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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑤ ~破滅の三大魔獣神~】

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【第二章】 病床の王と強かな侍女達

12/18 誤字修正※再開→再会

7/28 台詞部分以外の「」を『』に統一



「元帥閣下、勇者様、到着しました」

 しばらく続いていた揺れが収まると、操縦係の兵士が馬車の扉を開いた。

 サントゥアリオ共和国を出た僕達は一夜を経てグランフェルト王国へと帰還し、クロンヴァールさん達と港で別れた僕とセミリアさんはその足でグランフェルト城へと向かうことを決め今に至る。

 帰りの船も、この馬車の中もどこか重い雰囲気であることは疑いようもない。

 僕、樋口康平の異世界における異国体験記はほんの数日で終わりを迎えた。

 戦争を止めるどころか負けて仕切り直しという結果を残して。

 多くの人が傷付き、死人も出ている紛れもない敗戦だったのだ。

 誰だっていつも通りでいられるはずもない。

「ありがとうございました」

「ご苦労だった」

 二人で兵士にお礼を言って、正門を潜り大きな城へと足を進める。

 隣を歩くは銀髪の女勇者セミリア・クルイード。

 僕がこの世界に関わるきっかけになった僕と歳の違わない女性だ。

 このセミリアさんも他の人達と同じく一対一の戦いに敗れ、今なお右肩には包帯が巻かれているままである。

 回復魔法というものが存在する世界とはいえ、肩を刺された傷がそう簡単に完治しているはずもなく、セミリアさんは利き腕が上がらない状態だ。

 ノスルクさんの治療を受ければ大丈夫だと言っていたけど、僕が一国家の軍隊の指揮権を与えられていることも含め若い人間が、それも女性が命を賭けて戦わなければならないこの世界の実情には中々慣れたり割り切ったりということが難しいものがある。

「コウヘイ、王への報告が終わり次第ノスルクのところに行こうと思うのだが、お主はどうする?」

 広い城内の廊下を並んで歩いていると、沈黙を嫌ったのかセミリアさんの方から話題の提供を買って出てくれた。

 昨日今日戦いを始めた人達ではないのだから当然なのかもしれないけれど、その口調や表情に気落ちや自己嫌悪の色は感じられない。

 負けた自分、弱い自分に対する歯痒さ情けなさを内に秘めていることは僕にも分かるが、他の人達も含めて凹んだり後悔するよりも『次こそは必ず』そういう気概が一様に感じられた。

 どんよりしてしまうよりは救いもあるし、そういう人達だからこそ国のため世界のために戦うことも出来るのだろう。

「僕も行きます。でも、サミュエルさんはどうしましょうか」

「サミュエルも傷を負っているし、そうでなくとも連れて行った方がいいとは思うが……」

「本人がどう言うか、ですね」

 同じ考えだったのかセミリアさんは『うむ……』と、悩ましい表情を浮かべる。

 本来そうあるべきかどうかは難しい立場だが、サミュエルさんはこの場に同行していない。

 それどころか帰りの船から誰とも接触せず、部屋に籠もったままだった。

 港に着いてからも一言『帰る』とだけ言い残してさっさと馬で去っていってしまったためサントゥアリオ本城を出る時以来僕は一言の会話さえしていない状態である。

 プライドが高いサミュエルさんのことだ。

 揃いも揃って負けて帰るその中に加わっている自身の立ち位置、というのは受け入れ難いものがあるのだろう。

 僕自身、様々な意味で予想と違った結果になったという思いに変わりはないし、未だ精神的に引き摺っていることだって多々ある。

 近しい人達が、或いは僕自身が最悪の状態を避けられたからといって全ての関係者がそうではないのだから。

「怪我もしていますし、それを差し引いても放っておくのは心配なので一緒に向かいましょうか。家に帰っているなら僕が呼びにいきますし」

「そうだな、ではこの後共にサミュエルのところへ寄るとしよう」

「はい」

 その言葉を最後に一旦会話は止まる。

 赤い絨毯のひかれた階段を上り、帰還、その他諸々の報告をするためにリュドヴィック王に会いに来た僕達が向かっているのはいつも玉座の間ではなかった。

 聞いたところによると王様は体調を崩しているらしく、城門でその話を聞いた僕達は直接王様の部屋へと通されることとなったのだ。

 大事(だいじ)ではないようです。と、案内の兵士は言っていたけど、流石に心配ではある。

 やがて到着した初めて足を踏み入れる王様の部屋は問うまでもなく広く豪華なものであったが、その中心にある天蓋付きのベッドに横になっていた王様の姿を見てしまうとジロジロ見渡すわけにもいかず。


