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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

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【第二章】 我が儘なお姫様

10/29 誤字修正

2/10 台詞部分以外の「」を『』に統一



 ミランダさんと二人で明け方の町に出た僕は二軒ほど店を回って城に帰った。

 この世界がそうなのかこの町がそうなのかは例によって不明だが、閉まるのが早い分開くのも早いこの町に並ぶお店はこんな時間でも半分近くが既に営業している。

 さておき、戻って来た僕は今、仕事に備えて厨房で数人のメイドさんと朝食を取っている最中だ。

 午前中は特に忙しい使用人という仕事なので主である王様や姫様が起きる前に済ませておかないといけないものらしく、メイド長が煎れてくれた紅茶とサンドウィッチのようなパンをいただいている。

 城内だけでも何百人と居る兵士の食事の用意や着ている物の洗濯、広い城の掃除から買い出しや搬入された物資の運び入れ、さらには馬の世話やら設備の点検までやっているのだ。

 終わるまで待っていたら食事なんていつになるか分かったものじゃない。

 そんな重労働を五十人足らずの、しかも女性だけでやっているのだから大変なものだ。

 気苦労こそあれど、僕なんてほどんど姫様の傍をついて回るだけな分まだマシなんじゃなかろうか。

「コウヘイ君、本当にそれで足りるの? 食欲が無いってわけじゃないんでしょう? 遠慮しなくていいのよ?」

 用意してもらった食事を終えると、メイド長のルルクさんが何やら心配そうな顔をしていた。

 僕の食事はいつもの半分にしてもらったことで心配させてしまったみたいだ。

 ちなみにこのルルクさん、僕が初めてこっちの世界に来た時には既にこのお城で会っている。

 三十歳手前ぐらいであろう年齢なのに使用人を纏める立場にあるルルクさんはテキパキと動き、ハキハキと喋る、いかにも仕事が出来る女という感じの人だ。

 最初に会った時に僕達が連れ去られた王様を助けたことを知っている数少ない人物で、そんなこともあってやっぱり僕は凄い人認定されていたのだけど『康平様』と呼ばれるのを嫌がる僕の言い分を唯一聞き入れてくれた人でもあった。

 姫様の要望を受けたもののどうすればいいか分からない時にはいつも助言や手回しをしてくれる、気さくで面倒見の良い頼りになる人だ。

「ルルクさん、コウヘイ様はこの後国王様にお食事に同席するように言われているんですよ」

 僕が答えるよりも先に隣に座るミランダさんが説明してくれた。

「あら、そうだったの。若いのに大したものねぇ」

「姫様が一緒なので同じテーブルに着いて食事をすることはないと思いますけど、万が一王様に食べ物を勧められた時にお腹が一杯なので要りませんというのも失礼かと思いまして」

 事実をありのまま補足すると、ルルクさんは関心した様に何度も頷いている。

「あんたって子は何にでも気が回るねえ。もうちょっと偉そうにしたって誰も文句は言わないだろうに。それだけ若いのに宰相様なんだよ? 大抵のことは思い通りに出来る立場なんだから少しぐらい自分の損得を考えたって冥王の腹は空かないと思うけどねぇ」

「冥王の腹? というのはよく分かりませんけど、僕は人に偉そうに出来る程の人間じゃないですし損得で言えばこうやって多少なり仕事をして美味しいご飯がいただけるんですから、あとは生きてるだけで十分儲けものですよ」

 言いたくはないが一歩間違えば死んでいた事が何回もあったし、セミリアさんや王様のおかげで仕事をして食べる物が与えられているけど、そうでなければ僕は衣食住の確保すら出来ない人間だ。

 危ないことをしなくていい上に生活の心配も要らない環境を与えてもらっているだけで十分過ぎる。そもそも誰が文句を言わなくとも偉そうになんてしたら姫様が怒るし。

「無欲ねえ。もうちょっと子供らしい物の考え方をしてくれた方が可愛げもあると思うけど、それがコウヘイ君が王様や勇者様に信頼される理由なのかしら」

 ルルクさんが呆れた風に言うと、周りにいる他の女性達も『うんうん』と同意するように頷いた。

 結局僕が言うことは何でも謙虚さや人の良さからくる発言だと思われるばかりで中々伝わってくれないのが僕にとっては姫様よりもよっぽど難儀な問題だ。


               ○


 食事を終えると、僕は城内四階にある姫様の部屋へと向かう。

 中では別の使用人二人が姫様お召し物や身嗜みを整えているとのことだ。

 姫様が部屋を出た瞬間に僕が控えていないとビンタが飛んできそうなので早足で廊下を歩いているのだけど、この時間になると兵士達も目を覚まし、それぞれの持ち場に向かったり鍛錬をしたり城下の警邏に行ったりと城の中の人通りも一気に増えていくことがよく分かる。

