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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】
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【第五章】 田舎町エルシーナとブロッコリー星人

※10/6 誤字修正や改行処理を第一話まとめて実行

 10/12 台詞部分以外の「」を『』に変更



 ノスルクさんの小屋を出発し森を出た僕達は人気も無ければ建物や道路も外灯すらも全く無い荒野の様な道をしばらく歩いていた。

 どこを見渡しても外国の映画でしか見たことのないような人工物の欠片も無い大地がどこまでも続いていて、0.000000001%ぐらいは残っていたかもしれない『ここが日本のどこかである可能性』がいよいよ綺麗さっぱりなくなった気にさせられ改めて気分が重くなっていく。

 家を出た時間を考えるともう日が暮れていてもおかしくない時間であるにも関わらず、普段見るよりも数段大きな太陽が僕たちを照らしていてまだまだ日の光だけで十分に遠くの景色まで認識出来る状態だ。

 こっちの世界に来た時から携帯電話は電源が落ちたまま動かなくなってしまっているせいで正確な時間は分からないが、異世界といえど少なからず時差みたいなものがあるのだろうか。

 そんな非現実感に溢れる茜色の日差しの下を並んで歩く僕たち五人は端から見れば勇者一行か、それとも先に言われた旅芸人か。

「なあ勇者たんよー、あとどのぐらいで着くんだ? ここに来た時みたいにワープした方が早いんじゃね?」

 見るからに体育会系とは程遠い細い体躯の高瀬さんはややげんなりした顔で空を見上げる。

 春乃さんは頑なにおっさんと呼ぶが実際には二十代半ばかもう少し上かといった年齢で、それすなわちこの中では一番年上なのによくもまあ率先して不平不満を口に出来るものだ。

 良く言えば自分に正直なタイプで、ただ天然で空気が読めていないだけの本人に悪気がないパターンっぽいのが難点でもあり、こちらとしても本気で腹を立てる気がどうにも沸かないのだから不思議な人種である。 

「それが出来れば一番良いのだが、生憎とエレマージリングを切らしていてな。それも町で調達しておかねばならない。だがもう七分程度までは来ている、すぐに目的の町が見えてくるからしばし辛抱してくれ」

