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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

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【第四章】 決意

9/11 ひらがな表記を漢字へ変更

2/23 台詞部分以外の「」を『』に統一



 王様との話を終えて間もなく、僕は自分の部屋に戻っていた。セミリアさんも一緒だ。

 シルクレア王国とサントゥアリオ共和国というこの世界で一二の大国からの要請は、反乱組織との内戦に協力してくれというものだった。

 内戦。

 つまりは、人と人とが殺し合う戦争だ。

 事実その要請を記した書状には民衆や大きな都市に被害が広がっており、敵と表現するその反乱軍を殲滅する戦争であると明確に書いてあった。

 結果として兵力でグランフェルト王国はその二国と肩を並べるレベルにないということもあって、王様は僕とセミリアさんに返答を一任し、その話をするために遣いの兵士に少し時間をもらって部屋に帰ってきたというわけだ。

 出来るだけ早く答えを出し、それを伝えないといけない。

 それは分かっていても、正直に言って僕は冷静に考えを纏めることすらままならない心理状態だった。

 セミリアさんやサミュエルさんを始め、当たり前の様に武器や防具を身に着けている人間を山程見てきた。

 船には大砲が積んであったし、明確に相手を傷付けるための魔法というものも何度も目の当たりにした。

 実際に僕自身そんな人間や化け物と一対一で戦ったりもした。

 人の言葉を操る人型の魔物が死んだ場面を目にしたこともあるし、一度だけとはいえ僕が命を奪った相手がいることも事実だ。

 だけどそれには理由があって、誰かを助けるためであったり自分の身を守るためであったりで、僕がその相手を殺したかったわけでもなければ恨んでいたわけでもない。

 それなのに……今度は同じ人間の命を奪うために協力してくれって?

 戦争に参加してくれだって?

 どうしてそんなことになる。

 世界の平和を脅かしているのは魔王と呼ばれる誰かが率いる化け物達のはずだろう。

 そのために戦う人がいて、それらから民を守るために兵士達がいて、その中でどうして人間同士が戦争をする。

「…………」

 分かってはいるんだ。

 元居た世界にだって、歴史を辿れば数え切れないぐらい戦争があった。

 土地を、富を、資源を求めて殺し合いをするのが人間が繰り返してきた歴史なのだ。

 価値観が、主義主張が、信じるものが違えば武器や兵器、或いはテロやデモによってそれらを貫こうとするのが人間という生き物なのだ。

 分かってはいても、それは理屈であり歴史を学んで身に着けた知識でしかない。

 当事者になることに対する正当性でなど間違ってもない。

「大丈夫かコウヘイ? 随分と動揺しているようだが……」

 余程酷い顔をしていたのか、セミリアさんがベッドに腰掛けている僕の顔を覗き込んだ。

 大丈夫か大丈夫でないかをいえば、あまり大丈夫じゃないのだと思う。

「動揺……なんですかね。まあ、そうかもしれません。僕からすればどうしたって落ち着いている二人の方がおかしいと感じてしまう」

「コウヘイ……」

「だって、おかしいですよね? 僕が……僕がこの世界に来たのはそういうことじゃないですよね? セミリアさんは勇者で……多くの人を守るために戦っていて……だから僕は一緒に行こうと思ったんです。いつだって一緒に居ることぐらいしか出来なかったけど、危ない目に遭っても、怪我をしても、逃げ出すことだけはしないとあの時の自分に誓ったのは……セミリアさんが僕を必要としてくれて、セミリアさんが僕を守ってくれるからだった。でも、これは根底から違うじゃないですか。人間同士で殺し合いをするってことなんですよ? そんなのって……」

「コウヘイ、私とて平気でいるわけではないのだ」

 セミリアさんは心配そうな、それでいてバツが悪そうななんとも言えない表情をしていた。

「それは……そうですよね。失言でした、ごめんなさい」

「そんな顔をしないでくれコウヘイ。責めているわけではないのだ」

『相棒の世界にゃ戦争なんざねえんだろう? 無理もねえことだ』

 フォローしてくれているつもりなのか、割って入ったのは胸元のジャックだ。

 いつだったか、少しそんな話をしたっけか。

「正確には、無いわけじゃないんだ。いつでも戦争が出来るように準備をしている国は山程あるし、いつ戦争になってもおかしくない国だってたくさんある。だけど僕が住む国はちょっと特殊で」

