【第五章】 いざ戦地へ
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2/2 台詞部分以外の「」を『』に統一
出発の朝。
いつもより遅めに起きた僕はいつも通り使用人の休憩室で朝食を取っていた。
今日のメニューは紅茶(の様な飲み物だと常々表現していたが、結局紅茶であったことが判明)にチョコレートやジャムをぬったパンだ。
いつもなら美味しくいただいているところだけど、やっぱりどうにも食欲が湧かない。
今になって思う。
こうしてルルクさんの作ってくれた食事をここで皆と食べるのも最後になるかもしれないんだ。むしろいつもより味わって食べないといけないぐらいなのに……捻くれ者の僕でも身体は正直なものらしい。
「コウヘイ君、どうしたの? 今日は朝食はここだけなんでしょう?」
案の定ルルクさんに心配されてしまった。
今日はミランダさんやアルスさんが一緒じゃないのがせめてもの救いだ。あの人達は適当に誤魔化すという手段が最近通じないだけに。
「体調が悪いというわけではないので大丈夫ですよ。ちょっと食欲が無いのと、惜別もあって」
「無理しちゃ駄目よ? 今日もお姫様のところに行くんでしょう?」
「いえ、それは今日からしばらくは休みでして」
「へ? どうして?」
「しばらく城を離れることになったもので」
「もしかして……コウヘイ君、帰っちゃうの?」
ルルクさんはとても残念そうな顔をする。
この人達の認識では僕は別の小さな国から来たことになっていた。
ちなみに他のメイドさん達も残念そうだったり、ショックを受けた顔をしているが、恐らくこっちは姫様の相手が居なくなることを悲しんでいるのだろう。
「まだ帰るわけじゃないですよ。ちょっとサントゥアリオに行くことになったってだけで」
「サントゥアリオ共和国へ? 何か政治のお話でもしに行くの?」
「いえ、何と言いますか……」
そうか、この人達は事情を知らされていないのか。
ミランダさん達が付いてくると言い出すことは予想出来たのでそれはさせないで欲しいと王様にお願いしたのは僕だけども。
「コウヘイ君、なんか隠してない?」
返す言葉を探しているうちに何かを誤魔化そうとしているのがバレたらしく、ルルクさんはジトーっと僕を見ていた。前から思っていたけど、この人は結構鋭いところがある。
ルルクさんは椅子を寄せてきたかと思うと、パンを持って固まる僕の肩を抱いた。
「お姉さん悲しいねぇ。隠し事をするなんて水臭いじゃないの」
「いえ、隠し事というわけでは……」
こんなことなら最初からお遣いということにしておけばよかった。
さて、どうしたものか。
「セミリアさんと一緒に用事をしてくるだけですよ」
これがもっともらしいか。
しかし、ルルクさんはどちらとも言えない表情で僕を見て、
「なんだか訳ありって感じだねぇ。あまり追求しないでおくけど、ちゃんと帰ってくるんでしょう?」
「なんでも魔法道具で行ったり来たり出来ないらしいので船での移動になる分だけ時間は掛かるかもしれないですけどね」
「時間のことなんて聞いちゃいないよ。問題は帰ってくるのかそうでないのかよコウヘイ君」
「帰って来ないならちゃんとお別れの挨拶をしますよ。僕はこれでも常識人ですから」
「そう。だったら、使用人一同お土産を期待して帰りを待ってるからね。約束よ」
「はい、約束です」
ルルクさんはポンと僕の頭に手を置いた。
そこには確かに人と人との繋がりがあって、手が触れる頭から身体にまで温もりが広がってくる様な錯覚を覚える。
別れの時は決して今ではない。きっと無事で帰ってくるんだ。
この世界にも僕を待っていてくれる人が居るのだから。
○
僕、セミリアさん、サミュエルさんに兵士三百人という大人数での移動は中々に壮観なものだった。
思い返せばサミットの時にも同じ様な人数で馬車十数台と、その前後にズラリと馬に乗った兵士が列を組むという時代劇や三国志のドラマで見たのと似た光景が前にも後にも広がっていたけど、唯一にして最大の違いは僕の立ち位置である。
