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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】
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【第四章】夢現の発露/異界の地ともう一人の女勇者サミュエル

※10/6 脱字修正

 10/9 台詞部分以外の「」を『』に変更


「少しばかり目的地からずれてしまったが無事到着してよかった。なにぶんこうも大勢での移動は初めてなものでな」

 誰もが言葉を失い固まっている中、道もなければ光もほとんどない薄暗い森の真ん中で唯一の例外であるセミリアさんは安堵の表情を浮かべている。

 立て続けに起きた理解不能な現象にそれ他の全ての者にしてみれば困惑する以外に思考や感情の行き着く先などない。

 ある者は驚きのあまり泣きそうな表情になり、ある者はただ唖然として大口を開けたまま固まり、またある者は幾度となく変な声を出しながら辺りをキョロキョロと見回し続けているカオスな状況だ。

 そして僕自身も目の前にある夢が現実かも分からない辺りの景色に頭はまともに働かず、ほとんど無意識にただ同じ言葉を繰り返していた。

「セミリアさん……ここ、どこですか?」

「ここはエルシーナという町の外れにある森の中だ。町に行く前に寄らねばならぬ場所があってな」

「エル……シーナ? なんですかそれ? ていうかどうやって僕の家からそんな場所に……」

「簡単なことだろう、康平たんよ」

 いつの間にかパニック状態を脱したらしい高瀬さんが傍に寄って来た。

 何故かやけに楽しそうというか、何ならわくわくしている風な表情だ。

「俺達は確かにあの店の前にいた。それがいきなり森の中に移動しているんだぞ? 答えは一つしかないだろう」

「それって……」

「瞬間移動だよ。そうだろ、勇者たん?」

「いかにも。お主は思いの外博識なようだな、別世界のことにまで知識が及ぶとは私などとは大違いだ」

「よせやい!」

「いやいや、照れてる場合ですか。瞬間移動って、そんなゲームや漫画じゃあるまいし」

「なら今ここにいるわけを他に説明できるのか康平たんよ。否定して何か状況が変わるならそれもいいだろう、だが現実に起こってしまっている以上受け入れるしかないと思うぜ?」

「それはそうかもしれませんけど……だからってはいそうですかと納得出来る次元を超えてますよ、これは」

「ふむ、さすがは博士を目指しているだけはあるなコウヘイ」

「え? どういう意味ですかそれ」

 というかいつ僕は博士を目指したんだろう。

「コウヘイの言った通り、私はこの腕に着けたマジックアイテムのおかげで次元間移動が可能なのだ。これによってお主らの住む世界へ移動し、こうして帰ってきたというわけだ。まさに次元を越えてな」

「いや……僕はそういう意味で言ったわけじゃないんですけど」

 噛み合わない会話に一層心が重くなる。

 この動揺をどう訴え、どういう説明をしてもらえれば理解と納得を得られるだろうかとようやくまともに働き始めた頭で考えていると、ふと背後で声がした。

「つまりここは日本じゃないってわけ?」

 振り返ると僕のすぐ後ろにみのりの手を引いた春乃さんが居る。

 どうやら二人とも混乱の境地を脱したようだ。

「二人共もう大丈夫なの?」

「うん、ビックリタイムは終わり。おっさんの言う通り分かんないことを考えても仕方ないしね。今ここにいるってのが現実なら受け入れた上で先のことを考えた方がよっぽど利口でしょ?」