『特殊?』

「昔は何度も戦争をしてたんだよ。だけど、一度の敗戦で悲惨な目に遭って、それからは戦争をしてはいけないって法律が出来たんだ。だから僕の国では戦争なんて言葉は大多数の人間にとって他国か歴史上の話になってしまってる」

『なるほど、そんな国で生まれ育ったお前さんが今まさに当事者になるかどうかって話になってるってわけだ。そりゃ動揺もするってもんだな』

「これだけこっちの世界に来ていて、魔物と戦ったりしているわけだからね。結局は僕の認識が甘かったってことなんだと思うよ。情けない話だけど」

『クルイードが言ったろう、自分を卑下するな。異世界から来たかどうかなんざ関係ねえ、そこらの町人だって同じ立場になりゃ同じ反応をするさ』

「それはそうかもしれないけど……ちなみに、セミリアさんはどう考えているんですか?」

「うむ。前にも言ったかもしれんが、私は戦闘時以外で適切な判断が出来るほど賢くはない。コウヘイの意見を聞いてから考えようと思っている」

「そう……ですか」

 あぁ……やっぱり、いつも通りなんだなぁ。

 どうしてそういうことを言うんだろう。そんなことを言われたら引くに引けなくなるじゃないか。

 セミリアさんはいつだって自分の中に貫くべき正義を持っていて、そこに揺るぐことなく向かっていく。

 どうやって誰かをやっつるかではなく、どうすればより多くの誰かを救えるかを考えようとする。

 そんな、自分には到底ない真っ直ぐな心を持つセミリアさんだからこそ僕は少しでも役に立ちたいと思ったし、いつだってその生き様に中てられて一人で躊躇ったり言い訳をしている自分が情けなくなって、自分に出来ることは何かと考えを改める。

 そうして過去二度、自分なんかに出来るはずがないと思っていたことをどうにかしてきたのだ。

 魔王を倒したかったのではなく、王様の側近になりたいわけでもなく、ましてや宰相や姫様のお世話をしにきたのでもなく、僕がこの世界にいる唯一にして最大の理由はセミリアさんを助けるためだった。

 元を辿れば、ただそれだけだったのだ。

「一つ、聞いてもいいですか? ジャックを含め、二人に」

「それは構わないが……どうしたのだ?」

『俺に答えられることならなんでも聞きな』

「何も知らない僕が言うと馬鹿みたいな意見に聞こえるかもしれないですけど、どれだけ小さな可能性でもいい……その戦争を止める方法というのは存在しないんでしょうか」

『相棒よ、それはサントゥアリオに行く意志を固めたと見ていいのかい』

「そうだね……だけどそれは、セミリアさんが参加するつもりだから。助けを求めてる人が居るのに放っておくわけがないからだよ。戦争に参加したいわけじゃない、セミリアさんが勇者としてやろうとしていることがあるなら……傍に居て、それを手助けするのが僕がこの世界に来た唯一の理由だから」

 サントゥアリオ共和国という国がセミリアさんが生まれ育った国であることを忘れてはいない。

 何より、セミリアさんは僕が躊躇っているのを見てわざわざ僕の意見を聞いてから考えるだなんて言ってくれたのだ。

 初めから決まっている自分の結論が僕の決断を左右してしまわないように。

 その優しさに気付いてなお、頑張ってきてくださいと送り出せるわけがない。

『そこまでお見通しだったってわけかい』

「馬鹿な私なりにコウヘイの意志を尊重しようと思ったのだが、見抜かれてしまっては格好も付かないな。だが……」

 セミリアさんはそこで一旦言葉を止めた。

 膝に手を突いて立ち上がって僕の方へと歩み寄って来る。

 そのまま目の前に立ったかと思うと、両手を僕の背に回し優しく僕の身体を抱きしめた。

「ありがとう、コウヘイ」

 抱擁されて密着している耳元で、そんな声が聞こえる。女性特有の良い匂いと柔らかな感触が身を包んでいた。

 そして照れたり驚く暇もなく、セミリアさんはその心の内を吐露した。

「私はサントゥアリオで苦しめられている人間を一人でも多く救い、出来ることならば血で血を洗うばかりのサントゥアリオの争いを止めたいとずっと思っていた。だからコウヘイが戦争を止めることは出来ないのかと言った時、私は嬉しかったのだ。私と同じ様に、争いを止めたいと言ってくれた人間に私は今生まれて初めて出会った。コウヘイの存在がいつだって戦士としての私の背中を押してくれるのだと改めて実感している」

