【第十三章 その①】 都市奪還七番勝負 人間vs魔族
~another point of view~
サントゥアリオ本城から北西にしばらく進んだ先には一つの町がある。
名をフルトという国内では中規模に分類される町だ。
住民の多さから七つある主要都市の一つに位置づけられ、その証明として町の外周は全て城壁で覆われている。
他の六都市と同様フルト町も今なお帝国騎士団に占拠されたままであることに変わりはなく、民は町から出ることを許されていない状態である。
そんなフルト町を初めとする七つの主要都市を奪還すべくサントゥアリオ、シルクレア、グランフェルトの三カ国連合白十字軍は八の部隊を形成し各都市へと派遣することを決め、その部隊の中の一つが今まさにフルト町へ到着したところだった。
総勢三百の兵を率いる将の名はアルバート。
齢三十七にして大国シルクレアの四万を超える兵士のうちおよそ三万二千人を纏める兵士長の地位を持つ男である。
アルバートは町を覆う城壁が見える位置で部隊の進行を止め、遠眼鏡を取り出して都市の様子を窺った。
円形に建てられた城壁は高さもあり、正門裏門を通る以外に入る方法はなさそうだ。
その門も完全に閉じられているため突破するしか中に入る方法も無いだろう。
破城槌は用意しているし、魔法使いも三十人はいる。
門自体はそこまで強固なものではない。二つの力を合わせれば突破自体は容易いだろう。
民に被害を出さないためにも突入後の迅速な行動が重要になってくるが……、
「問題はその前、か」
一人黙して思案を続ける最中、アルバートは誰にともなく呟いた。
町に近付けば帝国騎士団の主力戦士が進入を阻むという情報は既に得ている。
あの【戦争麒麟児】エリオット・クリストフを始め、それと同レベルの戦士が何人も居るという情報も同じくだ。
ゆえに余計な犠牲を出さないために部隊を率いる将である自分がこれから現れるであろう誰かと戦うことになる。
果たしてどんな相手が出てくるか。
「僕が先行するから向こうからひとまずこの位置で待機していてくれるかな。僕が合図をした時、敵が大人数で現れた時には迅速に合流し全軍で援護をしてくれ。ただ、僕がやられちゃった場合は撤退してくれていい」
アルバートが傍にいた兵士に言うと、兵士はハキハキとした口調でそれに答える。
「了解でありますっ。全軍、臨戦態勢を維持したまま一時待機せよ!」
元より直接の部下である兵士の割合が多いこともあり連携は滞りない。
総員が部隊を展開し交戦準備を始めたことを確認し、兵士は敬礼をしてアルバートの方へと向き直る。
「兵士長、どうかお気を付けて」
「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
微かに相好を崩して激励に答え、アルバートは町へと向かって足を進めた。
道中はほとんどが草原地帯だったが、この一帯は砂地になっている。
草原の中でやり合うよりはいくらか戦い易くはあるが、それも相手次第か。
そんなことを考えながら城壁のすぐ傍にまで来た時、アルバートはぴたりと足を止めた。
「なるほど、こういう仕組みなわけか」
目の前から先に掛けて微弱ながら魔力を感じる。
まず攻撃や罠の類の魔力ではない。
結界魔法を使っているという話だったか、見渡してみると確かに町を囲むように結界が張られていることを把握した。
ここに足を踏み入れると魔法が発動し、件の誰かをここに転送させるということのようだ。
「さて、どんな相手がお出ましかな」
意を決し、アルバートは結界の中に足を踏み入れる。
僅かな間を挟んだのち。
突如発生した光の塊から現れた敵の姿はアルバートの予想とはあまりにも違っていた。
自分よりも少し背が低く、面妖な紋様が描かれた茶色いローブを身に纏い手に持った魔法の杖の先端で赤い宝玉がキラリと光っている。
薄く緑がかった肌に大きく尖った耳、そして頭部には湾曲した二本の角が生えている。
目の前に立つ男は疑う余地もなく、そして紛れもない、魔族だった。
