【第十一章】 封印の洞窟
3/2 誤字修正 さま→様
7/25 台詞部分以外の「」を『』に統一
「まったく、あれほど喧嘩は禁止だと言ったでしょう。どうしてそう我慢が出来ないの」
マリアーニ王は大層ご立腹の様子だ。
離れた位置で話をしていた僕達は急いで皆が待つ場所に戻ったのだが、その頃にはサミュエルさんとカエサルさんの二人はもう胸ぐらを掴み合うまでに発展してしまっていた。
当然ながら慌てて止めに入ったわけだけど、どうにか二人を引き離すなりマリアーニさんの叱責が飛んだのである。勿論、対象はカエサルさんだ。
「だって……あっちが喧嘩売ってくるんだもん」
それに対し、カエサルさんは唇を尖らせながら目線を反らした。
口調や態度を見るにとても主と従者という感じには見えないが、それはカエサルさんの性格によるものなのか関係の深さゆえのことか。
「そういう問題ではありません。レイラ、シャダム、あなた達もどうして止めないの」
「はっ、注意したところでこいつが俺の言うことなんざ聞くかよ」
「申し訳ありません……一応止めはしたのですが」
分かり切ったことを聞くなと言わんばかりのシャダムさんに口調や表情に抑揚が無さ過ぎて本当に申し訳ないと思っているのかどうかさえよく分からないキャミイさんも含め、額を抑えて溜息を吐くマリアーニさんの日頃の気苦労が見える気がする。
というか、発端がどうあれどちらか一人が悪いというわけではないだろう。
そうなると立場的にも面目的にもサミュエルさんには代表者の僕がそれなりの注意をしなければならないのだけど、僕が叱責したところで逆ギレされそうだし、シャダムさんの言い分じゃないが僕の言うことなんて聞いてくれるとも思えず……そんなわけで今横では代わりにセミリアさんが説教をしているのだった。
とはいえ責めるような言葉を並べるセミリアさんの声すら聞き流しているのだから僕だって溜息を吐きたいさ。
「ごめんな~康平君。一応ウチもミランダちゃんもやめときーって言うてはみたんやけどさ……TKは煽ってたけど」
「いえ、高瀬さんも含め言って聞いてくれる人じゃないことはよーく分かっていますので。取り敢えずお二人が巻き込まれずに済んで何よりです」
なぜなら当の本人は、
「聞いているのかサミュエル、お前の勝手で皆に迷惑が掛かるのだぞ! 国王にもキツく言われたのをもう忘れたか」
「あー、はいはい。聞いてる聞いてる」
「真面目に聞かぬか! いいか、今私達は国を代表して……」
「あー、もううるっさいわね! 何回同じ事言うのよ、しつこいっつーの! 国なんか関係無いっての、これは個人間の問題よ!」
「それで済む問題か!」
といった具合なのでした。駄目だこりゃ……。
なんて言ってる間にあちらもあちらでも不思議なやりとりが展開されている。
「エル~、姫の言うことが聞けないのかしらぁ?」
いつものにこやかな顔、ふんわり口調でお説教を引き継ぐウェハスールさんだったが、その声音では率直に言って怖さも威厳も感じられない。
なのに、何故かあの強気のカエサルさんがギクリとした顔をした。
「べ、別に姫に逆らってるわけじゃないもん。姉さんは誤解してるだけよ、大体あたし悪くないし」
「あら~、この期に及んでまだ反省していないのかしらぁ。これじゃ帰ったらまた……」
「あー、嘘嘘っ! あたしが悪い! いや、あたしも悪い! ちょっとはしゃぎ過ぎたっていうか、もうほんと調子乗ってごめんなさいっていうか、そんな感じ!」
「分かってくれて嬉しいけど、ごめんなさいはわたしに言う言葉じゃないでしょ~?」
「ごめんなさい、姫っ!」
「うんうん~、それから? 謝るのは姫だけでいいの?」
「うぅ……ご……………………ごめんな……さい」
そんな会話の最後にはカエサルさんがこちらに向かって随分と葛藤したのち初めて謝罪の言葉を口にした。
なんだこの二人の関係は……あのカエサルさんが怖がっているってどうなってんの?
