【エピローグ】 始動
~another point of view~
サントゥアリオ共和国、シルクレア王国、グランフェルト王国の三国からなる対反乱軍及び魔王軍を目的とした連合軍が一時的な撤退を決めた夜、サントゥアリオ共和国最北部にある帝国騎士団本部の晩餐室には各隊を率いる隊長達が一堂に会していた。
二番隊隊長ラミアス・レイヴァース、三番隊隊長フレデリック・ユリウス、そして五番隊隊長デバイン・ゲルトラウトは主要都市を巡る戦闘の結果報告をし、逆に団員以外が戦闘に赴いた都市の報告を聞くために召集されている。
「諸君、ご苦労だったな。戦果は上々だ、魔族共の方も含め連中の都市奪還は全て阻止することが出来た」
全ての報告が終わると、召集した張本人である団長エリオット・クリストフは満足げに三人を見渡した。
その表情、口調はいつだって己の意志や強さを信じる気概が溢れ出ている。
他の団員達にとってクリストフのそんな姿は騎士団を率いるに足る人物であり、皇帝の血を引いていることに加えその強さやカリスマ性によって統率が為されているのだ。
「他愛も無い相手です。あの様な輩の手など借りずとも我々の手で十分に撃退出来ましょう。もっとも、どこぞの間抜けは随分と苦戦したようですが」
この場で唯一の女戦士レイヴァースは鼻で笑いながらユリウスを一瞥する。
眉間から鼻の辺りまでが鉄仮面で覆われていることで他者にその心情を推し量ることは出来なかったが、普段ならばまず間違いなく聞き流しているユリウスの心には沸々と殺意が湧いていた。
その出所がレイヴァースの挑発に対してよりも己の失態に対する怒りの方に比重が偏っていることもまた、他の三人に知る由はない。
あのエレナール・キアラを一対一の戦いで破り、追い払った。
その事実は例えどれだけのダメージを負っていたところで世界中の誰にも責められるはずのない結果だと言える。
しかしそれでも、殺し損ねた現実と近隣国から拉致し団員の回復役として扱っている白魔導士の治療を受けてなお痛む体がユリウスを苛立たせていた。
「そう言うなラミアス。エレナール・キアラを相手にしたのだ、勝利という結果を持って帰っただけでも十二分に信頼に応えてくれているというものだ」
腕を組んで座った体勢を維持し、無言のままレイヴァースを見ようともしないユリウスに変わってクリストフが割って入る。
次にその目に映ったのはどこかユリウスよりも不満げな表情でしかめっ面をしているゲルトラウトだった。
「どうしたデバイン、お前も何か不服があるのか?」
「不服っちゅうわけじゃあない。とんだ外れクジを引いたもんでの、喧嘩の一つも出来んようなつまらん結果になるとは思うてもおらんかったちゅうだけじゃ」
「おいゲルトラウト、貴様の願望を満たすための作戦ではないのだぞ」
「そうは言うがのうレイヴァース、わしにとっちゃあそれが全てじゃ。喧嘩の一つも出来んで何が戦争ぞ。国と一族の恨み果たすためじゃろう? 童と遊ぶためやないわい」
テーブルを拳で叩き強い口調で言うレイヴァースに対し、ゲルトラウトは溜息混じりに首を振るだけだ。
その態度に益々苛立ちを覚えたレイヴァースはすかさず言葉を返そうとしたが、やはりクリストフがそれを遮った。
「そう言ってくれるなデバイン。魔王軍との取引はほとんど果たしている、じき準備期間も終わるだろう。あとは復讐を果たし、この国に血の雨を降らせるだけだ。そうなれば存分に喧嘩も戦争も楽しむことが出来る」
それはゲルトラウトに向けた言葉であったが、同時に立ち上がったのはユリウスだった。
「ならば、こんなところでジッとしている時間も終わりというわけだ。俺は行く」
「どこに行くつもりだ、フレデリック」
「知れたこと、都市の民を皆殺しにし王都を堕とす」
「反対する理由はないが、我々にはその前にやることがある。それが終わってからにしてくれ」
「仰る意味が分かりませんな」
ユリウスは足を止めこそしたものの席に戻ろうとする様子はなく、背を向けた状態で顔だけをクリストフに向けた。
ただでさえ一方的に嫌悪しているユリウスのその不遜な態度にレイヴァースまでもが反射的に立ち上がる。
