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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

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【第十章】 進むべき道

12/18 誤字修正

5/4 台詞部分以外の「」を『』に統一


 話を終えると、セミリアさんはもう一度天を見上げた。

 その目にはうっすらと涙が滲んでいる。

 掛ける言葉が見つからず、僕はただ痛む胸を押さえて話の内容を事実として受け止めるのが精一杯だった。

 十一歳の子供が目の前で親を殺され、村を焼き払われ、国を追われたという悲惨で残酷な幼少の記憶。

 同じ境遇にあって、他の誰が今こうして世のため人のために戦うことが出来るだろうか。

 僕がそうだったなら、恨み、憎み、復讐に心を支配され不倶戴天の敵として認識し続けているに違いない。

 むしろ報復に立ち上がった帝国騎士団を名乗る人達の方がまともな思考ではないのかとさえ思えてしまう。

「コウヘイ、お主が泣いてどうする」

 不意に伸びて来たセミリアさんの指が僕の目尻を拭った。

 ひんやりとした指の感触と目の前にある優しい表情によって考えて想像するだけで心が沈んでいくような思考の渦から引き上げられる。

 いつの間にか、僕は泣いていたのか……。

「すいません……何というか、泣くつもりも泣いていたつもりも無かったんですけど……あまりにも不憫で、慰めるための言葉も見つからなくて、何も知らずにセミリアさんのことをただ立派な人なんだと思っていた自分が間抜けに思えて……」

「コウヘイは優しいのだな。私の話がお主を苦しめてしまったのなら申し訳なく思う。だが、それがこの国というものだとコウヘイにも知って欲しかった」

「目の色のことはサミットの時に教えて貰ってましたけど、そこまで深刻な問題だったなんて思ってもいなかった。当事者になって初めて理解した気になって、今の話を聞いてやっと現実を突き付けられた。そんな感じです」

「この国の人間ですらそんな歴史や虐げられてきた者の末路を知る者がどれ程いるかというレベルの話だ。お主が理解していた方がおかしいというものさ」

「お兄さんやその女性のことはどうなったか、分かってないんですか?」

「私も何度かこの国に来た時に調べようとはしたのだ。リンフィールドという女性は元々この国の大臣だったそうなのだが、その頃には既に職を辞していたようで足取りを掴むことは出来なかった」

「首から掛けているのは……その人から貰った記章だったんですね」

 サミットのためにこの世界に来た日。

 夏目さんという当時一緒にこの国に来た女性がセミリアさんの首に掛かっているそれを見つけた。

 ネックレスチェーンに勲章バッジの様な物を通しただけの造りで、セミリアさんはそれを過去に自分を救ってくれた人にもらったのだと言っていた。あれはまさにその時の物だったのだ。

「そうだ。いつか会って礼を言わねばと思って身に着けているのだが、中々難しいようでな。私がその当時ここに暮らしていた人間だと知られるわけにもいかない以上は根掘り葉掘り城の者に訪ねて回るわけにもいかなかったのだが、聞いた話から推察するにこの村の夜襲で生き残った村人は居ないということになっている様だ。短剣一本で軍隊に突撃していった兄が生きていることもないだろう」

「そう、ですか……」

 こういうのを天涯孤独というのだろうか。いや、悪い言い方をすれば戦争孤児ということになるのか。

 普通の精神力ならこの国に来るだけで精神的な苦痛を伴うはず。

 それなのにセミリアさんはこの国のために戦おうというのだ。

 ならば僕を信じてくれるこの人の、セミリアさんのためにと考えて動く人間が一人ぐらいいたっていいじゃないか。そんな気持ちが強く沸き立ってくる。

 僕はセミリアさんが望む未来の実現を手助けをする。それが初めて出会った時から変わらない、僕がこの世界に居る一番の理由なのだから。

「それで、セミリアさんはこの後どういう優先順位で動いていくつもりなんですか? 最初に言った通り、他の国の人達がどういうつもりであっても僕はセミリアさんの考えに沿って行動するつもりなので。といっても、昼のようにドラゴン一匹目の前にいるだけでみなさんと違ってどうしようもなくなっちゃうんですけど……」

