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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

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【第八章】 決戦前夜

4/13 台詞部分以外の「」を『』に統一



 夕食を終えた頃には外は真っ暗になっていた。

 三国それぞれが自国の兵士を集め配属を決めたり段取りを説明したり、装備を確認したり馬車や馬の点検をしたりと誰もが忙しく過ごしてからの夕食となったので無理もない。

 サントゥアリオの大きな城には別棟が二つあり、僕達グランフェルト勢とクロンヴァールさんを初めとするシルクレア勢は別れて部屋を借りることになった。

 全ての部屋を合わせてもさすがに千には足りないので将(幹部という呼び名があの後こう呼ばれることになった)のみが個室、残りの兵士達は数人で一部屋という部屋割りだ。

 僕は僕で忙しくする予定だったのだが、セミリアさんとレザンさんが率先して引き受けてくれたので兼ねてからやろうと決めていたことをどうにかすることが出来たのはありがたいことだ。勿論サミュエルさんは即部屋に籠もっているわけだけど……。

 部隊の割り振りをセミリアさんが、装備の供給をレザンさんがやってくれている間、僕は兵士の顔と名前を覚えることに集中し、必死になって名前や歳から日頃はどこの部隊に所属しているのかを聞いて回った。

 いくら暗記系の科目が得意な僕といえど、三百人も居るだけに二時間程度で全てを覚えたというわけにはいかなかったが、七割方は覚えたと言っていいと思う。

 一応は一人一人名前をメモし、寝るまでに復讐して完璧にしたいところではあるが誰もが誰も文字を見れば思い出せる様な特徴があるわけでもないのでまだまだ苦労しそうだ。

 ちなみに夕食はシルクレアの将達と一緒に取ることになった。

 相変わらずレザンさんは食事どころじゃない程に女性陣に見入っており、惚けた状態でクロンヴァールさんに留まらず同じ国のセミリアさんやサミュエルさんにまで恍惚としている節操の無さだったけど、ほとんど料理に手を付けていないことを指摘しても『胸がいっぱい』とかなんとか意味不明なことを言っていたので途中からは放置しておくことにしたりもした。

 食事の時にまで戦争の話をしたくはないと思っていた僕の予想に反してほとんどその話題にはならなかったし、最近どういうことがあっただとかこういう修行をしただとかという話がほとんどだった。

 雑談メインになったおかげで僕に【わんこ】という渾名が与えられたのは未だに釈然としないけど、もう手遅れな感じなので何も言うまい。

 最初はユメールさん一人が『犬っころ』と僕を呼びだしたのが始まりで、なぜ犬なのかを聞いたところ弱っちいくせに人懐っこい顔をしておりそれを利用してお姉様に近付くことを許してもらおうと尻尾を振ってる感じの奴だから、だそうだ。ちなみにお姉様というのはクロンヴァールさんのことらしい。

 誰が弱さを利用して誰が尻尾を振っているのかと声を大にして言ったものの聞き入れては貰えず。

 それでもセミリアさんやクロンヴァールさんの『流石にそれは失礼だ』という指摘だけは受け入れてくれた結果【わんこ】に落ち着かれたというわけだ。

 犬扱いされることが不満なのであって表現をソフトにすれば済む話では全くもってなかったが『これ以上は譲れませんです』という謎の強情さを見せられた結果なぜかそこに落ち着いてしまった。

 しかも途中でハイクさんまで便乗し、

「いつまでもガキだ小僧だと呼ぶわけにもいかねえし丁度良いじゃねえか」

 と、彼までもが僕を【わん公】と呼び出しす始末である。

 康平と康とわん公の公が掛かってるんだぜ? 

