表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている③ ~ただ一人の反逆者~】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/335

【第二章】 成功しなかった瞬間移動

10/30 台詞部分以外の「」を『』に統一

1/7 文章の重複を修正

 翌朝。

 目が覚めたのは名前を呼ばれながら身体を揺すられていることに気付いてからだった。

 起こしてくれたのがセミリアさんだったことを把握すると同時に、目の前にあるセミリアさんの顔と自分の寝顔を見られていたことに若干の恥ずかしさを覚える。

 最近は毎日同じ時間に鳴るようにセットした目覚まし時計で起きているので完全に油断してしまっていた。

「お、おはようございます」

 寝ぼけ眼を擦って身体を起こす。

 腕時計を持ってきていないので正確な時間は分からないが、感覚的には十時とか十一時とかという昼前ぐらいな気がする。寝過ぎだろう……僕。

「おはようコウヘイ、よく眠っていたようだな」

「すいません、起こしてもらっちゃって。起きる時間のことを全然気にしてなかったもので」

「なに、気にするな。慌てて起きる理由もないさ」

 そう言ってもらえるのはありがたいが、胴部と手足に防具を着け、腰に剣を携えているいつもの格好になっているセミリアさんを見るに、ひょっとするとみんな既に準備が出来ていて僕待ち状態なんじゃなかろうか。

 そう思うと結局申し訳なくなってっくる。というか、昨日までの流れ的に起こされるならミランダさんかアルスさんなんじゃないかと今更気付いたりしたのだけど、部屋に二人の姿はない。また食事の用意でもしているのだろうか。

 本当に働き者だなぁ。なんて思いながら二人の所在を確認してみると、食事の用意や働き者であることは当たっていたものの一番肝心な所で僕の予想とは違った答えが返ってくる。

「それが、二人は朝早くに馬車で城に戻っている。なんでも急な欠勤が重なって人手が不足しているということのようだ。お主が起きていれば一緒に城へ向かうことも考えていたようだが、なにぶんその手紙が届いたのが随分と早い時間だったのでな」

「そうだったんですか、二人とも大変ですね」

 確かこの世界では鷲が手紙を運んでいるんだっけか。

 訓練されているというようなことは聞いた覚えがあるけど、どうやって届ける相手の居場所を把握しているんだろう……大体の居場所情報から鳥自身が捜索するのかな。

「そうだな、私も二人は本当に良く働いていると思う。だからこそ私達も頑張って彼女達の生活を守らないといけないと思わされるのだから立派なものだ」

「そうするためにも、僕達も出ましょうか。一番最後に起きた僕の台詞じゃないですけど」

「コウヘイの大きい方の荷物は二人が城に運んでくれている。私は外で待っているから顔を洗ってくるといい。急がなくてもよいからな」

 そう言って、軽く僕の肩を叩くとセミリアさんは部屋を出て行った。

 結局あの大荷物を運ばせてしまってるし、早いところお城に行ってお礼を言っておかなければ。

 そう決めて、僕もベッドから降りると出発の準備をする。

 といっても家を出る時に着替えてきたので顔を洗って鞄を肩に掛けるだけなのだが、いざお城に出発と建物を出たところでまたしても新たな事実が発覚することになった。

「え……セミリアさんはお城に行かないんですか?」

 思わず聞いた言葉を繰り返す。

 勿論何か事情があってのことなのだろうが、セミリアさんはやや申し訳なさそうに続ける。

「済まない、ミランダやアルス殿に先に話していたせいで伝えた気になってしまっていた。私はこれからリュドヴィック王の遣いで出掛けなければならないのだ。帰りは早くとも二日後になると思う」

「それなら仕方ないですね。別にセミリアさんが悪いわけでもないですし、不満があって聞き返したわけではないのでそんな顔しないでください。ただ、僕一人でちゃんと到着出来るかなぁと思っただけなので。ジャックが居るから大丈夫だとは思いますけど」

