【第六章】 元帥閣下の災難
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「おらよ」
と、到底友好的とは言えない口調と態度で若い男性が注文していた料理を僕の前に置いた。
置き方も雑過ぎて皿の上で料理が揺れ、若干盛りつけが崩れている気がしないでもないが敢えて指摘して揉め事の種を蒔くことは憚られるので何も言うまい。
そんな状況下にある僕が今何をしているのかというと、言ってしまえばなんのことはない。ただ昼食の最中である。
グランフェルト城を出た僕はセミリアさんと共にノスルクさんの小屋に向かう予定で、加えてその前にサミュエルさんを迎えに行く予定だったのだが、昼時を過ぎていたこともあり先にご飯を食べておきませんかと提案したところエルシーナ町に寄ることとなったのだ。
しかし、では二人で昼食を取っているのかというとそういうわけでもなくセミリアさんはここには居ない。
「私はお腹も空いていないし、道具屋と伝鳥屋に寄るからその間にコウヘイは食事を取っておくといい。終わったら迎えに行く」
と言われたこともあり、一人で食事をすることとなったのだ。
勿論のこと寄るところがあるなら同行しますという申し出もしたのだけど、ただでさえ予定より時間が押していることもあるし、セミリアさん的には僕と気を遣い合ったり遠慮し合うのが嫌な様で、結果として押し切られる形で一旦別行動をすることになった次第である。
この田舎町風のエルシーナは僕がこの世界に来る際に拠点となっていると言っていい程に何度も訪れている町ではあるが、ほとんど宿屋と馴染みの食事処以外に行った記憶が無いのでその町並みに慣れ親しみ始めているということは一切なく、むしろここ最近の生活を考えると城下町の方がいくらか歩き慣れている感すらあるぐらいだ。
そんなわけで、その馴染みというか毎度お馴染みの食事処に入ろうとした僕だけど、不運にも定休日で空いていなかったためやむを得ず別の店に入ってみたところ冒頭のシーンに行き着いたというわけだ。
目の前にはパサパサした米の上に何種類かの炒めた野菜が乗っているという料理が置かれている。
聞くところによると酒も飲めるらしいこの店は本来夕方以降に来る客が多い店のようで、初めて入るこの店に今のところ他の客は居らず、そんな空間がより居心地の悪さを感じさせていた。
客は僕一人。
それに対し、店の人は三人居る。
聞こえてくる会話から察するに料理を作ったおばさんとその息子、娘で店を切り盛りしているということの様だ。
そのうちの息子の方の人が料理を運んできたのだが、僕より少し年上であろうその男はどういうわけか席に着くなり僕を睨みつけ、あからさまに嫌悪感を露わにしている。
どんな理由かは知らないし、初対面の相手にそうされる覚えもないのだけど、ここに来てとうとうそんな態度をおばさんが咎めた。
「こらミッシュ、お客さんに失礼な態度を取るんじゃないの」
「俺はこの店の従業員じゃねえし、そうじゃなくてもこんなヒョロいガキにヘコヘコする必要もないだろ」
なんというか、酷い言われようである。
日頃からこんななのか、おばさんは早くも注意して言い聞かせるということを諦めたらしく、僕の方へと視線を移した。
「ごめんなさいねお兄さん、ちょっとこの子勘違いというか、勝手に先走っちゃって最近ずっとこうなのよ」
「いえ、まあ……お構いなく」
としか答えようのない言い方な気がしないでもないが、元々の性格もあったり姫様やレザンさんのおかげで口の悪い人には慣れているので良い気はしなくとも大して気になりもしない。
「お袋、こんな奴に謝るんじゃねえよ。客だからって立派な人間ってわけじゃないんだぜ?」
母親の叱責を受けたにも関わらず留まるどころか益々暴言が加速する男だったが、今度は妹であるらしい僕と同じ歳ぐらいの女性の方が男に食って掛かる。
「いい加減にしてよ兄貴。まだ入ってもいないうちから格好付けちゃって、痛いったらありゃしないわ。そんな態度でしかいられないならもう手伝わなくていいから部屋に戻ってなよ」
「お前に指図される覚えはねえ」
フン。と、そっぽを向く男は僕の傍から動く気配はなく、女の子は溜息を吐き、やれやれと呆れた顔で洗い物をしていた手を止めカウンターの向こうから僕に言った。
「すいませんお客さん。うちの馬鹿兄貴はちょっと頭がアレでして」