「そんなことはない、コウヘイがそう言ってくれるだけで私がどれだけ勇気を貰っていることか。それに、お主はドラゴン一匹に遅れを取るような男ではないさ」

「いやぁ……」

 それはさすがに……あれ一人だったら逃げ一択だったし。

 口でそう言いつつもなんだかんだで何度も戦闘を経験してきたからセミリアさんはそう思うんだろうけど。

 なんて誰に対してかも分からない言い訳を心で呟いていると、セミリアさんは意を決したように表情を引き締め、

「私の意志についてだが、戦争を止めることが出来ればそれが一番望ましい。だがそれに固執して民を犠牲にしてしまうわけにはいかない。魔王軍が横槍を入れてくるという話も踏まえるとその危険性は一層増すことは間違いないのだ。まずは占拠された都市を奪還し、民の安全を確保することを最優先に考えようと思う。無論、そこで帝国騎士団の者と対峙するならば話をしてみようとは思っているがな。例え僅かな可能性であっても、ゼロではない限り諦めたくはない」

「分かりました、では僕もそれを優先して動くことにします。僕は本隊の所属なので都市に向かうことは無いですけど、それでも出来ることは必ずあるはずですから」

「ああ。そしてお互い必ずや無事に帰って来る、約束だ」

「はい。必ず」

 力強く心強いセミリアさんの表情には未だ一点の曇りもない。

 セミリアさんの過去を知り、僕は何を思っただろうか。

 同情か、理不尽な運命を嘆く気持ちか、それとも今を強く生きるその姿にある種の恐れを抱いたのか。

 例えそのいずれであったとしても、僕は何があってもこの人の味方でいよう。

 そう己に誓った。


               ○


 出発から二時間ぐらい経っていただろうか。

 城に戻った頃にはすっかり広い城内の人影も少なくなっていた。

 少しばかり兵士の名簿と睨めっこをして、大変な明日へ備えて僕もベッドに入る。

 発光石の明りを遮断し、行灯らしき道具の光が部屋を照らす一人きりの空間。

 一人で過ごすには大き過ぎる部屋での生活はグランフェルト城で慣れていたはずなのに、今はどこか落ち着かない気持ちが湧き上がった。

 港では人の死を目の当たりにした。それも加害者は僕と大して変わらない若い男女だった。

 森の中ではおぞましいドラゴンを目の前で見た。

 烏天狗の化け物の時と同じく、何の躊躇いもなく目の前の人間を殺そうとするこの世界では常識とさえ言える種族間抗争はいつだって一歩間違えれば大惨事になる危険が付きまとっていることを身を持って知らされる。

 そしてつい先程。

 平和のための尊い犠牲でもなく、化け物に襲われるでもなく、歴史や戦に蝕まれた人の心によって全てを奪われたセミリアさんの過去を知った。

 例えば、歴史を辿れば日本にだって差別というものが存在したことは間違いない。

 身分や性別、出生など形は様々だったのだろう。

 今なお口にすべきではない生い立ちを差した差別用語も存在することも知ってはいる。

 しかし、それらはあくまで知識の中の話でしかない。少なくとも今の日本に生きる僕が今後も含めて当事者になることはまずないのだ。

 そしてそれは戦争にしても同じ。

 例えば日本が無宗教国家じゃなかったならば、かつてのドイツや朝鮮半島のように勝者の権利という理由で勝手に国を二つに分けられた過去を持っていたならば、この国の様に本来同じ国に生きているはず人々が命を奪い合ったのだろうか。