「ていうかまだ十分ぐらいしか経ってないじゃない、これだからおっさんは。それにしてもこれだけ広大な土地に家どころか道路も無いって不思議よね」

「フン、そもそも車が存在していないのに道路なんてもんあるわけないだろう。無知な小娘め」

 春乃さんの辛辣な言葉のせいか、高瀬さんは仏頂面だ。

 まさに水と油、すかさず春野さんの反論が飛ぶ。

「何で車が存在しないなんてあんたに分かんのよ」

「そりゃお前RPGの世界に車が走ってたら嫌すぎるだろう」

「出た、ゲーム脳」

「恐れ入れ。あらゆる世界に順応出来る男、その名も俺」

「世界の前に社会に順応しなさいよニート」

「ほっとけ!」

 とまあ相変わらず賑やかな二人はさておき。

 隣を歩くみのりはというと、こっちはこっちで本当に状況が分かっているのだろうかと言いたくなる様な日頃と同じほんわかとした雰囲気を醸し出している。

 強かというべきなのか、単に無邪気なのかマイペースなのか。 

「ねえ康ちゃん」

 ちらりと横目で見ていたことに気付いたらしく、不意にこちらを見たみのりは目が合うなり僕の顔を覗き込んだ。

 やっぱり当初のおどおどした様子は見る影もない。

「どうしたの?」

「なんだかこうしてると旅行にでも来た気分にならない?」

「暢気なこと言ってるけど、危ない目に遭うって話してたのちゃんと聞いてた?」

「大丈夫だよ。康ちゃんはわたしが守ってあげるから」

「そういうことが言いたいんじゃないから、僕だけがビビってるみたいに言わないでくれるかな。そんなの凄く情けないじゃないか」

「へ? どうして?」

 どうにも言いたいことは伝わらず、みのりはきょとんとした表情で首を傾げている。

 ちなみにみのりは空手の腕は初段だ。反論しておいてなんだけど、純粋な戦闘力でいえば僕より普通に強い。

「女の子に守られるっていうのは世間一般では情けない男なんだよ」

「でも康ちゃんは戦ったり出来ないでしょ?」

「そりゃそうかもしれないけど……みのりだって試合以外で人なんて殴ったこともないじゃないか」

「殴らないに越したことはないもん」

「いや、だから……」

 いまいち話が噛み合っていない気しかしない。

 これでも僕と同じで定期テストでは常に上位二十番以内に入っているんだから不思議だね。

「もうなんでもいいけど、危ないことはしないでよ」

 普段は抜けてるくせに変なところで読経だとか信念を拠り所にして頑固さを発揮するのがみのりたる所以である。

 みのり相手に理屈を説いて何かを分かって貰おうと思った僕が間違っていた。

 そんな僕の思いを知ってか知らずか、みのりは、

「大丈夫っ」

 と、元気良く答えるのだった。

 ほんと……いつも返事だけはいいんだから。


          ○


 そんなこんなで引き続き街を目指して歩くこと五分か十分か。

 どこまでも変わらない景色にいい加減セミリアさん以外の四人が不安を感じ始めた頃、ようやく目的地だと思われる町が姿を現した。

 我先にとリアクションを声に出して表現したのは高瀬さんだ。

「やっと見えたぜ~」

 達成感たっぷりに両手を上げる気持ちは分からなくもない。

 春野さんも今ばかりはある種の感動で条件反射である辛辣な言葉を忘れている。

「おー! なんかすごーい」

「外国みたいですねー」

 それぞれが異国ならぬ異世界の文化に目を輝かせている間にも件の町は目と鼻の先まで迫っている。

 そこにあったのは石造りや木造の大小様々な建物が並ぶ、事前に田舎町だと聞いていた通り家屋よりも田畑が占める割合の方が高いのが一目で分かる町並みだった。

 そして外国の市場の様に台の上に商品が積まれているだけの店の列には見たこともない野菜や果物、魚などが並んでいる。

 その少し向こうに見える刀や盾などの武具が並んでいる店に、やっぱりただの外国というわけではないなんだなぁ……と思ってしまう自分がいた。

「おおお、武器屋があるぞ武器屋が!」

「あ、あの服欲しい! 見に行こうよ」

 視線をあちこちに走らせ、予想通り二人のテンションが一気に上がる。

 みのりも見慣れぬ食材に目を輝かせているあたり、さすがは調理師見習いだ。

「ねえねえ康ちゃん、あれなんていう果物なのかな?」

「んー、メロンみたいな形だけど色とか全然違うし……見に行ってみる?」

「みんな少し落ち着いてくれ。観光は後だ、まずは宿屋に部屋を取ろう。その後なら買い物だろうが明日に備えて休息を取ろうが自由にしてくれて構わない」

「オッケー。じゃあ部屋取ったら三人で服みに行こっ。あたし外国の服とか結構好きなんだ。みのりんもいいよね?」

「はいっ。わたしも服見るの好きなので是非」

 足を宿屋の方向へ向けながらファッションの話で盛り上がる女性陣。

 一方で高瀬さんはというと、

「よし、じゃあ康平たんは俺と武器、珍品探しだな」

「え? 僕は出来れば休みたいんですけど……」

「心配するな康平たん。俺はただ転売して儲けたいだけだから」

「…………」

 はっはっは、と高笑いしながら肩を組んでくる高瀬さんと色々と言いたいことがありすぎて逆に咄嗟の言葉が出てこない僕。

 一体僕が何を心配していると勘違いしていて、結果それが何のフォローになっているのか全く分からないんですけど。

 別に町を歩くぐらいなら構わないけどさ。

 とまあ誰も彼もが急激に日本人観光客と化している感が否めないものの進む先にあるのはセミリアさんが宿屋と呼ぶ建物だ。

 僕達では勝手が分からないのでセミリアさんに受付を任せて少し離れた位置で待っていることにしたのだけど、ふと思い出したことが一つ。

「そういえば、皆さん大丈夫なんですか?」

「へ? 何が?」

「今って親とかに連絡が取れないじゃないですか。一応外泊することになっていますし心配とかしないですかね」

 まさか日を跨ぐとは思っていなかっただけにこりゃ帰ったらお小言を頂戴すること必至だ。

 そもそも今日ここで一泊するとして、話の流れからを考えると明日には帰れるとも思えないんだけど。

「あたしは一人暮らしだし全然平気だけど?」

「俺も問題ないぞ」

「みのりは? 言ってきたの?」

「言ってないけど、康ちゃんと一緒だから大丈夫だと思うよ。事後報告でも」

 なるほど、つまり僕だけ後で怒られるわけか。それも二人分。

「あ、セミリアー部屋取れた?」

 少しばかり違った憂鬱が生まれている間にセミリアさんが戻ってきた。

 しかし、その顔はやや神妙に見える。

「それが、少し問題があってな。情けないが少し協力を願えないだろうか」

「問題って、何かあったんですか?」

「なに今さら水くさいこと言ってんの。何でも言ってよ」

「連れて来ておいてこんなことを言うのは申し訳ない限りなのだが……いつもは一人旅であるせいで多くの金銭を持ち歩いていなくてな。持ち合わせがほとんど無いことを忘れていたのだ。こればかりは私の落ち度だ。すまぬ」

