【第六章】 名も無き聖地と盗賊の洞窟とジャック
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「……ん……んん……」
どこか寝苦しい感覚がゆっくりと意識が呼び起していく。
重い瞼を薄く開いてゆっくりと体を起こすと、すぐに眠りが浅かったせいでいまいち寝た気がしない理由を理解した。
「あぁ……そうか」
ここは異世界のエルシーナという町の民宿? の一番大きな部屋のベッドの上だ。
目が覚めたら自分の部屋、なんて可能性も少なからず頭の中にあったのだが……どうやら夢オチという展開にはならなかったらしい。
「あれ?」
軽く目元を擦り、両側に並ぶベッドを見渡してみると他の皆はまだ寝息を立てている。
しかし、何故か一つ隣のセミリアさんのベッドにはその姿がない。
先に起きていたのか。それにしてもどこに行ったんだろう?
シャワーでも浴びているのかなと更衣室の扉をノックしてみるがこれといって反応は無い。続けて扉を開いてみても中には誰も居なかった。
セミリアさんに限って一人で朝食にいったなんてことはないだろう。
朝の散歩にでも行ったのだろうか。といっても正確な時間が分からないのでその表現が正しいのかどうかは定かではないのだけど。
直接聞いてみればいいか、と腰を上げて立ち上がると僕は極力音を立てないように部屋を出てみる。
セミリアさんならば心配する必要は無いだろうけど、皆が起きるまでの時間潰しぐらいにはなるだろう。
探してみることを決めた僕は階段を降り、受付の方に行ってみるもやはりセミリアさんの姿は無い。
冷静になってみると探すといってもほとんどアテもないので受付に立っているおばさんに聞いてみることにした。
「セミリア? ああ、勇者様かい。それなら上にいるんじゃないかい?」
「上?」
「屋上だよ。うちに泊まった時はいつも朝早くにそこで町を眺めてるからね」
「そうですしたか。どうもありがとうございます」
軽くお礼を言って来た道を戻っていく。
二階建てのこの建物に屋上があるだなんて知るはずもない僕は『そんなのあったっけ?』と記憶を辿りながら階段を昇ってみたものの、やっぱり屋上に続くことなく二階で途切れてしまっている。まあ、ここからいけるのなら誰でも気付くだろうという話なのだけど。
仕方なく廊下を見回りながら進んでいくと一番奥の角を曲がったところに小さな、ほとんど梯子のようなものが上に伸びているのを見つけた。どうやら屋上へはここから行くらしい。
あまり頑丈とは言えなさそうなその梯子に一瞬躊躇いつつ『よしっ』と一人気合いを入れて登ることを決意。
みしみしと音を立てる梯子に不安を覚えながらも、すぐに頭部屋上に到達し外の空気に触れると逆光の向こうに人影が見えた。
どうにか狭い入り口から体を出し、左手で日光を遮ったその視線の先に居たのはやはりセミリアさんだ。
後ろ姿ながら綺麗な銀色の髪に日の光が反射し、より一層神秘的な美しさを増長させている。
木製の柵に腕を置き、周囲に広がる町並みを側を眺めていたセミリアさんは物音に気付き、すぐにこちらを振り向いた。
「コウヘイではないか。どうしてここに?」
「セミリアさんを探してたんですよ」
「私を? 何か急ぎの用か?」
「そういうわけではないんですけど、起きたらセミリアさんの姿が無かったのでなんとなく、ですかね」
「ふむ。よく分からぬが、心配を掛けたならすまなかったな」
「そんな大袈裟な話でもないですよ。ちょっとどこに行ったのかなあって程度で」
「それならいいのだが、よく眠れたか?」
「実はあんまり」
「そうだろうな。私もコウヘイの家ではそうだった、急に環境が変わると苦労するものだ」
セミリアさんは控え目に相好を崩したが、その顔は次第に神妙な面持ちへ変わっていく。
どこか言い辛そうな、それでいて申し訳なさそうな表情にむしろこっちが不安になりそうだ。
「コウヘイ」
「はい?」
「今さらこんなことを言うのは筋違いなのかも知れぬが……本当にこれでよかったのだろうか」
「どういうことですか?」
「一晩よく考えた。本当にコウヘイ達を巻き込んだのは正しいことだったのかと。愚直にも当初はパーティーを組めば道が開けるとばかり思っていたが……それは私のエゴなのではないかと、少しばかりそう考えてしまう自分もいるのだ」
「そんなことはないですよ。誰も無理矢理連れて来られたってわけじゃないですし」
「だが見知らぬ土地で楽しそうにしている皆を見るとな、無関係な人間をこの先危険に晒すのは正しいことなのだろうかとも思うのだ」
「それはどこの世界だって同じですよ。何が起こるかなんて分からないですから、困ってる人を助けようと思うことも、楽しめる時に精一杯楽しもうとすることも、この世界に来なくても変わらないですよ。特に春乃さんや高瀬さんは」
「コウヘイは違うのか?」
「僕はどちらかというと一歩引いて見ているタイプなので」
「まさに参謀向きだな」
「性格だけで役に立つかどうかは分かりませんけどね。でもそれぞれが自分自身でセミリアさんと一緒に行くって決めたんです、心配は要らないですよ」
「コウヘイ……」
「確かに危険な事が待っているかもしれませんけど、僕達にはそれが具体的にどんなものなのかも分からない。だったら分からないことに怯えても仕方ないですし危険だからこそこうして知り合った以上セミリアさん一人残して逃げるわけにもいかないじゃないですか。それが友達とか仲間ってものですから」
「お主も冷静に見えて中々に熱い男だったのだな」
セミリアさんはようやく表情を和らげ、また少しばかりの微笑みを浮かべた。
人を励ますだとか元気づけるのなんて得意じゃないので人の言葉を借りてみたわけだけど、まあ少しでも気が晴れたのならそれでいいか。
「実を言うと春乃さんの受け売りなんですけどね。でもまあ僕も徐々に慣れてきましたし、セミリアさんが僕達を守ってくれるのなら僕はセミリアさんとの約束を守ります。先のことはどうなるか分からないですけど今はそれでいいじゃないですか」
「やはりお主は熱い魂を持っているようだ。コウヘイ、ありがとう。異世界で出会ったのがお主でよかった」
「面と向かって言われると照れますね」
そんな僕にセミリアさんは敢えて何も言わず、フッと笑って背を向けると柵に手を掛け再び町を見下ろした。
自然と僕もその横に並び、同じ景色を共有する。
大きな建物が少ないせいか村がよく見渡せてとても眺めがよく、畑仕事をしている人が何人も見えた。
長閑、という表現がぴったりな風景だ。
「この町は平和なものだろう」
「そうですね。といってもこの世界の一般的な町並みを知らないので比較は難しいんですけど」
