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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

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【第十二章】 権謀術数

11/8 誤字修正

5/30 台詞部分以外の「」を『』に統一



 城門前の広場には物凄い光景が広がっていた。

 本隊に五百人、七つの部隊に三百人ずつの合計二千六百人プラスそれを率いる将がいる。

 それぞれが剣や槍、弓などの武器を持ち、将以外の二千六百人から魔法使いの人達を除いた二千人程が同じ鎧を身に纏っているその雰囲気はまさに合戦を待つ騎士の陣営といった感じである。

 それだけではなく、同じ数だけ馬がいることもあってだだっ広い空間のほぼ全てが人と馬で埋まっていた。

 サントゥアリオ、シルクレアの両国はすでに兵士達への号令を済ませ各部隊ごとに兵士を分けて出発の時を待っている状態だ。

 対する僕達グランフェルト勢はそれらがまだ終わっていない。

 僕達待ち状態であることを承知の上でクロンヴァールさんとキアラさんに頭を下げ、待って貰っているのが現状だ。

 現在レザンさんの指揮の下、各部隊毎に兵士を分け、その中で二人組を作ってもらっている。

 すぐそばで僕とセミリアさんがそれを真剣に見守っており、僕にとって必要なことだと伝えて了承を得ているので同じ本隊所属のクロンヴァールさんは黙ってそれを見ているし、キアラさんを初めハイクさんやアルバートさん、コルト君にノーマンさんは自分の部隊で待機している状態だ。

 にも関わらず同じ国の将であるサミュエルさんが待ち時間が長引くことに対して苛立っているという謎現象が起きていることはさておき、他は精々ユメールさんがぶーぶー言っているぐらいなのだが、ユメールさん的には自分や全体にとってよりもクロンヴァールさんを待たせている僕という図が不満らしく、もう何度目になるか僕の隣までトコトコと寄ってきたかと思うと、


「やいわんこ、いい加減にしやがれです。いつまでお姉様を待たせるですか」


 と不満顔で腕を組み、あからさまに圧を掛けてくるのだった。。

 大して僕に関心も無いみたいだし一晩経てばその呼び名もあっさり忘れてるんじゃないかと思っていたのだけど、どうやら淡い期待だったようだ。

「もうすぐ終わりますので、あと少しだけ」

「さっきもそう言っていたです! それはもう聞き飽きたですっ」

「……だから最初にちゃんと謝ったじゃないですか」

 二、三分おきにこられりゃこっちも同じ言葉を繰り返す他ないでしょうに。

「謝ればいいってもんじゃないです。お前如きがお姉様の……お姉様?」

 と、そこまで言ってユメールさんの言葉が止まる。

 なぜかクロンヴァールさんが同じ様にこちらに寄ってきて、その手をユメールさんの頭に置いていた。

 ちなみにユメールさんはセミリアさんにまで喧嘩を売る勇気は無いのか、僕にだけ聞こえるような極めて潜められた声で文句を言いながら肘で僕の脇腹をつついていて、それに子供っぽい口調や声が相俟って怒っていてもあまり怖い感じがしない。

「クリス、そう言ってやるな。これではむしろお前が待ち時間を延ばしているようなものだぞ」

 あまりに真っ当なご指摘にユメールさんは唇を尖らせる。

 クロンヴァールさんは特に怒っている風ではなかったが、さながら母親に怒られた子供の様だ。子供子供と表現しているけど、普通に僕よりは年上なんだけどね……。

「出発時間を遅らせた挙げ句にお姉様を待たせるような暴挙を許していいですか」

「わざわざ頭を下げに来たのだ、己の役目を果たすためだと言われれば無下には出来まい」

「むむ……お姉様がそう言うならあと少しぐらいは待ってやるです」

 ユメールさんは不満げながらも引き下がる。

 それを見たクロンヴァールさんは頭から手を離すと一歩こちらの方へ寄り、文句を言われながらもグランフェルト軍の群れに向けたままの僕と同じ方向を見た。

「待つのは構わんが、何をしているのかは気になるところだな。なぜ兵士に二人組を作らせる」

「この二人一組は基本的に帰還までは常に一緒に行動してもらうペアになります。そうすることによって互いが互いを助け合い見守り合うことで緊急時の避難や他に助けが必要な時により安全性が増しますし、はぐれた時や襲われた時など何かあった場合に孤立してしまう可能性を大幅に下げることが出来るという意味を持つ僕達の世か……国ではバディシステムと言われている安全管理法の一つです」

