【第七章】 伝説の勇者
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「サミュエル、出発の日までは鍛錬に励むつもりなのだろう? 私もそのつもりなのだ、相手が居た方が実戦的なことも出来るし、共に修行をしないか? 丁度良い機会だと思うのだが」
三人で歩き始めてしばらく。
不機嫌な状態は脱した感じでありながらも基本的に無言を貫くサミュエルさんに影響されてしまってかどこかシーンとした雰囲気を打破したのはセミリアさんだった。
「はっ、冗談でしょ。なんでアンタなんかと一緒に。犬でも追い掛けてた方がよっぽど有意義だわ。私は生温い修行なんてする気無いし、アンタの相手してる暇もないの。あの国がどうなろうと知ったこっちゃないけど、あの勘違い女にリベンジしないと胸糞悪くて夜も眠れないわ」
「相変わらず連れない奴だ。別に私とてのんびりと修行をするつもりなどないのだぞ」
「アンタの予定なんて聞いてないから」
「まったく、取り付く島もないとはこのことだな」
やれやれ、とセミリアさんは呆れ顔で首を振る。
薄暗くはない程度の明かりが差し込む深い森の中。
僕、セミリアさん、サミュエルさんの三人はノスルクさんの小屋に向かって歩いている。
色んな意味での気遣いなどどこ吹く風。
結局は方や大人な態度と人間性をもって歩み寄ろうとし、方や頑なにそれを拒み馴れ合いなど断固拒否という姿勢が丸分かりないつもと同じ会話になっていた。
こんな時ぐらい仲良くしてくれたらいいのになぁ。
魔王の女の子の時だって最終的には力を合わせたことでどうにかなったのになぁ。
と、僕は黙って隣でそれを聞きながら思うのだが、確かあの時は僕がほとんど貶めるような形で協力するのを拒否出来ない状況を作ったんだっけか。
どちらにせよ今この状況で誰かと力を合わせることはしないという拘りは持っていて欲しくないし、持つべきでもないのだろうけど、この人は誰が何を言ったところで考えを改めはしないだろう。
いざとなったらまた怒られようが殴られようが勝手に手回しをしてやるさ。
「それから、一個先に言っておくけど」
「うむ?」
「コウは私が連れて行くから」
……なんですと?
「そうなのか? コウヘイ」
「そうなんですか? サミュエルさん」
視線がセミリアさんから僕へ、僕からサミュエルさんへとリレーする。
言うまでもなく僕が事前にそういう話を聞いていたということは全くない。
サミュエルさんは『文句あるわけ?』と言いたげな顔で僕を見て、
「何よ、文句あるわけ?」
実際にそれを口にした。
そして『わざわざ説明なんて求めないで黙って言うこと聞いてればいいのよ』とでも言うかの様な面倒臭そうな口調で僕達の疑問に答える。
「聞けば料理の心得があるっていうし、私は山に籠もるつもりだからその辺の雑用諸々させてあげようと思って言ってんの。文句言うんじゃないわよ」
「あげよう、ではないぞサミュエル。コウヘイはお前の召使いではないのだ。好き勝手振り回そうとするのは見過ごしてはおけんぞ」
「召使いじゃなくても子分だからいいのよ」
「誰がお前の子分だ、誰が」
「そもそも、好き勝手と言うならむしろこっちが好き勝手した罰なんだから拒否権はないし。そうだったわよね、コウ?」
「そうだったわよね、と言われても即答するのが難しい問いな気がしますけど……サミュエルさんがそれでいいなら文句は無いと言いますか、でもそれならセミリアさんも一緒でいいのでは?」
そうだったわよね。の部分を口にする時の目が半分脅迫じみていたことはさておき、行動が読めないという意味では今のサミュエルさんは目を離すとまだ少し不安な部分もあるし、申し出る前に同行を許可されているならそれはそれでいいか。
料理の心得といっても喫茶店でバイトしてるってだけの話なので期待値がどの程度なのかによって後々また謂われのない中傷が飛んでくる可能性が否めないけども。
「しつこいわね、修行なんてもんは一人でやるもんだって言ってんでしょ。クルイードが私に何か教えてくれるとでも言うわけ? 笑わせんじゃないっての」
そんなサミュエルさんの言葉に僕とセミリアさんは顔を見合わせ、ほとんど同時に肩を竦める。