 なんとも男前な春乃さんだった。

 無理矢理にでも理屈で納得しないと気が済まない僕とは大違いだ。だってそうしないと受け入れられないんだもの。

「理解が早くて助かるぞハルノ」

「ポジティブさがあたしの売りだからね。で、ここは日本じゃないってことでいいのよね? 携帯の電波も入ってないみたいだけど」

「そのニホンとは何なのだ?」

「え? ついさっきまであたし達が居た場所だけど」

「ほう、お主らの住む世界はニホンというのか。ならば、確かにここはニホンとやらではない。グランフェルト王国の最南部にある土地だ」

「なるほど、ね」

 春乃さんは理解したのかしていないのか、どちらともとれる表情で頷いた。

 そうだ、ワープする前に聞いたワードも確かグランフェルト王国だっけか。

「聞いたところで分かるはずもないその何とか王国ってのは置いておくとして、その寄る場所ってのはどこなんだ勇者たん」

「うむ、私達が世話に世話になっている人物のところだ。この森の中に住んでいてな、移動に使ったアイテムを作ってくれた人物でもあるのだ」

「そうか、だったら早いとこ行こうぞ。この迫り来る冒険に対する魂の高ぶりが収まらない内にな」

「そうね。いつまでも立ち話してても仕方ないし、なんかあたしもワクワクしてきたしね。うーん、まさにロックって感じ」

「では私が先導する。後に続いてくれ」

 立ち直った二人を見て、セミリアさんも安心したのかそのまま背を向け歩き出した。

 やたらとハイテンションな高瀬さんがそれに続き、春乃さんも後を追っていく。

 僕とみのりは一瞬立ち尽くして顔を見合わせたまま、数回瞬きの挟んでお互いをフォローし合うのだった。

「大丈夫? みのり」

「う、うん。まだちょっとびっくりしてるけどもう大丈夫だから」

「とりあえず……僕達も行くしかないみたいだね」

「そうだね。なんだか凄いことになっちゃったけど、ちょっと楽しそうだよね。冒険なんて小さい時以来だし」

「……みのりも案外肝が据わってるんだな」

「へ? 康ちゃん今なんて言ったの?」

「なんでもないよ、行こう」

「うん」

 こうして笑顔のみのりと二人、みんなの後を追った。

 はっきり言って僕はこの中では自分が一番常識人だと思っていたのに、これじゃあ一番情けない人間みたいじゃないか。

 そんなことを考えれば考える程に残念な気持ちになりながら。


          ○


 先頭をセミリアさんが、そのすぐ後ろを高瀬さんが歩き少し離れて僕とみのりと春乃さんが並んで木々以外に何もないと言っても過言ではない様な森の中を歩き始めて数分が経った。

 皆の表情はこの別の世界とやらに来る前のそれと同じといっていいぐらいには落ち着いていて、一部の人間に至ってはもう観光気分さえ感じられる状態である。

 唯一心配していたみのりも見た感じは問題なさそうだけど、時間が経ったことよりもこうしてわいわい話をしながらという環境の効果が大きいのだろう。

「…………」

 なんだか……冷静になってみるといつまでも心の整理が出来ずにいる自分が凄く女々しく感じるな。

 だって瞬間移動して異世界に来ました、なんて説明をものの数分で受け入れられる普通?

「康ちゃんもそう思うでしょ?」

 気を抜くと現実逃避をして精神を守ろうとする心理が働く中で、不意に名を呼ばれ意識が引き戻される。

 みのりが横から顔を覗き込んでくるが、言わずもがなそっちの話なんて全く届いていない。

「へ? なに?」

「も~、聞いてなかったの?」

「ごめんごめん、ちょっと考え事してて。で、なんだって?」

「さっきの春乃さん格好良かったねって話だよー」

「さっきのって?」

「ほら、考えるだけ損みたいな」

「ああ、それはうん。凄く男前だったね」

「男前ってあんた、せめてクールとかにしてよね。仮にも乙女に向かって男前はないでしょ男前は」

「それは失礼しました。でもほんと春乃さんもそうですけどみんな順応性高すぎません?」

「あのね、康平っち」

「……康平っち?」

「そりゃあたしだって驚きもしたし目を疑ったわよ? それに今だってこの状況の全てを理解したわけでも納得したわけでもない。それでも開き直って、考えても無駄だって思うようにしてるだけ。今さら信じられないとかどうなってるんだーなんて考えても何も変わらないでしょ? だったらそっちの方が楽だし楽しいじゃない。せっかく普通じゃ有り得ないような体験してるんだしさ、むしろこの体験がかつてないヒッソンを生み出せる気がしてるからねあたしは」

 春乃さんは『フフン』と自慢げな顔を浮かべて腕を組み胸を張る。

 開き直る、考えることをやめる、というのは僕の性格ではなかなか難しいんだよなぁ。

「うーん、やっぱり男前ですね。僕には出来ない考え方ですよ」

「でもでも、康ちゃんもそんなにびっくりしてなかったように見えたよ?」

「いや、ものすご~く驚いてたよ? ただ表情や態度に出ないだけで。第一今でも結構引き摺ってるしね」

「ま、それが普通なんじゃないの? あたしがポジティブ過ぎるだけで」

「わたしもみんなといるから怖くないだけかもです」

 あははと、みのりは苦笑し頬をかいた。

 なるほど、そう言われてみるとこれがもし一人だったらと考えれば確かにいくらか救いのある状況とも言える。

「高瀬さんに至っては来る前より元気になってますからね。あの人も理屈に囚われないタイプみたいですね」

「いや、あのおっさんはただのゲーム脳だから。真似しちゃ駄目よ二人とも」

 遠慮も容赦もない発言は、高瀬さんが聞いたらまた喧嘩になりそうなのでみのりと二人曖昧に苦笑を返す以外に反応のしようがない。

 今ってそういう漫画やアニメが流行ってるって聞くもんね……あの人がやる気に満ちているのはそういう理由なのかな。 

「とにかく、あんた達が自分の目を疑おうとこの状況を疑おうと勝手だけどさ、友達は信じてあげなきゃ駄目だよ? あたしがこうしてるのだってセミリアが嘘を吐いてるなんて思ってないってのが一番の理由なんだから」