 誰も気を悪くしたりはしないのにセミリアさんは心底申し訳なさそうに頭を下げた。

 すかさずみのりがフォローを入れる。

「そんな、謝らなくても大丈夫ですよ~。自分の分は自分で出しますから」

「そうですよ。あんまり高額だとちょっと出せないかもしれないですけど、一人どのぐらいなんです?」

「ここは王都には近いものの辺境にある田舎町ゆえに比較的安価ではあるのだ。一人25リキューというところだろう」

「「「……リキュー?」」」

 全員が声を揃え、同時に首を傾げた。

「何リキューって。この国のお金の単位? それ日本円にしていくらなのよ」

「ニホンエンとはなんだ?」

「僕達の国の通貨単位です。両替とかって……出来ないですよね。どうしましょう」

「とりあえず銀行とかに言って聞いてみればいいんじゃないかな?」

「しかしみのりたんよ、そもそも銀行があるとは思えんぞ? この町に限らず」

「そ、それはそうかもですけど……」

「取り敢えず話てても埒あかないし、あたしちょっと聞いてくる」

 何とも頼もしい台詞を残し、春乃さんは受付にいる小太りのおばさんの元へ向かって行く。

 遠目に見守る僕達の前で言葉を交わしているがやはり交渉になるはずもなく、最後は食い下がる春乃さんがおばさんに追い返される様に戻って来ていた。

「やっぱ駄目ね。あのおばさんケチなんだから」

「無理もないですよ。外国のお金で払わせてくれ、なんて」

「そりゃそうかもしんないけどさ、だったらどうすんのよ。あたし野宿なんて嫌よ?」

「他に寝泊まり出来るところとかってないんですか?」

 そう言ったのはみのりだ。

 一見もっともな指摘にも思えたが、日本円が使えない時点で何軒あろうが何の解決にもなってないよねそれ。

「残念だがこの町にはここしか無い」

「大体昔から気に入らなかったんだよ。なんで世界を救わんとする勇者一行が寝泊まりや道具の調達に金を払わねばならんのかと」

「ゲームの話はいいから代案を考えてよね。このままじゃほんとに野宿なんだから」

「ま、こういう場合は魔物を倒して金を稼ぐか持ち物を売って工面するのが普通だな。そうだろ、勇者たん」

「カンタダの言う通りだ。だが後者は難しいかもしれん、私は先の敗戦で装備以外の持ち物を失っている。そもそも回復薬(ポーション)や帰還用のアイテムしか持ち歩かないので金策には向かないのだが……」

 セミリアさんは神妙な面持ちで俯いた。

 当初に聞いた敗戦の記憶が蘇ったのか悔しげで、ふがいなさと申し訳なさが混じった様な表情だ。

「誰もセミリアを責めてないんだからそんな顔しないの。かといって……売る物ねえ、あ、そうだ! おっさんのその変な人形売れば? 二束三文ぐらいにはなるんじゃない?」

「アホ言え! 自分の嫁を売り飛ばす奴がどこにいるか! それならお前が売り飛ばされろ。二束三文にもならんだろうがな」

「それどういう意味よ! 第一人身売買なんて許されるわけないでしょ! 頭おかしいんじゃないの!?」

「お前が先に言い出したんだろうが!」

「あんたのはそれ人じゃないでしょーが!」

 またギャーギャーと口論を始める二人の仲裁はみのりに任せて僕はセミリアさんと真剣な話をするとしよう。

 といってもなければどうにかして手に入れるしかないのだけど。

「本当にどうしましょうか」

「うーむ、こうなった以上カンタダの言うように魔物を狩って間に合わせるしかないだろうな」

「魔物……ですか。やっぱりいるんですね、そういうのも」

「心配するなコウヘイ、この辺りにいるのはレベルの低い魔物ばかりだ。それにお主等の身は私が守る、何があってもだ」

「それは、まあ……」

 立て続けに女の子から守る宣言をされた僕はなんとも言葉に困る。

 あまり男らしさなど意識したことは無かったが、それでも男として情けないような、そんなに弱そうに見えるのかと思うと悲しいような、そんな心情だ。

「みんな、聞いてくれ」

 場所は変わらず宿屋の真ん前。

 セミリアさんの大きな声によって間に入ったみのりがなんの意味も成さずに今にも取っ組み合いを始めるのではないかという勢いの二人もこちらを向いた。

「これ以上考えても埒があかないだろう、そうなると金策はもはや一つしかない。というわけで魔物を狩って間に合わせることにしようと思う。日が暮れると何かと危険だ、付いて来てくれ」

「いいねえ、それでこそ来た甲斐があったってもんだ。小娘、勝負はお預けだ」

「一生一人でやってて。でも、やっと冒険っぽくなってきたじゃん」

 口論を止めた二人は物怖じする様子もなく、むしろちょっとわくわくしている風でさえある。

 何故この結論で楽しそうに出来るのやら。

 二人して前向きで楽観的なのか、はたまた危機感や想像力が乏しいのか。なんていちいち考えてしまう僕が融通が利かなさ過ぎるのか。

 もうどんどん分からなくなってくるな。

「では行くとしよう」

 僕の葛藤など知る由もなく、セミリアさんは来た道とは違う方向を目指して歩き出してしまった。

 この常に先頭を切って歩き出す姿勢は勇者気質というものだろうか。

 なんて一周回って変に冷静さを取り戻しつつある頭でそんなことを考えながら町を離れるべく僕達もそれに続いた。

 そんなわけでまた並んで歩き町を離れていくことしばらく。来た時と同じく荒野が広がる大地の半ばで春乃さんがもっともな疑問を口にする。

「ねえねえ、そもそも魔物ってどこにいるわけ? 来た時には全くいなかったけど」

「あの森やエルシーナの周辺はノスルクの結界によって魔物はほとんどいないのだ。少し先にある水辺に生息しているぐらいだろう」

「……魔物」

「そう不安そうにするなミノリ。さして戦闘力もない下級モンスターだ。それに先程コウヘイにも言ったがお主等のことは何があっても私が守る。だから安心してくれ」

「セミリアさん」

 何とも男前な台詞にみのりの表情も和らいでいく。

 もう頼もし過ぎて両手を合わせて感謝したいレベルだよ。

「二人もだ。低レベルな魔物が相手だとはいえ戦闘経験が無いお主等ではどう転ぶかは分からぬ。だから無理に戦わなくてもよいし、危ないと思ったらすぐに逃げてくれても構わない。とにかく自分の身を第一に考えてくれ」

