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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

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【第十三章】 死霊天狗

10/19 誤字修正 追いつる→追い付ける

8・30 台詞部分以外の「」を『』に統一

1/7 文章の重複を修正

 やっとの思いで岸に辿り着いた。

 肉体的消耗があるわけではないが、ボートの進行が自動であるせいでスピードが遅く焦る気持ちもあってこの数分は何十分にも感じられた。

 少し離れて休んでいたセミリアさんを始めとする面々も僕に気付くと、すぐに僕一人しか居ないことにも気付き慌てて駆け寄ってくる。

「セミリアさんっ」

「コウヘイ、どうしたのだ? マリアーニ王はどこに……」

「それが、マリアーニさんが魔物に攫われてしまって……どうすればいいのか」

「なんですってえ!!!」

 カエサルさんが僕の胸ぐらを乱暴に掴んだ。

「あんたそれどういうことよ!! なんで一人でノコノコ帰ってきてんの!!!」

「こ、こら落ち着けカエサル殿! コウヘイは元々戦闘要員ではないのだぞ」

 セミリアさんがカエサルさんを引き剥がす。それでも怒りの形相で向かって来ようとするカエサルさんの肩をウェハスールさんが押さえた。

「エル、落ち着きなさい。今は口論をしている場合ではないわ、姫を無事に連れ戻すことを第一に考えて次の行動を決めないと。少しの時間も惜しいのだから」

 普段のおっとりしたものではなく真剣な表情で、普段の『です~』という口調も無くなっている。

 意図して使い分けているのかどうかは定かではないが、それだけの事態だ。無理もない。

 しかし、それでも納得がいかないらしいカエサルさんは僕を睨み付ける。

「だからって……こいつは黙って見てただけなんて」

「申し訳ありません……相手は空を飛んでいたので、僕にはどうすることも……」

「コウヘイ様も、反省は後ですよ。まずは一刻も早く姫を探さないと、あちら側に飛んでいってしまったのですよね?」

「そうです。それで、そのことなんですけどマリアーニさんにはジャックを預けているんです」

「ジャック?」

「ここを離れる前にコウヘイがマリアーニ王に預けたネックレスだ」

「あのコウヘイ様がお守り代わりにと言っていた……」

「それが何の役に立つのよ! 何がお守りなわけ? 全然効果も無かったからこうなってんじゃないの?」

「確かにお守りとしての効果は今のところないかもしれません。だけど僕はジャックの居場所なら知ることが出来る」

「居場所を……それはもしかして例のチップを?」

「そうです」

 昨日のことだ。発信機の動作確認をしてすぐ、僕はジャックの髑髏の部分の裏側にチップを貼り付けていた。

 自力では動けないジャックを紛失してしまわないようにというだけで、まさかこういう事態を想定していたわけではない。だけど居場所が把握出来る分マリアーニさんを救う役には立つことは間違いないはずだ。

 僕は手に持っていた液晶モニターに目を向ける。拡大表示にしてみると結構なスピードで移動していることが分かった。

 このモニターでは発信機の位置がどのぐらいかということしか分からないが、この山は国の領土の中でもほとんど最北部に近い。

 島国であることを考えると、この勢いでは国の外に出てしまうぞ……。

「そのままあっちの方向に移動していっているみたいです。どうにかして追いかけないと……今に海を渡っていってしまう」

 焦る気持ちを無理矢理抑え込み、その方法を模索する。

 この世界にある移動手段は僕が知る限り馬車と船のみ。そんなペースでは追い付くことなど出来ない。

 あの化け物の目的地によるが、それではいずれ受信可能な距離を超えてしまうし、スピード以前に今から馬車と船を用意する時間が必要であることを考えると……現実的に不可能に近い。

「…………くそ」

 握った手の爪が痛いほどに食い込んていた。

 ……馬鹿か僕は! 諦めている場合か、一刻を争うこの時に。

 周囲の言葉も耳に入らず、ひたすら頭を回転させる。

 次の瞬間、不意に腕を掴まれたかと思うと勢いよく引っ張られた。

 その相手がカエサルさんだと気付くと同時に、やっぱりぶん殴られるのかと一瞬身構えたが、さらにまた次の瞬間、僕の身体は宙に浮いていた。

 我が身に何が起こっているのか理解できず、ただ片腕でぶら下がるように浮いた状態の視線の先で地面が遠ざかっていく。

「エル、待ちなさい!!」

「コウヘイ!!」

 ウェハスールさんとセミリアさんの声が後ろから聞こえたが、そんな二人の姿もすぐに遠ざかり、見下ろす景色はすでに湖の上だった。

「ちょ、ちょっとカエサルさん!? 一体なにをしているんですか!」

 視線を上に戻す。

 今僕が宙に浮いた状態で湖の上を進んでいるのは同じく宙に浮くカエサルさんに腕を掴まれ引っ張られているからだ。ではなぜカエサルさんは飛べるというのか!!