その目はゲルトラウトに対してのものとは大きく違い、敵意と殺意に満ちていた。
「貴様……団長の意志に逆らうつもりか、この恥知らずめが」
「気に障りましたかな、レイヴァース隊長殿。俺には貴台程悠長を趣味とする嫌いはないゆえご容赦願いたいところですな」
「……私を愚弄する気か」
「奴等も馬鹿ではない。この砦に攻め入ろうとした敵の一団も次に現れる時には落とした橋の代わりを見つけてくるだろう。それだけではない。知っているか? 捕虜となったお前の部下の副隊長だが、もう殺されているそうだ。そんな状況でも落ち着き払っていられるとは恐れ入る」
「挑発の下手な奴め、戯言を抜かすな。ミネルが殺されただと? そのような情報はない」
レイヴァースは嘲笑を浮かべて侮蔑の目を向ける。
その言葉の通り二番隊副隊長が殺されたという情報など届いてはいない。
つい数日前、共和国側からその二番隊副隊長を解放する代わりに都市を明け渡せという交換条件を提示されたばかりであることもあってレイヴァースはただの戯言だと吐き捨てたのだ。
しかし、それは紛れもない事実であった。
ユリウスの部下であり三番隊副隊長でもあるルイーザ・アリフレートは生まれ持った覚醒魔術の使い手である。
その能力は『顔を思い浮かべることが出来る者の居場所を把握出来る』というものだ。
とりわけ戦闘に役立つ能力ではないこともあってその能力を知る者はほとんど居ない。
同志にまで隠すつもりがあるわけではなかったが、アリフレート自身いつも黙ってどこかに行ってしまうユリウスを捜すこと以外に使うことがほとんどないからだ。
ただそれだけの理由で騎士団内でその能力を知っているのはユリウスを除けば団長クリストフと数人の部下のみであり、団員以外では少し前にクリストフと何か取引の話をしに来ていたらしい魔王軍のエスクロという男にラブロック・クロンヴァールの居場所を教えてやったぐらいであるという限られた人数のみが知る能力と意図せずなっているのだった。
そして、その能力にはもう一つ察知出来るものがある。
それは人の生死だった。
本来その顔を思い浮かべ、居場所を特定出来るはずの人物に対してその能力が発動しなかった時、それはその対象が既にこの世に居ないことを意味する。
その使い道をも知っているのはアリフレート本人以外にはユリウスしかおらず、ゆえに二番隊副隊長ミネル・ペレイラの死が事実であることを知っているのもまた、この場においてはユリウス以外には存在しない。
日頃の関係性からして、その能力の中身や使い道に限らずユリウスやアリフレートが積極的にそれをレイヴァースに明かそうとすることはなかった。
戯言だと宣うならば、それはそれで面白い。
精々知らぬままでいるがいい。
そんな嗜虐的な思考の下、ユリウスはそれ以上言わないことにした。
それらの事情など露知らず、レイヴァースは閉口するユリウスを見て勝ち誇った様な笑みを浮かべる。
既に日常茶飯事と化している二人の言い争いに戸惑う者など騎士団には居らず、僅かな静寂はゲルトラウトが呆れた様に口を挟むことで破られた。
「まったく、口喧嘩が好きな奴らじゃのう。それよりも団長よ、じゃったら都市の方はどうするんか。このまま放置でええんかい」
「もはやこちらにとって大した価値はないが、まだ奴等の手にくれてやるには早い。民を皆殺しにしてくれてやってもいいが、そうすれば敵も総力を用いてここを攻めようとするだろう。大一番を控えた今、そうなるといささか面倒だ。敵の動きを制限する意味でもまだ利用価値があると言える」
「また魔王軍共にでも働かせるっちゅうことか?」
「この段階まで来た以上奴等も積極的に協力しようとはしないだろうが、元よりアテになどしていない。利用できるうちはさせてもらうが、今日の敗戦で敵もすぐに仕掛けてはくることは出来まい」
不敵に笑ってクリストフは体の向きをゲルトラウトから全体へと変える。
レイヴァースは椅子に腰を下ろして、ユリウスは変わらず背を向けたままで、その言葉の続きを待った。