「なるほど。『いのちだいじに』ってわけだな?」

「その通りだ。リホークの羽根飾りを持っていない以上は何が起こるか分からんからな」

「でもさ、逃げろって言ったってセミリアはどうすんのよ」

「私は魔王に挑まんとする勇者だぞ? そこらの魔物など万に一つも遅れを取る道理がないさ」

 不敵に笑うセミリアさんからは微塵の気後れも感じられない。

 慣れているといえばそれまでなのだろうけど、勇者が僕と同世代の女の子で魔法使いがおじいさんでって……凄い世界だなぁ。 

「それは頼もしいけどさ、だったらあたし達だってやれるだけのことはやらなきゃね。その勇者の仲間なんだから」

「珍しく小娘の言う通りだ、雑魚相手に『いのちだいじに』など愚策もいいところだぞ勇者たん。戦わねばレベルは上がらないんだ、雑魚相手だからこそガンガン行こうぜ」

「ふっ、お主らも中々どうして頼もしいではないか。少なくとも危険だと感じた時は私が間に入るようにする。ひとまずは各々の判断ということにしておこう」

「よっしゃぁ!」

「オッケー」

 同時に握り拳を作って意気込む二人を見て、僕はよくそこまで開き直れるものだと感心してしまう。

 心配したり不安を感じているのは自分だけなのだろうかと思うと虚しくさえあった。

「みのり、怪我だけはしないようにしてね。何かあったらおばさんに合わせる顔がないんだから」

「う、うん。怖いけど危なくなったら康ちゃんを守りながら逃げながらみんなを応援する」

「そんなに色々しなくていいから。とにかく自分の安全を一番に考えてて」

「でも、じゃあ康ちゃんはどうするの?」

「僕はほら、陸上部だったから逃げ足は速いと思うよ」

「じゃあ康ちゃんも自分の安全を一番に考えなきゃ嫌だよ? 約束」

 どこか不安げに僕を見て、みのりは僕の手を取ったかと思うと小指同士を絡ませる。

 人前で何やってんの。と思った時には手遅れで、すかさず茶化してくる人物が二人。

「何イチャついてんのよあんた達。ていうか二人付き合ってんの?」

「い、い、イチャついてなんてないですよぉ~」

「…………」

 そんな風に取り乱したら思う壺だと、僕は黙ることしか出来なかった。

 だが、いつの間にか傍に寄ってきている高瀬さんがそう簡単に逃がしてはくれない。

「康平たんは王道派なのか、なるほどなるほど」

「……どういう意味ですか、王道派って」

「昨今は幼馴染みがメインヒロインなんていう作品は減ってきているが、やはり王道たるそのポジションは外せないんだよな。さすがは康平たんだ、よく分かっている」

 高瀬さんは腕を組み、うんうんと一人で頷いている。

 いつにも増して何言ってるんだこの人。

「しかしみのりたんみたいな天然かつロリ属性も備えた美少女を落とすとは中々やるじゃねえか」

「……別に落としてないんですけど」

「照れるな照れるな」

「高瀬さんの方が凄いじゃないですか。そんな綺麗な奥さんがいるんですから」

「ちょ、おまっ、急に何を言い出すんだ。そりゃ確かにルミたんは世界一の嫁だけど羨んだってやらないからな。わっはっは」

「はあ……」

 存外扱いやすい高瀬さんだった。

 そんな調子で町の外れに向かって歩くことしばらく。

 ようやく前方に小さな川が見えてきた。

 すぐに先頭を歩いていたセミリアさんが立ち止まる。

「いたぞ、あれだ」

 指差す方向に目をやると、草むらで蠢く緑色の何かが複数動いているのがハッキリと分かるぐらいには確認出来る。

 それが犬猫といった動物……どころか哺乳類と呼べる何かではないことも同様に、だ。

「何あれ、気持ち悪っ」

「名付けてブロッコリー星人だな。ブロッコリー星人」

 なるほど高瀬さんの言う通り。

 目を凝らして見ると大型犬ぐらいの大きさの、まさにブロッコリーに手足と顔を付けたような気味も目付きも悪い生き物であることが分かった。

 もう生物学的に意味不明にも程がある。

「ふぇぇ~」

 みのりも涙目で僕の背中に隠れている。

 それが普通の反応だとは思うけども、最初の勇ましさはどこいった。 

「リトルグリンだ。群れで生息し田畑を荒らす不届き者でな、町の人間も中々に悩まされているのだ。先に言った通り戦闘に関しては各々の裁量に任せる。さして動きも早くないし攻撃力があるわけでもないが噛み付いてくる場合にだけは注意してくれ。そうすれば大した敵ではない。では私は行く」

