【序章】 若き旗頭の憤激
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7/24 台詞部分以外の「」を『』に統一
~another point of view~
サントゥアリオ本城はとても慌ただしい雰囲気に包まれていた。
昼前になろうとしている時間帯であるにも関わらず、城内はどこもかしこも早足で行き交う兵士の姿でいっぱいになっている。
同盟国であるシルクレア王国、グランフェルト王国と結成した白十字軍の一時的な撤退から僅か一日。
国王パトリオット・ジェルタール、王国護衛団総隊長エレナール・キアラの決定により兵士の編成が大きく組み替えられることとなったがゆえのことだった。
白十字軍総大将ラブロック・クロンヴァールは帰国する際、再集結の日まで王都を守りさらなる被害を生まないように持ち堪えてくれと言い残していった。
当初の目的とは大きく様相は変わり、二国にとってもかつて無い強大な軍勢を相手取っての戦となっていることは間違いない。
来る決戦に備え、更なる状況の悪化だけは避けなければならない。そういう意味での言葉であることは誰しもが理解している。
しかしそれでも、この国の王として、国を守る者の代表として、ただ敵を倒すために今を堪え忍ぶだけの時間を受け入れようとはしなかった。そういう方針が生んだ決定であった。
今なお反体制派である帝国騎士団に占拠された七つの主要都市。
その奪還に失敗した結果だけが嘆き、憂うべき現状ではない。
いずれ王都への攻撃が始まるかもしれない。
それだけであればいざ知らず、他の都市や町、村に対して同じ行動に出ないという保証は無い状態だ。
劣勢に拍車が掛かることの重要性と同等に、これ以上の被害や犠牲を出さないための対策をすることもまた、両名にとっては何よりも優先されるべき事柄なのだ。
そんな理由から城内及び城下の守護を担当している兵士の一部を各地方へ増員として派遣することが決まり、多くの兵士達は部隊の再編成や武器装備の準備に奔走している。
その城内の一角でいつもの様に雑用に精を出す一人の少年が居た。
別棟の横にある魔法部隊用第二訓練場で汗を掻きながら残骸となった攻撃魔法用の的を黙々と片付け、新たな的を設置している幼さやあどけなさの残る小柄で細身の見るからに気弱そうなその少年の名はコルト・ワンダーといった。
若干十五歳にして護衛団魔法部隊隊長を務める男だ。
隊長の肩書きを与えられながらも無人になった訓練場で一人雑用をしているのは偏にその性格のせいである。
ワンダーはその怯懦な性格が災いし、他の部隊どころか部下の兵士達にまで小間使いの様な扱いを受けていた。
年齢を見れば部隊の中で一番下なのはワンダーだ。
しかし、通常立場が低い者が担当するはずの仕事を押しつけられていることは本来あってはならないことであり、それでいて文句一つ言わず誰に告げ口するわけでもないワンダーは完全に舐められていると言えた。
文句を言う勇気も、告げ口をする度胸も持っていないことは事実。
だがそれ以前にワンダー自身がさして不満を抱いていないことも問題である自覚は本人にはない。
年上の兵士や部下のことを怖がってはいても、仕事を押しつけられること自体に文句を言おうと思ったことは一度もない。
そんなワンダーの性格や身の振り方に頭を悩ませ叱責するのはキアラ総隊長ぐらいのものであり、ゆえに他の無関係な兵士までもが平気で便乗し同じ様な扱いをする。
どうにも一枚岩となり得ないサントゥアリオ共和国の悩ましき現状の一つであった。
「あらコルト君、ご苦労様。今日も精が出るわね」
木片を集めたカゴを台車で運びだそうと訓練場を出たところで、入れ替わりに入ってきた中年の女性がワンダーに気付きにこりと人当たりの良い笑みを浮かべて声を掛けた。
ワンダーにとっては比較的会話をする機会が多い部類に入る、ベテランの使用人だ。
「こんにちは、デイジーさん」
同じく笑顔を作って答えるワンダーだったが、デイジーと呼ばれた使用人は鍛錬場に他の隊員が居ないことに気付き顔を顰める。
てっきり鍛錬中だと思っていたその認識がただいつもの光景でしかなかったことに気付いた。