「人が傷つけられることに怯えずにいる、それだけでもこの国では珍しいことなのだ。人員が集中する城下町でもない限りはな。ただ、今日向かう予定の集落はそうもいかん」
「また化け物が出るんですか?」
「辛うじて結界の中に位置している集落だ、魔物はいやしない。だが最近その集落の周辺で盗賊による略奪被害が多発していてな」
「盗賊……ですか」
「悲しいものだ、平穏の崩壊と共に人の心までもが荒んでゆく。何故魔物に怯えることのない地で同じ人間に怯えねばならぬのか」
「セミリアさん……」
「その集落というのは百年程の昔、伝説の勇者として今も語り継がれている二代目勇者アネット様が生まれた地なのだが……そのアネット様の持ち物であった貴重な品々までもが持ち出されたらしいのだ。本当に、悲しい時代だ」
セミリアさんはぎゅっと拳に力を入れ苦々しげに顔を歪めた。
類を問わず平和を脅かす悪というものに対する憤りがはっきりと見て取れる。
「あの、その集落に例のなんとかって石があるんですか?」
「魔源石だな。恐らくは間違いないだろう、エルシーナの北ということであるなら他に候補がない」
「ということはその石も盗まれた可能性があるのでは?」
「ないことはないが、可能性は薄いだろうな」
「そうなんですか? あれだけ凄い道具が作れるぐらいのものならとても貴重な物じゃないんですか?」
「勿論貴重な物ではあるさ。だがそれは魔力を操れる者にとっての話であってそれを使えぬものにはただの石ころと変わりはない。魔術師や魔法使いの数が減るばかりの今の世の中では尚更にな」
「つまり希少価値はどこまでない、と」
「自らマジックアイテムを作ってしまうノスルクの様な者がいれば話は別だろうがな。その盗賊めが見境無しに奪い去っていったというのならその限りではないが……」
「そのあたりも含めて、行ってみないとわからないということですね」
「そうなってしまうだろう。私が出会したならば直々に成敗してくれるのだが、魔王の件でそれどころではなくてな。ゆえに私も久々の訪問になるし、実は少し楽しみにしているのだ」
「そうなんですか。じゃあそろそろ準備しましょうか」
「ああ、みんなを起こして朝食にしよう」
そう言ってセミリアさんはその場を離れ梯子方へと歩いていく。
すぐに僕もその後に続き、思いがけず訪れた人知れない朝のひと時を終えた僕達は元いた部屋へと戻るのだった。
○
部屋に戻り、三人を起こすと起こすと春乃さんの朝のシャワーを待って五人で朝食を済ませた。
件の集落への出発である。
どうやら春乃さんは朝が弱いタイプらしく昨日のようなテンションは全くみられない。
「よし、出発だ。俺に付いてこい仲間達!」
逆に昨日となんら変わらない、むしろ増しているぐらいのハイテンションの高瀬さんはすでにやる気満々だ。
頭に巻いているバンダナの色が昨日と違っているのがなんともいえない感情を生む。
「何であんたが仕切ってんのよ」
空元気でも一応ツッコミは忘れない春乃さんは言うだけ言ってセミリアさんに向き直り、
「ねえ、今から行くところってどんぐらいかかんの?」
「今から向かうのはこの町の北方にある集落だ。歩くと少し掛かるが昨日得た金でエレマージリングを調達しておいた。行くだけなら一瞬で済むぞハルノ」
「まじで? よかった~」
またあの瞬間移動みたいな方法で行くのか~。
と複雑な心境でいると、安堵の表情を浮かべる春乃さんの横でみのりがきょとんとしていた。
「あの、具体的にその集落に何をしにいくんですか?」
「魔源石の情報を集めそれを手に入れるのだ。おそらくはその集落に保管されているのだろうが、まずは情報収集からだな」
「そうと決まれば早いとこ出発しようぜ」
「うむ、みんなも準備はいいか?」
「あたしが足引っ張るわけにはいかないからね。任しといて」
「わたしも大丈夫です」
「みのりに同じく」
「よし、ではまた手を取り合って輪になってくれ」
セミリアさんの指示に従い、この世界に来たときと同じようにそれぞれが手を取り合い円を形成していく。
それを確認するとすぐにセミリアさんが合図である呪文を唱え、またあの時の様に視界が歪曲していった。
二度目だからといって慣れるはずもないこの感覚の続く間、僕は『着いたぞ』という言葉が聞こえるまでは目を閉じてやり過ごしたのは内緒だ。
目を開くと周囲にはまさに集落と呼ぶにふさわしい光景が広がっている。
ついさっきまでいた町よりも田舎色が濃く、広い畑と畑の間にほとんど藁で出来たような民家が大きく感覚をあけて散らばるように位置している、といった感じで店や馬車などの姿は全くない。
「うわー、なんかさっきより更に田舎っぽくになったわね~。ここはなんていう場所なの?」
春乃さんのみならず皆が物珍しそうに辺りを見回している。
こういった時代や歴史を感じさせる風景は僕にとっても物珍しく、興味深いものだ。
「この集落に決まった名は無い。勇者の生まれた地、などとは呼ばれているがな」
「勇者の生まれた地?」
「そうだ。かつて世界を救った伝説の人物である二代目勇者アネット様が生まれ、そして眠る土地とされているのだ」
「すごい場所なんですねぇ~」
「百年も前の話だ、今は昔ほど敬う人間もいないがな。さて、悪いが少しばかり時間を頂きたい。しばし待っていてくれ」
そう言ってセミリアさんは畑の奥の方に立っている木で出来た十字の前に一人寄っていくと、その前で膝を折り目を閉じて両手を合わせた。
その形や行動を鑑みるに誰かのお墓なのだろう。
十数秒の合掌を終えこちらに戻ってくるセミリアさんにその疑問を投げ掛けたのは春乃さんだ。
「待たせたな」
「それはいいけど、あれってお墓よね? セミリアの知ってる人の?」
「直接知っているわけではない。今話したアネット様の物ものだ。もっとも、その御身はここに眠っているわけではないのだがな。せめて魂の帰る場所にと作られたものだ」
「へ~、せっかくだしあたしもお祈りしとこうかな。御利益があるかもしれないし、いい? セミリア」
「ああ、構わない。是非そうしてくれると私も嬉しい」
「よし、じゃあ俺も勇者の血を引くものとし手でも合わせておくとしよう」
「引いてないでしょ、あんた何様のつもりよ」
「俺様のつもりだ」
「……聞いたあたしが馬鹿だったわ」
「そうだろ」
「死ね!」
二人は悪態の応酬をしながらもお墓の方へと歩いていく。
その背を見てか、横からみのりが腕を突いた。
「せっかくだからわたしたちも行こうよ、康ちゃん」
「そうだね」
さも名案であるかのようなテンションだけど、何がせっかくなのかはよくわからないよ?