 とか言い出すセンスも何が丁度良いのかも全く分からない僕だったのだが、調子に乗って『お手』とか言い出したユメールさんに『いい加減にしとけボケ』とハイクさんがゲンコツをお見舞いしたことをきっかけに二人の罵り合いが始まり、そのせいで結局そのまま話が終わってしまって有耶無耶なまま食事の時間が終わりを迎えて今に至る。

 いつまでも呼び名なんて気にしてないで兵士の皆さんの名簿暗記を再開しなければ。

 そう思い直し、一人自分の部屋がある別棟に向かって廊下を歩いている時だった。

 角を曲がると同時に、向こうから走って来た誰かと身体がぶつかった。

 肩と肩だったので特になんともなかったが、相手側はすっころんで尻餅をついている。

「だ、大丈夫ですか?」

 慌てて手を差し出すと、少年はその手を掴んで立ち上がり過剰なまでに焦った様子で何度も頭を下げる。

「ごごごごご、ごめんなさいっ。つい急いでいて、そのっ……」

「僕はなんともないのでお気遣いなく。えっと、ワンダー……君? ですよね?」

 ワンダー君なのかワンダーさんなのか一瞬迷った末、多分僕の方が年上なのでそう呼ぶことにした。

「あ、はい。本当にごめんなさい、コウヘイ閣下」

「いや……なぜ閣下? 僕は別に十万十六歳とかじゃないですよ?」

「十万? コウヘイ閣下はグランフェルト王国の宰相であり元帥でもあり時期国王になるかもしれない人物だとジェルタール陛下から聞いているのですが……まずかったですか?」

 リュドヴィック王め……前もって手紙を送っておくと言っていたけど、余計なことまで伝えたに違いないなこれは。

「確かに姫様を娶る娶らないの話はしたことがありますけど、間違っても僕は時期国王ではないですし、宰相や元帥なんていうのもこの国に来ると決まってから分かりやすい役職であるために与えられたものなので出来れば普通に名前で呼んで欲しいのですが」

「ではコウヘイ殿とお呼びしてもいいですか?」

「そうしていただけると助かります。僕はワンダー君で大丈夫ですかね?」

「是非コルトとお呼び下さい。コウヘイ殿とは一度お話ししてみたかったんです」

 なぜかたった今ワンダー君からコルト君になった年端もいかない少年は目を輝かせている。

 何が彼をそうさせるのだろうか。

「えっと、話をしたかったというのは?」

「コウヘイ殿は僕と変わらない歳なのに全軍を率いる立場にあって、聖剣の勇者様に全幅の信頼を寄せられていて、あのクロンヴァール陛下にまで気に掛けられているんですよ? それでなくても頭も良くてお優しくて……実際に会ってみて改めて思いました。コウヘイ殿は僕の憧れなんですっ」

「…………」

 あー……久しぶりだ、この感じ。

 とうとう国外にまで伝染する謎の現象にどう答えたものか。

 純粋で素直そうな子だし、弁明も簡単じゃなさそうだ……ミランダさん的な。

「コルト君、一つ聞いてもいいかな」

「はい?」

「コルト君は今いくつ?」

「十五歳です。ちなみにコウヘイ殿は?」

「僕は十六ですけど……何が言いたいかというとですね、確かに僕の方が歳は一つ上かもしれないです。でも僕の肩書きなんていうものは偶然と幸運が重なって与えられたようなものなのでそこまで畏まられるものではないんですよ。コルト君の方が魔法も使えて、部隊長をやっている分凄いぐらいです。なぜなら僕とコルト君が戦ったらまず僕は勝てないし、いつだって怖いと思ってるし危ない目にも遭いたくない気持ちでいっぱいですからね」

「そんなことはありません。それに、それを言えば僕も同じです。ご存じかと思いますけど、この国は魔法使いが少なく魔法部隊といっても十七人しかいないんです。その中で少し人より魔法力があったというだけで他の国に生まれていれば部隊長になんて一生なれないでしょうし、実際の戦闘力でも普通に武器を扱う兵隊さんに勝てる気がしない僕はいつも馬鹿にされてばかりで……こんな僕でもお国の役に立てるんだって母が喜んでくれたから入隊することにしましたけど、戦場では足が震えるし魔物は怖がるしという情けない有様でして……」

 コルト君は苦笑いをしながら頬を掻いた。

 例えば僕達の世界で言う徴兵制度が今の日本にあったなら、僕は似た様な思いを抱いたのだろうか。

 お国のために、天皇陛下のために。太平洋戦争の時代には日本にも当たり前の様にそういう考え方が正しいことだと認識されていたというし、戦場になんて行きたくないといえば村八分にされていたような時代だった。