 それらもまた、知識を介して想像し仮定する以上のことが出来ないのは歴史上そうではなくて、この先そうなる可能性がほとんどないからこそのことなのだろう。

 なぜならそんな日本の在り方すらも、かつての敗戦が作り上げたのだから。

 そんな風に一人でいることがネガティブに拍車を掛けつつ天井を眺めていた時、再び部屋の扉が叩かれた。

 控えめなノックに一言返事をして扉を開けると、外に居たのは一度目と同じくセミリアさんだ。

 今度はセミリアさんも就寝の準備が済んでいるらしく、すでに鎧は身に着けていない。

 いつもの部屋着であるへその辺りまでしかない短いシャツと膝下まで長さがあるややふわっとしたズボン(夏目さんがガウチョパンツ? とか言っていた)という格好だったが、なぜか剣は手に持っている。またどこかに行くのだろうか。

「えーっと、どうしたんですか?」

 聞くと、セミリアさんは少しきまりが悪そうな顔で、

「情けない奴だと思われてしまうかもしれないのは承知しているのだが……コウヘイの布団で一緒に寝ても構わないだろうかという許可を求めて来た次第だ」

「………………はい?」

「正直、まだ精神的に落ち着かなくてな。あの村に行ったのは国を出てからは二度目だったのだが、最初の時はその場で嘔吐(えず)いてしまったほどだった。一人で居るとどうしても嫌なことばかり頭に浮かんでしまって眠れそうにもないのだ。迷惑でなければ布団に入れて貰えないだろうか」

「いや、まあ………………セミリアさんが嫌でないのなら僕は全然」

 そう答えるしなかいだろう。これ。

 話の内容が内容だ。

 辛い気持ちになるのは当然だと思うし、僕だって同じ様に一人じゃ不安だと思っていたぐらいだ。

 それを分かっていて突っぱねるということがどれだけ寂しい気持ちにさせるかはいくら僕にでも分かる。

 というか、それら全部を抜きにしても若干寂しそうな顔で、しかもこのセミリアさんにそう言われて断れる男はこの世には居ないんじゃなかろうか。下心の有無は無関係に。

 僕は相手が女性だからどうこうしようという気持ちは無いし、ある意味アルスさんで慣れ始めていたので僕に断る理由なんて……と、セミリアさんが少しでも辛い思いをせずに済むのならという受諾の意志も、誰に対してかも分からない言い訳の言葉を並べないと成立しないのだから男らしくないことこの上ない。

 そりゃそうだ。いつだって恥ずかしいのはむしろ僕の方なんだから。

 そんな具合で言い訳と正当性を頭で思い付く限り呟いている僕だったが、セミリアさんはホッとした様に一言『ありがとう、コウヘイ』と言うだけで特に意識している風ではない。

 ひとまず部屋に招き入れ、二人でベッドの方へと歩く。

 もっと緊張するものかと思ったけど、どう見ても普段とは違うセミリアさんの表情がそんな気持ちを一掃していた。

「僕も中々寝付けなかったんです。これからのことへの不安とか、やっぱり見聞きしただけでも辛い気持ちもあって」

「強く勇ましく……そうあろうと思って必死に生きてきたつもりだった。家族を失う悲しみや力に屈して失われる命を一つでも少なくしたいと精一杯鍛錬してきたつもりだった。だが……曲がりなりにも勇者と呼ばれていても、名を変えようとも、割り切れないものもあるということなのだろうな。この国に来る度に弱い自分を自覚してしまう」

 セミリアさんはベッドに腰掛け、目に見えるぐらい強く枕を抱く腕に力を込めた。

 こんなに弱々しい顔をするセミリアさんを見たのは一番初めに会った時以来ではなかろうか。

 そこに垣間見えるのは勇者も異世界も関係無しの十八歳の少女の姿だと言えよう。どれだけ剣の腕があろうとも、親兄弟の死を乗り越えることが簡単なはずがない。

 その肩書きや周囲の目がそれを見せることを許さなかった。ただそれだけなのだ。

 それに比べて僕がこの世界で日々口にしている逃げ口上のなんと小さなことか。

 サミュエルさんに言われた通り、持ち上げられ与えられる居場所に見合うだけの自信が無くて、それゆえに責任を負う覚悟が出来なくて、騙し騙しその場しのぎの言い訳を重ねて、そのくせ体面を気にしてはっきりと断ることも出来ない。