なんて思いながらもみのりと並んで春乃さん達に追いつき、近づいてみると経年による風化や劣化がハッキリと見て取れるその十字架に手を合わせた。
特に勇者に思い入れもない僕はただ『皆で無事に帰れますように』と、それだけを切に祈る。
「よし、では行くとしよう」
僕達四人のお祈りが終わると例によってセミリアさんが先頭を切って歩いていく。
よく考えてみると集落にこそ到着しているものの、そこからどこで何をするのかは把握していないな。
「ちなみにどこに向かうんですか?」
「一番奥に他の物よりも大きな家が見えるだろう、あそこに首長が住んでいる。首長は私達にとても協力的でな、いつも情報を提供してくれるんだ」
指差す先には確かに他の民家より大きくて目立つ家がある。
派手といっても造りそのものではなく何かのツノみたいな物がぶら下がっていたり、家の回りに石像や槍が立っていたりするって感じの派手さだ。
とはいえあんまり突っ込んでも失礼な気もするので僕は黙って着いていくことに。
といっても僕が黙っていたところで春乃さんが思うがままに質問するから特に意味もないんだけど。
「首長、おられるか?」
首長が住むという家の前に着くと扉も無い簾の入り口からセミリアさんが中に呼び掛けた。
黙って見守ることを知らない二人がなぜか真似を始める。
「おーい、社長~」
「課長~」
「ちょっと、二人して失礼ですよ」
「何で? 偉い人なんでしょ?」
「そうですけど偉い役職で呼べばいいってものじゃないですから。第一高瀬さんの課長は完全に馬鹿にしてるじゃないですか」
「邪推はよせ康平たん。見たこともない社長よりも身近な課長クラスの上司の方が頼りになるってテレビで言ってたぞ」
「……なんの話ですか」
そんなやりとりのせいで声を掛けられるまで中から人が出てきたことに気付かないという、僕を含めてとても失礼な一団だった。
相手が相手ならほんと怒られるよそのうち。
「おや、勇者様ではないですか。久方ぶりですな、ばばあの顔でも見に来てくれましたかな? ほっほっほ」
中から出てきたのはインディアンみたいな格好をしている腰の曲がった老婆だった。
人が良いことが見ただけでわかるような柔らかな物腰をしている。
幸いにもさっきのやり取りを聞かれて怒られる、という心配はなさそうだ。
「久しぶりだな、首長。元気にしていたか?」
「上々でございます。勇者様も今日まで無事で何より。ところでこちらの方々は?」
「旅を共にしている仲間達だ」
紹介されて僕とみのりは『どうも』『初めまして』と慌てて頭を下げる。
ちなみに春乃さんは『よろしくねばあちゃん』と、高瀬さんは『俺が世界を背負う男だ』と本人を前にしてなお失礼な態度を続けたが、首長さんは『こちらこそ』と温厚な笑みで同じく頭を下げてくれた。
「あっしはここの長ということになっております。もっとも世間様から見れば特に意味を持たぬ肩書きでしかないですがね」
「そんなことはないさ首長。確かに時代や世代は変わりつつあるが、今とて聖地の守り人としてここに住まう者は尊敬を集めているぞ」
「そう言って下さるのは勇者様ぐらいのもんじゃて。して、お仲間様までお連れになって何か御用があったのではないですかな?」
「うむ、実は魔源石のありかを聞くために来たのだ」
「魔源石ですか、それなら確かにここに保管されておりました」
「やはりそうであったか。どうかそれを譲っていただきたいのだ」
「勿論勇者様が必要とあらば差し出すことになんら惜しみはないのですが……ここに保管されていたのはつい先日までの話でしてな」
「どういうことだ?」
「少し前にこの集落は盗賊団の襲撃を受けまして……アネット様の持ち物を含めて保管庫の物は大半が持ち去られてしまったのです」
表情を暗くする首長には無念さがありありと浮かんでいる。
対照的にセミリアさんの顔は憤りに満ちていった。
「そうだったのか。盗賊の話は聞き及んでいたが、まさかアネット様の持ち物や魔源石までも……私がいれば成敗してやったものを。首長、その盗賊団はどこにいるのか分かっているのだろうか」
「それが、その盗賊団は既にセリムス様が壊滅してくださっておりますのじゃ。襲撃のあった次の日のことです」
「なんとあのサミュエルが。しかし、ならばどうして魔源石はここにないのだ?」
「盗賊達のアジトはここから南方にある洞窟なのですが……もう盗賊はいない。であればそこに保管していた方がこんな衛兵の一人もおらぬ場所に保管されているよりはいくらか安全でしょう。我々の身などどうでもよろしいですが、貴重なアネット様の魂をまた下賤な賊に持ち去られようものならアネット様に合わせる顔がありませんですよって」
「ふむ……それは理解したが、困ったな」
「盗賊のアジトはここからそう遠くはありませぬ。勇者様が必要とされておられるのであればそこから持ち出していただいて構いませんですよ。我々の紡ぎ、護るものはその意志です。今を生きる勇者様の助けになるならば何を惜しむことがありましょう。今この場で差し出せない我々の不義理をお許し頂けるのならば必要な物は必要なだけ持って行ってくだされ」
「何を言うか首長。いつも助けて貰っているではないか、感謝こそすれ責める理由など何もない。我らが必要としているのだ、我らが取りに行くのが当然の筋だろう。世界の為に、この地に住む者達とアネット様のお力を借りることにさせてもらおう」
「ありがたきお言葉にございます。勇者様、世界を救えるその日までどうか無事でありますように。我々も影ながら祈っております」
首長さんは両手を合わせ、元から曲がっている腰をさらに折って今一度深く頭を下げた。
畑にいた人達も含め、セミリアさんがとても尊敬されているのが分かる。
「任せておいてくれ、近い将来必ずやその日をもたらすことを誓う。では皆、すぐに洞窟に向かうとしよう」
「お~!」
「しゃあー!」
「お、お~」
「無理に合わせなくていいんだよ、みのり」
元気な呼応の残響を耳に、首長さんに見送られ僕達は集落を後にした。
盗賊の根城であったらしい洞窟とやらに、魔源石とやらを回収するために。
○
集落を離れ、またしばらく歩く一行。
車も電車も自転車もないので当然といえば当然なのだろうが、昨日と合わせると随分と長く歩いているなぁと人知れず感心してしまう。
他の皆も一夜明けた今でもまだ物珍しさや未知なる体験によるテンションの方が上回って特に疲れている様子が見受けられないのがせめてもの救いといったところか。
これといって危ない目に遭ったわけでもないし、叶うことなら最後までこの調子で済んでくれたらいいなぁ、と心から思う。
よく考えてみると野宿の危機には晒されたけども。
「見えたぞ、あそこだ」
集落を出て十五分ぐらいだろうか。
回りの景色が一転してだだっ広く、無機質な岩壁が嫌でも目に入る荒れた風景に変わって間もなく。ふとセミリアさんが前方、その岸壁の一角を指差した。
なるほどその先にはまさに洞窟と呼ぶに相応しい岩の壁に空いた大きな穴が奥がどうなっているのかが外からでは分からない程度には深くまで続いているのが見える。
「うっわー、テンション上がるわ~こういうのって」
「ダンジョンあってのRPGってもんだからな」
そのまま目と鼻の先にまで接近するなりうきうきとした感想が連なる。
あそこに入っていくことに不安しかない僕とは裏腹に相変わらず楽観的な二人だった。
「先に言っておくが、ここは辛うじてノスルクの結界の外だ。魔物が住み着いている可能性もゼロではないことを頭に入れておいてくれ」
「ま、そうじゃなきゃやり甲斐がないってもんだ」
「あまり油断するなよカンタダ。こういった場所に住み着くような魔物は昨日のあれよりはレベルが高いことが多い」
「皆までいうな勇者たん。俺はプロのゲーマーだぞ? ダンジョンに入れば敵のレベルもエンカウント率も跳ね上がることは熟知している」
「……何よプロのゲーマーって、自称多過ぎでしょあんた」
ドヤっている高瀬さんには春乃さんのツッコミも届いてはいない。
それどころかセミリアさんの忠告、注意喚起すらも意に介さず得意気に続ける始末である。
「まだまだこのリュックには武器や道具、マジックアイテムがたんまりと詰まっているからな。多少レベルが上がっても俺の敵ではないのだ。はっはっは」
「そうであったか。私も少し侮りが過ぎたな、頼りにしてるぞカンタダ」
「まかせろぜ!」
セミリアさんが真に受けちゃうものだから一層気を良くした高瀬さんは意気揚々と親指を立てる。
少なくともマジックアイテムは詰まっていないんじゃないだろうかと思うのは僕だけじゃないことを願いたい。
「ま、おっさんはどうでもいいけどさ。あたしはあんまり凶暴な奴がきたらちょっと厳しいかも。まあその時はボス戦っぽい曲でも演奏してみんなのテンション上げるから安心してよ」
「うむ、ハルノも頼りにしているぞ。ミノリは大丈夫か?」
「はい。危なくなったら康ちゃんを守りながら逃げながらみんなを応援しながら春乃さんの曲にスタンディングオベーションしますっ」
「いやだから、そんなに色々同時進行しなくていいってば。しかも一個増えてるし、何なのさスタンディングオベーションって。逃げるまでは座ってる予定なの?」
「ほえ?」
「……分かってないならいいよ。指摘した僕が馬鹿だったよ」
「まあよいではないかコウヘイ。とにかく皆が自分に出来ることをすればいいのだ。お主も頼りにしているぞ。では入るとしよう」
僕の肩をポンと叩くとセミリアさんは向きを変え、先頭で洞窟へと足を踏み入れていく。
すぐにその後に続く僕達にあって、やはり問題児二人には恐怖や不安なんてものは微塵も存在しないらしい。
「冒険の匂いがプンプンするわね♪ うーん、これぞロックだわ」
「お宝の匂いがプンプンするぜ」
「え、えーっと、何かの匂いがプンプン……」
「だから無理に合わせなくていいってば」
「ふぇ~ん」
主にセミリアさん以外の三人に一抹の不安を感じているのが僕だけであることに虚しさを抱きつつも、一行は洞窟へと進入していく。
外から見ると薄暗い洞窟だったが、中に入ってみると等間隔で真上に埋まっている光を放つ石だか宝石らしき物のおかげで視界を確保するには十分な明かりがあった。
そのため薄気味悪さみたいなものはほとんど無く、また進行に手間が掛かることもない。
何だろうあれ?
