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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

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【第十一章】 槍と命、そして国と未来

11/8 誤字修正 捌き→裁き



 目を覚ますと、既に隣にセミリアさんの姿はなかった。

 あの人は毎朝日課として剣を振っているという話だ。

 僕を起こさない様に布団を出て、恐らく今頃は汗を流しているのだろう。

 昨夜、色々と格好付けていた僕だったけど、セミリアさんの気が少しでも楽になったなら良かったと思う。

 その時に決めた通り、僕も今日からは気を持ち直して自身の立ち位置を見誤らず、その中で尽力していくという決意は一夜明けても変わりはない。

 多くの人間が命懸けで戦っていて、今の僕はその中に居る。

 知ってしまい関わってしまったならば、異世界の人間だという言い訳で責任から逃れ、一人だけ危ない目に遭うのは嫌だなんてことは許されないのだから。


「出来ることを精一杯、だ」


 そんな決意は何度目だったかというぐらいしてきた僕だけど、言い訳や誤魔化しを捨てたのは今この時が初めてなのだろう。

 人の命が失われていく横でのらりくらりしている場合ではないのだと、人の死を間近で見て、或いはセミリアさんの過去を知って再認識したとでもいうのだろうか。

 少なくともここ最近お城で姫様の相手をしながら何不自由なく暮らしていたことによる危機感の欠落は全くと言っていい程なくなっていると言える。

 立派であることよりも、賢くあることよりも、大事な物はきっとあるはず。

 僕一人というちっぽけな存在では誰かを笑顔にすることなんて出来ないかもしれない。

 だけど誰かの不幸の原因を取り除く手助けぐらいならばその意志があれば誰にだって出来るのだ。

 するべきことと出来ること、進むべき道と守るべきものを(たが)えず、求められている姿とあるべき姿あろうとする姿を混同させず。

 それが本来この世界にいるはずのない僕がこの世界にいる意味を持つための一番の方法だと思っているからこそ僕は。


「間違えない……絶対に」


 一つの判断が自陣、相手陣、そのどちらでもない人達、いずれかの命の行方に直結するのだから。

 起きがけに抱いたそんな思いを胸に、僕は出陣の朝へ挑むべく布団を出る。

 体感的に割と早めに起きたつもりでいたのだが、布団と二つになった枕を整理し着替えているタイミングでこのお城の使用人の女性が食事を持って来てくれたところを見るに意外とそうでもなかったらしい。

 顔を洗って食事をいただき、食べ終えた食器は置いておけば下げに来ると言われたのでお言葉に甘えてそのまま部屋を出た僕はその足でレザンさんの部屋に向かった。

 これは余談だけど、グランフェルトのお城と違ってこの国の使用人達の格好はいかにもメイドな格好である。もし今回もあの方が同行していたら泣いて喜んだことだろう。

 さておき、三つ程隣にあるレザンさんの部屋を訪ねると幸いまだ部屋に居てくれた。

 あからさまに『なんだお前かよ』的な顔をされたものの、今日の段取りに関して話があると言われれば立場上断れないのか渋々部屋に招き入れてくれる。

 いくら僕が気に食わない上官であっても副将を務めるだけのことはあるらしく、レザンさんは部隊編成に関して二つのお願いをし、その説明をする僕の話をそれなりに真剣に話を聞いてくれた。

 聞き入れてくれる見返りに下心全開の交換条件を出されたとはいえ、本来このグランフェルトの兵士の中では一番偉いレザンさんが協力してくれることで他の三百人にもスムーズに話が伝わるのならありがたい限りだ。

 そんな話も十五分そこらで終わり、レザンさんの部屋を後にした僕はそのまま城の外に出ようと思ったのだが、僕達が借りている部屋が並ぶこの別棟を出るべく廊下を歩いている途中にあるサミュエルさんの部屋の前を通ったところで足が止まった。

 サミュエルさんは勇者でありながら僕が預かったグランフェルト軍に客将として参加している立場だ。

 恐ろしく強いし、実際は面倒見もいいし嫌な顔をしながらでも僕には協力してくれる良い人なんだけど、その反面恐ろしいまでに協調性が無く怖い物知らずなのに加えて己の価値観が行動原理の全てであり基本的に他人に感心が無い。

