【第十二章】 王族狩り
8/6 台詞部分以外の「」を『』に統一
「これは一体……」
思わず声を漏らし、もう一度辺りを見回した。
やはり自然に囲まれている。
壁も天井もないし、木々の匂いがはっきりと感じられることも気のせいではなさそうだ。
うっすらと霧が掛かっているせいで太陽は見えず、同じ理由で視界がよろしくないため目の前に広がる湖の先に何があるのかも確認は出来ない。
しかし、なぜあれだけの仕掛けを乗り越えて辿り着いた先が屋外なんだろうか。
いや、考えようによっては元々この場所に例の水晶が封印されていて、この場所を守るために洞窟を挟んだというパターンもなきにしもあらずか。
「コウヘイ様、あれをご覧になって下さい」
戸惑いと考察の最中、隣に立つマリアーニさんが前方を指差した。
あるのは湖だけ……と思っていたのだが、目を凝らしてみると岸に小さなボートらしき物があるのが目に入る。
霧のせいで見えにくかったことに加え周りの光景に目がいっていたとはいえ、それでなくても気付かなくても無理のないぐらいに小さなボートだ。
大人の男性なら一人、子供や女性でも二人乗れば定員に達しそうな程に。
「ボート……あれで湖を進めということ、なんでしょうね」
「そういうことなのでしょう。大きさを考えてもわたくしとコウヘイ様で進むための物のようですね」
「でも、危険じゃないですか? また何か仕掛けてあるかもしれないですし、先に何があるかも見えやしないのに」
「そうだよ姫、別にボートなんか乗らなくてもあたしが連れて行ってあげるよ?」
マリアーニさんの向こうにいるカエサルさんが疑わしげな目を僕に向けている。
こんな奴に大事な女王様を任せられるか、と遠回しに言いたいんだろうなと分かりたくもないのに分かった。
「いいえエル。この先は国の代表として二人で進まなければならないの。あのボートが意味しているのはそういうことなのよ。それからコウヘイ様、何があるかも分からないというのは少し違いますね。この先に不思議な魔力を感じます。恐らく……いえ、ほぼ確実と言っていいでしょう。湖の先に水晶の眠る祠があるようです」
「そ、そうなんですか」
魔力なんて微塵も感じることが出来ない僕はなんとも間抜けな返事しか出来ない。
意見を求めてセミリアさんに視線を送ってみるが『私などに分かるはずがないだろう』と言わんばかりに首を振られてしまった。
「わたしも間違いないと思いますね~。人や魔物の持つ魔法力とは全然違いますし」
「お二人がそう仰るのであればそうなんでしょうね。僕には全く分からないのでここはマリアーニさんに従って動くということにさせていただければ」
魔法使いであるウェハスールさんも同じ考えとくれば異論を挟む余地もなく。
過去に何度もセミリアさんやジャックが姿も見えないうちから敵の存在を察知することがあったけど、そういう感覚なのだとしたら僕には一生分からないままなんだろう。
とはいえ、だ。
「でも、僕とマリアーニさんの二人で行くのは不味いんじゃないですか?」
「どうしてでしょう?」
「水晶にその魔法力? を補充しなければならないんですよね? ということは少なくともウェハスールさんが居ないと駄目なのでは?」
そういう理由で僕達グランフェルト王国勢はユノ王国とペアになったはずなのだ。
「心配は無用ですよコウヘイ様。こう見えてもわたくしも並の魔法使いよりは魔法力を持っていますわ。攻撃呪文は全くと言っていい程習得していないですしケイトと比べると足下にも及びませんが、水晶に魔力を注入するぐらいであれば問題はありません」
「そ、そうだったんですか……」
じゃあやっぱり僕達プラスマリアーニさんの組み合わせでもどうにかなったんじゃないか。なんて後悔は後の祭り。
一人一人に『あなたは魔法を使えますか?』なんて聞いて回る様な真似が出来るはずもないし、協調性のない人が多いあのメンバーで扉探しをしていたら今こうして無事でいられなかったかもしれないと思うと結局この布陣がベストだった気がするので文句は言うまい。
「では参りましょうか、コウヘイ様」
「分かりました。僕達二人ですらギリギリ乗れるかどうかという大きさですけど」
「元より祠には二名以上で入ってはならないという暗黙のルールもありますので致し方ないのでしょう」
そんなルールは初耳だ。
リュドヴィック王め……さっきから僕が何も知らない奴みたいになってるじゃないか。
と、げんなりしていると。
「でも姫、ほんとに一人で大丈夫なの?」
「大丈夫よ、エル。万が一なにかあったとしてもコウヘイ様が守ってくださるわ」
「………………」
え? そうなの?
