【第十章】 仮初めの収束
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1/12 台詞部分以外の「」を『』に統一
~another point of view~
現体制では例を見ない二つの大きな事件から一夜が明けた。
城内での爆破事件、兵士を率いての国王に対する武力行使という前代未聞の出来事は同じ王家の人間であるベルトリー・クロンヴァールが幽囚の身となることで一応の解決を迎える。
一連の事件は城内の兵士や使用人に大きく動揺を与え、そうなることを見越してこの日のうちに処刑することを決断したラブロック・クロンヴァールだったが、事態はこの朝になって急変してしまっていると知っている者はごく僅かしかいない。
そんな中にあって、クロンヴァール王は正確には予定通りとは言えない予定に従い同盟国であるグランフェルト王国の遣いであるセミリア・クルイードと食事を共にしていた。
「ではしばらく部屋で待機していてくれ。少し報告を待たせていてな、そちらが終わったらお前の仲間の所に一緒に行くことにさせてもらう」
食事と会談が終わると、クロンヴァール王は相手の反応を待たずして席を立った。
銀髪の勇者セミリアも同じく立ち上がると、行儀良く椅子を戻してそれに答える。
「承知しました。ではお待ちしています、クロンヴァール王」
「それなりに有意義な時間だったとリュドヴィック王に伝えておいてくれ。しかし、流通の活性化や港の建設があの小僧の発案だったとはな」
「コウヘイはリュドヴィック王から宰相の地位を打診されている身ですゆえ。我が国で聡明さや状況判断能力で彼の右に出る者は居らぬでしょう」
「フッ、そうか。聖剣と呼ばれるお前にそこまで言わせるとは、私の人を見る目もまだまだらしい。確かに今となっては食えない男だと認識を改めてもいるがな」
「食えない男、ですか?」
「こちらの話だ、気にするな。それから一つ言い忘れていたが、そちらの国王に近い将来私とジェルタール王の連名である要請をすることになるだろうと伝えておいてくれ。グランフェルトに限らず同盟各国への物だが、言い返事を期待しているとな」
「委細承知。それではお邪魔をしてしまうわけにもいかないので私は一旦失礼させていただくことにします」
「ああ、後で迎えをやる」
セミリアは一礼して背を向けると、そのまま部屋に戻っていった。
その背中が見えなくなったことを確認してクロンヴァール王も玉座の間へと向かう。
玉座の間ではすでにハイクとユメールが待機していた。
「奴は見つかったか?」
クロンヴァール王はもたれ掛かるように玉座に腰掛ける。答えたのはハイクだ。
「近衛兵だけで捜索してんだ。そうすんなりとはいかねえさ」
「これ以上動揺を拡大し、醜態を晒すわけにもいくまい。立て続けに二人、いとも簡単に独房から脱獄を許したなどという事を触れ回るメリットはない」
「ブランキーはともかく、ベルトリーにそんな能力があるとも思えねえが……やはり協力者なり仲間がいると見るべきじゃねえか?」
「それは重々承知している。だが、ベルトリー本人が吐く気がない以上見つけるのは簡単ではない。例え内部にその愚か者がいようともな」
「報告ではベルトリーが脱走したのは深夜から明け方の間、牢番はなぜか眠らされて犯人の顔は見ていない、だったか? しかも鍵を使った形跡も無しとくりゃいっそ神隠しにでもあったんじゃねえかとさえ思っちまうがね」
やれやれと首を振るハイクだったが、隣では進展があったわけでもない個人的な見解なんて誰が求めているのかとユメールがジト目を向けていた。
「何を馬鹿なことを言ってやがりますかダン、お前の感想なんて聞いてないです。ちょっとお前黙ってろよ、です」
吐き捨てる様な口調も一転、ユメールはクロンヴァール王へと身体の向きを戻すと表情を引き締める。