 そんな頼もしいやら不安やらなサミュエルさんは戦場に向かう朝をどう迎えているのだろうか。

 様子見と釘を刺すことが出来るならそうしたい気持ちもあって挨拶と称し部屋を覗いてみようかと思った僕だったが、どんな理由であれ訪ねていって不機嫌そうな顔をされなかった記憶が無いので躊躇われる。

「…………」

 あー、どうしようかなー。

 と、立ち止まって逡巡したのち、そんなこと言ってる場合じゃないだろうと腹を括って怒られるのを覚悟で部屋の扉を叩いた。

 案の定面倒臭そうな返事が返ってくる。

「……誰?」

「僕です」

「…………」

「…………」

 扉を挟んで謎の沈黙合戦。

 また面倒なのが来た。とでも思われているのだろうか。

 ここで出直しましょうかと言ってしまえば今後ずっとこの対応をされそうな気がするので僕はもう一度同じ台詞を繰り返すことにした。

「僕です」

「はぁ、二回も言わなくても聞こえてるっての」

 呆れる様なうんざりした様なサミュエルさんの口調に観念したのだと勝手に判断し、僕は扉を開く。

 サミュエルさんは食事中だったらしくベッドのヘッドボードにもたれ掛かるようにして座り、パンを手に持っていた。

 髪は湿っていて、首にタオルを掛けているあたり汗を流した直後の様だ。前回みたく素っ裸の状態じゃなくて何よりである。

 そんな感想を抱く僕の心など知る由もないサミュエルさんは『つまらない話なら即刻追い出すわよ』という顔で僕を見て、


「要件は?」


 そっけなく言いつつ、一応は来客であることなど気にも留めずにパンを食べる動作を再開する。

「特に用があったわけではないんですけど、先日怒られたので朝の挨拶をしておこうかと」

「そりゃ殊勝な心がけで。と言いたいところだけど、アンタのことだからどうせ下らない話があるんでしょ」

「いえ、そういうわけでは。ただこの後占拠されている都市に向かうわけですし、どういう感じかなと思って」

「別にどうもしないわよ。戦いに赴くたびにいちいち心構えを見直すほど素人じゃないわ」

「…………」

 呆れるべきか安心するべきか、やっぱりサミュエルさんはいつだって何かを畏れて尻込みをしたりはしない。

 僕は正直に言えばサミュエルさんにも味方でいてほしい、

 しかし、今日ばかりはそれも難しいだろう。

 反乱軍である帝国騎士団にはセミリアさん達と同格であると言われる程の戦士が何人もいるという情報がほぼ間違いない様な状況だ。

 そうなればかつて魔王の少女と対峙した時と同じく、自分が死なないためには相手を倒す以外にない、そういう状況がどうしたって生まれる。

 そんな中で出来れば話し合いで、なんて悠長なことを言っていられるわけもない。それに、


『私は連合軍だろうが反乱軍だろうが向かってくる敵は殺すから』


 今思えばサミュエルさんは出発前、僕がそう言い出す可能性に気付いてそんなことを言ったのだろう。

 少なからずこの世界で行動を共にし、時にはサミュエルさん自身の話を聞いた中で分かったこと。

 それはサミュエルさんの考え方では力とは純粋な強さであり、主義主張を通す何よりも重要な要素であるということだ。

 例えば師事していた誰かが死んだという話を聞いたことがある。

 住んでいた国が無くなったとも言っていた。

 右腕はまるまる義手だし、目だって片方は作り物だ。

 そんな過去と彼女の価値観にどれだけの因果関係があるのかは定かではない。

 だけど乱世を生き抜いたそれらの経験が生き方、考え方を構築する大きな要素になっているはず。

 そんなサミュエルさんのそんな生き方、考え方を正すほど僕はこの人の事を知っているわけではないし、例えばセミリアさんと同じ様に生き方を変えてしまうだけの壮絶な過去がサミュエルさんにもあったとして、僕に今の彼女が間違っているなどと言う資格なんてない。