僕どう考えてもあなたより弱いんですけど。
「ちょっとあんた、姫になにかあったら許さないんだからね」
「まぁ……僕の身でどうにかなるレベルならそれを最優先するつもりではいますけど」
「なにそれ!? もうちょっと男らしいこと言えないわけ!?」
「こらエル、あまり困らせるものじゃないわ。でもコウヘイ様、くれぐれも我らが姫様のことをよろしくお願いしますね~。姫に万が一のことがあったら戦争になりかねないので~」
「……怖いこと言わないでくださいよ」
プレッシャー掛け過ぎでしょ。
一国の王ともあれば分からないでもないけど、そんなの僕に負い切れる問題じゃないでしょうに。
「コウヘイ、魔物の気配はしないが霧で覆われていて視界も悪い。くれぐれも気を付けてくれ。マリアーニ王もどうかご無事で帰られますよう」
「ええ。ありがとうございます、勇者様」
僕とマリアーニさんはそれぞれセミリアさんと握手を交わすと、ボートの前に移動する。
後ろからマリアーニさんに話し掛けようとするのを寸前でシャダムさんが遮った。
「兄弟、俺の武器を貸してやろうか。この破邪の効果を持つダーク・アローを」
「いえ……使い方も分からないので気持ちだけ受け取っておきます」
ダーク・アロー。
直訳すると闇の矢? 何か凄い能力でも備わっているのだろうか、と思ったのだが。
「コウヘイ様、お気になさらないでください~。勝手に名付けているだけで中身は普通のクロスボウですから~」
と、ウェハスールさんのある意味可哀相な指摘が入った。
どうやら僕の深読みだったようだ。
「凡人には理解出来ぬ領域、それが暗黒の世界たる所以か」
と、わけの分からないことを言うシャダムさんに、
「もうっ、シャダムうるさい」
と、蹴りを入れたのはカエサルさんだ。
怒ってやり返そうとするシャダムさんから逃げる形でそのまま二人は向こうに走って行ってしまった。
邪魔される心配も無くなったので僕は改めてマリアーニさんに向き直る。
「マリアーニさん、皆さんの傍を離れる間これを預けていてもいいですか?」
「これは?」
「なんというか、僕のお守りみたいなものです。もしも何かあった時、きっと役に立つ物なのでどうかお願いします」
「分かりました。ではありがたくお預かりさせていただきます」
了承の返事を受け、自分の首からジャックを外してマリアーニさんに手渡した。
マリアーニさんはそれを自分の首に掛ける。
白いドレスに髑髏のネックレス……論ずるに値しないほどのミスマッチ感だが、僕が自分の身よりもこの人の無事を優先させようと思った時にきっと意味を持つはずだ。
こうして僕達二人は小さなボートに乗り込んだ。
二人乗ってしまうと座ることも出来ないぐらいの小ささに、立っていなければならないことに対するバランス的な意味での怖さを感じる。
というかオールが見当たらないんだけど、どうやって進めばいいんだろう。
そんな心配は、二人が乗った瞬間に勝手に動き出したボートに驚くと同時に解決された。
何から何まで手の込んだ仕掛けだらけだなぁ。なんて思いつつ、ついでに仕掛けとかシステムとかルールとか、ほんと事前に教えておいてくれと改めてげんなりしながら、ゆっくりと岸を離れるボートの上で霧の向こうを見つめるのだった。
〇
~another point of view~
時を少し遡る。
水晶が隠されている洞窟の入り口ではサミュエル・セリムス、高瀬寛太、夏目飛鳥、ミランダ・アーネット、そしてユノ王国の戦士であるスカットレイラ・キャミィが待機していた。
既にに六人が洞窟に入ってしばらくが経つ。
敵の襲撃がある可能性が高いと事前に知っていたこともあり当初こそ警戒心や緊張感を、恐れる気持ちや不安をそれぞれ抱いてピリピリとした空気を維持していた面々だったが、過ぎた時間が徐々にそれらを薄れさせていた。
言うまでもなく幾多の戦いの経験を持つサミュエルとキャミィを除いて、という話である。
「どうやったって人気の作品の名前借りて知名度を上げていくしかねぇんだよ。そりゃ金のためだけにやってる奴等でもなけりゃ誰だってオリジナルで勝負したいに決まってんだ。でも中身やオリジナリティーで勝負するなんてのは土俵に上がってからじゃなきゃ意味ねえからな」