「コルト君、また一人で後片付けかい? いい加減怒ってもいいんじゃないかとおばさんは思うけどねえ。他にそんな部隊はないでしょうに」
「あはは……そう言っていただけるのは恐縮と言いますか、別に怒る程のことでもないですから」
「それにしたってせめて手伝わせるぐらいはしても冥王の腹は空かないよ。いくら一番人数が少ないとはいえ、コルト君は隊長さんなんだから。大して歳も違わない連中だって何人もいるでしょう?」
「いいんです、他の方達が気持ちよく鍛錬出来るならそれで。僕には偉そうに出来るような腕もありませんし、むしろこういう仕事をしている方が向いてると思っているぐらいですから」
王国護衛団魔法部隊には現在ワンダーを含めて十六人しか隊員が居ない。
それは他の部隊の中での最少人数の一割にも満たない人数である。
血統柄魔法力を扱える人間が極端に少ないサントゥアリオ共和国の宿命であり、ワンダーが部隊長を務めている理由も等しく選択肢の少なさゆえのことだった。
特別秀でた能力を持っているわけでもなく、他の国であったなら平均値にも遠く及ばない魔法力を扱うのがやっとであるのが現実だ。
それでも他の隊員を僅かながらも上回っていたこと、もう一つのある事情によって入隊してすぐに部隊長に任命されるという非現実は他の誰でもないワンダー本人が一番困惑し、今なおその重荷に耐えきれるはずのない分不相応な肩書きであるという自負が揺らぐことのない悲しき実情に他ならない。
「そういえば」
と、デイジーはふと思い出した様な表情で話題を変える。
この子に旗幟鮮明とした態度をしろと言うのはやっぱり酷だろうか。
そう思ったことも理由の一つではあったが、ワンダーに伝えておくべき事があることを思い出したという点においては演技というわけでもなかった。
「キアラ様が探していたわよ? 急ぎという風でもなかったみたいだけど『コルトを見ませんでしたか』なんて私達使用人に声を掛けていたみたいだから」
「キアラ隊長が? 何か言いつけをされていたってことはなかったはずなんですけど、うーん……」
ワンダーは考える。
基本的にキアラ総隊長に呼び出されるのは何かを忘れていることを怒られるか、部下の隊員達が不真面目を理由に罰を与えられた時か、或いは食事や鍛錬に誘ってくれるという理由が大半だ。
昨夜、部隊長を集めて編成や配置の変更について会議をしたばかり。
緊急の召集をするために自分を探しているというわけではないと思うが……と、そこまで考えたところでそうしている時間が色々と無駄であることにようやく気付いた。
「ちょっと確認してみます」
デイジーにそう言って、ワンダーは右手の人差し指を立て額に当てると目を閉じる。
そしてキアラの顔を頭に思い浮かべた。
【不言の通信網】
コルト・ワンダーが生まれ持った唯一無二の覚醒魔法であり、部隊長に任命されるに至った最大の理由である。
人物、或いは範囲を指定することで離れた位置に居る者に声を介さずとも言葉を伝えることが出来る。
それだけではなく、相手にその意志があれば対話をすることまでもが可能という紛れもない生まれ持った覚醒魔術に分類される能力だ。
『キアラ隊長……キアラ隊長?』
ワンダーが脳内でキアラへ言葉を送ると、少し間を置いて反応があった。
『……コルト? どうしたの、何か緊急の用事じゃないなら後に……』
『あの、僕を探していたと伺ったのですけど……不味かったでしょうか』
『今はそれどころじゃ……いえ、そうだったわね、ごめんなさい。派遣兵の移動経路に変更の必要が出たことを伝えなければならないから各隊の士官を陛下の下へ集めて欲しいの。陛下には既に伝えてあるわ、私は少し遅れると伝えてちょうだい』
『わ、分かりましたっ。では一旦失礼します』
『ええ、よろしく』
短く答えたキアラの言葉を最後に会話は終わる。
その能力ゆえにあらゆる場面で連絡役を担うワンダーだったが、伝達ミスが多く今ひとつその役割に対する信頼度は低い。
それを自覚しているかどうかはさておき、普段であればミスをしないようにしなければと真っ先に狼狽するワンダーだったが、今ばかりはキアラの様子が気になってそれどころではなかった。
明らかに興奮気味で、口調にも焦りの様なものが感じられた。
何かあったのだろうか?