ストイックと言えば聞こえはいいが、やっぱりそれは壁でしかなく、この人流の他者に対する拒絶であり、その生き方の根源を知らない僕が言えた義理ではないにせよ、それが何らかのプラス要素になるとは到思えはしない。生きる上でも、戦いの場に身を置くという意味でも、だ。
「色々と苦労もあるだろうが、よろしく頼む」
と、呆れ顔をしつつ目で諦めるセミリアさんに静かに頷いて返し、その後は特にサミュエルさんが会話に加わることなく森の中を歩く。
どうやらセミリアさんも明日から予定している数日の山籠もり修行に僕を誘うつもりだったらしく、少し残念そうにしていたりもした。
武道の経験の無い僕には山籠もりとそうでない修行にどれ程の差が生まれるものなのかはさっぱり分からないが、少し申し訳なく感じると同時にやはりもう一度サミュエルさんを言いくるめて……じゃなくて説得してみようかとも思ったのだが、やんわりとセミリアさんに遠慮されてしまったのでそれも憚られ。
そんなこんなで五分ほど経った頃にはノスルクさんの小屋に到着した。
例によって先頭のサミュエルさんがノックも無しに、しかも無駄に乱暴に扉を開いて中へと入っていく。
こればかりはいい加減非常識なんじゃないかとその度思う僕だったが、ノスルクさんが何も言わないならそれも二人の付き合いの長さが許すことなのだろうと無理矢理納得している次第である。
さておき、三者三様に挨拶だったり文句だったりを口にしながら小屋の中へと足を踏み入れると、意外というか、想定外というか、小屋の中に居たのはノスルクさんだけではなかった。
かつてサミュエルさん以外でこの小屋に他の誰かが居るところを見た経験はなく、勝手なイメージだと言えばそれまでだが、こんな森の中に一人で住んでいることも踏まえてノスルクさんは基本的に二人の勇者を除いて人との関わりを持たないようにしているものだとばかり思っていたので少し驚きだ。
もっとも、何よりも驚くべきはその人物の風貌なのかもしれないのだが……。
「……誰?」
と、真っ先に、我先に、ノスルクさんやその人物がリアクションを取るよりも早く口を開いたのはサミュエルさんだ。
人が居ただけのことで何がそうさせるのかは定かではないが、もう既に『大層気分を害しました』と言っているも同じな声のトーンと表情だった。
その人物、というかその女性は、見た目も格好も随分奇抜というか派手というか、僕もこの世界で随分と元居た世界では一生見ることもないだろう格好や風貌の人と会ってきたけれど、その人達に勝るとも劣らないものがあった。
綺麗や美人というよりはどこか格好良い女性という印象を抱かせる凛々しくも整った顔立ち。
腰には赤と金でコーディネイトされている随分と派手な鞘に収まった一本の剣。
色は銀や赤でなく黒色であったが、両側の側頭部だけがコーンロウというのだったか、細く編み込まれていて真ん中は前髪を上げたオールバックのようになっている普通のストレートヘアという特徴的すぎる髪型。
そして、下半身こそ明るい緑と白がまだらに入り交じった派手であれカラフルであれすねの辺りまで長さのある普通の格好だったが、上半身は黒色の下着というか水着というか、或いは僕達の世界で言うところのスポーツブラとでもいうのか、肩の部分がタンクトップみたいになっている、そう表現せざるを得ない面積しか持ち合わせていない物を身に着けており、『おり』と続けたものの他には何も着ていないというサミュエルさんを上回る露出度を惜しげもなく披露している。
そして、そんな格好をしている上に今まで僕が出会った誰よりも大きな胸をしているおかげで目のやり場にとても困った。
この世界で会ってきた人達で言えばクロンヴァールさんだったり随分前に会ったウェハスールさんあたりが大きい部類に入り、例えばセミリアさんだったりアルスさん、姫様なんかは大体普通というか平均的かややそれよりも大きいぐらいかという感じなのだろうけど、上の二人ですら比じゃない感じだ。
女性の胸について長々と語るような下品な人間だと思われるのは嫌だし、何よりも僕はまだ死にたくないのでサミュエルさんのそれについては言及しないでおくとしよう。
平均的だと前置きした後の部分で敢えてこの場に居ない人間を例に挙げていることで察してくれとしか言えない。言わないんじゃなく、言えない。
それはともかくとして、そんな風貌をした恐らく二十代半ばぐらいであろう背の高めな女性はサミュエルさんの言葉に何か言葉を返すでもなく、僕達を見るなりパッと表情を明るくして。