「お前にしか姫の居場所が分からないんでしょ! だったらお前に案内させるしかないじゃない!」

「僕が言いたいのはそういうことじゃなくてっ、カエサルさん空を飛べるんですか!?」

「飛べるから飛んでるに決まってんでしょ馬鹿!」

「いや、それはそうなんでしょうけど、そういうことでもなくて……」

「あー、もううるさいっうるさいっ。そういうこともどうことも分かんないもん! 何が言いたいのかハッキリしてよヘナチョコ」

「ヘナチョコって……その、色々聞きたいことはあるんですけど、それよりも今カエサルさんが飛んでいる事実に気がいって仕方がないというか、それって元々飛べたんですか? それとも練習して飛べるようになったんですか?」

 どちらの答えだったとしても『そうですか』と納得出来るわけもないが、そういう魔法があったのなら納得せざるを得ないこの世界。しかし、カエサルさんの答えは両方に対してノーだった。

「元から飛べるって、んな人間いるわけないでしょ馬鹿。魔族でもあるまいし、空飛ぶ魔法なんて聞いたことあんの?」

「聞いたことはないですけど、だって現に……」

「耳!」

「耳?」

「耳についてるピアス」

 カエサルさんの耳元に視線を写す。飛行による風の影響で髪の毛が暴れて露わになっているカエサルさんの耳には確かにリング状の物に羽根を模した飾りが付いているピアスが見えた。

「もしかして、そのピアスのおかげってことですか?」

「そうよ。これは【風神遊戯(トリック・ウィンド)】っていうあたしの(ゲート)で本来のあたしの能力とは別。分かった? ていうか分かれ」

「……その門って一体なんなんですか?」

 確かサミット会場の外であのフローレシア王国の王様らしいマクネアという男性の口からも聞いた単語だ。

 それのおかげで空を飛べるということは、セミリアさんの言うところのマジックアイテムということなのだろうか。

(ゲート)ってのはマジックアイテムを遙かに凌ぐ能力を持つ特殊なアイテムのこと、そんぐらい聞かなくても分かりなさいよっ」

「そんな無茶な……でもそれってもしかして、ウェハスールさんの【心眼の輪(ジャッジメント・アイ)】も同じだったりします?」

「なんでお前が姉さんの(ゲート)知ってんのよ!」

「ほ、本人から直接聞いたんですよ。ていうかそれってどこで入手しているんですか? 普通に店で売ってるんですか?」

「んなわけあるか! 本来ならこの地上に存在しない貴重なモンなんだから世界中探したってあたし達以外に持ってる奴なんていないってのよ。そんな話はいいからお前は姫の居場所をしっかり見て案内しなさいよねっ」

「それはちゃんと見てますけど、片手でぶら下がってる状態じゃ操作が出来ないんですけど」

 ついてに言えば腕一本に体重が掛かっているせいでそろそろ痛くなってきている。

「チッ、ヘナチョコのくせに文句ばっかり」

 そう言いつつ、カエサルさんは僕の両脇を抱えるような体勢に変えてくれた。これなら両手の自由も効くし、身体への負担も少なそうだ。

 しかし……僕と大して歳も違わないというか、下手すりゃ年下だろうになんでこんな偉そうな態度なんだろうか。強さ=偉さという図式が成り立つのがこの世界なのかもしれないが、仲間のシャダムさんとかにもこんなだし単に性格が子供っぽいだけという線の方が強い気がする。