「お姉様、AJが帰ればそのベルトリーの仲間とやらが見つかるかもしれないです。奴は黒幕の目星が付いていると言っていたです、ただ証拠を探すには少し時間が掛かるのだとか」
「つーか、そもそもAJはどこ行ってんだ?」
「昨日の夕方にロスから手紙が届いてな、城に帰る前に洞窟を捜索したいということだったので松明を届けさせる必要があったところをAJがその役を買って出てくれたというわけだ」
クロンヴァール王が言うと、ハイクは困った様に頭を掻いた。
セラムとアルバートは脱獄囚捜索のため兵を率いて城を離れている。
そこに遣いに出たのであれば、朝一番に出発したとしたところで少なくともジェインは昼までは戻ってこないということになるからだ。
「姉御にゃ悪いが、俺もAJをアテにしてたんだがな。これじゃ始めから昼には間に合わなかったってことか。幸か不幸か処刑もクソもねえ状況になっちまったわけだがな」
「そもそも、です。AJの奴がベルトリーを逃がして出て行くときに連れて行ったって線はありませんですか? 確かにクリスもダンもベルトリーの処刑は止める派で、AJにほぼ丸投げ状態だったですが……時間が無いから無理矢理阻止した可能性が無いとも言えないのでは? です」
「野郎もそこまで馬鹿じゃねえと思うがね。バレて姉御に斬られる覚悟があるなら別だろうが、そういうタイプでもねえだろ」
「タイプがどうかは知らんが、一応各階には近衛兵を見張りに置いていた。報告では夜部屋に入った後に部屋を出た者は居ないということだ。お前達二人やAJも含めてな」
「だったら結局ベルトリーを逃がしたのもその誰かってことになるのか? そもそも黒幕が居るとも居たとして一人だと決まったわけでもねえが、少なくともブランキーの時とは別の人間だろう。兵士を眠らせるだけいくらか良心的な奴らしいからな」
「だが、そう考えると黒幕の誰かという線も薄くなると思えるがな」
「お姉様、それはどういうことです?」
「相変わらず脳みその足りねえ奴だなてめえは。ちっとはてめえで考える癖を付けろ」
「黙るです煙突人間」
「誰が煙突人間だ」
「煙ばかり吐きやがるお前にはお似合いの渾名です。ですがその煙突具合に免じて説明させてやってもいいぞ、です」
「何が煙突具合だ、ワケの分からん言葉を作るな。いいか? ブランキーの時、見張りは皆殺しにされてたんだ。ブランキーが単独で脱獄したわけじゃなく内部に裏切り者の協力者が居たって場合にベルトリーの時みたく眠らせるような方法を取るとは思えねえってことだ。姉御を殺そうとするような奴らが見張りの兵士を殺すことを躊躇う理由がねえ」
「じゃあ鍵はどうなってるですか。ブランキーの時は鍵を使わず壁に穴が開けられていて、今回は鍵は開いてたのに鍵を使った形跡が無いとは一体全体どうなっているですか」
「んなもん俺に聞かれたって知るかよ」
「お前も偉そうなこと言ってる割に大したことねえな、です。いっそダンを処刑して解決にすればいいと思いますですよ、お姉様」
「よし、じゃあ殴り合いで負けた方が罰を受けるってことにしようじゃねえか」
「望むところです」
ハイクとユメールは睨み合う。
結局話が逸れて互いを貶め合うことに頭が行く二人だった。
無論、ハイクはユメールのように『難しい話はよく分からないのでハイクのせいにしておけばいいだろう』なんて馬鹿げた考えを持っているわけではなく、単に言われっぱなしなのが腹立たしいだけだ。
「その辺にしておけ二人とも。お前達が心配しなくてもベルトリーの捜索は任せておけばいい。今は城下を捜索させている、当然名目上はブランキーの捜索ということにしてな。お前達も他の者に知られないようにしてくれ」
そこでようやくクロンヴァール王が割って入る。
いつものように微笑ましく静観していたわけではなく、他の考え事をしていたせいだった。