 言い終わると同時にセミリアさんは小走りにブロッコリー星人の群れに向かって駆け出した。

 すぐにその存在に気付いたブロッコリーがセミリアさんに飛び掛かるが、セミリアさんは軽快な動きでそれを躱し腰から剣を抜くと素早く切り捨てていく。

 斬撃を浴びた魔物は血を吹き出し、『キィィ!!!』と甲高い悲鳴と響かせると同時に消えて無くなると、どこから現れたのか数枚のコインがチャリンと地面を跳ねた。

 もうどこから突っ込めばいいやら分からず、僕は誰にともなく呟いた。

「……消えちゃったんですけど」

「モンスターなんて大概そんなもんだろう」

「そんなもん、で納得出来る問題を遥かに超えてますよねこれ。というかあのお金はどこから湧いて出たんですか?」

「モンスターなんて大概そんなもんだろう」

「いやいや、そんな村人Aじゃあるまいし同じ言葉を繰り返されても……」

「相変わらず康平っちは理屈っぽいんだから。どんなもんでもいいじゃん、実際にそういうものなんだからさ。それに死体が転がってるよりよっぽどいいじゃない」

「それはまあ……そうかもしれませんけど」

「よっし、じゃあ脱野宿のためにいっちょバケモノ退治といきますか」

「序盤の雑魚狩りもRPGの醍醐味よ」

 二人してニンマリと笑い、すぐにセミリアさんが向かって行った方角へと進んでいく。

 どうにも勢いや話の流れに追随する気になれず、僕とみのりだけが遠ざかっていく背中を見つめて立ち尽くしていた。

 丁度いい機会だと、僕は予てから抱いていた疑問をみのりにぶつけてみる。

「……みのり」

「ふぇ? なあに康ちゃん」

「僕達がおかしいのかな?」

「そ、そんなことはないと……思うよ? わたしはあれに向かっていく勇気ないもん」

「そうだよね、みのりならそう言ってくれると思ってたよ。不思議と全然救われた気がしないけど」

「あはは……でも、わたしたちもいい加減慣れないと駄目だよね」

「確かに、そうしないと別の意味で身が持たなそうだ」

 二人で顔を見合わせ苦笑い。

 しかし現実はそんな不安もどこ吹く風。

 セミリアさんが言った通り、傍目に見ていてもこちらの身に危険が及ぶ様なことにはなりそうにないのが目に見えて分かるぐらいには一方的な展開が繰り広げられていた。

 対峙……なのか退治なのかは怪しいところだが、実際に魔物とやりあっている二人もすぐにそれを察したらしく、唖然としながら見つめている僕と心配そうに見守っていたみのりの心配などお構いなしにセミリアさん、高瀬さん、春乃さんの三人が好き勝手に暴れている状態が出来上がっていく。

 セミリアさんは素人目にも見事としか言い様がない、流れる様な身のこなしで次々と草むららか湧いてくる魔物を切り捨てているし、高瀬さんも『アンチベジタリアンバスタアァァァ!!』と、謎の呪文を叫びながら背負っていたリュックから取り出したガス銃を連射しながら魔物を追い回している状態だ。

 同じく肩に掛けているギターケースから取り出したギターを振り回している春乃さんに至っては、


「おりゃあああ!! 金出さんかいー!!」


 もはやどっちが悪者だか分からない始末。

 時間にしてほんの十分、十五分のことだろう。

 襲ってきたわけではなくただこちらに逃げてきたブロッコリーを悲鳴を上げながら後ろ回し蹴りで吹っ飛ばしたみのりの二体を含めると最終的に四人で軽く二十体は倒してしまった。

「よし、そろそろ終わりにしよう。一泊するには十分な程には金も貯まった」

 向かってくる魔物が居なくなり、残っていたほとんどがその場から逃げていくとセミリアさんは手の甲で額の汗を拭いつつ剣を鞘へと納めた。

 それを合図に他の二人も僕達の方へと戻って来る。

「は~、いい汗掻いた~」

「この程度では物足りんな」

 なんて言いながらも二人の表情は達成感たっぷりだ。

 途中からは心配なく見ていたおかげで僕とみのりも大分落ち着いた。

 巾着袋いっぱいの銅貨がどれだけの価値になるのかは分からないが、セミリアさんが大丈夫というのなら問題ないのだろう。

「お疲れ様です。皆さんすごく格好良かったですっ」

「ありがと、みのりんももっと参加すればよかったのに。すっごいストレス解消になったし」

「むしろみのりたんの蹴りが一番攻撃力が高かったんじゃねえの?」

「そんなことないですよ~」

 何故か照れるみのりはさておき。

 怪我人がおらず、無事に宿泊費が手に入ったのなら何よりだ。

「皆よくやってくれた、思いの外戦闘においても心配はいらないようで安心したぞ。コウヘイも大丈夫か?」

「ええ、僕は見てただけですし」

「そう言うな、戦えるだけが仲間ではないさ。コウヘイにしか出来ないこともある」

「だったらいいんですけどねぇ」

 さすがにちょっと情けない気持ちもあるだけに。

 そんな僕にもセミリアさんは優しく微笑み掛けてくれるが、過度なフォローの言葉は逆の意味になってしまうと考えてかそれ以上は何も言わなかった。

「さて、じき日も暮れる。早いところ町に戻ることにしよう」

「賛成っ! もう汗ベッタリだしシャワー浴びたい」

「腹も減ったしな~」

 一仕事終えた面々も流石に疲労はあるらしく、揃って疲れた表情を浮かべる。

 そんなわけで無事に金策を果たした僕達はどこか来た時と比べると固さの取れた穏やかな雰囲気で来た道を戻るのだった。


          ○


 すっかり日も落ち始め、辺りが薄暗くなっていく中で僕達はエルシーナ町へ帰り着いた。

 外灯などは一切無く、家屋やまだ営業している数少ないお店から漏れる明かり照明と通りの所々に見受けられる灯篭みたいな何かだけが町中を照らしている。

 僕達は戻ってきてすぐ夕方に行った宿屋に向かい部屋を取った。

 この部屋というのが主に寝泊まりするだけのものらしく、食事などのサービスはないということだ。

 そこで僕たちは予約だけ済ませると夕食の為に町へ出ることに。

 元々が学校の敷地ぐらいしかない小さな町だ。

 食事を取れる店も三軒ほどしか無いらしく、セミリアさんのどこも然したる差はないとの言葉を受けて一番広い店に入ると、聞いたこともないメニューの中からそれぞれが好きな物を選んだ。