「理屈は分かるけどやな、結局人気タイトルの二次創作なんか飽和状態なわけやろ? その中で勝負したって結局名前の売れてる連中に持っていかれるばっかりで簡単に実績に繋がるとは思われへんねん」
「どうやったっていきなり対等な勝負なんざ出来るわけねえだろ。表紙に全力注いで目を引くとかコレクターや違法アップの同人誌サイトとかからの口コミで徐々に名前を売っていくのが段階ってもんだろうが。公募でも同人でも一発ヒットなんてどれだけ薄い確率か考えろってんだ」
「んー、そうやねんけどなぁ。なんか、それで自分のやりたい道に近付いていけるんか正直不安もあるし、難しいもんやでホンマ」
とりわけ緊張感を失った寛太と飛鳥の声以外に会話の無い時間がしばらく続いている。
その中にあって、ふとミランダが思い至った様に二人の会話に割って入った。
「あ、あの、お二人は明日には帰られてしまうのですか?」
声を掛ける際、ミランダは二人を名前で呼ぼうとしたがぎりぎりのところで言い換えている。
主であり尊敬する康平以外の人間を『~様』と呼ぶのはなんとなく嫌だった。
「そういえば、その辺どうなってんのやろうなぁ。全然気にしてなかったわ」
「今日はあの変な島に帰るんだろ? その後また城に戻って次の日に帰るってとこか?」
「そもそも今日この変な国から帰るかどうかも定かじゃないからな。どうせやったら帰ったあと一日ぐらいゆっくり観光したいところやなぁ」
「せっかくお越し下さったのです。ゆっくり……していただきたいです」
果たしてそれは誰に向けられた言葉だったのか。
二人にそれを知る由もなく。
「ほんま、ミランダちゃんはええ子やなぁ。よしよし」
気を良くした飛鳥は慈愛に満ちた表情で照れるミランダの頭を繰り返し撫でている。
まさにその時。
人知れず、キャミィが利き足を一歩踏み出した。
唯一その行動にも、その行動の意味にも気付いているサミュエルはそれ以上の動きを手で制する。そして何故か寛太に呼び掛けた。
「ちょっとアンタ」
「あん? どうしたサミュたん」
「アンタ、強くなりたんでしょ?」
「愚問だな。今よりもっと、という意味で聞いているなら当然だ。昨今のネトゲと同じくレベル上げに終わりはないぜ」
「相変わらず意味は全く分からないけど、その志に免じて良い物をあげるわ」
やや面倒臭そうな顔を浮かべつつも、サミュエルは小さな粒状の物を取り出したかと思うと寛太へと差し出した。
受け取った本人はそれが何かを知らず首を傾げている。
「何だこれ?」
「パワーアップ出来る木の実よ。これを飲めば少なくとも死ぬことはなくなるって代物」
「おおぉ! 命の木の実的なあれか!」
「当たらずしも遠からずってとこね」
「やっとサミュたんも俺様を頼る気になったってわけだな。そこまで言われちゃ仕方がねえ。ありがたく最大HPをアップさせてもらうぜ、+1が出たらリセットするから安心しれ」
例によってサミュエルにとって理解不能な言動を繰り返しながらも寛太はその小さな赤い果実を口に入れた。
若干の心配と興味本位でそれを眺めていた飛鳥が気付く術はない。
しかし、同じくその様子を見ていたミランダはその赤い実の正体に気付き、ハッと口に手を当てた。
「んー、飲み込んだはいいが特に身体に変化はないぞ? まさか本当に+1だったんじゃねえだろう…………な?」
虚ろな目に変わっていくと共に寛太の言葉が途切れる。
そしてふらふらと身体を揺らしたかと思うと、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
「ちょ、おいTK! どないしたんや! サミュやん、何食わせたんや!?」
「喚くなうるさい、耳障りよ。心配しなくても別に死んじゃいないわ」
「心配いらんゆーても、これアカンやつやろ。意識無くなってもーてるやん」
飛鳥はピクリとも動かない寛太の頬をペチペチと叩きながらサミュエルを見上げる。
その原因が分かっているミランダは、恐る恐るといった様子で寛太が飲み込んだ果実の名を口にした。
出来るだけ態度に表さない様に心掛けてはいるがこのミランダ、昔からサミュエルの事が苦手だった。理由は主に怖いから、である。
