【第十五章】 真実
※10/5 誤字修正
11/29 誤字修正 クロンヴァール→クロンヴァールさん
「エルワーズ・ノスルクとお見受けする。こうして直接会話をする機会を得たことを光栄に思う」
小屋に到着するなり、過去最大の人口密度になった小さな部屋の中で初対面のシルクレア勢が自己紹介を始める流れになると同時にセラムさんが跪くような体勢でノスルクさんへと頭を下げた。
世界一の魔法使いと言われているセラムさんがそこまでの態度を取るとは……やはりというか、ノスルクさんは凄い人物だったのだと再認識させられた感じである。
「そう畏まらんでおくれ、今はただの隠居した老いぼれじゃよ。貴公の噂は聞いておる。その抜きん出た能力を以て国や世界のために戦っておるお主の存在は同じ魔法使いとして誇らしい限りじゃ」
こちらは元、じゃがの。
と、いつもの通り椅子に座って僕達を待っていたノスルクさんはにこやかな表情で答えた。
ちなみにだけど、ジャックはノスルクさんの横に座っており、どういうわけか何食わぬ顔でケーキを食べている。
ついでに言えばサミュエルさんは例によって壁にもたれ掛かり不機嫌そうな顔をしているだけで挨拶一つしない。
「烏滸がましくも貴殿の二つ名を受け継ぎ、世間では【三代目大賢者】と言われているが、実力や成し遂げた偉業で肩を並べるには到底力不足。その名に恥じぬよう邁進する所存ゆえご容赦願いたい」
「ほっほっほ、今の時代に生きるお主等に恐縮される理由などありはせんよ。世界一、それがお主の歩んだ道を評する他者の声じゃろう」
「仮に俺が今世界一であったならば、貴殿は歴代一であろう」
そんなセラムさんの言葉にもノスルクさんはただ微笑むだけだった。
それが話を戻すためであることを理解しているのか、セラムさんもそのまま立ち上がると位置をクロンヴァールさんの後ろへと変え、それをきっかけに自己紹介の続きが始まる。
四人全員がノスルクさんに名乗り終えたところで今度はクロンヴァールさんがジャックに視線を向けた。
「こちらの自己紹介は終わりだ。さっそく本題に入ってくれと言いたいところだがご老公よ、横にいる女を私は知らん。帯剣しているところを見るに助っ人といったところなのだろうが、そちらも名乗るのが筋であり礼儀だと思うが?」
「助っ人というのは的を射ているようでちと違うの。この子はセミリアやサミュエル、コウヘイ殿の新たな仲間じゃよ。この戦いのためにあらゆる物を捨て、現代に蘇ったこの国の三人目の勇者じゃ」
「ほう、三人目の勇者とは面白いことを言う。だが、新たに勇者の称号を得た者がいるなどという話は聞いたことがない。まずは名を聞こうか」
「聞いたことがないのも無理はねえよ赤髪の王。アタシが現役だったのは百年も昔の話だ。聞く者によれば嫌悪を抱くだろうが、こっちにも事情ってのがあるもんでな。新たに勇者の称号を得たわけじゃなく、勇者の称号を持つ者が新たに現れたってのが正しい表現さ」
ジャックは立ち上がるとクロンヴァールさんに対してもものおじすることなくニヤリと笑った。
そして、その説明を受け明らかに訝しげな顔をしているシルクレア一行に向かってどこか誇らしげに自身の名を口にする。
「アタシの名はジャクリーヌ・アネット。文献で言うところの二代目勇者ってやつだ」
その瞬間、空気が固まる。
まだ事情を知らないシルクレア勢のほぼ全員が『何を言い出すんだコイツは』という顔をしていた。
「二代目勇者というと大魔王を討伐した唯一の人物っつーあの伝説の勇者の話か? 百年以上も前に存在した人物の名を騙ろうとは、掴みにしてもセンスがねえ女だな。つーか、なんて格好してんだ。痴女かてめえは」
刹那の沈黙を破り、最初に口を開いたのはハイクさんだった。
僕が知る彼は無意味に人を馬鹿にしたりするタイプではない。単純に呆れていると同時に率直な感想を述べたのだろう。
「大魔王を討伐、か。正確にはそう言っていいかどうかは難しいところだがな。滅ぶ寸前まで追い詰めたことは事実だが、実際に命を奪えたわけじゃねえ」
「あくまで二代目勇者本人であると言い張るつもりか? そのような与太話を聞くために我々を呼び立てたと言うつもりなら黙ってはおらんぞ」
クロンヴァールさんはギロリとジャックを睨む。
流石というべきか、ジャックはあの恐ろしい目にも怯む様子はない。