「おたくらが手を組んだとは聞いていたけど、まさかこのタイミングでやってくるとはねぇ。この争い、やっぱり面倒なことになりそうだ」
腰から剣を抜きつつ、やれやれと首を振るアルバートだったがその言葉ほど焦りは感じられない。
元来取り乱したり冷静さを失うタイプではないことに加え、おっとりとした風采であることも見た目にそう感じさせる理由ではあったが、相対する魔族の男も多分に漏れずそれが余裕からくる態度であると受け取った。
ぎょろりと大きな目でアルバートを見つめ、不気味な笑みを浮かべる。
「それを知っていてなおこの国に荷担するか。人間とはどこまでも浅はかな生物よ」
「その人間と協力して何を企んでいるのかねぇ。まったく、ロクな話じゃなさそうだ。名前を聞いても?」
「我が名はバジュラ。崇高なる魔族にあって最強の魔導士よ」
「あんたが噂の呪い師か。どうやらそちらさんも本気で参戦するつもりのようだ」
「ほう、俺の二つ名を知っておる人間がまだ残っていたとは」
「知っているのは魔王軍四天王であることぐらいさ。ところで、この結界もおたくが?」
「いかにも」
「こりゃ責任重大だ。何にせよ、大人しく通してくれるつもりはないんだろう?」
「嘆かわしいことだが、目的のためには清濁併せ呑むことも必要だということだ」
「だったら早いところ始めるとしよう、お互いお喋りをしにきたわけじゃない。僕の名前は必要かな?」
「貴様の名前どころか貴様の存在にすら興味はない。人間らしく無様に這い蹲っておれ」
その言葉を最後に会話が止んだ。
向かい合った二人は方や剣を両手で、方や片手で杖を構えて目を反らさず相手の動向を注視している。
そんな中、アルバートは同時に思考を巡らせていた。
異名の通り呪いの類を使ってくるならば、まず注意しなければならないのはそこだ。
呪いを受けてしまえばほぼ間違いなくただでは済まない。
しかし杖一本で発動出来る呪いに限定するならばそう強大なものではないはず。
魔導士を相手に戦うならば弱点は接近戦であることに違いはないだろう。ならば初撃で一気にカタを付ける。
「シルクレア王国兵士団長アルバート、参る」
アルバートは地面を蹴ると、真っ直ぐにバジュラへと突進していく。
対するバジュラもすかさず杖を振った。
先端にある宝玉が輝くと同時に光る砲弾がアルバートに向かって襲い掛かる。
その数は七つ。全てが爆発系統の極大呪文だった。
高度にして強力な極大呪文をただの一降りで七発放つ。
それだけでいかに魔術師として卓抜した能力を持っているかが伺えた。
それでもアルバートは足を止めず、右に左に光弾をかわし二発を剣で弾いてバジュラとの距離を詰めていく。
いくつもの爆音が背後で鳴り響く中、眼前まで迫ったところで強く地面を蹴り一段階スピードを上げてバジュラの懐に入り込んだ。
そして第二撃を放つべく杖を向けたバジュラの照準から逃れる様に体位をずらし、その動きの流れそのままに振り下ろした剣がバジュラの体を切りつけた。
その手には確かな手応えが残る。
しかし、目の前にあるバジュラの顔にはニヤリと嫌らしい笑みが浮かんでいた。
「浅はかなり、人間めが!」
バジュラの杖の先が再びアルバートへ向けられる。
杖先にある宝玉が光った瞬間、反射的に剣を横向きにし杖と体の間に構えたことで呪文の直撃を避けることが出来たがその衝撃によってアルバートの体は後方へ吹き飛んだ。
宙に浮いたまま弾き飛ばされたものの、どうにか着地しすぐに構えを取る。
剣が盾となったおかげでダメージはない。
しかし、アルバートにとって今憂うべきは自らの体ではなかった。
「…………」
確かに斬った感触があった……にも関わらずなぜ無傷でいられる。
無傷どころか、裂けたはずのローブすら元通りになっているではないか。
これは一体……どういうことだ。
「哀れなり弱き者よ。俺にはそのような攻撃は効かん」
精一杯思考を巡らせるアルバートの姿が滑稽に写ったのか、バジュラは挑発的な笑みを浮かべる。
しかし、アルバートはそれに乗るほど愚かではない。