しかもあのほんわかしたウェハスールさんにだよ?
そもそも姉さんって……姉妹だったの?
ていうか、帰ったらまた何?
色々と疑問はありすぎるけど、例え渋々であっても向こうが詫びた以上はこちらも誠意をもって返さなければなるまい。
間違ってもサミュエルさんが頭を下げることなどなさそうなので代表者として僕がするしかないんだけど……。
「こちらこそ、失礼な真似とご迷惑をお掛けしたことをお詫びします」
ひとまず深く頭を下げる。
するとカエサルさんは、
「ほんとよっ、なんであたしがお前に頭下げなきゃいけないのか全然分かんないっ」
見事に態度を変えた。
何故に僕が悪態を吐かれなければならないのか……ていうかあなた別に頭は下げてなかったですけどね。
「こらエル!」
すかさずマリアーニさんの叱責が飛ぶ。
もうなんだか無限ループというか……山に入る前から不安要素だらけのパーティーだった。
○
色々とあったものの僕の方の揉め事は和解を済ませ、サミュエルさんの方の揉め事は二人を引き離し効果があるかどうかは別として少しの説教をして僕とカエサルさん、マリアーニさんが頭を下げ合うことで一応は解決した。
そしてようやく山の中へと足を踏み入れた僕達は少し歩いてこの旅の目的地である洞窟に到着した。
緩い傾斜とはいえ坂道を歩くのはそれなりに体力を消耗するし、あまり上の方にあるようだと辛いなぁなんて心配していたのだけどそれも杞憂に終わり、ほんの十分で山登りは終わってしまっていた。
目の前には洞窟というよりは断崖といった方が近い表現になる様な岩の壁が広がっていて、岩をそのまま扉にした感じの大きな扉が二つの鍵穴によって閉じられている。
マリアーニさんとアイコンタクトを取り、それぞれが手に入れた鍵を取り出して同時に鍵穴に差し込むと回すまでもなくそれだけで岩の扉は自動的に開いた。
ゴゴゴゴゴという音を立てて開いた扉から中を覗いてみると、薄暗いせいでほとんど確認出来ないながらも確かに洞窟といって差し支えのない造りになっていることが分かる。
印象から言うと不気味だなぁ。という感じなんだけど、逆にそれでテンションが上がっている高瀬さん夏目さんコンビとなぜか同じくはしゃぐ向こうのカエサルさんや一人で闇の気配がどうのこうの言っているシャダムさんの言葉を遮るマリアーニさんが全体に向けて話を進めるための提案を発した。
「ではまず中に入る人間を決めましょうか」
それは一体どういう意味だろうかと考える。
中に入る人間を決める、つまりは入らない人間もいるということなのか?