「やっと来たのかおめえら! まったく、随分と心配掛けやがってコンニャロー。無事だったからよかったものの……ってな話は後でいいとして」
やけにハイテンションになったかと思うと、早足でこちらに向かってくる。
腰に剣を指しているし、その言動からしてセミリアさんの顔見知りなのかと一瞬思ったが僕だったが、その予想に反して女性が真っ直ぐに向かって来たのは僕の方だった。
握手でも求められるのだろうか。なんて予想すらも外れ、どういうわけか僕はそのまま飛び掛かるようにして目の前に迫ってくる女性に抱き締められた。
両手で僕の顔面を抱き抱える様にして、やけに力強い二本の腕によって逃げ場を失い、僕の視界は瞬く間にその大きな胸に塞がれてしまう。
乳房がクッションになっているおかげで物理的な痛みこそなかったが、抱きしめるという行為とは思えぬレベルの力の強さによって僕の顔面は圧迫され、呼吸することが出来なくなっていた。
苦しい! という意味を込めて女性の腕をペチペチと手で叩いてみたが、どうやらこの世界に格闘技というものはないらしく、タップの意味を理解してくれなかった女性が力を緩める様子はない。
「アタシが誰よりもおめえの心配をしてたんだぞー! よく帰ってきたぜマジでよぉ」
それどころか、そんなことを言いながら、よりその腕の力を強くする謎の女性だった。
だった。と冷静に状況を述べている場合ではなく……苦しい、ほんとに息が出来ない。
「お、おいっ。コウヘイが苦しんでいるではないか。何者かは存ぜぬが、いい加減離してやってくれ」
「んん? おお、こりゃすまねえ。ちっと興奮し過ぎたみたいだぜ。なっはっは、まあ許せ」
セミリアさんのおかげでようやく開放され、視界が元に戻る。
女性は悪びれるどころか豪快に笑っているだけだった。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った」
頭と視界が若干フラフラする。
危うく胸で窒息死……最低で不名誉過ぎる死因である。
それを回避出来たことにひとまず安堵する僕だったが、正体不明の女性はすぐにまた抱き付いてきた。
先程とは違い、今度は普通に腕を首に回すような格好で。
それはそれで向こうが僕より二十センチぐらい背が高いことでとても残念な気持ちにさせられたわけだけど。僕が百六十センチという高いとは言えない背丈とはいえ……背高いな。
なんて残念な分析はさておき、やはり女性は何がそうさせるのか興奮気味のままに、見た目通りと言っては失礼かもしれないが蓮っ葉な言葉遣いで僕の耳元で一方的に捲し立ててきた。
「ずっとっつー程の時間でもねえだろうが、また会えるのを心待ちにしてたんだぜ? 興奮するのも無理はねえってもんよ」
「あの……一ついいでしょうか」
「あん?」
「誰かと間違ってませんか? 僕はあなたにそう言われるような覚えも、それどころかあなたと会ったり話したりした覚えがないんですけど」
「おいおい、そりゃねえぜー。このアタシをもう忘れちまったのか? ってな言い分は少々酷ってもんか。だが、アタシの知ってるお前さんなら気付いてもよさそうなもんだとは思うがね。少なからず冷静な状態じゃねえらしい。アタシの美貌に見惚れちまったか?」
「見惚れたからという理由かどうかはさておき、少なくとも日頃ほど冷静ではないのかもしれませんけど……」
見知らぬ女性に抱擁されたことも然り、そのせいで苦しい思いをした直後であることも然りである。
だからといってこの世界で会った誰かを忘れるわけもないと思うのだけど、女性は今度こそ僕から体を離し、ニヤリと笑ってこう言った。
「だったら、こう言えば分かるか? 会いたかったぜ、相棒」
「…………」
相棒。
僕のことをそう呼ぶ誰かを、僕は一人しか知らない。
「「ジャック!?」」
セミリアさんと声が揃う。
女性はニカっと笑って『おうよ』と返した。
ノスルクさんが説明もフォローもしてくれずに温かい目で見ていたのはそういうことだったのかと今更ながら理解したけど、いや……そんなことより。
「まさか……本当にジャックなのか? よもや女性だったとは、信じられん」
隣でセミリアさんが心底驚愕している。
僕とて全く同じ意見である。無理もない。
「ほ、本当にジャックなの? いや……ジャックなんですか?」