という疑問は当然の発想で、中でも特に物珍しげにずっと上を見ながら歩いていた春乃さんが前を歩いているセミリアさんに直接質問していた。
「ねえねえ、これ何が光ってんの?」
「お主等の世界には無い物なのだな。これは発光石といって数十年もの間光を失わない特殊な石だ。特に貴重品というわけではないが、この国ではファルカルバ地方でしか取れない珍しい物なのだぞ」
「へ~、便利ねー。帰りに一個貰ってこうかな」
「こらこら、一応国の所有物だぞ。そんなことをせずとも後で手配してやるさ」
「まじ? やった」
思いがけない申し出に春乃さんも小さくガッツポーズ。
魔法で光っている。と言われたならいっそ無理矢理納得も出来たろうに、そうではないというのだから本当に不思議で便利な物がある世界だなぁ。
せっかくだから僕も貰って帰ろう。
「おい、分かれ道になってるぞ」
そんなことを考えていると、いつの間にやら先頭を歩いていた高瀬さんが道の先を指差しながら振り返った。
その言葉の通り、少し先で左右に道が分かれているのが見える。
「どっちに行くんですか?」
「ふむ、私もここに入るのは初めてでな。残念ながら正しい道は把握していない」
セミリアさんは顎に手を当て左右を見渡した。
ここで迷うのは出来れば避けたいところだが、判断材料がないことも事実。
ならばどうするのが最善かと考えていると、
「よし、右だな」
「左ね」
二人がほぼ同時に真逆の方向を指差した。
揃ってそれが気に入らないのか、そのまま思いきり顔を顰めて睨み合う。
「右に決まってんだろ、テキトーなこと言ってんじゃねえぞ小娘」
「あんた馬鹿じゃないの? どう考えても左じゃない」
「おいおい、素人が余計な口を挟むとはいい度胸じゃねーか」
「何が素人よ、自分が玄人とでも言いたいわけ? 何様のつもりよ」
「俺様のつもりだ」
「死ねっ!」
久々の一触即発の空気。
慣れてしまったのかそれどころじゃないのか、セミリアさんは顎に手を当てたままでまったく気にしていないし、みのりはあたふたしているだけで仲裁出来そうにもない。
やれやれ……僕が止めるのか。
「落ち着いてください二人とも、喧嘩してる場合じゃないですって。セミリアさんでも分からないのなら皆で話し合って考えないと」
「絶対こっちだって」
「康平っちもこっちだと思うでしょ?」
「いや、僕に聞かれても……というか二人とも確信があって言ってるみたいですけど、何か根拠があるんですか?」
「「ない」」
「…………」
駄目じゃん。
よく同意を求められたなそれで。
「じゃあこうしましょ、二手に分かれるの。右がおっさんで左があたしとセミリアと康平っちとみのりん」
「編成おかしいだろそれ!」
「でもでも、二手に分かれても後で集合しようがないんじゃないですか? 連絡手段がないですし」
「ミノリの言う通りだ。何よりダンジョン慣れしていないお主らが単独で行動するのは危険が大きい」
「分かってないなー、だからこそこの編成なんじゃない」
「俺捨て駒扱い!?」
「違うわよ。『ぬわーーーーっっ!!』要員よ」
「なお悪いわ! 死ねってか? 俺に死ねって言ってるのか!? 確かに最高の男だったけども!」
「とにかくだ、何度も言うが今はまだお主等の危機回避が最優先だ。こうなったら順に探索するしかあるまい」
「でもそれじゃ結局どっちに行くのよ。セミリアはどっちが正しい思う?」
「そうは言うが根拠も無い意見に正しいも何もないのではないか?」
実に冷静に正論を述べるセミリアさんだった。
「ぶ~、そりゃそうだけどさ……じゃあセミリアはどっちでもいいのね?」
「そうだな、情報が無い以上は後先の問題でしかないだろう。どちらにせよ正しい道に行き着くまでは探索せねばならん」
「よし、じゃあジャンケンで決めましょ。勝負よおっさん」
「望むところだ」
勝手に結論を出されても困るのだが、確かに順に調べるにあたって『どちらが先であるべきか』なんて理屈はないといえばない。
それが分かっているのかいないのか、二人は向かい合うと自らと自らの手に言い聞かせる様に両手へ向かってぶつぶつと何かを呟き始める。
「負けられない戦いだわ」
「頼むぞ俺の右手のゴッドハンド」
「…………」
「…………」
「…………」
全くもって勝敗に興味の湧かない勝負を黙って見守る僕達。
その目の前で二人の双眸が同時に見開かれた。
「いくぞ!」「いくわよ!」
「「ジャン・ケン・ポンッ!」」
勢いよく出された二人の手。
春乃さんの右手はグーで、高瀬さんの左手はパーだ。
つまりは高瀬さんの勝ちということになる。
「しゃああああ!」
勝利した高瀬さんは両手を突き上げ、たかだかじゃんけんとは思えぬ雄叫びを響かせた。
正直傍目に見ても大人げないことこの上ない。というか……右手のゴッドハンドは?
