【第十三章 その⑤】 都市奪還七番勝負 正義vs悪
~another point of view~
セミリア・クルイードは勇者である。
勇者という称号は誰にでも与えられるものではない。
通例としてただ一人、世界で最も正義と平和の為に戦う意志を強く示した戦士に与えられる称号であると認識されている。
その歴史は大国であるグランフェルト王国最強の戦士に与えられる称号として生まれたのが始まりであり、かつてその名を受け継ぐ強さ以外の唯一の条件は同国の戦士であることのみであった。
現代においては誰に任命権があるわけでもなく、民衆の風評によって得られる名誉以外の意味があるわけでもない呼称ではあるが、その名は今なお世界中から大いなる尊敬を集める正義の使者の代名詞としての意味を持ち続けていた。
伝説の勇者と呼ばれている初代勇者ウィンリィ・クルイードや二代目勇者ジャクリーヌ・アネット等の名を受け継ぎ七代目勇者の二つ名を背負う女戦士。
それが銀髪の勇者と、或いは勇者の魂を継ぐ者、聖剣のシルバーブレイブと呼ばれるセミリア・クルイードである。
異国の出身でありながら、かつてはシルクレア王国と並ぶ強国であったものの近年では弱体国家とまで言われる大国グランフェルトの対魔王軍戦線を一手に担い、ほとんど一人で国を守るべく戦ってきた。
倒した魔王軍の幹部は数知れず、その活躍を知ったラブロック・クロンヴァールによる正式な招聘を固辞したという事実が世界にその名を知らしめることとなる。
歴史上のただ一つの例外として、現グランフェルト王国にはもう一人勇者がいた。
名はサミュエル・セリムス。
こちらもまた、セミリアと同じく異国出身でありながらグランフェルト王国で単身武器を振るい、多くの悪を討ってきた女戦士である。
ほとんどの場合において『結果的に』という形であったことを知る者はほとんど居ない。
しかしそれでも、多くの人々が救われた事実が国内に名を知れ渡らせ、近隣国を襲った巨大竜サンダードラゴンを激闘の末にたった一人で倒してのけた一件を機にグランフェルトのもう一人の勇者だと呼ばれるようになっていた。
そんな二人の勇者に共通する意志はただ一つ。
勇者であるかどうかよりも、何を為すかが重要であるという主義、思想だ。
その称号を戦うことへの大義名分として、或いは生きる糧を手に入れるために利用しているだけでしかないサミュエル程には極端な考えを持っているわけではない。
しかしセミリアもまた、勇者と呼ばれることを誇りであると思ってはいても、その称号によって自らの意志を左右されることを受け入れてまで守るべき地位であるとは思っていなかった。
正義と平和の為に戦い、弱きを守り悪を討つ。
その志を貫くことが出来るのであれば勇者であるかどうかは大きな問題ではない。
それが己が進むと決めた生き方であり、過酷な半生を生きた末に辿り着いたセミリア・クルイードの在り方だった。
そんな銀髪の勇者には度々口にしている言葉がある。
魔王以外に負けた事はない。
それは必ずしも文字通りの言葉ではない。
例えば勝ち負けに含んでいるのは敵、悪人と呼べる者や魔族との戦いに限った話であることも一つの相違点であったが、その他の者と武を競うことに拘りのないセミリアにとってそれは大きな問題ではない。
己にとって最も重要であり、聞く者にとって最も驚くべき違いは言葉の後半にあった。
負けたことがない。
それは敗戦しなかったという意味ではなく、全ての敵を倒してきたことを意味している。
セミリアにとって少しの誇りであり己を信ずる最大の材料でもあるその事実が今この瞬間、生まれて初めて覆されていた。
サントゥアリオ共和国主要七都市の一つであるメルヘイルの城壁が見える位置で率いていた部隊の進行を止めたセミリアは他の隊長達と同じく単独で町へと近付いた。
大将ラブロック・クロンヴァールの方針だからというわけではない。
別の兵士に強要されたわけでもなければ邪魔だと思っているわけでもない。
まずは一対一で向かい合う。
それが王都を出た時から決めていたことだったからだ。
周囲は枯れた木々が僅かに見えるだけの荒野に囲まれている。