「向こうの動きが止まったみたいです。このペースならどうにか追い付けるでしょうけど、あの魔物と対峙しなきゃならない可能性が高いですよ」

「可能性が低くてもこっちから仕掛けてやるのは決定事項よ! うちの姫を攫ってタダで済むと思ってるならぶっ殺死なんだから!」

「それにしたって、せめてセミリアさんかウェハスールさんのどちらかも連れてきた方がより確実だったんじゃないかって話ですよ。重さ的に無理があるかもしれませんけど、敵が一人とは限らないでしょう」

「あたしの能力に重さは関係ないけどあたしの腕は二本しか無いのが分かんないの? 行きに二人連れて行って、帰りに姫が増えた分お前を置いてきていいならそうしてもいいけど?」

「……そりゃそうですね。すいません」

 そんなやりとりを最後に会話は途絶える。

 時折僕が方向を修正するために口を開く以外は無言のまま、スーパーマンというよりは武空術寄りの飛行具合でグングンと進んでいく。

 高さにして十メートル以上を結構なスピードで、それも生身で飛んでいるのだから今まで乗ったどんな絶叫マシンよりも恐ろしいものがあった。

 そんな状態で山を越え、大地を過ぎ、海を跨いでまた大地へと景色が移り変わっていく。ジャックを指す位置は依然として動きを見せず、僕達はとうとう二、三百メートルの距離まで近付いた。

 そこで一旦飛ぶという移動方法を止め、大地に降り立つ。理由は簡単、モニターに映るジャックの現在地との距離からして目的地が辺り一面に広がる森の中であるからだ。

 上空からでは人の姿を探すことが出来ず、やむを得ずどこの国の領地なのかも分からない無人島のような小さな島の森の中に降り立った。

 見通しが悪く、これでは急に襲ってこられると確実に不意を突かれてしまうだろう。最大限の警戒といつでも動けるように心の準備をしつつ、カエサルさんと並んで歩いて森を進んでいく。

 幸い道中で敵に襲われることはなかったが、残り数十メートルまで来た先にあったそれ(、、)を見て僕達は一度足を止めた。

「これは一体……」

「ここを進んだ先に居るってことね。確認しなくても分かる、魔物の気配がプンプンするもん」

 カエサルさんは鋭い目付きで先に続く道を見据える。

 そこにあったのは赤い鳥居だった。その先には周りと違い、石で出来た道が続いている。

 ともに風化と劣化によりボロボロで、手入れされていない雑草が乱雑に生えているというまるで廃神社を前にしているような光景だ。

 森を進むに連れてひんやりとしてきた空気も含め、魔物でなくとも何かが出そうな雰囲気は僕ですら感じられる。

「ほら、ボケッとしてないで行くぞ」

 カエサルさんは僕の背中をビシっとはたいて鳥居を潜った。

 置いて行かれてはたまったものじゃないので慌てて後に続く。お化け屋敷や肝試しを怖いと思った事のない僕だが、さすがに自分達を平気で殺そうとするような化け物が居るのが分かっていては心持ちも穏やかではいられない。

 それでもマリアーニさんが捕まっている以上逃げ出すわけにもいかないわけで、ならばいつも通り何かあった時に備えて動ける準備をしておきつつ、その何かとは具体的にどんなパターンがあるのかを出来る限り考えておくことが僕のすべきことだ。

 怖いから、危ないから、こうなってしまいました。そんな言い訳は通用しないし、反省を生かして次は頑張ります。なんて一見前向きなようで対処や対策をする能力が無いという証明でしかないような言い分が通る問題ではないのだから。

 とはいえ、だ。

 見るからにただ者では無いあの天狗の化け物。当然のこと僕なんかが簡単に倒せる相手じゃないはず。では、カエサルさんはどうなのだろうか。

 この人の強さを僕は知らない。薙刀のような武器を持っているからには戦闘能力は持っているんだろうし、護衛の戦士であることや自国の王が連れ去られている以上黙って見ていることはないだろうが、果たしてどこまでアテにしていいものか……。