「よく来てくれたコウヘイにクルイードよ。この様な場所と格好である無礼を許しておくれ。色々と良くない報告があるのだろうが、ひとまずはお主等が無事に帰ったことを喜ぼう。無論、兵士達もだ」


 僕達が挨拶をすると、王様は侍女の女性に支えられながら体を起こし、笑顔を向けてくれた。

 いつものマントや王冠を身に着けず、いかにも部屋着や寝間着といった格好だし、見るからに顔色は良くないが確かに著しく弱っている風というわけでもさそうだ。

 兵士の言う通り病気というよりは無理が祟った結果の体調不良というのが表現としてはしっくりくるといった感じか。

 ただそれだけなら大袈裟に心配してしまうのも逆に失礼に当たるだろうかと自重していたかもしれないけど、家を出る前に頻繁に体調を崩しているとセミリアさんから聞いているだけにそれでもやっぱり心配になってしまう。

「リュドヴィック王、起き上がって平気なのですか」

「なに、少し体が重い程度だ。心配には及ばぬさ」

 王様は使用人を下がらせ、その姿が見えなくなると同時に表情を真剣なものへと変える。

 自然とサントゥアリオ共和国で起きた出来事についての話となり、僕達は向こうで体験した全てを王様に語って聞かせた。

 通信手段が通信手段だけに帰国前に例の鷲を使って送った手紙に報告の全てを記すわけにもいかず、今初めて事の詳細を正確に把握した王様は驚き、信じがたいことだといったリアクションを何度も見せていた。

 一通りの話が終わるとどこか重々しい雰囲気になってしまっている中、少しの沈黙を破ったのは王様だった。

「魔王軍と人間が手を組むなど、話を聞いた今になっても信じられぬ。しかし、それが事実ならばサントゥアリオどころか世界が危機に陥ってしまいかねない。そういう状況であることは理解した。お主等の無事を喜ぶ気持ちに偽りはないが、ただそれで済む問題ではなくなっているということも同様にな」

「十日後には再びシルクレアと合流しサントゥアリオへ戻ることになっているのですが、クロンヴァール王は大幅に兵力を増員することを決めたようです。可能であれば我が国にもそれを望む、と仰っておられたのですが……」

「うーむ……ただ援軍として参加しているだけの状況を逸した今、その要請には応えねばならぬことは分かっているが、それは難しいところだ。ただでさえお主等が不在の国を守るにはギリギリの兵力である上に少し前に北方の港の警備を増員したばかりなのだ。これ以上地方や城下の人員を減らすわけにはいかぬ」

「北方の港といいますと……バーフェミア嶺への警戒、ですか」

「うむ。よもや我が国にまで飛び火することはないと思ってはいるが、それも確かな事は言えぬ状況であろう」

 そんな王様とセミリアさんの会話は僕にはさっぱり分からないので黙って聞いていることしか出来ない。

 バーフェミア嶺といったか?

 自分で見聞きしたもの以外の知識がほとんど無いので分からなくて当たり前といえばそれまでなのだが、どう考えても物騒な話っぽいだけに知らないままでいいかという気にもなれず、結局話の腰を折る形で僕はその言葉の意味を聞いてみることにした。

 答えてくれたのはセミリアさんだ。

「コウヘイは知らないのだったか。最近はお主に教えてもらうことの方が多いせいでつい失念してしまうな」

 セミリアさんはそんなことを言って、

「バーフェミア嶺というのはこの国から一番近い近隣国の名だ。現在の正式名称はバーフェミア四国独立統治領という。かつては一つの王国だったのだが、王家の人間同士の争いにより国が東西二つに分かれ別々の国家へとなってしまった。さらにその数年後に二つに分かれた国がそれぞれ南北に分裂するという事態に陥り、結果一つの国だった領土が現在四つの国の集合体となってしまっているのだ。それぞれが独立した国を名乗り、別々の王による独自の統治が行われている。ゆえに四国独立統治領となったというわけだ」