「それに関しては了解だが、果たして生きたまま見つかるかね」
ユメールから視線を外しつつ、ハイクは肩を竦めた。
ベルトリーに協力者や仲間がいた場合、すでに口封じをされている可能性も無いとは言えないんじゃないかと考えた。
しかし、当然その可能性も分かっているはずのクロンヴァール王は考慮する程のことでは無いと思っているらしい。
「それもあいつ自身が招いた結果だ。私達は罪人を捌き、再発防止に備えることだけ考えていればいい。ダンは再度捕らえた兵士達の尋問を、クリスは城内に不審な動きをする者が居ないかを調査してくれ。私はロスとアルバートが戻り次第兵士への指導と脱獄の防止策を見直すことにする。その前に勘違いで檻の中にいる阿呆を解放してやる必要があるがな」
「あのガキか。会うなら礼の一つでも伝えておいてくれや。なんだかんだで色々と情報提供させたし、馬車の方の爆弾も然り犯人が二人組だって情報もあいつから聞いたことだ。後者に関しちゃ姉御は信じてねえみたいだがな」
「私とて全く信じていないわけではない。ただ漠然と、名前も顔も分からない誰かという情報によって対処を後手に回す気がないまでの話だ。目先だけが大事というわけではないが、考慮や配慮こそすれ曖昧で不確かなものを実際に目で見たものよりも優先して考えるほど悠長な生き方をする主義でもない。それはそれ、これはこれとして然るべき判断を下す。それが私のやり方であり在り方だ。文句があるか、ダン?」
言うまでもないことで、問うまでもないことだろう? と同意を求めるかの様にクロンヴァール王は心なしか得意気な表情でハイクを見る。
一方のハイクにとっても、やはりそれは聞くまでもないことで、答えるまでもないことだった。
「文句なんざねえさ。むしろ文句がある奴を血祭りに上げるのが俺の仕事だとさえ思ってるぐらいだぜ。だがまあ、せめて羽翼已成の一部ではありたいと思うがね」
「心配せずともお前は十分過ぎる程にそうあるさ、ダン。お前やクリス、ロスやアルバートが傍に居るからこそ私は自分の意志を貫くことが出来るのだ。特に、お前やロスは私の尻拭いや後始末を勝手にやってくれるからな」
「その自覚があるなら結構だが、我ながら良くできた部下だよまったく」
「良くできた弟と訂正しろ。これは王の命令だ」
「フン、いくら王でもそんな理不尽な命令には従えねえな。姉からの命令ってんなら話は変わってくるが、どうする?」
ようやく調子も戻って来たかとハイクは挑発的にニヤリと笑う。
クロンヴァール王がそれに呼応して表情を崩した瞬間、珍しく空気を読んで二人の信頼関係が伺えるそんな会話を黙って聞いていたユメールの我慢が早くも限界を迎えた。
「お姉様っ、クリスを差し置いてダンとイチャつくとは何事ですかっ。もう寂しがり屋の妹は孤独死寸前ですっ。ダンはさっさと尋問にでも行きやがれです」
「何が孤独死だ、ガキかお前は」
呆れてツッコむハイクだったが、言い終わる前にはユメールに恨めしげな目を向けられていた。
「クリス、お前のことを誰よりも愛しているのは私だぞ? 忘れたわけではあるまいな」
今度はすぐにクロンヴァール王が割って入る。
一瞬にしてユメールは『お姉様~♪』と、緩みきった表情でクロンヴァール王に抱き付いた。
ハイク本人もクロンヴァール王もユメールが怒っているのではなく拗ねているだけであることは分かっているが、分かっていてなおそんなユメールを可愛く思うクロンヴァール王はやはり甘やかしてしまう。
それがユメールの我が儘を増長させ、その都度ハイクが呆れ、そしてクロンヴァール王が甘やかすというやり取りが繰り返されるばかりではあったが、クロンヴァール王もハイクもユメールさえも三人の関係はいつまでもこのままだろうと思うと同時に、いつまでもこのままでいいんじゃないかとも思うのだった。