「おはようございます、宰相殿」

「おはようございます、僕は宰相じゃないですけど」

 そんなやりとりを三度程して、姫様の部屋の前に到着。

 幸い姫様はまだ部屋の中にいるみたいだ。

 しかし、こんな子供に敬礼しながら挨拶をするのも嫌になるだろうに。

 なんてことを常々思っている僕だったが、兵士の人達は意外とそうでもないらしく僕が敬語を使っているだけで『威張らず気取らずの良い方だ』なんてことを言われてしまったりする。

 分かっていたことだけど、この世界では強さや地位がある人間が偉い。そこに年齢はあまり関係ないらしい。

 ある意味では実力主義とでもいうのか、コネだったり世渡りで出世しちゃうわ未だ年功序列なんてものまである日本とは大違いだし、それはすなわち努力や志が実を結ぶ一社会としては望ましい形態だとは思う。

 とはいっても目に見える強さという概念と違って地位なんてものは与えられればそれが全て。

 兵士のほとんどは僕がその地位を得たというだけで上官扱いするのだから困ったものだ。

 宰相じゃない。と僕が言ったところで彼らにしてみれば『王様がそう言っている』ということが納得する唯一にして最大の理由となってしまう。

「またまたご冗談を」

 なんて、実生活で本当に聞くことがあるとは思えなかった台詞をジョークを言う上司に対する当たり障りのないリアクションの如く半笑いで言われたら僕はどうしたらいいのか。

「あ」

 そんなことを考えていると、姫様の部屋の扉が開いた。

 先頭で出て来たのは姫様ことロールフェリア王女だ。

 薄いピンク色のシンデレラのようなドレスを身に纏い、いつも通り長く綺麗な髪と頭には宝石まみれのキラキラなティアラといういかにもお姫様な格好をしている。

 歳は二十歳。

 美形と言って相違ない綺麗な顔と、一目で気が強いことが分かる目付きにツンツンした表情が特徴的なこの国の王女様である。

「おはようございます、姫様」

 すかさず僕が挨拶を口にすると、姫様はこれもまたいつも通り僕を値踏みするようにジロリと見て、

「おはよう。どうして貴方だけ部屋の外で待機しているのかしら?」

 返って来たのはどこか刺のある口調とそんな言葉だ。

 気のせいかもしれないけど、挨拶を返してくれたのは初めてな気がした。同時に後を付いて出て来た二人の使用人の驚いた表情が気のせいではないと語っていた。

「いつも外で待たせていただいていますが何か問題がありましたでしょうか。流石に姫様のお着替えや入浴の際には席を外すようにと仰せ付かりましたので」

 この数日で身に着けた従者っぽい喋り口調にも慣れてきた。

 というか、これが先に述べた姫様の暴論である。

 自分で言っておいて『なぜ外に居るのか』ときたもんだ。

 勿論それをハッキリと指摘したらビンタだから遠回しにしか言えないけどね。

「ならば明日からは貴方も中で手伝いなさい」

「え……ですがそれでは」

「わたくしの決定に貴方が異論を唱える権限はありません。分かりましたわね?」

「し、承知しました……」

 着替えは百歩譲っていいとして、流石に風呂に付き添わされたりはしない……よね? ていうか、どんな気まぐれでそうしようと思ったんだろうか。

「つまらない食事は早く済ませたいですわ、行きますわよ」

 何事も無かったかの様に姫様がさっさと歩いていくと、僕と二人のメイドさんは慌ててそれに続いた。

 階段を一つ降りて、王族専用の食事部屋へ到着。

 既に十人程の使用人が食事の用意をほとんど済ませており、一番立派な椅子には王様が座って待っていた。

「おはようございます」

「「おはようございます、国王様」」

 僕に続いて二人もリュドヴィック王に頭を下げる。

 リュドヴィック王は白髭を生やした五十過ぎの温厚さが見た目に分かる人物だ。

 王冠や真っ赤なマントがなければその辺を歩いていそうな普通のおじさんという感じ。

「ああ、おはよう。コウヘイや、わしはお主も朝食に誘ったつもりだったのだが、お主の分は要らぬと言うたというのは本当かね」