「なるほど……どこもかしこも複雑な理由があるものですね」

「国が分裂するなどという例は他に聞いたこともないが、そう思われても仕方がないな。今私達が直面している問題程の大規模なものではないにせよ、あちらもあちらで各国の関係が良好であるとは言い難い。真に国を治めるのは自分達なのだと主張し合い、睨み合いを続けている国もあれば併合や割譲を目論んであからさまに争いの種を蒔こうとしている国もある。リュドヴィック王が仰った警戒というのはそういう意味だ」

「いつか本格的に争いが始まってしまった時に変に巻き込まれることを防ぐために、ですか」

 セミリアさんはやや難しい顔で短く肯定の答えをくれた。

 その国の歴史やそうなった理由を知らない僕が言えた義理ではないのかもしれないし、元居た世界だって歴史を辿れば大した違いはないのかもしれない。

 それでも、人間以外の存在に世界が乗っ取られるかもしれない状況でそんなことをしている場合かと憤る気持ちを抱かずにはいられなかった。

 それを口にするのを自重したこともあり、そんな反れたような反れてないような話もそこで途切れ話は再び十日後の再合流に向けてものへと戻る。

 結果としてはこの国の現状を考え、結局派遣する兵士の増員はせず、同じ人数でサントゥアリオへ向かうことが決まった。

 王様の言う通り、有事の際に誰よりも頼りになり、代わりなど居ない二人の勇者が不在という状況ではさすがに無理もない。

 そのバーフェミア嶺のみならず普通に魔王軍が単独で侵攻してくる可能性もゼロではないのだ。

 サントゥアリオ共和国やクロンヴァールさんの国の半分にも遠く及ばない兵士の数しか居ないこの国にとっては現状が精一杯ということで納得してもらう。

 そういう方針で決定したところで具合の悪い王様の部屋に長居するのも失礼かと僕とセミリアさんは王様の部屋を後にすることに。

 そのままノスルクさんの家に向かうのかと思いきや、廊下を歩いて戻る道すがらセミリアさんはこんなことを言った。

「先に大将殿と兵士の編成について話をしてこようと思う。ノスルクの家で治療を受けた後は期限の日まで修行に集中したいのでな。城で済ませておくべき用事は先にやっておきたいのだ」

 利き腕が上がらない程の怪我を負ってよくそう言えるものだと思う気持ちは当然ある。

 だけど、既に次の戦いを見据えているのは勇者としての気概か使命感か、それとも勇者かどうかは無関係にセミリアさん自身の正義感がそうさせるのか。

 本来の立場というか、肩書きだけを見れば兵士に関してのことは僕の仕事と言えなくもないだけに申し訳なさも若干あってやっぱり先に怪我を、なんて言うことも出来ず僕はそれを了承し一言お詫びをした上でお願いすることにした。

 ちなみに、兵士の編成についての話というのは同じ三百人の兵士を派遣するにしても同じ面子で行くのか、一部なり総員なりを入れ替えて行くのか、という話だ。

 僕個人の意見としては例え数日であれど異国の地に渡った経験値が人が入れ替わることでまたゼロになってしまうのは非効率的であること。

 そして総員入れ替えになってしまうとまた顔を一から覚え直さなければならないこともあって同じメンバーの方が望ましいとは伝えてある。

 しかし、そうは言っても命に関わる問題なのだ。

 その兵士達にとって一回も二回も同じだろうと戦地へ赴く役目をそのまま継続させられるというのは、果たして不平不満が生まれないだろうかという心配もある。

 そのため僕はその意見を伝えた上で大将さんや兵士達の意志を踏まえて二人で決めてくれればと伝えた。

 顔を覚えるぐらいのことは僕が頑張れば済む話だ。

 部屋を出る前に王様やセミリアさんは僕にここで退いておくことも選択肢の一つだと提案してくれたけど、今更逃げ出すなんてことが出来るはずもない。

 僕を頼りにしてくれる人達が居て、僕に命を預けてくれる人達が居て、そんな僕にも出来ることがあるかもしれなくて、その僕が途中で危ないからやっぱり帰りますだって?