「人の話は最後まで聞くもんだぜ? アタシは天鳳復活の時を百年待った。全てはかつて討伐出来なかった天鳳を倒し、世界の破滅を阻止するためだ」
そう言って、ジャックは自身が今に至るまでの全てを騙り始めた。
百年前にノスルクさんともう一人の仲間と共に天鳳ファームリザイアと戦ったこと。
死闘の末、結局打倒に至らず封印という方法によって一時を凌いだこと。
百年後に封印が解け、復活する天鳳を倒すために人であることを捨てて今この時まで堪え忍んだこと。
そして、クロンヴァールさんやハイクさんは目にしたことがあるはずの僕の首に掛かっていた髑髏のネックレスがその間の自身の姿であったこと。
その全てを、説明した。
「なるほど、な。お前の言っていることの意味は理解した。だが、それを証明する方法はあるのか?」
そう言ったのはクロンヴァールさんだ。
「んなもんありゃしねえさ。だが、本物かどうかは大した問題じゃねえだろう。そう名乗るだけの強さがあるかどうか、情報源として価値があるかどうか、今求められているのはその二点だ。信じられねえってんなら、そうでなくても実力に不安があるってんなら一丁お相手になってやってもいいぜ? こちとらブランクを理由に負けの言い訳をするつもりは微塵もねえ」
「試してみなければ相手の実力が分からん程愚鈍ではない。そして確かにお前の言う通り、今この場においてお前が誰であるかは大きな問題ではないだろう。同じ陣営に立つならば役に立つかどうか、それだけの話でしかない。お前を信用するかどうかはこちらが勝手に判断する。今は戦力として数えておいてやるとしよう」
取り敢えずはな。
と、クロンヴァールさんは付け加え、ノスルクさんへと視線を移す。
「ご老公よ、先の聖剣の話ではその魔獣神とやらは三体存在して、魔王軍と帝国騎士団はその全てを同時に復活させようとしている。そういう話だったな」
「うむ、その通りじゃよクロンヴァール王。ようやっとわしの話をする順番となったようじゃ」
続いてノスルクさんの説明が始まる。
中身は以前僕達が聞かされたのと同じ、ノスルクさんが持つ魔獣神についての情報だった。
全ての説明が終わると、神妙に聞いていたシルクレアの四人は揃って何らかのコメントを発しようとしたが、クロンヴァールさんが話は自分がするという意味で片手を挙げ、それを制する。
「クロティールなどという大昔の禁呪を用いたことには確かに不快感や不信感を抱かざるを得ないが、他所の国の事情だ。敢えて道を外れたその行為については言及しないでおく。だが、ここに当事者が二人居る以上そのファームリザイアとやらについては信用しておくとしても他のニ体については信憑性が薄いというのが率直な感想だ。納得出来るだけの情報だとは到底思えん。そう言い切るだけの確証があるのか?」
「冥王龍については憶測の要素が強いと言わざるを得んじゃろう。だが、魔王軍と帝国騎士団を名乗っておる連中が手を組む理由が他に見当たらぬことも事実。冥王龍を封印したのは他ならぬ魔王軍じゃ、復活させるだけならば手を組む必要はない。他の二体の復活に関係しておると見るのが自然と言える。帝国騎士団の者達がサントゥアリオを破滅させるために利用する目的なのか、消えた祖国の復讐を果たすべくその話に乗ったのかは今この瞬間に断定することは不可能じゃろうがな」
「同等の情報を持っていたならば私も同じ推測をしただろう。だが、それは他の二体の復活が確かであるという前提での話だ。話では天鳳とやらは魔王軍の動向に関係無く復活するのだろう。つまり、邪神と呼ばれる化け物が本当にそうであるかどうかによって『三体同時復活』という話も大きく変わってくると思うが?」
確かにクロンヴァールさんの言うことももっともだ。
冥王龍ボルガに関しては憶測の域を出ないと言っている以上、そこが重要になるだろう。
天鳳だけを復活させようとしているのならば、三体同時と断定する要素にはならない。
天鳳ファームリザイア、邪神アステカ、その二体を復活させようとしていることが確かである状況になって初めて三体同時復活という言葉が魔王軍が帝国騎士団と手を組んでいるという状況からの憶測によって現実味という意味を持つことになる。
元々三体のうち二体はその魔王軍によって封印されたという話なのだ。
