じ様に、天鳳と呼ばれる生物が」
「そういう意味ではありません。親から子へ、子からまたその子へとその役目を受け継がせていくことで永久の存在となっている。それが私達、天鳳という生物なのです。私もまた、あくまでその過程の一つであるに過ぎません」
「なんだか、色々と急過ぎてどこまでを現実や事実として受け入れればいいのかという感じですけど……まずここはどこかということを聞いてもいいですか?」
「ここは思想空間です。分かりやすく表現するならば、この心の中にある絶対領域の様なもの。私達はこういう方法で対話をすることが出来る。他の誰にも邪魔されない形で」
「絶対領域……」
そろそろというか、早くも理解が追いつかなくなってきた。
だけどそれでも、この人があの天鳳であることは恐らくと前置きが入るとはいえ間違いなさそうだ。
というのも、それ以外の可能性がやっぱり死んでいたというパターンしか思い浮かばないからだ。
だからといって全てを信用していいかどうかはまた別の話になるのだろうが、この人は確かに僕と話がしたかったと言った。
もしも僕が死んでいないのなら、この人にはそれが出来たはずだし、そうしなかった理由がどうあれ僕は助けてもらえたということ。
食べられる直前で天鳳の動きが止まった様に見えたのが勘違いじゃなく、今僕が本当に死んでいないのならば、それは言い換えれば見逃してもらえたということだ。
ならば今ここで敵だ化け物だと敵対心を露わにすることは間違いなく正しいことではないはず。
「それで、ですね。えーっと、ファームさん? いや、ジェスタシアさんとお呼びするべきでしょうか……って、ちょっとそれ」
僕にどういう話があるのでしょうか。
そんな質問をしようとした時、ジェスタシアと名乗る天鳳の真の姿であるらしい女性の右腕から鮮血が滴るのが目に入った。
肩の辺りから腕を伝って地面にポタポタと滴を落としている姿がとても痛々しい。
「気にしないでください、特に痛みはありません。私の持つ不死性が失われつつあるのです。本来貴方に明かすべきことではないのかもしれませんが、このまま戦いを続ければいずれ私は朽ちてしまうでしょう」
「朽ちるというのは……死んでしまうということですか?」
攻撃をした側にいる僕が心配するのもおかしな話なのだろうが、表情一つ変えずにそんなことを言う女性の姿に少し心が傷んだ。
全長十メートルの化け物相手ならいざ知らず、それが目の前に居る女性だったのだと認識するだけで酷いことをしようとしていたのではないかという錯覚を覚える。
いや、正直に言えばそれが錯覚であるのかどうかすら、よく分からなくなっていた。
「先程も言いましたが、天鳳に死という概念はありません。その役目を託し、それによって自身の役目を終えることで不死なる生物ではなくなるというだけのこと」
「…………」
つまり、その名と役目を託した者が居るならばそれが新たに天鳳と呼ばれるべき存在であり、そうすることで永遠にその存在が受け継がれていく、ということか。
ノスルクさんの話によれば、天鳳が死という概念を持つのは役目を終えたと自身が認識した時、或いは子にその役目を受け継がせた時、とあったけど、百年間壺の中に居たこの人が自身の役目を終えたと思うとは思えない。
ならば。
「つまりあなたは……既に子にその役目と名前を受け継がせている、ということですか」
「長きに渡ってこの身を封印されるよりも前の話です。そして、我が子から貴方の名を聞いた覚えがあった。それが貴方が今ここに居る理由なのです。貴方の名を、聞いてもよいですか?」
「僕は……康平です。樋口康平」
「やはり、聞き間違いではありませんでしたか」
女性は、ジェスタシアさんは、感情を読み取ることが難しい表情で呟いた。
百年以上前に生んだ子供が僕の名前を口にしていたと言うが、聞き間違いではなくても勘違いではなかろうか。
そんな誰かに会ったことはないし、知らないうちに会っていたとして何故僕の名を口にしているのかも一切不明である。
しかし、ここが日本なら同名の誰かだという言い分も成り立つのだろうが、この世界に康平なんて名前の人間はきっと居ない。
考えれば考える程に何が正しくて何がおかしいのかが余計にごちゃごちゃになってくるな……。
「私が子を成したのはあの壺に封印される少し前の話。私は私の役目を果たすべく我が子を天界に居る旧友に預けたのです。まさかそれが百年に渡る別れになるとは思いも寄りませんでしたが、今こうしている様に例え封印されていようとも対話は出来ます」
我が分身から貴方の名を聞いたのは少し前のことです。
と、ジェスタシアさんはやや悲しげな顔を僕から逸らし、何かを思い出そうとする様にどこか遠くを見つめた。