 だから、ありがとう。

 もう一度そう言うのと同時に、僕の首と腰に回っている腕に少し力が増した。

「私はあの国で生まれ育ったから知っている。あの国は病気なのだ。戦に取り憑かれ、憎しみの連鎖を止める術を失っている。私は私の出来る限りを尽くして戦争の犠牲者を一人でも多く減らそうと思う。だからまた、お主の力を借りてもいいか?」

「はい……セミリアさんが必要としてくれるなら、セミリアさんが僕を守ってくれるなら、僕はセミリアさんの望む未来を実現するために付いていきます。僕が出来ることをするために」

「ありがとう、コウヘイ」

 三度目のそんな台詞を、今度は僕に対してではなくまるで心の声が漏れた様な優しく静かな声音で呟いた。

 この世界で何度も逃げずに立ち向かうと決意を新たにしてきた僕は、いつだって新たな出来事の前に尻込みをしてしまうけれど、そのたびに誰かの強い意志と気持ちに後押しされて前に進もうとする。

 そんな僕だけど、見渡せば争い事や危険が隣り合わせであることを実感させられる異世界の地で、セミリアさんに少しの勇気をもらって連合軍に参加することを決めた。


               ○


 それから三十分程が経った。

 僕は今、一人馬車に乗って城を離れている。目的地はエルシーナ町だ。

 あの後、王様に連合軍への参加意志を伝えた僕達はそのための準備をすることになった。

 移動アイテムで帰って行ったシルクレアの遣いの兵士が言うには、この国が参戦を決めた場合には本日のうちに国を出るシルクレアの船に乗せていってくれるということらしく、その船が明日の昼前に到着し僕達を拾っていってくれるということだった。

 そんなわけで明日の朝までに国を出る用意をしなければいけなくなった僕達は二手に分かれて取り掛かっている次第である。

 他所の国に行くのに、今日話を聞いて明日出発って無茶苦茶過ぎるだろうと思う常識的な僕だったが、そもそも完璧超人(僕が勝手にそう呼んでいるだけ)ことクロンヴァールさんはこのグランフェルト王国が参戦するか否かは精々五分だと考えていたらしく、ゆえに返事を聞いてから行動する様なことはしないという流石の完璧っぷりだった。

 乗っていけと言われて断れないこっちの王様もどうかと思うけど……そのあたりは国家間の力関係もあるのでなんとも言えず。

 そんなこんなで城に残っているセミリアさんは出兵の準備を指揮しているのだった。

 ちなみにグランフェルト王国から派遣されるのは僕、セミリアさん、サミュエルさん、そして兵士三百人ということに決まった。

 なんでもシルクレアはクロンヴァールさん自らが出向き、さらには千人近い兵士を派遣するらしく、規模が大き過ぎて僕にはもう何が何やらって感じなので追々状況に追い付いていくほかない感じだ。

 そんな僕が今こなすべき仕事は一つ。

 城に来るようにと伝書を送ったものの返事が無いらしいサミュエルさんに事情を説明しにいくことである。

 兵士の装備の用意や人選なんて出来ない僕にはそのぐらいしかやることがなかったのでさっそくセミリアさんに場所を聞いて向かおうとしたのだけど、エルシーナに向かっているのはその前に寄り道をすることになったことが理由だった。


「もしもコウヘイがサントゥアリオに行くことを決めた場合、その前に会いに来て欲しいとノスルクから伝言を預かっている」


 と、セミリアさんが教えてくれたがためにサミュエルさんがどんな場所のどんな家に住んでいるのかという、ある意味興味があるものの知ろうとすると僕の身に災いが起きそうなイベントの前にエルシーナ町からノスルクさんの家に向かおうとしているわけだ。