一体や二体を復活させて人間を滅ぼそうというのならば手を組まずとも実現可能であるともいえる。
ならば三体同時であることが何らかの理由になっているのか、三体同時でなければならない理由があるのか。
疑念の行き着く先はどうしてもそこになるだろう。
「邪神アステカについても天鳳と同じく、確かな情報を持っておる」
ノスルクさんは微笑を崩さず、落ち着いた様子を維持している。
それは僕達にとっても事前に聞いていた話に含まれていない言葉だった。
「具体的にどういったものだ」
「直接確かめに行ってもらったのじゃよ。世を騒がす邪神教の総本山と言われておるフローレシアにの」
「フローレシアに行って確かめただと? 何を言ってるか分かっているのか? その口振りでは己の目で、というわけではなさそうだが、ならばそれを確かめたのは誰だ」
クロンヴァールさんがそう言った瞬間、テーブルの周りに集まっている僕達から離れた位置で声がした。
「私よ」
と、そう言ったのは腕組みをしたまま一人離れた位置で壁にもたれ掛かっていたサミュエルさんだ。
言わずもがな僕にとっても寝耳に水な話でだったが、驚きの度合いはノスルクさんとジャックを除く誰しもが同じレベルであることが分かる。
「お前が?」
クロンヴァールさんが訝しげに問う。
「そうよ。確かにこの目で見たしこの耳で聞いた。フローレシアに邪神教本部と呼ばれている神殿があるのも、自分の意志でなのか連れ去られて来たのかは知らないけど、そこに他所の国の人間が大勢集めれているのもね」
「あの国に立ち入ることは簡単ではないはずだ。どうやって忍び込んだ」
「忍び込む必要なんてない。私はあの国の生まれだから」
その告白に全体の驚きの度合いがまたさらに一段階上がった。
僕にしてみればサミュエルさんもこの国の出身ではなかったのかというレベルの驚きだが、フローレシアという国の評判からするに他の人達のそれはもっと大きいだろう。
「ついでに言えばその神殿は魔王軍が作ったもので、フローレシアの人間ですら近づくことは出来ないと聞いたわ。なぜフローレシアの人間がそれを黙認しているのかについては、国を守るためだとしか言わなかったけど」
そんなサミュエルさんの言葉に対し、恐らくは誰もが同じ疑問を抱いているであろう中で真っ先に口を開いたのはセミリアさんだった。
反射的に口を突いたようなその問い掛けは、面倒臭そうな表情で淡々と答えるサミュエルさんの口から出た一人の人物の名によってまたさらに一段階、一同の言葉を失う度合いが増すこととなる。
「サミュエル……聞いたと言うが、そのような情報を誰から聞いたというのだ」
「メフィスト・オズウェル・マクネア」
「「「…………」」」
「「「…………」」」
シーン。という音が逆に聞こえてきそうな沈黙で空気が重い。
今の話の流れでようやく思い出した。マクネアという名前がフローレシア王国の王様のものであることを。
そしてそれは、僕の記憶が確かならばかつてユノ王国のカエサルさんと同じくサミュエルさんの古い知り合いだと直接聞いた覚えのある名前だった。
「私の話はもういいでしょ。いい加減これからどうするかって話をする気がないわけ?」
突如のカミングアウトに誰もがリアクションに迷う中、それを煩わしく思ったのかサミュエルさんの不機嫌そうな声が静寂を破った。
クロンヴァールさんはセラムさんやハイクさんと一度目を合わせ、一つ息を吐くと無言のまま視線をノスルクさんとジャックの方へ向ける。
「色々と問い質したいことだらけだが、まあいい。確かに世界の破滅を食い止めるという話が最優先だ、個人の出生や人間関係については今は置いておくとしよう。アネットとやら、私達がまず天鳳を倒さねばならぬとして、いつ、どこでそれに当たるつもりだ」
「場所については近くの孤島に移るつもりだ。さすがに国内を戦場にしてやりあえば町なり人なりに被害が及ぶ。いつ、ということに関してだが、どうすべきだいエルワーズ?」
いつの間にか椅子に座っていたジャックは無礼にもノスルクさんの頭に手を置いた。
ノスルクさんは特に嫌がる素振りもなく、二人の質問に対する答えだけを述べる。
「可能であるならば、今日この後すぐにでも戦いに挑むべきじゃろうと思っておる。もはや天鳳はいつ封印が解けてしまうか分からぬ。明日かもしれぬし、最悪の想定をするならば今日のうちかもしれぬのじゃ。天鳳を封印している壺はある場所に保管してあるが、決して人が居ない場所というわけではない。その状況で復活してしまえばどうなるかは説明するまでもないからのう」