 考えることが多い上に周囲の警戒も必要という逼迫した状態で石畳の上を歩いていると、ふと前を歩くカエサルさんが呟いた。

「来たわね」

 何がですか? と、聞き返そうとするより先にその意味を理解した。

 左右の地面から突如として大量の人影が現れたのだ。

 まるで地面から湧き上がるかのように、次々と、続々と、行く道を塞ぐように目の前をその人影が埋めていった。

「お、おぇ……」

 思わず嗚咽が漏れる。今にも胃の中が逆流してきそうだ。

 そんな僕を見て、すでに薙刀を抜いているカエサルさんは呆れたような表情をする。

「なに吐きそうになってんのよ馬鹿」

「す、すいません……でもあれ」

 僕からすれば無理もない。十や二十では効かない敵の姿がそうさせているのだ。

 手には槍を持ち、鉄製のアーマーに身を包んだ兵士の格好こそしているが、その全ての身体には首から上が無い。

 まるで切り落とされた後であるかのように、肉や骨が見えており、それだけではなく腐敗したように変色してしまっている。

「でも……これっておかしくない?」

「そりゃあ……おかしいでしょうよ。首が無いんですよ? それなのに動いているんですよ? むしろおかしくない部分がないぐらいです」

 胃をさすりながら答える。

 精神的にかなりキツいが、確かにいつまでも言っている場合ではない。

「そういう意味じゃないわよ馬鹿」

「じゃあどういう意味なんですか馬鹿」

 あ、しまった。思わず釣られて馬鹿って語尾に付けちゃった。

「……今あたしに馬鹿って言った?」

「言うわけないじゃないですか。いくらなんでもそんな言い掛かりを付けるのは酷いと思います」

「そ、そう? だったらいいんだけど……何が言いたいかっていうと、こいつらはヘッドレス・ランサーっていう魔物なわけ」

「そういう名前なんですか……そりゃ首も無いわって感じですね」

「そこはどうでもいいから。で、こういうゾンビとか亡霊の類の魔物っていうのは本来魔界で根城を守る役目を果たしているはずだから地上には居ないものだって姉さんに習ったことがあるのよ」

「それが何故かここに居る、と」

「そういうこと。まあそれもどうでもいいんだけど」

「どうでもいいんですか……」

「居るもんは居るんだから仕方ないじゃん。とにかく、こいつ等はあたしが片付けるからお前は先に行って姫を助けて来い」

「え、僕一人で?」

「当たり前でしょ。お前がこいつ等を倒せるなら逆でもいいけど無理でしょどうせ」

「一人二人ならまだしも、これだけ数がいると……まず無理でしょうね」

「こいつ等の他に姫を攫った奴が居るんでしょ? だったらそいつとも戦闘になる。その時に挟まれたら厄介だってことぐらい分かれっていうか、ヘナチョコなんだから黙って言うこと聞け馬鹿。姫を危険に晒させないためにも先に行って姫の安全を確保する、お前は死んでもいいから絶対に姫は無事のまま取り戻すのよ。約束したからね」