「いえ、まあ……お構いなく」
さっきも言ったな、この台詞。
という感想はさておき、僕が言い返さない代わりに家族で口論している姿を見ているのも虚しいし、さっさと食べて店を出よう。
と、密かに決めた僕だったが、女の子は聞いてもいない説明を一方的に続けた。
「兄貴は兵士団に入ることが決まったんです。まだ少し先の話なのに、もう自分が偉くなった気でいて、ほんと馬鹿丸出しですよね」
同意を求められても困るけど、その馬鹿兄貴がすかさず反応してくれたおかげで返す言葉を探す必要が無くなって何よりである。
「馬鹿呼ばわりするな、俺はじきこの国や平和の為に精一杯働くんだ。だからこそこんな生産性の無い毎日を送って何の苦労もせずに温々と生きているだけのガキは気に入らねえ」
「…………」
まあ、何の苦労もせずに生きているというのは日本で暮らす僕にとって間違ってはいないかもしれないけども……。
「おいお前、今この国が以前より平和になったのは誰のおかげだ? そうやって食う物の心配も魔物に襲われる心配もせずにアホ面下げて生きていけるのは誰かがお前の代わりに戦っているからだ。それを分かっているか? この国の兵士の方達や勇者様に感謝したことがあるか?」
「それなりにはしているつもりなんですけどね」
アホ面って。と、思わずツッコミそうになるのをグッと堪える。
兵士の人達とは付き合いが長いわけではないけど、少なくともセミリアさんに対する感謝や尊敬は他の人達に負けず劣らずであるつもりではいるんだけど、初対面のこの人にそれを理解しろというのも無茶な話か。
「それなりじゃ足りねえ。お前みたいな何の役にも立たなそうなヒョロガキは生きていることにもっと感謝するべきだ」
「やめろって言ってんでしょ馬鹿兄貴。勇者様や兵士の人達がいくら立派だか知らないけど、あんたまで立派になったつもりになってんじゃないっていうのに」
「やかましい。俺もいつか立派な兵士になって国王や王女様を守り、勇者様を手助け出来る男になるんだ」
「夢見てんじゃないわよ、大して腕力があるわけでもないくせに。お客さんに対する口の利き方も知らない奴が立派な兵士になんてなれるわけないでしょ。お客さんもそう思いますよね?」
「いや、まあ……」
……だからなぜ僕に振るのか。
もう家庭内の揉め事は僕の居ないところで好きなだけやってくれと言いたい。
「なんと言いますか……立派であることも大事かもしれませんけど、送り出す方としてはそれよりも無事で帰ってきてくれることの方が喜ばしいことなんだと思ったりはしました」
「知った風なことを言うなチビ」
「ミッシュ、いい加減にしな!」
「母さんの言う通りよ馬鹿兄貴!」
僕の心の内も知らずに再び始まる不毛な親子喧嘩であった。
しかし随分と兵士を傾倒しているみたいだけど、この人に今僕が置かれている立場が知られたらどうなるんだろうか。
『こんなヒョロガキが宰相だと!? 冗談は死んでから言え』
とか言われる気しかしないので是非とも黙ったまま立ち去ろう。
幸い僕の宰相という引き受けてもいない肩書き……というか今は元帥なのだが、城に住む者以外でそれを知っているのは城下に住む人の中に少し居るかどうかというレベルだ。
この町の人なんて精々勇者であるセミリアさんと一緒に居た人間であるというぐらいの認識だろうし、それにしたって頻繁に町を出歩くわけでもないのでよく行く店の人達ぐらいの話だろう。
つまり、言わなければバレるはずがない。
なんて自己保身に走った報いなのか、丁度皿が空になったと同時ぐらいに開いた店の扉がそれをさせてはくれなかった。
ガチャリ、と。
開いた扉の向こうから入ってきたのは推定二十代の二人組の男達だ。
揃って背に槍を携え、鎧や兜を身に着けている。すなわち、この国に仕える兵士であるということだ。
僕達も人の事は言えないかもしれないけど、特に負傷者なども居ないため遠征していた兵士達も大多数が帰国早々に本来の職務に就いている。
しかも悪いことに、そのうちの一人は共にサントゥアリオ共和国に行った人だった。
名前はオリバーさん。全員の顔と名前を必死に覚えたので間違いない。
「これはこれは先輩方! いつもご苦労様です。ささ、お席にどうぞ」
声を掛けられでもしたら不味いと慌てて顔を背ける僕の横で、キャラが百八十度変わったミッシュという名前らしい青年が兵士達を出迎える。