「ってことだが、どうだい赤髪の王よ。こっちは問題ねえ、あとはそちらさんの都合次第だぜ? 勿論、拒否されたところでアタシ等は今からでも向かうつもりだがなぁ」
「こちらも問題はない。天鳳を始末したところで全てが解決するわけではないのだ、どうせやるなら早い方がいいだろう。すぐにでもフローレシアに攻め入りたいところだが、そうもいかぬのが現実というものでな。一刻も早くサントゥアリオに戻らねばあちらも手遅れになりかねん」
「手遅れ? それはどういう意味ですかクロンヴァール王」
「敵もこちらの準備が整うまで待っていてくれるほど馬鹿ではないという話だ。私達がサントゥアリオを離れた翌日、さっそく帝国騎士団の奇襲があったと聞いている。標的は本城に次ぐ兵力を持つ巨大城塞を備えた町だったにも関わらず、最終的にその城塞は半分吹き飛ばされたらしい。あのエリオット・クリストフが直々に前線に赴いてきたことも大きな理由だろうが、サントゥアリオ兵の被害は甚大であるとのことだ」
「そんなことが……」
「どちらも世界の存亡に関わる問題である以上化け物の復活まで何日あろうが悠長にしている暇など無い。そうでなくとも一日二日後回しにしたところで状況が好転するとも思えん。すぐにでもその孤島に向かう準備をしてもらおう」
異論反論は許さんとばかりにクロンヴァールさんは体の向きを変え、ノスルクさんとジャック以外のほぼ全員を見渡した。
僕達にとっては帝国騎士団の襲撃の話自体初耳だ。
情報共有という点においてなぜこちらに伝わっていないのかと若干モヤっとしたが、通信手段が手紙なので僕達が城を出て以降に王様に伝わっている可能性と、元々僕達がサントゥアリオに戻ってから明かそうとしている可能性が指摘することを自重させる。
個人的な話の延長で伝わったのだとしたら、ジェルタール王と婚姻関係にあるクロンヴァールさんと同等に扱えというのはあちらにとっても心外だろう。
それにしたって知らせるべきだとは思うけど……まあ、こちらが天鳳を倒さないとサントゥアリオには戻れないという報告は届けているわけだし、僕達に余計な心配や負担を掛けまいとしているのかもしれないのでそれも口には出来ないんだけども。
「ここにいる七人で天鳳を倒す。私は誰が相手であろうと二度と無様に後ろ姿を晒すつもりはない。よく覚えておけ」
その鋭い目付きからは並々ならぬ決意と、邪魔をする者は敵であると見なす、という警告の意図が感じ取れる。
クロンヴァールさんの配下の人達がそれに異論を唱えるわけもなく、セミリアさんやサミュエルさんですらもその言葉に対して何かを思うよりも、言われなくても二度と負けるのは御免だと、同じ様に強い意志を抱いていることが窺えた。
協力関係であり、負ければ全てが終わる状況である以上一致団結が出来るのであればそれは望ましいことなのだろうが、クロンヴァールさんは確かに七人と言った。
ナチュラルに戦力外通告をされている僕はどうすればいいんだろうか……。
ここまできてお留守番では目も当てられない。
僕も行きます。
と、空気を読まずに宣言しようとした瞬間、なぜか僕の体が微妙に浮いた。
「ジャ……ジャック?」
背後からお腹に回される形で僕を持ち上げている腕を見て初めて後ろからジャックに抱き上げられているのだと気付く。
首から上だけ後ろに向けて、一体何をしているのかという意味で言ってみたもののジャックはこちらを見ておらず、クロンヴァールさんを見たままニヤリと笑った。
「七人じゃなく八人だ。こいつを忘れるんじゃねえ」
「基本的には戦闘要員ではないという話だったはずだが?」
なぜかクロンヴァールさんに睨まれる僕。
格好良い台詞の一つでも吐いて決意表明でもすれば納得してくれるかもしれない場面ではあるが、例によって女性に抱っこされている状態の僕がそれをしても効果はゼロどころかマイナス域なので取り敢えずこの状態からの脱出を目指してヘソ辺りにある腕を引っ張ってみたのだが、逃すまいとより力が増すだけだった。
「一緒に居てくれりゃそれでいいんだよ。てめえらに迷惑は掛けねえさ」
「この非常時に何をヌルいことを。お前とその小僧は一体どういう関係だ」