敵部隊の待ち伏せの線はなさそうではあるが、果たしてどんな相手が出てくるか。
セミリアは慎重に思考を巡らせながら町へと近付いていく。
団長であり悪名高き狂戦士エリオット・クリストフか、もしくはそのクリストフと同格とまで言われる二番三番五番隊の隊長の誰かだろうか。
例え誰が出て来ても、都市内部で助けを待つ民のために負けるわけにもいかない。
しかし出来れば話の通じる相手であって欲しいと、セミリアは考えている。
分かり合うとまではいかなくとも戦争によって双方に無駄な血が流れることを嘆き、傷付け合うことで犠牲になる者を想う気持ちがある誰かと出会えたならば、それらを減らすために出来ることがあるかもしれない。
この国で連鎖し続ける無益な争いを止められる可能性が微かにでもあるならば、それはきっと自分とコウヘイであるはず。
戦いを前にしてもセミリアのその気持ちが変わることはなかった。
「…………」
都市内部へと繋がる大きな門まですぐという所まで来た辺り、セミリアは何らかの魔法が発動したことを感じ足を止めた。
同時に何者かの気配が強くなっていく。
やがてセミリアの前に立ちはだかる様に現れた敵の姿はセミリアにとってあるはずのない、見覚えのある格好をした男だった。
一度逃げられた経験こそあれど、次の戦いで確かにその手で仕留めたはず。
その認識と現実との違いに頭が追い付かず、セミリアは絶句する他に反応のしようがなかった。
「なぜ貴様がこの場に現れる……なぜ、貴様が生きている!」
戸惑いながらもセミリアは一部の隙も見せずに背中から大剣を抜いた。
目の前に立つ、四肢から胴体に頭部までをも真っ黒な甲冑で覆っている騎士の様な格好をした魔王軍の戦士にその切っ先を向ける。
武器を持たず、丸腰のままの男は飄々と言葉を返した。
「久しいじゃねえか聖剣。逆に聞くが、なぜ俺が生きていねえ可能性があると思ったンだ? まさかとは思うが、俺を殺した気にでもなってたンじゃねえだろうなぁ?」
「あの時、確かに仕留めたはずだ……だからこそ私達はシェルムとの戦いに臨めたのだ。その貴様がなぜこんな所に居る、エスクロ」
事実を述べれば、外見だけで同一人物であるかを断定することは出来ていない。
その風貌のせいで中身が一切把握出来ない男の姿がそれをさせないからだ。
しかし、声だけでなくその軽薄な口調や振る舞いが間違いなく過去に雌雄を決したはずの魔王軍幹部エスクロであることをセミリアに確信させた。
仲間の助けを借りながらも、間違いなくその手で倒したはずの漆黒の魔剣士と呼ばれる男であると。
「クックック、相変わらず理解力のねえ奴だなぁオイ。あの時テメエが倒した気になってたのはただのダミーだ。あんなのは予定調和なンだよ。シェルムがあの国を堕とそうがテメエがシェルムを倒そうが俺にも俺達にも何の関係もねえ。言っただろう? 生き残りを懸けたバトルロイヤルが始まるってよぉ。今まさにそれが始まろうとしてンだぜ? チマチマ小競り合いをして戦力を削りあったところでキリがねえンだ。面倒くせえ下準備に奔走したのもクソみてえな役割を受け入れてきたのも全てはこの祭りのためだ、せめて派手に盛り上がってもらわねえと割にも合わねえ。そう思わねえかオイ? 力を持つ者にこそ全てを奪う権利があるならば、その特権を持つべきは他でもねえこの俺だ。間もなく始まるこの世の破滅を懸けた戦いの前に、前哨戦がてらチョイと遊んでやろうと思って来てやったんだぜ?」
セミリアの反応など気にも留めず、一方的に捲し立てる様に言うとエスクロは右手に武器を出現させた。
銀色の装飾が派手に光る黒く長い三つ叉の槍だった。
先の戦いでは黒い剣を扱っていたはず。
ゆえにその姿を含めて漆黒の魔剣士という異名を持っているのだと認識していたセミリアは目を疑った。
「槍……だと? 貴様、槍使いだったのか」
「どいつもコイツも似た様な反応をするもンだなオイ。槍だろうが剣だろうが大した問題じゃねンだよ。ただ一つ言えるのは、今ここにいる俺はダミーじゃねえってことだけだ。実力やセンスは上々、スピードはピカイチ。流石は現代の勇者だと評してやりてえところだが……真の強者と肩を並べるにはまだ青い。すばしっこいだけじゃワンランク上の戦いに加わることなンざ出来やしねえってことを俺が教えてやるとしようじゃねえか」
