【プロローグ】 不可侵の国
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~another point of view~
フローレシア王国は不可侵の国である。
世界の中心たる国の一つとしてシルクレア王国、サントゥアリオ共和国、ユノ王国、そしてグランフェルト王国と並んで五大王国と呼ばれる大国の一つに数えられているものの、他国との関わりを一切拒否しているその在り方が変わったことは歴史上ただの一度もない。
原則として異国の者は立ち入ることすら許されず、全ての情報は他の国々にとって謎に包まれている状態であった。
人口は約四万人。
兵隊や軍隊は存在せず、たった五人の戦士が外敵から国を守る役目を担っている。
それどころか、国を統べる国王の地位が存在しながら政治を行う大臣も居らず、現体制においてその統治はろくに政務を行わない国王に代わってその五人の戦士が各地域の領主を通して民を管理、統制している状態であった。
ルーツは天界へと繋がる扉、すなわち天門を守る一族であるという言い伝えの残るユノ王家とその一族が統べるユノ王国を守るために作られた国だと記す文献も多く残ってはいるが、事実であるか否かを知る術が無い不確かなものだとされており永きに渡って見向きもされない情報となっている。
悪魔の住む国、合成獣の実験、そして世を騒がせている邪神教なる謎の集団。
それらの悪い噂ばかりが広がり、いつしか世界中から忌み嫌われる国家となっていることもあって関わろうとする者、その名を口にする者自体が希有な存在であるとさえ言える状態の中、問題の解決へ動いた一人の人物が居た。
シルクレア王国の若き女王、世界の先導者ラブロック・クロンヴァールである。
複数の脱走者の証言を受け、多くの失踪者、行方不明者を出している邪神教騒動の全てがフローレシア王国の発端であると知るやいなや、クロンヴァール王はすぐさま武力を行使しての情報開示を求めた。
しかし、フローレシア国王はそれを拒否し、とうとうシルクレア王国は強硬手段に出るまでに至る。
のべ十二隻、六百人の兵士をフローレシア王国へと派遣し立ち入り調査を要求したシルクレア王国だったが、結果としてわずか四人の戦士によってその船団は半壊へと追いやられることとなった。
激しく憤るクロンヴァール王はすぐさまより巨大な兵力を派遣する計画を進めようとしたものの、合同サミットの時期と重なったことや死刑囚の脱獄騒動、自身の暗殺計画、そしてサントゥアリオ共和国での抗争と立て続けに事件が起きたことで対応を後手に回さざるを得ない状況となってしまっているのだった。
そして、それらの事情に無関係な者にとってもフローレシア王国は例え内部に立ち入らずともその異質さが伺える国であると言えた。
五大王国の一つに数えられてはいるが、ユノ王国と並んで国土は他の三国と比べて到底広大とは言えない中規模の国である。
まるで海に浮かぶ要塞の様に、都市や町単位ではなく国そのものが高く強固な壁によって覆われているせいで外部からは壁以外に得ることの出来る情報はなく、南北に二つある門を通ることでのみ出入りが可能な上にその門は普段から固く閉ざされているため同国に住まう民すら潜ることはまず無い。
出国、入国が許されているのは国を治める立場にある一部の者と例外的にそれが許可されている外部の者が数人だけという徹底した相互不干渉の国、それがフローレシア王国なのだ。
○
とある大国にて世界の存亡を賭けた争いが幕を開けた翌日の曇りの日。
そんな異形の国に近付いていく一人の男が居た。
男は自動操縦の魔法が掛かった小さなボートの上に立ち、辺り一帯海が広がるだけの海域をフローレシア王国へ向かって進んでいく。
体の全てを漆黒の甲冑で覆い隠しているその男は魔王軍四天王の一人、或いは漆黒の魔剣士と表現される人物であり、まさにその争いの渦中にいる一人でもあるエスクロと名乗る魔王軍に属する戦士であった。