「もしも力による排除という方法以外で争いの無い世界を実現することが出来る人間がいるのならば、それはコウヘイという少年ではないかと思う。そう言っていました。あの子にはどこか他の人間とは違う何かがあるようだ、とも。今は先にやることがあると言っていましたが、どこで何をしていることやら」
「…………」
「本当に貴方に他の人間とは違う何かがあるのならば、それでいて対話が出来る相手だったならば、いつしか食い違っていた認識を正し、争いの連鎖を止めるきっかけになるのではないかと思った。それが貴方をこの空間に呼んだ理由です」
「食い違っていた認識、というのは?」
言うと、ジェスタシアさんは再び僕を見る。
「貴方は、貴方達はなぜ私と戦っているのですか?」
「それは……あなたを倒さなければ世界が滅びるから」
「やはり、そういう理由だったのですね」
「いや……そうじゃない。正確に言えば、滅びると聞いたから」
そう。
僕達が戦っている理由は、ただそういう風に伝え聞いたから。ただそれだけなのだ。
「人間の認識で言えばそれが正しいことであるとされているのでしょう。理由もなくこの命を奪おうとするならばと反抗した私にも非があったかもしれません。ですが、どんな生物であっても、どんな理由があっても、それは全ての命に共通している行動原理と言えます。この百年の恨みが無かったわけではありません。目の前にあの時私を封印した一人が居たことも大きな要因でしょう。それでも、やはり本来の有り方を考えるとそのような理由で争い事をするべき立場ではなかったと言えます。申し訳ありません」
ジェスタシアさんは丁寧に、深く頭を下げた。
予想外の行動に僕は慌ててそれを止めさせる。
「や、やめてください。頭を下げるために僕を呼んだわけじゃないですよね? 僕達に誤解があるというのならまずそれを聞かないことには僕にはなんとも言えませんし、その誤解が納得出来るものじゃなければお互いどれだけ頭を下げようと謝罪の言葉を並べようと意味はないはずでしょう」
「誤解、と言うべきかどうかは難しいところなのです。しかし、私達は世界を滅ぼすために存在するわけではない。そのような役目を担ったことは一度としてない。そればかりは譲れない事実だと言わせてください」
「でも、だったらあなたの本来の役割とは一体……世界を滅ぼす存在であるということが誤解だったとしたら、それは……」
「今では魔獣神などと呼ばれていますが、私達は元々は地上の守り神と呼ばれる存在でした。争いの無い世界をもたらす守り神である、と」
「守り神……」
「はい。そして、地上に降り立ちそう呼ばれる以前は天界の神の一人だったのです」
「か、神?」
「はい、私は神でした」
「…………」
正直、何を言っているのか全然分かりません。
なんて率直な感想を素直に口に出来れば少しは気持ちも落ち着くのかもしれない。
しかし、悲しきかな僕はこの人の機嫌を損ねたり、そうでなくとも話す価値の無い相手と見なされればその場で殺されてしまう可能性が大いにあるので言葉と態度を選ぶ他なく。
この島に来る前にノスルクさんから『神が作った門が云々』という話を聞いている分だけその存在から疑うことにはならずに済んでいるが、天界という存在すら何が何やらという僕にとって、そうでなければいよいよ頭が追い付いていなかっただろう。
そう言えばノスルクさんは『天界に居る友人が~』みたいな話もしていたけど、よくよく考えると友好関係や見識が広いという次元の話じゃないよね、それって。
とまあ、あの人の凄さは今は置いておくとして、半ば放心しかけの僕に対してジェスタシアさんは一貫して落ち着いた様子で、どうにか事実として受け入れる前提で話を聞いていながらも逐一聞いた言葉に疑問符を付けて返さないと会話も成り立たない状態の僕を煩わしく思っている様子もなく、ただただ言葉を並べた。
「といっても、多くの人間が認識している神とはまた違うのでしょう。神とは信仰上の存在ではない。天界における神とは、天界を統べる者達が持つ称号なのです」
かつて、天界には八人の神がいました。
ジェスタシアさんはそう言うと、神々の名を順に述べていく。
【絶対神 ケイオス】
【炎の化身 サラマンダー】
【水の精霊 ウィンディーネ】
【大地の守護者 ノーム】
【風の語部 シルフィード】
【魂を司りし死神 シヴァ】
【時の番人 クロノス】
そして
【不死の使者 フェニックス】
「何百年もの昔、私は天界を追放されました。勿論今の私ではありません。過去の天鳳という意味です。今では他にも追放された神がいるようですが、それはまた別の話としておきましょう。私はその後地上に来た、そして子を成した。収まる道を失った争いを浄化するべく、戦った」