「仲間同士の絆を理解出来ないわけじゃあるまい。アタシの一心同体の相棒ってやつさ。今までそうしてきた様に、勝って次へ進むのも負けて死ぬのも一緒のつもりだからよ」
「ジャック……」
意外というか、どちらかというと危ないから待ってろと言うタイプだと思っていただけに対等な仲間としてそう言ってくれるジャックに感動すら覚える。
セミリアさんがその言葉に同調し、恥ずかしながら僕の必要性(といってもほとんどが精神論だったので戦力値が見直されることはないだろうけど)を説いてくれたところでクロンヴァールさんも折れたのか、呆れた様な興味が無さげな様な微妙な表情で僕達を見た。
「聖剣といい二代目のお前といい、この小僧が随分と大事らしい。いくら知能が優れていようと、それはこいつの本来の役割とは程遠い。私情を挟むなと言いたいところだが……いいだろう、足を引っ張らないのなら好きにしろ」
「そうさせてもらうさ。ってことで、諸々結論も出たところで長話は終わりだ。早速出発するとしようぜ、時間も惜しい」
ようやく浮いていた状態から脱する。
クロンヴァールさんは恐らく『どちらでもいい』と思っているどころか『どうでもいい』と思っているからこそ僕の同行を許可してくれたっぽいけど、そうあることの原因は誰がどう言ってくれようと僕にある。
自分の存在意義は自分で示さなければ誰かに必要とされることはない。それがこの世界だ。
現状では間違いなく一番足手纏いであるからこそ、そうならないように腐心しなければ。
そう固く誓って、それぞれ(ユメールさん以外)がノスルクさんに一声二声掛けて小屋を出て行くその後ろに続く。
これからジャックの案内でまず孤島に移り、その後ジャックが一人で天鳳が封印されている壺を取りに向かう。そういう流れだ。
「エルワーズ」
続々と扉から外に出て行き、最後尾にいた僕とジャックを残すのみとなったタイミングだった。
ジャックが扉に伸ばそうとした手を止める。
「なんじゃねジャクリーヌ」
「まあなんだ……随分と長かったが、ようやくここまできた。色々とありがとよ」
「ほっほっほ、それは勝って帰ってきてから聞かせてもらいたいのう」
「そりゃそうだ」
ふっ、と鼻で笑うとほんの一瞬二人して顔を見合わせ、そのままジャックも出て行った。
小屋にはジャックの後ろに立っていた僕一人が扉の前に残される。
「ノスルクさん」
そんな二人の姿を見て、ほとんど無意識に口を開いていた。
それは最後まで言うべきか否か迷っていた言葉。
改めて天鳳の話を聞いたことで気付いた、ほとんど確信に近い憶測が生むどうにも言い表せない不安に対して、何も言わないまま立ち去ることなど出来なかった。
「どうしたのかね、コウヘイ殿」
「最後に、一つお願いを聞いていただけませんか?」
「わしに出来ることならば何なりと言ってくれて構わぬとも」
「だったら……一緒に来てください。いや、一緒に行きましょう」
「おやおや、これはまた随分と無茶を言ってくれるのう。今のわしには君達と肩を並べて戦う体力も能力もない。君達の勝利を願いながら帰りを待つことがわしに出来る全てじゃよ」
「別に一緒に戦ってくれって話じゃないんです。被害が及ばない場所で待機していてもいい。ただ、そうした方が安全ではないかと思って……」
「ふむ。じゃがコウヘイ殿よ、安全というのは何に対してそう言っておるのかの?」
「……敢えて言わないといけませんか?」
「何か思うところがあるのならば、是非聞かせて欲しいのう」
恐らくは悲痛な表情になりつつある僕と違って、ノスルクさんは普段と変わらぬ優しい表情のままだ。
それが唯一、僕を少しだけ安心させた。
この人が何も気付いていないはずがない、と。
それに対して何もしないはずがない、と。
「ノスルクさんはこの先、それも近いうちに危ない目に遭うことになるんじゃないですか? それがいつかまでは分かりませんけど……命を狙われている状況に違いはない。そうですよね?」
「ちなみにじゃが、何かわしが命を狙われておるという根拠はあるのかね?」
「かつてあなたやジャックの仲間だったというもう一人の人物の名前を前に一度聞いていたことを思い出したんです。ヴォルグシーナ・ガイアというその人物について、僕は少しだけ話を聞いたことがあった。国を救った英雄と呼ばれているだとか、相談役としてこの国に長らく貢献してきただとか、そういう話を聞かせてもらいました。同時に、少し前に亡くなったとも」