「うえぇぇん、おっさんに負けた~!」
逆に負けた春乃さんは悔しそうにみのりに抱きついている。
二人の相性を考えると悔しいのはまあわからなくもない。
みのりの意味不明な励ましも効果があるかどうか、この先も引き摺ったりしてはさすがに不憫だといえば不憫だ。
「惜しかったですよ春乃さん。次はきっと勝てますよ」
「そうよね。ジャンケンぐらい負けてあげてもバチは当たらないわよね。それ以外は全部勝ってるんだし」
うん、僕の心配は杞憂だったみたいね。
「カンタダの勝ちだな。では右から当たるとしよう、異存はないな?」
「当然だ」
「ま、今回は負けといてあげるわ」
「問題ありませんです」
「同じく」
「よし、では行こう」
そんな塩梅で左右に分かれた道の右側から探索を開始する。
しばらく道が続くままにぐるぐると歩き回り、途中いくつか分かれ道もあったが行き止まりだったり何があるわけでもない空洞に行き着くばかりで結局進む道は一つに限られてしまっているというのが現状だ。
そして、
「また分かれ道のようだぞ」
「また~? 今度はちゃんとしたとこに繋がってるんでしょうね? 次はどっちから行くわけ?」
「よし、俺の野生の勘が告げるところによると次はこっち……」
「ちょっと待って下さい」
「なんだよ康平たん。俺の決め台詞を台無しにして」
「ここ、最初に二人がジャンケンしてた場所ですよ」
「なぬ?」
「うそっ!?」
「ほえ?」
「指摘されてみると確かにコウヘイの言う通りだ。つまり……一周して戻ってきてしまったということか」
セミリアさんは腕を組み、辺りを見渡した。
腑に落ちないのは僕とて同じ。
一本道を進んで一周してきた、これはどういうことだ?
「あーあ、やっぱりおっさんの勘なんてアテにならなかったわね」
「お前アホだろ。一周してきたってことは同時にお前の勘も外れてんだよマヌケめ」
「うっさい!」
「こら二人とも、揉めるのは後にしないか。しかし、困ったな。どこか別に道があるのだろうか」
「あ、あの……」
「どうしたミノリ」
「さっきの空洞みたいな所に下に降りる階段があったんですけど……それですかね?」
「本当か!?」
「でかしたわ、みのりん」
「……もっと早く言おうよ、そういうことは」
「場所は覚えているか? 案内してくれ」
「はいっ」
セミリアさん、高瀬さんときて今度は褒められて気を良くしたみのりを先頭に来た道を戻ることに。
そしてみのりの案内によって行き止まりだと思って引き返した分岐の片隅にあった下へ降りる階段に辿り着き、無事に先へ進むに至った。
下りる先は見た目で言えば下りる前と特に変わりはなく、発光石に照らされた岩を削った様な道が先へと続いているだけだ。
再び先頭がセミリアさんに変わり、少し進むと先ほどまでと同じ様に左右への分かれ道に行き着いた。
「今度は私の意見優先よね? 左に行くわよ、オッケー?」
「反対するつもりはないですけど、何か左側に拘りでもあるんですか?」
「ん? 別に無いけど。なんとなくよ、なんとなく」
「考えて正しい道が分かるものでもない。今回はハルノの勘を信じるとしよう」
「まっかせといて♪」
そんなわけで今度は左側から探索を開始することに。
しかし、ここでまた問題が発生。
「……あれ?」
「康ちゃん、ここってもしかして……」
「もしかしなくても最初に居た場所だね」
「また……戻ってきてしまったのか」
デジャブ感が否めずなんとも微妙な空気がその場を覆う。
どういう構造の洞窟なんだこれは。
「だからあれほど右だと……これだから小娘の言うことは」
「あんたアホでしょ! 一周して来たってことはあんたも外れてんのよ、マヌケ!」
「うっせい!」
うん、やっぱりデジャブだ。
「一体どうなっているのだこの洞窟は。盗賊がアジトに使っていたぐらいだ、簡単には辿り着けないような構造になっているのだろうか」
セミリアさんも先程と同じくこの一周の間に何か見落としがなかったかと考えている。
ハナっから自分なりに考えてみるという発想がないらしい春乃さんは何故かみのりの腰を抱いた。
「ね~みのりん、今回は何もなかった?」
「うーん……あ、そういえばさっき通った大きな岩の陰に木で出来た扉がありましたね」
「それは本当かミノリ。よく気が付くなお主は」
「みのりたんはやる女だと思っていたよ俺は」
「えへへ、そんなことないですよ~」
「照れてる場合じゃないよ。さっきも言ったけどさ、もっと早く言おうよそういうことは。完全に無駄に一周してるよさっきから」
「???」
笑顔のまま首を傾げるみのりは本当に分かっていないんだろうなあ、と確信させるだけの天然っぷりだった。
まあ……気付かなかった僕が文句を言える筋ではないけども。けども非効率的過ぎるよ。
「これか、これでは気付かぬのも無理はないな」
二度目のみのりの案内が終わるとセミリアさんが呆れた様に言った。
地面に転がっている大きめの岩の陰に隠れた木の扉。
それは確かに位置的にも見えにくい上に、この辺りだけ発光石の間隔が広くなっているせいで薄暗くなっていることに加えて扉その物も色褪せ回りと区別しづらい色になっていしまっているため見落としてしまうのも無理はない。
「はっ!」
と、気合い一発。
セミリアさんがさぞ重量がありそうなその岩を両手で押しのけると、隠れていた扉が露わになる。
「ふう、これで問題はないな。さっそく入ってみよう」
すぐさまセミリアさんが扉を片手で押すと、鍵が掛かっているでもなくギィィと音を立てて簡単に開いた。
「これは……盗賊共の住み処か?」
扉を潜ると、中にはどこか生活感の溢れる空間が広がっている。
家具一式に五人分のベッド、誰かがここで暮らしていたのは明白だ。
僕もセミリアさんの推察通りだと思うし、それは他の面々も同じだった。
「そうみたいねー。なんか秘密基地みたい」
「おい、宝箱があるぞ」
唐突に高瀬さんはベッドの奥へと駆け寄っていく。
部屋の隅に当たるその場所には確かに小さめの宝箱が三つ並んでいた。
「これが盗まれたお宝か?」
「それはないだろう。そんな小さな宝箱三つに収まるような量ではないはずだ」
「じゃあこことは別の場所に置いてるってわけ?」
「そう考えるのが自然だな。盗品の保管場所は別にあるのだろう」
「つまりこれは俺達が貰っていっても構わないってことだな?」
「しかし、それも盗まれた他人の所有物である可能性もゼロではないぞ?」
「そーよ、泥棒みたいなことやめてよねおっさん」
「分かってないな。あのバアさんも言ってただろう、ただここに置いているだけなら持って行って世界を救う為に役立ててくれってな」
「む、それは確かにその通りだが……」
「だろ? 俺達の助けになるってことは世界の助けになるってことだ。誰にどんな文句がある?」
「本音は?」
「お宝ゲットして金持ちになりたい」
「うっわー、最悪ねあんた」
「うるせい。最初から俺は一攫千金が目的だって言ってたじゃないかよ。冒険で見つけたお宝を役立てるのは当たり前のことだろ」
「だからって……ねえ?」
「まあよい、ハルノの言いたいことも分かるがカンタダや首長の言うことも一理ある。この先役に立つものがあるかもしれんし、力添えを受けるとしよう」
「む~、セミリアが言うんならいいけどさ」
「決まりだな。俺これ貰いー!」
高瀬さんはすぐに一番右側の宝箱を確保した。
昨夜も思った気がするけど、ここまで欲望に忠実なのもいっそ清々しいな。
「お主等も開けてみるか?」
「あたしはいいや、人の物持っていくのってなんかヤだし」
「わたしもちょっと怖いからいいです」
「そうか、では残りは私とコウヘイで開けてみよう」
「…………」
あれ?
僕は拒否権無し?