 そんなことを言うぐらいなら最初からセミリアさんの力になろうだなんて思っちゃいない。

 最初の魔王の時からそれは変わらないのだ。

 いつだって一歩間違えば死んでしまうかもしれない危険があるのは承知しているけど、セミリアさんが命を賭して何かを守ろうとするのならば、僕はその横で出来る限りその手助けをする。

 セミリアさんが僕を守ってくれるから、僕は頭を使う。代わりに考える。

 その壮絶な過去を知った今、むしろその気持ちは強まってさえいるぐらいだ。

 セミリアさんだけではなく、ノスルクさんやジャック、王様やミランダさんが言うように僕がこの世界に来たことで何かが変わったのならば、誰かの、或いは何かの未来が、運命が少しでも変わったのならば、僕がこの世界に来た意味はそこにある。

 その意味を、役目を、責任を、果たすために僕はセミリアさんと共に行く。

 全ての争いが終わるまでとは言わない。

 この世界が平和になるのを見届けるほど時間があるわけでもないだろう。

 それでも。

 少なくとも、セミリアさんが僕を必要としてくれる限りは逃げたりはしない。

 それが僕なりの覚悟であり、決意だ。


          ○


 一旦セミリアさんと別れてから十五分ぐらいが経っただろうか。

 あの後すぐ、城を離れるならその前にと僕は向こうで購入してきた品々を各方面に配って回ることにした。

 所謂お土産というやつである。

 戦争への参加を目的に行った先でお土産というのも滅茶苦茶な話ではあるが、ルルクさんを始め使用人の人達にその事実を伏せてもらったのは他ならぬ僕自身だし、その場凌ぎの必要があったとはいえ約束してしまっている以上は仕方あるまい。

 サントゥアリオ共和国に到着した日の夕方の自由時間で城下町を回って買い集めたのだが、今になって思うと帰りでは到底買い物なんて出来る雰囲気じゃなかっただけによく最初の日に済ませておいたものだという感じである。

 そんなわけで僕はまず姫様ことロールフェリア王女のところへ行った。

 あの姫様を満足させるだけのお土産というのも中々の難題な気がしたので普通に、ごく単純に、ただただ高価な宝石を買うことで機嫌を損ねる可能性を減らそうとした僕はキラッキラのブレスレットを選んだのだが、幸いにも姫様は特に批評することもなく受け取ってくれた。

「まあいいでしょう。忠誠の証として、受け取って差し上げますわ」

 なんて言われたことは幸いと言っていいのかどうかは怪しいところだがそれよりも、

「用事が済んだのならさっさとわたくしのヴァレットへ復帰なさい」

 とかなんとか仰る姫様にサントゥアリオへ戻る必要があることを納得してもらうのにも随分と苦労したのだった。

 ヴァレットというのは近侍とか執事とかに分類される役職の一種だったか。

 常に主人の傍に居てあらゆる世話をしなければならないという専属の使用人と同じかそれ以上の地位に当たるランクの従者内の位置づけのはずだけど、僕はいつからそんなものになったのか知りもしない。

 姫様なりに多少は僕を認めてくれたのかもしれないが、どのみち宰相や元帥という軍隊のトップである肩書きと使用人としての肩書きを同時に持つという謎の現象が起きていることに違いはなさそうである。

 とはいえ、今ばかりは使用人として出世している場合ではないので再びサントゥアリオへ行き、帰りがいつになるのか定かではないという理由でどうにか納得してもらい遠回しに保留とさせてもらったのだった。

 そもそも高価な宝石を買ったこと自体が忠誠の証などではなく、ただ他の人の物より質や値段に差をつけないとバレた時に怒られると思ったからに他ならないのだが……幼馴染みであるみのり以外に異性にプレゼントなんてしたことがないのでチョイスやセンスが悪かったと言われれば返す言葉もない。

 そんな後の祭りを一人で開催しつつ、姫様の部屋を後にした僕は次にメイド長であるルルクさんの所へ向かった。

 ちょうど休憩室に居たルルクさんを始め他の使用人の方々にも挨拶をし、再会を喜んでくれたことにホッとしつつ僕はそれぞれにお土産を渡した。

 前述の理由により他の人へのお土産も結局アクセサリーにしたわけだけど、姫様の物より三ランクぐらい下の値段の物とはいえ使用人全員分ともなると結構な金額だ。

 唯一事前に参考意見としてリクエストを聞いてみた相手であるミランダさんの『み、身に着けられる物をっ』という、どこか必死さを感じさせる返答を受けてのことだったのだが、王様に好きに使って良いとお金を預かっていなければ全然足りないところだった。