「ゆ、勇者様……今のは微睡みの実、ではないのですか?」
「へぇ、よく知ってるわね」
「ミランダちゃん、なんやそのまどろみの実て」
「耐性の無い奴が食ったら眠りに落ちる、ただそれだけの物よ。つまりそいつは寝てるだけ」
「寝てるだけて……そもそも何でそんなモン食わして眠らせるんや?」
「もうすぐ敵の群れがここを襲ってくる。アンタ達は死にたくなかったらそこでジッとしてればいいけど、コイツはそうしないでしょ。チョロチョロされても邪魔なの、だから眠らせておいたってこと」
「襲ってくるて……マジかいな。なんでそんな事が分かるんかも疑問やけど、その前に無茶な方法過ぎるでサミュやん」
「寝てるうちに戦いは終わってるんだから死ぬことはないってのは事実でしょ。私は嘘は言ってない」
ほら、邪魔だからさっさと後ろに下がってなさい。
そう付け加えてサミュエルは背中から二本の刀を抜く。
ここに居る者の中ではサミュエルしか知らない事実であるが、前回の戦いにおいても肝心なところで眠らされている寛太であった。
そして戦闘態勢に入ったサミュエルの姿を見て、改めてキャミィも前に出る。
「……どうしますか?」
キャミィはサミュエルの横に並び、視線を向けることもなく小さな声で問い掛けた。
こちらも名前を呼ぼうとしたが、やはり言葉になる前にそれを止める。
もっとも、ミランダと違いこちらは単純に興味の無さゆえに名前を覚えていなかっただけの話だ。
「なんだか結構な数が居るっぽいし、まずは敵さんの姿を見てからってことろね。アンタも留守を任されてる以上見てるだけってわけにもいかないでしょうし、雑魚の相手ぐらいさせてあげるわよ。この一番大きい気配の奴は私がもらうけど」
「では、そのように」
戻ったのは納得したのか否かも分からない淡泊な返答一つ。
サミュエルはおろか後ろの連中の安否にも、こんな場所で敵と戦うことにも一切の関心が無いキャミィにとっては心底どちらでもいいことだった。
頭にあるのはマリアーニ王の言い付け通り、横にいる女が負けそうになった場合には援護しなければならないのだろうか、ということだけだ。
やがて上空から姿を現し、五人の前に降り立った敵は異形な生物であった。
二人の倍はあろうかという巨大な全身が骨だけのドラゴンが一体。
そしてそのドラゴンが地面に降り立つと同時にどこからともなく現れた大量の紫色の蛇は所々皮膚がただれている。
どちらもこの国はおろか周辺の国にも現れることのない魔物だ。
「……スカルドラゴンとポイズンデッドスネーク、ですね」
唯一この場にあってその存在を知っていたキャミィがボソリとその名を口にする。
初めて耳にし初めて目にする魔物であったが、そんなことは一切関係無く巨大なドラゴンの姿にサミュエルはただニヤリと笑った。
飛鳥、ミランダの二人が後ろで悲鳴を上げていることも一切気にしていない。
サミットに同行するべく国を出て今この場に至るまでを含めたこの度の任で初めてテンションが上がった瞬間だった。
「へぇ、そういう名前なの。久々に退屈しなくて済みそうな敵じゃない、私はあの骨をヤるから」
「分かりました……では、私は蛇の方を片付けます」
「後片付けは後でするから後片付けっていうのよ。まずは私が楽しませてもらうわ、邪魔するんじゃないわよ」
最後の一言と同時にギロリとキャミィを睨み付け、サミュエルは二歩三歩と前に出る。
ジャランと、戦闘前の癖である二本の大きなククリ刀の刃を擦り合わせる音が響いた。
「ほら、デカブツ。ちょっとは戦えるんでしょ? 掛かってきなさいよ」
挑発的な言葉を理解しているのかいないのか、近付いて来るサミュエルに対してスカルドラゴンが点を見上げ一帯に響き渡る大きな声で吼える。
そしてカタカタと音を鳴らして大きな頭部を大きく左右に振ったかと思うと、目の前にいる二人に向かって突進した。
「断罪の十字架」
すぐに構えを取ったサミュエルは二本の刀を身体の前で交差するように持つと、自身の必殺技の名前を口にしながら十字に重ねた刀を振り抜いた。
スカルドラゴンとの距離は武器の性質からするとまだ射程圏の外であったが、十字の形を保った斬撃波は刀身を離れ勢いよく飛んでいく。