「……そうですね。僕もセミリアさんが嘘を吐いてるとは思っていません」

 そう、言われてみて自覚したことではあるがこの状況になってからセミリアさんを疑ったことはなかった。

 出会ってたったの一日。

 セミリアさんの涙ながらの訴えも、熱く語った正義感も遊びの、つまりコスプレごっこの延長だと思っていた。その結果がこんな事になってしまった。

 それでもセミリアさんを恨んだり責めようなどという気持ちは微塵も無いのだ。

「わたしも……そう思います」

 みのりも同じ気持ちだったのかどこか噛み締める様に頷いている。

 そんな僕達を見て春乃さんもニッコリと微笑んだ。

「うんうん、それでこそ友達ってもんよね」

「でも一つ気になったんですけど」

「ん?」

「へ?」

「セミリアさんが言ってることが事実だとすると、あの魔王云々も事実ってことになるんですよね?」

「うーん、そればっかりはこの目で見てみないことにはなんとも言えないわね」

「わたしも魔王っていうのが何なのかもいまいち分からないから想像も出来ないよ」

「それは勿論僕だってそうなんですけど、事実なら僕達も対峙しないといけないんですよね? ここにいる理由からして」

 元を正せば共に魔王と戦う仲間、という名目でセミリアさんの元に集まっているのだ。

 であれば非現実を堪能して帰りました、で終わる話ではない。

「僕も魔王といわれてもどんなものなのか想像し難いですけど、少なくともとても危険なことをしようとしてるんじゃないかと思うんですけど」

「言ったでしょ康平っち。今から『たられば』を言っても仕方ないって。危険な目に遭った時の為にいつでも逃げられる準備でもしとく? セミリアを残して? そんなこと出来ないじゃない。だったら今考えたって無駄なんだからその時考えりゃいいのよ。でしょ? あんたもちょっとはこの前向きさを見習いなさい」

「それは前向きなんじゃなくてただ行き当たりばったりなだけなんじゃ……」

「なんか言った?」

「……言ってません」

「それでよし」

 もう一度ニッコリと微笑んだ春乃さんの表情は満足げだった。

 正しいか否かなんて分からないけど、春乃さんの理念はどの言葉をとっても考え方としてはベターなのかもしれない。

 僕自身悩み、考え、否定と荒唐無稽な想像ばかり繰り返しても答えなど見つからないことは理解している。

 それならば確かに考えることに意味はないし、僕だって女の子を残して逃げるなんて真似は出来るだけしたくはない。

 本当に出来るだけは、というのが悲しいところだけど……。

 とはいえ、そう頭で思っていてもなかなk春乃さんの様に強かにはなれないなあ、と僕は思うのだった。

「見えたぞ、あの小屋だ」

 それからまた少しの時間が経った頃、ようやく目的地まで来たらしくセミリアさんが前方を指差した。

 その指の先、十数メートル向こうには確かに小屋らしき物が見えている。

 人など到底住めそうにない深く広い森の中、同じく人など住めるのかと思わせる様な小さく綺麗とはいえない小屋だ。

 それでいて比例して小さな窓から漏れる明かりが中に人が居ることを証明していた。

「……何でこんなとこに住んでるわけ?」

 色々とまた疑問が生まれるのは当然だろう。

 それを指摘したのは春乃さんだ。

「ちゃんと理由があるらしいのだが、それは追々説明すればよかろう。今は顔合わせが先だ」

 そう言うとセミリアさんは小屋の前まで先頭を切って歩き、その入り口のドアをノックもなしに勢いよく開いた。

 かと思えば遠慮も何もなく中へと入っていく。

「ノスルク、帰ったぞ! さあ、お主等も入ってくれ」

 開いた扉から中の様子は窺えないが、聞いた感じではセミリアさんの家というわけではないはず。

 つまりは僕達にとっては見ず知らずの人の家なわけで、入れと言われてズカズカと入っていくのも躊躇われるところだ。

「お、お邪魔しまーす」

 それでもそういった常識が通用しない男、その名も高瀬さんが挨拶も無しに平気で中に行ってしまったので覚悟を決め気休めの挨拶を口にしながら後に続くことに。

 そんな僕を見て女性陣も足を踏み入れた。

「言われた通り異世界で仲間を見つけて来たぞ、ノスルク」

「ああ、ちゃんと見ておったよ」

 いざ中に入ってみると外観の通りあまり広くないスペースがベッドとテーブル、そして本や何かの瓶が並んでいる棚でほとんど埋まっているいかにも一人用の家屋といった感じだ。