「全員で入るんじゃないんですか?」
そういう段取りを聞いていない僕は素直に質問してみる。
マリアーニさんは小さく首を振った。
「それは出来ないのですよコウヘイ様。サミットの会場こそ外敵の侵入が困難になっていますが、この場所はそうではないのです。ここしばらくのサミットにおいても水晶の試練と名付けられたこの任務では過去四度連続して洞窟に入って間もなく魔王軍の襲撃に遭っているという報告が上がっています。どこで情報が漏れているのかは定かではありませんが、魔王軍にしてみても世界中の主要人物が集まる絶好の機会。ゆえに洞窟に入り水晶の元へ向かう者と入り口で敵の襲撃を防ぐ者で別れるというのが通例となっているのです」
「なるほど……そうだったんですか」
そんな報告があったのなら教えておいてよ王様……。
という文句は後でいいとして、ではどう分けるのがベターなのだろうか。
危険やリスクを折半しようとすると半分ずつを選抜するしかないのだろうけど、そう単純な話でもあるまい。
ではどうすべきか、と考えていると。
「わたくしはユノとグランフェルトでそのまま分けるのが一番だと思うのですが、どうでしょうかコウヘイ様」
「そうですね……半数ずつに分けてしまっても上手くいかない気がしますし、それが一番お互いにとってやりやすいのかもしれませんね」
「ええ、お恥ずかしながら先程までの有様を見ても仲良くというわけにもいかない者もおりますし、別れてしまってはそれを諫める者も居なくなってしまいます。何より敵と相対する際に、或いは見ず知らずの洞窟に入るにあたって連携を取る上では信頼のおける者同士でいることが一番でしょう」
「ですが、中に入って水晶の元へ行く人物は魔法力がなければならないんですよね? となると自動的に中に入るのがマリアーニさん達ということになってしまいますけど……」
どちらが危険なのかは分からないけど、選択肢の無い選択というのは双方の納得を得るのは難しいところがありそうだ。
と思ったりもしたのだが、予想に反してっさりとマリアーニさんはそれを受け入れる。
「そうですね。なので、中に入るのがわたくし達ユノ勢とコウヘイ様ということで問題がないようであればそういう分担でどうでしょうか」
なんで僕だけそちら側に入るんですか? そう言おうとしてやめた。
そりゃそうだ。滞りなく任務を遂行したことを証言するのは国の代表である僕とマリアーニさんが二人揃っていなければ効果が薄れてしまう。
責任という意味でも、僕はその瞬間を見届けて報告しなければならないということなのだろう。
「皆さんはどうですか? 特に、セミリアさんとサミュエルさんは」
そんなわけでグランフェルト勢の意思を確認することに。
残るこの人達は敵に襲われますと言われているも同じなのだ。
そう考えるとむしろこっちが割に合わないのかもしれないが、じゃあ交代してあげると言われても魔法を使える人間がいないので無意味なのが現実である。
敵が現れたとしてもやはりセミリアさん、サミュエルさんの二人が戦うことになるだろう。
毎回毎回二人頼りという感じで情けないけど、二人に全員の命を預ける形になる。ならば僕の一存では決められない。
「待ってくれコウヘイ、お主が洞窟に入るのであれば私もそうさせてもらう。お主の身を守る者が必要だ」
すぐにセミリアさんが待ったを掛ける。
そう言ってくれるのはとても嬉しいのだけど、個々の主張をしていては決まるものも決まらないことも事実。
さてどうしたものか……と思っていると、代わりに反応したのはマリアーニさんだった。
「あら勇者様、わたくし達は信用出来ませんか? わたくしや軍師であるシャダムを除けばこの三人はどこででも通用する手練れ揃いです。コウヘイ様の安全は保障させていただきますよ?」
「そうではありませぬマリアーニ王。しかしながら、先程も申しました通りコウヘイを無事に帰すことが私の使命。であれば私自らが傍に付いていたいのです」