対するスカルドラゴンも迎撃すべくすかさず口から炎を吐き出すと、瞬く間に豪炎が斬撃を飲み込んでいった。
しかし、威力の差は歴然だった。
サミュエルの斬撃波は容易く灼熱炎を打ち破り、その巨体に直撃すると胴体の骨を粉砕する。
スカルドラゴンは断末魔の叫びを上げて倒れ込むと、やがてその姿を消滅させた。
上級モンスターを一撃で倒す。
それは誰にでも出来ることではない。
それでもサミュエルはつまらなそうに溜息を吐いて、刀を仕舞うだけだった。
「はぁ……ちょっとは骨がある奴かと思ったけど、見た目通り骨しかない奴だったわけね。もういいわ、後はアンタが片付けて」
分かりました。
と短く答え、下がっていくサミュエルと入れ違いでキャミィが前に出る。
左腕に装着したクロウ型の武器、その手の甲を覆う爪の部分がシャキンと音を立てて開いた。
他に武器を取り出す様子がないことを不審に思ったのかサミュエルが訝しげに問い掛ける。
「アンタ……素手で戦うつもり?」
「ええ、何の憂いもありません」
それだけ言ってキャミィは一歩前に出ると、まるで目の前にある何かを薙ぎ払う様な動きで左腕を真横に振り抜いた。
サミュエルの攻撃みたく斬撃や衝撃波が発生するわけでもなく、敵を倒した攻撃の正体は傍目には一切分からない。
それでいてその攻撃は触れてもいないはずの二十匹のポイズンデッドスネークを次々と叩き潰し、それどころか周囲の木々までをへし折ってしまっていた。
そんな光景を見て再び恐怖の悲鳴を上げる飛鳥とミランダはやはりお構いなしに開いていた爪を閉じ、キャミィは一人静かに臨戦態勢を解いている。
そんな姿を見て、サミュエルは挑発的な笑みを浮かべた。
「おっかしな武器持ってんのねぇ。道理で素手でやろうとするわけだ」
「……私の門は【神の見えざる腕】。どんな敵だろうと、どれだけの数であろうと負ける道理はありません」
「門……ねぇ。なるほど、アンタ天界の出身ってわけ」
キャミィの視線が慌ただしくサミュエルの方へと向きを変えた。
サミュエルに限らず、他国の誰かを直視したのはこの二日間で初めてのことだった。
その表情には少ない変化の中にも驚きがはっきりと表れている。
「はっ、何焦ってんだか。安易に口にしたって意味を知っている人間なんて居ないとでも思った? 残念、昔そっち方面の知り合いがいた私みたいなのも中には居るってことを覚えておくのね」
「…………」
「ま、安心しなさい。私はアンタの正体が誰かなんて興味無いし吹聴して回ったりもしない。その代わり、そのうち私と遊んでもらおうかしら。魔王軍なんかよりよっぽど楽しそうだし」
どこか茶化す様な口調を残し、サミュエルは背を向け元居た場所へ戻っていく。
キャミィはただ立ち尽くし、ただその背中を見つめることしか出来ない。
サミュエルを信用したわけではなく、ただ迷っていたのだ。
迂闊だったとはいえ本来何があっても知られてはならないはずの事実。
それを知られてしまった以上口を封じておくべきだと思ってはいても、サミュエルを含め今この場に居る四人を殺すことがどれだけの問題を生み出すかを理解出来ないわけではなかった。
その表情に変化こそ無いながらも深く己の失態を恥じるキャミィだったが、葛藤の末にこの場での口封じを断念することを決断する。
次に国際的な場ではないどこかで出会うことがあればその時は……そんな意志を密かに抱いて。
〇
「コウヘイ様、祠が見えてきましたよ」
岸を離れて数分が経った。
小さなボートは変わらず立ったままの僕達二人を乗せ、小刻みに揺れる波の上を進んでいる。
遠ざかっていくに連れて霧が濃くなっていくせいで既にセミリアさん達の姿は見くなっている中、目の前に小さな陸地とその上に建つ祠が見えた。
小島と表現するのも憚られるような小さな陸地は大きさにしてコンビニの店内ぐらいだろうか。
そこに黒っぽい木で出来た祠があり、扉から中に人が入れるようになっているみたいだ。
「あの中に水晶がある、ということですか」
「ええ。ここまで近付けばはっきりとその存在を感じることが出来ますわ」
マリアーニさんは力強く頷いた。