「コウヘイはどちらにする?」
そんな心の声も口には出さず、渋々残る二つの宝箱の前に立つ。
本音を言えば僕も春乃さんと同じで全く開けてみたい願望も一攫千金にも興味がないので全然気持ちが乗らない。
「どちらでもいいですよ。セミリアさんが選んでください」
「では私はこちらにしよう」
セミリアさんは左側の宝箱の前に立った。
つまり僕は真ん中だ。
「よし、じゃあ勇者たんから順番にいこう」
「ふむ、では開けるぞ」
セミリアさんは膝を立てて屈み、サイズの割には重たそうな宝箱の上部を持ち上げた。
僕と高瀬さんは横から、みのりと春乃さんは後ろからそれぞれ覗き込む。
「金だな。3000リキューはあるぞ」
開ききった宝箱から取り出したのは無数の銀貨だった。
箱の中には僕達が宿屋に泊まる為に集めた銅貨よりも価値があるのであろうその綺麗に光り輝いている銀貨が数十枚と積まれている。
「そっちが当たりだったか! 俺の馬鹿ー」
「誰の持ち物だったかは分からぬが、世界を救うためにありがたく使わせて頂く」
セミリアさんは頭を抱える高瀬さんを尻目に両手を合わせ感謝の気持ちを形にしてから銀貨を仕舞った。
まさか本当に金銭が入っているとは……余計に気兼ねしてしまうじゃないか。
「やましいことばっか考えてるからよ。ざまあみなさい」
「うるせい、金の線は消えたがまだお宝が残ってるかもしれないだろうが」
「ないない。あんたのことだから毒消し草あたりがいいとこね」
「ゴミじゃねえか……俺は諦めないからな。さあ、次は康平たんの番だ」
「あ、はい。では」
促されるままに僕も目の前の宝箱をゆっくりと開いた。
中には僕には到底不似合いな、ピンポン球ぐらいもある金属製の髑髏が付いたごついネックレスが一つ収まっている。
「……ネックレス?」
『あん? 誰だてめえは?』
「………………」
バタン
「あれ、なんで閉めるの康平っち。空だったとか?」
「いえ、入ってましたけど……ネックレスが」
「ネックレスだと!? もしかして宝石付きか!?」
「いえ、普通の髑髏の付いたものでしたけど……喋った気がしたので思わず閉じてしまいました」
確かにスピーカー越しに聞くぼやけた器械音声のような声で『誰だてめえ』とかなんとか聞こえたし、髑髏の口元が微かに動いていた気もする。
意味が分からな過ぎてなかったことにしたいレベル。
「ネックレスが喋ったの? 康平っち頭大丈夫?」
「康ちゃん、きっと疲れてるんだよ」
「二人して可哀想な人を見る目で見ないでよ。だったらもう一回開けてみます? そりゃ気のせいだったら一番いいですし」
僕がもう一度宝箱に手を掛けるとみんながグッと近づいた。
最初と違って少しばかり勇気を振り絞り、ゆっくりと蓋の部分を持ち上げる。
ガチャ
『おい兄ちゃん、俺が質問してるってのになんで閉めるん……』
バタン
「聞こえました……よね?」
「うん……残念なから、確かに喋ってたね」
「ふえぇぇぇ?」
「魔物なんじゃねえの、あれ?」
「いや、あんな魔物は見たことがないぞ。しかし……いや、まさか」
「セミリアさん、何か思い当たることがあるんですか?」
「うむ、ごく薄い可能性だし私も話で聞いたことがあるぐらいで確証はないのだが……コウヘイ、もう一度開けてみてくれ。今度は閉めないようにだ」
「……わかりました。じゃあ開けますよ」
ガチャ
『おい小僧……てめえ俺をおちょくってんのか? 人が話してる途中でガチャバタガチャバタしやがって、おう!?』
うわあ……思いっきり怒ってるよ。
「すいません……まさか喋るとは思っていなかったので」
『そりゃ喋んだろうよ! 人をなんだと思ってんだてめえは』
「人をなんだと思ってんだと言われましても困るんですけど……そもそも人と思ってないですし」
『ああん? こちとらナリはこんなんでも元は人間なんだぞコノヤロー』
「ちょっとガイコツ! 何偉そうにしてんのよ、ぶっ壊すわよ」
横から春乃さんがネックレスの鎖の部分を掴んで持ち上げた。
やはり基本的に上から物を言われるのが気に食わないらしい。というか、これを直接手で触る度胸がすごい。
『ああん? 誰だ嬢ちゃん』
「誰でもいいわよ。あんたなんなの? なんで喋んの?」
『だから言ってんだろ。元は人間だって』
「分かったぞ! お前は呪われた姫君だな?」
『誰が呪われてんだコラ、俺がそんなマヌケするかよ。お前こそ呪いで醜いバケモノに変えられでもしたのか?』
「そうなのよ。あんたよくわかってんじゃない」
「誰がバケモノだあぁぁ!」
「もう喧嘩はいいですってば、今はこのネックレスの話でしょう。みのりもなんとか……みのり?」
隣にいたはずのみのりの姿がない。
不思議に思いつつ振り返ってみるとみのりは少し離れた位置で、涙目で僕をみながらものすごい速さで小さく横に首を振っていた。
「どうしたのさ……ああ、これか」
振っていた首が縦の動きへと変わる。
ホラーや心霊といった類のものが大の苦手であるみのりはこの髑髏が喋っていることが無理なようだ。
「分かったから、しばらく離れてたらいいよ」
再び前を向くと、いつもの口論がネックレスを加えた三つ巴で展開されている。
こんな状況でよくもまあ飽きずに口論出来るものだ。
「セミリアさん、どうしましょう?」
とりあえず放置して声を掛けるとジーッとネックレスを観察していたセミリアさんがこちらを向いた。
何かを思い出そう考え込んでいる風だったけど、思い当たる節に辿り着いたのだろうか。
「あやつ、確かに元は人間だと言っていたな?」
「言ってましたね。事実かどうかは僕には分かりませんけど」
虚実の程など無関係に理解が追いついてないもの。
どんな説明をされても納得出来る気がしないもの。
「やはり私の推察通りかもしれん。ハルノ、少しそれを貸してくれ」
「だからそれはあんたでしょ! え? なにセミリア? これ? ほい」
呼び掛けに気が付いた春乃さんがこちらを向くのと同時に口論が止むと、セミリアさんは受け取ったネックレスに問い掛けた。
「貴公はグリッド・クロティールだな?」
「「「グリッド・クロティール?」」」
『ほう、よく分かったな。まだそんな言葉がこの世界に残っているとは思わなかったぜ。お前は何モンだ?』
「私はセミリア・クルイード。勇者をしている」
『なにぃ!? おめえ勇者なのか!?』
「そうだ。そしてこの者達は私の仲間だ」
『な~るほど。まさか勇者様に開放されるなんざ思ってもみなかったぜ。だが勇者だからといってその言葉を知っているとも思えねえが?』
「偶然知人に聞かせて貰ったことがあってな」
「ねえねえ、何よそのグリッド・クロティールって」
「クロティールというのは遥か昔に存在した黒魔術だ。今はもう存在しない魔法となっている上に当時ですら禁呪とされていた高度で危険な魔術だったと聞いている。何でも人の魂を特殊な呪法を用いて加工した金属製の物に移してしまうのだとか。それによって元の人間の知識や感性を持った生きたアイテムが生まれるというわけだ。そうして生まれた魂を持つアイテムをグリッド・クロティールと呼ぶのだと聞いた」
『ご名答ってやつだな。中々に博識じゃねえか』