「姫様も同席されるので親子水入らずの邪魔をするべきではないかと判断してお席を共にすることは遠慮させていただこうかと」

「ふむ……少し話があったのだが、コウヘイがそう言うのであれば食事の後にするとしよう」

 本当は姫様が使用人と同じ卓に付くことを嫌がるだろうという理由であったことを王様は察してくれた様で、それ以上は言わないでくれた。

 王様も苦労してるって言ってたし、さすがは親子といったところか。

「お父様、そんなことはどうでもいいですわ。さっさと食事を始めましょう」

「そうだな、いただくとしよう」

 王と王女の食事が始まる。

 僕はただ黙って傍に立ち、特に会話も弾まない親子の食事が終わる時を待つのだった。


               ○


「もう結構ですわ。下げてちょうだい」

 テーブルに並んだ料理が半分程無くなった頃、咀嚼を終えた姫様が目の前の皿を押しのける様に前に出した。

 それは果たして『もうお腹がいっぱいです』という意味なのか『この場に我慢して座っている時間はもう沢山です』という意味なのかは僕の知るところではないがとにかく、朝食の時間の終わりである。

 時間にして二十分程度だろうか。

 ほとんど王様が一方的に話し掛け、姫様があからさまに適当な受け答えをするだけの時間でしかなかったことはズラリと背後に並ぶ僕やミランダさんを含めた十八人の使用人達にとっては同意を求めるまでもないことだろう。

 すぐに三人の侍女が姫様にハンカチを差し出し、手を付けた食器を下げていく。

 姫様は使用人の列を見渡したかと思うと、視線が僕の所で止まった。さっそくご指名のようだ。

「コウヘイ」

「はい」

「ドレスを新調しますわ。手配しておきなさい」

「既に手配してありますので明日の朝には届くかと」

 姫様の部屋には基本的に十着ほどのドレスが用意されてある。

 白だったり水色だったり紫だったりと全部色が違っているのだけど、定期的に全部纏めて新調することは前もって教えて貰っていた。

 勿論僕には姫様がそれを言い出すタイミングなんて分かるはずもないのだが、偶然昨夜行われた姫様と知人の貴族の娘という人達を集めたパーティーが始まる前に『そろそろ新調しないといけませんわね』と呟いているのを聞いてしまったがための先読みである。

 今朝町に出て行った店の一つはそれを請け負っている職人さんの店だったのだ。デザインについては任せておけばいいらしく、注文すればいいだけなので僕にもこなせたというわけだ。

 うっすらと驚いた様な顔を見せた姫様だったが、この程度で終わるはずもなく。

「ならそれは結構。それから、廊下を歩いている時に目に入ったのですが、あれも早い内にどうにかしてちょうだい」

 あれ。と敢えて姫様は表現する。

 ここ数日見てきた限りでは『あれってなんですか?』と聞き返した人が怒られるという流れであることは重々承知している僕はそのために朝早くから城内を歩いたわけだ。

「本日の昼前には庭師の方がお見えになり、すぐに手入れしてもらえるように手配しています」

 姫様は見た目の美しさに拘る節がある。

 ほつれのあるカーテンや絨毯はすぐに捨てさせるし、磨いても綺麗にならないガラスもすぐに取り替えさせる。

 何より、姫様がそうだから使用人達は朝早くから姫様が目覚める前に内外ともに掃除して回っているのだ。

 そんな中で、起きるなり姫様の機嫌を損ねそうなものが無いかと城内を歩いている時に僕の目に入ったのが二日前の雨風で若干乱れている庭園である。

 朝町に出掛けた目的地のもう一つは庭師の職人さんのお店だったのだ。

「……それからもう一つ、昨夜のパーティーの出席者達へのお礼に関してですが」

「そちらも昨日のうちに。それぞれのお付きの方に確認を取り皆様がご在宅の明日の夕方に、唯一その時間にお出掛けになられているイルナ様のみ明後日のお昼に、それぞれ姫様の指定されたワインが届く手筈になっています」