 僕としても今回こっちに来てから一度も会えていないし、丁度良かったといったところか。

「宰相殿、エルシーナに到着しました」

 馬車が動きを止めたかと思うと、運転していた兵士が扉を開けてくれた。

 ここからは歩いていく予定にしている。

 それが何度も僕達を助けてくれて、普段は静かに暮らすノスルクさんへのせめてもの礼儀だ。

「送ってくれてありがとうございました」

「この程度のことでお礼など言わないでください。それより、本当にお供しなくてもいいのですか?」

「はい。すぐ近くですし、もう一軒あるのですぐ終わると思いますので大丈夫ですよ」

「了解であります。では私はここでお帰りを待っておりますので」

「申し訳ないですが、よろしくお願いします」

 どれだけ肩書きが偉くなっても遠慮してしまうせいで待っていて欲しいというお願い一つ出来ない僕だった。

「いえ、本来ならば傍に控えておかなければならない身です。宰相殿もくれぐれもお気をつけて」

「このあたりは魔物も出ないですから心配は要らないですよ」

 どうせ一般人に僕のことを知っている人なんていないのだ。

 襲われることがあるなら相手は魔物ぐらいのもの。

 ならば兵士の人に同行されている方がきっと目立ってしまうだろう。

「では行ってきます」

 不安そうな顔をしているのは王様に僕の護衛を指示されているからだろう。長引くとやっぱり付いていくと言い出しかねないので強引に話を切り上げておく。

 兵士はそれ以上何も言わず『いってらっしゃいませ』と深く腰を折る。

 僕はそのまま町を外れ、近くにある森の中へと足を踏み入れた。

 この森を少し進んだところに小さな小屋があり、ノスルクさんはそこに住んでいる。

 相変わらず日の光りが入らず薄暗く気味の悪い感じだが、そんな印象ほど何か危ない目に遭ったという過去があるわけでもない。

 なぜ人里離れたこんな場所に一人で暮らしているのかという疑問は最初期に抱いたわけだけど、元魔法使いであることや影ながらセミリアさん達の手助けをしていることもあって、目立たない様にしたいのかなと勝手に思っていたりする。

『見えてきたな』

 キョロキョロしながら歩いていると、ジャックが到着を告げる。

 正面にはうっすら小屋が見えてきていた。

「ジャックは久しぶりってわけでもないんでしょ? ノスルクさんと会うの」

『お前さんが居ない間はエルワーズの所に居たからな。ずっと部屋ん中に居るってのは退屈だったぜ』

「それは僕に対する嫌味?」

『カッカッカ。さて、どうかな』

 なんてやり取りをしつつ、小屋の前に到着。

 窓から明かりが漏れている小さな小屋の木製の扉を軽くノックをすると、

「どうぞ」

 と、聞き覚えのある声が扉越しに聞こえた。

 失礼しますと一言添えて中に入ると、これもまた懐かしくもあるお馴染みの風景が視界に広がる。

 広いとは言えない部屋の中には本棚とテーブル、そしてベッドが一つ。

 そのテーブルに向かって腰掛ける背の低く、白髪と白髭を蓄えたいかにも好々爺なおじいさんがこちらを見ていた。

 いつもと違うのは精々テーブルの上にお馴染みの大きな水晶がないことぐらいか。

『ようエルワーズ。元気にしてたか?』

 僕が挨拶をするよりも先にジャックが先走る。

 ここは僕が挨拶するところでしょうに。

「ホッホッホ、元気じゃよジャック。それから、久しぶりじゃのうコウヘイ殿。わざわざ呼び立ててすまなかったの」

 いつもの優しい口調で、ノスルクさんは目尻を下げる。

 エルワーズ・ノスルクといって、僕が初めてこの世界に来た時から身を守るアイテムを作ってくれたり情報をくれたりと色々と助けてくれている人であり、セミリアさんに僕達の世界に来る術を与えた人物だ。