「私のエレマージリングを使えば関所まで飛べる。そこからなら迷うこともないだろう」

 セミリアさんは自分の腕に嵌めていた腕輪と懐から取り出した巾着袋を僕に差し出した。

「金も渡しておくから必要な物があれば買い揃えてから城に行くといい」

「何から何までありがとうございますと言いたいところなんですけど……僕にそんな魔法道具は使えないんじゃないでしょうか」

「魔法力は必要無いアイテムだ、常用していなければ好き嫌いはあるようだが使えないということはない。行きたい場所を頭にイメージして詠唱するだけでいい」

「魔法力がいらないなら僕でも大丈夫そうな気が少しだけしてきましたけど、ちなみに…失敗したらどうなるんですかね、これ」

「失敗したところで目的地と多少ずれた場所に移動してしまう程度だろう。商人や兵士達でも必要な時には使用するぐらいの物だし、コウヘイに使えぬわけがないさ」

 そう言ってくれるのは心強いが、どうしても一抹の不安が残る。

 とはいえ、いつまでもそんなことばかり言っていると怖いから駄々を捏ねているようで格好悪いし、何よりセミリアさんに迷惑を掛けてしまうことも間違いない。

 ワープ自体は何度も経験してきたし、今回は特に何をすれば終わりという目的もなくこの世界に滞在するのだ。いつもセミリアさんが一緒にいるわけではないということもそろそろ考えておくべき頃合いか。

「分かりました。ではやってみます」

「うむ、私も出来るだけ早く帰るつもりだが、それまで王や王女のことをよろしく頼む。言うまでもないだろうが、発動呪文はアイルーンだ」

「はい、ではお先に行ってきます」

 右腕に貰った腕輪を嵌め、今まで城に行く度に通ってきた関所を頭に思い浮かべる。

 ノスルクさんの家、この町、件の関所、お城の四ヶ所に関しては何度も行き来してきた場所だ。忘れるはずもない。

 そして、

「アイルーン」

 少しの覚悟と共に呪文を口にすると、いつもの様に視界が歪んでいく。

 この歪んでいる間横に誰も居ないというのは結構な恐怖だけど、そんな時間も数秒のこと。すぐに四方の風景が形を取り戻し始めた。

 しかし、やがて元通りになった視界の先に広がっていたのは見たこともないどこかの町だった。

「え…………どこ、ここ」

 辺りを見渡してみる。

 建物一つ取っても見覚えのある物は皆無だった。

 人気の少ない小さな町のようだが、急に現れた僕を不審に思ったのか僅かに目に入る人影が漏れなくこちらを向いている。

『相棒、どうやらやらかしちまったみてえだな』

 特に動揺する様子も感じられない口調でジャックが言った。

 もしジャックが居なければ孤独さ倍増だっただろうことを考えると、本当にありがたい存在だ。

「これは……確認するまでもなく失敗しちゃったってことだよね」

『だろうな。まさかエレマージリングでこんなことになるたあ、得手不得手ってのはあるもんだな』

「失敗したのが僕のせいだったらごめんなさいって感じだけどさ、僕に限らず僕の世界の人間には使えないってパターンだったらどうしようもないよね、これ」

『目的地じゃなかろうが移動自体が出来てる時点でそんなパターンはねえと思うがねえ』

「それもそうか……取り敢えず、お城に行くにはどうすればいいかを聞いてみないと」

 お城まで近かろうが遠かろうがワープでの移動はせずに行こうと決めて誰に聞くべきかと考えようとしたのだが、そこにきてあることに気付く。

「そうか、そもそもここがグランフェルト王国のどこかとは限らないのか……」

『そういう頭が良く回るだけ存外冷静なようだな。だがまあ、そういう意味では不幸中の幸いだったとも言える』

「そうだね。人が住んでないどこかだったら帰る手段も無いところだったよ」

『説明の必要もねえのは話がはええが、だったらどうするよ』

「どっちにしろお城の場所を聞いてお城のある町に行ってみるほかないんじゃないかと思う。さすがにここはどこですか? なんて聞いたら不審者丸出しだし、他所の国だった場合聞いたところで帰る方法を教えてもらわないといけないだろうしさ。リュドヴィック王やセミリアさんの名前を出せばどうにかなる相手がいるかもしれないってことも含めて」