 仮にあのセミリアさんが復讐心を抱いていたとしても、それが普通の人間だとさえ思ってしまえる程に残酷な過去だったと思う気持ちは今なお変わりはないのだ。

 だから僕には、せめてもの願いを込めてこう言うしかない。

「絶対に……無事に帰ってきてくださいね」

「なんでアンタが心配そうなのよ。もう言い飽きたけど、相変わらずワケ分かんない奴」

「親分がいなくなれば、子分は悲しむものでしょう」

「そうなるつもりは微塵もないけど、そうなったならただ私がその程度の人間だったってだけのこと。その時は人を見る目がなかったと割り切ることね」

 間違っても自分から子分にしてくれと申し出たわけではないので人を見る目は全く関係ないが、やはりその表情や口調態度には何の憂いも感じられない。

 サミュエルさんの場合、負けるつもりがないと思っている部分も大いにあるだろうが、それ以上に負けたとしてもそれは負けた奴が悪いという考えが前提として存在している。

 ゆえに恐れず、躊躇わない。

「人の部屋来て暗い顔してんじゃないわよ、こっちの気が滅入るっつーの。アンタ如きに心配されなくても負けやしないわ。分かったらさっさと帰れ。あとそこの靴取って」

 面倒臭そうに言ったその台詞は僕を安心させようとしてくれたのか、無事に帰って来ると遠回しに約束してくれているつもりなのか、ただ単に煩わしくなってきただけなのか。

 ほぼ間違いなく三つ目だろうけど、それでも問答無用で追い出されないだけただ冷たいだけの人ではない。

 サミュエルさんのそんな性格が戦地であっても変わらずにいてくれたことが分かっただけでも良かった。

 そんなことを思いながら、背後で脱ぎ散らかされていた丈の長いブーツをベッドの傍まで運んでから僕は部屋を後にするのだった。


               ○


 その足で別棟を出ると、僕は城の外へと向かった。

 行き先は昨夜コルト君に聞いた城の裏側にあるという墓地である。

 既に昨日亡くなった十名の兵士達はそこに埋葬されていると知り、せめて合掌ぐらいはしておこうと思ったのだ。

 無宗教な僕ではあるが亡骸を目にしたこともそうだし、何より僕達を案内するために港に居た兵士だ。冥福を祈るぐらいはさせてもらっても罰は当たらないだろう。

 意識改革というか、この先起こるであろう争いの中に身を投じる自分への戒めとして一つの判断ミスや気後れがどういう結果になってしまうのかを助けることが出来なかった命の重みを借りて心に刻んでおこうと思った。そういう理由だ。

 城の裏側に回る道が分からず少し迷ったものの、通りがかりのサントゥアリオ兵のおじさんに道を教えて貰って無事に到着。

 そこには霊園の様な芝生の広場が結構な面積で広がっており、日本のような墓石ではなく木や鉄で出来た十字架が数え切れない程に並んで立っている。テレビで見るアメリカの墓地なんかに近い感じだ。

 彼らの名前を知らない僕はそばに居た監視役の兵士に昨日埋葬された人達の墓の場所を聞き、案内してもらうとその十字架の前で片膝を付いて手を合わせ目を閉じた。

 どうやら一人一人が別の墓の下に埋まっているわけではなく、同じ場所で亡くなった人は同じ墓に埋葬されているようだ。

 事実目の前の十字架にはきっちり十人分の名前が刻んであった。

「…………」

 自ら視界を閉ざすことが脳裏に様々な記憶や思いが呼び起こされ、交差していく。

 彼らの無念を考えると胸が傷む。

 同僚や家族の気持ちを想像するだけで涙が出てくる。

 助けてあげられなくてごめんなさい。

 間に合わなくてごめんなさい。

 そんな贖罪の気持ちと、今後また同じことが簡単に起きてしまう状況に対する不安とで心が酷く乱れていることが分かった。

 顔見知りのグランフェルト兵やセミリアさんにサミュエルさんにレザンさん、クロンヴァールさんやアルバートさん、ハイクさん、ユメールさん、コルト君。

 もしも彼らに同じ事が起きたなら僕はどう思うだろうか。

 いつだって何かを達成するよりも一緒に居る人達の安全ばかりを考えてきた僕だけど、それでも今までこの世界でやってきたことを考えると誰の死にも直面しなかった方が不思議なぐらいだ。

 かつてサミュエルさんとやり合った鳥獣ハヤブサや僕が命を奪ってしまった死霊天狗ドーブルを含む化け物の一味達の死だって後味悪く思っているぐらいだし、巨大なイカやムカデ、コウモリなんかだと割り切れる度合いもまだマシだけど、人型で言葉を操るとくれば尚更だ。