「ふむ」
「暗殺されたと、確かに僕は聞きました。そしてノスルクさんの話ではその人と二人で天鳳を封印したんですよね? 百年が経つか、術者が死ぬことでしか解けない魔法を使って。ガイアという人はそういう理由で殺されてしまったんじゃないですか? だとしたら、天鳳を復活させようとしている誰かは当然あなたのことも殺そうとしているはず」
「なるほど、そういった話を聞いたことを思い出し、同時にその事実を導き出した、と」
「はい。といっても、その人の名前を聞いてすぐに思い出したわけではありません。天鳳を封印しているという壺を隠している場所がエルシーナ町なんだと気付いた時に思い出したんです」
「まさかそこまでばれてしまっておるとは、むしろそちらの方が驚きじゃのう」
「監視という役割を担ったノスルクさんがこんな森の中で暮らしていることもそうですし、エルシーナ町とその周辺がノスルクさんの結界によって魔物が出ない状態であることを考えると隠し場所として選んだのがエルシーナ町であると考えるのが自然かと思いまして。エルワーズとヴォルグシーナ、二人の名前を合わせると町の名前になるということを考えるとエルシーナ町を選んだのではなく、隠すためにエルシーナ町が出来たとも考えられますけど」
「ほっほっほ、頭が回り過ぎるのも考えものじゃの。まさか誰にも明かしていないそんな事実にまで辿り着こうとは恐れ入る」
じゃが、と。
僕の推測が正しいことを認めたのならば僕の言い分を受け入れてくれ。と、言おうとするよりも先にノスルクさんはその言葉を遮る様に続けた。
「コウヘイ殿が自ら口にしたことが全てじゃよ。あの町と、この辺りには結界が張っておる。すなわち、魔族が侵入することは不可能なのじゃ。ならば敢えて君達と共に行かずともここに居ることが一番の安全策ではないのかの?」
「それは……まあ、そうかもしれませんけど」
「確かにわしにとっても間近で見届けるのが一番なのかもしれぬが、例え一人になろうともこの場所で全てが終わるのを待つのがわしの役目じゃ。ジャクリーヌが百年を耐えた様に、ガイアがわしらの分まで一人でこの国のために人生を費やした様に、そうすることがわしの責務なのじゃよ」
どうか分かっておくれ。
そう言ったノスルクさんを見ていると、どれだけ温厚な雰囲気であっても僕が何を言ったところでその意志を曲げることはないのだと分かった。
安全面を考えれば確かにノスルクさんの言う通りなのかもしれない。
それでも目の届くところに居て欲しいと思うのは僕がそっちの方が安心出来るという勝手な言い分でしかない。
だけど、ノスルクさんにとってはそういう事情よりも仲間との誓いの方が大切なのだ。
そのためにここに残ろうとしているのならば、僕にそれを曲げさせるだけの言葉などない。
「ここにいれば……絶対に大丈夫なんですよね」
「これから天鳳と対峙しなければならない君を逆にわしが心配させていては面目も立たないというものじゃよ。かつてない死闘になるじゃろう。しつこいようじゃが、どうか皆揃って無事に帰ってきておくれとわしが言いたいぐらいじゃ」
「分かりました。きっと、全員で帰ってきます」
正直に言って、クロンヴァールさんとセラムさんという二人の世界一と呼ばれる人がいて、伝説とまで言われているジャックが居て、さらにセミリアさんとサミュエルさんという勇者の肩書きを持つ二人がいるこの面子で勝てないなら誰が代わりにやったところで結果は変わらないんじゃないだろうかと思っているぐらいだ。
他にも強い人なんてたくさんいる世界だろうけど、心に宿す意志も含め、勝って未来を守れるのだとしたらこれ以上ない顔ぶれが集まっていると僕は思う。
「それでは、僕も行ってきます」
ノスルクさんのこと。
この後の自分自身のこと。
一緒に居る人達のこと。
そしてこの世界そのもの。
心配の種は尽きないけど、今はまだ先々のことを考えている余裕なんてない。
目の前にある危機一つでそれら全てが無に帰す可能性が大いにあるのだ。
今はそれだけを考えて臨まないといけないことは間違いない。
そんな風に考えながら、その言葉に対してもただにこりと微笑むノスルクさんに背を向け、僕も小屋を後にした。