『手紙を送るにしたってこの町ににゃ伝鳥屋もねえみたいだし、妥当なところだろうな』

 意見も纏まったところで、僕は少ない候補の中から出来るだけ人が良さそうな人を選びこの国の王様が済む城との位置関係を聞くことにした。

 結果一人のおばあさんに訪ねることに成功。そもそもここが別の国だった場合、王国制度の国であるかどうかも不明な状態だったが、そこまで聞いてしまうともはや本当に知りたいことをぼかしている意味がなくなるので簡潔に「お城まではどう行けばいいか教えてもらえないでしょうか」とだけ聞いておいた。

 幸いなことに、不思議そうな顔をされたもののお城のある町の場所を教えてもらうことができ、しかもこの町から一つ隣の町がそれに該当するという運が良いのか悪いのか分からない状況であることを知ることが出来た。

 そんなわけで、僕は見ず知らずの町から東に向かってひたすら歩く。

 十キロ程度だという情報の元、大体二時間ぐらい経った頃だろうか。朝食を抜いたせいでお腹も空き始める中、僕はようやく建物の山を目にすることが出来るのだった。

 日本のように道路を歩き、道中も建物に囲まれていれば少しは気も紛れるのだろうが、町と町の間が本当に何も無い荒野だったり草原だったりするので遭難者気分が増していくばかりで精神的にもしんどいものがある。

 そんな中、やっとの思いで到着した町は先程の町とは違ってとても大きく、端から見ただけではどこまで広がっているのかも把握出来ない程だった。

 そしてその一番奥には僕がお世話になるはずだったグランフェルト城の倍はあろうかという巨大な城が聳え立っていて、それすなわちここがグランフェルト王国ではないことがほぼ確定したという最悪な情報も同時に得てしまったのが残念でならない。

 円形に広がる数メートルの外壁に囲まれているため中の様子は分からないが、グランフェルトのお城は四方八方に関所を置くことで出入りの管理、監視をしているためやはり別の国と見ていいだろう。

 大きな門の入り口に立っている見張りらしき兵士の人にものすっごい訝しげな目を向けられつつ町の中に入っていくと、これまたグランフェルト城下の町よりも人通りは多いし店も多く並んでいるしという近代的とまではいかずとも大都市といえる町であることがよく分かる。

 しかし、ならば結局ここはなんという国なのだろうか。なんて考えているところでタイミング良くジャックがその答えを口にした。

『相棒、お前さんの幸運はまだ残ってたみてえだな。ここはシルクレア王国だ』

「シルクレア王国っていうと……あの真っ赤な髪の完璧超人な人が王様の?」

『そのなんとかチョージンってのはよく分からねえが、赤髪云々はその通りだな』

「ちなみに、なんでそれが分かったの?」

『城に山ほど付いてる旗の国章を見りゃそれぐらいは分かるってもんよ』

「なるほど……」

 やはりジャックが居て良かった。

 行き交う人が多い分、喧噪のおかげで気にせず喋ってくれるところも僕にとってはプラス要素と言える。

「一番確実なのはリュドヴィック王に手紙を送ることなんだろうけど、あの王様なら頼めばどうにかしてくれたりしないかなぁ……一応グランフェルト王国との関係も悪くないっぽかったし、船に乗るか誰かと一緒にワープしてもらわないと帰れないあたりが問題って感じだけど」

『どうであれ試しに頼んでみりゃいいだろうよ。駄目なら手紙を送りゃいい話だ』

「そうだね。僕が勝手に国同士の借りを作るわけにもいかないけど、グランフェルトに行く船があるならお金払って一緒に乗せていってもらえるだけでもいいわけだし、失礼の無い程度に話を聞いて貰うぐらいならいいか」