 そんな、今は無関係な記憶まで掘り起こし、余計な想像力を働かせるせいでますます不安定になっていく感情に気付いてそれらに歯止めを掛けようとした時だった。

「誰?」

 不意に背後から女性の声がした。

 人が近付いてきていたことに全く気付いていなかった僕は反射的に振り返る。

 後ろから近付いてきていたのはこの国の兵士のトップに立つ人物であり、セミリアさんやクロンヴァールさんに並ぶ実力者であると言われている若き女戦士エレナール・キアラさんだった。

 歳は推定で二十歳過ぎ、肩に届かないぐらいの金髪と背中にランスといわれる物に分類される様な円錐型の長い槍を背負っているのが特徴的な端整な顔立ちをしていながらもクロンヴァールさんとはまた違った凛々しさを感じさせる女性だ。

 思いがけない人物との遭遇に慌てて涙を拭って立ち上がったものの、流石に正常な状態ではないと思われたのかキアラさんは少し心配そうな顔で僕を見ている。

「お、おはようございます、キアラさん」

「貴方はグランフェルトの元帥の……コウヘイ君、でいいのかしら」

「はい。康平です、樋口康平。こうして直接会話をするのは初めてですよね、グランフェルトの代表として、と言えるかどうかは分かりませんが、よろしくお願いします」

「私はこの国の軍隊である【王国護衛団(レイノ・グアルディア)】の総隊長を務めているエレナール・キアラです。挨拶も出来ていなくてごめんなさいね。こちらこそどうぞよろしく」

 キアラさんは律儀にも自己紹介を返してくれた。

 昨日の顔合わせの時のイメージでは終始真剣な表情をしていたし、気の強い人なのかと思っていたのだが、その声や口調、表情からは少なからず優しさが感じられる。

「ところでコウヘイ君……もしかして、泣いていたの?」

「す、すいません。そういうつもりではなかったんですけど……」

 やはり泣いていたことは隠せていなかったらしい。

 少し恥ずかしいけど、キアラさんからすれば他所の国の男がお墓の前で泣いていれば変に思うのも無理はないか。

「別に責めているわけではないの。ただ、ちょっと不思議に感じて」

「不思議、ですか」

「これは昨日亡くなった兵士達の墓。分かっていてここにいるのだと思うし、かくいう私も弔いに来た身なのだけど……どうしてコウヘイ君が泣いているのかなと思えてしまって。勿論悪い意味で言っているわけではないのだけど、彼らと知り合いだったの?」

「まさか。この国で暮らしている人と会話をしたのは昨日この城に来た時が初めてだったぐらいですよ」

「だったらどうして君が涙を流すのか、聞かせてもらっても?」

「うーん……説明しようにも理由なんてないので難しいですね、というか理由が必要とも思っていませんし。確かに彼らと僕は赤の他人です。名前も知らない、話したこともない、だけど人が死んで悲しいと感じてしまう理由は口で説明出来るものではないかなと。自分でも僕がそういう人間だったとは思っていなかった部分もあるので言いたいことが上手く纏まらなくて申し訳ないのですが」

「コウヘイ君は優しいのね。他国の人間に対して自然とそう思える人はそう多くないもの」

「多分、優しいからというわけじゃないです。どちらかというと性格は捻くれているとさえ思っているぐらいですから。そういう意味ではこの行為だって自分に対しての側面の方が強かったのかもしれません。僕にもっと広い思考があれば死なずに済んだかもしれない、助けられたかもしれない。そう思うとやるせなくなってしまって、後から悔やんでいるばかりの自分がとても愚かしく感じてしまう。リュドヴィック王にお世話になる前の僕ならばきっと他人事丸出しの感想を抱いて終わっていたと思います。警さ……軍隊の人が亡くなったと聞いても、誰かが誰かに襲われて命を失ったと聞いても、物騒な世の中だなーなんて漠然と思っていた。そんな僕が当事者になって初めて怖さを感じている。グランフェルトの指揮官という役割を与えられた。喧嘩の一つも出来ない僕の命令を兵士達は聞かなければならない。僕の指示や判断一つで人が死んでしまうかもしれない。そんな状況で、戦争に参加しようとしている状態で、顔見知りかどうかで割り切れる程簡単じゃないということなんだと思います。慣れ不慣れの問題であったり経験の無さゆえのことだと言われればそれまでですけど、ついこの間まで全てが他人事だった僕が今ここに居る以上、少なくとも僕にとっては同じ国の人であっても他所の国の人であっても、例え敵と表現される人達であっても、戦争という愚かな行為によって死ぬ人間に区別なんてないんです。死んでも仕方ないという理由になるとも思いませんし、それが戦争だ、なんて言い訳も受け入れることが出来ない。人間を滅ぼそうとしている化け物でもないのに……人間同士なのに……どうして殺し合わなければいけないのか……僕にはそれが中々事実として向かい合うことが出来なくて」