 怖いから、死にたくないから、そんな理由が通用しないとまではいかなくとも、それでも誰かがやらねば国が危ぶまれるのがこの世界であり、日本以外の多くの国だということなんだろう。

「それで、ですね……コウヘイ殿」

 コルト君はなぜか言いにくそうに言葉を途切らせる。

 なんだか凄く嫌な予感がした。

「はい?」

「そんなコウヘイ殿は僕にとって学ぶことも多いと思うんです。聞いた話では実際に魔王と対峙した経験もおありなのだとか。二人の勇者を従えていることもそうですし、怖くても怖がらずに立ち向かって、色んな人に頼られる。僕もいつかそういう立派な人間になりたいんです」

「いや、別に僕は二人の勇者を従えているわけじゃ……」

「僕には教えを請える人がキアラ隊長ぐらいしかいなくて、でもキアラ隊長と行動を共にすることはほとんどなくて、コウヘイ殿と接することで少しでも僕も勇気のある人間になれたらって思うんです……なのでコウヘイ殿のことをお師匠様と呼んでもいいですか?」

「絶対にやめて……」

 なんでそうなるんだ。

 もう僕にそう呼ばれるような価値は無いと言う誤魔化しが効かないのは痛いほど分かっている。

 つまりこの流れは不味い……早いところ話を変えねば。

「それより、一つ聞きたいことがあったんですけど」

「なんですか?」

「港で亡くなった人達はどうなったか知ってます?」

「城の裏に埋葬されたと聞いています」

「お城の裏? それはこのお城?」

「はい。この城の裏には墓地がありまして、亡くなった兵士の方々は基本的にそこで供養されているのです」

「そこは誰でも入れるの?」

「勿論です。お師匠様も行かれるのであればご案内しましょうか?」

 ……結局お師匠様なのか。

 僕達二人だけの問題ならまだしも、僕が他所の国の隊長さんに師匠と呼ばせていると思われることの方が問題な気がしてならない。

 この手の悩みが本当に多いな最近……もう慣れたとはいえただの渾名じゃなくていちいち責任が付きまとうから難儀だ。師匠と呼ばれたところで彼に教えられることなんてあるわけもないけど。