しかもテーブル席もいくらでも空いているのに何故か案内するのは僕の隣のカウンター席という始末である。
しかしまあ、なんという変わり身の早さだろうか。
と、思ったのは僕だけではないらしく、おばさんも妹さんも揃って『また始まったよ』みたいな呆れた顔をしていた。
兎にも角にも彼がゴマをすっている間にこそっと店を出てしまおう。
丁度そんなことを思った時だった。
「おいお前、食い終わったならさっさと帰れよ」
舌打ち混じりに肩を押される。
ただの嫌味であって暴力的な意味合いはなかった様で決して痛みはなかったのだが、不意を突かれたせいでバランスを崩すまいとした僕の体が三人の方へ向いてしまった。
当然の如く、何事かとこちらを見ていた二人の兵士とも目が合う。
「おや? 元帥閣下ではありませんか」
二人のうちの年上の方、それすなわちオリバーさんがすぐに僕に気付いた。
揃って腰を下ろそうとしていた動作を中断し、立ち上がって僕に向かって敬礼をする。
「ご、ご苦労様です……お昼休みですか?」
当たり障り無く言ってはみたものの、不味いな……どうすんのこれ。
「我々は警邏の帰りであります。昼食を後回しにしておりましたので、今しがた昼休みをいただいた次第でして」
「それよりも閣下がエルシーナに居られるとは存じ上げませんでした。まさかとは思いますが、お一人で?」
「今は一人ですけど、待ち合わせをしているのですぐにそうじゃなくなりますよ」
「いけませんぞ閣下、城を出る時は護衛を連れておくようにという話だったではありませんか。その御身に万が一のことがあったらどうするのです」
なぜか食い気味に僕を心配してくれるオリバーさん。
確かにそんな話を王様にされた覚えがあるけど、仰々しいことこの上ないし気を遣う度が増す一方だからという理由で丁重にお断りしたし、セミリアさんと一緒なのが大半だということで王様も納得して引き下がってくれたはずなんだけど……。
「心配いりませんよ。皆さんのおかげで治安も悪くないですし、この町ではずっと寝泊まりもしてきましたから」
どうにか切り上げたい一心で僕は会計を済ませようと立ち上がる。
いつまでも話をしていてはいつまた横から暴言が飛んでくるやら分かったものじゃない。
肩書きだけで見れば僕はこの二人より立場が上だし、食事代ぐらい出しておくのが出来る上司というものなのだろうか。
なんてことを考えつつ銅貨の詰まった巾着袋を取り出して値段を尋ねようとすると、店の人間である親子三人がポカーンとした顔で僕を見ていた。
「お兄さん方、今こっちのお兄さんをなんと呼びました?」
為す術無く一緒になって固まっていると、おばさんが目をパチクリさせていた。
答えたのはオリバーさんだ。
「何と呼んだも何も、元帥閣下だが……何を面食らっているのだ女主人」
「我々とて少し前までは宰相殿と呼んでいたのだ。知らぬのも無理はあるまい」
「あの……元帥というのは兵隊さんの中で一番偉いというあの元帥ですか?」
今度は妹さんが首を傾げながら問う。
確か元帥という役職はここ最近は使われていないという話だったか。
ならば何となく聞いたことがある、という二人のリアクションも分からないでもないが、掘り下げないでいいのに……。
「その通りだ。大将殿のさらに上のお立場として兵士団の総指揮権を持ち、リュドヴィック王の信頼も厚く、政務においてもその右腕と言われている程のお方だ。よく覚えておくといい」
オリバーさんはどこか誇らしげにそんなことを言う。
いつ誰が王様の右腕になったのかは知らないけど、やっぱり母娘はポカーンとしていた。
そんな中。
「こ、こいつが……げ、元帥? こんな奴が!?」
とうとうミッシュさんがキレた。
ビシっと僕を指差し、怒りなのか驚きなのかも判断出来ない様な形相で僕を見る。
「おい小僧、我らが元帥閣下に無礼な口を効くな」
「まあまあ、落ち着いてください……僕は別に気を悪くしたりしてませんから」
ムッとするオリバーさんを慌てて宥める。
なんだか、最近こういう風に僕を庇ってくれる兵士の人が増えた気がするのはやっぱりこの間のあれがきっかけだったのだろうか。
「お兄さん、本当に元帥様なのかい?」
「一応……そういうことになっています」
そんな立派な人間に見えないのは自覚しているし、それはやっぱり僕にふさわしくない肩書きなんだろうけども。
「何を仰いますか閣下。私は共にサントゥアリオに同行しましたが、あの出陣前の閣下のお言葉に心打たれたのですぞ」