「おいおい、なんだって急に余所余所しい言葉遣いになるんだよ。アタシは悲しいぜ相棒? あれだけ苦楽を共にしてきた仲だってのによ」
「いや……そうは言われても完全に僕より年上ですし」
「関係ねえっつの。今まで通り接してくれねえってんならアタシは拗ねるぞ? 拗ねちまうぞ? ヘソを曲げた時と酔っぱらった時のアタシは相当面倒臭いぞ? いいんだな?」
「わ、分かりまし……じゃなくて、分かったよ。それでいいって言うならそうするけど、でも、本当にあのジャックなの? 僕の首にぶら下がってた、髑髏の?」
「だからそうだって言ってんだろ? どんだけ疑り深えんだよ、それも相棒らしいっちゃらしいがよ」
「だって、女の人だなんて思わないじゃないか。一人称だって俺ってずっと言ってたし」
確かに冷静に考えてみたならば、人間に戻る時が来たという理由で別れたジャック以外にここで僕を待つ人物は居ないとも言えるのだが、だからといって自分の中の認識と性別が変わってしまっていては連想するのは難しいって。
「ま、一応正体がバレるわけにもいかなかったんでな。無理して俺って言葉を使っていたわけさ」
「それにしたって、そんな仲だと言うぐらいなら僕にぐらい教えてくれてもよかったのに。ていうか……お風呂とかずっと一緒に入ってたよ僕」
それが目の前にいる女性なのだと認識しただけでもう死にたくなった。恥ずかしすぎて。
「相棒にまで明かせねえ程の秘密だったってわけでもねえんだけどな、実は俺は女なんだよ、なんて話をするタイミングが無かったつーのもあるし、そもそも百年もあんな姿でいりゃアタシ自身どっちでもよくなってた部分もあったから仕方あるめえ。ま、それでもこの姿に戻る必要があると分かった時に言っておいてもよかったんだが、普通にそっちの方が面白そうだったしな。だがまあ、心配はいらねえよ相棒」
「面白そうって言ってる時点で仕方なくはないからね? というか……何に対する心配がいらないのさ」
「確かにお前さんの首にぶら下がることはもう出来ねえが、風呂ぐれえいつでも一緒に入ってやるってこった」
「そういう意味で言ったんじゃないから……」
どこまで本気で言っているのかは分からないけど、こんなに饒舌で冗談好きなキャラじゃなかったんだけどなぁ。
そりゃ百年? もあんな姿で居れば元々の人間性や性格を維持するのも簡単ではないだろうし、元の姿に戻ったのなら解放感の様なものでテンションの一つも上がってしまうのだろうけど。
「もう一個聞いていい?」
「一個どころか百個でも聞いていいぜ」
「じゃあ、取り敢えず二個で。今まで通りジャックって呼んでいいの?」
「たりめえよ、別に偽名を語ってたわけじゃねえからな。ま、本名を聞けば驚く奴も居るかもしれねえが、それは質問に答え終わってから教えてやるぜ」
「じゃあもう一つ、ジャックは百年あの姿でいたんだよね?」
「ああ」
「確か前に来る時のためだって言ってたけど、実際それはどういう目的があってのことだったの?」
サントゥアリオに出発する前に尋ねた時には『まだ明かせない』と言われたんだっけか。
元勇者一行だったとかって話は聞いたけど、それ以外の詳しい過去を僕はほとんど知らない。
そして、そんな僕よりももっとジャックのことを知らないであろうセミリアさんも僕に続いて疑問を口にした。
「剣を持っているが、ジャックにも剣術の心得があるのか?」
「当然ってなもんよ。アタシは一応クルイードやそっちの半裸女の先輩ってことになるからな」
ジャックは一人だけ全く興味を示さず、むしろ『いつまで待ってりゃその話は終わるわけ?』とでも言いたげに不機嫌な顔で壁にもたれ掛かって無言を貫いていたサミュエルさんの方を見る。
人間に戻ったところでジャックの○○女という呼称のボキャブラリーは変わらないらしかった。
「先輩? それはどういう意味だジャック」
「ていうか誰が半裸女よ! アンタ今の自分の格好分かってんの?」
いくら短いパンツとベビードールの様なデザインの戦装束のせいで肩もへそも背中も太ももから下の足も全部露わになっている格好がデフォルトのサミュエルさんとて、ほとんど下着姿みたいな今のジャックにそう言われるのは心外だったようだ。
ジャックは『それもそうだ』とからかう様に笑って、その視線の向きをサミュエルさんから後ろで座っているノスルクさんへと移す。
「エルワーズ、こいつらにアタシの名を教えてやれ」