 向こうが僕を覚えているとは思えないけど一応は会話をした経験のある相手だし、何より前のサミットの時に聞いた話によるとグランフェルト王国では船を出すのは王国の管理の下で他国を行き来する船であるか漁船、或いは個人的な所有物を個人的な理由で出すぐらいしかないということだ。

 つまりは旅船を出すような商売が無いわけで、それが他国も共通のシステムかどうかは分からない部分もあるといえばあるが、正式に入国したわけでもない僕がそういった船でこの国から出してもらえるのかという不安もある。となると後々問題にならないようにするためにはそれがベターだろう。

「でもその前に」

『あん?』

「ご飯を食べてもいいかな?」

 昨日の夕食以降半日以上何も食べてない上に二時間以上歩いたのだ。もう空腹も限界に近い。

『飯食うぐれえ俺の許可もいらねえだろうに。せっかくの国外旅行だ、なんなら土産の買い物にも付き合うぜ?』

「流石にそこまで暢気にはなれないって」

 呆れつつ、少し町の中を歩いて見た目の印象で気軽に入れそうな店を選んで席に着く。

 例によって名前を見たところで出てくる物のイメージが微塵も湧かないので魚料理を、と注文を済ませ、水を貰うとようやく一息だ。

 この店こそ空席もそこそこあるけど、通りを見れば店や家屋の数だとか行き交う人々の数は本当にグランフェルト城のある町とは比べものにならないことがはっきりと分かる。

 確かシルクレア王国というのは土地の広さも人の数も軍事力も世界一という話だったけど、同じ五大王国同士でさえここまで差があるものなのか。

 真っ赤な髪の国王からして強さと美貌が世界一と言われているらしいし、日本人から見るアメリカや中国のような感じなのかな。

『ところで相棒』

「どうしたのジャック?」

『今ふと思ったんだが、お前さんの世界の奇天烈アイテムにゃこういう時に役立つモンはねえのかい?』

「この世界に居るジャックに奇天烈と言われるのは心外だけど、さすがに異国に迷い込んだ今の状況を好転させてくれるような物はないよ。ライトや発信機、スタンガンは前に使ったから知ってるでしょ? あとはICレコーダーぐらいだし」

『あいしーれこーだー? なんだそりゃ』

「会話というか、音を録音する物だよ」

『ほう、音をロックオンか。よく分からねえが、何かしらの武器ってことだな?』

「いやロックオンじゃなくて録音ね。こうやって喋ってる声とかを保存出来るって言えば分かる?」

『分からん度合いが増したとだけ言っておくぜ』

「駄目じゃん……ならせっかくだから実際に使ってみようか。ほとんど趣味で持ってるだけだからこの世界で役立つどころか使う機会もなさそうだし」

『面白そうだ。是非やってみせてくれ』

 オッケー。と、短く答え僕は店内を見渡した。

 空席のどこかに仕掛けてみようと思ったわけだけど、さすがに衆人環視の中でやるのは僕の不審度合いが増しそうなので一番角にある店員さんからも見えにくそうな席に仕掛けることにした。

 何気なくその席まで歩き、ササッとテーブルの裏の溝にスイッチをオンにした音楽プレーヤー程のサイズのレコーダーを忍ばせると再び何気なく元居た席へ着席。後は誰かがあの席に座るのを待つのみだ。

 なんて冷静に言ってはみたものの、よく考えると盗聴に他ならない気しかしない。

 この世界じゃそういう罪状はなさそうだし、レコーダーそのものの存在を知らないわけだから一度ぐらい問題ないよね? と思いつつも、ノリで行動するという己の愚かしさに若干の後悔を覚えてしまったところで後の祭り。

 席に戻って間もなく料理が運ばれてきたため僕の興味は一瞬にしてそっちに向かってしまい葛藤の時間はお預けに。

 さっそく頂くことにした空腹の中運ばれてきた焼き魚と野菜の炒め物らしき料理はとても美味しい物だったが、元来薄味の方が好みな僕には野菜の味付けが若干濃かったため米を追加注文したせいで食べ終わるのに少し時間が掛かってしまった。

