【第五章】 女王暗殺計画
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~another point of view~
ラブロック・クロンヴァールは苛立っていた。
元来予定通り物事が進まないことが嫌いな質である上に邪魔をされるということが何よりも気に入らない性格なのだ。
結局鍛錬室にも行けず、それどころか鍛錬室は吹き飛び、本来ならば今頃馬車で町を出ているはずなのにそれも出来ていない状態ではフラストレーションが溜まるのも無理はない。
何者かが自分の命を狙っている。それは間違いないだろう。
それが誰であるかはまだ断定するには至っていないが、魔王軍ではない誰かであったならそれは亡き父に変わって王位を継いでからの約四年で初めてのことだった。
臣下の誰かなのか、民に紛れた不穏分子がいるのか、他国からの刺客か、それとも私怨によるものか……考え始めるときりがないものの今の自分は大国の王なのだ。
邪魔に思っている者も、自分が居なければと企む者も少なからず存在するだろう。
内憂外患に悩まされるような生温い統治をしているつもりはない。いつかの決断がどこかで誰かの恨みを買っている可能性など数え始めるとやはりきりが無い。
しかし、それが自分の決めた道なのだと理解し、後悔する気もなければする理由もないと思ってはいても、そう簡単に外部の人間がこの城に侵入することが出来るだろうかと考えると己に甘さや隙があったのではないかという気にさせられ、一層もどかしさが増長してゆくのだった。
数日前、死刑囚の脱走を許すという失態を犯したばかりだということもまた、それらの思考に繋がっていることは紛れもない事実であったが二つの事件の関連性を考えれば考える程に真実が混沌としていく。
「ふぅ……」
モヤモヤとした心の内を吐き出すように深い溜め息が漏れる。
一時の感情に流されて判断を誤ることだけはしないと決めた。
それでも、その鉄の意志の中身は迷わず己が決めた己の信じた正義を貫くという程度のものでしかない。
誰からも例外なく正しい人間だと評されるわけなどないことを、クロンヴァール王自身が誰よりも理解しているのだ。
「溜め息は部屋に戻るまでとっとけよ。らしくねえぞ?」
玉座で報告を待つことしばらく、ようやく現れたのは女王の右腕ことダニエル・ハイクだった。
クロンヴァール王は前髪を手で払い、姿勢を正すと自嘲するような薄笑いを浮かべる。
「なに、今日は待つばかりの日だと思っていただけだ。大した意味はない」
「ならいいが、ユメ公はどこいった?」
「街の警邏に行かせた。城に残っているとあの小僧を殺しに行きかねんからな」
「そりゃ賢明な判断だな。それで、こっちの報告だが、そのガキの言った通り姉御専用の馬車に爆弾が仕掛けてあるのを発見した。鍛錬室の物とは違って走った距離によって爆発のタイミングを設定してあるタイプの物だ。念のため馬車庫にある馬車全部と城内も一通り調査させているが、無差別に城を攻撃しようってわけでもねえだろう。可能性があるとすりゃ姉御の部屋だが、さすがにそこに人を入れるわけにもいかねえんでユメ公にやらせようと思ってたんだが……」
「ならば、それはお前に任せる。元よりクリスとロスとお前にだけは無許可で入室する権限を与えている。問題はなかろう」
「委細承知と言いたいところだが、俺達以外の誰かが部屋に入ろうとすれば察知出来るようにしてんだろ? 当然調べはするが、その観点から言えばどうなんだ?」
「今のところ侵入者がいた形跡はない。が、徹底して調査していれば爆弾でなくとも手掛かりが見つかるやもしれん。そういう意味しか持たないのも情けない話だがな」
「そのことだが姉御よ」
「皆まで言うな。あの小僧は犯人ではないと言いたいのだろう、そんなことは私とて分かっている。そこまで目は腐っておらんわ」
「そりゃ心強いことで。だが、そうなると二つに一つってことになる気がしてならねえぜ俺はよ」
「内部犯かボドロ・ブランキーの二つに一つ、か?」
「ああ、ブランキーは元々王家を恨んでたって話だろう。国外に逃げた形跡がねえ以上まだどこかに居るってことだ。大いにあり得る話だと思うがね」