「案内は口でしてもらえれば勝手に行くので場所だけ教えてもらえればそれで。コルト君も何か用事の途中だったんでしょ?」

「……はっ!?」

 コルト君は少し間を置いて血の気の引いた、絶望的なまでの『やってしまった』という顔で固まった。

 ぶつかった時に急いでいる様子だったし、何か仕事の途中だったとしたらなんだか申し訳ないな……。

 そんなことを思った僕だったが、すでに半泣きになっているコルト君の視線が僕ではなく僕の後ろに移っていたことに気付いたのは上擦った声でその名前を口にしてからだった。

「ノ、ノーマン副隊長……」

 声に釣られて振り向いてみると、なるほど確かに恐怖に顔が歪むのも納得の大男が立っていた。

 ヘロルド・ノーマンというこの国の軍隊である王国護衛団で副隊長を務める男だ。

 歳は四十を超えているだろうその人物は男性の割には髪が長く、見た目からして冷血漢であることが分かってしまう様な冷たい目と表情をしている。

 近くで見ると喉元から胸へと続く斬り付けられた様な傷痕も思っていたより大きく、よくその傷を負って生きていられたものだとさえ思ってしまう。

 ノーマンさんは間に居る僕の存在を無視してコルト君に淡々とした口調で言った。

「ワンダー、私は貴様に油を売ってこいと命令した覚えはないが?」

「すすすいませんっ、すぐに終わらせますので少しだけ待って……もらえません、か」

 コルト君はほとんど怯えているようだった。

 まるで初めから相手を非難し否定し嫌な思いをさせてやろうとしているかの様な冷たい目と口調。

 コルト君の態度を見ても普段からこういう風に怒られているのであろうことが容易に想像出来る。

 この状況で僕を無視するという非常識さに対する憤りもあるが、僕と話をしていたことでコルト君が怒られるのは忍びない。僕は口出しさせてもらうことにした。

「すいません、ノーマンさん。用事があることを知らずに僕が道案内をさせてしまったんです。どうか彼を責めないであげてもらえないでしょうか」

 言うと、そこでようやくノーマンさんは僕を見る。

 背が高いせいで見下ろす形になったその目がまた冷たい。

「左様でしたか。流石に客人に頭を下げさせるわけにもいきませんな。ワンダー、しっかりと道案内をしておくように」

 ノーマンさんは再びコルト君へと視線を戻す。

 反射的に『は、はいっ』と裏返った声で返事をするのとほとんど同時に、見知らぬ中年の兵士が角を曲がってきた。

 兵士は僕に対し申し訳程度に頭を下げ、すぐにノーマンさんの横に立つ。

「ノーマン隊長、こちらにいらっしゃったのですか。各部隊の担当都市をこちらで決めるようにということでして、その件で陛下とキアラ殿とで打ち合わせをしたいとのことです」

「すぐに行く。では客人、失礼させていただこう」

 僕一人にそう言って、ノーマンさんは兵士と共に去っていった。

 偏見かもしれないけど、話をして良い気持ちのしない人だなと。そんな感想だった。

 コルト君もホッとしたように胸を撫で下ろしていたが、次の言葉が出てくる頃には明るい表情で僕を見上げる。

「お師匠様。庇ってくださってありがとうございました。こんな僕に優しくしてくれるのはキアラ隊長だけだったので僕は感動しています」

「元々僕のせいでもあるのでそれはいいんですけどそれより、あの人は副隊長なんですよね? さっき隊長と呼ばれていたけど、どうして?」

「あー……それは、ですね」

「言いにくいことなら無理に聞き出そうとは思わないので気にせずそう言ってくださいね。ほとんどただの興味本位だし」

「いえ、お師匠様になら大丈夫です。ただ他言は無用でお願いします」

「約束するよ。取り敢えずお師匠様じゃないけど」

 勿論のこと付け加えた一言はスルーされ、

「実はノーマン副隊長は数年前までは護衛団の総隊長を務めていたんです。ただ、なにか重大な規律違反を犯したとかでジェルタール王から罰を与えられる形で副隊長に下がってしまったんだとか。僕が入隊する前なので詳しいことは分かりませんけど、その後任として総隊長になったのが当時十六歳だったキアラ隊長のようです。なのでその時からの部下の方達はノーマン副隊長のことを未だ隊長と呼んでいるんです。勿論ジェルタール様やキアラ隊長の前で口にすることはありませんし、僕の前だから平気で口にしているのだとは思います。告げ口する度胸も無いと思われているもので」