あの時は王様を守るための隊列であり、僕はあくまでそのお供だった。
しかし今日に限ってはこの国を代表して異国に派遣されるこの一団の全ての指揮権が僕に与えられているため彼等は僕を一番に守るべくこの陣形で移動したのだ。
国王代理ではなく、宰相としてでもなく、元帥という新たな肩書きを持って全軍を統率する立場にされてしまった僕。
セミリアさんまでもが僕を推薦し、この一週間『宰相ではない』と言い続けてきた意味が全く無かったことが判明して何よりだ。
サミュエルさんや兵士の代表として同行しているレザンさんあたりは僕の指示なんて聞いてくれない気もするが、元々兵士の指揮なんてレザンさんがやった方が絶対いいので後でそれを伝えておくとしよう。
時刻はおおよそ昼前ぐらいか。
総勢三百人の兵士と二百頭の馬は港でシルクレア王国の船を待っている。
かれこれ二、三十分は経っただろうか。
そもそもが明確に時間を知らされていない状況だ。乗せてもらう以上こちらが先に待っているのが礼儀というもの。
しかし、そういう理屈が通じない短気な女性が一人。
「あー、もう、いつまで待たせんのよおっそいわね! 乗っていけっていうなら先に来てろってのよ」
そう、サミュエルさんである。
敢えて言わせないでいただきたい。
「いやはや、勇者様の言う通りです。これだから大国の者など信用出来ませぬ」
「ほんっとそうね、国の大きさを笠に着て図に乗っちゃって。サシでやりゃ負けやしないのに……ていうか、アンタ誰よ」
「副将のレザンであります。通算十一度目の自己紹介であります麗しき勇者様っ」
と、こんなやりとりを二人で十分ぐらいは続けている。
もっとも、レザンさんはただサミュエルさんを持ち上げて機嫌を取っているだけなのだろうけど……。
「まったく、いつまでたっても辛抱の効かん奴だ」
隣に立つセミリアさんも呆れ顔だ。
目的が目的とあって胴と手足の肘、膝から先に鎧を身に着け、背中には立派な剣を指している戦闘モードな格好をしている。
「居ない内ならまだしも、クロンヴァールさんの前であんな態度を取らないかと不安で仕方がないですよ僕は」
「流石にサミュエルも弁えてくれると信じたいところではあるが、どうにも気分屋だからな」
「いざという時は頼りになるんですけど、そうでない時が特にね……」
「出来るだけ私が目を光らせているさ。コウヘイや国王の顔に泥を塗るわけにもいかんからな」
「大変でしょうけど、よろしくお願いします。僕も出来るだけ傍に居てフォローしますので」
やっぱりセミリアさんが一番頼りになる。
これからを考えると雲煙過眼タイプのサミュエルさんよりも精神的負荷もあるだろうし、僕やサミュエルさんの心配をさせている場合じゃないんだろうけどこればっかりは僕に制御しきれるかどうか怪しいところがあるだけに。
「大規模な争いになる。幸か不幸か、身勝手などしている暇もないだろうがな。三国の軍隊が連合を組んでの戦など対魔王軍であっても聞いたことがない」
「そうですね……この国より大きなサントゥアリオという国が助けを求めてくるぐらいですから相手側も相当な規模になるってことですよね」
「いや、それがそうでもないらしい。例の反乱軍に関してはサミットの時に少し話が出たのだが、数でいえば数百人程度の組織であるとのことだ。ゆえに当事者のサントゥアリオですらそこまで危機感は抱いていなかった。サントゥアリオの軍隊は八千を超えている、数百の軍勢に劣るはずがない、とな」
「は、八千対数百の戦いが他国に援軍を求めるまでの劣勢になっているというんですか?」
「信じがたい話ではあるが、それが現実ということなのだろう。兵数も兵力も世界の二番手を誇るサントゥアリオだ、上にはシルクレアがいるのみという大国の軍隊がそういった状況に陥っていることにも何か理由があるとは思うがな」
「ちなみにですけど、そのシルクレアの軍隊の規模はどのぐらいなんですか?」