「知っての通り、魔王軍との取引においてあちらが出した条件は三つ。この戦争に諸国を巻き込むこと。その上で奴等の準備が整うまで時間を稼ぐこと。加えて、とある二人の人物を殺すことだ。これについてはほとんど完了していると言っていい。対して向こうが飲んだ条件は二つ。敵軍の殲滅に荷担すること。そして……祖国、先祖達を滅ぼした仇敵を我らの前に差し出すことだ」
「それはつまり……ついに我らが待ち望んだ日が来るということですか」
「その通りだラミアス。弔い合戦の時は、冥王龍復活の日は迫っている。分かるなフレデリック。お前の怒りや憎しみは十分に理解しているが、その上で終わるまで待ってくれと言う意味が」
背中越しのその問いに、ユリウスは少し間を置いて答える。
本音を言えば、ユリウスにとってそれはどうでもいいことだった。
先祖や祖国のことなど自分の意志や行動に何一つ影響したことはない。
しかし、それが初めて出会った日に交わしたクリストフとの約束であることも事実。
この国を地獄に変えるための力と舞台を用意する。
代わりに騎士団の復権に力を貸す。
そういう契りだ。
然ればこそ、ユリウスはこう答える。
「では、そうすることにしましょう」
ただそれだけを言い残し、ユリウスは部屋を出て行った。
下らぬ事情に振り回されるのも、その化け物との戦いが終わるまでだ。
そんな思いを密かに抱いて。
「さて、わしも戻るとさせてもらうかのう。ちいと体でも動かさんと暴れ足りんわい」
ユリウスが出て行ったことを受けてゲルトラウトも立ち上がり、その場を後にする。
晩餐室にはクリストフとレイヴァースの二人が残された。
立ち去る二人の姿がなくなると、レイヴァースは大層気に入らなそうに舌打ちをした。
「フン、身勝手な馬鹿共が。今に痛い目を見せてくれる」
「相変わらず手厳しいなラミアス。あまり突っ掛かってやるなよ? お前達の誰かを失うのは御免だ」
「申し訳ありません。心得てはいるのですが……」
クリストフの言葉にレイヴァースの表情が曇る。
その脳裏に過去に犯した過ちが思い浮かんだ。
騎士団が本格的に動き出す少し前のことだ。
当時の四番隊隊長と揉め事を起こし、一騎打ちをするまでに発展してしまった過去がある。
協調性もなく、団長の指示にも従わず、やる気も感じられなければ何を考えているかわからない、年端も行かない子供同然の戦士だった。
バルカザール帝国の祖先を持つわけでもなければ同じ血を引いているわけでもない身分が気に食わなかったことが最大の理由ではあったが、結果として決闘に敗れた挙げ句に元四番隊隊長は騎士団を去ってしまったのだった。
己が間違っているとは思っていなくとも、団長にとって好ましくはない出来事だったことは事実。
そんな気持ちを抑えなければならないと思ってはいても、団長に楯突く者にはどうしても嫌悪感を抱く他なく。
その強い忠誠心ゆえの行動であるがためにクリストフも強くは言わないが、レイヴァースにとっては少々難儀な問題でもあった。
「ラミアス、お前には先にやってもらいたいことがある」
難しい顔をするレイヴァースを前に、それ以上言及するつもりのないクリストフは敢えて話題を変えるべくそんなことを言った。
意味するところに思い当たる節のないレイヴァースは素直にその疑問を口にする。
「と、言いますと?」
「我々の最後の仕事だ」
「それは……もしや例の片割れが見つかったのですか」
「ああ。中々尻尾を出してくれなかったが、ようやく見つけることが出来た。決戦前の最後の一仕事だ、頼まれてくれるか」
「御意に」
レイヴァースはハッキリと答え、その場で跪いた。
その姿を見て、クリストフは団長として指令を下す。
それは気分屋のユリウスやゲルトラウトではどうにも適任と言い難い、魔王軍との取引において唯一残っていた最後の任務だった。
「直ちにグランフェルト王国へ向かい、エルワーズ・ノスルクを殺せ」
~勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④~ 完
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