「いえ、こちらこそ何日も経っているのに挨拶に来れなくてすいません」

「いつも礼儀正しい子じゃな。人間が良く出来ておる」

「そこまで言われるようなことでもないと思いますけど、それより、僕に話があるということ聞いたのですが」

 心当たりといえる様ような何かは特にない。

 またアドバイスをしてくれるか、セミリアさんやサミュエルさんをよろしくといった話だと僕は思っているのだが……。

「ふむ。それなんじゃが、今日来てもらったのはお主に言わなければならんことがあるからじゃ」

「というと?」

「君にとって気が進まない話であろうことを思うと心苦しいのじゃが、ジャックを置いていって欲しい」

「それって……前にジャックが言ってた理由、ですか」

 ドクンと心臓が跳ねる。

 今回この世界に来た日、宿屋の屋上でジャックが初めて自分のことを口にしていた時のことが一番に浮かんだ。

 この状態でいられる時間も終わりが近付いている、と。そんな話だ。

『そういうことだ。俺は一緒には行けねえ、お別れの時だ』

 そう言ったジャックの口調にネガティブな感情は見られない。

 元が機械音みたいな声だ、声色で判断出来るものじゃないのかもしれないけど、それでも惜別の情はないように感じられた。

「そんなにあっさり言われても困るよ。僕はこれから知らない国に行って戦争に参加するんだよ? 僕にはジャックが必要だし、もう少し待ってもらうことは出来ないの?」

 いつだって一番傍で知恵や力を貸してくれたジャックが居なくなる。

 それは精神的にどれ程の不安が付きまとうだろうか。

 ジャックが居たから一人で知らない国に迷い込んでもなんとかなったし、ジャックが居たから無事に帰ってこれた。それは間違いない。

 戦争なんて関係無しに、僕はジャックに居なくなって欲しくない。

 別れを告げられて初めて、そんなことを思う自分がとても愚かしく感じられた。

『戦争なんて関係無しに、か。嬉しいこと言ってくれるねえ。だが、悪いが待つことは出来ねえんだ、分かってくれ相棒』

「頭では……僕が聞き分けないといけないってことは分かってるんだけどね」

 そして、どうしようもないことも。

 この状況の僕に別れを告げているのだ。

 待てるなら、別れなくて済むなら、ジャックは僕が言わなくてもそうしてくれていただろう。

 そんなことは僕だって分かっているさ。

 だけど。

「だけど、いざお別れだって言われると……寂しいよ」

『やっぱりお前さんは俺の最高の相棒だよ。こんなナリの俺にそんなことを言ってくれる奴は、この世界にゃそうはいねえ』

「ジャック……」

『ま、安心しな。お別れと言っても、一旦の話だ』

「い、一旦?」

『言っている意味が分かるか?』

「…………」

 もう髑髏のネックレスの姿でいられないから別れる……にも関わらず、また会えるかのようなその言い草は矛盾していないだろうか。

 別の何かに姿を変えるということか?

 ならばそれは……必ずしも物質としてではない可能性があるのなら、元々が人間だったという事を考えると。

「もしかして……人間に戻る?」

『ご名答だ。そうなりゃ今度は本当の意味でお前さんと一緒に居てやることが出来る。相棒は俺が守ってやるってもんだ。だが、その前にやることがあってな、だから今は一緒にゃ行けねえんだ』

「ちなみに、そのやることっていうのは?」

『それはまだ言えねえ。そうだろ、エルワーズ?』

「うむ。まだはっきりとしたことは言えんのじゃ、気を悪くしないでおくれコウヘイ殿」

「気を悪くはしませんけど、ジャックはそのために人間に戻るんですか?」

「そうじゃ。すぐに君達に説明するべき時が来る。じゃがその前に本当にそうであるかを調べることがジャックの言ったジャックの役目なのじゃよ」

「役目、ですか」

「コウヘイ殿、恐らくではあるが高確率でこの戦争はサントゥアリオの内乱で終わる話ではなくなるじゃろう。何が起きるのかははっきりとは分からぬ、しかし色々な事情が大きく動こうとしていることは確かじゃ。きっと無事に帰ってきておくれ。そして、セミリアとサミュエルのことをよろしく頼む」

 ノスルクさんは僕の肩に両手を添えて、真剣な表情で真っ直ぐと僕の目を見る。

 二人が何をやろうとしているのかは僕には分からないけど、それはきっと多くの人々にとってとても大きな意味があることなのだろう。

 ならば僕は、皆で無事に帰るという二人の願いを実現させられるように必死で考えるだけだ。

 いつだって僕を助けてくれた二人の恩義に報いるために。

「なんだか、ただでさえ分からないばかりの僕にとっては難しい話ですけど、行くからには二人も、自分も、他の人達も、出来る限り無事に帰ってこられるように僕は精一杯頭を使おうと思います。身体が使えないなら、せめて頭で役に立てる様に」