「きっとわたくしが逆の立場だったとしてもこちらの誰かが同じ事を言うでしょう。その意志を退けることは出来ませんね。では勇者様もこちらの班に加わっていただくということでよろしいですか?」
それは不味い。
そう思って口を挟もうとするが、それはセミリアさんが代弁してくれた。
「そのことなのですが、勝手ながら代わりにそちらの戦士を一人残していってはもらえぬでしょうか。というのも、こちらには私とサミュエル、そして精々カンタダぐらいしか戦える者がいないのです。六人のうち半数が戦闘要員ではないとなるとコウヘイと私が不在とれば敵の襲撃に対して十分な対応が出来ない可能性があります」
「なるほど、そうでしたか」
ならば、とマリアーニさんが言い掛けると同時だった。
今度は反対側から物言いが入る。
「ちょっと待ちなさいクルイード。何を勝手なことを、私がいる以上魔王軍の襲撃なんざ取るに足りないわ。一人で十分蹴散らせる」
やや苛立った風に口を挟んだのはサミュエルさんだった。
この期に及んでまた揉め事が起きそうだ。
「お前一人が無事であっても意味がないだろう。カンタダやアスカ、ミランダを守りながら戦えると思っているのか」
「んなもん知ったこっちゃないわよ。私は敵を潰す、それだけ。自分の身は自分で守れって教わらなかったの?」
「話にならん! お前は仲間を見捨てる気か!」
「アンタの仲間でしょ。私の仲間じゃないっつーの」
「ちょっと、落ち着いてください二人とも。喧嘩はやめてくださいってば」
取り敢えず割って入ってはみたけど、この調子じゃサミュエルさん一人を残していくわけにはいかなそうだ。
恐らくではあるけど、口で言っているほどシビアな行動は取らないとは思う。きっとサミュエルさんは守ってあげると言わなくても自分が敵を倒すことでそれをしてくれる人だ。
しかし、例えそうであってもどんな敵がどんな規模で攻めて来るかも分からない状況でサミュエルさん一人に任せきりというわけにもいかない。
かといって全員が納得するように話し合う時間もないわけで、こうなると納得よりも安全であることを優先して決めるしかないだろう。
「サミュエルさんは残る、セミリアさんは入る、ここまではいいですね?」
「そうね、私は別に水晶とやらに興味は無いし、敵が来るならこっちの方が性に合ってるわ」
「私も異論は無い。むしろ駄目だと言われても中に入ることを諦めないぐらいだ」
「では二人はそうしてもらうとして、他の方にも残ってもらうことになるんですけど、やっぱり相手の規模が分からない以上戦えるのがサミュエルさんだけというのは危険だと思うんです。サミュエルさんがどれだけ強くてもミランダさんや夏目さんは特に」
口を挟むことなくこちらのやり取りを聞いていた三人の方に目を向ける。
本音を言えば僕達が中に入ってマリアーニさんとウェハスールさんに付いてきてもらうのが一番安全だろう。
だけどそれは僕達だけの言い分でしかない。
ただでさえ合流までに遠回りをさせてしまっている以上はこちらの都合ばかりを押しつけるわけにも行かないのが今僕が置かれている立場というものだ。
といっても、中にも罠が仕掛けられているという話なので一概に言えたことでもないのだけど……。
「ウチそれでええで。化けモンが襲ってくるってのは普通に怖いけど、それも含めて康平君に任すわ。この状況で我が儘言ってられへんしな」
「勇者たんが中に入るなら俺だって入るぜ康平たん」
「ちょ、お前空気読めやTK。好き放題言ってたら一生決まらへんて分からんのかいな。康平君やあちらさんや王様に迷惑掛かんねんで? ホンマお前は創造神KYやな」
「誰が創造神KYだゆとり。俺は敵と戦いたいんだよ、あの誘拐犯共との戦いを見てたらちょっと俺も触発されるだろ常考。戦いを求めるのが戦士ってもんだろJK」
「お前話聞いてなかったんか!? ここに残ってたら敵が襲ってくるっちゅう話しとんねん。中の連中に危険が及ばんようにどうやってそれを退けるかって話しとんねん」
「なぬ? そうなのか? 中に入る奴らを守るためにここで敵と戦うのか? ヒュンケル的なあれなのか? 先に行け、ここは俺が食い止める的なやつなのか??」