「約四万だ」
「四万……世界一と世界二の差が三倍以上あるじゃないですか」
「国土の差がある以上は単純に数だけで競うものでもないとも思うが、この国が三千と少しであることを考えると同じ五大王国と呼ばれる中にあっても力の差を感じざるを得ないな」
「でも、それにしたってここに三百人いて、シルクレア王国から千人の援軍が来るんですよね? もうほとんど一万人になるのに、相手は数百人って異常でしょう」
そりゃ戦略や戦術だったり、三国志でいう呂布や関羽のような一騎当千の強者がいれば単純な計算ではないのだろうが、それでも十倍という数を相手にするというのは常識破りもいいところだ。
「言わずもがな、正面からぶつかり合えば数日と掛からずに終わる争いだ。奇襲を仕掛けたり城下から離れた都市を襲撃したりというゲリラ戦術に徹しているからこその結果なのだろう。そして苦戦を強いられる理由は他に二つある」
「二つ、ですか」
「ああ。一つは国……というよりも、民族や血統に関することだ」
「民族っていうと、サントゥアリオ王国の人達はガナドルとかいう民族なんでしたっけ?」
「そうだ。このガナドルという民族は歴史上においても魔法力を扱える人間が極端に少ない。これが何を意味するか分かるか、コウヘイ?」
「魔法が使えない……つまり、攻撃手段が限定されるということですか?」
いや、確かにそれもあるだろうけど……この国で言えばセミリアさんやサミュエルさんだって魔法で攻撃したりは出来ない。
この国の兵士にも魔法を使って攻撃することを専門とする部隊が存在する。
剣や槍、弓を扱う部隊に比べると数は少ないとはいえ、彼等が二人の勇者と共に戦ったという話を僕は知らないし、結果的に魔法的な効力を持つ道具以外に魔法というものの恩恵をほとんど受けずに素人だらけの一団で魔王という存在を追い払ったのだ。
戦力値としての多寡は僕には分からないけど、魔法を使えないからというだけの理由で八千人が数百に勝てないほどになるのだろうか。
無論、八千人全員が前線に立つことはないのだろうが……魔法があれば違っただろうこと、魔法があったおかげで助かったこと、それらを僕の少ない経験から考えるならば。
「そうか、怪我を治すことが出来なくなるんだ」
この世界には医者が存在しない。
基本的に傷の治りをよくする薬や薬草、或いは回復魔法によって痛みや傷を治癒する。
例えば斬られたり刺された傷なんてものが瞬時に治る様なゲーム的な効果はないが、少なくとも治癒、回復の効果はあるものだ。
そしてその度合いでいえば薬や薬草を大幅に上回るのが回復魔法なのだと聞いた。
そんな僕の推測は正しかったらしく、セミリアさんは『その通りだ』と肯定し、難しい顔でその先を続けた。
「ゆえにサントゥアリオの兵士は死亡率が高く、負傷兵が戦線に復帰するまでに時間を要してしまう」
「なるほど……でも、それが分かっているなら援軍の中に魔法が使える人を含めれば改善の余地もあるのでは?」
「まず間違いなくシルクレア軍はそれを踏まえた編成になっているだろうな。兵士にせよ民にせよ怪我人や犠牲者が減るなら大いに意味があることだと私も思う」
「そうですね。僕は勝手にこの世界はそういうものだと納得してましたけど、ジャックやマリアーニさんが居なければ僕だってどうなっていたか分かりませんから」
高確率で死んでいただろう出来事も普通にあっただけに。
「私も似た様なものだ。ノスルクが傷を癒してくれなければ何度も立ち上がれることはなかった。だが、今の私達やサントゥアリオの連中にとってその問題が改善されたからといって戦況が好転するかといえばそう簡単な話でもない」
「それがもう一つの理由、ですか」
「うむ。反乱軍を束ねる男、エリオット・クリストフの存在だ」
「エリオット……記憶が曖昧ですけど、どこかで聞いたことがある気がします」
「一度名前を出したことはあったはずだ。クロンヴァール王や私と同じように天武七闘士の一人に数えられている男だからな」