 これはそもそも姫様に言われていたことだ。

 今日のうちに、というところを昨日のうちにやったぐらいのことでしかないし、僕がやったのは相手方への確認や連絡ぐらいで配達の手配などは他の人がやってくれたのでそう難しい話でもない。

「そ、そう。でしたら問題はありませんわ。今から買い物に出ます、すぐに用意をしてちょうだい。貴方も付いてくるように」

「既に城門に馬車を待機させていますので姫様の準備が完了次第いつでも出発出来るかと」

 これは傾向と対策の賜物である。

 姫様のストレス発散方法は知人を集めてパーティーをして自己顕示欲を満たすか買い物に出て散財をするパターンがほとんどだ。

 何かを強制されることが嫌いな姫様は王様と食事を取らないといけない日というだけでストレスが溜まることは予想出来たし、パーティーは昨日開いたばかり。

 となると必然買い物に出ると言う可能性が高くなるというわけだ。

 そうでなかったとしても待機させている馬車を戻せば済む話なので念のために前もってその準備をしておくことは難しくない。

「…………」

 のだが、姫様はなぜか目をパチクリさせて若干固まっていた。

「えっと……何か問題がありましたでしょうか」

 聞くと、ハッと何かに気付いたようにいつものツンツン顔に戻る。

「はぁ、別に問題などありませんわ。まったく……この数日の間に嫌味なぐらい優秀になって、これではストレス解消に文句を言うことが出来ないではありませんの」

「……言わないに越したことはないのでは」

「貴方は王女というのがどれだけつまらない毎日かを知らないからそんなことが言えるのです」

「それはまあ……僕には分からないですけど」

 僕どころかこの国では姫様一人にしか知りようもない話だろうけど。

「わたくしの話はどうでもよろしい、今は貴方の話をしていましてよ。一体何があったのか、聞かせてほしいですわね」

「特に何かあったという程の話は。ただ、王様にはお世話になっている身ですし自分にやれることを出来る限りやろうと思ったというだけで。与えて貰っている物の割にお役に立てることも少ないですから」

「役に立てることが少ない? 貴方、宰相になるのでしょう。それは十分な役職ではなくて?」

「いえ、身に余るお話ではありますけど遠慮させていただこうかと思っている次第でして」

「はあ? 宰相というのは王族の次に力を持つ役職、一体何が不服ですの」

「元々暮らしていた場所に帰らないといけないものですから。いつまでここで居られるか分からないですし、それ以前に色々と良い誤解をされているだけで僕に務まるものだとも思っていませんしね」

 そのあたりの事情を姫様が知っているかどうかは分からないけど。

 なんて思っていると、姫様はなぜか呆れ顔になる。

「別に無理して帰る必要もないでしょう。宰相になるかどうかなど知ったことではありませんが、ならないなら今のままわたくしの傍にいればいいだけのこと。心配しなくてもわたくしが生活の保証はしてあげますわ」

「……勿体ないお言葉です」

 なんだかこれ……また騙し騙しお茶を濁さないといけない相手が増えたんじゃなかろうか。

 そんなことを思った僕だったが、それが良い意味の返事ではないと分かったのか姫様はそのまま背を向けた。

「貴方は馬車で待っていなさい。着替えを済ませたらわたくしも向かいます。貴女と貴女、付いてきなさい」

 一番傍に居た使用人を二人引き連れ、姫様はそのまま部屋を出て行った。

 食事の後片付けを手伝って、頃合いを見計らって馬車へ向かおう。

 そう思って体の向きをテーブルの方へ戻すと、なぜか王様と十六人になった使用人達がポカーンとした表情で僕を見ていた。

「ど、どうしたんですか?」

 思わず疑問をそのまま口にする。

 答えたのは王様だ。

「どうしたも何も、皆一様に驚いているのだと思うが……コウヘイよ、いつの間にローラにあそこまで気に入られたのだ? いや、先の仕事ぶりは見事としか言い様がないものであったが、それにしてもローラが他人にあの様なことを言うのは初めて見た」

