【第八章】 魔獣神についての考察
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ここでは獣神と呼ばれる生物について記述する。
世に三体存在する獣神、或いは魔獣神と呼ばれる生物についてである。
どれをとってもその存在を実際に目の当たりにしたことがある者はそうは居ないだろう。
それほどに伝説的な生物であり、且つあまりの強大さによって世に破滅をもたらしかねない程の存在であるという次元の話だと前置きしておくとしよう。
それほどに非現実的であり、驚異的な存在なのだと。
三大魔獣神と表現されるそれらの生物ではあるが、まず前提としてこの三という数字に何らかの意味があることはないと思われる。
天に、地に、そしてこの世の淵に。
それぞれ存在する、或いは存在したそれらの生物を一体ずつ合わせて【三大】と表現するようになった。言い伝えの残された過去に時代の違いがあることを踏まえると、そう考えるのが自然と言える。
その全てと対峙した経験があるわけではない私の見聞きした、或いは体験した情報をここに書き留めておきたいと思う。
○
まず語るべきは天に存在する獣神についての情報だろう。
他の二体とは違い私はその生物を実際に目の当たりにし、そして激闘を繰り広げた経験がある。
ゆえにその怪物に関しては持つ情報の量も比較的多く、その正確性や信憑性も少しは増すと言えよう。
魔獣神と一括りにされてはいるが、本来その生物は天界の民が【神獣】と呼ぶ生物であり、また呼ばれるべき生物でも同時にあるのだそうだ。
獣神と神獣。
似て非なるものの様で、その猛威の対象になる我らにしてみれば結局は大きな違いなどないと言えるのかもしれない。
その名はファームリザイア。
【天鳳ファームリザイア】だ。
時代の節目、変わり目に突如として天から現れ、歯止めの利かなくなった争い事をリセットしてしまうかの様に人を滅ぼし、国を滅ぼし、全てを、或いはその戦そのものを無に帰す。
天鳳とはそういう存在である。
天の遣いと呼ばれる天鳳ではあるが、天界の何者かの支配下にあるわけではない。
大きな争いのあるところに現れ、全てを消し去っていく。ただそれを役目として全うするだけの生物なのだ。
その風貌は巨大な怪鳥と表現する他なく、その名の通りまさに天より君臨する鳳凰と呼ぶに相応しい姿形であったことを今でも覚えている。
私はかつてジャクリーヌ・アネット、ヴォルグシーナ・ガイアという二人の盟友と共にファームリザイアを打倒すべく戦った経験がある。
しかし、ついぞ我らが生まれ育った国を滅ぼそうとした天鳳の打倒に至ることはなかった。
そもそもとして死滅させる方法があるのかどうかも定かではないのだ。
『天鳳には死という概念を持つようになる二つのきっかけがある。一つは子を成しその役目を引き継がせた時。そしてもう一つは生まれ持った己の役目は終わったのだと自身が認識した時だ。そのどちらかの条件を満たした時、天鳳は初めて死という概念を持つ生物へと成り代わる』
これはかつて天界にいる友が聞かせてくれた言葉だ。
死という概念を持つ生物へと成り代わる。
この部分こそが天鳳ファームリザイアの本質を表しているといってもいいだろう。
そう。天鳳とは不死鳥なのだ。
『死なないことと殺せないことが同じなのかそうでないのか、明確な根拠に基づくその問いの答えを持っていない僕にはなんとも言えないね』
先述の友はそんなことを言っていた。
天鳳を倒す術があるのかどうか。それはやはり不明であると言いたかったのだろう。
その問いの答えがどうあれ私達は天鳳を打倒することは出来ず、結果として封印することで危機を乗り切るという方法を取らざるを得なかった。
私とガイアのありったけの魔法力を使い、百年の時を経るか術者が死ぬことでしか解けることのない、当時から今現在に至るまでに存在するものの中でもっとも強力な部類に入る封印術をどうにか成功させることが出来た。
魔王軍との戦いが佳境に入った頃のことだ。
その後、私達は魔王軍との争いに一旦の終止符を打ち、それによって我が国を脅かす存在は無くなり、仮初めのものであれ平和をもたらすという目的を果たした。