 約束してないのに……なんて甘えは捨ててしまえ。

 悠長にしている暇は無いことや後の安全を考えればそうする他ないことぐらい僕にも分かる。

 問題は僕があの天狗と戦うのかということだが……勝てる方法が思い付くまで待ってもらえるわけがないんだから道は一つ。

「でも、どうやってこれを突破するんですか? あと一歩でも進めば襲い掛かってきそうな勢いですけど」

 僕達が静止しているからか、敵も動く気配はない。それでも数十本の槍が全てこちらを向いているあたりこれ以上先には進ませないということなのだろう。

「お前はここまでどうやって来たかも覚えてないのか馬鹿」

「あ……」

 そうか、カエサルさんは飛べる(、、、)んだった。

 それに気付くと同時に、僕はカエサルさんに片腕で抱えられる形で再び宙に浮いた。

 首無し兵士の軍団が持つ槍が届かない高さで回り込み、やや乱暴に下ろされると先程までとは逆に僕達が行く手を阻むような立ち位置に変わる。

 僕と同じ様な背丈や体格なのに片手で僕を持ち上げるとは……若くても蓮っ葉であってもこの世界で一国の代表となるような戦士というのはやっぱり凄い。

「ほら、さっさと行け。ダッシュ!」

 肩の辺りを押される。

 その背中は頼もしくもあり、片手で薙刀を構え鋭い目付きで敵を見るその姿はとても格好良く見えた。戦う直前のセミリアさんを見ている時とどこか重なるものがある。

「カエサルさんは……大丈夫ですよね?」

「こんなの相手に大丈夫じゃない方が難しいんだけど」

「だったら……後から無事に合流してくださいよ」

 それだけ言って、僕は振り返らずに奥へ向かって駆け出した。

 奥へ奥へ、再び石畳の上を今度は一人で進んでいく。

 暗く見通しの悪い森の中を数十メートル、効果が得られるかどうかは別として周囲を警戒しつつも一心不乱に走り続けた。

 やがて到達した石畳の途切れた先にあったのは僕の背丈ほどある石碑が一つ。そして、両手を縄で縛られ横たわった状態のマリアーニさんと祠で見たあの化け物の姿だった。

「コウヘイ様!!」

 すぐに僕に気付いたマリアーニさんの叫ぶ様な声が響き渡る。

 外から見る限り特に外傷などは無い。

 既にマリアーニさんが無事ではない、という最悪のパターンだけは回避出来たことにひとまず安堵。

「マリアーニさん、すぐに助けます。少し待っていてください」

 声を返すと同時に、烏天狗の化け物が一歩二歩とこちらに近付いてくる。

 しかしまあ、なんとおぞましい風貌だろうか。

 烏天狗といえば日本に伝わる伝説上の生き物であるだけに少しはその存在も受け入れやすいのだろうかと飛行中にチラリと考えてはいたのだが、実際は間逆だ。

 絵や銅像の写真でしか見たことのない所謂妖怪の類を実写で目の当たりにするというのは、姿形を知識として知っているだけに余計にグロテスクなものらしい。

 存在自体が意味不明な化け物を見ている方がいくらか割り切れる度合いも高いというものだ。

「……随分と早く追い付くものだな。この島は転移魔法やその手のアイテムの対象にはならないと聞いていたのだが、何か特殊な能力を持っているのかね?」

 化け物はえらくゆっくりと、一歩一歩に時間を掛けながらも徐々にこちらに近付いてきている。

 深い森には化け物の声と足袋が砂利を踏む音だけが響いていた。

「どうでしょう、頑張って追いかけてきた結果ということで納得してもらいたいものですけど。というか、マリアーニさんは返していただきますよ」

 恐れる気持ちを表に出さず、精一杯の虚勢を返すのは様子見という名の時間稼ぎだった。

 何か少しでも突破口を見つけ出さなければと思う僕の気持ちに気付いているのかいないのか、男はそれでも足を止めずに淡々と続ける。

「それは出来ん。この女を捕らえこの場所で引き渡す、そういう命令だ。貴様はここで始末する、それで全て予定通り」

「……命令とは、一体誰の命令ですか?」

「答える意味は無い。そして逆に問う、貴様は私のことを知っているかね?」

「いえ……全く」

「我が名は死霊天狗ドーブル。我らが魔族一党の幹部であり、死してなお戦いを求める生きる屍リビングデッド軍団の長である。その私に命令を出来る者、ということだ」

「そう、ですか」

 化け物軍団の序列なんざ知っているわけもなければ知りたくもない。

 というか、この男然り全身真っ黒な剣士然り、ハヤブサ然り、偽物の王様然り、かつて対峙した魔王の女の子より見た目が怖い人が多すぎる。

 とはいえ死ぬ寸前までいった度合いで言えばあの女の子がダントツだったし、自分で魔王の部下のまた部下であると言っているわけだからあれ以上ではないと信じたいのだが……。