 というか、セミリアさんからお金を預かっていなかったら本当に窮地に陥るところだったんだなと今更理解した僕はどうにも危機感に欠けているらしい。

 まぁ……食べ物やお金が無いなんてことが些細な事に思えるだけの危機感を何度も抱いてきたからなんだろうけども。

 そんなこんなで食事を終えた僕が危うくそのまま会計を済ませそうになったところでレコーダーの存在を思い出すという失態を侵したのも現状をそこまで悲観していないからなのかもしれない。

 席の位置や向きの関係上レコーダーを仕掛けた席は視界の外だったけど、チラッと振り返ってみたところ二人組の、恐らく男がその席に座っていたことは確認出来ていた。

 既にその席は空席になっているので再びササッと回収し、改めて席に戻る。

「ここで聞いてみる?」

『あの席に座ってた誰かの会話がそいつに記録されてるってわけか?』

「そういうこと。周りの人に怪しまれるのも嫌だから音は小さくしておくけど、せっかくだから聞いてみようか」

 そんなわけで再生ボタンを押してみる。

 しばらく無言状態で薄っすらと喧噪の音や声が流れたのち、テーブルの天板の裏手に置いていたせいで声の特徴がほとんど判別出来ないながらも二種類の男の声が再生された。

 飲み物の注文を済ませ、商品が運ばれて来たらしいやり取りの後に再生されたのはこんな会話だ。



「おい、こんな場所で密会してよいのか」

「内緒話というのは意外とこういう場所の方が目立たないものですよ」

「貴様がそう言うならそうなのだろうが……本当に大丈夫なのだろうな?」

「大丈夫、とは?」

「ふざけるな。ここまで来てしらばっくれる気か!」

「余り大声を出すと目立ってしまいますよ? それに、しらばくれるなんて人聞きが悪い。ボクは貴方達に協力したいと言っただけです」

「その話をしておるのだ。貴様との会話はいつもまどろこしい思いをさせられる」

「そうイライラせずに落ち着いてください。事前に話していた物はちゃんと用意したでしょう。樽二つ分の爆弾に兵士が五十人、抜かりなく」

「その兵士共は信用出来るのか? 事が事だ、情報が漏れれば我々はただでは済まないのだぞ」

「それも問題ありませんよ。彼らはお二人の命令には全て従うようになっています」

「ならばよいが……よくそのような輩を用意出来たものだな。貴様のお抱えの兵士というわけか?」

「まさか、内部調査もボクの仕事の一つというだけの話ですよ。誰からも愛される、なんてことが出来れば誰も苦労はしないということです。それより、そちらの方こそ大丈夫なんですか?」

「フン、元より自分で考える頭も持ち合わせておらんお方だ。焚き付けることは難しくない」

「そうですか。では手筈通り午後には兵士を届けますのでくれぐれも事前に露見させないように。いくら貴方が考えを練ったところであの方が全て台無しにしてしまわないとも限りませんからね」

「分かっておるわ青二才め。そもそも兵士など必要無いかもしれぬしな」

「というと?」

「貴様に頼ってばかりで静観しておく気はないということだ。鍛錬室に爆弾を仕掛けてある。陛下がいつも通り午後から鍛錬室に向かっていればそこで終わるかもしれぬし、そうでなくともその後確実に馬車に乗るはず。そこにも同じく爆弾を仕掛けておいたのだ」

「また大胆なことを……それ、失敗したらどうするんですか? ただ警戒心を抱かせるだけで終わりません?」

「失敗に終わったところで真っ先に疑われるのは私ではない。その為にあの狂人を脱獄させたのだと言ったのは貴様だろう。それに、守りを固める手段が限られているともな」

「確かにセラムさんやアルバート兵士長には捜索のため出兵してもらっていますし、それに関しては事実ですよ。あとはあの両腕をどうするかということですけど」

「それは押っつけ戦略を立てる。どちらにせよ若造二人も共に消し飛べば都合もいいだろう。問題はその後なのだ、あのお方が簡単に王位を継げるかどうか」

「出来る出来ないではないでしょう。陛下の両親も姉君も亡くなっている以上、計画が成功すればその資格がある人間はこの世に一人しかいなくなる」

「そんなことは分かっている。だが、あの叔父を含め分家の連中が口を出してこないとも限らんだろう。いずれにせよ今日こそが我等が不遇の日々の終わりだ。そして無能なあの男の影で私が実権を握るのだ。全てはこの女王暗殺計画に……」