 使い道として正しいかどうかは難しいものがあったけど、城で働く人達に対する労いになるならばそれも良いだろう。

 この城で働くようになってからは僕も少なからずというか、むしろ多すぎるぐらい給料を先払いみたいな形で貰っているのだが、最低限の現金しか持ち歩いていなかっただけなのでちゃんと後から返すつもりだ。

 人のお金でお土産を買うというのはさすがに残念な人間性過ぎる。

 この世界の通貨であるリキュー銅貨の百倍ぐらいの価値がある金貨を何枚も貰っているとはいえ、姫様のだけで半分以上吹っ飛んでいそうだけど……まあ、この世界で堅実に貯蓄をする意味も大して無いので感謝の気持ちということで納得しておこう。

 そんなこんなでお土産を手渡し、さすがに休憩室に使用人全員が居るわけではないので不在の人の分はルルクさんに預けて配ってもらうことにした僕だったがが、ミランダさんとアルスさんの分だけは自分で渡しなさいと二人の分だけ返されてしまった。


「二人はコウヘイ君の部屋で待ってるよ。覚悟して行っておいで」


 という意味深なルルクさんの言葉もさることながら、部屋を出る際に『とにかく、ちゃんと帰って来てくれてよかったよ』と抱擁されたことの意味もいまいち分からなかった僕だったが、それはこの城の僕に与えられた僕の部屋に戻るとすぐに理解することとなる。

 いや、理解したというよりは理解させられたというのが正しい表現だろうか。

「コウヘイ様、何か言い訳はございますか?」

 目の前では水色の服の上に白いエプロンを着た若い二人のメイドさんのうちの一人、アルスさんがにこやかな笑みを浮かべている。

 部屋に入ってかれこれ十分ぐらいだろうか。

 小綺麗な顔をしていて大人っぽい雰囲気を纏う二十歳のアルス・ステイシーさんと僕より一つ年下の小柄で明るく健気な頑張り屋さんタイプのミランダ・アーネットさんは僕がこの世界にいる間に限り専属の使用人として色々と生活のサポートをしてくれている二人であり、普段は僕のことを主人だと言って憚らないのだが……なぜかそんな二人に僕は今、自分の部屋で正座させられていた。

 なぜこんなことになっているのかというと、二人の話……というか不満というか説教というか、それを総合するにどうやら僕が隠そうとしていたことがバレてしまっているらしい。

 出発の日の朝、ルルクさんに対する中途半端な誤魔化し方が災いした。それが事の全容であると言える。

 その翌日、どうにも僕の様子がおかしかったことを心配する気持ちが残ったままだったルルクさんは僕が何をしに行ったのかということを王様に直接尋ねたのだそうだ。

 王様とて僕のお願いもあって簡単に明かそうとはせず、それとなく誤魔化そうとしたらしいのだが、その辺りはやり手のルルクさんが一枚上手だった。

 自分達がどれだけ心配しているか。もしもこのまま帰って来なければみんなが悲しむ。

 そんなことをいかにも情に訴える様な言い方と黙秘する側に罪悪感が芽生えるような言葉を選んで懇願し、とうとう根負けなのか優しさなのかはさておき王様は話してしまった。そういう経緯らしい。

 勿論のこと、王様とて他の使用人達に余計な心配を掛けたくないという僕の意志を尊重しルルクさんに口止めはしてくれたらしいのだけど、そのルルクさんも事情が事情だけにミランダさんやアルスさんまでもが知らないままというのは黙認出来なかったということで、結果二人にだけはこっそり事実を伝えて今に至るというのが僕の把握出来た全てである。

「言い訳というか……黙っていたことはすいませんという感じではありますけど」

 予想外であり誤算でもある状況で、どう答えれば一番波風が立たずに済むだろうかと考えつつ僕は答えた。

 アルスさんは終始にこりと笑っていて、ミランダさんは拗ねている様な顔で唇を尖らせている。

 いや、どうしてもそういう表現になってしまうのだけど、果たしてそれが言葉通りの様子そのままであるかと言われると恐らくそうではない。

 アルスさんの笑みはあからさまにドSモードなのが見て取れるし、ミランダさんにしてもその子供っぽい顔付きのせいでどうしても拗ねている様に見えるものの、普段目にするそれとは度合いが大きく違い、もしかすると本気で怒っている時にはそういう顔になるのではないかという憶測が嫌でも働いた。