「どちらも今出来る策は打ってある。AJも私達と同意見だったようでな、お前が建物を調査している間にあいつは極秘裏に城内の人間を調査すると少し前に出て行ったよ」
「野郎も国に戻ったばかりだってのに齷齪と働くねえ。どこぞの蜘蛛女にも見習わせてやりてえもんだ」
「そう言ってやるな。我が儘な妹というのも可愛げがあっていいものではないか」
クロンヴァール王はようやく本来の笑みを浮かべて立ち上がった。
部屋はこれから調査すると言ったばかりだ、ハイクはどこに行くつもりだろうかと考える。
本人は全く気にしていないが、出歩く時には誰かを傍に付けておきたいと思うのはハイクとユメールに共通する数少ない願望だった。
異なるのは『誰か』であるか『自分が』であるかの違いぐらいだ。
「どこに行くんだ?」
「聖剣を迎えに行く。出発予定時間もとうに過ぎているしな」
「馬車を出すなら用意させる。そう焦らなくても聖剣は逃げやしないぜ?」
「構わん、ファルコンで向かうことにするさ。また待っている間に予定が狂わされるのは御免だ。留守中の城を任せたぞ」
「分かった。余計な心配だろうが、下手こくなよ?」
「刃を向ける者全てを返り討ちにしてくれるわ」
不敵に笑って、クロンヴァール王は背を向け玉座の間を後にした。
女王も自分も、ユメールもAJもセラムやアルバートまでも、それどころか女王の馬までもが大忙しだ。
そんなことを考えながら、ハイクも調査の続きに向かうのだった。
〇
クロンヴァール王が玉座から立ち上がった頃、城内の別室では一人の少年の怒声が響いていた。
声の主は部屋の主でもあるベルトリー・クロンヴァール王子だ。
「なぜ鍛錬室に行かなかった! なぜ馬車に乗らない!? 悪運の強い奴め」
王子は持っていたグラスを叩き付け、正面に立つマーク・ハンバル大臣に目をやった。
大臣は割れたガラス片が無惨に飛び散る様をちらりと見たが、対照的に落ち着き払った様相を崩さない。
「冷静におなりください、ベルトリー王子。まだ失敗に終わったと言うには尚早にございますぞ」
「それはそうだが……くそっ、千載一遇のチャンスを」
ベルトリー王子は大層気に食わない表情を浮かべながらも再び椅子に腰を下ろした。
口では宥めてこそいたが、内心では上手くいくはずがないとハンバル大臣は冷笑する。
王子の命令で鍛錬室と女王専用の馬車に爆弾を仕掛けたのは他ならぬハンバルだ。
それも進言を聞き入れないベルトリー王子の独断であったし、そもそも鍛錬室に仕掛けた爆弾が不成功に終わってなぜ二発目に成功の希望を抱くのかも理解に苦しむ。
若さゆえか、単に愚鈍なだけか、或いはその両方か。
そういった思考が働かない暗愚な王子だからこそ扱いやすく重宝していたものの、ここまで短慮軽率だと気苦労も増すばかりだ。
馬鹿は馬鹿らしく黙って言う通りにしていればよいものを。
そんなドス黒い感情を心に留め、ハンバルは極めて冷静に話を続ける。
「ベルトリー王子、セラム総帥とアルバート兵士長が帰るまでにはまだ時間があります。城内の調査で兵士共は慌ただしくしておりますが、ボドロ・ブランキーの脱獄もあって警備や兵士の数は手薄になっております。すなわち、ラブロック陛下の周囲にも精々両腕の二人がいる程度。ハイクは政務で忙しくしているようですし、ユメールは今城下の警邏に出ている。まだ次の手を打つチャンスはあるかと」
「そんなことは分かっている。だがこれだけあちこちに兵士が歩き回っていると爆弾はもう無理だ。それから、ユメールには手を出すなよ。あいつはオレが貰うと決めてるんだ」
「それは重々承知しておりますが、仰る通り爆弾はもう使わぬ方がよろしいでしょう。ではどうするかですが……」
そこでハンバルは言葉に詰まり、黙考する。
こうなってしまえば城内のどこかに何かを仕掛けるというのは困難だろう。
暗殺の常套手段である毒もまず使えない。
女王が口にする物は基本的に側近のクリスティア・ユメールが用意していて到底手出しが出来る状況ではないからだ。
もはや強行に出ることが唯一残された策。