そればかりを気にしながら、脇で物珍しそうに見ていたデイジーに別れを告げて各位への連絡をしつつ、自身もジェルタール王の待つ部屋へと向かった。
〇
少ししてワンダーが城内二階にある玉座の間へ到着すると、既に複数の人物が中で待機していた。
国王パトリオット・ジェルタール、護衛団副隊長ヘロルド・ノーマン、そして上級大臣のマット・エレッドの三人だ。
この場に集まるようにと連絡をしたのは士官と呼ばれる隊を纏める人達だけだった。にも関わらず先に到着して待っているということはこの三人は予めキアラ隊長から知らされていたのだろうか。
キアラ隊長を含めたこの四人は王国を動かしている中心人物であるといってもいい人達だ。
もしかすると予め四人で決めた召集だったのかもしれない。
そんなことを考えつつ、ワンダーはそれぞれに頭を下げていつもの立ち位置で全員が揃うのを待った。
同じ男であってもつい見惚れてしまう程に綺麗な顔立ちをしたブロンドの美男子である若き王は玉座に座り、齢六十を超えるベテラン大臣の御大ことエレッド大臣と何やら話をしている。
温厚で人当たりの良いジェルタール王も、気が利き頭が良くて色々な人から頼りにされている御大もワンダーにとっては尊敬出来る人物だ。
翻って、ある意味ではこの世の誰よりも恐ろしく思っている人物といっても過言ではない残る一人、すなわち副隊長ノーマンはいつもの冷たい目でギロリと視線だけをワンダーに向けて睨み付けている。
ほとんど変化することのない冷たい声色、表情、そしてその目のどれをとっても冷酷さや威圧感を感じさせることに加え、高い身長や低い声が一層ワンダーの恐怖心を助長させていた。
気が弱い上に日頃怒られてばかりのワンダーであればこそ余計にそう感じる部分も多分にあったが、かといってそれは誤解や偏見などではなく多くの兵士も少なからず同じ印象を抱き、必要以上に近付かないようにしていることも事実であった。
ただ傍に立っているだけでいつ皮肉や嫌味が飛んでくるのだろうかと内心ビクビクしながら直立不動を保つワンダーの心配はこの場に限っては杞憂に終わり、ノーマンは視線をそのまま元に戻す。
陛下の前だから敢えて控えたのだろうかと、キアラが遅れる旨の伝言を預かったことを忘れている事実にも気付かず、人知れず安堵しているうちに徐々に他の者達も集まって来た。
騎兵、砲兵、水兵、衛生兵、守備兵、斥候、それぞれの部隊の士官達である。
王国護衛団にはそれら各隊に隊長や副隊長という役職は存在せず、士官と呼ばれる立場の者が各隊を仕切りキアラやノーマンの指示の下で部隊を動かしている。
全部隊を統括する立場。ゆえにキアラの肩書きは総隊長なのだ。
唯一の例外としてキアラやノーマンにとっては専門外となる魔法部隊のみ部隊長を置き、他でもないコルト・ワンダーがそれにあたる。
それが八千にも及ぶ王国護衛団の仕組みの全てであった。
少しして、玉座の間の扉が勢いよく開いた。
入って来たのは短めの金髪を揺らし、長く大きな槍を背負う若い女だ。
膝から下にのみ銀色の鎧を身に着け、股下数センチしか無い短いパンツの代わりに鎧の下から太ももの大部分を隠す程の黒く長い布製のブーツが伸びており、その上部を両足ともに二本のバンドで縛っている。
上半身は上下で合わせた黒色のコルセットの上に薄手のマントベストを重ねて着ており、白く細長いマントが腰の下まで伸びているという凜とした印象の中に女性らしさを感じさせる特徴的な格好をしているその人物こそが王国護衛団の長たる若き女戦士エレナール・キアラであった。
大きな音を立て、やけに慌ただしく扉を開いたかと思うとそのまま早足で近付いてくるキアラを見てワンダーはやはり先程の連絡の時に感じたことは間違いではなかったのだと理解する。
その表情は明らかに怒りで満ちており、慌てて士官達の真似をして敬礼をしたもののキアラは自分達を見ようともせず真っ直ぐに玉座の傍に立つノーマンの方へと向かっていった。