「この忙しいのによく飽きねえこった。俺ぁ牢へ行く、適当にじゃれつかせてやったら姉御もさっさと来いよ。そろそろグランフェルトのガキが不憫だぜ?」
呆れた声が飛ぶと同時に背中が遠ざかっていく。
ハイクは半分空気を読んで、半分この百合百合しい雰囲気に付き合いきれないという理由で二人を残したまま玉座の間を後にしたのだった。
〇
とうとう牢屋に放り込まれて丸一日が経った。
例によって第三者の言動で推測する以外に時間を把握する術を持たない僕だったが、少し前に『昼飯だ』と食事を持ってきた兵士の言葉からして昼過ぎぐらいなのだろう。
ひょっとすると兵士の人達は僕が食事に手を付けないのは牢屋に入れられたことによる精神的ショックによって食欲が無いせいだとでも思っているのか、やっぱり出された食事は味の無いパンと水だけだった。
城の外に広がる町にあれだけ様々な飲食店があるぐらいだ、この国の食文化が乏しいわけでは決してないはず。つまりは罪人の扱いなどその程度でいいという認識からの献立なのだろう。
日本にいる囚人ならばどれだけの極悪人でももう少しマシな食事をさせてもらえそうなものだが、これがこの世界の常識であるなら僕には何も言えない。
……今回に限っては結局食べたけどね。
さすがに昨日の昼以降何も食べていないから胃も限界だったし。
とまあ、異世界食レポ第三弾はどうでもいいとして、本題を言ってしまえばようやく僕がこの檻から出してもらえる時が来たということである。
鉄格子の一部が開き、実は二度目となる狭い部屋からの第一歩を踏み出すと同時に人間という括りで言うと今この城で唯一の僕の味方である銀髪の女勇者セミリアさんが僕の手を握った。
「コウヘイ、待たせてしまって済まなかったな」
「いえ、僕の方こそあれこれと迷惑と心配を掛けてしまってすいませんでした」
か細いセミリアさんの手から伝わってくる温もりに少し照れつつ、僕も頭を下げる。
それでなくても横にはクロンヴァールさんが居るのだ。世の中って不公平だなぁとしみじみ思わざるを得ない感じだった。
例えばサミュエルさんやマリアーニさん、グランフェルト城にいるロールフェリア王女も百人が見れば間違いなく九十五人ぐらいは美少女と評価するだろう外見をしているけど、このセミリアさんとクロンヴァールさんはその中でも別格だと思う。この僕ですらそう思う。
もはや僕の人生においてこの二人よりも綺麗な女性に出会う事は無いとさえ若干十六歳にして確信してしまいそうな勢いである。
いや、そんな分不相応な品評をしている場合ではなく、
「色々とあったが、総括するとどうだ?」
セミリアさんの手を離すと同時に、クロンヴァールさんがようやく口を開いた。
僕に対する敵意のようなものは感じられず、どちらかというと『お前も災難だったな』というニュアンスに感じられる。
「なんというか、悪いことはしないように生きようと思わされた一日でした」
「そうか。ならばお前の人生にとって悪いばかりの経験ではなかったのかもしれんな」
「いえいえ、こういう方法で教訓を得なくても僕は真面目に生きていけていたはずだと自負しておりますので」
「はっはっは、ここで私に憎まれ口を叩けるとは少なくとも度胸は身に付いたらしい。どうあれ、これで無事放免だ。二人で城を出た後は好きにするといい」
「はい。お世話になりました」
「私からも、お世話になりましたクロンヴァール王」
僕に続いてセミリアさんも頭を下げる。
が、クロンヴァールさんは僕の肩を押して頭を上げさせた。
「部下のハイクからの伝言がある」
「……ハイク?」
「知らないか? ここでお前と話をしたと言っていたが」
「…………」
ここで僕と話を……牢番の兵士以外ではクロンヴァールさん、ブーメランの人、AJの三人しか会っていない。ということは、
「あの、ブーメランの人でしょうか」