元々その為にジェインに兵士を用意させたのだ。一騎当千の幹部達が城を空け、疑いの目が他の誰かに向く唯一の好機。
この機を逃せばまた耐え難き不遇な日々を続けることになるのは目に見えている。
先代の頃は政務の一端を任され、ゆくゆくは陛下の側近になるはずだったものを……あの小娘が後を継いでからというもの、何を勘違いしているのか全てを牛耳ろうとでもしているかのような体制を作り上げた。
肝心の自身は些細な癒着を嗅ぎ付けられ、ほとんど雑用のような仕事をさせられるばかりの毎日。
必ずや返り咲いてみせると、他の大臣達が城を去った後も腸が煮えくりかえる思いで与えられた立場を享受してきたのだ。
そのためにはラブロック・クロンヴァールを始末するしかない。そう思い続けて四年の歳月が流れた。この機を逃すことなど絶対に許されない。
先程ジェインに聞いた話では全く無関係な少年が爆発事件の容疑を掛けられ投獄されているとか。どこの誰かは知らないが、虐殺犯ボドロ・ブランキーも含め疑いの目が向く者が増えることは都合が良い。
「…………」
ふと、そこでハンバルにある疑問が浮かんだ。
ブランキーが脱獄したのは三日前。
ジェインが逃がしたという話だったが、奴はその日まだサントゥアリオに居たはず……。
それもまた別の人間を使ったのだろうか。
あの小僧も小賢しさに長けている。どうせロクでもない方法でも取ったのだろう。
そこまで考えたところで、どうであれ今気にするべきことではないとハンバルは考えている演技を続けることにした。
取り得る策は一つ。
しかし、それを自ら口にすることはしない。
あくまで実行犯はベルトリー王子でなければならないのだ。
あらゆるタイミングをこの日に合わせているとはいえ、確実な成功が保証されているわけではない。
失敗に終わった時の保険を掛けておく。その狡猾さこそが生き残る術なのだ。
「ハンバル」
そんなハンバルの思惑通り、何かを思い付いたようにベルトリー王子が顔を上げた。
「いかがなさいましたか?」
「兵士を用意していると言っていたな」
「はい。五十名の兵士を待機させております。我々の計画に賛同し、私や王子の命令には全て従う兵士でございます」
「ならば、そいつらを総動員して奇襲を掛けるっていうのはどうだ? もうコソコソ罠を仕掛けるのは無理なんだ。力尽くでカタを付けた方が手っ取り早い」
「それは名案でございますぞベルトリー王子。先程も言いましたが、総帥と兵士長は不在で護衛は手薄。さらに言えば、陛下の予定を盗み聞いたところによると客人を迎えに行った陛下は城に戻り次第愛用の武器をいつもの鍛冶屋に預けることになっているとか。定期的に手入れをさせているらしいことは聞いておりましたが、それが今日であるとは思いも寄りませぬ。陛下は少なくとも午後いっぱいは武器を持っていない。我々にとってこれ以上ない追い風と言えます。そしてその剣を届けに行くのはダニエル・ハイク、つまり……」
「そのタイミングなら姉上の傍にいるのは多くともユメール一人というわけか」
「左様でございます。いくら陛下でも武器を持った五十名の兵士を手ぶらで御することは出来ますまい。客人との会談は夕食時に行うという情報もあります。客人が部屋に入り、ハイクが城を出た時を見計らえば勝機は十分にあるでしょう」
「ならばすぐに実行に移る準備をさせろ。これでオレの時代を手に入れられるんだ……ミルキア姉さんが死んだ時には姉弟力を合わせて父上の手助けをしようなんて言ってたくせに、父上が死んで王になった途端自分達だけ権力や名声を独占して、オレを出来損ない扱いしやがって」
「…………」
ハンバル大臣は悪態を吐くベルトリー王子にどう言葉を返したものかと考える。
出来損ないであることは疑いようもないだろう。
そう言ってしまうことが出来ればどれ程すっきりすることか。
努力も下積みも労働すらもせず、衣食住に困ることのない家柄に依存して非生産的な日々を送っているだけの醜い豚が何を言うのだ。
苦労一つせずに育ってきた男というのはこうも滑稽なものなのかと、笑い飛ばしてやりたくなる。
「しかし王子、暗殺ではなく強行に出るのであれば我々の犯行を隠すことが出来ないのではありませんか?」