「フン、相変わらず上からの物言いが好きな奴だ。貴様のその口振りを聞いてようやく私も思い出した。いつまで経っても下らぬ企みばかりしているようだな。人々の平和を身勝手に脅かしておいて何が祭りだ。貴様等魔王軍の野望を阻止すべく、今一度貴様を葬り去ってくれる」
「言っておくが、負け役じゃねえ俺は強いぜぇ? 精々楽しませてもらおうか……狩りの時間を」
エスクロの言葉を最後に会話は途切れ、二人は武器を構えて向かい合う。
銀髪の女勇者セミリア・クルイードの真剣な眼差しと全身黒ずくめの剣士エスクロの甲冑の奥に潜む隠れた視線がぶつかり合った。
僅かな間を挟んで先に仕掛けたのはセミリアだ。
素早い身のこなしで一気に間合いを詰めると、目にも止まらぬスピードで連続攻撃を放つ。
辛うじてその無数の攻撃を防いでいるエスクロは一見すると防戦一方と言ってもいい状態となっていた。
剣術やスピードにおいてエスクロはセミリアに遠く及ばないことは紛れもない事実。
その常人を超える反射神経や身体能力によって攻撃を防ぐことが出来ているだけに他ならない。
しかしそれでも、繰り返し金属音が響くだけでエスクロにまともなダメージを与えることが出来ず、全身を覆う甲冑がそれを可能にさせる手段を限定させていることに気付いたセミリアは一旦距離を置く。
一方で神速と呼ばれるセミリアの四方八方からの何十という攻撃の全てを凌ぎきったエスクロは余裕ぶった口調を崩さず、両手を広げて高らかに吼えた。
「その大振りの剣でこれだけの動きと精度とは、随分と腕を上げたじゃねえか聖剣よぉ! 剣術一つならあのラブロック・クロンヴァールをも上回っていると評価してやるぜ?」
「柄にもない世辞など口にするな、貴様の振るまいと合わさると一層不愉快だ」
セミリアは鋭い目付きを維持したまま、エスクロを睨み付けた。
槍が三つ叉であることでどうにか防御していると分析出来なくもないが、明らかに攻撃してくる気配がない。
小手調べのつもりか、何か他に狙いがあるのか。
確かに武器の扱いやスピードでは遙かに優位に立っている状況ではあるが、結局は凌ぎきられたことも事実。
長期戦に持ち込んだところで体力の削り合いになってしまうのであればむしろこちらが不利と言えるか……。
「…………」
セミリアは冷静に戦況を分析する。
まず間違いなくただの槍ではないであろうことを考えても、先に挙げた優勢といえる点など考慮するに値しないレベルのものだと経験則が告げていた。
しかしそれでも確実にダメージを与え、それを積み重ねてエスクロを消耗させていくことで勝機を見出す。
仮に同等のダメージを負ったとしても後方に控えている三百の兵士達がいる。
彼等が畳み掛けることで追い払えるだけの消耗を与えさえすれば都市内部の民は助かるのだ。
連合軍にとってのそれはすなわち都市奪還作戦の成功といえる成果であり、その結果を軽んじてまで帝国騎士団の戦士でもないこの男を倒すことだけに固執するわけにはいかない。
それがセミリアの答えだった。
王を拉致するというかつての非道を思うと確実に仕留めておかなければならない敵だとは思っていても、今ばかりはそれに拘るべきではない。
確実に占拠された都市を奪還し、民を救う。
それが今この場で何よりも優先されるべきことなのだ。
「…………」
自然と剣を握る両手に力が増す。
敢えて注目していなくともその変化を感じ取れるだけの実力者であるエスクロはその僅かな力みが再び戦闘態勢に入ったことを意味しているのだと理解した。
「作戦は決まったか、ああ? 見ての通り俺は無傷だ、今のままじゃ戦況は芳しくねえよなぁ。前の時みたく相打ち覚悟で突っ込んでみるか? それも芸がねえ話だ。何より、今回は俺も黙っててめえの逆転劇に付き合ってやる配役じゃねえンだ。たまにはこっちからいかせてもらうぜ」
エスクロは槍を天に向かって突き上げた。
刹那。
その槍の先から黒いモヤモヤとした気体の様な何かが湧き出てくる様に現れ、煙の様な、霧の様なその何かは三本の穂に巻き付く様に槍の先端を覆っていく。