 その中心部にはセミリアさんがノスルクと呼ぶ一人の老人が椅子に座っている。

 背が低く、青いローブの様な物を身に纏っているその老人は白く長い髭が特徴的で、頭にはとんがり帽子が乗っていた。

「このじいちゃんがセミリアが世話になってる人なの?」

 きょろきょろと小屋の中を見渡していた春乃さんは続けてセミリアさんと老人に交互に目をやった。

 どうしてそう無遠慮なのか、高瀬さんに至っては棚の瓶だの本だのを勝手に触っている。非常識も度が過ぎるとこっちが恥ずかしいからやめて欲しい。

「その通りだ。名をノスルクといって、必要な物や情報をくれたりと色々な面で私達を導いてくれている」

「ふーん、なんか魔法使いみたいな格好だね」

「ほっほっほ、昔はこれでも一端の魔法使いだったんじゃよハルノ殿」

「へ? じいちゃんなんであたしの名前知ってんの?」

「お主だけじゃない、皆存じておるよ。お主はコウヘイ殿じゃな」

 老人は穏やかな表情で僕を見る。

「ええ、まあ」

「そちらのお嬢さんはミノリ殿じゃったな」

「は、はいっ」

「そしてお主がカンタダ殿」

「いや違うぞ!? 何度も言ってるが俺の名前は……」

「ねえねえ、なんで会ったばっかなのに分かんの? じいちゃんエスパー?」

 春乃さんは高瀬さんの言葉を遮り、不思議そうに老人の傍へ寄っていく。

 高瀬さんは『おーい』と遠い目で訴えていたが老人を含め誰も触れようとはしなかった。

「セミリアが首に掛けているアイテムじゃが、あれはわしが作った物での。そのアイテムを身につけている限りわしはセミリアの居場所を知りこの水晶で姿を捉えることが出来るのじゃよ」

 目の前のテーブルに置かれていた大きな水晶玉をペシペシと叩く老人は終始穏やかな笑みであるあたり温厚で優しい人なのだろう。

 敢えて言うが、僕の隣に居る高瀬さんが『なぬ!? では勇者たんの入浴シーンも見放題なのでは!?』とか言ってたが、これにも誰も反応しなかった。

「セミリアに異世界へ行く術を与えたのはわしじゃ。とはいえわし自身が経験もなく知るはずもない世界じゃ、どんな場所に転移することになるかも分からぬ。ならば顛末を見届けるのもわしの役目じゃろう」