天武七闘士といえば、確か善悪問わず風評や成し遂げたことなどによって選ばれる世界でもっとも強いのではないかと言われている七人の総称となる言葉だったか。
前に聞いた時にはさっぱりだったけど、セミリアさんを除いても三人は直接目にしたし、残りの三人はなんだか物騒な二つ名を持っていたという感想を抱いた覚えがある。
「やっぱり、悪い人も居たんですね」
そう決めつけるべきではないのかもしれない。
だけど最初に聞いた時からそんな印象を抱いたことも事実なのだ。
はっきりとは覚えていないけど狩人だとか戦争がどうとか、そういう異名を聞いたことは確かに覚えている。
「クリストフは二十代半ばの男なのだが、十代の時にサントゥアリオの先代国王を暗殺している。その後反乱軍を結成し、国内だけではなく近隣の国から略奪をしたり他国の船を沈めて回ったりと暴虐の限りを尽くした。それらから付いた異名は【戦争麒麟児】だ」
やっぱりその名前の人なのか。
麒麟児なんて言葉が悪い意味で使われているのを僕は初めて聞いた。
「現在のサントゥアリオでクリストフとまともにやり合えるのはキアラ殿ぐらいのものだろう。そこに私やサミュエル、クロンヴァール王を含めたシルクレアの精鋭が加われば必ず戦況は変わる。双方に何を訴えるにしても、まずは助けを求めている者達を救わなければならないからな」
「そうですね。被害者が増えれば増えるだけ残る遺恨も増してしまうでしょうし、僕達は僕達の出来ることを精一杯やりましょう」
自分に言い聞かせる様なそんな言葉に、セミリアさんは力強く頷いた。
誰かを傷付けるためではなく、誰かを救うために。
兵士を含め、みんなを無事に帰すために。
僕にとっては未知なる異国の地へと旅立ってゆく。
○
まず驚かされたのはその大きさだった。
港に現れたシルクレア王国の船は合計四隻。
そのどれもが豪華客船の如く巨大で立派な、まるで某海賊洋画に出てくる様な船だった。
木造の帆船でありながら船首に立つ大きなオブジェや大きな帆に描かれた綺麗な模様、そして側面にズラリと並ぶ大砲に唖然としながら降りてきた兵士の案内に従い僕達はその中でも一番大きな船に足を踏み入れる。
一緒に来た三百人の兵士は四つの船に四等分して乗り込むことになり、僕とセミリアさん、サミュエルさん、レザンさんの四人はクロンヴァールさんが乗っているこの船に乗るように言われたためだ。
名指しされたわけではなく『幹部の方々は』と表現したあちらの兵士だったが、特にそんな取り決めをしていなかった僕達は今回の遠征の間に限り国王の右腕である宰相という肩書きから全軍の統率者である元帥の肩書きに変えられてしまった僕が決めることになり、兵士以外の肩書きを持っているその四人をそれに該当させることにした。
そもそも元帥なんて役職は久しく使っていなかったそうなのだけど、事実上のそれに当たる大将よりも上である意味を持たせるためにわざわざ大層な肩書きを与えられてしまった時の僕の絶句具合は語るまでもない。
そんな塩梅でこの大きな船に乗り込み、少なくとも合計で千三百人を超えるにも関わらず全員に個室が与えられるという待遇でシルクレア王国の船団へと迎え入れられたのだった。
まず最初の仕事は兵士達の格好を変えてもらうことで、あちらが用意した防具を身に着けるようにと言われた。
全体的に黒主体で胴の部分に白い十字架がある鎧だ。
どちらの国が用意した物かは分からないが、どうやらこれを連合軍の証として三国が統一することにしたらしく兵士達は既に装備しているシルクレアの兵士と同じ格好になってしまった。
僕に限らずセミリアさんやサミュエルさんでさえも三百人全員の顔と名前を覚えているわけではないため、これでは見た目だけではどの国の人なのかも分からない始末である。そのあたりはレザンさんに頼るしかなさそうだ。
ちなみに、そのレザンさんは白十字の鎧を身に着けているが僕と二人の勇者はその限りではない。
軍隊に所属しているかどうかの違いということなのだろうか。