第一声こそ王へと向けたものであったが、それでも反応を待たずしてノーマンを睨み付ける。
「お待たせして申し訳ありません陛下。少しお時間をいただきます」
そう言ってノーマンの目の前で立ち止まるとその顔を見上げた。
対するノーマンに特に変化はなく、表情一つ変えずにキアラを見下ろしている。
「ノーマン副隊長……捕虜の女を殺したというのは事実ですか」
低く、怒りを噛み殺している様なその声に周囲が静まりかえる。
捕虜の女という言葉が表すは先日キアラが捉えた帝国騎士団の二番隊副隊長を名乗る女戦士であることは誰しもが理解出来たが、その者が死んだという事実を知る者はこの場においてはジェルタール王とノーマンのみだった。
「殺した、という表現には少々語弊があるかもしれませんな。死んでしまったというのが事実に基づいていると言えるでしょう。どちらかと言えば、ですがね」
ノーマンは淡々と言葉を返す。
何を興奮しているのか理解に苦しむ。そう言っているも同じなふてぶてしく白々しい態度だった。
「この期に及んでふざけたことを……誰がそんなことをしろと言ったの! 例え敵だろうと人の命を弄ぶとことが許されるわけがないでしょう!」
「弄んだとは心外極まりない物言いをされる。私は何も遊び半分でそうしてみたわけではない」
「どんなつもりであろうと悪戯に命を奪ったことに変わりはない! 誰があなたにそんな権限を与えた、処刑人にでもなったつもりか!」
「処刑人になどなったつもりはない。だが、罪人を処刑する権限は無くとも囚徒への尋問を任せられているのは私だ。口を割らず拷問を施した結果不幸にも命を落としてしまったとしても責められる謂われはない。あの女がどこの誰かなど無関係に罪人とはそういうものであるはず。その罪人の身を案じて手緩い尋問をしろとでも仰るおつもりですかな? その結果情報を引き出すことが出来なかった時、のちに危険を被るのは兵士や民なのだとご理解しておられないはずはないと思いたいものですがね」
あなた様の部下の一人としては。
と、ノーマンは皮肉たっぷりに付け加えた。
キアラは悪感情を隠そうともせず嫌悪と軽蔑の眼差しでノーマンを睨み付ける。
すぐに言葉を返さないのはどれだけの罵倒を並べても怒りと糾弾する意志の全てをぶつけるには遠く足りないこと、そうでなくても目の前に立つ男にはそれらが何の意味も為さないことの両方を理解しているがゆえに感情に身を任せて声を荒げようとする己をぎりぎりのところで押さえ込んだことが理由だった。
対照的な視線をぶつけ合う少しの沈黙を挟み、キアラはジェルタールへと体の向きを変える。
震える程に強く握っていた拳の力を抜き、出来る限り冷静さを取り戻した様に口調や態度を改めてはみたものの、傍目に見てそう感じられる状態であるはずもなく。
エレッド大臣と同じく今まさに仲裁に割って入ろうとしていたジェルタール王は不意を突かれたことで立ち上がり掛けた体勢のまま一瞬静止し、咳払いを一つ挟んで再び腰を下ろした。
「……陛下は知っておられたのですか」
「報告は受けていたことを否定はしない。だがキアラよ、誤解はしないでくれ。そなたに隠していたわけではないのだ。こういう結果になったことは残念に思うが、ノーマンはノーマンの仕事をしたまでだと私は思っている。そなたの耳に入れば余計な邪推をさせてしまうと思って報告を後回しにさせたのは私だ。今は国を守るために動くことが何よりも優先されるべき時期であろう」
「余計? 邪推? 一体それはどういう意味でしょう」
反射的に言葉を返すキアラの表情には既に不信感が見え隠れしていた。
ジェルタール王は言葉を誤ったかとやや苦い顔をしたが、ここで態度を変えるわけにもいかず、毅然とした態度へと変えてその問いに答える。