 僕とみのりは何が出てくるかも分からない料理を注文するのは不安なのでセミリアさんと同じ物を、春乃さんと高瀬さんは横文字のニュアンスだけを基準に美味しそうな響きだと思うものをそれぞれ注文する。

 田畑だらけの町というだけあってどれもが野菜、魚を中心とした物だったが料理名どころか食材からして初めて見るものばかりだったこともあり、異文化に触れている感動の様なものが楽しく食事をさせてくれた。

 ややパサパサとしていたが米もあり、文化的には東南アジアに近いものがあるのかもしれない。

 唯一あまり野菜が好きではないらしい高瀬さんは不満がありそうだったが、うっかり溢したその不満を耳にした店の親父さんに一睨みされてからは黙って食べていた。

 そんな具合で食事を終え、予約しておいた部屋へと戻る。

 あとは入浴、睡眠を控えるだけのはずだったのだがここでまた一つ問題が発生。

「ちょっと待ってセミリア」

 指定された大きめの部屋に入り、皆が荷物を降ろすと同時に春乃さんが二度三度と部屋全体を見渡してすと呆然とした顔で皆の注目を集めた。

 続いたのは肉体的、精神的な疲れのせいで頭にも浮かばなかったとある疑問だ。

「どうしたハルノ?」

「もしかして……全員でこの部屋に泊まるわけ?」

「当然そのつもりだが?」

「ええぇ~……当然じゃなくない? さすがに分けると思ってたんだけど」

「仕方なかろう、一グループに一部屋しか取れない決まりなのだ。大部屋にしてもらったし、ベッドも人数分ある。問題は無いではないか」

「いやいやいやいや、問題大ありでしょ。男女同室って絶対おかしいもん! というか性別とか抜きにして相容れない生命体が一人いるじゃん!」

「…………」

「いや、あんただから!」

 無言で僕を見た高瀬さんへ久々に全力のツッコみが炸裂した。

 似たやり取りが前にもあったと感じるのは気のせいだろうか。

「失礼な。俺のどこに問題があるってんだ小娘」

「全部よ全部。人を不安にさせるのが売りみたいなもんじゃない! キャッチフレーズは『僕の半分は気持ち悪さで出来てます』じゃない!」

「人を風邪薬みたいに言うな! 大体お前も似たよーなもんだろうよ」

「どこが!? どこがどうあんたと似てるわけ? 共通点二足歩行だけじゃない!」

「がさつだし自己主張ばっかだしお前が一番輪を乱してるってんだ」

「なんですってえ……」

 春乃さんは低く唸るような声で睨み付ける。

 もう何度目になるだろう二人の口論に慣れ始めてしまったのか、既に止めたほうがいいんじゃないかという危機感など湧くこともなく、この日常茶飯事をただ黙って見守ることが身についてしまっているので焦る気持ちも全くといっていいぐらいになかった。