「まだ少し時間があるとはいえ、貴様如きを相手に遊んでやる趣味はない。お喋りは終わりにしよう」

 死霊天狗ドーブルと名乗った烏天狗の男は、持っている錫杖のような武器でトンと地面を突いた。

 シャランという音が響き、同時に男の鋭い目がこちらに向く。

 対する僕もすぐに左手でナイフを構えてはみるが、効果の程など多寡が知れるというものだ。

 例えそうだとしても、もうこうなってしまえば選択肢などあってないも同じ。

 僕がこの男と戦うとして、考え得る結果は三種類。

 ①僕は殺され、その後マリアーニさんも殺される

 ②僕は殺されるが、道連れに化け物の命も奪う。マリアーニさんは助かる。

 ③僕が化け物を殺し、僕もマリアーニさんも生き残る。

 たったそれだけの中から行く末を選ばなければならない。

 これは昨日の決闘とは全く別の戦いだ。

 まいったもなければ、どちらも諦めて退くなんて結論など出るはずもない。

 どちらかが死ぬか、それに近い状態に陥ることでしかゴングは鳴らないデスマッチというわけだ。

 最低でも②は達成しないといけないし、僕は自分が生き延びるためにはほとんどこの男を殺す以外にはないということ。

 命の奪い合いなんて僕は絶対にしたくない。その気持ちに変わりはないが、さすがに自分の命が懸かっている中でなおそれに固執するほどお人好しではない。

 ただでさえマリアーニさんを攫い、平気で人を殺すような相手だ。絶対に殺されてなんてやるものか。

「ふぅ~……」

 覚悟を決める意味を込めて一つ大きく息を吐き、手も足も微かに震えている状態のまま左手のナイフをドーブルに向けた。

 唯一の救いは相手がリビングデッドを自称しているということか。

 意味するところは映画で見るゾンビのような死体のまま活動している者だったり生きた死体だったりといったところだと記憶している。

 既に死んでいる身である分だけ少しは罪悪感も薄れるかな。なんて考えは、そうでなくとも僕がやることは変わらないだろうことを考えると少々的が外れているだろうか。

 どちらにせよ、今度ばかりは助けてくれる人も守ってくれる人も代わりに戦ってくれる人も居ない。

 だけど不思議と手足の震えは止まり、冷静さも取り戻すことができた。

 一度深呼吸したおかげというわけではなく、開き直った効果だろう。いや、正確には諦めたおかげで気が楽になったと言うべきか。

 決闘じみたことをしなければならない状況になった時、僕の戦術なんてものは昨日の大男とやり合った時の様にするしかない。

 盾で攻撃を防ぎ、隙を突くなりして懐に入り込み何かしらの一撃を食らわせる。ただそれだけだ。

 それが殴り合いで勝てる腕も無ければ武器も魔法も扱えない僕にある唯一の勝機。

 しかし、この場に限ってはそうもいかないのだ。

 まず第一に目の前にいるドーブルは昨日の相手と違って武器を持っている。セミリアさんやサミュエルさんのように達人的な技量を持っていればまず僕は為す術もないだろう。

 いくら盾を持っていても反応出来なければ効果は得られないということは改良前から変わるはずのない事実。

 そして仮に盾である程度相手の攻撃を防いだところで負ける瞬間が少し遠ざかるだけで勝つ瞬間は近付いてはいないということ。

 武器を持った相手がわざわざ昨日の様に捕まえに来てはくれないだろう。そうなると長引けば長引く程僕は機を逃していくこととなる。

 今僕が持つ攻撃手段はスタンガンと大した意味を持たないナイフ、そして昨日その大男にもらった凄まじい爆発を巻き起こす爆弾石が二つだけ。

 戦闘技術の無い僕が何度も挑戦して攻撃を当てようとすることで結果が得られるはずもなく、それ以前に何度も挑戦するチャンスを与えてくれるとも思えない。

 ならば相手にそれらの情報を与える前に不意を突いた一発目で決めなければ勝ち目は無いということだ。

 そして、それをしようとすると使うべきは当然爆弾石となるわけだが……躱されたり防がれたり、或いはダメージを与えても戦いを続行出来るレベルでしかなかった場合、攻撃の手段を失った僕の死がほぼ確定してしまう。

 更に言えば、これはドーブルが自ら口にしたことだけどマリアーニさんを攫ったのはここで引き渡すため、という言葉の通り時間が経つと敵が増えることが分かっているのだ。

 それも魔王軍の幹部であるドーブルよりもさらに階級が上である誰かが、である。

 そうなると例えカエサルさんが合流するまで時間を稼いでも戦況は好転しない可能性が高い。

 僕がしなければならないことは出来るだけ短時間で、それも初撃で相手を仕留めること。

 そうすれば敵が増える前にカエサルさんの能力でここを脱することが出来る。

 そして僕がそれらを達成しようと思うのならば、カエサルさんが連れて帰る人間は二人であることに拘ってはいられない、というわけだ。

 しかしまぁ……こんな状況でもそんな計算ばかり早いのだから我ながら嫌な性格である。

 最後の最後まで諦めずに悪足掻きをすることに美学を感じない。潔い負けを望む。そんな馬鹿みたいな考え方をしているおかげで迷わずに済むのだから自己嫌悪する程でもないのかな。

 どんなゲームをしていても、劣勢になり相手のミスなどに頼らなければ自力で戦況を反転させることが出来ない状態になってしまった場合、相手にその可能性があるかどうかや自分がミスを誘うことが出来るかどうかを考え、その可能性が低いと判断すると僕はすぐにサレンダーしてしまう。