「構うことはない、誰が犯人であろうと姉上が死ねばオレがこの国の王だ。ユメールはしばらく幽閉して証言させないようにする。あとは兵士共に嘘の証言をさせて、その客人なりなんとかって脱獄犯なりを犯人に仕立てあげてやればいい」
「なるほど、それは良いお考えで」
確かにそれが自分にとって最も都合の良い展開になる。
ジェインが用意した兵士を利用すれば情報操作も容易いだろう。当のジェインもそういった工作はお手の物だ。
もしもクリスティア・ユメールが傍にいたならベルトリーの言うように他の側近と遮断してしまえばそれも容易い。
「お前は兵士を用意した後はそっちの段取りをしておけ。ハイクが出て行ったのと同時にオレが兵を率いて姉上を襲撃する。オレの力を見せるにはオレ一人でやらないと意味がない」
「承知致しました」
従順に見せつつもハンバルは内心ほくそ笑んでいた。
計画通り、自分の手を汚さず踊らされた王子が実行犯になると自ら言い出した。これ以上ない完璧な流れだった。
あとは残っている仕上げであり最後の保険を掛けるだけだ。
「王子、最後に一つだけ守っていただきたい策がございます」
「言ってみろ」
「もしも、万が一陛下の殺害に失敗した時。決して私の事を話してはいけません。私が共犯だとばれてしまえば二人揃って投獄されてしまうでしょう。それは避けなければならない」
「どういうことだ」
「王子が兵を率いて陛下を襲撃する。それが王子一人の犯行だと思わせておけば私は捕まることはない。そうすることによって捕まった王子を逃がす役が出来る者を外に残しておけるというわけです。これは言わば保険となる策。失敗したからといって二人揃って大逆罪で捕まるか、もしも失敗しても逃げることが出来る策を持っているかでは大きな差がございます」
「フン、相変わらず悪知恵が働く奴だな。だが、確かに捕まって終わりでは目も当てられん。その保険は掛けておくことにする」
「さすがは王子殿下、聡明でございますな」
「オレも王家の人間だ。それをお前以外の奴等にも知らしめてやる」
「では私は兵士の準備に向かいます。その後は客人とハイクが陛下の傍を離れ次第、その兵士の誰かに伝令に来させますゆえ」
「ああ、分かった。くれぐれも下らないしくじりはするなよ」
「心得ております。我らの苦渋の日々の終わりと新時代を手に入れるために」
ハンバルは深く一礼すると静かに王子の部屋を出た。
これで失敗したところで自分は犯人にならず、助けようとする振りでもして口封じをすることも出来る。
どう転んでも自分は安泰なのだ。
馬鹿と頭は使いようとはこのことだろう。
そんな下卑た心の内を抑えきれず、ニヤリと薄ら笑いを浮かべながら自らの部屋へと戻っていった。
〇
時間も経ち、随分と精神的にも落ち着いてきた。
牢屋の中にいる自分に慣れてきたというか、間違っても受け入れているわけではないのだけど取り敢えず死刑になることはなさそうだという認識がそうさせているのかもしれない。
クロンヴァールさんとブーメランの人には話が通じること、AJが協力してくれると言ったこと、そしてセミリアさんが来るということ、それら全てを加味すると少なくとも最悪の結末にはなるまい。
一番の懸念材料は例のハンバルという人物だろうか。
もしも僕が、言い換えれば無実の誰かが代わりに捕まったと知った時、その者の疑いが晴れる前に犯人に仕立て上げようとすることは十分に考えられる。
ただでさえ元々がこの城で働く大臣ということだ。
誰かに何かを吹き込んだり、偽の状況証拠をでっち上げた挙げ句に死刑執行に持ち込むとか、もっと言えば殺して有耶無耶なままに口封じをしてしまうことも出来ないわけではないだろう。
僕がそう言われたことからも分かる通り真犯人とて捕まれば死刑になるのだ。
自分が仕えている主であり一国の王をも殺そうとする人間ならば、自分が死刑になるぐらいならと無関係の誰かを殺すことを躊躇う理由がない。
今この現状でそのことを知っていて、その動きを察知出来るのはAJしかいない。
それに関しては彼を頼るしかないわけだが……そうなると気になるのはもう一人の存在だ。