「コウヘイ様……どうしてわたし達にまで隠していたのですか。話を聞いた時、わたしがどんな気持ちになったか……」

 一転、ミランダさんは泣きそうな顔になる。

 アルスさんが話している間ずっと黙っていたのはもしかするとこうなることを我慢していたからなのかもしれないと、そう思わせるだけの沈痛な面持ちだった。

 前日はバタバタしていたことや当日の朝は顔を合わせる機会がなかったこともあり、前日にお土産の要望を聞いた時に少し出掛けるとしか言っていないため二人はそもそもサントゥアリオに行くこと自体この二人には報告出来ていなかっただけにそう言われてしまっては僕にも罪悪感が生まれる。

「ミラ、そんなの聞くまでもないでしょう。コウヘイ様は心配を掛けたくないと思っていらっしゃるからそうしたのよ」

「でも、だからって……何も言わずに行ってしまうだなんてあんまりです。それも戦争にだなんて、万が一コウヘイ様に何かあったらこのまま二度と会えなかったかもしれないんですから」

「そうね。コウヘイ様がわたくし達のことを大事に思ってくださっているなら話してくださったでしょうに、悲しい限りだわ」

 アルスさんもまた、悲しそうな顔で首を振る。

 この人の場合は単に趣味である人を困らせる行為の延長である可能性も否めないが、少なくとも今の僕が冗談半分にそれを指摘するわけにもいかず。

 こうなってはうだうだと言い訳をしたり誤魔化したりする意味もないし、何よりミランダさんの顔をみてなおその場凌ぎの言葉を口にしようとは思えなかった。

「アルスさん、僕はお二人には感謝しています。この城に居る誰に対してよりも」

「でしたら、どうして黙って行ってしまわれたのですか。と言っても、おおよそ察しは付いておりますわ。わたくし達、というよりミラが一緒に行くと言い出すことを予測していたのでしょう」

「へ……そ、そうなのですか? コウヘイ様……」

 ミランダさんは僕とアルスさんの顔を交互に見ている。

 それを分かってて口するアルスさんの意図は僕とミランダさんのどちらに対するフォローなのかは分からないけど、少なくともアルスさんはからかうという範疇を超えてまで意味なくミランダさんに嫌な思いをさせるような人ではない。

 そう考えるとアルスさんにも少なからず思うところがあるということなのか。

「まあ……間違ってはいないというか、その通りというか。僕は二人には危ない目に遭って欲しくないんですよ。少し前にある人に言われたんです。この城で暮らしていれば平和な毎日だろうけど、広い目で見ればそうではないのが今の世界の在り方だろうって。サミットの時にも色々と襲われたり戦ったりということがありましたし、お二人の仕事はそういった場に居合わせることではないはずですよね?」

「でも……それを言えばコウヘイ様も同じはずです。宰相や王女様のお付きというお立場のコウヘイ様が直接戦地に赴くなんておかしいじゃないですか」

「そう思われるのも無理はないかもしれません。でも、僕はそういうことをするためにここに居るわけじゃない。それに気付くまでに時間は掛かったかもしれませんし、現実と向き合うまでの間は流されるままにそういうことをしていたことも事実です。だけど、こんな僕が色々な人に必要としてもらえるのはこの世界だからであり、それはセミリアさんと一緒に居たからなんですよ。僕はセミリアさんが勇者としてやろうとしていることを少しでも手助けしたい、最初からそれだけだったはずなんです。僕にも山ほど葛藤や恐怖はありますけど、サントゥアリオに渡ったことでその気持ちがより強くなってるぐらいで、一度そうしようとしただけのことが今の僕の待遇を生んだなら、例えどれだけ分不相応なものであっても必要とされている時に危ないからと逃げ出すわけにはいかないじゃないですか。偉くなりたいわけでも立派な肩書きが欲しいわけでもなく、僕を信じてくれるセミリアさんの役に立つために、僕の命令を聞かなければならない兵士達を少しでも安全に導くために、別の世界から来た僕だから出来ることがあるなら僕はそれを全うしたいと思うんです。腕力なんてなくても、せめて逃げることだけはしない。それが、僕を守ってくれる人や頼りにしてくれる人、お世話になった人達への僕なりの恩返しのようなものですから」