 言い終わるとほとんど同時にそのペアの最終確認も終わったらしく、グランフェルト兵そのままの整列した形で揃って僕の言葉を待つように全ての視線をこちらに向けた。

「何よりもまず安全を、か。無事に帰ることも重要ではあるが、それを優先して持ち場を放棄するようなことがあれば責任問題はお前に降り掛かるということを忘れてはいまいな?」

「分隊は城を出た段階で僕の目が届かなくなる以上、基本的には部隊長の指示の下で行動するように伝えています。元々が兵士でもなんでもない僕はこれだけの兵の上に立つ肩書きを与えられていても腕っ節では誰にだって劣る身。戦場での心構えや正しい在り方を説ける様な人間ではないんです。だからこそ、せめて僕は出来るだけ安全な方法、確実な方法を考えて行動に反映させられる様にしなければならないと思っています。国に仕える彼らには僕に命を預けなければならないことに対する拒否権は無い。土地と人の両方が存在して初めて国というものが成り立つのであれば、命を懸けてそれらを守る彼らもまた国の一部であり尊ばれるべき存在であるはず。ならばその彼らを無事に帰すことが僕がの仕事であり、負うべき責任ですから」

 それが僕が逃げずに向き合い、負うべき覚悟だと昨日決めた。

 誰かを殺す手助けではなく、誰かを救う手助けになるならばそれが僕がここに居る意味だ。

 そのために相手が自分より上の立場だろうが、自分の何倍強かろうがその意志を曲げることはしない。

 例えそれが一国の代表らしからぬ姿だと思われようとも、僕がセミリアさんや僕に従う立場にある兵士達へ示すべき姿は毅然とした態度であり、言われるがまま流されるままに戦場に送り出したりはしないというはっきりとした意志だ。

 ここで日和っているような指揮官を誰が信用出来ようか。自分のことを守ってくれない人間に誰が従おうと思うだろうか。

 そういう意味もあって、敢えて挑戦的な返し言葉であることを承知でクロンヴァールさんを利用する形で兵士達にその意思を示した。

 与えられた立場を全うするために、ただ意見を求められた時にそれに答えるだけの人間ではいないのだと、そういう意思表示だ。

 とはいえ、余計な犠牲を出さないために各都市への侵入を阻むという帝国騎士団の戦士とやり合うのは部隊長だという前提で動くことは予め決まってはいる。

 兵士の主な仕事はその後の都市内部での保護や復旧だったり占拠している連中の捕縛だったりであって、武器を取るにしても道中で襲われたりした場合や魔物に遭遇した場合などやむを得ず戦闘が必要な事態が主になるだろうということは全軍で共通の指針となっているのだ。

 とまあ、色々と思惑があったりクロンヴァールさんにブン殴られやしないかと若干不安もあったりしたわけだけど、そのクロンヴァールさんから言葉が返ってくるよりも先に聞こえてきたのはパチパチと手を叩くような音だった。

 音がした方向に目をやると、少し離れた位置にいたキアラさんが拍手をしているのが目に入る。

 そこで初めて兵士に聞こえるようにクロンヴァールさんに言ったつもりの言葉が周囲にも聞こえていたことに気付き、それに対してキアラさんが僕を見ながら拍手をしているということに驚いた僕だったが、リアクションを取るよりも先に拍手の音が一人分増した。

 キアラさんのすぐ横に居るコルト君だ。

 賛同を得たからなのか、よく言ったという意味なのかは分からないけど、発言に対して拍手されるという僕にとっては前代未聞の出来事はコルト君に続く形でセミリアさんが、その姿を見たグランフェルトの兵士達が、それに釣られて他の国の兵士達もが同じように拍手をし始めたせいで一帯はスタンディングオベーション状態になってしまっている。

 だからといってこの場にいる全員がというわけではなかったし、まず僕の声なんて聞こえているはずのない距離に居る兵士もなんとなく合わせて手を叩いているあたり謎の光景な感も否めないが、それ以前に全軍に対して演説したつもりは微塵もなかった僕はどういう態度を取ればいいのやら分からず変に立ち尽くしてしまっていた。