エスクロはやがて目的地に到着すると、遙か高く聳え立つ、一王国をまるまる包み込んでいる壁の一角にある鉄製の門を潜りその内部へと進入していく。
本来、常に監視の目があるはずの大手門は無人になっており、独りでに開いた門を何事もなく潜るとエスクロは領内を少し進みボートを岸に着け周囲に建物の一つもないただの陸地に足を降ろした。
まるで待ち受けていたように、既にそこには一人の男の姿がある。
ボサボサの頭髪に無精髭がなんともだらしのない印象を抱かせる、全身から気怠さが溢れているかのような表情をした男だ。
その名はメフィスト・オズウェル・マクネア。
フローレシア王国の現国王の座に着く男である。
その風采からやや老けて見えるものの、父であり先代の後を継いで数年になりながら今現在二十五歳であり、若き大国の王と呼ばれるシルクレア王国のラブロック・クロンヴァールやサントゥアリオ共和国のパトリオット・ジェルタールよりも若く、ユノ王国のナディア・マリアーニに次ぐ若年王であることを知る者はほとんど居ない。
ボートから降りるエスクロを見て、マクネアは面倒臭そうに溜息を漏らしている。
エスクロは気にも留めずいつもの軽薄な口調で語りかけた。
「ようオズウェル、久しぶりじゃねえか。てめえの国でこれだけ好き放題されてもロクに顔も見せやしねえ野郎がどういう風の吹き回しだ」
「会う度に憂鬱にさせられてりゃ、どれだけ久しぶりでも見たくもない顔もあるってもんだ。そのてめえの国を守らなきゃならないのが曲がりなりにも僕の仕事ってやつでね、いくら古い知り合いだからといってあまり調子に乗ってると痛い目を見ることになるよと忠告しに来たのさ」
マクネア王はぽりぽりと頭を掻きながら、うんざりとした態度を隠そうともしない。
しかし、言葉の最後に見せたその目だけは冗談でも再会の挨拶でもなく、はっきりと牽制の意図が現れていた。
「随分とご機嫌斜めじゃねえか。だが、こうして俺のしていることを見過ごしていることもてめえの役割の一つだろう。お前がこの国の王である以上、天の意志には逆らえねえはずだぜ?」
「建前はそうかもね。だけどレオン、僕が一度でもそんな地位に執着しているように見えたことがあったかい?」
「クックック、確かに一度もねえな。てめえは昔からそういう奴だ」
「この国の人間に手を出さないという約束を守っているうちは好きにしたらいいさ。君がどうなろうと知ったこっちゃないけど、キャミィちゃんの立場もある」
「少し前に会ったが、相変わらず何を考えているか分からねえ女だぜアイツはよぉ。今はどうしてンだ?」
「さあね。出稼ぎに行ったままこの国には帰ってこないし、変わらずユノの王女様の傍だろうさ。それに、何を考えているのか分からないのは君も同じだろうレオン。いつまでそんな薄気味悪い仮面をかぶっているつもりだ。未だに天の遣いなんてやっていることにも驚きだけど、魔王軍の一員なんてやってて何が楽しいのやら理解に苦しむね」
「心配すんな、このヤマが終わりゃとっととおさらばするさ。必要なモンを集めるためにゃあ多少の我慢も必要なンだよ」
「天地がひっくり返っても心配して言ってる意味合いはゼロのままだけど、僕は君とキャミィちゃん以外の【天帝一神の理】のことは何も知らない。君以外の人間を勝手にこの国に出入りさせようとすればあの子達に排除されちゃうから精々気を付けることだね。そうなっても僕は止めないよ」
「他の三人が来ることはねえさ、奴等も俺と同じぐれえ好き勝手やってやがる」
「だったら早いところ君の役割というやつを終わらせて欲しいものだね。何の儀式か知らないけど、君が他所から人間を攫ってくるせいで邪神教の総本山扱いなんかされちゃっていい迷惑なんだから、うちの国にとっては」
「ラブロック・クロンヴァールを激怒させたっつー面白話なら聞いてるさ。だが、とっくに事は始まってンだ、既にそれも大した問題じゃねえ」