そんなオリバーさんの言葉から察するに僕はこの居たたまれない空間からまだ開放してはもらえないらしく、ようやく席に座った二人の兵士は勝手に盛り上がり始めた。
「ほう、それは一体どんな言葉だったのだ? 是非聞かせていただきたいものだ」
「直前まで我らの安全を最優先に考え、その策を講じ、戦地に向かう我々に下した唯一の命令が『自分の許可無く死ぬな』だ。そして民や平和を守る我々も国にとっては尊ばれるべき存在であると、あのクロンヴァール陛下に食って掛かったのだぞ? 責任は自分が取ると、家臣を守るのが己の役目なのだと毅然と仰る閣下の姿には俺に限らず多くの仲間達が感動さえ覚えたものだ」
「ほう、それは是非共この目で拝見したかったものだな。閣下の人柄や手腕を称賛する声は国王様や侍女達から絶えず聞こえてくるが、俺はこの度の遠征もサミットの時も閣下の護衛に当たることが出来なかったからな」
「……………………」
やめてくれ。居たたまれないから本当にやめてくれ。
ミッシュさんが口をパクパクさせているからもうやめてあげてくれ。
そもそもサミットの時は僕じゃなくて王様の護衛だったじゃないか。そして僕は家臣とか言ってない。
「まさかお兄さんがそんなに凄い人だったとはねぇ……人が悪いよ、教えてくれてもよかったろうに」
「言い出せる空気じゃなかったと言いますか……」
というか、普通に早く帰りたかったと言いますか。
無論、その気持ちは今なお変わりはない僕だったが、
「コウヘイ、遅くなってすまなかったな。少し伝鳥屋で待ち時間が長くなってしまったのだ。代わりというわけではないが、お主も城には戻らぬという話だったし私と二人分の宿屋の予約をしておいたぞ」
と、続いて現れたかと思うと入ってくるなりそんなことを言うセミリアさんのおかげで僕を見る三人分の唖然とした目がさらにその度合いを増し、一層居心地を悪くさせるのだった。
○
そんな残念過ぎる時間もようやくのこと終わりを迎え、僕とセミリアさんはエルシーナを離れて予定通りサミュエルさんの家に向かう。
送迎業者というか、僕の概念で言うところのタクシーみたいなものなのか、馬車で付近まで送ってもらうことでほんの十五分程度で到着した。
普通にいつもの瞬間移動アイテムで行くのかと思っていたのが、前提としてマジックアイテムという物自体が割と高価な物であり無限に生産できる物ではないためゲームの様にお金を出せば好きなだけ購入出来るという物でもないらしく、特にこの国では流通状況によっては中々手に入らないことも多いということで極力節約しているということだった。
最初にこの世界に来た時などは体力の消耗を考慮して結構乱打していたけど、あの頃は送迎業が成り立つ環境じゃなかったこともあったとはいえ僕達に気を遣って割と無理をしてくれていたらしいことを今更知ったりもした。
といっても、ここからノスルクさんの所にはそれを使って行くんだけどね。
「ではちょっと行ってきますね」
「ああ、よろしく頼む」
というやりとりを経て、馬車が帰っていく姿を見送るなりセミリアさんに待機してもらい一人で歩く。
辺りには人っ子一人おらず、小屋が一つ建っているだけで他に何も無い景色が広がっているだけだ。
そう。向かう先はかつて一度だけ訪れた経験がある、サミュエルさんが暮らす家である。
その時と同じく複数人で押し掛けるとただそれだけのことで機嫌を損ねることは断言出来るので僕が一人で向かうことにしたわけだ。
帰りの船や別れ際の様子を見るに、ただでさえまともな精神状態ではないだろう。
苛立ちや歯痒さをハッキリと態度に表し、構うな話し掛けるなオーラ全開だったサミュエルさん相手では僕一人で行ったからといって平穏無事に済むとも限らないんだけど……。
「…………」
コンコン、と控えめにノックをして反応を待つ。
不在、或いは無視という対処をされていなければ基本的に『……誰?』という反応が間を置いて返ってくるのが通例なのだが、今日この日はそんな前例が覆されることとなった。
声による反応が返ってくることのないまま勢いよく扉が開いたかと思うと目の前に立つのは扉を開いた張本人、すなわちサミュエルさんだ。
案の定どころか、いつもよりさらに不機嫌そうな顔で僕を睨む様に見たかと思うと、挨拶を口にする前に肩を引っ張られる形で部屋の中へ強引に放り込まれる。
どうしたんですか?