 精一杯の返答に、それでもノスルクさんは表情を和らげた。

「そう言ってくれると信じておったよ。君になら、いや君にしか出来ないことだと言うと重荷になってしまうかもしれぬが、既に君はこの世界で多くの人間の運命を変えてきた。そんなコウヘイ殿に託す、じじいの最後のお願いじゃ」

『俺を復活させたら今度こそ隠居して精々長生きしやがれジジイ』

 そんなジャックの言葉に思わず気が緩む。

 僕は色んな人と繋がりを持って、色んな人の助けをもらって今この世界で五体満足のままここにいることが出来ている。

 戦争という未知なる恐怖の前に僕が出来ることはまだ手探りの状態だけど、そんな人達を悲しませることはしたくないなと、強く思った。


               ○


 ノスルクさん、ジャックに別れを告げてエルシーナ町に戻った僕は再び馬車で移動していた。

 予定通り、今度の行き先はサミュエルさんの家である。

 事前に聞いた話ではサミュエルさんはエルシーナ町から少し離れた山の麓に住んでいるらしく、人に交じって村や町で暮らさないのはサミュエルらしいとセミリアさんが呆れた様に言っていた。

 そんな言葉の通り、操縦してくれている兵士に地図を預けて馬車に揺られること二十分ぐらいだろうか。

 小さな山が見えてくると、すぐにポツリと建っている木造の建物が目に入った。

 ぞろぞろとお邪魔するとその時点で機嫌を損ねること必至なので少し手前で馬車を止めてもらい、歩いて建物へと向かうことに。

 ノスルクさんの小屋よりは大きな家だったが、周りに人も居らず家も無いせいかシーンとしている。

 自然に囲まれた地に一人で暮らしているのかと思うと確かにサミュエルさんらしい感じだけど、中から物音もしないし夕暮れ時だというのに小さな窓から光が漏れていることもない。

 王様の召集に返事が無かったということを考えると、もしかして不在なのでは? なんて不安が頭を過ぎった。

 コンコン、と。

 控えめにノックをしてみる。

 相変わらずシーンとしていたが、幸いなことに少し間をおいて扉越しにサミュエルさんの声が聞こえた。

「……誰?」

 既に不機嫌そうな声だった。

 やっぱり幸いではなかったのかもしれない。

「ぼ、僕です」

「ボク? 生憎とそんな名前の奴は知らないわ。命が惜しければ消えなさい」

「いや、あの……ボクというのは名前ではなくてですね、名前は樋口康平です」

「だったら何? どっちにしてもそんな名前の奴は知らな………………コウ?」

 今絶対僕の名前と存在を忘れてたよね?

「そうです。その僕です」

「なんでアンタがここに……まあいいわ、入りなさい」

 ガチャリと、鍵を開けてくれた音が聞こえる。

 取り敢えず追い返されなかったことに安堵しつつ、扉を開くと既に出入口から離れていたサミュエルさんと目が合った。

 少し童顔だけど僕と歳が変わらない短めの赤茶色い髪をしたこの国、この世界のもう一人の女勇者サミュエル・セリムスだ。

 大きなククリ刀を二本背負った二刀流の剣士で、腹も肩も背中も太ももから下も全部露わになっている露出の多い格好がお決まりのサミュエルさんだったが、今日はそのどちらも違っている。