「ハンバルさん、いくら聞き耳が立っていないからといって何でも口にしていいってわけではないですよ?」

「あ、ああ……少し興奮してしまったようだ。とにかく、話は終わりだ。貴様は兵士を届けてくれればそれでいい。成功の暁に相応応の地位をくれてやる」

「期待して待っていますよ」

「では私は城に戻る。準備もあるし、長く城を開けると奴が先走り兼ねんからな」

「分かりました、お気を付けて……」



 そこで声は途切れ、それ以降の言葉は無かった。

「ジャック……もしかして、これ結構ヤバい感じ?」

 言わずもがな、そんな感想しかない。

『今の会話が悪ふざけじゃなけりゃあな。しかし、またド偉い会話を記録したもんだなオイ』

「ほんとにそうだよ……」

 まさかこんな恐ろしい話を聞くことになるとは思いも寄らない。

 女王暗殺計画だとか爆弾だとか、物騒過ぎる程に物騒な言葉がいくつも並んでいたけど……あんな会話を悪ふざけでするとは思えないし、僕はどうするべきだろうか。

「これ、あの王様に知らせに行った方がいいよね」

『死なせないためにはそうした方がいいだろうよ』

「この話を知ってしまったことで僕自身に危険が及ばないかって心配はあるけど……放っておけないでしょ、さすがに」

 人を殺そうとしている、なんて知ってしまえば関係無いなんて言えるわけもなく。

 あの会話じゃ首謀者と協力者という関係にも聞こえたけど、ところどころに兵士がどうだとかって言葉が聞こえたあたりあの王様に関係のある人物の可能性が高い。

 僕が城に行って何をどう説明した上で今聞いたことを伝えればいいかは難しいところだけど、そんなことを考えている時間的余裕があるのかどうかも分からないわけで、とにかく危険が迫っていることだけでも伝えなければ。

 そう決めて、僕は会計を済ませると早足で城に向かうことにした。

 やがて辿り着いた城は近くで見ると余計に規模の大きさが分かる立派な建造物だった。

 巨大で見るからに強固な城の大きな門の前には体格の良い兵士らしき二人が門番として立っている。

「止まれ。貴様、何者だ」

「シルクレア城に何の用だ」

 近付いていくと予想通り、二本の剣がこちらを向いた。

「ちょっとクロンヴァールさんに伝えて欲しいことがあって来たんですけど……結構急ぎというか緊急な要件で」

 敵意が無いことをアピールするも、門番達の顔は怒りに満ちていく。

「貴様……我らが陛下を何と呼んだ」

「切り捨てられたくなければ今すぐ立ち去れ」

 見事なまでのこちらの話を聞く気が無い態度に若干苛立ちを覚える。

 礼節の話をしている場合ではない。と、僕はとにかく要件を伝える事にした。

 この人達にとっていくら僕が怪しい人物であったとしても女王暗殺なんて話を聞けば無礼だなんだと言っていられなくなるはず。

 そんな自分らしくもない焦る気持ちを僕はこの直後に後悔することになる。

「とにかく、聞いて下さい。そのクロンヴァール王に爆弾を仕掛けたという……」

 そこまで言ったところで僕の言葉が掻き消される。

 辺りに轟音ともいえる爆発音が鳴り響いたことが原因だった。


9/11 誤字修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
十キロ程度だという情報の元、大体二時間ぐらい経った頃だろうか。朝食を抜いたせいでお腹も空き始める中、僕はようやく建物の山を目にすることが出来るのだった。 の後、冒頭からの文章が繰り返されてます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