「じゃあ本当に人間だったんだ。元の人間の姿に戻れんの?」
「それは難しいだろう。グリッド・クロティールとなった人間はまず自分の力では戻ることは出来ないし、先も言ったがもはや絶滅している魔術だ。存在していた時代でも元に戻すには高度で莫大な魔力を必要とすることから元に戻れなくなった者や失敗して犠牲になった者が山ほどいたらしい。だからこそ禁呪になったのだ」
「ではこのネックレスも犠牲者ってことになるんですか?」
『バッキャロー! 誰が犠牲者だ、俺は自らの意志でこの姿になったんだっつーの』
「なんで?」
「来る時のためだ。クルイードとか言ったな、お前が勇者をやってるってこたあ世界は芳しくない状況なんだろう?」
「その通りだ。魔族の侵略によって世界は徐々に危機的状況へ向かっている。だからこそ我々がいるのだ、それをさせぬためにな」
『まあそんなとこだろうな。よし、俺を連れていけ。知恵を貸してやる』
「だからなんでそんな偉そうなのよ」
若干イラっとしている春乃さんはさておき。
喋る……否、生きたネックレスからの思い掛けない申し出に、セミリアさんはどうすべきかと僕を見た。
「コウヘイ、こう言っているがどうすべきだろうか。こやつが何者なのかはまだ分からぬが、長くこの世にいるのなら連れて行っても損はないと思う気持ちもないでもない。我らの参謀役はお主だ、コウヘイが判断してくれ」
「うーん……確かに損はないかもしれませんけど得もなさそうなので置いていきましょう」
「そうか、承知した」
『待てぇい!』
すんなりとネックレスを宝箱に戻そうとするセミリアさんだったが、髑髏のネックレスが全力で待ったをかけてきた。
僕としては得体の知れない物体を持ち歩くなんて末恐ろしいことこの上ない、と思ったのに……ネックレスに食い下がられるというのも斬新な経験である。
『この流れで置いていくか普通!?』
「だってみのりが怯えてるだけでマイナス要素じゃないですか」
「みのりん大丈夫? 私がついてるから大丈夫よ~」
一人で怯えているみのりに遅れて気が付いた春乃さんはみのりの肩を抱き頭を撫でている。
空気的に声には出し辛いけど、せめて僕だけは分かっていてあげたい。
この面子が異常なのであってそれが普通の反応なのだと。
『これは仕方ねえだろ、ナリはよ。だけどぜってえ役に立つって。な? いいだろ?』
「いやぁ、そう言われても……」
『俺だって世界を憂う気持ちがあるからこそこんな姿になってまでこの世に居座ることを選んだんだぜ? な、いいだろ?』
「諦めろ康平たん。こりゃ『はい』を選ぶまで無限ループのパターンだ」
「なんですか無限ループのパターンって……セミリアさん、どうしましょう」
「世界を思う者を無下にはしたくはないし、私としては連れて行っても構わないと思うのだが……やはりミノリ次第だな」
「みのり、どうする?」
「が、頑張って慣れるから大丈夫っ」
「思いっきり強がってるじゃん。はあ……どうしたものか」
呆れるやら結論に困るやらで思わず溜め息が漏れる。
視線をネックレスに戻すと、引き続きの自己アピールは本人の意思ではない明確なメリットを提示してきた。
『一つ言い忘れたことがあったぜ。おめえ等わざわざあのクソ盗賊共のアジトに来たってことは何か目的があんだろ?』
「私達は盗賊に奪われた品に用があって来た次第だ」
『だったら聞くがよ、ここ以外に何か見つかったか? 奴等のお宝の隠し場所はおめえ等だけじゃ見つけられねえぞ? 何せちょっとしたからくりがあるからな。だが俺はしばらくここに居たおかげで知っている。どうだい、いい交換条件だとは思わねえか?』
「む、確かに何も見つけられていないのが現状だ。それにただでさえ予想以上に時間を食っている」
『だろう? サクッと案内してやるぜ? それだけでも連れて行く価値があるんじゃねえのかい勇者様よお。俺も久々に冒険してえんだよ~』
「そう言われると弱いな。みんな、特にミノリだが、やはり連れて行ってもいいかと思うのだが考えてみてはくれまいか」
「俺はいいと思うぜ」
「僕もまあ、みのりがいいなら反対はしませんけど」
「時間も無いんだしいいんじゃないの? 効率第一で。大丈夫よみのりん、あたしが守ってあげるから」
ポンポンと頭を撫でられてみのりも少しだけ恐怖が和らいできた様子だ。
加えて言えば自分一人が理由で皆の意見を却下する、という状況に気を遣っている部分もありそうだけど。
「は、はい。わたしも我が儘言ってられないので大丈夫です」
『決まりだな! 俺はジャックってんだ、よろしくな!』
「よろしくするのはいいけど誰が持ってるんですか? セミリアさん?」
「いや、私は遠慮しておこう。この大きさだと戦闘時に邪魔になる」
「あたしもそんな悪趣味なアクセはちょっとねえ」
「みのりたんは勿論無理だし、康平たんが開けた宝箱だ。康平たんに決まりだな」
「……そうなるんですね、やっぱり」
「悪いが任せたぞコウヘイ」
差し出されたネックレスを嫌々首に掛ける。
なるほど、直接手に取ってみると確かに普段アクセサリーを身に着けない僕にとっては違和感だらけのサイズと重量に何だか窮屈な気分にさせられた。
『久々の外の世界と冒険だ。よろしくな相棒』
「相棒はやめてよ、頼むから」
『ツレねえこと言うなって、はっはっは』
やれやれ……何が楽しいのやら。
とんだ貧乏くじを引かされたもんだよ。
「よし、最後は俺のターンだな」
肩を落とす僕の横で高瀬さんが待ってましたと言わんばかりに残る一つの宝箱に寄っていく。
完全に次に進む流れになっていただけに続きがあることを失念していたのは僕だけではなかったらしく、すかさず噛み付いたのは春乃さんだ。
「せっかく話が纏まったんだからさっさと済ませてよね。どうせ馬の糞あたりなんだから」
「さりげなくランク下げんな! 馬の糞を宝箱に入れるアホがいるわけがない。いざ、オープン!」
無駄なテンションと共に高瀬さんは勢いよく宝箱を開けた。
口では悪態を吐きながらも春乃さんとて興味がないわけではないらしく、黙って後ろで見守っている。
「…………」
「…………」
「…………」
「ほ、宝石キターーー!!!! 俺の勝利だああぁぁ!」
ある意味では緊張の一瞬。
そう大きくはない木箱の中に手を入れた高瀬さんは馬鹿でかい声で叫びながら光り輝く小さな何かを高々と掲げた。
同時に春乃さんが絶望する。
「そんな馬鹿な……どう考えてもオチ担当の流れじゃない」
「わはははは、見ろこの輝き! 宝石に他ならんだろう、これも日頃の行いの賜なのだ」
「何よ日頃の行いって、引き籠もってるだけでしょどうせ」
「でも凄い綺麗ですね~」
「そうだろうそうだろう、いくらみのりたんに頼まれてもあげないぞ。俺の一攫千金が今まさに達成されたのだ」
「待てカンタダ。確かに宝石にも見えるが、微かに魔力を感じるぞ? マジックアイテムの類ではないのか?」
「え……マジデ?」
『おい、ちょっと見せてみろ』
ジャックと名乗るネックレスが食い気味に割り込むと、高瀬さんも素直に僕の胸元にそれを差し出した。