 首に掛けたタオルでわしゃわしゃと髪を拭いているサミュエルさんは他に何も身に着けていなかった。

 言い換えれば、素っ裸だった。

「なんで全裸なんですかっ!」

 慌てて目を反らす。

 しかしながら本人に慌てる様子は全くない。

「風呂上がりなんだから当たり前でしょ。アンタは服着たまま風呂に入るわけ?」

「論点が全然違いますし……だったら服を着てから迎え入れてくださいよ」

「私の家で私がどういう格好をしていようが文句言われる筋合いはないっての。ていうか、いつこっちに来たのよアンタ」

「七日ほど前ですけど」

「はあ? 七日もあって私に挨拶に来ないって良い度胸してるじゃない」

「色々ありまして……」

 この反応。ノスルクさんとは正反対である。

 なんて言ってしまうと鉄拳制裁されかねないので僕は説明することにした。

 手違いでシルクレア王国で一日を過ごしたこと、帰ってきてからの生活、そして今回僕がここに来た理由について。

 それらの話が終わるとサミュエルさんは呆れた様な顔で、それでいて馬鹿にした風に鼻で笑った。

 ちなみにもう服は着ているし、飲み物もいただいている。

「相変わらずおかしなことに首を突っ込むのが好きな奴」

「そう言われると返す言葉もないです。それで、明日のことなんですけど」

「私、行かないわよ?」

「………………へ?」

「って言ったらどうする?」

「どうするって……困るとしか言えないです」

「なんでアンタが困んのよ、この国の戦争でもあるまいし。ま、最近は退屈だったし強い奴がいるなら行ってもいいけどさ。ラブロック・クロンヴァールとは一度手合わせしてみたかったし」

「言っておきますけど……クロンヴァールさんは味方ですよ?」

「私の敵は私が決める。まずはその反乱軍とやらかしらね」

「…………」

 久しぶりに会った口が悪い方の勇者は相変わらず我が道を行く人だった。

 でもまあ、付いてきてくれるようでホッとした。

 言動は自由だし正直自己中心的だけどなんだかんだでサミュエルさんは僕を助けてくれるし僕のお願いも聞いてくれる。

「というか……参加するつもりならどうして王様の呼び出しに返事をしなかったんですか?」

「別に、なんとなくイラっとしたからってだけ」

「なんでイラっとするんですか……」

「私はこの国に仕える兵士じゃないからよ。何を勘違いしてるのか知らないけど、家臣扱いされて呼び出される筋合いがそもそも無いし、クルイードと違って義理も恩義も感じてないから」

 僕が呼びに来なかったら知らないまま明日を迎えていたのかと思うとこの人らしいやら僕達にとっては笑えないやらである。

 しかし、セミリアさんもそうだったけど、やぱりサミュエルさんも戦争と聞いてもなんの躊躇もない。

 二人はこうなる前からずっと魔王達と戦っていたがゆえに戦いに対して恐怖を感じる段階など過ぎているということなんだろうけど、それが人と人であっても何も感じないのだろうか。

 もしそうであれば、強さとそれは別のような気がして少し寂しくもある。

 もっと人間的な、心の部分での良心や正義というものがあれば心を傷めないはずがないと、凡人の僕はどうしても思ってしまうからだ。

「サミュエルさんは……人間同士で戦争をすることに対して何か思うところはないんですか? さっき仰った様に、他所の国に行ってそれをするということは自分にとって本当に無関係な人達と援助という名目で殺し合いをしなきゃいけないってことですよね。殺すことにしてもそうですけど、殺される場合だってあるかもしれないんですよ? そこに片方の主張としての正義はあるかもしれないですけど、何の理由があって殺したり殺されたりしなきゃならないんだって」

 意図せず心の内が漏れた。そんな感じだった。

 沈黙の一瞬がそれを自覚させ、まるで責める様な口調だったことに気付かされる。

「すいません……どうかしてました。呼びに来た身で何言ってるんですかね、僕」

「どこまでいってもアンタはそういう奴よね。誰かの代わりに不安や恐れを引き受けてるとでもいうのかしら? 自分だって怖くて不安なくせに、知らん振りする度胸もないくせに、そうやって首を突っ込んでは一人で貧乏くじを引く。だからアンタはお人好しを通り越してただの馬鹿だっていうのよ」