そして同時にジャクリーヌは人であることを捨て、封印が解ける百年後に再び天鳳と対峙することを決めた。
本来それは我々が背負うべきものではないのだろう。
百年後にはまた、その時代で世の危機を打ち払うべく戦おうとする者が存在するはずだからだ。
しかし、ジャクリーヌはその道を選んだ。
決断に至る最大の理由が別にあったことは紛れもない事実。
件の戦いによって理不尽にも、不条理にも、生きる場所を失い国を追われる立場になったジャクリーヌには国外に移り住むか身を隠しながら生きる以外に方法はなかった。
生まれ育った国を捨てることは出来ない。
そう言ってジャクリーヌは人であることを捨てると決めたのだ。
『あの鳥野郎を放っておくわけにもいかねえし、丁度よかったと思えばいいじゃねえか』
そう言って快活に笑い飛ばしていた彼女の心の中には、言わずとも分かる私やガイアを思う気持ちがあったことは問うまでもない。
私達を同じ境遇に立たせぬために敢えて汚名を着た彼女の気持ちを思うと今でも胸が締め付けられるような思いだ。
そうして、私達三人はそれぞれが百年後に再開することを誓って別々の道を歩むこととなる。
ジャクリーヌは人に在らざる存在として全盛である力が残る方法でその時を待ち、ガイアは王家に仕え引き続き国を守る役割を、私は人との関わりを絶ち封印した天鳳を監視する役目を担った。
百年というのは途方もない時間である。
その時までガイアが健在であるかどうかは神のみぞ知るといったところだろう。
それでも、例え天の遣いと呼ばれる崇高な生物であったとしても多くの人々を滅ぼさんとする神獣を放ってはおけぬと戦うことを決めた友のために私達もまたその約束を果たしたいと心より思う。
少し話が逸れてしまったが、これが私が経験し、教えて貰った天鳳ファームリザイアについての情報の全てである。
○
次に語るのは地上に存在する魔獣神についてだ。
この生物に関しては今でも多くの人間が知識として、逸話として、または悲劇と惨劇の繰り返しのきっかけとして、その存在を知っていることだろう。
【冥王龍ボルガ】
それが地に眠る魔獣神であり、かつてバルカザール帝国という国をこの世から消し去ったドラゴンの名だ。
龍族の長である妃龍と並ぶ伝説のドラゴンとして、かつてはその名を轟かせた存在でもある。
その見た目は黒く輝く巨大な龍であると聞いた。
誰が名付けたのかは定かではないが、そんな風貌と日が沈まぬ限り姿を現さない性質が地獄より送られてきた使者なのではないかという風説を生み、それがいつしか広まって冥王龍と呼ばれるようになったのだとか。
周知の通り、そもそもドラゴン族というのは魔王軍の配下にでもいない限り人間を含むその他の種族と無闇に敵対したり争いを仕掛けてくるといったことはほとんどと言っていい程にない。
冥王龍ボルガも多分に漏れず、大昔に魔族や人間に争いの道具として利用されていた時期があったものの、そんな時代が過ぎし後は海の底で静かに眠っていたようだ。
しかし、その眠りを覚まさせた者が居た。
およそ八十年ほどの時を遡る。
当時サントゥアリオ王国という名であった国の一人の兵士によって冥王龍は復活させられた。
どういう理由であったのかは定かではないが、近隣国であったバルカザール帝国の戦士達と力を合わせ、冥王龍の討伐を試みたのだ。
その無謀とも言える挑戦の結果は見るも無惨なものとなる。
討伐に失敗し、首謀者たるサントゥアリオの兵士は撤退。
戦地となったバルカザール帝国はその七日後、国土もろともこの世から消えてなくなってしまった。
小さな国ではあったが、屈強な戦闘部族であるバルカザール帝国の戦士達が総動員してボルガを討つべく戦ってなお七日で国が滅びたのである。
この出来事は後に生まれるサントゥアリオ王国の長き争いの歴史のきっかけとなり、その争いの連鎖は今も断ち切る術を失ったままだ。
サントゥアリオ王国からサントゥアリオ帝国へ。
そしてサントゥアリオ帝国から再びサントゥアリオ王国へと名を変え、今現在サントゥアリオ共和国となったその国の歴史全てに関係していると言える死闘と悲劇はサントゥアリオ、バルカザールの両国の問題に留まらず、世界中に衝撃を与えた。