「へー、なんか難しい話はよくわかんないけどさ、じいちゃんマジで魔法使いなの?」

「今はただの老いぼれじゃががの」

 優しい口調で言うとノスルクと呼ばれる老人はローブの中に手を入れ、一メートルほどの細長い木の棒を取り出した。

 見た目やデザインはなるほど、魔法の杖とでも呼ぶのがしっくりきそうな姿形である。

 そして次の瞬間、目の前で起きた出来事に思わず皆が驚きの声を揃えた。


「「おおおっ!!」」


 それもそのはず、老人がその棒を軽く振ると座っていた木製の椅子、そして目の前のテーブルと空いていた椅子が数十センチ浮いたのだ。

 どうみても物理的法則を無視して、まるで無重力空間であるかのようにふわふわと上下運動をしながらも平然と老人は椅子に座っている。

 たっぷり十秒もそんな状態を維持し、やがて老人を含む全てがゆっくりと降下し元の位置に収まった。

 いやいやいや……どうなってんのこれ? もう理屈とか抜きでほんとに凄いよ。

「すごーい! ねえどうやったの!? 完全に浮いてたじゃん!」

「まじで魔法使いなのかよおじいたん!」

 春乃さんと高瀬さんは興奮しながら再び老人の元へと駆け寄っていく。

 唯一みのりだけが手品でも見たかの様に、感動の面持ちでパチパチと手を叩いていた。

「セミリアさん、あれ……本当に魔法ってやつなんですか?」

 どうしてもテンションが上がるという方向に気持ちが向かない僕は隣にいるセミリアさんに尋ねてみる。

 いい加減驚き困惑するばかりなのもどうかと思うけど、凄いの一言で済ませてしまえるほど楽観的にはなれなかった。

「ああ、ノスルクもかつては勇者と共に旅をし大いに名を馳せた魔導師だったのだぞ」

「……そうですか」

 なんとうか、二の句も継げず無理矢理納得するしかない感じである。

 その後もノスルクさんは手から火を出したり、コップの中の水を凍らせたりと色んな魔法を披露してくれた。

 数々の芸? が僕たちを楽しませるためのものでは無いことがわかったのはテーブルに置いてあった果物を消し去ってみせた直後のことだった。

「さて、ハルノ殿」

 不意に表情を固くしたノスルクさんに、呼ばれた春乃さんもノスルクさんが何かやるごとに大きなリアクションを取っていた高瀬さんやみのりからも笑顔が消える。

 遠目に見ていた僕にもあきらかに場の雰囲気が変わったことが分かった。

「へ? 急にどうしたのじいちゃん」

「お主に今わしがやって見せた様な事が出来るかの?」

「出来るわけないじゃん。あたしは普通の人間だし」

「カンタダ殿はどうじゃ?」

「む、悔しいが今の俺には出来ん芸当だな」

「ミノリ殿」

「ぜ、絶対無理です」

「ふむ、コウヘイ殿はどうかの?」

「絶対無理です」

「左様、お主等にすれば出来なくて当たり前の事じゃろう。しかし、わしには出来る。それは何故か、この世界には魔法、魔力というものが存在するからじゃ」

「何が言いたいんだ、おじいたんよ」

「わしに出来るということが問題なのではなく、敵にも出来るということが問題なのじゃよ。今わしがやったような遊び心では済まん。この力を自分に向けられる、それが君たちが足を踏み入れた世界なのだ。魔法も魔物も存在しない世界から来たのであれば、お主等がセミリアやこの世界の為により強力な力を持った相手に立ち向かっていくことが出来るのか、それを今一度考えて欲しくてこのような見世物をした」

 やや重い空気が流れる。

 セミリアさん以外の全員が視線を泳がせ、どう答えるべきかと口を結んでいる。

 そのセミリアさんも口を挟むことはせず、ただ僕達を見つめていた。

 その沈黙を破ったのは春乃さんだ。

 顔を上げ、一歩前に出ると凛とした表情とはっきりとした口調で告げる。

「確かに魔法なんて見たことなかったし存在するとも思ってなかった。最初は軽いノリで参加したし、こんな事になるなんて思ってなかった。今だってこの世界がどうなってるのかなんて知らないし、知ってどうするのかも分かんないよ。でもこれだけは言える。どこの世界の人間だろうが、どんな不思議な力を持っていようが……友達は絶対裏切らない。それがあたしの生き方だから」

 少しの静寂の後。

 ノスルクさんは驚いた様な表情を一転、ここに来た当初の優しいものへと変え『そうか』と一言呟いて僕や高瀬さん、みのりへと目を向けた。

 いざこういう空気になると女性二人がこれだけ前向きでいるのに一人ウジウジとしているのは凄く情けなく感じてしまう。

 少し開き直ってみようと、そんな感情がわずかに芽生えた気にさせ、僕も春乃さんの横で覚悟というのを口に出してみた。

「僕も……違う世界なんてものの存在すら理解も納得も出来ていませんし、本音を言えば危ないことはしたくないという気持ちがあるのも事実です。でも、セミリアさんに協力すると約束しました」