全然関係ない話だけど、ボートが小さいせいでほとんど密着している状態なので凄く気を遣う。
なんでこうも女性というのは良い匂いがするのだろう、不思議だ。
なんて考えている内にボートは更に進み、湖に浮かんでいるような陸地に乗り上げたところで動きを止める。
先に降りた僕は『お手を』なんて言って紳士よろしく片手を差し出し、マリアーニさんがボートから降りるのを補助した。
基本的に格好を付けた行動をしていると思われたくない派の僕ですら自然にこういうことをしなければならないのではと思ってしまうあたり見た目や格好が醸し出す高貴さや女王という肩書きというのは大したものだ。
そんな僕にもマリアーニさんは『ありがとうございます、コウヘイ様』と、素直に手を取り微笑んだ。
ただでさえ見た目が綺麗さと可愛らしさの混ざった美少女なのにそんな笑顔をされては手が触れあっているだけでドキドキしてしまう。
当然そんな内心は表に出さず、平気そうな顔を作って手を離すと祠の方へ目を向けてみた。
汚くはないが古い建物であることが分かる、いかにも神秘的あるいは信仰的な何かが眠っていそうなデザインだ。
「この祠にもサミット会場と同じ侵入除けの結界が張られているようですね。コウヘイ様が人の姿を借りた何かであったなら中には入れないみたいですよ?」
「僕がそんな何かである可能性を密かに抱かれていたんですか……」
「うふふっ、冗談ですよ。さあ、中に入りましょう」
もう一度愉快そうに微笑んで見せ、マリアーニさんは祠の扉を開いた。
出会った頃やこの国に着いた頃とは随分と態度や印象が変わったものだ。
そんな事を思いつつ、その後ろ姿に続いて祠の中に入っていく。
小さな祠の中には腰ぐらいの高さがある台の上に光り輝く水晶が置かれている以外には何も無い。
青く光る、ソフトボールぐらいの大きさの綺麗な球体が祠の中を照らしているだけだ。
「ではさっそく始めますね」
一度こちらに視線を向け、マリアーニさんは水晶を包むように両手を添える。
するとどういう理屈なのか、水晶とその両手が白く光り始めた。
推測するにあれが魔法力を注入している状態なのだろう。例によって原理的なものは一切分からないけど……。
「お待たせ致しました。問題なく完了しましたわ」
そんな姿を一分か二分か。
ただ黙って見守る少しの時間が終わりを迎えるとマリアーニさんは両手を水晶から離した。
「お疲れ様でした。これで、僕達がしなければいけないことは無事に終わったんですね」
「ええ、あとは外で待っている方々と合流して帰るだけです。あちらも心配ではありますが、あの二人が居れば大丈夫でしょう。わたくし達が無事であることはコウヘイ様のおかげですわね」
「いやぁ、そんなことはないですよ。誰にだって同じ事を言いますけど、僕はほとんど付いて来ただけです」
「まぁ、謙遜なさるのですね」
そんあ会話をしながら二人で並んで祠を出る。
達成感が無いわけではないが、外で待っている皆が心配だし早く戻って無事を確認したいところだ。
そんなことを考えながら、ボートの向きを変えている時だった。
「きゃあっ!!」
背後から悲鳴が聞こえる。
慌てて振り返るが、そこにマリアーニさんの姿はない。
「なっ……」
目の前の光景に言葉を失った。
後ろに立っていたはずのマリアーニさんは見たこともない化け物に抱えられるように空中に浮いている。
人型でありながら顔には嘴があって、黒い羽根に覆われている上に背中には翼が生えており、さらには山伏装束の様な物を身に纏っていて片手には錫杖を持っているという僕達の世界でいう烏天狗のような姿形をしている化け物だ。
そんな化け物が空いている腕でマリアーニさんを抱えた状態で三メートル程の上空からこちらを見下ろしている。
「ナディア・マリアーニだな。その身柄、貰い受ける」
そしてただ一言それだけを言い残して、化け物はこの場から飛び去っていく。
「マリアーニさんっ!!」
今見たこと起きたことを無理矢理に現実として受け止めたところで、ただただ名前を叫ぶことしか出来ない。
追いかける術も攻撃する術もなく、立ち尽くしている間にその姿は霧の中に消えていった。