「ああ、そいつだ。礼を言っていたぞ、お前の情報が役に立ったとな」
「そうですか……こちらこそ、話を聞いていただいてありがとうございましたとお伝えいただけますか?」
「伝えておこう」
確かにあのブーメランの人は全部終わるまでは礼は言わないぞ、と言っていたけど、まさか本当に感謝されるとは驚いた。律儀な人なんだな。
なんて事を考えていると、急にクロンヴァールさんの表情が真剣なものへと変わった。
同時にその雰囲気も冗談話が出来るものではなくなっている。
「最後に、私から一つお前に言っておく」
「……なんでしょうか」
恐る恐る言葉を返す。
次に出て来たのは僕にとって驚きと戸惑いを抱かせ、誤算が生じていたことを今初めて知らされるような内容だった。
「礼は言わん。だが……少なくとも私は後悔せずに済んだのかもしれないと思う気持ちが無いわけでもない。それだけだ」
「…………」
これは……もしかしなくても王子の件を暗示しているのだろうか。
そんなはずがない、なぜばれている……一瞬そう思ったものの、牢を抜け出したことを兵士の一人に見つかっているのだ。国王であるクロンヴァールさんに報告がいっていてもなんらおかしくはない。
そうでなくてもその可能性がある人間として名前も挙がるだろうし、クロンヴァールさんのことだからそれら全てが無関係に直感しているということも十分に考えられる。
だけど。
それでいて敢えてそんな言い回しをするのだから追求するつもりはないということも同時に示しているのだろう。そうでなければすんなりと僕が檻から出ているはずがない。
ならば、僕が求められているのはこういう答えなのだろう。
「申し訳ありませんが、何の事を仰っているのかさっぱり分かりません」
しらばっくれる僕に対し、クロンヴァールさんは鼻で笑うだけだ。
「ならばさっさと立ち去れ。近い将来また会うこともあるかもしれないが、少なくともその時までは拾った命を大事にすることだな」
なんとも遠回しな別れの挨拶だが、僕はもう一度頭を下げる。
クロンヴァールさんはそんな僕を見てニヤリと笑い、今度はセミリアさんへと顔の向きを変えた。
「聖剣、少し立て込んでいる。見送りは出来ないが、お前ともまた会える日を楽しみにしている。今回は手合わせ願えなかったが、次は剣を交えたいものだな」
「ええ、私もその日を楽しみにしております」
二人はがっちりと握手を交わした。
そして僕達は兵士の案内で地下を出て、大きな門を潜って異国の城を後にする。
同時に僕の丸一日の異国放浪&囚人体験も終わりを迎えた。
「そうだ、コウヘイ」
城門から少し歩いて城下町の大通りに差し掛かったあたり。
隣を歩くセミリアさんが何かを思い出した様に僕の名を呼ぶ。
「預かり物があるのだった。城を出たらこれをお主に渡してくれとな」
セミリアさんが僕に差し出してきたのはルービックキューブほどの大きさをした木箱だ。
手に取ってみても見た目相応にというか、普通に軽い。
「誰から預かったんですか?」
「ジェイン殿というクロンヴァール王の配下の諜報員をしている男だ。コウヘイと接点があったとは思っていなかったのだが、知り合いだったのか?」
「知り合いだったというか、AJとは昨日牢屋に入れられている時に知り合ったというか、話を聞いたり聞いて貰ったりと色々ありましたよ」
「そうだったのか。しかし、わざわざ私に預けるというのも不思議な気もするが、何が入っているのだ?」
「なんでしょう。特に何かを受け取るような約束をしていたわけではないので」
お礼どころか顔も見せないなんて薄情な人だと密かに思っていたけど、これがその代わりというわけか。
差し詰め僕の文句を聞きたくないから逃げたということなのだろう。
クロンヴァールさんにほぼバレちゃってる以上どのタイミングであれ今日になって接触していることが知られるのは避けるべきだっただろうことを考えるとある意味当然の方法といえなくもないが……やはり食えない人だ。