レコーダーに記録したのが会話であった以上そこに相手が居たはず。
その人物が誰か分からない以上、クロンヴァールさんの身にしろ僕の身にしろ何か次なる手を打ってきた時にどうなってしまうことか。
そう考えると全然全く落ち着いている場合ではないと、具体的に言えば散々保証されてきた食事がいざ届いてみると味も何も無いパンがそのままの状態で水と一緒に出て来たことにげんなりしている場合ではないと、結局パンに口をつけずに考える時間を続行することに決めてすぐのことだった。
再びこの地下牢に扉が開く音が響く。
やけに慌ただしく、まるで飛び込んで来る様に開いた扉の向こうから現れたのは銀色の髪の毛が否応なく自己主張をしている、ようやく再会を果たすことが出来た僕の知っている人物だった。
「コウヘイっ」
その人物ことセミリアさんは僕が居る牢の前まで走ってくると、鉄格子を掴み悲愴感漂う表情で叫ぶように僕の名前を呼んだ。
少し前までの僕なら同じ様に鉄格子に駆け寄って助けを求めたりしたのだろうが、そんな取り乱していた自分が今更恥ずかしくなってきていたばかりの僕はゆっくりと立ち上がることを選択する。
しかし、これはこれで無駄に落ち着いているように見せようとしすぎて逆に不自然なんじゃないかというレベルの平静さ具合だということにすぐに気付くというグダグダな再会シーンだった。
「セミリアさん……よかった、また会うことが出来て」
「済まない……私のせいで」
「そんな風に言わないでください。ほとんど僕が抜けてたせいだと思いますし」
「そんなことはない。私がちゃんと城まで送っていくべきだったのだ、それがこんな所に閉じ込められて……」
「セミリアさんは悪くないですってば、むしろこっちが迷惑掛けてすいませんって感じですから。移動が失敗してしまったにしてもどうして来たこともないこの国に到着してしまったのかは今でもよく分からないんですけど」
「それも私のせいだろう。コウヘイに渡したエレマージリングは元々私がこの国に来るために使うはずの物だったのだ。その残留思念がお主のイメージより勝ってしまったのだと思う」
「そういうものなんですか……」
結構必死に頭に思い描いたはずなんだけど、それでも負けてしまうって僕のイメージってどんだけ弱かったんだろう……。
とまあ、それはさておき僕はやっぱりセミリアさんのせいではないと思うのだけど、それを言ってもいつかのマリアーニさんに二人で頭を下げた時と同じく堂々巡りな気がする。
なので取り敢えず今後どうするかという話をしようとしたのだが、それよりも先に後ろから歩いて追い付いてきたクロンヴァールさんにセミリアさんの視線が移った。
「クロンヴァール王、コウヘイは間違いなく無実です。どうか処分についてご再考をお願いしたい」
セミリアさんの訴えに対し、クロンヴァールさんは風格のある佇まいや表情を崩さず僅かに口の端を上げたかと思うと、
「コウヘイとやらの言い分は既に聞いている。確かに納得がいくだけの話でもあったし無実である可能性も大いにあるだろう。しかし不法に入国している事実に変わりはないことに加え無実である証拠もない。真相が分からない今我々に取ってこの状況は当然の処置だと思うが、なぜお前はこいつが無実だと言い切れる聖剣」
「私がコウヘイを信じている、それ以外に理由など必要ありませぬ。もしもコウヘイの無実を証明するために私に出来ることがあるのであれば、何なりと言っていただきたい」
「ほう。何なりと、か。随分と大きく出るものだな、お前は誰よりも正義と平和のために剣を振るう存在であったはず。下手をすると処刑されることになってもおかしくないこの小僧がそんなに大事か」
「無礼は承知の上。しかし、もしもコウヘイを処刑すると仰るのであれば私は必ずやそれを阻止します。例え貴女様や……この国を敵に回すことになろうとも」
「はっはっは、随分と信頼されているではないかコウヘイとやら。この聖剣にそこまで言わせるとは恐れ入る。ではこういうのはどうだ、聖剣よ。勇者の名を捨て私の部下になれ、そうすれば事実に関わらずこの男を解放してやる」
意地の悪い笑みを浮かべて、クロンヴァールさんはセミリアさんではなく僕を見る。