 お辞儀でもして謝意を示すか、政治家よろしく手でも振ってみるか……どちらもいまいち正しい対応じゃない気がする。

 そんな状態であっちを見たりこっちを見たりと挙動不審になっている僕の代わりに拍手が止むきっかけを作ったのはクロンヴァールさんだった。

 スッと片手を上げて静寂を呼び込むその姿はとても様になっていて、おおう……という感じで為す術の無い僕とは大違いである。

 そして、全ての拍手が収まったと同時にクロンヴァールさんは僕を見た。

「大層な演説だったなコウヘイよ。賛否は聞いた者が各々勝手に判断すればいい話だが、ただの一夜で随分と表情が変わったものだ。何か一皮剥けるきっかけでもあったか?」

 まるで値踏みをするような視線。

 この人が僕なんかの言葉に感銘を受ける人であるかどうかは分からないが、凡そ味方を見る目だとは思えない。

 味方にいたならどこまで役に立つかを見定める様な、敵になった時にどれほどの驚異になり得るかを見極める様な、僕という人間のレベルを冷静に推し量り今後の扱いや距離感を改めようとしてるのではないかと思わされる、そんな目をしていた。

「現実と向き合って、せめて逃げるのは止めようと思い直しただけです。僕は無知で最弱、だけどそれを言い訳にはしないと決めただけですよ」

「はっ、何が最弱だ。死霊天狗という魔王軍幹部をサシで倒したという報告は聞いているぞ。ここにどれだけ同じ事が出来る者がいる」

 クロンヴァールさんは鼻で笑う。

 どこまでも食えない男だと言われている様な気になるのは、そういった心の内を敢えて隠そうとしていないからなのだろう。

 この人なら思惑や感情を悟られないようにすることは容易いはず。

 それをしないのはきっと『何が言いたいか分かるか?』という意味合いを含んだお得意の人間試しであり、分からないならその程度の人間だと判断するための副音声のまた副音声ぐらいの意味は持たせているんじゃないかと思わせるのがクロンヴァールさんという人間だ。

 しかし、未だにあの天狗の化け物の話を持ち出されるとは……随分前の、それも直接見たわけでもない他所の国の出来事をよく覚えているものだ。

 そんなことを考えつつ、試されてばかりなのも癪なので敢えて『大したことじゃありませんよ』という顔を作って肩を竦めて見せると、クロンヴァールさんはもう一度鼻で笑い体の向きを整列している全軍へと向ける。

「さて、そろそろ時間も惜しい。号令を済ませて配置に付かせろ」

「分かりました」

 クロンヴァールさんの言葉に短く答え、僕もグランフェルト兵の列へと向き直る。

 こういう時に何を言えばいいのかなんて全く知らないし分からない僕だったが、思ったことをそのまま言ってしまえばいいやと、自然とそんな気持ちになった。

「えー……グランフェルトから来た兵士の皆さん、ご存じの通り僕はリュドヴィック王の命によりあなた達に命令を下す立場にあります。つまり、貴方達は僕の命令には従わなければならない。ということで出発前に一つだけ命令を下します、背いた人は厳しく罰するのでそのつもりで」

 言うと、若干グランフェルト兵の列に動揺の色が見えた。

 困惑した様な顔をしている人もいる。顔を見合わせて何を言われるのかと若干ざわついている感さえある。

 今までの僕の評判からして力に任せて従わせ、しかも罰を与える様な人間ではないと思っていたのだろう。

 勿論そんな趣味はないけど、これはごっこ遊びではない。

 こんな場で仲良し集団であると思われると全体の士気に関わるし、何よりいざという時に僕が舐められてしまっていては隙を生みかねない。

 だから非情になりきれない僕にはこのぐらいが丁度いいんだ。

 そんなわけで一つ息を吐き、真っ直ぐに彼らを見て僕ははっきりと宣言した。

「命令です。僕の許可無く死ぬな、以上。分かった人からそれぞれ持ち場に付いてください」

 少しの静寂が広場を包む。

 次の瞬間にはグランフェルト兵が一斉に雄叫びのような声を上げて片手を突き上げたり、僕に敬礼したりとここ一帯だけ凄いテンションになっていた。

 中には『コウヘイ様万歳!』とか言ってる人までいる。

 どういう盛り上がりなのかもよく分からないし、いつまでもこのままでは収拾が付かないので隣で一緒に拍手していたセミリアさんに兵士達を所属の部隊に付くように指示してもらうようお願いし、その間に僕は兵士達の先頭に居るレザンさんへと声を掛けた。