どうでもいいけど、急にお腹の辺りから声がするとものすっごいびっくりするからやめて欲しい。
『こいつは……アルヴァントクリスタルじゃねえか』
「なんじゃそれ?」
『一度きり、どんな魔法攻撃も跳ね返すことが出来るって優れ物だ。お前の言うとおり宝石でもある、とてつもなく貴重なモンだからいざってときの為に取っておくんだな』
「アホ言え。例えアイテムだろうと宝石に変わりないんだったら日本に帰って売りさばくに決まってるだろ。それを使うなんてとんでもない」
『か~、おめえ物の価値が分からねえ奴だな。むしろ『それを手放すなんてとんでもない!』って言われんぞお前』
「放っておきなさいガイコツ。そいつはこういう奴だから」
『おめえ等が構わないってんなら口は挟まねえが、とんだ勇者の仲間がいたもんだ。それから嬢ちゃんよ、俺はジャックだ。ガイコツじゃねえ』
「似たようなもんでしょ」
『……似てるか?』
「まあ彼女もこういう人だから、あんまり気にしない方がいいよ」
『前途多難だな……お前も、クルイードも』
中々に話の分かるジャックだった。
ようやく宝箱の件が終わった僕達はその後すぐにジャックの情報によって奪われた品々の保管場所へ繋がる道を見つけ、本来の目的を果たすことに。
といっても並んだベッドの一つの下に隠し階段があったというだけの話なのだが。
「おお、こりゃ大量だな」
階段を降りるとすぐに盗品と思われる品々が積み上げられている小部屋へと辿り着いた。
高瀬さんの感想そのままに剣や斧などの武器や防具、何に使うのかも全然分からない道具や銅貨の詰まった箱がぎっしりと部屋を埋めている。
『その盾の下にある小箱からお目当てのものの気配を感じるな』
ジャックが言うと、すぐにセミリアさんが指定の箱を開けた。
なにゆえ見もせずにどこに何があるのかを把握出来るのだろうか。
「あったぞ、魔源石だ」
「やっと目的達成ってわけね。他の物はどうするの?」
「何か役に立ちそうな物があればいいが、武器や防具など持ち帰っても仕方あるまい」
「そーね、こんな重たいもん持ってるだけでマイナス効果だもん」
「特に必要な物がなければ首長の言葉通りここに置いていこうと思う。皆はどうだ?」
「金目の物も無さそうだし、俺も異存はないぞ」
「あれ、おっさんお金には興味なし?」
「金ならさっき勇者たんがごっそり手に入れてるしな。よく考えてみればこの世界でしか使えない金持って帰っても金持ちにはなれないだろ。記念に一枚あれば十分だ」
「あっそ」
「コウヘイとミノリはどうだ?」
「ここにある物の価値も使い方も分かりませんし、セミリアさんが大丈夫なら僕もそれでいいです」
「わたしも康ちゃんと同じくです」
「そうか、では町に戻るとしよう」
セミリアさんがそう言った刹那、またしても心臓に悪い胸元からの大声が各々の返答を掻き消した。
続いた言葉が更に緊張感を生む。
『おい! 上から複数の魔物の気配が近づいてくるぞ!』
それは察するに敵襲の知らせ。
慌ててみんなが振り返り、上へ繋がる階段へと目を向ける。
唯一セミリアさんだけが背中から剣を抜き、戦闘態勢を取っていた。
とはいえ緊急事態であることを察した僕達もすぐに危機に備えてはいるが、何かが襲って来た場合の対応なんて逃げる準備以外にはない。
高瀬さんだけが何やらリュックを探り始め、僕と春乃さんはみのりを隠すようにみのりの前に立った。
『来たぞ』
ジャックが言うのと同時に姿を現したのはやけに大きなカラスぐらいのサイズのある黒いコウモリが六匹。
そのサイズに比例して鋭い牙が生えているという、紛れもない化け物の類だ。
「な、何よこいつ」
さすがの春乃さんも軽いノリではいられないらしく、警戒態勢を崩さない。
ブロッコリー星人の時よりも空気が張り詰めているのは明確に身の危険を感じ取っているからだろう。
「カーフミックだ、一体どこから入ってきた」
『盗賊が居なくなってから住み着いてたんだろうよ。大した魔物でもねえが、見たところ戦えるのはクルイード一人、しかも装備が剣だけとくりゃ全員無傷ってわけにゃいかねえかもな。何せ奴らはすばしっこいだけが取り柄だ』
「侮るなよジャック、みんなは私が守る!」
「ふっふっふ、下がっていろ勇者たん。ようやく俺様の出番が来たようだな」
誰もが危機的状況を前に最善を尽くそうとする中、悲しきかなまともな感性も空気を読む能力も持ち合わせていない男が一人。
その名も高瀬さんである。
「カンタダ?」
「こういう敵には全体攻撃が効果的だ。そうだろうジャッキー」
『確かにそうだが、おめえにそれが出来るのか?』
「俺をみくびるなよジャッキー。俺はあらゆる世界に順応できる男だぜ」
この場にいるほぼ全ての視線が心配そうな、例外で一人が胡散臭そうな目を向ける中。
高瀬さんは一番前に居たセミリアさんの前に出るとリュックから取り出したのであろう何かのスプレー缶をそれぞれの手に持ち突き出す様に構えた。
『なんでいそれ?』
「こっちはただの虫除けスプレー、そしてこっちは簡易ガスバーナーだ。この二つを組み合わせるとどうなると思う?」
ニヤリと笑って言うと高瀬さんは虫除けスプレーを魔物に向け、そこに横に向けたガスバーナーを翳す。
そして、同時にスプレーの先端を押した。
「イグニッションファイアアァァァァーーーー!」
ガスバーナーから出る火が虫除けスプレーから出る液体とガスに引火し、前方に向かって勢いよく炎が噴射すると目の前を真っ赤に染めていく。まさに即席火炎放射器である。
相手も魔物とはいえ見た目はコウモリだ。
火が平気なはずもなく『キキキー』と甲高い悲鳴を残して唖然と見守る僕達の前から一目散に飛び去っていった。
バサバサという物騒な羽音が聞こえなくなると、達成感溢れる表情で振り返る自称あらゆる世界に順応出来る男。
「ふっ、こんなもんよ」
『中々やるじゃねえかおめえ。魔法が使えるのか』
「カンタダ、お主はやはりただ者ではなかったのだな!」
「がっはっは、もっと褒めてくれ」
腰に手を当て、鼻高々の高瀬さんは上機嫌だ。
確かにこの危機を救ったその姿はちょっと頼りになるのかも、とか思ってしまった。別にそれが悪いというわけではないんだけど。
「高瀬さん凄いですね~」
「おっさんのくせにたまには役に立つのね、びっくりだわ。見直したりはしないけど」
女性陣も素直にそれを称え、みのりは一人パチパチと手を叩いている。
対して高瀬さんは見事に図に乗った。
「わはははは、この程度朝飯前のコーヒーよ。さあ帰るとしようじゃないか仲間達。俺達にはまだまだやるべきことがあるんだからな」
案の定春乃さんがイラっとしていたが今回ばかりは辛辣なご指摘も口にはしない。
まあ今回はそれが許されるだけの働きをしたのだから大目に見るのも大人の対応か。
色々あって肉体的にも精神的にもどっと疲れたけれど、どうにか無事に目的の品を回収した僕達は盗品の中にあったアイテムの効果で洞窟の入り口にワープし、通算三度目のなんとかリングでノスルクさんの小屋へと移動することに。
こうして魔源石を求める冒険は誰かが怪我をするでもなく冒険をしたという経験を残して、ついでに奇妙な仲間を増やして幕を下ろすのだった。