 今、目の前に居る女性はこれだけ壮絶な過去を持ってなおたった一人で国を背負って戦ってきたというのに……。

「セミリアさん、それは弱さじゃないですよ。その出来事があったからセミリアさんは今勇者でいるわけじゃないですか。誰かの死や、悲しいことをさっさと忘れてしまえる様な人に誰かを救えるはずなんてないんですから」

「コウヘイ……」

「使命感や正義感がセミリアさんを支えていることは分かります。でも、あまり気負いすぎないでください。誰だって苦しいことや悲しいことはあって当たり前なんです。いつどんな時でも感情を押し殺して振る舞わないといけないことなんてないんです。困っていたり辛いことがあれば誰かを頼ればいい、助けを求めればいい。少なくとも僕は何があってもセミリアさんの傍でセミリアさんの味方として出来る全てをするつもりでいます。どれだけ力になれるのかは分かりませんけど、セミリアさんに頼られるに足る人間でありたい。最初の出会いは偶然だったかもしれない、でも今はあの時よりも強くそう思っていますから」

 励まそうと思って選んだ言葉ではなく、自然と口を衝いたそんな文句はもしかすると自分に対しての言葉だったのかもしれない。

 それでもセミリアさんは安堵の表情と共に、もう一度僕にありがとうと言った。

「コウヘイがそう言ってくれたから私は今こうしてここにいるのだろうな。戦闘能力が無いだとか特別秀でた人間ではないとお主はよく言っていたが、例えば私は……同じ勇者であるサミュエルとは互いに切磋琢磨して国や世界を守っていければいいと思っている。リュドヴィック王には色々と世話になった恩義を感じている。クロンヴァール王は世界の先導者キング・オブ・キングスと言われている通り、世界の中心人物として平和な世を築き上げていくお方だと思っている。だが、私が何も考えずただ後を付いていけばいいと思えた人物は後にも先にもノスルクとコウヘイの二人だけなのだぞ」

「僕だって同じですよ。今こうして、少なからず誰かに必要とされているのはセミリアさんと出会ったからです。そうじゃなかったらずっと日本で当たり障りの無い人生を生きていたでしょうから」

 僕は基本的に事なかれ主義で、自分から何かしらの輪に加わろうとすることはほとんどない。

 言われてから、求められてから、必要とされてから初めて動く。そんな人間だ。

 そうなれば渋々であってもそれに応じるし、例えそれが遊びや悪巧みのような些細なことであっても断ってしまうことはほとんどない。

 それがどちらかといえば一人で居る方が好きな僕の交友関係の作り方であり、世渡りであったり社交性というやつだ。

 誘われればのこのこ付いていくものだから肝試しに行った挙げ句遭難事件になりかけたり、突然公園で酒盛りを始めたクラスメイトと一緒に補導されたりと面倒事に巻き込まれることもよくあった。

 母さんやみのりはそれを格好付けた安請け合いと言うけれど、冷めている風でいても、口では仕方ないなと言っていても、必要とされず気にもされずにいるよりは良いんじゃないかとその都度感じている。

 僕がこの世界にいることが僕にとって良いことかどうかは何とも言えない。

 だけどこの世界に、或いはこの世界の誰かに僕がこの世界に居ることで何かをもたらすことが出来たなら、それが僕がここにいる意味なんだと思う。

 セミリアさんの言葉に対する照れ隠しなのか、そんな柄にもないポジティブ思考で格好を付けながらもそれを口にする男らしさは持ち合わせていないという残念な前向きさを発揮していると、セミリアさんは微笑して抱えていた枕を置いた。

「必要とされるには必要とされる理由がある。きっかけこそ偶然であっても、私やリュドヴィック王にしても、私達が暮らす国にとっても、他に代わりがいる中で敢えてコウヘイを頼っているわけではないということを分かっていて欲しいと私は思うぞ」