「そして……地上の守り神と呼ばれるようになった?」
「その通りです。しかし、どういう理由であれど人々を攻撃し、滅ぼしてしまう天鳳という存在がいつまでもそう呼ばれることはなかったのです。私は既に役目を終えた。いずれ我が子が私の後を継ぎ、収まりどころを失った争いを浄化するべく地上に降り立つでしょう。無に帰すという方法しか私たちは知らない。それが存在理由であり本能であり、生まれ持った役目だからです。多くの生けとし者からすればそれは非難されるべき方法であることを理解出来ないわけではありません。だからこそ私自身も攻撃され、封印されてしまった。まさに今この瞬間も同じです。まるで破滅をもたらす悪魔であるかの様に、問答無用に退治されようとしている。地上の民も、天界の民も、魔族も、お互い滅ぼし合うことをやめはしないのに、他者がそれをもたらそうとすれば悪であると断定する」
「でも……それは、どちら側の言い分も間違っているとは言えないんじゃないでしょうか。そこにどんな理由があったとしても、黙って命を奪われる生物なんていないというのはジェスタシアさんも言っていたことじゃないですか」
言うまでもなく、終わらない争いを繰り返していることは愚かなことだと僕は思うし、それを止めるのが天鳳という存在だったなら、それをも力によって駆逐しようという考えが正しいとは思わない。
しかし、それはもうどちらが正論かという問題ではないはずだ。
争いをやめない人間が悪い。だから黙って皆殺しにされろ。
そんな理屈が通るはずもない。
かといって、争いを止める必要はないという考え方も同等に間違っていることは議論するまでもないことだ。
それはつまり、捉え方を変えると……。
「始めから争いが無ければ天鳳が人々を滅ぼすこともない……争いの無い世界というのは……そういう意味、ですか。争う者はやがて滅ぼされてしまうという認識による、言わば抑止力の様なもの。それが天鳳という存在……」
「貴方がそう思うことが出来る人間でよかった。今となってはあの子の言葉も間違ってはいなかったと思います。そして、随分と前置きが長くなってしまいましたがここからが本題なのです」
ジェスタシアさんの話を真剣に聞こうとしていることを自覚すると同時に、知る由も無い事実に気付き、それによっていつしか警戒心や疑心が薄れていたことをも自覚する。
この思想空間から脱したとしても、きっと僕はみんなに戦いを続けさせることは出来ないだろう。
どうやってクロンヴァールさん達を説き伏せるか、今となってはそんなことばかりが頭に浮かぶ。
「私はもう役目を終えた。あの壺から解放されたのなら、このまま昇天しこの名を我が子に託したい。そう思っています。あの者達が愚かにも戦い、邪魔者を排除するという方法を取るつもりならば私はそう思ってはいなかったでしょう。そういう意味でも貴方がこの場に居てくれてよかった。もしも我が子が私の役目を引き継ぎ、いつかこの世界の争いを無くそうと動いた時、あの子の味方でいてあげてくれませんか? それが私の最後の望み。そして、貴方に託し我が子に残す最後の想い」
「それは……僕の立場からすれば方法や考え方によるとしか言えませんけど、どうなったとしても僕はあなたたちが全てを無に帰すという方法をとる前に争いが無くなって欲しいと強く思っています。そして、あなたやあなたの子が退治されて解決という考え方も、今となっては間違っていたと思わざるを得ない。争いによって失われていい命なんて僕はあるとは思えないし、あってはいけないと思っています。この世界で戦っている人達を見ていた時も、自分がその中に入ってからも、その気持ちはずっと変わらない。だからこそジェスタシアさんの子供がそれをしようとしていると知れば止めようとするでしょうし、止めたいとも思う。逆に人々が世界を守るためにとあなた達を排除しようとするならばそれも止めたい。戦うことも出来ない僕なんかに何がどこまで出来るのかは分かりませんけど、その考えだけは何があっても失いたくはないんです。それが僕がこの世界に居る意味で、理想を語ることしか出来ない無力な人間であったとしても、そんな僕に力を貸してくれる仲間がいますから」
例えどんな理由があったとしても戦争になんて参加したくないし、戦争をしていること自体が嘆くべき現実だと思うようになった。それはこの世界に来て様々な経験をしたからだ。
そこに周りの人達が関わらざるを得ない理由があるならば、無事で居て欲しいという気持ちだけではなく、誰かが傷ついたり命を落とすことで解決という結末を迎えて欲しくはない気持ちは常にあるのだ。
甘い考えであることは重々承知。