「罪人に対する尋問や拷問は法を破るものではない。命は尊び重んじるものではあるが、そなたは人一倍その思いが強い分きっと強く憤るだろうと思った。それが悪いと言っているのではなく、どちらも度合いの問題だということだ。ノーマンを責めるは処刑人を人殺しだと非難することと同じではないか」
「それとこれとは全く論点が違うではありませんか……」
キアラはやはり、ノーマンのみならずそんな理由で捕虜の死を自分に隠していた王にも不満を抱いた。
言葉の通りかどうかは定かではないが、恐らくは自分がこうして憤慨することを察してのことなのだろう。
混乱や内輪もめを嫌ってのことか、余計な進言をされることを面倒に思ったのか、或いはその両方か。
本来死した罪人に施されるはずの供養の儀を行うことなく亡骸が早急に処理されているのは拷問の跡が酷かったからに違いない。
爪を剥がし、指を落とし、目を潰す。
ことピオネロ民族相手となるとこの男は平気でそれぐらいのことはする。
始めから情報を引き出すつもりがあったのかどうかすら怪しい始末だ。
到底納得のいくものではない二人の主張に対してキアラはそんな推察を働かせる。
若干十九歳にして国王になったパトリオット・ジェルタールは決して王としての資質に秀でているわけではない。
若いながらも努力しようとする姿勢。
先代国王の子息であるという事実。
それに加え戴冠前には騎士団の戦士として、その風貌も相俟って高い知名度を得ていたことで国民の支持を得てはいるが、国政においては率先して国を駆け回るキアラや就任時の、或いは現上級大臣であるマット・エレットの働きに依存している部分が大きく、それゆえに重要な決断をする際にはその側近達の意見に左右されては王として在るべき姿と人としてあるべき姿、すなわち非情と人情の間で揺れ、葛藤を繰り返している。
その自覚が意見が割れることの多いキアラとノーマンの確執を生んでいるのではないかという自覚に繋がり、そんな自身を変えなければと思う意志が複数の者に意見を求める機会を減らしていく。
今この場における出来事もまた、そんな悪循環ともいえる世に異例の王と呼ばれるジェルタール王ならではの境遇が生んだ諍いの一つであると言えた。
食い下がるキアラを見て、ジェルタール王は深く息を吐き深刻な顔をして言葉を返した。
「キアラ、この場は理解を示してくれ。そなたの言い分も大いに理解している。だがノーマンの言うことも事実だ。尋問という汚れ仕事を任せていることも、情報一つで民や兵士の命を左右する大事な問題だということも然りだ。都市と捕虜の交換という打診をを無視されたことも拷問を受け入れてまで口を割ろうとせず死に至ってしまったこともこの国の現状を考えれば双方にとって無念ではあるが……」
「そうやって……理由や正当性を付けては奪う必要のない命まで奪ってしまうからこの国はいつまで経っても……」
変わらないのではないか。
キアラがそう続けようとした時、玉座の間の扉が勢いよく開いた。
全員の視線が自然とそちらに集まる。
慌てて駆け込んできたのは通信係の若い兵士だった。
「へ、陛下及び総隊長へ緊急の報告でありますっ!」
兵士は玉座の前まで駆け寄ると敬礼をしながら慌てた口調で許可を得る間もなく要件を叫んだ。
「落ち着きなさい、何事ですか」
問い返したのはキアラだ。
ジェルタール王、エレット大臣に各士官達も揃って次の言葉を待った。
唯一ノーマンは表情を崩さず、ワンダーは不安そうに兵士とキアラの顔を交互に見ている。
そんな中、兵士は敬礼を維持したまま続きを口にした。
「スコルタ城塞より早鷲が来着。帝国騎士団と思しき一団がスラスへ進行中とのことであります。交戦は必至の状況であり、陛下、総隊長の判断を仰ぎたいとの旨が記されておりますっ」
スラスというのはサントゥアリオ共和国南西部にある都市の名である。
大規模な都市ではなかったが、本城から距離のある複数の主要都市の中心付近に位置することからサントゥアリオ本城に次ぐこの国のもう一つの軍事的拠点となっている重要度の高い都市とされていた。