 本来他所の国の人間に言うべきではなかったはずの言葉を、僕は抑えきれずに吐き出していた。

 キアラさんの人柄に油断していたのか、戦争をしているこの国のトップである彼女を軽蔑する気持ちが湧いてしまったのか。

 例えここが日本であったとしても同じことを言ったところで誰の胸にも響くことのなさそうな心の内を吐露せずにはいられなかった。

 戦地に足を踏み入れ、事故でも病気でもない人の死と接し、自身も幾度となく自分の命を奪おうとする者と対峙し、戦ったり考えたりした結果どうにか死なずに済んだ。

 僕だってそうした経験があって初めて命の重みを感じているのだと思う。そうでなければ僕が他人の死によって涙を流すようなことはなかっただろう。

 今ここに来たことだって自己満足の意味合いが強くて、悔やむ気持ちや申し訳なく思う気持ちは当然あれど、それをここで懺悔することで免罪符を得ようとしているだけなんじゃないかと、言い換えればただ自分が少しでも楽になりたいだけの行為でしかないんじゃないかと思えてきてしまう。

 そんな自分はちっぽけだと思う。でも、だからこそ同じ事を繰り返さないために尽力しようと思う気持ちに偽りはない。

 しかし、だからといってやはり今ここでキアラさんに言うべき言葉ではなかったことに気付き謝罪しようと思った僕だったが、キアラさんは言い返してくるでもなく、憤慨するでもなく、神妙な面持ちで視線を僕からお墓の方へと移した。

「私も……本当にそうだと思うわ。人の性といえばそれまでだけど、人間は本当に区別や差別が好きな生き物だって。数と力で差別されてきた彼らが時を経て力でやり返そうとする。この国の歴史はその繰り返し。そして繰り返しているのにこの国の人々は区別される側の気持ちを分かろうともしない。それがこの国というものなのかもしれないと思うと心が傷むわ。だけど、私は情に流されて足を止めることはしない。私一人に全てを救う力は無い、だからこそ救えるもの、守るべきものを見誤らないと私は誓った。戦争に参加する以上は誰もが過ちを犯していると私も思う。だけど私は一人でも多くの民の未来を守る、それが総隊長を引き受けた理由だから」

 キアラさんの目には確かなる決意が滲み出ていた。

 その姿はどこかセミリアさんに通じるものがある。僕にはそう写った。

 それは第三者達の中での多数派としての意見に左右されない、己が信じ貫くべき正義を突き進む意志だ。

 それが分かっただけでも、こうして話が出来てよかったと心の底から思う。

 少なくともこの人は戦争だから仕方がない、悪いのは向こうだ、敵を滅ぼせば解決だ、そんなことは考えていない。

「キアラさんが……そういう人でよかった」

 色んな意味でホッとした途端、少し気が抜けてそんなことを言ってしまった。

 キアラさんは言葉の意味が分からず、不思議そうな顔をする。

「どうしてそう思うの?」

「もしも戦争の正当性を口にするような人であったら、きっと今後こんな風に話をしようと思わなかったでしょうから。全てではないにせよ、僕は知識としてこの国の歴史を知っている。彼らがこの国に何をしたのかも、この国が彼らに何をしたのかも。その王国護衛団のトップに立つあなたが争いを憎む人であるなら、僕も救われるってものですから。それに従うかどうかは別として、ただ敵を滅ぼしそれを解決とするために呼ばれたのだと思っているよりは心強いというものです」