どうであれ、あんな重たい物を身に着けていては歩くだけで大変な僕にとってはありがたい。
康平という名前をあちらの兵士が口にしていたことを考えるとセミリアさん、サミュエルさんだけでなく僕が参加するであろうことは想定されていたみたいだけど、別の世界から来たという説明をしたこともなければする気もない僕はグランフェルト王国の人間ということになっているのでそう思われても仕方ないか。
それから少しして、自分に与えられた部屋で束の間の休息を取ろうとした僕であったが、部屋に入って僅か数分で誰かが訪ねてきた。
ノックを受けて外に出るとそこに居たのはシルクレアの兵士らしき人で、クロンヴァールさんから話があるので幹部の方々は集まってくれということだった。
隣の部屋のセミリアさんと合流し、そのまた隣のサミュエルさんに『パス』の一言で扉を閉められ、レザンさんにも声を掛けて三人で指定された部屋へと向かう。
セミリアさんは少々ご立腹だったけど、あんな態度のままクロンヴァールさん達と合わせる方が恐ろしいのでサミュエルさんは軽い体調不良で休んでいることにした。
いざという時以外は基本的にトラブルメーカーなサミュエルさんなのでやむを得まい。結構な確率で他所の人とは喧嘩しようとするからね……あの人。
「おい……おい」
そんなことを考えていると、ふと後ろを歩くレザンさんが僕を呼んだ。なぜか声を潜めている。
また文句でも言われるのかと思ったのだが、なんだかそわそわしていた。
「どうしました?」
「本当にあのクロンヴァール王が呼んでいるのか?」
「そう言ってましたけど、それが何か?」
「何か、じゃねえよこのもやし野郎。俺は生まれて初めて会うんだぞ、ニヤけないようにするにはどうすればいいんだ?」
「そもそもニヤける意味が全く分からないんですけど……」
「ばっかだなお前。あのラブロック・クロンヴァールだぞ? 世界一の美貌なんだぞ? 俺はあの方に頭を撫でてもらえるなら死んでもいい。ちなみに勇者様には意味が分からないと、ステイシー様には百年早いと断られ、王女様には素で無視された」
「……大変なことになるのでクロンヴァールさんにそんなこと言わないでくださいよ」
何してんですかあんた。完全に変態じゃないか。
「お前、クロンヴァールさんなんて馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ!」
ヒソヒソ声なのにえらい剣幕と迫力で言う。
確かシルクレアのお城の門番の人にも同じ様なことを言われたっけか。
「馴れ馴れしいつもりではないんですけど、何とか王と呼ぶことに慣れてなくてつい」
「二度と口にするな。俺の女神が穢れる」
「……善処します」
もうどこの国の誰なのかよく分からない人だった。
そんな会話もコソコソしている僕達に気付いたセミリアさんが『何をしているのだ?』と、振り返ったことで途切れる。
そのまましばらく長い通路を歩き、階段を上った先でようやく指示された部屋に辿り着いた。客室よりもやや大きな部屋だ。
先頭を歩いていたセミリアさんが扉を叩く。
「どうぞ」
すぐに男の人の声が返ってきた。
失礼する。
と言いながらセミリアさんが扉を開くと、中には見知った顔が二つあったものの他に人は居ない。クロンヴァールさんはまだ来ていないみたいだ。
「やあ、よく来たね。じき陛下も来られるから少し座って待っていてくれるかい?」
そう言ったのは兵士の格好をした、人の良さそうな長髪のおじさんだ。
サミットの時に一度会っていて、言葉を交わしたこともある名をアルバートさんというシルクレア王国の兵士長をしている人である。
「では兵士長殿のお言葉に従うとしよう。コウヘイ、こちらの二人は既に知っているのだったか」
テーブルに腰を掛けつつ、セミリアさんがこちらを見る。
「はい、お会いしたことはあります。アルバートさんとはサミットの時に少し話をした程度ですけど」
言うと、今度はアルバートさんが僕達の前に紅茶の入ったカップを並べながら同じく僕を見る。