 慣れとは怖いものだ。

「落ち着かぬか二人共、もう夜も更けているのだぞ。それからハルノ、そう邪推ばかりしていても仕方あるまい。そろそろ仲間を信用してもよいではないか」

「信用とこれとは別問題でしょ。モラルの問題よ。ね、二人もそう思うでしょ?」

「まあ、いいことではないんでしょうけど……ねぇ?」

「うん。郷に入っては郷に従えって言うし……それが決まりなら仕方ないかなぁ、と」

「どーして二人してそんな楽観的なのよ。特にみのりん、身の危険とか感じないわけ?」

「さっきの緑色のおばけに比べたら不思議と平気ですね」

「なんで笑えるのか全然わかんないんだけど。あたしがおかしいみたいじゃない」

「やっと気付いたか。お前一人がずっとおかしいということに」

「うるさい黙れおっさん」

「誰がおっさんだあぁぁぁ!! 大体俺がお前に変なことするかってんだ。俺は金髪が大嫌いなんだ、ルミたんの最大の敵ケイファーとかぶるからな」

「どーでもいいし、むしろ初めて金髪でよかったとすら思えたわ。と・に・か・く、何か方法考えてよセミリア」

「ふーむ、ではハルノだけ野宿ということで……」

「ちょっと待って!? なんであたしが!? 普通おっさんがそうするべきなんじゃないの?」

「そうは言うがな、この部屋に泊まりたくないと言っているのはハルノ一人ではないか」

「そーだそーだ」

「うぐぐ……だからって……言っとくけどあたし野宿なんて絶対嫌だからね」

「では我慢してくれ。心配しなくてもカンタダはお主に手を出したりはしないさ。カンダタは信頼に足る仲間だと私は思っているぞ。そうだな、カンタダ」

「勿論だ。手を出すなら勇者たんかみのりたんにするってもんだ」

 親指を立てる高瀬さんの顔は無駄に爽やかだった。

 思いがけず自分の名前が出たみのりがビクついたのは内緒だ。

「だそうだぞ、ハルノ」

「だそうだってあんた、解決になってなくない? むしろ手を出す気があるのを名言してるじゃない……でも……野宿なんて嫌だし……」

 春乃さんはたっぷりと黙考し、

「……分かった、一万歩譲って我慢してあげる。そのかわり指一本でも触れたらその胸のやつ叩き壊して燃やすから」

「鬼かお前!?」

「貞操を守る為なら鬼にでもなってやるわよ。まったく、あんたの相手は疲れるわ。さっさとお風呂入りましょ」

 疲弊した様子の春乃さんは高瀬さんから視線を外し、みのりの腕を取った。

 対するみのりはきょとんとしている。

「へ? 一緒に入るんですか?」

「よく考えるのよみのりん。康平っちはともかく、こいつが同じ部屋にいるのに一人で逃げ場の無い風呂に入れると思う? 実害無くても想像だけでトラウマになるわ」

「あ、あはは……」

 高瀬さんが居る手前はっきりと同意はしないけど、あれは納得している時の苦笑いだと分かった。

 逃げ場とは言うが、いくら高瀬さんが特殊な人間でも風呂場に追って行ったりはしないだろうに……たぶん。

「セミリアもいいでしょ?」

「私は別に構わないぞ。では良い機会なので女三人で裸の付き合いをするとしよう。コウヘイ、カンタダ、先にいかせてもらうぞ」

「あ、はい。どうぞ」

「レディーファーストは紳士の心掛けの基本だ」

「では行こうか」

 セミリアさんを先頭に浴室の方へと向かう女性陣。

 脱衣所の扉が閉まろうとするまさにその時、春乃さんが凄い勢いで戻ってきた。

 かと思うと真っ直ぐに僕の方へ詰め寄って来る。

「康平っち、このおっさんのことちゃんと見張ってるのよ」

 グッと顔を近付け、その整った顔立ちにややドキリとした僕に気付くこともなく、それはもう真剣な眼差しで釘を刺される。

 まるで『分かってるわよね?』とでも言わんばかりの鋭い眼光だ。

「ぜ、善処します」

「あんたが頼みの綱なんだから頼んだわよ。おっさんも、一応言っとくけど覗きなんてするんじゃないわよ」

「だが断る!」

「…………は?」

「…………え?」

 予期せぬ返答に思わず春乃さんと同時に声を出してしまった。

 春乃さんは高瀬さんの発言の意味を考える様に目を瞑り、額に手を当てて『うーん』とか『あー』とか言いながら固まっている。

 そして少し時間を置き、

「えーっと……あんた日本語……っていうか人間の言葉は分かる? あたしは今覗きなんてしないでよって言ったの。本来なら言うまでもないことなんだけど一応念を押しておこうかと思って。オッケー?」

「俺は生まれも育ちも日本だ。言い直さなくてもちゃんと理解しているぞ」

「そうよね、あたしの聞き間違いよね。いくらあんたが人としての在り方を無視してても法律は無視出来ないわよね」

「逆に聞くがお前のその金髪は日本語が分からないアピールなのか? 俺は今確かに断ると言ったんだが理解出来なかったのか?」

「はあぁぁぁぁ!? 断るって何!? あんた馬鹿なんじゃないの!? もう一回言ってみなさいよ! 自分が何言ってるかわかってんの?」

「何度でも言おう、だが断る!」

「なんでそこだけ誠実なのよ! 大体『だが』の使い方おかしくない!? 言っとくけどこれはあたしが気に入らないから言ってるんじゃないんだからね!? 分かってんの?」

 春乃さんは高瀬さんに詰め寄り、やや乱暴に指を突き付けた。

 高瀬さんの言動もさることながら春乃さんにその自覚があったことにも驚きだ。

「分かってないな小娘。このシチュエーションでいかなかったらいついくんだ。これは完全においしいハプニングフラグじゃまいか」

「何がどうハプニングなのよ……あんたの存在が? 完全に意図的な行為でしかないじゃない」

「この美学が分からんとは……これだから三次元の女は」

 高瀬さんは逆に呆れ顔でやれやれといった首を振る。

 悪い人じゃ無いとは思ってはいても、もうなんて言うか本当に最低な人なんだなと素直にそう思った。

「はぁ~……もういいわ。埒が明かないしあんたと話してたら頭が痛くなる」

 再び額を押さえてうんざりとした様子の春乃さんは溜め息一つ吐いて背を向けると更衣室へと歩いていく。

 何故そういう行動に繋がるのかはいまいち分からない。

「春乃さん? どこに行くんですか?」

「どこって、風呂に決まってんじゃない」

「え、でも……いいんですか?」

 チラッと高瀬さんを見る。

 どうして何も解決していないこの状況で改めて風呂に入ろうとするのか。

「もう言うだけ無駄でしょ。だったらあたしにも考えがあるから。まったく、二人を先に行かせといてよかったわ」

 立ち止まる事無く最後に独り言の様な台詞を残して春乃さんはそのまま更衣室へと消えていった。

 考えってなんだろう?