「わたしも、途中で投げ出したくないです」

 すぐにみのりが続く。

 珍しく、日頃あまり見せないキリっとした表情で。

「おじいたんよ」

 最後にゆっくりと歩み寄って横一列に並ぶ僕達三人に加わったのは高瀬さんだ。

 腕を組み、胸を張り、不敵な笑みを浮かべ『満を持して登場』みたいな雰囲気を出したいんだろうなあというのが傍目に分かるおかしな挙動だった。

「俺達は酒場で寄せ集めたパーティーじゃないんだ。自らの意志で志願し、ここにいる。野暮なことは聞くもんじゃないぜ。そうだろう勇者たん」

「そうだな、私は皆に感謝している。そして共に進む仲間とすることに……一片の疑問もないぞカンタダ」

 セミリアさんは微笑み全員の顔を見渡した。

 覚悟を強いたり同調を是とする空気にしてはならないと考え説得の言葉を飲み込み見守っていたのだろう。

 ノスルクさんがやろうとしたことを即座に理解し口を閉ざした。その場しのぎのものではない、意思を伴った考えを聞くために。

「ま、そういうことだ。文句は無いだろうおじいたん」

「そのようじゃな、どうやら心配性が過ぎたようじゃ。まったく歳を取るとこうなるからいかんのう」

「心配する必要はないぞ。なぜなら俺は自称伝説の勇者ノトの血を引く男だと信じているからだ」

「……何言ってんの、おっさん」

「ただの自称な上に確信もないんですね」

 春乃さんが目を細めている横で僕まで冷静にツッコんでしまった。

 しかし、そういった文化の存在を知るはずもない者が二人。

「お主も……勇者の血を引く男だというのかね?」

「まことかカンタダ」

 悲しきかなセミリアさんとノスルクさんは見事に真に受けていた。

 そんな反応に気を良くしたのか高瀬さんの脳内設定は留まることを知らない。

「それに今日、昼間解散してから夕方再び集まるまでの数時間だけで俺はドラドラ3を全クリしてきた。つまり今日既に魔王を一匹倒しているってわけだ、恐れ入ったか」

「魔王を倒したことがあるというのか、カンタダ殿は」

「お主はただ者では無いと思ってはいたが……それほどまでとは」

「あの、二人ともゲームの話ですよ?」

「「ゲーム?」」

「ゲームじゃ分からないか、えーっとですね……なんといいますか現実のことじゃなくて……」

 説明しようにも適切な言葉を見つけるのも簡単ではない。

 高瀬さんが気を悪くしてしまうのもどうかと極力やんわりとした否定をしたい僕とは違ってバッサリいっちゃうのが春乃さんという人間である。

「二人とも気にしなくていいわよ、ただの妄想癖だから」

「む? そうなのか?」

「常に混乱状態だとでも思っておけば分かりやすいかなって感じ?」

「誰が混乱してんだぁ!」

「おっさんうるさい! 話がややこしくなるからちょっと黙ってて! 五年ぐらい」

「五年も!?」

 一人仰け反る高瀬さんには目もくれず、春乃さんは話を戻してくれた。

 こういう性格も時にはありがたいものだ。

「で? あたし達は今から具体的に何をするわけ?」

「ふむ、まずは……」

 と、ノスルクさんが何かを言い掛けた時。

 それを遮る大きな音を立てて入り口が開いた。


「ジジイ、帰ったわよ!」


 大きな声でセミリアさんと似た様な台詞を口にしながら勢いよく入ってきたのは赤茶色の頭髪を持つ一人の少女だ。

 歳は僕達とそう変わらないと思われる見た目の少女はセミリアさんと同じ様に両肘と両膝に金属製の防具を身につけているが、その割には露出の多い派手な格好をしている。

 ベビードールみたいなデザインのエナメルっぽい衣服のせいで肩も背中も胸元も太ももから下も全部丸出しだ。

「おおぉぉ! イッツビューティフルガール3!!」

 どちら様? という感想を抱く日本人三人が首を傾げたり無言で入り口の方を見つめている中、高瀬さんだけが興奮気味に目を見開いていた。

 やっぱり人とは感性が違うのか、毎度毎度一人だけ違ったテンションでいるよねこの人。

「だからおっさんうるさいっての。大体最初から思ってたんだけど何で3なのよ! ここには四人女子が居るんだけど?」

「お前入ってねえし」

「なんですってぇぇぇ!」

「ちょっと、二人とも」

 またまた始まった二人の口論に割って入る残念な僕。

 あちらにとっても僕達が見知らぬ存在であるはずなのに、今入って来た少女は僕達になど目もくれずにノスルクさんの方へと近寄っていった。

「これ、例のもの」

 謎の人物はノスルクさんの前に布製の小さな袋を放った。

 そして僕達ではなく、セミリアさんの方に体を向けると皮肉の混った口調を隠そうともせずに侮蔑の笑みを浮かべる。

「久しぶりね、クルイード。随分と賑やかじゃない」

「サミュエル、無事で何よりだ。機微はどうだ?」

「上々ってところじゃないの? 野望達成の日も近いかもね、あんたは随分と余裕みたいだけど」

「それはどういう意味だ」

「ジジイに聞いたわよ? 異世界に行って仲間を集めてくるって。それが……」

 サミュエルと呼ばれた女性は僕達を一瞥し、鼻で笑った。

 馬鹿にしているのがはっきりと伝わってくる。

「こいつらってわけ? 暢気なものね、こんなガキばっかり集めて……って、一人珍獣も混じってるみたいだけど」

 その言葉に反応するかの様に、何故か高瀬さんが春乃さんを見た。

 勿論口を挟める雰囲気じゃないことなどお構いなしの春乃さんも黙ってはいない。

「いや、どう考えてもあんたのことでしょ」

「誰が珍獣だぁぁ!」

「あたしに言うなー!」

 仲が良いのか悪いのか息ピッタリな口論ではあったが、きっかけを作ったサミュエルという女性は気にも留めず。

 矛先はあくまでセミリアさんのつもりのようだ。

「クルイード、旅芸人にでもなるつもり? それともやられすぎて頭がおかしくなったわけ? そいつ等が何の役に立つと思っているのか知らないけど、そこらの農民でも連れて行った方がよっぽど戦力になるんじゃないの?」