「…………」

「それでも、アンタが嫌な思いをしてもいいならその疑問に答えてあげるけど、どうする?」

「お願い、します」

 サミュエルさんは怒っている風ではなく、呆れた感じで溜息を吐いて僕を真っ直ぐに見た。

「私はそもそも異世界なんて概念は知ったこっちゃないし、ゆえにアンタの世界のことなんて何も知らない。だけど、それは無関係にアンタのその思考は無意味だと私は考える」

「無意味……ですか」

「人を殺す理由がない、人を殺すのは悪いことだ。そんなガキでも分かるような理屈は、言い換えればガキの理屈でしかないってことよ。いざ目の前に自分を殺そうとする敵がいてなお同じことが言える? 戦う理由が無い、人を殺してはいけない、そんな理屈で黙って殺されれば満足出来る? 殺される様なことはしていない、自分は悪くない、そんな言い訳が成り立てば自分の人生が終わることに対して納得出来るわけ? そんなわけないじゃない。平和主義、無抵抗主義といえば聞こえはいいけど、そんなのは平和を望む者の意志でもなければ戦う勇気の無い人間の言い訳でもない。ただ生きる勇気が無いクズの逃げ口上よ。そんな奴は無関係のまま運良く今日を生きて、無関係のままいつか運悪く死ねばいい。そんな言い分を口にする人間の大多数は戦わなくても、誰かを殺さなくても明日を生きていける奴なのよ。私に言わせりゃ反吐が出るわ。目の前の無関係な人間を殺してでも生き延びたくて、だけどそれが出来ずに死んでいった人間が世界にどれだけいると思う? 都合よく助けられる奴だけ助けようとして満足出来るならアンタはそうすればいい。だけどアンタはそういう人間じゃないでしょ? そんな奴だったらクルイードと一緒にシェルムと戦おうとなんてしないもんね。結局、中身は違えどアンタは私と同じ考えなんじゃないの?」

「それは、同じ考えなんでしょうか」

「そうよ。行くか行かないかじゃなくて、行って何をするか。大事なのはむしろそっちでしょ。頭が良い頭が良いって言われるくせにそういうところは臆病なんだから」

「臆病……」

「頭では分かってるくせに他人の意志や行動に干渉してその結果に対して責任を負うことを怖がってる。そういうところよ。私も他人の生き死になんてどうでもいいって考えだから干渉するのもされるのも御免だってところは共通してるのかもしれないけど、私とアンタには決定的な違いがある。それは、だったら放っておけばいいって結論に至らないってところ。ロクに戦えもしないし、戦いを恐れてるくせに目の前で助けを必要としている誰かを救うことだけは諦められない、放っておけない。今回で言うとクルイードってとこかしら?」

「いや……まあ、否定は出来ないです、けど」

「何が言いたいかっていうと、さっき言った通りアンタはどこまでいってもただのお人好しってだけ。そのくせ他人に答えを求めて、誰かや何かに背中を押してもらわないと行動に移せないんだから。ならそれらしく好きにやってみればいいじゃない。心配しなくてもクルイードや髑髏は何を差し置いてもそんなアンタを助けてくれるわよ」

「そのことなんですけど……」

 僕はジャックが同行出来ないことを説明した。人間に戻る云々は勿論伏せて。

「へえ、そうだったの。どうでもいいけど」

「どうでもいいって……」

 薄情な人だな。

 元々サミュエルさんはジャックを嫌ってたけども。

「ちなみに、サミュエルさんはどうなんですか?」

「何がよ」

「サミュエルさんは……僕が助けを求めたら僕を助けてはくれないんですか?」

「……過去最高にムカツク質問なんだけど」

「……どこにむかつく要素が?」

「そういうところよ。ま、目の前で襲われた時ぐらいは助けてあげるわ。今じゃ自分でもどうかしてたわって感じだけど、一応私の子分ってことになってるし」

「自分で言っておいて後悔してるみたいな言い方しないでくださいよ……ちょっと安心しましたけど」

「一個言っておくけど」

「はい?」

「私は連合軍だろうが反乱軍だろうが向かってくる敵は殺すから」

「ええぇ……今までの話はなんだったんですか」

「流儀も考え方も人それぞれってことよ。だから戦争が起きるんでしょ。正義だろうが悪だろうが戦う以上は勝った奴だけが生き残る。決闘に負けた奴が命の尊さを解いたところで誰かが耳を傾ける? 売られた奴隷が平等の精神を語ったところで何かが変わる? アンタに目的や望む結末があるなら、それに文句を言わせないだけの結果を示すしかない。口だけの理想論じゃ何も変わらない。アンタがこの国やクルイードの何かを変えた様にね。それが分かってるから行くことを決めたんでしょ」

「サミュエルさん……」

 やっぱり、口でなんと言おうと面倒見がいい人なんだなと思う。

 しっかりと背中を押してもらいましたよ。

 なんて口にするとまた怒るんだろうけど、僕は僕の出来ることをやる。その意識をより強くもたせてもらえたことは間違いない。

 例えどれだけの危険が待っていても、残酷な現実が待ち受けていても、セミリアさんとサミュエルさんは僕に力を貸してくれるから。

 僕を必要としてくれる人のために、逃げない勇気だけは無くさずにいようと自らに誓うのだった。



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