「レザンさん、今朝の件よろしくお願いします」

 レザンさんはサミュエルさんの部隊に同行してもらうようにしている。

 強さの心配はしていなくても、向こう見ずなサミュエルさんのことをフォローして欲しいというのがバディを組ませる件と合わせて朝会った時にした話だ。

 レザンさんはあんな人なので言われなくてもそのつもりだと息巻いていたが、それはそれで若干真剣味に不安があるので釘を刺しておきたかったわけだ。

「お前に言われなくても勇者様のためなら死ねる俺だが、お前が約束を守るなら俺も約束を守ってやる。お前こそステイシー様の件、忘れんなよ……いや、マジで、むふふ」

 レザンさんは真剣な表情から一転、気持ち悪い笑みを浮かべて目線を反らした。

 相変わらず立派なのか馬鹿なのかよく分からない人だが、その下心への執念がある限り約束は守ってもらえそうで何よりだ。

 ちなみに、僕側の約束と言うのはレザンさんの言った通り、アルスさんと食事を共にする機会を作るというもの。

 騙すわけにはいかないから一応言ってはみるつもりではあるけど……アルスさん兵士に興味無いって言ってたし、うまくいかない気しかしていない。

 とはいえ、今はそんなことまで考えている余裕は無いのでその時になってから考えるとしよう。

 これからどんな修羅場が待っているのか。

 未知なる世界の未知なる領域へと繋がる大きな城門が、まさに今目の前で開いていく。


         〇

 

 数時間が経った。

 僕が属する白十字軍(ホワイト・クロス)本隊の総勢五百三人は五百二頭の数の馬に跨って大地を駆けていく。

 昨晩の経験から馬での移動というのはもう少しゆったりしたものだと思っていた僕だったが、今日のそれは過去の大剣とは全然違っていた。

 ほとんど全力疾走の勢いで馬は走っていて、かなりのスピードがある。

 聞いた話では馬の体力を考えるとあまり得策ではないらしいのだが、僕達本隊が向かう帝国騎士団の本拠地というのが各都市を含めて一番サントゥアリオ本城から距離があるようで、のんびりしていては往復するだけでも今日中に終わらないためやむを得ずの強行軍であるということだった。

 ちなみに今回僕はユメールさんの後ろに乗っている。

 僕としては同じグランフェルトの人に乗せて貰えればいいと思っていたのだが、


「武器も持たんお前は私かクリスのどちらかの傍に居ろ。副将であり一国のトップであるお前に何かあれば面倒だ」


 とクロンヴァールさんに言われたこともあり、それを許してもらえなかったというわけだ。

 補足があるとすれば『お姉様に抱き付く権利はお前なんかに渡さんです』とかなんとかユメールさんが言い出したので二人のうちのユメールさんの方に乗せて貰うことになった次第である。

 いつまでも女の子に守ってもらう立場というのも情けない話だが、このユメールさんはシルクレア王国でも王女の左腕と呼ばれる程の実力者らしく、国内でもトップクラスの強さを持つ人なのだとか。

 糸使いとして有名な戦士だとは以前聞いたことがあったけど、恐らく二十歳前後であろうことに加えて性格的も子供っぽいのに、人は見掛けによらないものだ。

 そんなわけで僕はユメールさんの後ろに座って長い距離を移動している。後ろにズラリと並ぶ騎馬の列は傍目に見ればさぞかし物騒な光景だろう。

 その反面、荒野や荒れ地も多かったグランフェルトおうこくとは違いこの国はとても自然が多いように感じられて、町を出れば綺麗な草原が地平線まで続いているし、あちこちに山が見えたり大きな川がいくつも流れていたりと、景色だけを見ればとても戦争の最中だとは思えないほどに長閑な風景に囲まれている。

 一時間程の間隔ごとに馬を休ませるために小休止を挟み、一度軽食を取る時間を経てようやく僕達は目的地の手前の分岐点へと到着した。

 城を出てからすでに五、六時間は経っているだろう。

 地図によると騎士団の拠点があるという地域は国の最北端近にある。

 移動が一番長くなるというのも当然と言えば当然か。

 座りっぱなしだったせいで若干お尻が痛いが、誰かや何かに襲われずにここまで来れた以上は贅沢は言うまい。

 目の前にある山を越え少し進んだところにある森に入った先に大きな峡谷があり、そこを越えれば彼らが生活している地域と騎士団の拠点である砦があるということのようだ。

「この規模の山なら直進すべきだとは思うが、お前達の意見はどうだ?」

 山の入り口で立ち止まる一団の先頭でクロンヴァールさんは広げた地図に目を落とした。

 目的地手前に山があることは当然ながら予め分かっていたことだ。

 問題は時間短縮のためにこの山を越えるか、それとも確実性を求めて山を迂回するかという点。

 同じくこの本隊に居てサントゥアリオ兵を纏める立場にあるハイザーという兵士は安全を考えると迂回すべきだと進言していたが、クロンヴァールさんは自分の目で見てから判断すると結論を後回しにしたのだった。