「それは違う! 諦観しているだけの者と見ず知らずの地で見ず知らずの私に力を貸してくれると言ってくれたこの者達とではその志に天と地ほどの差があるだろう。単身では奴には勝てぬのだ、プライドを重んじて無謀な挑戦を繰り返すよりも力を合わせて世界を救うことを優先すべきではないのか!」

「ふん、何が志よ。結局精神論じゃない、志で魔王が倒せりゃ苦労ないわ」

「……貴様」

 終始からかう様な口調の女性とは違い、侮辱されたセミリアさんの顔は見るからに怒りの色に満ちていく。

 今や顔を付き合わせるような距離まで近づいていた。

「そうやってすぐにムキになるから駄目なんじゃないの? ちょっとは冷静さを身に付けないとまたやられるわよ、別にいいけどさ」

 今一度鼻で笑い、女性はノスルクさんに向き直ると『確かに渡したわよジジイ、あとよろしく』とだけ告げて踵を返し、もう一度僕たちを見たかと思うと、

「せいぜい頑張って大陸一の大道芸人でも目指すのね」

 最後にそんな一言を残してサッサと出て行ってしまった。

 そんな態度にセミリアさん以外に憤慨する女性が一人。

「な、何よあの性格悪い女!」

 女性の姿が消えた出入り口の扉を指差す春乃さんは完全にイラっとしている風だ。

 悲しきかな馬鹿にされたのは僕達も同じなのにまだ精神的に正常ではないのか不思議と腹が立ったりはしない。

「なんだか凄い格好してたましたねー」

 と、相変わらずどこかズレた感想のみのりも扉の閉まった入り口を見つめているが目をパチクリさせているだけで怒っている感じなど皆無である。

 もっとも、それは単に僕達の性格の問題かもしれないけども。

「すまぬな、皆にも嫌な思いをさせた」

「セミリアが謝ることじゃないでしょ。っていうか誰よあれ?」

「私と同じ勇者だ。といっても考え方や目指す先は随分と違っているらしいがな」

「勇者が二人と言うのも斬新なパターンだな。しかも二人とも女の子ときたもんだ、カメラ持ってきとけばよかったぜー。何で携帯動かないんだよちくしょう」

「カメラは置いといて、あの人も魔王と戦ってるんですか?」

「勇者である以上それは当然のことだ。しかし奴はそれにこだわり過ぎている節がある。他者も、自らさえも省みずに固執する節がな」

「固執?」

「詳しい背景は知らんが、自分の手で魔王を打倒することに何か執念の様なものを感じることが多々あるのだ。ノスルクは何か知っているのか? サミュエルの事情とやらを」

「うむ、知らんと言えば嘘になるのう。じゃがそれはわしの口から説明してよいものではないじゃろう。人の過去に他人が勝手に触れる権利はないからのう」

「……そうか」

「だったらもうあの女の話は終わりにしてさあ、これからどうするのかって話をしてよ」

 春乃さんが急かす様にテーブルをバシバシと叩くと、セミリアさんも本題がそこにあったことを思い出したらしく『そうだな』とノスルクさんに続きを促した。

 飲み込む余裕があるかは分からないけど、ようやく話が先へと進む。

「さっきの続きじゃが、お主等四人が今すぐに魔王に挑むというのもやはり無謀な話じゃろう。魔物と戦ったこともなければ見たこともない、そんな状態で魔王には向かっていくのはどうしたって無理があるというものじゃ。そしてせめて別世界から巻き込んだからには身の安全ぐらいは手助けしてやりたいのじゃが……」

「ではこの四人にもリホークの羽根飾りを作ってやってくれまいか」

「リホークの羽根飾り? なんですかそれ?」

「セミリアの首に掛かっている物がまさにそれじゃ。わしが特殊な魔力を使って作ったものでな、この首飾りを身に着けていれば生命の危機に瀕した時に自動的にこの小屋へとその身を転送させることが出来るのじゃよ。つまりは身に着けている限り余程のことがなければ戦って死ぬことはない、というわけじゃ」

 確かにセミリアさんの首からは羽根の付いている綺麗な首飾りが掛かっている。

 この小屋に転送することがなぜ死なないことになるのかは今の説明ではよく分からなかったが、それが事実なら魔王がどうとかは無関係に持っていて損はない物だということだけは理解出来た。