なんて汚いことを言うんだ……そんなことが受け入れられるはずがない。
自らの存在意義と僕の命、そのどちらかを選ばせようというのか。
そこにどんな意味があるというんだ、勝手なイメージとはいえ僕はこのクロンヴァールさんは立派な人物だと思っていたのに……。
そんなある種の軽蔑を抱きながら、セミリアさんにそんな言葉に乗せられる必要はないと伝えようとしたものの、僕にその言葉を挟む余地はなかった。
「わかりました」
ほとんど即答といってもいいセミリアさんのそんな言葉。
その表情には躊躇いも、心が揺れた様子も一切ない。
毅然とした表情でハッキリと、セミリアさんはそう答えた。
「セ、セミリアさん!?」
「心配するなコウヘイ、お主のことは何があっても私が無事に取り戻す。クロンヴァール王、元よりコウヘイがここに居るのは全て私が原因です。例えそうではない出会いだったとしても、何よりも大切な仲間であるコウヘイの命を救うためならば……私にこの身を差し出すことを躊躇う理由は何一つない」
止めようとするよりも先に、セミリアさんは宣言してしまった。
僕が心配しているのは我が身ではないと言いたいのに、どうにか止めさせなければと思っているのに、そんな気持ちとは裏腹にセミリアさんの僕を思う気持ちの強さに僕の心の方が揺れてしまい、返す言葉を失ってしまう。
そんな中で次に声を発したのはクロンヴァールさんだった。
いつの間にか先程までの嫌らしい表情はすっかり消えてしまっている。
「やれやれ、真面目過ぎるというのも考えものだな。もう少し慌てたり悩んだりするのかと期待したが、そう言われてしまっては私が下らない人間ではないか」
「何を仰りたいのですか、クロンヴァール王」
「冗談に決まっているだろう、と言っているのだ。そのぐらいの処世術は身に着けておかねばいずれどこかで苦労するぞ聖剣。余計なお世話かもしれんがな」
「…………」
「…………」
僕とセミリアさんは顔を見合わせる。
結局のところ何が言いたかったんだろうか。セミリアさんをからかっただけなのか?
「お前達があれこれと覚悟をする必要などない。城内も城下も徹底的に調査させている、今日のうちに片が付くかは分からないが聖剣が帰国する際に一緒に帰してやるさ。お前の潔白を証明するためにもそのどちらかの条件を満たすまではそこに居て貰う。元はお前が蒔いた種だ、それぐらいは受け入れろ」
「で、でもクロンヴァールさん……入国の件もあるのでは」
「相変わらず察しの悪い奴だな。不本意なものであったことも考慮して不問にしてやろうと言っている。どちらかと言えば聖剣に免じて、という意味合いの方が強いがな。グランフェルト王国やリュドヴィック王に対してはそうは思わないが、聖剣とは良い関係でいたいというのは私の偽りのない気持ちなのでな」
クロンヴァールさんはいつもの不敵な笑みを浮かべて言うと、そこでセミリアさんに向き直る。
「さて聖剣、会談は夕食の席で行う予定だ。部屋を用意させているからそれまではそこで過ごしてもらうことになる。必要な物があれば使用人を好きに使えばいい」
「承知しました。コウヘイ、私は一旦離れるが後でまた様子を見に来る、お主がなんと言おうと必ず一緒に帰るからな」
「ありがとうございます、セミリアさん。それから……クロンヴァールさんも」
「フン、ついでの礼など言われる筋合いもないわ。だが、いつかお前が恩を売っておいた価値があったと思わせるだけの男になる可能性には少しだけ期待しておいてやる」
それだけを言い残してクロンヴァールさんは牢の前から去っていった。
セミリアさんも『また後で』という意味を込めて僕に片手を上げ、それに続く。
僕が一人で牢の中に居ることに未だ変わりはないけど、ひとまずどうにかなることに安堵しつつ、なんだか二人揃って女性なのに男前な性格だなぁなんてよく分からない感想を抱くのだった。
しかし……改めて考えてみると冤罪である上にクロンヴァールさんを助けようとしたがために牢屋に入れられた僕がお礼を言わなきゃいけない理由は確かに無いんじゃないかと思うのは果たして気のせいだろうか。