 確かにこの世界の地図を見たところで山の規模なんてほとんど分からない。

 実際、面積でいえば結構な広さはありそうだけど険しいわけでもなくそこまで高さがあるわけでもなさそうに見えるし大きく時間をロスしてまで迂回すべきかどうかと言われれば難しいところではないかと僕も思った。

 ということを口にすると、

「私も同意見だな。この程度の山であれば迂回する程ではない。敵陣が山や森に囲まれている以上日が沈めば厄介だ、ここは移動の短縮を優先する。誰か異論はあるか」

 クロンヴァールさんは全体を見渡した。

 当たり前と言えば当たり前だが異論を唱える者は居ない。

 初めから賛同一択のユメールさんはさておき、サントゥアリオの中年兵士ハイザーさんも、

「大将、副将のお二人がそう仰るのであれば反対など出来ませぬ。しかし、高さはなくとも山道に代わりは無いことに加え敵地のすぐ傍であることをお忘れ無きよう。十分に注意して進みましょう」

 と言ってはいたが、さすがに反対意見は出せなかったようだ。

 クロンヴァールさんに睨まれた経験のある僕もよく知っているが、あの怖さはその場で殺されることまで覚悟させられる程だ。

 おいそれと楯突くわけにもいかないという気持ちはよく分かる。だからこそ彼よりも立場が上である僕がおかしいと思った時は口にしなければいけないのだけど、この場に限れば僕もクロンヴァールさんと同じ意見なので致し方あるまい。

 この国の出身であるハイザーさんの言っていることも分かるとはいえ、それを考慮の上先に進むべきだろう。

 山道を通る危険よりも日が暮れた時の方が色々と危険も多い。

 僕は他の面々が思っているようにこの後相手の本陣でドンパチということになるとは思っていないのだが、ゆえに奇襲や罠には何よりも注意しなければならないとも思っている。

 そうなった時、どう考えても夜の方が向こうもやりやすいことは間違いないのだ。

 問題はこの山でそれらに遭遇する可能性についてだが、そればかりは外から見て看破出来るものではない。

 山を進むにしてもどういう対策を持つべきか、そんなことを考えている時だった。


「ケケケ、やはり来たか間抜けな人間共め」


 一斉に視線が声のした方へと向きを変える。

 多くの目が向く先に居たのは、人間ではなかった。

 見たままを言葉にするならば、斧を持ち手足と胴にはこの世界の兵士達が身に着けているのと似た西洋甲冑の様な物を身に纏っている熊だとしか表現のしようがない。

 山道の入り口に二本足で立ち、言葉を操っている時点で魔物であることが確定している二メートルはあろうかという巨体を持つその熊男に対し、クロンヴァールさんを初め一番近くに居る兵士達のほとんどが既に武器を手にしている。

「貴様程度の魔族が、愚かにも、私の邪魔でもしに来たか?」

 クロンヴァールさんの低い声が響く。

 僕の位置からは背中しか見えないが、どんな表情どんな目をしているのかは見なくとも分かった。私達、ではなく私と言うあたりがこの人が世界の王たる所以だろうか。

 魔物はそれでも嫌らしい笑みを崩さず、かといって武器を構えるでもなく挑発的な言葉を発するだけだ。

「ケケケ、流石にラブロック・クロンヴァールと殺し合いをしようと思う程馬鹿じゃねえぜ。俺はただの偵察係だからよぉ」

「偵察だと?」

「てめえがこの国に乗り込んできたって情報はとっくに入ってきてるんだ、いずれここを通るってんで張ってたってわけよ。俺の仕事はお前達が来たことを報告するだけだ、とっとと俺はおさらばさせてもらうさ。この先にゃ罠が待ってるからよぉ、精々気を付けて進むことをオススメするぜ」