「もしも本当にそう思ってもらえているのなら、僕がそうあろうとすることで何かが変えられる可能性があるということですよね。例えば誰かの今だったり未来だったりが、戦争によって、化け物達によって失われるかもしれなかった何かが。今まで僕は……少しでもセミリアさんの助けになれればと思ってこの世界に来ていました。王様や姫様の相手なんてそのついででしかなくて、どんどん与えられる役職も増えたり偉くなったりするのが正直あまり理解出来なくて、ただあの時セミリアさんと一緒に居たからという理由で英雄視されているだけな気しかしていなかった。この世界でなければ僕は間違いなく特別な人間ではないから尚更に。だけど今は少しずつですけど、逆に考えてみてもいいのかもしれないと思いつつあって、僕という人間の力は変わらなくても僕がしたいこと、するべきことのためにその肩書きや風評が役に立つのなら僕はそれを活用しようと思っているんです。思っているというか、今日そう思い始めたばかりでしかないんですけど……僕がここに居る意味があるのなら、その意味を少しでも強く大きな何かとして残すために」

「私が保証する、コウヘイには誰かを救う力がある。前にも言ったことがあるが、コウヘイはすでに多くの人間の未来を変えたではないか。私も勿論その一人だ、サミュエルもそうだ、コウヘイが居なければ囚われたリュドヴィック王を救うことは出来なかっただろう。コウヘイと出会ってシェルムを追い払うことが出来なければ我が国に未来はなかった。水晶の試練ではマリアーニ王を救い、シルクレアではクロンヴァール王の暗殺を阻止したのだろう? コウヘイがこの世界で過ごすことに意味を求めるならば、それはすでに十分過ぎるほどに為されていると私は思う。だから迷わず、コウヘイが正しいと思う道を進んでくれ。然すれば私はその道を共に行こう」

「セミリアさんがそれを望むのであれば、僕にとってはそれが既に進むべき道ですから」

 だから。

 僕に出来ることがあるのなら、遠慮なく言ってください。

 危険が迫った時には当たり前のように助けようと、守ってくれようとするセミリアさんを僕が頼りにしている様に。僕が助けになることが出来るのなら。

 そう言うと、セミリアさんは真っ直ぐに僕を見て、

「ならば、さっそく一つ頼みを聞いて貰うとしよう。今宵は一人では眠れそうにない、同衾してもらってもよいか?」

「それは……男としてはなんとも悩ましい質問ですね」

 比喩的な側面は持たず、言葉の通りの意味なんだろうとは思うけど……やっぱりなんとも答えに困って即答出来ない僕だった。

 セミリアさんは僕の言わんとしていることが分かっていないのか普通に首を傾げている。

「そういうものなのか?」

「セミリアさんが嫌だというのではなくてですね、どうしても若い男女ですから……少なからず照れ臭さを感じてしまって」

「ふむ、残念ながら私は恋愛というものをしたことがなくてな、そういう感情には疎いのだ」

「それは僕も同じなのでどちらが悪いというものでもないのでしょうけど……」

 だからといって普段であれば異性と同じベッドに入る勇気は勿論無い。

 やましいことがなければ他者に責められるようなことではないのだろうけど、現代社会に生きる健全な若者からすれば普通に抵抗がある。

 しかしまあ、この世界ではベッドは違っていても当たり前のように男女が同じ部屋で寝泊まりしてきたことも事実。

 その辺りも認識というか、物の考え方に違いがあるのだろうかとも思ったが、セミリアさんの次の言葉を聞くとそうでもないらしい。

「確かに私とてコウヘイ以外の男に同じ事を頼もうとは思わないし、コウヘイなら安心出来ると思っているのだが……普通はそうではないのだろうか」

「なんというか、変だということはないと思うんですけど……」

 僕に好意があるのではなく、信頼して貰えているという話であることは分かる。

 それだけに説明が難しい。

 そもそも何が悪いのかと言われれば別に何も悪くないし、言ってしまえば僕が恥ずかしいというだけの理由でしかない。

 怖くて、不安で眠れないと言う女性をそんな理由で追い返すというのは果たしていかがなものか。

 それでなくても『僕に出来ることなら遠慮せずに言ってください』なんて言った傍からそれでは先程の僕の一大決心やセミリアさんからの信頼も含めてグダグダになってしまう気がしてならない。あれだけ心根を晒し合ってそれではいくらなんでも虚しすぎる。