 それが総意であると言わんばかりに全力で頷いている後ろの侍女達が目に入る。


「姫様が他人の名前を口にしましたわ」

「間違いなく過去最長の会話でしたわ」


 なんてヒソヒソ声まで聞こえてくる始末である。

 失礼な話だけど、何にでも大袈裟なのがこの国の国民性なのだろうかと思いたくなった。

「色々と経験したことから学んで、次に生かして、というだけのことしかしていないので大袈裟に言われる程のことは特にしていないと思いますけど……」

「コウヘイ、お主はいつもそう言っては他の誰にも出来ないことをやってのけるのだな。そんなお主に一つ提案があるのだが」

「……なんでしょう」

 正直、嫌な予感しかしない。

「宰相にならぬというのであれば、代わりにローラを娶ってはどうだろうか。そうすればお主が次期国王になるのだ。わしにとってもローラ本人にとっても、国を任せられる次代の国王がいるならば、それは願ってもないことだと思うのだが」

「いやいやいやいや……」

 一体どこまで話を飛躍させる気ですかあんた。


          ○


 色々あったものの、それから一時間ほどが立った。

 僕は今、買い物……もとい散財をする姫様の付き添いで町を歩いている。

 隣にはその僕の付き添いのミランダさんが、そして他に護衛の兵士四名が居るという買い物一つに仰々しいことこの上ない状況である。

 というか、万が一姫様に何かあれば僕達全員に責任が降り掛かることは間違いないということに後から気付き、調子に乗って軽々に買い物の用意なんてするんじゃなかったと激しく後悔した。

 とはいえ、特に危ない目に遭うこともなく平和に荷物持ちをしているので今のところ早く飽きてくれないかなぁと願うだけの時間が過ぎている。

 少しでも姫様に近付く人間には漏れなく兵士の目が光っているし、一番傍にいる僕はノスルクさん製の指輪があるので盾にぐらいはなれるかなという程度の備えはある。

 相手が人間で一人ぐらいだったらなんとかなる気がする……多分。

 欲を言えばジャックに傍に居て欲しいところなんだけど『不細工』で『目障り』だと言われてしまったので姫様の前では身に着けることが出来ず、部屋でずっとお留守番をしている可哀相なジャックだった。

「次に行きますわよ」

 姫様がまた一つ買い物を済ませ、当たり前の様に僕が商品を受るとスタスタと店を出て行く。

 装飾品、謎の絵画、高級な下着、お高いワインときて次は何の店に向かうのだろうか。

「宰相殿、一度荷物を馬車に積んでこようと思うのですが構いませんでしょうか」

 兵士の一人が僕の手に山程積まれた荷物を受け取ってくれた。

 歩いてこれる距離にも関わらず『そんな平民の様なみっともない真似が出来るはずがないでしょう』という姫様の暴論によってわざわざ馬車で来たことがこういう形で役に立つとは分からないものだ。