 熊男はニヤリと笑って手に持っていた小さな玉状の物を地面に放った。

 その瞬間、突如発生した閃光がその体を包む。

 クロンヴァールさんが舌打ちをした意味を理解した時には既に熊男の姿は消えてしまっていた。

 確かあれは……帰還光珠とか言ったか、根城に瞬間移動するための道具だ。

 以前エスクロという男が使ったとセミリアさんから聞いたことがある。エレマージリングと同じく移動系のアイテムで、同じ高価なアイテムの中でも価値は数倍高いのだとか。

「あの腰抜け野郎め、です!」

 言うだけ言って逃げられたとあれば憤るのも当然だ、目の前のユメールさんも憤慨している。

 熊男が居た方向に向けて中指を立て、言葉遣いも含めてはしたないことこの上ない。

「フン、あの程度の雑魚に私達の足止めが出来るわけもなければ雑魚の相手をしてやるほど暇でもないさ。だが……どこに報告に行ったか知らんが、あちらも連合を組んでいるという推察が確定的なものへと変わったと言えるな」

 二人は熊男が居た山道の入り口を見つめている。

 どこをどう見て何をどうすればあの恐ろしい化け物を雑魚と言えるのか。

 まあ……クロンヴァールさんやセミリアさんはあれより大きなドラゴンや巨大イカでさえ一撃で倒してしまう人だしね。なぜこんな二人が平和のために戦っていて、それが実現しないのかが謎で仕方がない。

「クロンヴァール陛下、どうなさいますか。僭越ながら意見をさせていただきますと、経路の変更も考えるべきだと私は思うのですが」

 そう言ったのはハイザーさんだ。

 去り際の熊男の言葉を受けての提案なのだろう。

 元々迂回派っぽい感じだったし、考えるところがあったのかもしれない。

 それに対しクロンヴァールさんは少し考える素振りを見せ、

「下らん誘導に乗ってやる義理もなければ敵の言葉に踊らされるつもりもない。と、私は考えるが?」

「お待ち下さい陛下、それは危険です。確かにあやつの言葉は誘導かもしれませんが、やはり無視してしまうべきではない」

「ここにきて安全を優先しろと?」

「我々はこの国に生きる兵士です。ゆえにこの山が敵を包囲すること罠を張ること、加えて挟撃、待ち伏せに適していると知っております。あの魔族が居たということは敵もこちらの動きを予想していたということ。であれば裏目を引く可能性が僅かでも増した今、そうなった際の被害を考えご一考いただきたい次第であります」

 クロンヴァールさんはもう一度顎に手を当て、考える素振りを見せて視線をこちらに向けた。

 同じ馬に乗っているせいで僕を見たのかユメールさんを見たのかははっきりしなかったが、ユメールさんは自分にアイコンタクトを送られた気満々らしく、

「お姉様、悔しいですがこいつの言うことも一理あるです。このまま進んで部隊が半壊にでもなればお姉様の名誉が傷付くです。まあ、お姉様が進めと言うならクリスは例え火の中水の中ベッドの中ですですっ」

 後半に意味不明な宣言を織り込みつつ、なんかくねくねし始めた。

「ふむ……土地の性質の話を持ち出されては簡単に棄却するわけにもいかない、か。難しい問題だがお前達の意見も考慮には値することも事実。コウヘイ、お前はどう考える」

 クロンヴァールさんは今度こそ僕を見た。

 気持ちとしては時間のロスを避ける作戦を取りたいのだろう。

 仮に五百人の部隊を率いていなければ『取るに足らん』とかいって突っ込んでいきそうだし、そうでなくてもここに居るのが自分の部下だけであったなら同じ選択をするだろう。

 ユメールさんがそうである様に、クロンヴァールさんの部下の兵士はクロンヴァールさんの意志や決定は絶対であり全てにおいて優先され、何よりも正しいと思っている節がある。

 王と家臣という関係ならば当然なのかもしれないけど、一つの意志で全てが決まってしまうとうのも柔軟性に欠けるのではないか。なんてことを常々思っていた僕だったが、それを補うのがハイクさんやアルバートさんなんだと思うと色々と上手く出来ているものだ。

 と、今はそんな分析をしている場合ではなかった。今は僕の役目を果たさなければ。

「あくまで有無の確認ですけど、部隊を二つに分けるという選択肢は?」

「ないな。敵陣間近まで来て兵を分散するメリットはない」

「ではこのまま山を進みましょう。時間の無駄です」

 副将として大将クロンヴァールさんに同行しているならば僕の仕事は二つ。

 わざと反対意見を唱えて大将の選択肢を増やすこと。そしてその上で大将の意志を後押しすること。

 そう思っての発言だったのだが……その意図を汲んでもらえなかったのか、ハイザーさんはほとんど反射的に僕の言葉を遮った。

「時間の無駄とは何たる言い草ですか! 副将殿は分かっておられない! 過去にここで挟撃にあって部隊が全滅した例もあるのです。貴方は兵士を無事に帰すことも大事だと言ったのではなかったのですか!」