「へ~、色々あるんだね」

 あの人が規律違反をしたと聞くと何か酷いことをしたんだろうかと想像してしまうのは偏見が過ぎるだろうか。

 国を守る仕事をしているわけだし、同じ陣営に居るのに先入観を理由に嫌悪感を抱くのもいいことではないことは間違いないだろうし。

「おっと、またお喋りしてたらまずいですね。引き留めて悪かったです、お仕事頑張ってください」

「ありがとうございます。おやすみなさい、お師匠様」

「うん……おやすみ、なさい」

 最後まで呼び方は変わらなかったけど、それもまた慣れたものさ。

 明日からは肉体的にも精神的にも大変だろうし、早めに休もう。

 そう決めて、僕は自分の部屋へと戻ることにした。


               ○


 時刻にするとまた九時や十時といったところだろうか。

 部屋に戻った僕は少し兵士の名簿と睨めっこしてから入浴を済ませ、歯を磨いて寝る準備をしていた。

 貴賓室なのか、一人で使うにしては広すぎる部屋はジャックが首に掛かっていないだけで余計に広く感じられる。

 ソファーもベッドもテーブルも、どう考えても一人で使う大きさじゃないだけに申し訳なくなってくる待遇だ。

 グランフェルト城でも似た様な部屋で寝泊まりしていたが、どうにも庶民感覚だけは拭えない僕だった。

 そんな感じでベッドに腰掛け、何か他にやっておくべきことはないかと考えていた時、部屋の扉がノックされる音に集中状態から意識を呼び戻される。

 短く返事をして扉を開くと、外に居たのはセミリアさんだった。

 風呂にもまだ入っていないのか、鎧を身に着け背中に剣を差したままの格好だ。

「セミリアさん、どうしたんですか?」

「休んでいるところ済まないな。迷惑でなければ少しよいか?」

「それは構いませんけど、何かあったんですか?」

「いや、そういうわけではない。付き合って欲しい場所があるのだ」

「分かりました。でも、どこに?」

「それは来てくれれば分かる。見て欲しいものがあるというだけのことだが、付いてきてくれるか?」

「そんなに気を遣わないでください。僕は大丈夫ですから」

「ありがとう、コウヘイ。少し距離がある、馬を一頭借りているので私の後ろに乗っていてくれればいい」

 結局どこに行くのか分からないまま、僕はセミリアさんの後に続く形で部屋を後にした。

 馬を借りるぐらいだ。城の、或いは町の外に向かうということぐらいしか把握出来ていないけど、セミリアさんが意味もなくそんなことはするまいと僕は黙って付いていくことに。

 そのまま城の外に出ると、やけに月が大きく外灯などなくても十分に灯りがきていた。

 城門に待機させていた馬に跨り、二人を乗せた馬は夜道を駆けていく。

 外に広がる町に用があるのかとも思ったが、城壁の一角にある門を潜り馬はそのまま町の外に出てしまった。

 慣れない僕はやっぱり後ろに乗っているだけでもセミリアさんに掴まっていないと怖さがある。

「セミリアさんも器用に馬に乗れるものですね」

「コウヘイの国には馬は走っていないのだったな。ならば無理もないが、私達の世界では馬に乗れなければ長い移動もままならん。自然と身に付くというものさ」

 時折そんな会話をしつつ草原を走り、森に入り、城を出て数十分経った頃になってようやく馬がその足を止めた。

 月明かりを遮断するほどに生い茂ってはいなかったが、しばらく森を進んだせいで方向感覚など一切失われている。ここに置いていかれたら帰る自信がない。

 なんて心配は不要なんだろうけど、こんな森の中に何があるのだろう。

 セミリアさんが自分から言わない以上はしつこく聞き出そうとは思わないけど、万が一いつかの様にこのセミリアさんが偽物だったら一貫の終わりでは? といった具合に色々と考えながら馬を木に繋いで無言のまま二人で少し歩いた。

「ここだ」

 セミリアさんが足を止める。

 遠目からなんとなくは見えていたのだが、間近で見てみると何とも物悲しい光景がそこにあった。

 それは村だったのか集落だったのか、大勢とは言えない人間がかつてここで暮らしていたのであろう土地の成れの果てだ。

 十を超える家屋の残骸があちこちに見える。

 柱や骨組みだけを残して崩れ去り、まるで自然災害の跡のような廃墟と化した景色に心が傷んだ。

 形を保っている建物はなく、時間が経ったせいかやけに黒くなった木々の山があちこちにあるだけだ。

「出発する前、この国は病気だと私が言ったのを覚えているか?」

 どうコメントしていいのか分からず、黙っていた僕の隣で静寂が破られる。

 その目は建物の残骸を見たままだ。

「勿論、覚えています」

「その意味を分かって欲しかった。だからお主をここに連れてきたのだ」

「それはつまり……これは争いの跡だということですか?」

 そう考えただけで、より一層に惨たらしい現実が目の前にあるのだと認識が変わってしまう。

「いや、あれは争いなどではない」

 あれは。

 と、確かにセミリアさんは言った。

 まるでこの場所がこうなってしまった時、その場に居たかのようなニュアンスだった。

「何か知っているんですね」

 まず間違いなく良からぬ事情があることに気付きながらも、動揺してしまったのか無意識にそう聞き返してしまっていた。

 僕の問いに対し、セミリアさんは少し間をおいて天を見上げる。

 そして、

「ここは、私が生まれ育った村だ」

 次に出て来た言葉は、僕にとって聞かない方が幸せだったのではないかと言いたくなるような、想像を遙かに上回る残酷な記憶だった。


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