「コウヘイ君、だっけ? 僕が居ない間に大変だったらしいね」
「はい。それはもう、本当に」
冤罪で死刑になりかけるわ脱走に荷担するわという思い出したくもない思い出である。
「無事で終わって何よりだよ」
冗談っぽくアルバートさん肩を竦めると、最初からテーブルに座っていたもう一人の男性が続けて口を開いた。
「ようガキ、俺を覚えてるか? 思ったより早い再会だったな」
言葉尻に反して特に嫌味を感じさせない口ぶりで話しかけて来たのは短髪の若い青年だ。
座っているので今は見えないが普段は腰にいくつもブーメランを装着している人で、クロンヴァールさんの側近の一人であるハイクさんといったか。
二人揃ってフルネームを知らない僕だけど、この人にはそれなりにお世話になった。
「ハイクさん、ですよね。その節は色々とありがとうございました」
「てめえが礼を言うことじゃねえさ。むしろ助かったのはこっちだ」
そっけない口調でこそあったが、ハイクさんは前に会った時もこんな感じだったなぁと思い出してくる。
それでいて話は聞いてくれたし、律儀にお礼まで伝言してくれたいい人だという認識通りだ。ひねくれ者の誰かさんとは大違いですね。
「あ、そういえばAJはどちらに?」
「あん? 野郎は来てねえぜ? AJとセラムの大将はお留守番だ。国をがら空きにするわけにもいかねえからな。AJに会いたい理由でもあったか?」
「いえ、会いたい理由は別にないといいますか、会わないで済むならそれに越したことはないといいますか」
「なんだそりゃ。おかしなことを言う奴だな」
なんて具合で再会の挨拶を済ませ、会話の途切れ目で初対面だというレザンさんを二人に紹介してホッと一息のティータイム。
なぜかレザンさんは緊張気味で無駄に大きな声で自己紹介をしていたけど、相手がクロンヴァールさんじゃなくても大国相手では似た様な肩書きでも立場の差が生まれるのだろうか。
でなければ僕が知らないだけで余程あの二人が有名人なのかもしれない。
直接聞いてみるのも憚られるのでなんとなくそんなことを考えつつ、セミリアさんと彼等の会話を聞きながら紅茶を味わうことにした。
カップが丁度空になった頃、この広い談話室の様な部屋の扉が開く。乱暴というほどではないが、結構な勢いだ。
自然と全員の視線が集まる中、入ってきたのはあのクロンヴァールさんと若い女性の二人組だった。
記憶の中の姿と変わらず、いつ見ても奇抜なのに当たり前の様に見入ってしまう特徴的な風貌をしている。
セミリアさんと同じレベルで同じ人間かと疑いたくなるレベルの綺麗な顔に燃える様な真っ赤な髪の毛、白い衣服に赤いミニスカートという風貌をしていながら腰に指した剣が異常に似合う凛々しく、格好良い女性という性質まで併せ持つ完璧超人ことシルクレア王国の女王だ。
そして、その後ろには僕より少し年上であろう若い女性が立っているのだが、この人も確かサミットの時に見た記憶がある。
一度見たというだけで名前も覚えてなければ声も聞いたことがない人だけど、この人もこの人で中々に奇抜な格好をしていた。
長い髪を白いヘアバンドで持ち上げ、側頭部に左右それぞれ二本ずつ細く三つ編みで束ねている部分だけが赤色をしている。
格好そのものはハイクさんやサミュエルさんの様ないかにも戦士な感じだけど、ここに一緒に来るということは彼等の言うところの幹部という立ち位置の人なのだろうか。
どのみち挨拶もしなければならないので先に紹介してもらおうとした僕だったが、先にクロンヴァールさんがセミリアさんに声を掛けたことでタイミングを失ってしまった。
「聖剣、よく来てくれたな。お前と肩を並べて戦えることを嬉しく思うぞ」
クロンヴァールさんが手を差し出すと、二人はがっちりと握手をした。
「悪を討ち弱きを救う。その意志が共通している限り我々はいつでも同じ陣営に立てましょう。クロンヴァール王、これだけの数にも関わらず同乗させていただき感謝します」