「おい貴様っ、我らが元帥閣下に無礼な真似をするな!」

 近くに居たグランフェルト兵が間髪入れずにハイザーさんに食って掛かる。

 まさか庇ってくれるとは思いもよらず、上官として信頼を得たのかななんて思うとちょっと感動しそうになったが、している場合ではないので彼を手で制しハイザーさんと向き合った。

 まあ……今のは僕の言い方が悪かった、怒られても仕方がない。

「ハイザーさん、僕は別に安全を蔑ろにしようと思っているわけではないんです。ただ今この瞬間の安全と無事に帰ることの両方を取ろうと思ったならやはりこのまま山に進むべきだと言っているだけで」

「根拠を……聞かせていただいても?」

「あの熊男の狙いがどうであれ、僕達が取り得る選択の結果として考えられるのは四つ」

 一つ目はあの熊男の言葉通り、このまま山に入った結果そこに罠なり待ち伏せなりが待っているパターン。

 二つ目は熊男の言葉が迂回させるための誘導で、進路を変えた結果そこに罠や待ち伏せが待っているパターン。

 三つ目はどちらの道を選択しようとも罠や待ち伏せが待っているパターン。

 そして四つ目が逆にどちらを選択しようとも罠や待ち伏せなど初めからないパターン。

「この中で山を越えるという選択が間違いだったと言えるのは三つ目だけです。それもさっきのハイザーさんの話じゃないですけど、同じ罠に掛かるなら山の中じゃ無い方が少しはマシだというレベルの話でしかありませんし、逆に僕達にとって最悪な結果である四つ目のパターンだった時にロスが大きすぎるんです」

「お待ち下さい副将殿、なぜ山に進むべきではなかったと言えるのが三つ目だけだと言うのです。一つ目の場合こそが最悪であるはずでしょう」

「そんなことはありません。そもそも一つ目と二つ目のパターン自体僕達にとってはあり得ないことですから」

「あり得ない? それは一体どういう意味です」

「僕は最初に確認しましたよね? 部隊を分けるという選択肢は無いのか、と。迂回した結果その先に罠がなければ、ほらみたことかと思う人がいるでしょう。山中に罠が無い裏付けにはならないはずなのに。このまま山を進んだ結果罠があれば、言わんこっちゃないと思う人がいるでしょう。迂回して同じ目に遭わない証明にはなっていないのに。でも実際のところそれは部隊を分けない以上確認のしようがないことなんです。ならば初めからどちらにも罠がある前提で考えるべきであり、どちらにも罠があるかどちらにも罠が無いかという五分の話であれば相手の目論見を外す選択は間違いなく山に進むこと。もしも誘導以外に狙いがあった時、例えばこうして不信感を煽ったり仲違いをさせようとしていたり、或いは時間稼ぎをしようとしているというのが現実的でしょうか。前者なら今こうしていることがすでに相手の術中ですし、迂回した時点で後者にしても同じ。僕は後者であると思っていますし、そうでなくてもどちらにも罠がある前提で進むならば罠がある可能性があるという情報があるだけ危険度も減るはず。冷静に考えれば僕達がこのまま進むことを阻みたいからこその捨て台詞であると考えるのが順当な考え方であり、まんまと時間を稼がれることでこの先に本当に罠を仕掛ける時間や迎え撃つ準備をする時間を与えてしまうぐらいならその時間を潰す道を進む方が結果的に安全を追うことにも繋がる。その時にはまず罠があるかもしれないなんて情報は無いわけですから」

 長い説明が終わる。ハイザーさんは難しい顔をして僕の言うことを聞いていた。

 納得したともしていないとも取れる表情ではあったが、彼の口から言葉が出てくるよりも先にクロンヴァールさんが方針決定の号令を出してしまったことで有耶無耶なまま話は終わり、僕達はそのまま山を越えることとなる。