と、問うよりも先に、そのまま僕の体は背中から壁に打ち付けられた。
右腕全体で僕の胸を押し込む様に力強く、緩むことのないその腕が壁に背を付けられた状態から脱することが出来ない状況にさせている。
痛みという点においては微々たるものではあったが、腕力の差もさることながら何故急にそんな行動に出たのだろうかという戸惑いが自力で振り払うという選択肢を奪った。
「何の用か知らないけど、丁度いいところに来たわね」
「ど……どうしたんですかサミュエルさん。なんで急にそんなに怒って……」
「別に怒ってなんかいないわ、ただ聞きたいことがあるってだけ。但し、返答によっては痛い目見るわよ」
「聞きたい……こと」
「崖から落とされて川に落ちた私を拾いに来たのはあのなんとかって副将の男だったわ。そいつが手に持っていた物はなんだったと思う?」
「それは……」
行方が分からなくなったサミュエルさんを発見し、連れ帰った人物。
副将を勤める男。
その両方に該当する人物は僕がサミュエルさんの部隊に同行してもらうように頼んだレザンさんを置いて他にいない。
そして、そのレザンさんが何を持っていたか。
目的の都市から遠く離れた森の奥の、それもそこにある崖の下を流れる川の下流で発見したという報告を確かに聞いた。
後方で待機を命じられ、その行方を知る術のないレザンさんが自力で発見出来るはずもなく、ならばどうやってサミュエルさんを見つけたか。
簡単な話だ。
知ろうと思った時に居場所を知ることが出来る状態にしておけばいい。
つまり、こういうことだ。
「レザンさんが持っていたのは……僕のモニター」
その言葉の通り、僕はレザンさんに発信機の受信モニターを託していた。
出陣の朝、レザンさんの部屋に寄った僕は二つの話をした。
一つはサミュエルさんの隊に同行して欲しいというお願い。
そしてもう一つは、その上でモニターの使い方を覚え、万が一の時にすぐに駆け付けてあげて欲しいというお願いだ。
元々仕込んでおくつもりでいた発信機のチップをこっそりと持たせることは難しいことではなかった。
同じ朝、サミュエルさんの部屋に出向いた時にこんなやり取りがあったからだ。
『アンタ如きに心配されなくても負けやしないわ。分かったらさっさと帰れ。あとそこの靴取って』
その言葉に従い、靴を取って渡した時にこっそりと舌革、つまりはベロの部分にチップを仕込んだというわけだ。
ようやくにしてサミュエルさんが怒っている理由を理解した僕だったが、だからといってその怒りが冷めるわけもなく。
「そういうこと」
と、サミュエルさんは依然として僕を壁に押し付け、数センチの距離に顔を突き付けた。
「そのモニターってのが何なのかははっきりとは知らないけど、使い道はアンタの口から聞いたのを覚えてる。前にユノの連中に仕込んだ、居場所を特定するための物だってことはね」
「それは……その通りです、けど」
「余計な真似してくれてんじゃないわよ……誰がそんなことをしろって言ったわけ? アンタ如きに助けてくれって私がいつ言ったの? 自分より弱い奴に勝手に心配されて、勝手に助けられて、無様ったらありゃしないわ。それが腹立たしくてならないってわけ、分かる?」
「でも、僕は最初から言ってたじゃないですか。いつでも心配はしているって。サミュエルさんにもしものことがあったら困るって」
「それが余計なお世話だって言ってんの。だったら聞くけど、クルイードにも同じことをした? 誰かにアレを渡して、いつでも追い掛けて、助けてやれる状態に頼んでもないのにしたわけ?」
「いえ、そこまでは……」
無論、セミリアさんにも発信機は渡している。
サミュエルさんとは違い、ちゃんと許可を得た上で持っていてもらった。
しかし、誰かを同行させたりモニターを持った人間を同じ部隊に配置したりはしていない。そもそもモニターを二台持っていないからだ。
「それが何よりもムカつくってのよ。アンタは私が負けると思ってたってことよね? 私がクルイードより弱いと思ってるってことよね? それが殴られても仕方がないことだって気付かなかったなら、国を預けられるだけの地位を得たアンタのその脳みそも他人のことは必要な範疇を超えて助けることは出来ても自分のことを助けてはくれなかったってことね」