 結論、腹を括れ。

「いつまでも難しいことを考えていても埒が明かないですし明日も早いですし……寝ますか」

 さくっと寝れる自信は無いけど、と心で付け足した。

 アルスさんのおかげで多少なり耐性が付いていて良かったなー。

「あ、そうだ」

「ん? どうしたのだコウヘイ」

 一言謝辞を述べて先に布団に入ったセミリアさんを見てふと思い出したことが一つ。

 枕元に置いてあるバッグを開き、中に入っているポーチを取り出した。

 中に入っているのは日本から持ってきた各種薬剤である。

「セミリアさん、これを水で飲んでみてください」

「うむ? この白い粒はなんなのだ? この様な物は初めて見るな」

「僕の世界の薬なんですよ。睡眠薬といって、ぐっすり眠れる効果があります」

「ほう、微睡みの実のようなものか」

 微睡みの実というと前に高瀬さんが食べさせられたとかって物だったっけか。

 それも口にしたらすぐに寝てまったのだとか。

「似た様な物だとは思いますけど、この薬には睡眠作用だけじゃなくて抗不安作用もあるんです。精神的に落ち着かせてくれるので、きっとぐっすり眠れますよ」

「そんな物があるのか。いつ聞いてもコウヘイの世界のアイテムは凄いのだな」

 お言葉に甘えるとしよう。

 そう言ってセミリアさんはベッドサイドテーブルに置いてある備え付けの水をグラスに注ぎ、睡眠薬を飲み込んだ。

 僕も別の意味で安眠が難しそうなので一錠飲んでおくことに。

 一つしかないグラスを当たり前の様に二人で使っていたことに気が付いたのは錠剤が体内に入ってからだった。

 それだけで若干照れ臭い僕だったが、セミリアさんは何も気にしていないらしくバッグにしまおうとしたポーチを見つめる。

「その白い粒は全て同じ物なのか?」

「いえ、種類は色々とありますよ。体調が悪いのを緩和する風邪薬だったり、頭が痛いのを治す頭痛薬、目眩を抑える目眩薬に感じる痛みを鈍くさせる鎮痛剤などですね」

 正確には治すのではなく感じなくさせるだけでしかないが、その辺りの説明までし始めては長くなるので割愛しておいた。

 それでもと言うべきか、そのせいでと言うべきか、セミリアさんは不思議そうに錠剤のパックを眺めている。

「魔法が無い分だけ代わりに様々な物が開発されるのだな。この世界では怪我だろうと病気だろうと使われるのは薬草や回復薬ぐらいの物だ。それも体力の消耗を復調させたり、傷の治りを早くさせたりというぐらいのものだしな」

「それを魔法で出来たり、瞬間移動出来たりということの方が僕達の概念で言えば凄まじいことですけどね」

 空を飛ぶ人も居たし、心が読める人も居たし、他人と同じ姿になったり火を吹く人もいた。

 もしも元居た世界にそんな能力が蔓延していたなら、果たして今ほど技術が発達していただろうか。

 そんな事を考えつつ、というか敢えて考えることで意識を反らすことに集中しつつ、会話をしながらもすでに布団に入っているセミリアさんの居るベッドで同じように横になる。

 少しの他愛もない話を挟み、会話が途切れ目を迎えたことでそろそろ眠りに就こうかということになり、おやすみを言い合って僕達は目を閉じた。

 呼吸音すらも聞こえてくるぐらいの至近距離で、しかも体をこちらに向けているせいでその綺麗過ぎる程に綺麗な顔が真横にある状況で、僕は暗い天井を見上げ落ち着けずに目を閉じたり開いたりしながら薬が効いてくるのをじっと待つのだった。 




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