「なんやねんユンケル的なアレて。なんでもええし、そういうことでええわもう」
「よし、じゃあ俺様が残ってやろう。仲間の為に我が身を賭して戦う俺かっこよくね?」
「はいはい、格好良い格好良い。ウチやミランダちゃんは何も出来ひんねんから、頼りにしてんでホンマ」
夏目さん、高瀬さん居残り決定。
残るはミランダさんだが、ふとその姿を探すといつの間にか僕の傍に居た。しかも泣きそうな顔で僕を見上げている。
「コウヘイ様……わたしも一緒に行っては駄目ですか?」
その顔で言われると弱い。
縋る様なこの表情を見て突っぱねる事が出来る人間が果たして存在するだろうかと思わせる程に保護欲、庇護欲が沸いてくる可愛らしさ愛らしさがある。
が、今ばかりはそうも言っていられない。
夏目さん、高瀬さん、ミランダさんの三人には特に出来る限り安全な配置でいて欲しいのだ。
戦う事も、僕みたく身を守る術も持たない以上は万が一の時に逃げることも出来ない洞窟内よりはいくらかマシなはずだし、僕やセミリアさんなら喜んで盾になってあげるけどユノ王国の面々にそれを望んでいいものかどうか、はっきり言えばアテには出来ないという現状だ。
「今回は聞き分けてくださいミランダさん。中に入ってもそう危険度は変わらないでしょうし、それぞれが出来るだけ安全にこの任務を達成するためです。きっとサミュエルさんが守ってくれますから」
「コウヘイ様……」
こんどは泣きそうな顔で見られた。
ズキズキと心が痛むが、食い下がらないということは納得していなくても受け入れてはくれたのだろう。
フォローになっているかどうかは怪しいが、取り敢えずミランダさんの頭を撫でつつマリアーニさんに向き直る。この小動物的な感じ、夏目さんがしょっちゅう頭を撫でている理由がよく分かるな……。
「マリアーニさん、そういうわけなので先程のお願いを聞いていただけませんでしょうか。出来ればカエサルさん以外で」
勿論最後の一言は周りに聞こえない様に小さな声で言っている。
「承知いたしました。レイラ、勇者様と入れ替わりであなたがここに残ってください」
指名を受けたのはレイラと呼ばれた女性、すなわちスカットレイラ・キャミィさんだ。
歳は夏目さんと同じぐらいで背は高め、左手の肘から先が真っ赤な甲冑で覆われ手元には爪を模した大きなクロウがキラリと光る物静かで綺麗な顔立ちをしていても美人というよりは格好良いという感じの女性だ。
それでいて口数は少なく、先程発した言葉が僕が聞いた初めての声だったぐらいで、表情や口調の変化はさらに乏しい寡黙な人である。
少ない交流の中で見た印象としてはマリアーニさんに従順な印象だったのだが、意外にも返した言葉は異議の申し立てだった。
「お待ち下さい天子様。それではもしもの事があった場合に……」
「大丈夫よレイラ。わたくしは敵と戦いにいくのではないし、これだけの顔が揃えばそうそう危険な目には遭わないでしょう。それよりも魔王軍の襲撃に備える方が双方に取って重要なことだわ。あなたとそちらの勇者様がいれば余程の敵じゃない限り安心でしょう、くれぐれもグランフェルトの方々に怪我なんてさせては駄目よ。お願いね、レイラ」
「………………承知致しました」
マリアーニさんが優しい笑みに対し、キャミィさんは珍しく感情を露わにして少し歯痒そうな表情で渋々それを受け入れた。
ミランダさんの時とは違って悲しみや寂しさではなく悔しそうなその様子はやはり大切な人を傍で守りたいという心情の表れなのだろう。
しかし、天子様とか言ってたけど王だったり姫だったりと国王の表現にも色々あるものだ。
兎にも角にもこれでメンバーの振り分けは完了。
二人のやり取りにサミュエルさんは大層気に入らなそうに舌打ちをしていたが、それ以上は何も言わなかった。
こちらは我慢したのではなく、いつまで経っても話が進まないのがいい加減鬱陶しくなってきたのと、それでいて誰が残ろうと協力も共闘もするつもりがないから知ったことじゃない、ということなのだと容易に想像出来る。どうにも不安が残るが、こればかりは信じる他なさそうだ。