どのような伝わり方をしたのか、多くの国のでは武力の行使を好んだバルカザール帝国の戦士達の因果応報だとまで言われている。考え無しに無謀な勝負を挑んだ結果なのだろうと、誰もがその歴史を評したからだ。
それによってグラディミールという言葉がサントゥアリオで生まれた様に、多くの国に一つの言葉が生まれ、まるで子供の躾に用いられるような意味合いで今ではその悲劇的な出来事を知らぬ者にすら当たり前の様に使われている。
『悪いことばかりしているとバルカザール帝国の戦士達の様に冥王龍に食べられてしまうぞ』
そんな言い草はやがて『腹を空かせた冥王龍がやってくるぞ』という言葉へと形を変え、いつしか『報いを受けるぞ』という意味で『冥王の腹が空く』と言われる様になった。
国一つと数千の命が失われた戦いが訓戒となっているのかといえば、恐らくはそうではないのだろう。ただの便利な格言代わりに使われているだけだと言っても過言ではない。
いずれにしても、当時は歴史上初めて国そのものが無くなった事件として世界中に大きな衝撃を与えた事件であったことは今でも覚えている。
問うまでもなく二度と繰り返してはいけない悲劇であることに違いはない。
冥王龍ボルガはそれから数年後、支配下に置こうという目論みに失敗した魔王軍によって封印されたのだと聞いた。
魔獣神と呼ばれるだけの存在である冥王龍が魔王軍に加わっていたならば、人間の未来は大きく変わっていたと言える。
ゆえに、その目論見が失敗に終わったことはせめてもの救いとなるのかどうか。
それはまだ見ぬ未来に聞いてみなければ何とも言えないと私は思う。
歴史は繰り返す。
それは誰もが知り、疑う余地もない事実なのだ。
いずれまた冥王龍を呼び覚まそうとする者が現れぬ保証は全くと言っていい程にないのだから。
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ここからは最後に残された一体の魔獣神についての記述となる。
天、地、と順を追った以上は当然のことながら、その生物は淵界に、すなわち人間の表現でいう魔界に眠る生物である。
しかし、私はその生物についての情報をほとんど持っていない。
実際に対峙したファームリザイアや直接目にしたわけではないにせよバルカザール帝国が消滅した事実を伝え聞き、その惨状を目の当たりにした経験のある冥王龍の場合とは違い数百年という遙か古に存在した生物であるからだ。
【邪神アステカ】
それが魔界の神と呼ばれた最強であり最凶の魔族の名だ。
なぜアステカが三大魔獣神に含められているのかを知る術はない。
その姿形も、能力も、私は知らない。
唯一知っているのは邪神と呼ばれるその生物が魔界から消えた理由だけである。
そのあまりにも強大な魔力を恐れた同じ魔族に封印されてしまったという事実、ただそれだけだ。
私が未来に残せる言葉は一つ。
封印されたということ。それすなわち私が天鳳に対してそうであったようにこの世から居なくなったわけではないとうことを意味している。
同じくして、それは何者かによって封印が解かれる可能性を残しているということだ。
古よりその可能性を今なお残し続けているということなのだ。
魔族が使う暗黒魔術による封印には多くの犠牲を伴う儀式を必要とし、人間の扱う封印術とは違い解術にも同等以上の犠牲を必要とする。
それでもいつか魔族がその封印を解き、世に破滅をもたらさんとする時が来るかもしれないと私は思う。
力を欲し、力を求め、力によって何かを為そうとする者はいつの世にも存在するからだ。
いつかその時を迎えた時、果たしてこの世界に未来はあるのだろうか。
天鳳ファームリザイア
冥王龍ボルガ
邪神アステカ
いずれの魔獣神であったとしても、再びこの世に降り立ち猛威を振るう時が来るのならば間違いなく世界は破滅の危機に見舞われる。
それが私の生きている間に刻まれる歴史であるかどうかは定かではない。
だが少なくとも、私はファームリザイア復活の時までは生き長らえなければならない。
あれから百年後を迎えたその時、例え私が老い衰えて魔獣神と戦うだけの力が残っていなくとも、掛け替えのない仲間の決意と覚悟を見届ける義務があるのだから。
【ノスルクの書 第三集 魔獣神についての考察】




