【第十三章 その③】 都市奪還七番勝負 凡人vs狂人
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~another point of view~
勝てるわけもなければ生きて返ることすら出来る気がしない。
震える足でどうにか直立を保ちながら目の前に立つ男を見て絶望するコルト・ワンダーの頭にはどうしてもそんな考えしか浮かばなかった。
すぐ目の前にはセコという町がある。
工業が盛んな町であり、主要都市の一つに数えられている大きな町だ。
帝国騎士団に占拠されている町を取り戻すべく部隊を率いる立場を与えられたはずが、どういうわけかたった一人でこの場に送り込まれた。
前戦に赴いた経験を数えるほどしか持たず、ましてや一対一での戦闘経験など皆無に等しいワンダーはそれだけで怖くて仕方がなかった。
「基本方針はあんな風になってしまったけれど、臨機応変に指示を出して出来るだけ確実な方法を取りなさい。部隊長はあなたなんだから、あなたがしっかりしないと兵士達が危険な目に遭うということを忘れては駄目よコルト」
出発前、総隊長であるエレナール・キアラはそう言ってくれたというのに今この場で敵と向かい合っているのはワンダーただ一人。
出来るだけ大勢で協力して敵と相対しなければ勝機はない。そう思って城を出たはずなのに、なぜそうなってしまったのだろう。
ワンダーは何度も何度も自問する。
理由は一つ。ヘロルド・ノーマンの部下が数人、同じ部隊にいたからだ。
それがクロンヴァール王が全軍に下した決定であること、ノーマン副隊長から部隊長としての任を全うさせるようにと命令を受けていること、それらを理由に彼等はワンダーに単独で戦いに挑ませたのだった。
そんな中、話には聞いていたものの結界の存在になど全く気付かず町へと近付いたワンダーの前に現れたのは髭面のいかにも怪力無双な風貌をした中年の男。
自分の倍はあろうかという肩幅があり、背中にはやけに柄の長いハンマーが見えている。
男が名乗ったわけでもなければ直接会ったことがあるわけでもないが、ワンダーはその外見から男が誰であるのかはすぐに理解した。
ゲルトラウトという名の帝国騎士団五番隊隊長を務める男だ。
【我道戦景】の異名を持つ戦好きで知られる豪傑であり、ワンダーが所属する王国護衛団との交戦は数知れない。
命の奪い合いをしている最中であるにも関わらず攻撃しようと攻撃されようと、それはもう楽しそうに笑いながら武器を振るうという話は知れ渡っており兵士達の間では随分と恐れられている。
それがワンダーの持っている情報の全てだった。
「おい童、いつまで震えちょるんか。わりゃ誰じゃ?」
対して、見られているだけで動くこともままならないワンダーに業を煮やしたゲルトラウトはギロリと睨み付ける。
デバイン・ゲルトラウトはいつしか付けられた異名の通り、無類の戦好きだ。
部下や他の隊長副隊長を含め、帝国騎士団の中では『三度の飯より喧嘩好き』とまで言われている。
考えるよりも先に体が動く性格の持ち主であり、多くの団員と同じく今は無き祖国や先祖を思う気持ちは秘めているものの歴史や血統といった難しい話はいまいち理解しておらず、それが例えるならユリウス三番隊隊長やアリフレート副隊長の様にそれらに無関心に見えるのかレイヴァース二番隊隊長にはよく自覚を持てと罵られてもいた。
そんなゲルトラウトにとって、目の前に立つあどけなさの残る小柄で見るからにひ弱な少年が自分を楽しませてくれる程の相手だとはどうしても思えない。
それが逆に、本当に見たままの実力であれば単独で乗り込んでくるはずがないという期待を抱かせもしたのだが……。
「ぼぼぼくは王国護衛団魔法部隊隊長コルト・ワンダー……です」
怯えた表情と上擦った声で名乗る目の前の少年に、それは淡い期待だったのではないかとすぐに考えを改めるのだった。
「ほう、そんなナリして隊長ちゅうんかい。その名に恥じぬ実力の持ち主なんじゃろうのう」
ゲルトラウトに睨まれたワンダーは小さく悲鳴を上げて、慌てて腰から魔法の杖を抜いた。
実際には睨んだわけではなく天然で厳つい顔であるがゆえに勝手にワンダーがそう判断しただけのことでしかなかったが、それでも十分過ぎる程に恐怖を覚えてしまっているワンダーは抜いた杖を構えることも出来ず、落としてしまわないように胸の前で握りしめているのが精一杯だった。
怖い。
逃げたい。
死にたくない。
ワンダーの頭はそんな思考で埋め尽くされていく。
キアラ隊長に助けを求めるか。
それとも目標とする人物であり師匠でもあるコウヘイ殿に助言を求めるか。
戦うという選択肢など微塵もなく、そんなことばかり考えていた。
そしてそんな選択肢の中から答えを探す間もなく、杖を取り出したゲルトラウトもハンマーを手に取った。
柄の長い、両側で打撃攻撃が可能な平らなヘッドを二つ持っている見るからに人を殺傷するためだけに作られた様なデザインの武器だ。
「こいつはクラック・ハンマーちゅうワシの相棒じゃ。中々面白い武器じゃけえ精々気を付けえよ。男同士の一騎打ちじゃ、楽しませてくれや」
ニヤリと笑って、ゲルトラウトは手に持ったハンマーを片手で振り上げるとそのまま地面に叩き付ける。
刹那、ワンダーの目の前の地面が爆発でも起きたかのように轟音と共にはじけ飛んだ。
打撃だけではなく、打ち付ける力の強さに比例した衝撃波を離れた位置へ繰り出すという特殊な攻撃が出来るのがクラック・ハンマーと名付けたゲルトラウトの武器の能力である。
これはゲルトラウトにとってはただの挨拶代わりの一発。
しかし、直撃していないにも関わらずコルトは吹き飛ばされるように後ろに倒れ込み、そのまま気を失っていた。
「おい……童。何しちょるんじゃ、わりゃ」
「…………」
別の意味で唖然とするゲルトラウトの声にも、目を回したまま唸っているだけで動かないワンダーは一切の反応を見せない。
ゲルトラウトは一気に高ぶっていた気が冷めていくのを感じる。
未だかつてここまでつまらない喧嘩はしたことがない。
勝った負けたも、敵味方さえもどうでもいいと思える程に白けてしまったゲルトラウトはガシガシと乱暴に頭を掻き、どこか悟った様な諦める様な大きな溜息を吐いた。
「なんじゃつまらん、所詮は腰抜け腑抜けの集まりちゅうことかい。わしゃ下らん勝利なら楽しい負けの方がよっぽど本望ぞ。次に来る時はもっと偉い奴連れて来んと全部纏めて潰しちゃるちゅうて帰って伝えい」
そのままハンマーを背に戻し、ゲルトラウトは背を向ける。
砦に戻ったら若い衆を鍛え直してやるとしよう。
持て余した気力体力の使い道として、そんなことを考えながら一度も振り返ることなくその場を立ち去った。