そんなことを思いつつ、箱を開けてみると中には鍵が入っていた。
普通に比べて少し大きめの、銀色のキラキラした鍵だ。
細い鎖に通されているあたり首に掛けられる仕様にしているということらしい。
「鍵のようだが……」
「そうみたいですね……何の鍵なのか全く分からないですけど」
そしてその鍵の下には折りたたまれた紙がある。
広げてみると、それはAJから僕に宛てた手紙だった。
【やあコウヘイ君。今回は世話になったね。
君なら無事にやり遂げてくれると思っていた、と言っておくよ。
王子はひとまず無事だ。相変わらず文句と恨み節ばかりだったけど、あとはボクがボクの仕事をすれば刑も軽くなるだろう。
君が居なければこうはいかなかった。さすがはマリアーニ王を救ったヒーロー様だ。
中に入っているのはお礼の代わりと思って欲しい。
君はお咎め無しに終わったから今すぐ君を助ける必要は無くなったけど、君の命を救うという約束を守るためのね。
この鍵は先々きっと君の命を守ることになる。
いつかこの世界が滅びの危機に面した時、この鍵によって開く扉の向こうに進めば君は安全な場所に居ることが出来るだろう。
僕の立場上これ以上の説明は出来ないから鍵の使い道は自分で探してね。
P.S.
君の方の牢屋の鍵のことをすっかり忘れちゃっててごめんね。自力でどうにかしてくれて助かったよ】
言葉と同様、なぜか日本人の僕でも理解が出来るようになっている不思議な現象においてはさておき、手紙にはそんなことが記されていた。
読んだところで全然意味が分からないが、世界が滅ぶって物騒なことを言わないでもらいたい。
というか、マリアーニさんの件を度々持ち出してくるけど、あれは別にヒーローと言われるようなことじゃないと何度言えば……。
そもそも追伸の部分に関しては絶対許さないと言いたいところだけど、当然ながら僕の頭は別のところに思考が向かった。
この文面からして鍵を開けたのはAJじゃない。
では一体誰が、なんてことは考えて答えが見つかるとも思えないが……。
「どうしたのだコウヘイ、難しい顔をして。何か嫌なことでも書いてあったか?」
「あ、いえ、そういうわけでは」
「ならばよいのだが、結局のところそれは何の鍵だったのだ?」
「使う場所は自分で探してくれ、としか書いていないので何とも」
「ふむ。おかしなことを言うものだな、ジェイン殿も」
「まあ、あの人はずっとそういう人でしたよ」
「コウヘイに分からぬものが私に分かるはずもないというものだな。だが、クロンヴァール王が言っていた様にこの世界で過ごしていればまた会うこともあるかもしれん。私達も居るべき場所へ帰るとしようではないか」
「そうですね。なんだかたった一日のことなのに随分とグランフェルト王国が懐かしく感じます」
再びセミリアさんと並んで足を進める。
一応貰った鍵を首に掛け、ジャックが居るのでそっちは服の中へとぶら下げることにした。
最後の最後まで疑問は残ったけど、今となっては確認することも出来ない。
本当にまたクロンヴァールさんやAJと会うことがあれば聞いてみたい気もするが、その時になって何を聞いても何か意味があるわけでもないとも思う。
何にせよ僕の首が飛ばなくてよかったと、それに尽きる一日だったと、背後にある巨大な城を見ると改めて実感させられる。
こうして僕は一日の牢獄生活を終え、少し町を見て回ったのち改めてグランフェルト城へと帰ることとなった。
一人とジャックだけではなく、今度はセミリアさんと一緒にだ。
城に戻った僕はロールフェリア王女の世話役……というか、ほとんど召使いの様なことをしながらしばらくを過ごし、その後さらにとんでもないことに巻き込まれることになるわけだけど、その話はまた次回にするとしよう。