 どうせ店から店には歩いて移動するのに。

「すいません、お願いします。僕は宰相ではないんですけど」

「では行って参ります。すぐに戻りますので」

 若い(といっても僕よりは年上)兵士は両手一杯に荷物を持つと、駆け足で離れていった。

 僕から荷物運びをお願いするのは気が引けるところなので申し出てくれるのはありがたいのだが、この国の人には後ろの一文は聞こえないようになっているのだろうか。

「コウヘイ様、お顔の色が優れませんけど大丈夫ですか?」

 一人遠い目をしていると、隣に居るミランダさんが顔を覗き込んでくる。

 当初は康平様という呼び方すら嫌だった僕だけど、今では名前で呼んでもらえるだけありがたいのではないかという錯覚に陥っている気がしてならない。

「大丈夫ですよ。ちょっと精神的ダメージが蓄積してただけで、疲れたとかではないですから」

 腐っても元陸上部。

 歩いているだけで疲れたりはしない。

「ちなみにですけど、あと何軒ぐらい回るんでしょうね」

「んー、わたしは今までも何度かはお供させていただきましたけど……平均するとあと五、六軒ということろではないかと」

「五、六軒……」

 先は長そうだ。

「何をトロトロしていますの! さっさと付いてきなさい」

 姫様の喝が通りに響く。

 我が儘なお姫様のご機嫌メーターを維持するのは大変だ。

 そんな教訓を得たのは通算何度目だろうかと思い返しながら、ミランダさんと二人で買い物の続きへと向かうのだった。


               〇


「はぁぁ~」

 姫様の買い物が終わり、城に戻った頃にはお昼を過ぎていた。

 ようやく休息の時間を得ることが出来た僕は部屋に戻り、大きなベッドに倒れ込むなり思わず情けない声が漏れてしまう。

 精神的にも肉体的にもようやくゆったり出来る時間だ。朝が早いこともあってすぐにでも寝てしまいそうだ。

『今日もお疲れのようだな。しかし、一体何をやってるんだか俺の偉大な相棒様はよ』

 目を閉じかけたその時、枕元に置いてあるジャックのからかう様な口調が意識を呼び戻した。

 見た目はただのゴツイ髑髏のネックレス。

 だけど意志があり、言葉を操ることも出来る元は人間の摩訶不思議な生命体である。

 危ない時や知恵が必要な時にはいつも助けてくれる僕の相棒であり今の僕にとっての精神安定剤だ。

「ジャックが居ないだけで僕の消耗は倍にもなるよ、ほんと」

『ま、あのじゃじゃ馬に嫌われちまったみてえだし仕方ねえってもんだ。どのみち奴等の前じゃ俺は喋れねえしな』

「喋らなくてもいいから次からは身に着けておくと今決めた。ポケットでもいい?」

『別に構いやしねえが、珍しく弱気じゃねえか。お前さんが寂しがり屋だとは知らなかったぜ?』

「弱気ってわけでも寂しいから言ってるわけでもないけどさ、セミリアさんやジャックが一緒じゃないとどうにも頼れる相手が居ないんだよね。皆して宰相様宰相様って呼ぶもんだから僕は立派な人間でいないといけない空気だし」

 気も張るし、中々緩めることも出来ないし、それでいて助けを求めづらいという三重苦が精神的な疲労を増長させている。そんな感じだ。

『魔物でも退治してる方が性に合ってるってか? それこそ相棒らしくねえってもんだとは思うが、確かに王女の召使いなんてやってる意味は分からねえやな』

「魔物と戦うよりはこっちの方が向いてるとは思ってるけど、前提としてこの世界で何かをすることに向いてないから困ってるんじゃない。もうそれは言わないけどさ」

『そう思うならとっとと宰相を引き受けりゃいいだろうに。そうすりゃお前さんの得意な頭を使うことだけやってりゃいいんだからよ』

「確かに何のために来たのか分からなくなってきてる感はあるけど……ジャックは宰相な僕の方がいいの?」

『お前さんは国に囲われるようなちっぽけな器の男じゃねえさ。俺が言うんだから間違いねえ』

「結局どっちの意見なのか分からないけど、ジャックのお墨付きとは心強い限りだよ。ふわ~あ、眠たい」

『寝るなら寝ておけよ。起こしてやるぜ? 団子女や怠慢女の方がいいってんなら別だがな』

「女の人に起こされるよりはジャックの方がいいよ」

『ククク、そりゃおもしれえ話だ』

「何が面白いのやら……というか、寝るわけにもいかないんだよね。どっちにしろ」

『すぐに王女のところに戻るのかい?』

「ううん、それは今日は終わり。もうすぐセミリアさんが来るらしくてさ、僕達に話があるからって王様に部屋で待っている様に言われてるんだよ」

『ほう、クルイードが。内容の察しは付いてるのかい?』

「昼前に他所の国の遣いの人が来たって話を耳にしたからその話かもしれないってぐらいかな。全然関係ない話かもしれないし」

『ならその話だろうぜ。恐らくまた物騒な話になる、心の準備はしておくこったな』

「……何か知ってるの?」

『いんや何も。あくまでただの予感でしかねえよ。だが、今はそういう時代だってことさ。この城に居りゃあ平和な日々かもしれねえが、広い目で見りゃ何一つ解決してねえのが実際のところだろうよ。いつだって大きな争いの前には静けさが訪れる、そういうもんだ』