「何も面白くないからね? 馬鹿だろう君、絶対馬鹿だろう」
「うるせえよ抜け殻野郎が。ンなことより、カルヴはどうしてる」
「研究所や君等が作った神殿に近付く人間は誰一人居ないもんでね。僕もはっきりとは知らないけど、ダックはしばらくは研究所に籠もりきりだろうさ。前の責任者が死んだおかげで後始末をする人間が居なかったとはいえ、いくら昔の知り合いだからってどいつもこいつも人の国で好き勝手してくれるよ」
「野郎もてめえの国でも好き勝手してる奴に言われたくねえだろうよ。失敗作のバズールを御しきることは出来なかったが、少なくとも合成獣の完成体はどうにか手に入れることが出来た。奴等も良い駒になるってもンだ。これもてめえがカルヴに始末を頼んだおかげだぜ?」
「結界術を扱える知り合いなんて他に居ないもんでね。バズールの封印と研究所の始末をする代わりに必要な物を持っていっていい。そのぐらいの条件は飲まなきゃ仕方がない」
「理由なんざなンだっていいさ。俺にとって僥倖だったと言える、その結果が全てだ」
「それにしても、究極生物バズール……か。あれのおかげで悪魔の住む国なんて言われるんだからろくでもない話だ。死んだ所長も含め、色々と報われない人間だらけだよ」
「そいつは俺のせいじゃねえだろう。研究所そのものはてめえの国の物だ」
「あれは父の前の代からあるものだ、僕は何一つ関知していない。名ばかりの国王である僕は天界のお歴々の言いなりなもんでね。他国の侵入を許さず、他国と関わりを持たず、僕の役目はそれだけなのさ」
「それがてめえの選んだ生き方って奴だろう。AJ……つってもてめえにゃ分からねえだろうが、奴にしてもてめえにしても、取引が終わればそれまでの関係だ。甘っちょろい考え方で俺の邪魔をしようもンなら容赦なく地獄へ送ってやるからそのつもりでいるンだな」
「それが君の選んだ生き方ならそうすればいい、僕は僕のやりたいようにやるさ。それより、他の連中には会ってるの?」
「会う理由がねえな、そう言うてめえはどうなンだ」
「君やダック以外じゃ精々サミィが何度か来た程度さ」
「ククっ、サミュエルか。グランフェルトじゃ会うこともなかったが、さぞいい女になってるンだろうなぁオイ」
「確かに年を取ってまた可愛らしい顔になっていたけど、昔から言ってる通り僕はどちらかというとエルの方が好みでね。サミィも割と童顔だけど、性格も含めエルの方が一枚上手だ。僕は基本的に幼女趣味だから」
「ンな話じゃねえよボケ、内面の話さ。どれだけ俗世間に溶け込もうとしても、勇者なんて肩書きを背負っていても、奴には俺やカルヴと同じく復讐の炎が宿っているはずだからよぉ」
「君やダックが何をしようと知ったことじゃない。だけど、あの子達まで巻き込もうとしているなら……その時は僕がその企てを潰すことになるよ」
「相変わらずてめえも何を考えてやがるンだか分からねえ奴だ。だが、今てめえが口にしたことが全てだ。生き方なんざそれぞれ勝手に決めりゃいい、あの頃からずっと俺達はそうして来ただろう。俺は俺の道を行く、ただそれだけだ」
力強さに比例して意志の強さを増したエスクロのそんな言葉に、マクネアは柄にもない真剣な表情を崩した。
一つ息を吐き、やれやれと首を振って背を向ける。
「ま、精々無駄死にはしないことだね。どうせお互いロクな死に方はしないんだ、出来るだけ後悔とは無縁でいたいのが人情ってもんだろう?」
「己を恥じず胸を張って死んでいけ、か? 懐かしい言葉だ。てめえなんぞに言われなくとも俺はそうしてきたつもりだぜ? 今までも、これからもなぁ」
「だったら、これ以上言うことはないね。僕は戻るとするよ」
マクネアは背を向けたまま最後の一言を告げ、だらだらとした歩き方でその場を後にする。
仮面の奥で今後の展望を想像し、嘲笑うような表情を浮かべながらその後ろ姿を数秒眺めたのち、エスクロも目的地である邪神教本部の神殿へと向かった。