「ほっほっほ、ようやく説明させてもらえる時間が来たようじゃの。セミリア、サミュエル、コウヘイ殿、この子はわしがまだ現役であった百年も昔に共に冒険した仲間での。同時に古き良き友人でもあり信頼出来るパートナーでもある。あり続けておる。その名はジャクリーヌ・アネット。今の世では伝説の二代目勇者と呼ばれておる人物じゃ」
どこか誇らしげに言ったノスルクさんの言葉は、この世界における今の世というものをほとんど知らない僕にはいまいちピンとこないものだったが、セミリアさんとサミュエルさんが揃って驚愕の面持ちで言葉を失っていることがどれほど衝撃的なことなのかを物語っていた。あのサミュエルさんまでもが、である。
アネット様。
と、かつてセミリアさんが口にしていたのを確かに覚えている。
最初にこの世界に来た時、名もない集落に行った時の話だ。一緒になってお墓に手を合わせたりもした。
ジャクリーヌ。それでジャックと名乗っていたのか。
「あのお墓には埋葬されてないって聞いたけど、あれはそういうことだったんだね。それにしても……ジャックが、勇者だったなんて」
それも、またしても女勇者である。
今ここにそう呼ばれる人間が三人も居るというのだから相も変わらず性別や年齢のバランスがおかし過ぎる世界だ。
勇者一行と敢えて表現していたあたり、それも正体を悟られないために混ぜたフェイクの一つだったのだろう。
「色々と聞きたいこともあるじゃろうが、先に二人の治療を済ませようかの。特にセミリアは少々重症のようじゃ。コウヘイ殿、少し座って待っていてくれるかの」
理解が追い付いていないのか、未だ『まさか……あのジャックが』と、愕然としたままのセミリアさんや意外にも『嘘でしょ……』とか言いながら人間版ジャックを疑わしげに凝視しているサミュエルさんを尻目にノスルクさんが立ち上がった。
その二人の反応を見るとこの世界でのその二代目勇者という名前がいかに名が知れているかがよく分かる。
とはいえ、僕とて山程聞きたいことはあったが二人の怪我を先に治すべきであることには大いに同意なので短く了解の返事をし、ノスルクさんが引いてくれた椅子に腰を下ろしてそれを待つことにした。
魔法が使えたり、武器や摩訶不思議アイテムを作れたり、怪我を治すことまで出来るノスルクさんの万能さときたら毎度のことながら凄いの一言である。
僕にしても、他の二人にしても、この人が居たから今まで無事で生きて来れたのだということを改めて理解させられた。
そんなことを思いながら二人が治療を受けているのを見守り、利き腕が上がらなかったセミリアさんもやっとのことそんな状態から脱することが出来たことに本当によかったとホッとしたところで治療タイムも終わり、全員が一つのテーブルに向き合って腰を下ろすとようやく本題に入る時が来た。
のだが。
元々が広いとはいえない小さな小屋であり、比例して置いているテーブルも小さい物なため椅子が四つしかなかったので僕は立っていようと思ったのだけど、どういうわけか半ば強引に椅子に座るジャックの膝の上に座らされてしまっていた。
一人椅子が無い僕に気を遣ってくれたというわけでもなく、仮にそうだったとしても気の遣い方を大いに間違っている選択ではあるが、単にジャックはどうにか僕を自分の傍に置こうとしているだけみたいだ。
恥ずかしいしみっともないから嫌だと言ったところで、
「アタシはお前さんと肩を並べられる日をずーーーーっと楽しみにしてたんだぜ? 今日ぐれえいいじゃねえか。これもスキンシップってやつだ、ずっと身を寄せ合って過ごしてきた仲なんだからよ。細けえことは気にするもんじゃねえ」
と、聞き入れてはくれないし、そもそも後ろから腰をロックされては腕力差的に僕に逃れる術はない。
そんな、不毛というかはた迷惑というかな主張のし合いは結局そういう光景を毛嫌いしているサミュエルさんの辛辣な一言によって無理矢理終止符を打たれ、サミュエルさんに反論出来る空気でもなくなった挙げ句僕はそのまま女性の膝の上に座り続けるという辱めを受ける羽目になるのだった。
頼みの綱であるセミリアさんに助けを求める視線を送ったりもしてみたものの、
「な、ならば私の膝に座るか?」
という謎の助け船を出されたのでもうどうしようもない。