こうしてメンバーを決めた僕達は洞窟へと進むことに。
それぞれが無事に再会することを誓い合い、僕自身どうにか全員が無事で帰れますようにと深く願って、薄暗い洞窟を足を踏み入れた。
〇
僕、セミリアさん、マリアーニさん、ウェハスールさん、カエサルさん、シャダムさんの六人で洞窟へと入った。
過去に入った洞窟や牢獄と違って人工的な照明が施されていない洞窟ながらも僕の懐中電灯とウェハスールさんの持つ杖がたいまつの如く火を灯しているおかげで周囲の状況が把握出来るレベルの明かりを得た状態で一本道を歩いていく。
僕に限らずあまり会話は無かったが、静まり返るのを嫌ってかウェハスールさんが時折こちらに話を振ってくれて、持っている杖は精霊の杖というとても貴重で高度な武器なのだと聞いてもいないのに教えてもらったりした。
シャダムさんは一人で闇の声がどうとか彷徨える魂がどうとかブツブツ言っていたけど、ユノ勢すら揃って聞き流しているあたり不憫にも僕達でいう高瀬さん的なポジションであるらしい。そのせいで最終的に僕に話を振られるので勘弁して欲しいところだ。
そんな感じで歩くこと数分。お世辞にも広いとは言えない通路の出口が見えたかと思うと、辿り着いたのは大きな空間だった。
篝火がいくつも灯されており、僕達の明かりが必要ないぐらいの明るさを保っている。
大きさにして学校の体育館ぐらいだろうか、そんな空間の正面には壁と扉が六つあるだけで他に道らしきものは見当たらない。
前方には三つの扉。そして壁の右端にはしごの様な物があり、それを登った先にまた三つの扉がある。
三つずつの扉が上下に並んでいると言えば分かりやすいだろうかか。
扉 扉 扉
扉 扉 扉Ⅱ←はしご
簡単に言うとこんな感じ。
「あれは一体なんなんでしょう」
思わず誰に対してでもない声が漏れる。
反応してくれたのはマリアーニさんだ。
「あれが今回の罠、とういうことなのでしょう」
「罠があるというのは聞いていましたけど、これって誰が仕掛けているんですか?」
「勿論この国の、この洞窟や水晶を管理する立場にある方々です。簡単に水晶の元へ行けないように毎回異なる罠が仕掛けられているということのようですね」
「では、あの六つのうちどの扉に入るかで場合によっては危険な目に遭うということでしょうか」
「恐らくは。扉の前に立て札が見えます、行ってみましょう」
そのまま扉の近くに移動し、立て看板の前に並んだ。
木で出来た立て看板には紙が貼られており、そこにこの扉が意味することが書かれている。
六つの扉のうち本物は一つだけ
それぞれの扉には本物の扉を導き出すヒントが貼られている
ただし本物の扉に貼られているヒント以外は全て偽りである
間違った扉を開けば全ての扉は閉じられ待つのは死のみ
再び行く道を選ぶ時、本物の扉の位置に従え
答えは ○○○○の○○
○にはそれぞれ一つの音が入る。
そんな文章だった。
「要するに、それぞれの扉にあるヒントから正しい扉を導き出せ、ということみたいですね」
最後の二行が何を意味するのかはよく分からないけど、推し量るにこの先にも似た様な何かがあるということを暗示しているのかもしれない。
「しかしコウヘイ、見誤れば死が待っていると書いてある。これはそう単純な話ではないぞ」
「そうですね、扉に刻まれているというヒントを見てみないとなんとも言えませんが、間違えば死となると精神力や度胸が必要となりそうです」
セミリアさん、マリアーニさんもこの問題のえげつなさをすぐに理解したようだ。
確かに間違えば死ぬとなると正解を確信したとて勇気を要することだろう。
だけど、この手の問題というのは考えれば間違えようが無い答えを導き出せるもののはず。
あの時のバートン殿下達の対応を考えても死ぬ云々は事実だろうけど、答えが存在しないといった類いの罠ではないと思いたいところだが……。
「じゃさ、取り敢えず扉を見て回るってことでいいの?」
それぞれが行く末を案じて黙考する中、いまいち状況を把握してなさそうなカエサルさんがどこか暢気な口調で沈黙を破った。