 本当に、柄じゃないと思う。

 そんなことを熱く語る自分も、人の為に必死になろうとしている自分も。

 必要とされることが己を変えていったのか。

 それとも日本ではまず味わうことのない生きるために、死なないために、誰かや何かを守るために、命を懸けて戦い血を流し、必死にならなければならない環境の違いと当たり前の様にその中に居るこの世界で出会った人々との繋がりがそうさせていったのか。

 いずれにせよ、そんなこの世界の一部であろうとする限りは現実から目を背けず、セミリアさんと共に行く。

 それが今の僕がやり遂げようと決めたことだ。

 世界や国単位で物を考えられる程賢い人間でもなければ、それらを救う様な力も、救いたいと思う様な立派な正義感や志も持ち合わせていない僕だけど、守りたいと思うものはあるのだ。

 摩訶不思議で説明不能なこの世界で出会い、共に過ごした人達のことぐらいは大事に思ってもいいじゃないか。

「そうやって、いつも自分の事を後回しにして人の事ばかり考えて……もう少しご自分のことも考えてくださらないと困りますっ。どうして頭を使うことが仕事のはずのコウヘイ様がその身を犠牲にしてまで戦わなくちゃいけないんですか」

「いや、別に自分が犠牲になってでもという程格好良いことを言ってるつもりではないんですけど……」

「言っているつもりはなくとも、いざそういう状況になればコウヘイ様はそうなさるのでしょう? 先のサミットの際には随分と格好良いお姿になって帰って来られたそうではないですか」

「…………」

 なぜ同行していないアルスさんがそれを知っているのか。

 ミランダさんから聞いたと考えるべきなんだろうけど、そもそもマリアーニさんから手紙が届いたとか言ってたっけか。

「確かにそういうこともありましたけど、大丈夫ですって。この世界にも少しずつ慣れてきましたし、僕はいつもと同じで誰かをやっつけるためじゃなくなるべく安全な方法を考えて一緒に居る人達が無事に帰って来られるように頭を使うだけですから」

「……本当に?」

「なぜジト目……」

「だったら、わたしも付いて行ってもいいはずですよね? それがコウヘイ様の仕事だと言うならわたし達の仕事はコウヘイ様のお側に居ることなんですから」

 いつもと違うミランダさんの強い眼差しは、いくら僕が相手でも簡単には引き下がりませんと告げていた。

 しかし、引き下がるつもりがないのは僕とて同じ。

「絶対に駄目です。今回は諦めてください」

「どうしてですか?」

「危ないからに決まってるじゃないですか。僕達どころか他の国の人達や向こうの国民にだっていつ何が起きるか分からない状況なわけですから。大体、アルスさんは止めてくれる側だと思っていたのに」

「まあ、わたくしは危ない場所なんて遠慮したいというのが本音ですけれど、ミラがあまりにも悲しんでいたのもですから見ていられなくなってしまいまして。それに、コウヘイ様が居なくなったりしたら困るのはわたくしも同じですもの」

「困る理由は聞かないことにして、僕は必ず無事に帰りますからここで待っていてください。それが僕にとっての励みにもなりますから」

「必ず無事に、ですか」

「はい。約束です」

 どうにか納得してもらえそうだと思った僕だったが、なぜか二人は顔を見合わせる。

 かと思うとアルスさんが懐から小さな封筒を取り出し僕に見えるように胸の前に掲げ、再びにこりと笑った。

「ではコウヘイ様、これは一体なんでございましょう」

「……げ」

 それは確かに見覚えのある物だった。

 というか、二つの封筒は元々僕が用意したものだ。

 中にはそれぞれ手紙が入っていて、一通は母さんに、一通はまさにミランダさんとアルスさんに宛ててのものである。

 二通とも僕に万が一のことがあった場合にと用意しておいた物で、母さんに向けた方の手紙には遺書というほど大袈裟なものではないけど、このまま帰れないことになってしまった場合にと謝罪やら言い訳やらを書き綴ったような内容だ。