 僕の話がクロンヴァールさんの決定を後押ししたのであれば幸いだとは思うし、ハイザーさんも異議無しと答えていたので取り敢えずは大丈夫だろう。

 あとは無事に山を越えるように注意を怠らず、思考を放棄せず。

 気を引き締めるべく胸の内に秘めたそんな決意も取り越し苦労に終わり、結果的に僕達は何事もなく山を越えた。

 罠も他の誰かや魔物と出会すこともなく、勿論誰一人欠けることもなく、だ。

 そこからは予定通り山から少し進んだ先にある森へと部隊は進んでいく。

 地図によるとこの森は途中で大きな峡谷によって割られており、そこにある橋を渡った先に砦があるということになっている。

 しかしまあ……さっきの山といいこの森といい確かに不意打ちをするにはもってこいの場所だな。

 馬を操縦しなくていいおかげで辺りを見回したりしながらそんなことを考えていると、ハイザーさんが馬をすぐ隣につけてきた。どこか神妙な顔で深く頭を下げる。

「副将殿、先程は身の程を弁えぬ物言いをしてしまい申し訳ありませんでした。以後同じ過ちを繰り返さないよう肝に銘じておりますので何卒ご容赦をいただきたく存じます」

「いえ、お構いなく。僕は出来るだけ意見は言って貰えた方がいいと思っているので。全員が納得する道というのは難しいかもしれませんが、何か気付いたことがあったなら代表して僕や大将にそれを言うのがあなたの立場ですから」

「寛容なお心、痛み入ります。しかし……この先でとうとうあの戦争麒麟児と対峙することになるのですな」

 ハイザーさんの表情には不安の色がはっきりと見て取れた。

 戦争麒麟児、それはすなわち向こうの大将だ。

 先代の王を暗殺しただとか、天武七闘士の一角であるとか、まあ物騒なことこの上ない人物であろうことは容易に想像出来る。

 しかし、今になって言うのもなんだが僕はそうはならないのではないかと思った。

「なぜそう思うのです」

「今この国は七つの都市を帝国騎士団に占拠されていて、一つの都市に十数人がいるという話をしていましたよね。十数人が七都市、それだけで総勢三百人のうちの百人近くは減っている計算になります。残る二百人では今ここに居る五百人にさえ遠く及ばないわけで、そうでなくても数や規模でこれだけの差がある以上向こうも真っ向勝負はしたくないでしょうし、するつもりもないのではないかと思うんです。全面対決を望んでいるならそもそも都市の占領はしない。人質を取るわけでもなく、何かを要求するわけでもなく、それでいて都市を明け渡す気はない布陣を取っているのはなぜか。先程の熊男の発言を踏まえて考えると……やはり何か時間を稼ぎたい理由があるのではないかと僕は思うんです」

「な、なるほど……ですが、奴らが時間を稼ぎたい理由とはなんなのでしょう」

「そこまではまだ分からないです。もしかするとそのうち例の魔王軍の援軍が大量に来るかもしれないですし、何かしらの罠を仕掛けるための時間や準備をするのに必要な時間かもしれないですしね」

「では、それを阻止するためにもここで我々の部隊で本拠地を叩かないとならないというわけですか」

「いえ、それが最初の話でして、時間を稼ぐ目的があるのなら向こうはぶつかることは避けようとすると思うんですよ」

「つまり、すでに敵は逃げていると?」

「その可能性もないではないですが、外から援軍が加わっていることは間違いなく相手も知っている。もしも僕が相手の立場だったら……」

 僕は手に持っていた地図のある一点を指差した。

 この先にある深く幅のある大きな峡谷。

 そこに架っている、僕達にとってそれを渡らなければ目的地に到着することが出来ないという意味を持つただ一つの橋だった。

「僕が相手側で指揮を執っていたなら、この橋をとっくに落としています」

 言うと、ハイザーさんは驚き目を見開いた。

「そ、そんな……」

 悔しさ、歯痒さが感じられるその表情は任を果たせないことに対する無念だろうか。

 僕にはそんな彼に掛ける言葉が思い付かなかったが、進んだ先にあった光景はまさしくそんな予想の通りだった。

 深さは数十メートル、距離もほとんど同じぐらいの深く広い峡谷にあるはずの橋は、すでに消えてなくなってしまっていた。

 僅かに散らばる残骸が真新しいところを見るに、落とされてからそれほど時間が経っていないのだろう。

 他に向こう側へ渡る術を持たない僕達に出来ることは、しばらくの間ただ呆然と橋のあった場所で遙か下方に流れる大河を見つめたまま立ち尽くすことだけだった。

 それから少しして、憎々しげに舌打ちをしたクロンヴァールさんの決定により本隊は一旦城へと引き返すことが決まった。



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