「黒いオーラ……いや、煙か?」
正体不明の黒い霧にセミリアは警戒心を露わにする。
どれだけ仮定と憶測を重ねてみても、正しいと思える答えが見つかることはなかった。
「煙じゃあねえ、こいつは炎だ」
「炎……」
「炎は炎でも、地獄の炎だがなぁ。それがこの黒炎聖槍……俺の最強の門の能力だ!」
エスクロは勢いよく、振り下ろす様に真上に向けていた穂の先をセミリアに向けた。
その瞬間、槍を覆っていた黒炎が四本に枝分かれしセミリアに襲い掛かっていく。
鞭の様にするどく伸びる四本の黒炎。
まさに火を見るよりも明らかであるその異様さに、セミリアは咄嗟に右方へ飛び退きそれらを躱した。
しかし、まるで意志を持っているかの様に触手と化した黒炎の群れは対象を追うべく向きを変え動き回るセミリアを追跡する。
触れることは極力避けるべきだ。
その直感の下、細かく素早い動きでそれらを躱すセミリアだったが、ただでさえ四本の同時攻撃を受けている上に別々の動きとこのスピードではエスクロ本体を攻撃することが出来ない。
ひたすら回避を続ける中で視界に映るエスクロはまるで必死になっている敵をあざ笑うかの様に高みの見物に興じている。
その姿がセミリアの行動を現状の打破という方向へと誘った。
極限状態の集中力が何度目になるかという体の切り返しの中で一瞬の活路を見逃させず、左右から二本ずつ伸びてくる炎の触手の隙間を一段階スピードを上げて切り抜けるとセミリアはそのままエスクロに突進した。
背後からは間違いなく四本全てが襲ってきているだろう。
ならば攻撃を受ける前にエスクロを叩く。
その思考に沿って最高潮のスピードのまま突きの構えを取る。
しかし、それはエスクロにとっては想定内の対応でしかなかった。
「がっかりさせンじゃねえぜ聖剣よぉ! その程度の能力じゃ生き残ることは出来ねえぜオイ」
猛り狂う様に叫び、エスクロは突進してくるセミリアに再び槍を向ける。
その槍からは一度目と同じく、四本の炎の触手が生み出されまたしても正面からセミリアに向かって伸びた。
「っ!?」
一瞬にしてセミリアの足が止まる。
前から四本、後ろから四本。
それらを同時に躱して攻撃を仕掛けることは不可能に近い。
前後から迫る合計八本の触手が、ではどうするかということを考える時間すら与えずセミリアは咄嗟に地面を蹴り真上に飛び上がる。
もはや上にしか逃げ場がないと瞬時に判断した結果の行動だった。
「くっ……」
それでもセミリアに一切の余裕はなく、その苦々しく表情が歪んだ。
高く飛び上がったことで辛うじて全ての触手を躱すことに成功したものの、やはり全ての触手は自分に向かって来る。
眼下からは空中で自由に身動きが取れない自分へと向かって八本になった触手が迫り来ており、こうなってしまえば躱す術はない。
ならばと。
セミリアは空中で剣を構える。
「第二の奥義……嵐華連斬」
躱せぬのならば、払いのけるまで。
例えただの炎ではないとしても、直接触れなければ活路は見出せるはず。
絶体絶命といえる状況の中でセミリアが出した答えは退かないことだった。
神速。
それは身のこなしや攻撃速度において右に出る者は居ないと言われているがゆえの異名であるが、早さという特性においてそれらとはまた違った性質を持つセミリア・クルイードの奥義がエスクロの炎を捉える。
細かな斬撃を超人的なスピードで連続して繰り出すことにより複数の敵、または攻撃を同時に払い除ける。それが嵐華連斬と名付けた技の効果だ。
その狙い通り、ただの連続攻撃の域を遙かに凌駕する、剣術の極みと生まれ持ったセンスが可能にさせた無数の斬撃が八本の黒炎の筋を霧散させた。
着地したセミリアを襲おうとするものは既に消えて無くなり、目の前にエスクロが立つのみとなる。
しかしそれでもエスクロは余裕綽々とした態度を絶やさなかった。
口調と振る舞いがそう思わせるという以外の判断材料が無いその風貌が余計な精神的な重圧を感じさせている部分が大きいはず。ならば必要以上に警戒し後手を踏み続けることが逆に相手を助けているのではないか。
セミリアはそう考えたが、だからといって決めつけて掛かるわけにもいかず。何かを企んでいるのか、奥の手を隠しているのか、それとも余裕がある振りをしているのか。