都市を守るスコルタという城塞が基地の役割を担い、近隣の主要都市への援軍や物資供給の補助などの連携に適していることもあって兵力という意味では本城に次ぐ規模の兵士が駐在している。
そのスラスへ敵軍が進行中であるという報告はそれを聞いていた多くの者にとって想定外のことだった。
「どこまでも手を打つのが早い……こちらがこれだけ早急な対処をしているというのにまだ先手を打たれるだなんて」
キアラは苦々しい表情で誰にともなく言葉を漏らした。
連合軍結成前に重ねて主要都市を巡っての攻防で敗戦していることでスコルタ城塞の兵力は今現在著しく低下している状態だ。
それを知っての行動であるとは思えないが、それでもこの国にとって痛手になる度合いの大きい場所を意図して攻めようとする意志は明らかだと言える。
それらを見越して早急に各地方へ増員を送るための最終確認をするべく集まったこの場で先を越されたことを知ることになろうとはという気持ちがキアラを落胆させた。
しかし、すぐに落胆している場合ではないと思い直したキアラは払拭する様に表情を凜としたものへと戻すとジェルタール王へと向き直る。
「急いで援軍に向かいます。陛下、出兵の許可を」
「ああ。直ちに必要な指示を下し準備に掛かってくれ。これ以上都市を制圧されることは何としてでも防がねばならない」
ジェルタール王の言葉に無言で頷き、各部隊へ指示を出そうとするキアラだったが、それを遮ったのはエレッド大臣だった。
「お待ち下さいキアラ様」
「どうしたのです御大」
「陽動ということも大いにあり得ます。この王都の兵力を大きく減らしてしまうのは少々危険と言えましょう」
「しかし、いくら一騎当千の戦士が複数居るとはいえ帝国騎士団に大規模な部隊を同時に組むだけの人数は……いえ、そうじゃない。魔王軍が、いる」
「その通りでございます。敵方の狙いは何らかの時間稼ぎだという話もありましたが、シルクレア、グランフェルト両国が離脱したという情報を得ていたならばこの機に乗じようとする可能性を捨て置くわけにはいきません」
その言葉を受け、キアラは顎に指を当て黙考する。
確かに両国の代表の話では都市の占拠も含め、明らかに時間を稼ぐ目的があると見られるという話だった。
しかし、いつまでそうであるかも不明であり、騎士団と魔王軍が手を組む理由も未だはっきりしていない。
いつどのタイミングで状況が変わるかも分からない。
ならば、いくら戦力の多くが集中している王都といえど隙を与えないに越したことはないだろう。
クロンヴァール王が残していった白魔導士のおかげで復帰した兵士も増えてはいるのだ。城下の防衛に人員を割けない状態では決してない。
その判断の下、キアラは方針を固めた。
「では、士官を全員残していきます。私とノーマン副隊長が兵を率いて援軍に向かうので魔法部隊を除く各騎兵隊は五十名ずつに出兵の準備させて待機させてください」
最終決定と同時に下された指示に士官達は『御意!』と、声を揃える。
キアラはそのままワンダーへと向き直り、
「コルトは私達が戻るまでは陛下か御大の傍に居るように。何かあればすぐに知らせて」
「は、はいっ」
「私達が不在の間、護衛団の指揮は御大にお任せします。何があっても陛下と城下を守ってください」
「任されました。どうかお気を付けて」
ワンダー、エレッドが呼応するとキアラは全体を見渡した。
指令の終わりに視線が落ち着いた先はノーマンだった。
「それでは各隊急いで準備に掛かりなさい。ノーマン副隊長、話の続きは後にしましょう。すぐに出兵準備を」
「仰せの通りに」
ノーマンは静かに答える。
そこにどんな感情を抱いているのか。
推し量ろうとするような少しの間を挟み、キアラも背を向けると他の兵士達に続いて玉座の間を後にした。