そんな考えで争いが無くなれば誰も苦労もしない。悲しむこともない。
この世界に限らず元居た世界でだって同じだろう。他の誰かが同じことを言っていれば平和な脳みそですねと皮肉りたくさえなる馬鹿げた言葉だ。
魔王軍が相手であるにせよ、帝国騎士団が相手であるにせよ、僕が当事者として、或いは当事者のそばで争いの中に居るのはこの世界であるがゆえのこと。
そんな世界だからこそ、せめて側に居る人や僕を必要としてくれる人達のために逃げずに立ち向かう。
そして、セミリア・クルイードが助けを求めている人を救いたいと思うのならば、争いを嘆く気持ちがあるのならば、僕はその意志を後押しするために出来ることをする。
それが自分の存在意義だと自分で決めた。今なおその気持ちに変わりはない。
そんな僕なりの決意や覚悟が満足のいく回答だったのか、ジェスタシアさんはここにきて始めて笑みを見せた。
にこりと、慈愛に満ちた柔らかな微笑だった。
「そう言ってくれるだけで十分です。争いを憎み、嫌う者がいつか争いを無くしてくれることを願う。そうすれば私達が本能のままに、滅びによって争いを消し去る必要もなくなる。いずれにしても私は私の役目を終えた。あとは我が子と、貴方にこの世界の未来を託しましょう。そして、貴方にもう一つ託したい物があります」
そう言うと、ジェスタシアさんは広げた手のひらを僕に差し出した。
何も持っていない手が一瞬きらりと光ったかと思うと、どこから現れたのかその手には二つの羽根が乗っている。
まさに七色をした、とても綺麗な羽根だ。
「この先、貴方が我が子や我が親友に会うことがあったならばこれを渡して欲しいのです。我が子の名はアダム。そして我が親友の名はシャロン」
どうか、よろしくお願いします。
そう言って、ジェスタシアさんはもう一度頭を下げた。
アダム。
やはりその名に聞き覚えはない。
そして正直に言えば天界に居るという友人に会うことがあるとも思えない。だけど、
「会うことがあるかどうかは分からないですけど、もしもそうなった時には必ず」
無意識に受けとっていた羽根を少し眺め、僕はそう言った。
ジェスタシアさんはそれでもにこりと微笑み、言葉はなくともその目や表情が『ありがとう』と僕に告げていた。
そして、
「今からこの空間を解除します。そうしたら私の嘴に触れてください。それを合図に、この身を天に返しましょう」
ジェスタシアさんがそう言った瞬間、黒以外に何も無かったはずの視界がまるで霧が晴れていくかのように色を取り戻し始める。
ほんの二、三秒のことだろう。
あっという間に目に映るものから音や臭い、感じる温度も含めて全てが元居た無人島へと戻っていた。
大きな口を開けて僕を飲み込もうとしている天鳳の顔が目の前に居るあたり、あの真っ暗な空間に飛ぶ直前の状態を維持しているらしい。
まるであの瞬間から今この瞬間まで僕達以外の時間が止まっていたかの様に。
「コウヘイ!」
その推測を裏付けるように、少し前に聞いたはずのセミリアさんが僕を呼ぶ声が聞こえてくる。
目の前で静止していた天鳳はバサバサと羽音を立てながら低空飛行をしていた体勢を変え、その二本の足で僕の前へと着地した。
翼を閉じたことによって視界を埋めていた天鳳の体積が減り、向こうに居るセミリアさん達の姿が目に入る。
僕はすぐに剣を構え、今まさに天鳳に攻撃を仕掛けようとしているセミリアさんやジャックを手で制した。
「……コ、コウヘイ?」
「大丈夫です。もう、戦いは終わりましたから」
間違いなく状況を理解していないであろうセミリアさん達は言葉を失い、武器を手にしたまま固まっていた。
それでも僕は彼女達から目を逸らし、目の前に立つ天鳳を見上げる。
すると、天鳳は腰を折ってお辞儀をするように頭部を僕の体の前まで下げた。
既に燃え盛る火の鳥と化していた姿は影を潜め、元の七色の鳥の姿へと戻っている。
少しのドキドキとする怖さを胸に、僕は一メートルとない距離にある天鳳の嘴にそっと触れた。
それを合図に。
そんなジェスタシアさんの言葉の通り、次の瞬間には天鳳の全身を目映い光が包んでいく。
そして、自ら僕の手から離れたかと思うと、その大きな体はほとんど真上に飛翔していった。
まるで天に向かって飛ぼうとするが如く、ゆっくりと、だけど確実に、天鳳は遠ざかっていく。
やがてその全身は炎に包まれ、これまで見た再生する時の様子とは逆で炎ごと体が消えてなくなってしまったかの様に、徐々に小さくなっていく炎の塊が完全に消滅すると同時に天鳳も姿を消してしまった。
『人々と我が子、そして貴方に幸あれ。どうか約束を忘れないでください』
何も居なくなってしまった上空をそのまま見つめる僕の頭の中に、そんなジェスタシアさんの声が響いた。