「経験則的に?」

『経験則的に、だな』

 そう言われるとちょっと不安になってくる。

 確かにセミリアさんが呼ばれるぐらいだ。例の他国の人が何らかの問題を持ち込んできた可能性は低くない。

 だけどこの間みたいに他所の国に遣いに出る必要があると考えるのが自然だとは思うけどね。僕も同行してくれって話なのかな。

 とかなんとか色々考えていると、部屋の扉が叩かれた。

 王様が寄越した連絡の人だろう。セミリアさんが城に来たのかな。

「はい」

 と、返事を一つして扉を開けると、外に居たのは一人の兵士だ。

 僕にとって、正直言ってあまり会いたくない人だった。

「陛下がお呼びだ。さっさと用意をしろ」

 お世辞にも友好的とは言えない口調で僕を睨め付けるその兵士はレザンさんという、この国の兵士で二番目に偉い人だ。

 フルネームは聞いたことがないので分からないが、この城で唯一はっきりと僕のことが気に入らないと態度に表す人でもある。

 誰しも努力や下積みをして出世をしようと日々頑張っているのだ。

 それをせずに王様に気に入られたというだけの理由で彼よりも上の地位を与えられようとしているのだからこの人に限らずそれをよく思わない人は居るだろう。それは僕だって理解している。

 と、最初はそう思っていたのだが、レザンさんからの悪態を総合するに実はそういう理由ではないらしいことが分かったのはつい最近のことだった。

 この人はそういう地位がどうとかよりも、単に僕がセミリアさんや姫様の傍に居ることが気に入らないらしい。

 使用人達の間でももっぱら女好きとして知られていて、アルスさんにも何度か振られたのだとか。

 兵士の格好も相俟って普通に男前に見えるし二十四歳にして副将の地位にいる凄い人らしいのだけど、そういう性格のせいでメイド人気はあまり無いとも聞いた。

 それは僕に言われても……と当然ながら思うのだが、口にすると嫌味だと思われるばかりで余計に口当たりがきつくなるので適当に否定するしかない難儀な人だった。

 そんなわけで、これ以上敵視レベルが増すのも嫌なので僕はさっさと用意をすることに。

 といってもジャックを首に掛けるだけのことだけど、廊下に戻るなりレザンさんは付いてこいと言わんばかりにさっさと歩き出してしまった。

「…………」

「…………」

 無言のまま前後になって廊下を歩く。

 嫌われてるのは仕方ないし、別に仲良くしたいだとか好かれる努力をしようなんて思わない僕なので気まずさを感じたりはしない。

 たまにはさっぱりした性格も役に立つものだ。なんてことを思っていた報いなのか、ふとすれ違った使用人の女性が僕達を見て一礼した後、声を掛けてきた。

「コウヘイ様、先程はありがとうございました。おかげで姫様に叱られずに済みましたわ」

 今ばかりはにこりと微笑む女性の視線が痛い。

 なぜなら立ち止まってメイドさんと話す僕を見るレザンさんがあからさまに不機嫌になっているからだ。

 とはいえ無視するわけにもいかないので、

「お役に立ったならよかったです」

「また何かあればお願いしますね。行ってらっしゃいませ」

 女性はもう一度腰を折って僕達を見送る。

 引き続き頑張って下さい、とお辞儀を返して再び城内を進んでいく。

 その姿が見えなくなるところまで歩くと、レザンさんが振り返った。

「おい、なんの話ださっきのあれは」

「姫様が城に帰ってすぐに汗を流されるということだったので、その後にワインとチーズを用意しておいた方がいいかもしれませんとお伝えしておいただけですよ」

 姫様は結構なワイン好きだ。

 そして身体を動かした後の一息には赤ワインとチーズをご所望になることが多い。

 元々ほとんど出歩いたり運動をしたりする人ではないので僕がそれに気付いたのは偶然この数日で目にすることが出来たからに他ならないのだが、食事の時、風呂上がり、読書のお供、パーティーで振る舞う用、寝る前と様々なタイミングで、しかもランダムでワインを求められる。