 そしてもう一通、すなわちミランダさんアルスさん向けの手紙についてだが、こちらも同じ場合に二人に渡ることを望んで書いたもので、中身はやっぱり今までの感謝だったり事情も説明出来ない別れになってしまうことへの謝罪の言葉だったりなのだが、こちらに関してはもう一つ付け加えている。

 といっても、せめてものお礼というか何か残せる物はないかというだけの理由で僕の持っているこの世界のお金を二人に譲るというだけのことなのだけど、そもそも僕に何かあった時にノスルクさんと二人に渡してくださいと王様にお願いして部屋に隠しておいたはずの手紙をなぜ二人が持っているのか。王様にしか隠し場所を教えていなかったのに……。

「なぜそれをアルスさんが……」

「いやですわコウヘイ様。わたくし達は毎日コウヘイ様のお部屋を隅々までお掃除させていただいているのですよ?」

「まさか壁の額の裏まで掃除しているとは知りませんでしたよ」

「他の兵士の方々の部屋の十倍丁寧にお掃除しておりますゆえ。ミラに至ってはさらにその十倍ですけれど」

 そんな軽口にもミランダさんは笑うことなく、その手紙の存在がますます気落ちさせているかの様な寂しそうな顔を浮かべていた。

 アルスさんはその姿を見て、どうしたものかしらといった表情で溜息を吐き、

「コウヘイ様がこの様な物を用意するからですわよ? 言っていることとやっていることが違うではありませんか。別れの手紙だなんて」

「それは誤解ですよ。別れになるだなんて思っていないです。ただ、そうなる可能性のことを全く考えないというのが主義に反するというだけで」

「でしたら、必ず無事に帰ると今この場で約束していただけますわね?」

「約束します。それはもう僕自身のためにも意地でも守りますよ」

「ではこれはもう要りませんわね」

 アルスさんはビリビリと封筒ごと手紙の一つを破ってしまった。

 あれは母さん達に宛てた方の封筒だ。

 あぁ……結構恥ずかしいこと頑張って書いたのに。

「ほら、ミラもこれで納得しなさいな。あまりコウヘイ様を困らせるものではないし、このまま喧嘩別れみたいになった方が後味が悪いじゃないの」

「うぅ……」

 ミランダさんはもどかしそうな、それでいてむくれる様な、なんとも言えない表情で僕を見ている。

 納得したくはないが、ではどうすればいいのか分からない。そういう胸中を物語る儚げな顔だった。

 ジッと僕の目を見たままの無言の間を少し挟み、やがてミランダさんはそっと目を伏せる。

 諦観の境地とでもいうのか、何かを悟り諦め自己完結させた様に、一つ大きく息を吐いて再び前を向いたその顔は微かに笑っていた。

「分かりました、今回は諦めます」

 ミランダさんは未だ正座したままの僕の前に屈むと僕の手を取り右手の小指同士を絡ませる。

「その代わり、もう一つ約束してくださいコウヘイ様」

「なんなりと」

「ちゃんと帰ってくるのは勿論ですけど、これからは隠し事もしないって。黙ってどこかに行ってしまうのも、隠れて危ないことをしようとするのも禁止です」

「分かりました、約束です」

「破ったら絶対に許しませんからね。覚悟しておいてください」

 ようやくミランダさんにいつもの幼い笑顔が戻った。

 同時に僕の正座タイムも終わりを迎える。

 無事に帰るという約束も、二人に貰った気持ちも、きっと守ってみせる。

 小指に残る微かな感覚にそんなことを誓って、僕はちょうど迎えに現れたセミリアさんと共に城を後にする。

 これは余談なのだが、


「こっちは一応残しておいた方がいいわね。コウヘイ様の財産に関わる大切な書類ですし」


 とか言ってもう一通の手紙を懐にしまおうとしたアルスさんはきっちりミランダさんに怒られ、手紙を取り上げられた挙げ句もう一通と同じ様にビリビリに破り捨てられていた。

 お金大好きアルスさんとはいえ、流石に場を和ませる為の冗談だと思いたい。

 という気持ちと同時に、二人して人が一生懸命考えて書いた手紙を破り捨てなくてもいいんじゃないだろうか。

 そんなことをひっそりと思った。

 

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