【エピローグ】 とある雨の日
~another point of view~
灰色の空の下には雨音ばかりが響いていた。
名もなければ人も存在しないとある孤島は長らく激しい雨に見舞われている。
荒れた地面、枯れ果てた木々の他に目に映る物はなく、到底生物が生活出来る環境ではない。
そんな、天候など無関係に人の出入りなどないはずの荒れ地を歩く一人の若い男が居た。
ザーザーと、雨粒が地面を叩く音が足音すらも掻き消している悪天の中を男は竹製の傘を片手に一人で荒野を進んでいく。
やがて行き着いた先に見えたのは小さな小屋だ。
まるで周囲の荒廃した風景に溶け込む様に、今にも朽ちてしまいそうなボロボロの小さな小屋が荒野の真ん中にポツリと建っている。
男は真っすぐに小屋に近付いていくと途中で一度立ち止まり、周囲に人の気配が無いことを確認してから控えめに扉を叩いた。
すぐに扉が開く。
内側から扉を開いたのは背の高い一人の女性だった。
木製の傘を脇に置いて蝋燭が一つ灯っているだけの暗い屋内に入ると男は濡れた衣服を手で払いながら扉を施錠している女性へと微笑み掛ける。
「いやぁ、参ったよ。どうしてこんな日に限って雨が降るかなぁ」
「…………」
女は特に言葉を返さない。
彼女にとって世間話ほど苦手なものはない、ということを男も分かっているため嫌な顔などせずにそのまま話を続けるだけだ。
「それにしても、やっぱりボク達二人だけなんだね。こう毎回毎回平気でサボられちゃ何のための定例報告会か分かったもんじゃない、一度ぐらいちゃんと五人揃って欲しいもんだよ。ま、ボク達にとっちゃ都合が良いんだろうけどさ」
「……少し前ですが、メロからは手紙を受け取りました」
「へぇ、珍しいこともあるんだね。ちなみに、内容は?」
「面倒臭いからパス、だそうです」
「やれやれ、相変わらず一人だけ自由な生き方で何よりだよ。ブラックは流石に国を離れられる状況じゃないんだろうけど、もう一人もどこで何をしていることやら」
「彼なら少し前にここに来ましたよ。といってもすぐに帰ってしまいましたが……今の名前は真っ黒な某、でしたか」
「全然違うよ……いつまで経っても人の名前を覚えるのが苦手なんだから。でも、彼が来るのも珍しいね。何か言ってたかい?」
「ついでに寄っただけだ、と。それからAJ、貴方と共謀して何かしようとしているという風なことも言っていました」
「誤解しないで欲しいね。共謀という程のことじゃないさ、ただ協力を頼まれただけだよ。ボクの立場上それを拒むわけにもいかないだろう?」
「それはそうですが……」
「ボクだって気乗りはしないさ、なにせ彼はうちの国で事を起こそうとしているんだから」
「……シルクレア王国で?」
「例によって詳しい話なんてされてないけど、何でも実験なんだそうだ。上手くいけば我が国の女王様を討ち取れるかもしれない、とも言っていたけど、流石にそれはボクが阻止するさ。バランスを考えても今そうなってもらっちゃ困るからね」
「そうですか……さして私には関係の無い話なのでどちらでも構いませんが」
「そうかい? だったらキャミィ、一つキミに関係のある話をしようか」
「……思い当たる節はありませんが」
「それはいささかとぼけるのが下手過ぎない?」
「…………」
「目を反らされても困るんだけどねぇ。先日のサミットの報告書を見たって話だよ」
「そ、それは……」
「その報告書にはこう書いてあった。ユノ、グランフェルト両国は水晶の元に辿り着き、魔法力の補充を完了させたのち魔王軍の襲撃に遭った。結果、ユノ王国のマリアーニ王が魔族の者に連れ去られる事態に陥ったが無事救出に成功。怪我人は出ていない」
「…………」
「これは一体どういうことなのかな? キミは一体なんのために同行したのか、分かっていないはずがないと思っていたけどね」
「ですがそれは、天子様の命令でやむを得ず……」
「キミほどの戦士が言い訳をするとはねぇ。でも分かっているよね? ボク達は他の三人とは違う、ボク達は一体何のために【天帝一神の理】の命令に従いそれぞれに与えられた役割を享受しているんだい?」
「全ては……天子様を守るため」
「その通り。そしてキミはボクよりもそれが出来る立場にあるはず。にも関わらず天子様の傍を離れ、あろうことかその間に魔族に攫われてしまった。無事で済んだのが奇跡だ」
「……弁明の言葉もありません。以後この様な失態を繰り返さないとこの場で誓いましょう」
「はぁ、分かってくれればいいんだけどね。終わったことでこれ以上責めても仕方ない……ただ、一つ教えて欲しいことがあるんだ」
「……なんでしょう」
「天子様を救ったというグランフェルトの少年というのは一体何者なんだい?」
「コウヘイ、と。そう呼ばれていました。何者かというところまでは聞き及んでいませんが……とにかく不思議な少年でした」
「不思議、というのは?」
「およそ戦闘力など持ち合わせていない、見るからに吹けば飛ぶようなか細い少年。ですがそれでも……国王代理という肩書きを与えられていた。あの聖剣から全幅の信頼を得ていた。さらには何の手掛かりもなしにケイトの能力を見破り、国外に連れ去られた天子様の居場所をいとも簡単に把握していた……」
「ケイト、というのはキミのところの魔法使いだっけ。まあ、確かに興味深い少年だ。危険な人物ならグランフェルトの戦力値を考え直さないといけないところだけど、天子様本人が恩人だと言っている以上は余計な手を出すわけにもいかないか」
「最悪殺すことになる、というのであれば当然でしょう。もしも貴方がそれをするつもりならば……」
「するつもりならば?」
「精々バレないように気を付けることですね」
「……止めるとかじゃないんだね。ていうか、別に殺す気はないさ」
「そうなのですか?」
「どのみち戦闘力という意味で驚異になり得ないのなら問題ないし、むしろその聖剣一人に頼っている状況よりはいくらか都合も良いんだから」
「そうですか。確かに、敢えて気に掛ける程ではないでしょうが……」
「ボク達が直接手に掛けるのは天子様に対する背信行為に他ならない、って言いたいんでしょ?」
「…………」
「それぐらいはボクも弁えるさ。どちらにせよ今はグランフェルトに構っている程暇じゃない。そういう意味でもブラックとは一度会っておきたかったんだけど、さすがにおいそれと会いに行くわけにもいかずってね」
「それでも、行くのでしょう? サントゥアリオへ」
「勿論行くよ。といっても、全く別の用事なんだけど」
「別の用事?」
「うちのプリンセスからあちらのプリンスへ手紙を届けにね。雑用極まりないって感じだけど、これも僕のお仕事ってやつなのさ」
「しかし、それではブラックには……」
「会えない、だろうね。正式にお招きいただくんだ、怪しい行動は控えないと。でもまあ、会えなければ会えなかったで構わないさ。どちらにせよキミの国はしばらくは安全だろうけど、その時が来ればキミの国だろうが誰の国だろうが関係無くなる。その時……キミがキミの役割を果たしてくれることを願うよ」
「ええ、例え何を犠牲にすることになろうとも……恩義に報いるべく」
~勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② 完~