「間違っても正当性を訴えるつもりはないわ。戦争という悲しい現実を繰り返している私達に一方に偏っていない正義や主張があるとは思っていないし、私も繰り返される報復合戦が一日でも早く終わることを望んでいる。でも、コウヘイ君の望む答えとは違っているかもしれないけれど、それだけに固執するわけにもいかないことも事実。かつて私が尊敬し、付いていこうと思っていた人ですら全てを救うことは出来なかった。だから少なくとも守るべきものを間違えないと誓った。その人に、そして自分に。例え神や閻魔に罪人だと裁かれることになろうとも、ただ一人を守るために戦う覚悟がある。私は正義の味方じゃなくていい、苦しみ助けを求めている誰かの味方になれればそれでいい。だけど、私の短い人生でそんな風に言ったのはその方以来君が二人目よ。この国の未来を守るために、君の力を貸してくれる?」

 キアラさんは再び僕の目を見て、右手を差し出した。

 この人ならば、僕やセミリアさんの考えに同調してくれるかもしれない。

 素直にそう思った僕は、それを口にする代わりにその手を握った。

 やっぱりセミリアさんやクロンヴァールさんと同じく、世界で最も強い七人のうちの一人であるという称号を持つ戦士とは思えぬ女性らしい細く柔らかい手だった。

「コウヘイ君から見て、私に出来ることがあれば遠慮なく言ってね。真の平和を望み、共に戦う同志として、同じ連合軍の副将として、力を合わせていければいいと思うわ」

「ありがとうございます。でしたら、いきなりで図々しいのですけど一つお願いしたいことがあります」

「聞かせて」

「コルト君を……守ってあげて欲しいんです。彼は何かを背負わされていい子ではない、少なくとも今はまだ」

 グランフェルトにも十五、六歳の兵士は少なからず存在する。

 だけど彼らは言わば新兵に分類されていて、望まずして前戦に、或いは誰かの上に立たされることはない。そうするだけの強さや実績を持っていない限り数年は訓練と下働きをするのが踏むべき段階とされているからだ。

 そして彼はきっとそんなことを望んではいない。

 戦場で傷付け合うことを使命とし、何かを背負って立つには精神的にも性格的にも幼すぎる。

 戦いたくなくても戦わなければならないことにはこの国やこの世界の事情があるのだろう。それぐらい僕にも分かってる。

 それらを簡単に変えることが出来ないなら、せめて人と人との繋がりや思い遣りが些細なことであっても他の何かを変えてあげられるなら手を差し伸べてあげるべきだ。

「コルトのことも気に掛けてくれるのね。現実として魔法使いが貴重なこの国では彼を部隊から外すことは出来ない。だけど今の肩書きを持つには若く未熟であることは私も本人も分かっているの。護衛団の一員として、魔法部隊隊長として、情けない姿を見せるなと口酸っぱく指導しているけれど、少なくとも命の危険を感じた時には安全の確保を優先するように言ってあるわ。例え逃げ出しても責めることはしない。死ぬまで戦ってこいだなんて命令を出す様な人間に総隊長は務まらないもの、兵士一人一人の命もまた私にとっては守るべきものだから」

 キアラさんは優しい目で真っすぐに僕を見ている。

 コルト君もキアラさんは優しい人だと言っていたし、上に立つ人がこういう人であっただけまだよかったのかな。

 あの怖い目と機械的な冷たさを感じさせるノーマンさんとは大違いだ。

「ありがとうございます。そう聞いただけで少し安心しました」

「あら、どうしてコウヘイ君がお礼を言うの? コルトは私の部下なんだから当然でしょう」

「それもそうですね。なんだか差し出がましいことを言ってしまいました。色んな心配をしているうちに立場もなにもごちゃごちゃになってしまったんですかね。思ったことをそのまま口にしてしまって申し訳ありません」

「心配してそう言ってくれたならコウヘイ君はやっぱり優しい人間だと思う。この先辛いこともあるかもしれないけど、一人でも多くの人間が未来を失わないように私は総隊長としての責務を全うする。私は君に指導するような立場ではないけれど、コウヘイ君も決して無茶をせず道を誤らず無事に帰ってきてくれることを祈っているわ」

 キアラさんはそう言って、先程まで僕がしていた様に片膝を突いて両手を合わせ目を閉じる。

 僕もその隣で同じようにもう一度手を合わせた後、出陣する全部隊が集合することになっている城門前へと二人で向かった。


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