「なに、こちらが言い出したことだ。気にする必要はない」
そう言うと、クロンヴァールさんは僕に視線を向け離した手を差し出してきた。
「小僧、元気そうだな。お前がグランフェルトの全軍を統括すると聞いたぞ。これからは聖剣と話をするにもお前の許可が必要になりそうだな」
「いえ、自分でも驚くぐらいに間に僕を挟む意味が無いのでご自由にしていただけると助かります」
ニヤっと笑うクロンヴァールさんを見て、僕も差し出された手を握った。
強さまでもが世界一と名高いというクロンヴァールさんの手は、そうとは思えないぐらいに女性らしい細く少しひんやりと感触を残している。
この流れで後ろの人を紹介してもらおうと思ったのだが、今度は自分達の側の人間がそれをさせてはくれなかった。
隣で感激しながら『ほ、ほ、本物だ……』とか言ってるレザンさんのせいだ。
急に変なことを言うもんだからクロンヴァールさんの目がレザンさんを捉えてしまっている。こうなっては仕方ないので僕の方からレザンさんを紹介することにした。
これに恩義を感じてくれたら少しは僕に対する敵対心も薄れてくれるかなぁ、なんて下心があったことを否定はしない。
「こちらは副将をしているレザンです。基本的に兵士の指揮は彼が執ることになると思いますのでよろしくお願いします」
するとクロンヴァールさんは一言。
「そうか、よろしく頼むぞ」
ただそれだけだったものの、それでもレザンさんは目に涙を浮かべていた。
「感激であります! このレザン、命を賭して平和を実現すべく戦う所存であります!」
やはり無駄に大きな声で何故か敬礼している始末である。
あちらの方々は一様に『なんで泣いてんだこいつ』みたいな空気になっていたけど、これ以上は僕にもフォローできないので誰かお願いします。
ちなみにクロンヴァールさんはレザンさんとは握手をしなかったがそれはさておき、
「では席に着いてくれ」
クロンヴァールさんがそう言ったのをきっかけに、部屋にいる七人全員がテーブルに向かい合うことで本題に入ってしまった。
結局もう一人の女性がクリスティア・ユメールというハイクさんと同じクロンヴァールさんの側近であったことを知ったのはこの部屋を出た後セミリアさんから教えってからだったが、それは余談としておこう。
「集まってもらったのは今後の予定を話しておくためだ。伝言でも良かったのだろうが、お前達の顔も見ておきたかったということで許せ」
そう前置きをして、クロンヴァールさんはサントゥアリオ共和国までの旅路についての説明を始めた。
「明日の昼にはサントゥアリオに到着予定だ。港に着いた後は各船に三十名ずつの船番を残して馬車と馬でサントゥアリオ本城へ向かう。案内のためにサントゥアリオ兵が港で待機しているとのことだ。食料や予備の武器なども運ばねばならん、少し時間が掛かる移動になるが日が暮れる前には入城出来るだろう。我が国の船だ、お前達の国の兵士は港に着くまでは休んでいてくれて構わないが、到着後の積み荷の運搬は手伝ってもらうのでそのつもりでいてくれ。そうそう魔物が出る海域ではないが、有事の際にはお前達にも出て来て貰うこともあるかもしれないということは頭に入れておいてくれると助かる。もっとも、海に彷徨う魔物ども如きに手を焼くほどヤワな鍛え方はしていないがな」
クロンヴァールさんは不敵に笑う。
これだけの人数がまるまるお世話になるというのも至れり尽くせりという感じだけど、僕達の一団は食料の一つも持参していないのだから頭も上がらない。
もっとも、これはあちらが言ってきたことなので用意不足でも厚かましいわけでもないとは思うが、流石にそれら全てが善意ではあるまい。
これだけ借りを作らされては政治の話もさぞしやすかろう。
クロンヴァールさんはそういうやり方を好む人ではない感じにも見えるけど、本人の性格がどうであれ一国の王として自分の考え方はこうだからという方針の決め方もおかしな話なのでどちらとも言えないか。