 やっていることは格好付けていち早く負けを認めているだけに他ならないが、まさか命懸けの場合にも同じ思考になってしまうとは……サッパリしすぎだろう僕。

 とはいえ、だ。

 今に限れば負けを認めて死ぬことを受け入れたわけではない。

 様々な条件と要素を合理的に判断した結果、勝利条件をマリアーニさん一人が無事で帰ることに下げただけの話だ。

 別に死ぬと決まったわけではないのかもしれないが、僕がこの世界で見てきた数少ない戦いの中でそれらを満たせる可能性が一番高い戦法を真似しようとすると、日頃鍛えてもいない僕はほぼ確実にアウトだろうなぁ。

「こんなことなら死ぬ前に……」

 なんてことを一丁前に考えてみたが、特に死ぬ前にやっておきたかった事が思い付かなかったのでもういいや。

「では、参る」

 あれこれ考えている間にもドーブルはすぐ傍まで迫っている。

 数メートルの距離で立ち止まると、短く最後の一言を残して持っている錫杖を僕に向けた。

 離れた位置から見るよりもその先が鋭利に尖っていることが分かる、ほとんど槍として使う武器という感じだ。

 一秒足らずの睨み合った間を挟んで、ドーブルは突撃してくると同時に錫杖を横に振り抜いた。

 僕はほとんど反射的に盾を発動させる。間違ってもこの形の攻撃を受けるわけにはいかない。

 キィンと、金属をぶつける様な音と共に振り抜かれた錫杖が右手に弾かれて軌道を変えると、ドーブルはそこで動きを止め訝しげな表情で僕を見た。

「ふむ……手に触れた感覚とは違うようだが、何をした」

「別に何も、右手は義手なので普通より硬いってだけです」

 ここでもサミュエルさんに聞いた話を勝手に流用して誤魔化し、手の内を晒さないことに徹する。

 戦術から虚言に至るまで無許可で参考にしてしまって申し訳ない限りだ。

「フン、いつまで生きていられるかな」

 下らない理由だ。

 そう言うかの様に吐き捨て、ドーブルは改めて武器を構える。

 尖った錫杖の先がこちらに向いている、完全なる突きの体勢だ。

 不自然な仕草に思われてはならないと格好だけ左手でナイフを構え、僕はその攻撃を待つ。

 余計なダメージを負う前にこうなってよかった。

 なぜなら僕は……その攻撃を待っていた(、、、、、、、、、、)のだから。

 顔の周辺をガードする準備をしている、風に見せるために首の辺りの高さに構えたナイフ。

 その狙いが上手くいったのか全く無関係だったのかは定かではないけど、勢いよく僕の腹部に向かってきた先の尖った錫杖は、真っ直ぐに僕の脇腹を貫通した。

「う、あ……げほっ……」

 思う様に息が出来ない。

 感覚自体は刃物というよりは棒状の物でお腹を突かれた様な感じであったが、刺された、ということが頭で理解出来た。

 その箇所がまるで熱した鉄の棒でも押しつけられているみたいに熱い。

 距離を置かせてなるかと、痙攣しているのか震えている状態でありったけの力を振り絞って刺さったままの錫杖を掴んでいる左手を生暖かい真っ赤な血が濡らしている。

 こういう時に痛みを感じないのは脳内物質のおかげとかって話だったっけか。

 どのみち少し時間が経てば激痛に襲われるらしいのでその頃には意識を失っていたいものだ。今はまだやることがあるからそういうわけにはいかないのが悲しいところだけど。

「げほっ……」

 口からも血か唾液かも分からない液体が溢れてくる。そんな状態で思っていたより冷静に自分の身体の分析なんてしている精神状態はもはや自分でも分からなかった。

「ふん、見苦しい抵抗だな。だがそれも終わらせてやろう、跡形もなく消し飛ぶがいい」

 ドーブルが空いている腕をこちらに向けて手のひらをかざすと、すぐにその手が光を帯び始めた。

 この世界で何度も見た、魔法攻撃を僕に放つつもりなのだろう。

 だが、これこそが僕にとっての唯一の好機。

 これが……これこそが、かつてサミュエルさんと鳥獣ハヤブサが決闘した時に見た、肉を切らせて骨を断つ戦術の真似事だ。

 体の自由が利かなくなりつつある身でありながらも、僕は既に空いている右腕で腰から二つの爆弾石を取り出している。