ちなみに、先の説明で分かるように当初あれだけ驚いていたサミュエルさんは既にその状態から抜け出し、ジャックに対しても普通に、誰に対してもそうである様に失礼で素っ気なくて嫌味っぽい言葉遣いと態度で接するようになっている。
逆にセミリアさんは敬語を使うようになり、それどころか呼び方まで『アネット様』へと変わっていた。
性格や人間性もさることながら、勇者という肩書きや偉大な先人に対する尊敬や敬意に至るまでどこまでも真逆な二人である。
とまあ色々と話が脱線したが、そんなわけで五人が四つの椅子で一つのテーブルに向かったところで『オホン』と一つ咳払いを挟み、ノスルクさんの話が始まった。
「まずは、なぜジャクリーヌがクロティールとなり、今この時までこの世に留まったかという話からしなければならぬじゃろう。全てはとある生物と戦うためじゃ。正確には戦うためと言うよりも倒すため、かの。かつてわしと仲間が力を合わせて封印した、実際に倒すことなど出来るのかどうかも分からぬその怪物を」
生物という呼び名を怪物へと変えて、ノスルクさんは自身やジャックの過去と今を繋げる話を静かな口調で語った。
「当時は勇者であったジャクリーヌにわしと今は亡きもう一人の仲間を加えた三人のパーティーじゃった。百年の時が過ぎるか、術者が死ぬ以外に解けることのない強力な封印術をどうにか成功させ、世界の破滅の危機を脱することが出来た。しかし封印はしたとはいえ、それは意味を同じくして倒せてはおらぬというのが現実というものでの。ジャクリーヌは百年の時を経てその封印が解け、再び全世界にとっての驚異となるその時をひたすら待った。かつて倒すことが出来なかったその生物を、この世界を滅ぼしかねないその神獣をその手で倒すために、人であることを捨ててまで、じゃ」
「それが今、ということですか」
「その通りじゃよコウヘイ殿。わしやジャクリーヌがその生物と戦ったのが今からおよそ百年も昔の話。つまりは術の効力が切れるかどうかの瀬戸際というわけじゃな。そして、ジャクリーヌが君達とサントゥアリオ共和国にいけなかったのはそれを調べさせる時間が必要だったからじゃ。そしてその結果、残念なことに確信を得ることとなってしもうた。復活すれば、ただそれだけでこの世が滅びかねない。それほどの化け物なのじゃ」
あの、天の遣いはの。
と、ノスルクさんは続ける。
「…………」
「…………」
「…………」
突拍子もないというか、とんでもなさすぎて逆に現実味の湧かないそんな話に返す言葉がないのは僕一人ではなかった。
それ程にどこから疑問を抱き、何から質問してみればいいのかも難しいぶっ飛んだ話だったと言えよう。
百年前。
世界が滅びる。
天の遣い。
それらの言葉だけで僕には到底想像も付かず、逆にそれがどれ程の危機的状況なのかを理解することがどうにも難しくさせている。
しかしそれでも、ノスルクさんは続けた。
事態はそれで済む程に単純な話ではないのじゃ。と、前置きをして。
「悪いことに、いや、最悪なことにと言い換えてもいいじゃろう。今お主等が向き合わねばならぬ問題はそれだけではない。わしはそれとは別に魔王軍の動きを密かに探っておった。無論それはセミリアやサミュエルの手助けになればという目的の下ではあるのじゃが、するととんでもないことが判明したのじゃ」
「最悪なこと……ですか」
「しかしノスルク、これまでの話が事実ならば……世界を滅ぼしかねないというその化け物の封印が解けるよりも最悪なことなどあるとも思えぬが」
「必ずしもそうでもないのじゃよセミリア。魔王軍もまた、その化け物の封印を解くことを目論んでいたのじゃ。奴等は知らぬだろうが、そんなことをせずともじき封印は解けるというのにのう。しかし、だからこそ奴等は意図してそれを実現しようとしておる。問うまでもなく目的はこの地上を滅ぼすためと言ってよいじゃろう。そして最悪である理由はここからでの。魔王軍はその化け物だけではなく、他の二体をも復活させようとしているのじゃ」
「「他の二体?」」
「そう、セミリアから受け取った手紙によると魔王軍はサントゥアリオの反乱軍と手を組んでいるといいう話じゃったな。ではなぜ魔王軍がそんなことをしているのか、その目的がまさにそれだったのじゃ」
そこまで言って一息挟み、ノスルクさんは僕達にとって、そして世界にとって真に向き合い、向かい合わなければならない最悪の未来を、僕達に告げた。
「魔王軍の狙い、それは魔獣神の三体同時降臨じゃ」