「ふっふっふ、俺達の勝ちだな康平たん」

「本当に止めた方がいいですって高瀬さん。普通に犯罪ですし、というか俺達って僕を入れないでください」

「何をわけの分からんことを言ってるんだ康平たん。これは強制イベントなんだと考えろ。どのルートを進むとしても通る道なんだぜ? こういうところでCG枚数を稼がないと後から差分ばかりでボリュームがショボいなんて叩かれたりするからな」

「何を言っているのか全く分からないです」

 わけ分からんのはあんだだろうに。

「簡単に言えばサービスシーンみたいなもんだな。俺という主人公の視線を通してプレイヤーにもおいしい思いをしてもらおうってわけだ。まあ大体個別ルートに行く前に埋まるCGってのはこういう類のものが多いしな、理解出来たか?」

「一層分かりません」

「ふむ、康平たんはギャルゲはやらないタイプなのか。人生損してるぞそれは、今度俺様セレクションをいくつか貸してやろう。さて、そろそろ頃合いか」

「え……本気で行く気なんですか?」

「当たり前よ。奴ももう入っているだろうしな。いざ、突撃~!」

「あ、ちょっと!」

 止める間もなく高瀬さんは更衣室に向かって走り出した。

 さすがに放っておくわけにもいかないので慌てて後を追う。

 まずどう考えても黙認出来ることではない。特に気の弱いみのりなんて泣いてしまってもおかしくないだろう。

 だがそんなことよりもまず僕が春乃さんに怒られる!

 そんな思考の下なんとか阻止しようと追い掛けたものの、欲望に駆られた高瀬さんのスピードには追いつけず、


「ミッションコンプリイィィーツ!」


 などと意味不明な言葉を叫びながら更衣室の扉を勢いよく開いてしまった。

 次の瞬間、

「出ていけぇ!」

「ぐはぁ!」

 もの凄い勢いで突っ込んで行った高瀬さんがもの凄い勢いで帰ってきた。

 なぜか宙に浮いた状態で、後ろ向きに。

 そのまますぐ後ろにいた僕の横を通過すると、一度ベッドで跳ねてから地面に転がり音沙汰がなくなる。

 撃沈した高瀬さんから脱衣所の方へ視線を移すと、そこには拳を突き出した春乃さんがしたり顔で仁王立ちしている。

 つまりは春乃さんの鉄拳で吹っ飛ばされたということらしい。

「フフン、飛んで火に入る夏の虫ってやつね。あんたの単細胞思考なんてお見通しなんだから。こちとら毎日重い機材運んでるんだから腕力には自信あるもんね。さ、これでゆっくり入れるわ、康平っちもああなりたくなかったら覗きなんてしちゃ駄目よん♪」

 春乃さんはあんぐりと口を開けたまま固まる僕に得意満面と行って扉を閉めた。

 な、なんだあの突きは……というか高瀬さんは無事なのか?

 一瞬我を失っていたものの、ワンクッション置いたとはいえ人が飛ぶほどのパンチを受けて壁際で倒れ込む高瀬さんへと慌てて駆け寄る。

「もしもし、高瀬さん? 大丈夫ですか?」

「…………」

 返事が無い、ただの屍のようだ。

「誰が屍だあぁ!」

「あ、生きてた」

「く……あの女、まさか正拳突きが使えるとは……俺としたことが油断したぜ……まさか、バッドエンド直行の罠だったとは……な」

 言い終わると同時に高瀬さんはバタリと力尽きてしまった。

 気力を振り絞ってまで言うことなのかはさておき、諸々考慮すると完全に自業自得なのでいい薬になるだろうと放置する僕だった。


          ○


 高瀬さんが気を失っている間に女性陣が入浴を終え出てくると次いで僕達も順に入浴を済ませる。

 勿論僕と高瀬さんは一緒に入ったりはしていない。

 悲しきかな僕が言う前に『嫁と入るから』と断られた時の虚しさは生涯忘れることはないだろう。

 そして就寝の為にみんながそれぞれのベッドに入った。

 横並びに五つ並んでいるが、言うまでもなく高瀬さんと春乃さんのベッドは一番離れている。

 端から高瀬さん、僕、セミリアさん、みのり、春乃さんという配置で高瀬さんは僕のベッドを越えた時点でセミリアさんの攻撃対象になることを約束させられていた。

 もっとも、高瀬さんもあの鳩尾に食らった正拳突きの効果もあってさすがに犯罪的な言動は自重したらしくセクハラ発言はあれ以来特にない。

 しかしこうして外行きの格好のままベッドに入るというのは落ち着かないものだ。替えの服なんて持参していないから仕方ない。

 ちなみに春乃さんは持っていたギターケースに着替えのシャツや下着をいくつか用意しており、曰わく『二日続けて同じ服を着るのは乙女として許されない』らしく、平気だと言っていたみのりにも半ば無理矢理貸し付けていた。

「では明かりを落とすぞ。みんな今日はご苦労だった、明日は少し大変になるが我々の使命と世界の安寧の為に頑張ろう」

 セミリアさんの力強い宣言にそれぞれが眠気に抗う気の抜けた声で返事をすると、すぐに室内を照らしていた蝋燭の明かりが消える。

 布団をかぶり目を閉じると、すぐに横のベッドにいるセミリアさんの寝息が聞こえ始めた。

 こうして僕の今まで生きてきた中で一番不思議な一日が終わり、また同時に一番不思議な出来事が始まりを迎える。

 僕は横になったまま、この先この世界でどんなことが待っているんだろう……なんて考えながら、隣に三人も女性が寝ていることとふんわりと漂う女性特有の良い匂いにどぎまぎしながら、逆側で大きないびきをかいている高瀬さんに若干苛立ちながら、やがて眠りに落ちていくのだった。



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