その僅かな時間が逆に冷静さを取り戻させた。
普通に考えるならばあのローブに何か仕掛けがあるはず。
見たところ攻撃を無効化するようなアイテムなのか、或いは瞬時に傷を塞ぐ効果でも持っているのか。
どちらにしても聞いたことのない特異な能力だ。
先程の魔法攻撃も然り、一筋縄ではいかない力を持っているあたりかつて見た漆黒の騎士も含め魔王軍四天王の名は伊達ではないらしい。
だからこそ、ここで仕留めておかなければならないとアルバートは考える。
あのローブに秘密があるならば、まだ取り得る策はある。狙うべきは一点。
「ふぅ」
アルバートは息を整え、剣を構え直した。
問題は今一度懐に入り込めるかどうかだが……やってみるほかないか。
そう決断しアルバートが剣を握る手に力を込めた瞬間、足元から火柱が上がった。
爆発音と共に勢いよく、地面から噴射するように豪炎が立ち上っている。
ぎりぎりのところでその攻撃に気付き左方に飛び退くことで直撃を避けたアルバートを見て、バジュラはニヤリと笑った。
「ほう、あれを躱すか」
「どうやら、ゆっくり考える時間はもらえないらしい。だったら、今度はこっちから行かせてもらうよ」
アルバートは地面を蹴り、再びバジュラの元へと突進した。
その動きに反応したバジュラが杖をかざすと今度は無数の光の矢が現れる。
そして杖を振り下ろすと同時に何十もの矢の全てがアルバートへと襲い掛かった。
先程と同じ様にアルバートはそれを躱し、剣で払いながら距離を縮めていく。
その見事なまでの体捌きに一介の兵士のレベルは遙かに上回っているようだと認識を改めたバジュラは手を緩めることなく、アルバートが目の前に迫ったところで次なる魔法を発動させた。
アルバートの行く手を塞ぐように二人の間に炎の壁が現れる。
それは偏に経験則だった。
アルバートは躊躇うことなく、僅かにもスピードを緩めずに体で突き破る様に炎の壁へぶち当たっていく。
結果、その読みの通り完全なる壁が生成される前に壁を突破することに成功し、飛び込んだ勢いを利用して渾身の突きを放った。
想定外の動きに一瞬反応が遅れる。
すぐに炎壁の呪文を破棄したが、近接戦闘の技術、スピード共にアルバートより遙かに劣っているバジュラは防ぐことも躱すことも出来ず、その攻撃をまともに受けた。
アルバートの狙いは一点。ローブに覆われていない首だ。
「がはっ!」
鋭い突きが正面からバジュラの首へ突き刺さり、喉を貫通する。
大きな目がさらに見開き、その顔は苦しみに歪んでいた。
しかし、その姿を見たアルバートが目論見通りであったことを確信し、とどめの一撃へと移行しようとした瞬間だった。
首に剣が突き刺さったままにしてバジュラの表情が変化していく。
一度目の攻撃の時と同じく、口角が釣り上がったニヤリと嫌らしくおぞましい笑みだった。
「愚かな人間めが……それが、浅はかだと言うのだっ!」
吼える様な声が耳を劈く。
目の前で何が起きているのかを理解するよりも早く、痛烈な一撃が叩き込まれた。
至近距離で放つバジュラの衝撃波が一閃。アルバートの腹部をまともに捉え、その体を吹き飛ばす。
これもまた一度目の攻防と似た結果ではあったが、鎧を砕く程の威力を持った一点集中の衝撃波を受け悶絶するほどのダメージを負ったアルバートは着地することも出来ずに後方で二度地面で跳ね、そのまま転がっていった。
やがて静止した体は俯せに倒れた状態から起き上がることはなく、剣を握っていた右手の指だけが一度きりピクリと動いたのを最後に一切の動きを失う。
その姿を見たバジュラは首に刺さった剣を乱暴に抜き、地面に放り捨てた。
「死んだか、それとも虫の息か……どちらにせよ他愛ないことよ。我らが野望実現の日は近い、たかだか一匹の虫けらに構っている程暇ではないわ。じき全て纏めて消え失せる運命なのだ、それまでは精々生きるも死ぬも好きにするがいい」
意識の無いアルバートに向かって吐き捨てるように言い残すと、バジュラはそのまま姿を消した。