 わざわざ腰にぶら下げるためのホルダーごとくれた大男に感謝したいところだが、そんな場合ではない。

 この爆弾石は底にある窪みの中にあるスイッチを押すと少しの時間差で爆発する仕組みであると聞いた。或いは強い衝撃を与えれば爆発する、とも。

 右手一つで二つの爆弾石のスイッチを押すことは出来ないが、一つが爆発すれば当然誘爆するはず。

 そうでなくても魔法攻撃を受ければ間違いなく同じ結果になるだろう。

 僕はギリギリ、ドーブルが魔法攻撃を放つ瞬間に片方のスイッチを押した二つの爆弾石を手のひらに乗せるようにして持つと、掌底よろしく正面に突き出しながら盾を発動させた。

「フ……フォルティス!」

 ドーブルの魔法攻撃と僕の盾に爆弾石二つが挟まれる。

 数秒と待たずして、凄まじい爆音が鳴り響くと同時に目の前が爆炎に包まれた。

 視界の全てが炎と煙に包まれていく。

 目を反らすことも状態を反らすことも出来ず、胴に刺さった錫杖を握る手にはもうほとんど力が入っていない状態だった。

 それでも、作った本人が特性と言うだけはある威力……それは手榴弾どころではなく、ロケット弾どころかちょっとしたミサイル並の爆発だ。

 それをゼロ距離で食らわせたのだ、我が身を犠牲にしただけの効果が得られるはず。いや、得られないと困る。

 半ば祈る思いで、全身の力が抜けていくのを感じながら視界が晴れるのをただ待った。

 立っているのも辛い中で、やがて煙の中から姿が見えたドーブルは全身を微かに炎が包んでいた。

「まさか……この私が……人間などに……」

 ドーブルに動きはない。

 呻くような声で、何かを漏らしただけだった。

 その姿から目を反らすことが出来ずに僕はただ目の前の光景を見つめている。もし反撃されれば僕に対処する気力は無い。

 身体に力も入らず、動くことも出来ないのだ。

 もはや祈る気持ちすら忘れて、やれることはやった、あとはどう転んだのだとしても結果を知ることが出来ればそれでいい。残っているのはそういう感情だけだった。

 あちらも動かないのではなく動けないのだと分かったのは、ドーブルの姿が徐々に薄くなっていることに気付いてからだ。

 人型であれど、言葉を操れど、やはり死ぬだけのダメージを負うと消えてしまうのは化け物に共通していることだったらしい。

 動かなくとも最後まで僕を睨んだままだったドーブルは、やがてその姿を完全に消滅させる。

「ぐっ……」

 緊張が解けてしまったのか、刺さっていた錫杖も消えた穴の空いた腹部を激痛が襲う。

 血でびしょ濡れになっている下半身を見つめているうちに無意識に両膝をついてしまい、そのまま前のめりに身体が倒れていった。

 止めようにも身体の制御は一切を失っていてどうしようもない。

 手をついて衝撃を防ぐことも出来ず、このままじゃ身体を地面に打ち付けてしまうなぁと自覚した刹那、正面に居るマリアーニさんが目に入る。

 何かを叫んでいるようだけど……その声は聞き取れない。

 それどころか、もう耳も聞こえなくなっているらしく何一つ音を感じることができなかった。

 そりゃ目の前で人が刺されて死ぬのだ。

 ショッキングなものを見せてしまったかもしれないけど……あとはカエサルさんが来ればここを離れるだけで助かる。

 僕はもう駄目だろうけど……マリアーニさんが無事で済むならそれでいいか。

 そう思うと、役に立たないなりに頑張れたかな……なんて自嘲に似た気持ちが湧いた。

 すぐに視界が真っ暗になる。

 知らない間に目を閉じてしまっているのか、閉じていなくても見えなくなっているのかも分からず無音の中で暗闇に放り込まれたような気持ちになると同時に、急激に寒気に襲われた。

 死ぬってこういう感じなんだなぁ……そんなことを思ったのを最後に何かを考えるという行為すらも出来なくなっていく。

 何も考えずに眠ってしまえばいいんだよと、身体が告げているようだった。

 



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