 タイミングによって趣向や欲しがるつまみが変わってくるため、その都度メモを取って予習復習をした賜物といえる助言だった。

 僕にしてみればなぜ何年も仕えている使用人達がそれをしないのかと疑問に思ったりもしたのだけど、予想して行動した結果その予想が外れていた場合、

「誰がそんなものを必要としましたの?」

 と、辛辣な言葉が待っているわけで、ゆえに彼女達は姫様に対しては言われてから行動するという安全策を共通の指針としたのだそうだ。

 僕はこんな性格なので悪態を吐かれようと暴言を浴びせられようと傷付いたり凹んだりするようなことは全くといっていい程にない。

 だけど他の方々は漏れなく女性なのだ。長い間それに耐え続けないといけないというのは精神的に辛いものがあるのだろう。

「ときにお前、夜な夜なステイシー様を部屋に連れ込んでいるという噂は本当なのか」

 いつの間にか話が変わっていた。主に僕にとって良くなさそうな方向に。

 ていうか、なんだステイシー様って……。

「そんな噂誰かの嫌がらせに決まっているじゃないですか。あの人が僕みたいなお子様を相手にするはずがないですよ」

 嘘は言っていない。

「フン、そんなことは分かっている。だが肩書きを利用して強要していないとも限らないだろう。もしお前がそんな羨ま……ふざけた真似をしてると知ったら俺が許さん。他の使用人ならお前を殴り飛ばす、ステイシー様だった時にはお前を叩き斬る。例え俺の首が飛ぶことになろうとも!」

「…………」

 どこまでも立派なのか馬鹿なのか分からない人だ。


               ○


 玉座の間に到着すると、既に王様とセミリアさんが待っていた。

 脇には普段この城では見ない格好をした兵士がいる。

「すいません、お待たせしました」

 三人に向かって頭を下げる。

 それを咎めるような人はここには居ない。

「よいよい、時間を指定しておらぬ召集だ」

 王様がにこりとこちらの謝罪を受け流すと、すぐにセミリアさんが僕の肩を押す格好で玉座の前まで誘導する。

「久しぶりというほどでもないが、忙しくしているようだなコウヘイ」

「おかげさまでというのも変ですけど、少しでも役に立たないといけないなという感じでどうにか頑張っています」

「リュドヴィック王も感嘆しておられたぞ。とても良く働いてくれているとな」

「その通りだコウヘイ。あれほどローラを上手く扱う者などこれまでに居なかったと皆驚いておった。わざわざ招いておいてお主にあの様なことばかりさせているのが申し訳ない気持ちでいっぱいだ」

「とんでもないです。僕の方こそ呼んでいただいた割に王様の要望に応えられなくて申し訳ないと思ってるぐらいです」

「そう言ってくれるなコウヘイ、今ここに居てくれるだけでも十分にありがたいと思っておる」

 そこまで言って、一つ間を挟むと王様は脇に控える異国の兵士を見た。

「コウヘイよ、そちらにおる者が誰か分かるかね?」

「シルクレア王国の方だということは分かりますが、それ以上のことは」

 前にうっかり捕まった時に何度も見た風貌だ。

 この城の兵士でないとなると、そのぐらいの憶測は立つが誰かというところまでは知っているわけがない。

「その通り、シルクレア王国からの遣いの者だ。シルクレア、サントゥアリオ両国の連名でとある要請があるということでそれを記した書状を届けに参ってくれたのだ」

「連名で……それってあの時の」

 セミリアさんを見る。

 それに似た話を耳に挟んだ記憶が確かにあった。

「ああ、私達がシルクレアから帰る日にクロンヴァール王が言っていた件だろう」

「それで、その内容のことで僕達が呼ばれたということなんですか?」

「我が国にも力を貸して欲しいという内容だったのでな。数千の兵隊を持つサントゥアリオやシルクレアと比べると我が国の兵力は足下にも及ばぬ。胸を張って戦力として送り出せるのは二人の勇者とコウヘイぐらいのものだろう。セリムスにも鳥を飛ばしたのだが返事がない、そこでお主等に判断してもらおうと思ったのだ」 

「…………」

 だからなぜ二人の勇者と僕を同列に語るのか。

 そう言いたいのは山々だが、今朝を境に僕はそれを口にするのをやめた。

 何度言っても理解してもらえないし、繰り返しそんなことばかり言っていると単に僕が卑屈でネガティブな人間だと思われるだけなのではないだろうかと悩んだ結果だった。

 卑屈な人間だと思われるのはさすがに僕も抵抗がある。

「我が国に援軍を求めているということですか? となると、自ずと理由が限られてきますが……」

 どこか晴れない表情で、セミリアさんが王様に目を向ける。

 援軍。

 それだけで物騒な話であることは予想が付く。

 次に王の口から出て来た言葉は、果たして僕の予想の範疇だと言えただろうか。

「クルイードの想像通りであろう。ここ最近サントゥアリオの民や都市に甚大な被害を及ぼしている反体制派の殲滅戦争にサントゥアリオ共和国陣営の連合軍として参加して欲しいとの要請だ」

 この世界で生活することの本当の意味を、僕はまだ分かっていなかったのかもしれない。



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