「そういうわけじゃ……ないですよ。二人が負けるだなんて思っていたわけじゃない。思いたくもなかったです。だけど、思っていないことと、そうなることを一切考えずにいることは全く別だと僕は思っています。思っているだけじゃなく、今後誰に何を言われようとその考えることはないでしょう。一緒に戦えない僕にはそんなことしか出来ないんです。例え怒られようと、殴られようと、それが僕に出来ることなら僕はそれを全うする。サミュエルさんに怒られないようにすることよりも、サミュエルさんが無事に帰ってきてくれる方が大事だからであって……」
「苦しい言い訳ね。それは私にだけ下らない仕込みをしたことの理由にはなってない」
「い、言い訳なんかじゃないですって。僕にとってはセミリアさんもサミュエルさんも恐ろしいぐらいに強くて、形は違えど僕を助けてくれる、これ以上ないぐらいに頼もしい二人だと思っていますから。でも……」
「でも、何?」
「セミリアさんには……戦い争う時でも誰かを想う気持ちがある。そうじゃないことが悪いと今ここで言うつもりはありません。だけど、サミュエルさんは自分のことすら大事にしてくれないじゃないですか」
負けてもそれは弱い自分が悪いってだけの話。
とか。
誰かと力を合わせるぐらいなら一人で戦って死んだ方がマシ。
とか、そんな言葉を何度もその口から聞いたことがある。
本人の主義主張がどういうものであれ、聞く側にしてみればそうですか分かりましたと納得して送り出せるはずがない。
「この世界に来て、後からこうしておけばよかったと後悔したり反省することは今までに山程ありました。それを繰り返さないために、出来ることはしておきたいと思ってやったことなんです。サミュエルさんが無事に戻ってきたなら、余計なことをするなと咎められても仕方ないかもしれません。でも、今回に限ってはそうじゃないですよね? それって心配される筋合いはなくても理由はあったってことじゃないですか。サミュエルさん言ってましたよね? 自分にはやらなきゃいけないことがあるって。その為に強さが必要なんだって。頼まれていなくても、快く思っていなくても、以前王様と一緒に軟禁された時にはそんな風に怒ったりしなかった。死ぬのも勝手だから放っておけだなんて一言も言わなかった。そうやって口で言ってることと行動や結果が違ってる様なことをする人だとは思っていませんでしたし、それで人に怒ったりする人ではないと思ってました。少なくとも、僕が知っているサミュエルさんは」
無意識に、やや感情的に言葉を返していた。
それが何らかの効果を発揮したのかどうかは定かではないが、サミュエルさんは痛いところを突かれたといった風に少しバツが悪そうな顔で舌打ちをする。
「フン、好き勝手に生意気言ってくれるわ。確かに針が刺さったのが右腕じゃなけりゃヤバかったけど……そういう話じゃないっての。よく覚えておきなさい。アンタに心配されなくても次に会うことがあればあの虫女は私が始末する。だから二度と余計なことはするな」
それと、やっぱりアンタは史上最強に変な奴で、ムカつく奴だわ。
と、サミュエルさんは続け、ようやくその腕を放してくれた。
圧迫感から解放され、大きく息を吐きつつ僕は胸を撫でる。
「手土産にアイツの首でも持って帰ってくれば余計なことをしようとは思わないでしょ。アンタは黙ってそれを待ってればいいわ」
「いや、首は真剣に要らないのでとにかく無事に帰ってきてください。そしたら僕も僕が余計だと思うことはしませんから」
「……言い方が気に入らないけど、長生きしたきゃ肝に銘じておきなさい。分かったらさっさと本題に入れ、私に殴られるために来たわけじゃないんでしょどうせ」
恐ろしいことを言う。
誰が殴られるためにわざわざ訪ねて来ようというのか。
と言いたいのは山々だが、ようやくサミュエルさんもいつものレベルの素っ気ない表情へ戻った。
斯くして僕は本来の目的を果たし、流石のサミュエルさんもノスルクさんが呼んでいると言われると拒否出来ないのか(実際には呼ばれて行くわけではないが、ただ誘ってみたところで『パス』の一言で終わるのは目に見えているので咄嗟にそういうことにしておいた)セミリアさんと三人でノスルクさんの所へと向かうのだった。
「ついでに一個聞くけど」
「はい?」
「幻術を扱う奴が相手だった時、アンタならどう戦う?」
「……幻術?」
「はぁ、やっぱいいわ。役立たず」
「…………」
どうにも、今日は謂われのない中傷を受けてばかりの一日のようだ。