その答えも己の次なる行動も、どうにも判断しかねていた。
「クックック、まさかあれを凌ぐとは……面白れえ。ただの超スピードってわけじゃあねえな。人間離れした柔軟さ、技術が必要とくりゃ誰にでも出来る技じゃねえ」
だが、と。
左手で顔を押さえてエスクロは続ける。
軽薄な口調は影を潜め、真剣味のある低い声だった。
「所詮は一芸の使い回し、それじゃ俺は殺せねえよ。馬鹿は痛い目みねえと分からねえとはよく言ったもンだな。余興は終わりだ、このまま退場されても意味がねえ。約束通り、俺が教えてやるとしよう」
「戯言を吐くな。貴様の様な下衆が私に何を教えるつもりでいるというのだ」
「現実と……敗北の味だ」
言葉が終わる瞬間、エスクロは地面を蹴った。
構えるセミリアに突進するエスクロという先程とは真逆の態勢が展開される。
セミリアには僅かに劣るものの、全身に甲冑を纏っているとは思えぬ速度で瞬く間に二人の距離は詰まっていく。
防ぎ、躱して攻撃の隙を窺っていては同じ事を繰り返すばかり。先の攻防で出した結論そのままにセミリアはその場から動かず、突きの構えを取った。
「牙竜……翔撃!」
放たれた鋭い突きが一閃する。
斬撃が剣先から放たれる衝撃波へと形を変え、威力と攻撃範囲を増しながら正面からエスクロを飲み込んだ。
確実に直撃した。ならば無傷で居られるはずのない威力を持つ攻撃だ。
その認識に従いセミリアは追撃すべく、自身も剣を構え前方へと突進する。
しかし、巨大な槍状と化した衝撃波の中心を割る様にして現れた黒い姿は攻撃を繰り出す前と変わらず槍を向けたまま真っ直ぐに突っ込んできていた。
セミリアにとっては予想外の光景。
自身に突進してくる敵に己も突進してしまったことや衝撃波の直撃によって一瞬視界から消えていたことが仇となり、エスクロの鋭い突きへの反応が遅れる。
咄嗟に剣で防ごうとしたものの三つ叉の槍の鎌に弾かれるだけに終わり、そのまま中心の長い穂が胸部を守る鉄製の鎧ごとセミリアの肩を貫通した。
「ぐっ……」
セミリアの顔が苦痛に歪む。
エスクロの槍が微かに纏う黒炎が刺された肩のみならず全身に激痛を与えていた。
利き腕であったことで持っていた剣がその手を離れ、大きな音を立てて地面を弾む。
「だから言ったろ聖剣よぉ、ただ素早いだけで生き残れる程甘かねえンだ。今のお前にゃ負ける気がしねえ。だが、まだ死ぬンじゃねえぜ? 祭りはまだ始まってもいねえンだ。理解してるかオイ! 生き残りを懸けたバトルロイヤルがもう少しで始まるってことをよ!」
そんなエスクロの興奮混じりの言葉は既にセミリアの耳には届いていなかった。
震える左腕でどうにか刺さったままの槍を掴もうとするが、その手が触れる前にエスクロは乱暴に槍を抜き去ってしまう。
「ぐあぁっ……」
激痛が増した右肩からおびただしい流血が地面へと伝っていく。
それでもセミリアは負けを認めてなるものかと。膝を突きながらも、動かない右手の代わりに左手で剣を拾おうとした。
そんな姿を見下ろしていたエスクロは弱々しくも敵意、戦意を失わんとするセミリアをただ鼻で笑い、その銀髪を鷲掴みにしたかと思うと腹部に膝を叩き込んだ。
為す術の無いセミリアに膝蹴りがまともに突き刺さる。
「がはっ……」
力の入らない腹部への一撃によりセミリアは完全に意識を失い、そのまま俯せに倒れてしまった。
やれやれと、一つ息を吐いてエスクロは槍を消し去り、背を向ける。
「あっちもこっちも化け物揃いの祭りなンだ、お前やラブロック・クロンヴァールに千術導師、雷鳴一閃には頑張ってもらわねえと世界があっさり終わっちまうぜ? 勝ち抜き戦の一発目を準備することが俺の最後の仕事だからよぉ、この世が地獄に変わるかどうかの瀬戸際で人間にあっさり負けられちゃ俺の苦労も水の泡ってもんなンだ。全てを葬り去るのは俺じゃねえとツマらねえ。全部終わった時には纏めて相手をしてやるからよぉ、精々生き延びて……その時が来たら改めて俺に殺されに来い」
聞こえているはずのない勇者に最後にそう言い残して、エスクロは根城に帰るべく姿を消した。