「凄いじゃんそれ。ねえ、あたしにもそれちょうだい!」

「僕も出来れば。まだ死にたくはないので」

「わたしも欲しいです!」

「俺も十個ほどくれ!」

「そう興奮しないでおくれ。わしもそうしたいのは山々なんじゃが、特殊なアイテムを作る為の魔力の源が切れておってのう」

 一斉に『え~』とブーイングが起きる。

 人生そう甘くはないか。なんて思いかけたものの、

「そこでじゃ。セミリアよ、魔源石を手に入れてきてはくれんかのう? それがあれば全員分の羽根飾りも、ついでに武器も作ってやれる。魔王に挑む前に冒険慣れしておく意味も込めれば一石二鳥というものじゃろう」

「承知した。お主らもそれで良いか?」

「なんだかよく分かんないけど、冒険なら大賛成って感じ?」

「冒険が俺を呼んでいるぜぇぇ!」

 相変わらずノリノリの二人だった。

 とはいえ自分自身のためであるのなら反対するわけにもいかず。

「まあ、命を守ってくれるっていうんだから異論なんてあるはずもないか」

「よし、ミノリもよいか?」

「は、はい。頑張ります!」

 ……何を頑張るんだみのり?

「魔源石はエルシーナの北の方で目撃情報があったはずじゃ。今日はもう遅い、町で一夜を過ごしてから行くのじゃな」

「エルシーナの北だな、ではさっそく向かうとしよう。準備はいいか、皆の者」

「「おー!」」

「ではノスルク、行ってくる!」

「ああ、気を付けるのじゃぞ。セミリア、今のお主は一人ではない。何が一番大切なことか、状況に応じてよく考えることじゃ」

「ああ、では」

 セミリアさんは入り口に向かっていく。

 皆が口々にノスルクさんへの挨拶を残してそれに倣おうとする中、不意に僕だけが呼び止められた。

「コウヘイ殿、最後に一つよいかな?」

「はい?」

「お主が一番最初に協力を申し出てくれたのじゃろう? わしからも礼を言っておきたくての」

「いえ、そんな殊勝なものじゃないですよ。僕はセミリアさんの言うことをまともに考えてもいませんでしたし、こんな事になるなんて思っていなかった。結果的にそういう形になってるだけで今だって危ない目に遭ってまでという気持ちも少なからずありますからね」

「それでも、じゃ。一つの思いやりや気遣いが人を変えることもある。今のセミリアはお主等の世界に行く前よりは元気になっておるよ。本人は気付いていないかもしれんがな」

「はあ……」

「お主等にまで無理に命を懸けろとは言わぬ。危険を察したら逃げてもよいし、そうするべきじゃろうとも思う。セミリア自身お主等の身の安全を最優先するじゃろう。しかし共に居るだけで力になれることもあるのじゃ。あの娘は少し向こう見ずで視野が狭いところがある、お主は冷静な性格をしておるようだし出来れば間違った方向へ進まぬように少し手を貸してやって欲しい」

「分かりました。元々命を懸けたところで僕の出来ることなんて多寡が知れていますしね」

 自慢じゃないが喧嘩なんて一度もしたことがない。

 きっと魔王どころかそこらの一般人も倒せないよ僕。

「ありがとう。お主等の無事を影ながら祈っておるよ」

 それでも、ノスルクさんはニコリと微笑んだ。

 一人遅れている僕を呼ぶ春乃さんの声が扉の向こうから聞こえ、図らずも会話は途切れる。

「相変わらず混乱することばかりですけど……出来ることはやってみます。では」

 最後にノスルクさんへと一礼し、僕も小屋を出てみんなと合流した。

 今になっても魔王だとか戦闘だとか世界がどうだなんて全然分からないのは変わっていないけど、みんなが、ノスルクさんやセミリアさんを含めたみんなが自分に出来ることをやろうとしている。

 誰かと戦えなんて言われたって僕には出来ないだろう。

 世界を救えだなんて余計に無茶なことだ。

 だけどそれでも、出来ないことに対して逃げ出そうとする者は今この中にはいない。気の弱いみのりですらそれは変わらない。

 そして何より出会ったばかりなのに仲間だと、友達だと言ってくれる人達を裏切る様な事はきっとしてはいけないことだ。

 だったら僕もこの状況を受け入れて、せめて逃げることはせず、自分の出来ることだけでもやらなければみんなと肩を並べる資格が無い。

 セミリアさんの直向きさに。

 春乃さんの前向きさに。

 みのりの勇気に。

 高瀬さんの破天荒さに。

 僕は何を加えることが出来るだろう。

 


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