「話はよく分かりました、何から何まで世話になってしまい申し訳ない。しかし、どうしてここまでしてくださるのです?」
セミリアさんはペコリと頭を下げる。そして不思議そうに言った。
僕みたく何でも裏を疑いたくなる人ではないし、その疑問ももっともか。
「お前やそっちの坊やには良い働きを期待しているからな、という理由は少々説得力に欠けるか。実は、ユノにも連合軍への参加を要請したのだが断られてしまってな。参加意思があればこの船に乗っていたのだが、あの国の傍観主義も大概だなまったく」
「確かにマリアーニ王の側近の戦士達は強者揃いとはいえ……それは私の問いに対する答えではないように思いますが」
「はっはっは、相変わらず頭脳戦は苦手か聖剣。武器の腕だけが戦闘力ではないぞ?」
「そのお言葉も何度言われたことか分かりませんな。私は不器用ゆえ、どうにも頭と身体の両方を鍛えることには不向きのようです。しかし、私自身あまり心配していないのですよクロンヴァール王」
「ほう、なぜだ?」
「私にはコウヘイが付いています。それだけで私の頭足らずなど何ら不安はない」
「相変わらずの信頼だな小僧。ではその信頼に答えて、お前が代わりに説明してやってくれ」
「え……」
なぜ急に僕に振られるのか。
この人の人間試しって何が待ってるか分からないから怖いんだよなぁ
セミリアさんどころかアルバートさんやハイクさんまでこっちを見ているし、唯一の長所である頭の使い道で格好悪いところを見せるのは悔しいから逃げないけどね。
というわけで、久々に解説役になるとしよう。
「この船にユノ王国の人が居ないということはユノ王国は参加意思が無かったということなんですよ」
「さすがにそれぐらいは私にも分かるが……」
「そう、セミリアさんには分かることです。でも分からない人も居るということですよ」
「うむ?」
「こういう表現は個人的にしたくないので客観的に述べるという前提で話しますけど、今回の目的を考えた時、味方も敵も同じ国にいるということになります。ならば当然相手も情報収集をするでしょうし、偵察や調査隊のような人もいるはず。その時に違ったタイミングで違った船を使って違った格好をした集団が入国するよりは相手に情報を与えずに済むというわけです。この千人以上の人間の中にどこの国の兵士がどれだけ居るのかは見ただけでは分からないですからね。有名人のクロンヴァールさんやセミリアさんが居なければより効果は高かったのでしょうけど、それでは敵を倒すという目的を考えた時に本末転倒になりますし、全く与えないよりは断片的に与えてミスリードを誘ったり錯乱させられる可能性を考えるとここに居る人達だけ格好が違うというのも程度としてはベターだという判断なのでしょう」
「なるほど、そういうことだったのか。自分で言っておいてなんだが、コウヘイはやはりよく頭が回るな」
セミリアさんは納得がいった風に頷いた。たまには戦略シミュレーションゲームも役に立つものだ。
なぜかそれを見たクロンヴァールさんがパンと手を叩く。
「ただの爆弾魔ではなくて安心したぞ小僧。リュドヴィック王が全権を与えるだけのことはあるようで何よりだ」
「いや、ただの爆弾魔って……」
それは誤解ということで解決したのに。酷い名誉毀損だ。
しかしまあ国を代表する立場の僕が他所の国の人達にボンクラだと思われても立場が無くなってしまうし、これも褒め言葉として受け取っておくとしよう。
「さて、話はこれで終わりだ。サントゥアリオ本城に到着後は休む暇もない、明日まではゆっくり過ごしてくれ」
そんなクロンヴァールさんの一言で顔合わせも終わりを迎え解散することになった。
サミュエルさんの不在に関して全く触れないあたりクロンヴァールさん達に存在を忘れられている気がしてならないが、あとは到着を待つのみだ。
この先一体どんなことが起きるのか。
それはどれだけ考えても答えの見つからない問いではあったけど、それでもゆっくりと、だが確実に、僕達を乗せた船は戦地へ向かって進んでいく。