「エル、間違っても勝手に扉を開けたりしては駄目よー?」
「ちょっと姉さん、いくらあたしでもそのぐらい分かってるわよ。子供扱いしすぎ!」
「エル、本当に冗談じゃ済まないから我慢するのよ。お願いね」
「姫まで!?」
なんてやり取りを経て、僕達は一つ一つの扉を見て回ることにした。
近付いて見てみると一つ一つの扉には絵が描かれており、何を意味するのかはまだ分からないが、例のヒントを含めるとこんな感じだ。
扉 扉 扉
扉 扉 扉Ⅱ←はしご
これを分かりやすく番号に分けてみる。
① ② ③
④ ⑤ ⑥Ⅱ←はしご
この番号に当てはめて一つずつの番号とヒントはこんな感じ。
①の扉
描かれている絵→木
貼られていたヒント→この扉が正しい扉
②の扉
描かれている絵→太陽
貼られていたヒント→月の扉は正しい扉ではない
③の扉
描かれている絵→星
貼られていたヒント→太陽の扉が正しい扉
④の扉
描かれている絵→炎
貼られていたヒント→木の扉が正しい扉
⑤の扉
描かれている絵→月
貼られていたヒント→木の扉は正しい扉ではない
⑥の扉
描かれている絵→グラス
貼られていたヒント→この扉が正しい扉
といった具合。
一通り確認して元居た立て看板の前に戻ると、皆が揃って頭を悩ませていた。
「えーっと、木の扉は正しい扉ではない。で、炎の方には木の扉が正しい扉って書いてあって……ってこんなん分かるかー!!」
まず最初にカエサルさんが考える事を放棄した。
マリアーニさん、ウェハスールさんもブツブツ言いながらあれこれ考えている。ちなみにシャダムさんは変なポーズを決めて立ったまま目を瞑っているのでよく分からない。
「コウヘイ、私も頭が混乱しそうだ。お主はどうだ?」
真剣な表情で思考していたセミリアさんもお手上げのようだ。
確かに頭の中で考えようとするとちょっと難しいとは思う。
とはいえメモがあれば簡単に分かりそうな問題だし、少し記憶力を使えば楽勝なんじゃないのこのぐらい……まあ少し前の日本ではIQとか脳トレとか流行っていたし、僕が慣れてしまっているだけなのかもしれないけど。
「僕は一通り見終わった時点で答えが分かったので答え合わせをするために待っている状態なんですけど……」
「見ただけで分かったのか? なんともはや……」
心底驚愕されていた。
そんなに難しい問題じゃないでしょうに……。
と、一人思う僕をよそに他の人達も聞いていたらしく、他の人達までもが何故か集まってきた。
「コウヘイ様、本当に正しい扉が分かったのですか?」
「ええまぁ……時間を掛ければそう難しい問題ではないと思いますけど、僕はこういう物に慣れているので」
「いや、正直言って私はどれだけ時間を掛けても答えを導き出せる自信が無いのだが……お主は一体どれ程のレベルで頭が回るのかと、その才覚に尊敬の念を抱くぞ」
「わたくしも同じですよ、勇者様。もう何が何やら」
二人して難しい顔で首を振る。
そして同じ分からないでも全く気にしてない人物が一人。いや……二人か?
「あたしも全然分かんない。シャダムはどうなの?」
「フッ、俺は思考を凌駕した存在。その問いに意味は無い」
「分からないならそう言いなさいよ。ほんっとシャダムは軍師のくせに駄目駄目なんだから」
「うるせえ! てめえも分からねぇくせに偉そうにすんじゃねえ!」
「あたしには姉さんがいるからいいんだもんねーだ」
どこにでもそりの合わない二人組というのはいるもんなんだなぁ。
と思って見ていると、
「お待たせしましたコウヘイ様~、恐らくわたしにも正しい扉が分かったと思います~」
ウェハスールさん登場。
ほんわかしていても頭は良さそうだし、誰一人正解が分からないままというのは虚しいものがあるのでよかった。横ではカエサルさんが『さっすが姉さん』とはしゃいでいる。
というか、本来は頭を使う役目は軍師が担わなければいけないんじゃなかろうか。
その軍師が簡単に放棄し、魔法使いのウェハスールさんが答えを出すというのもよく分からない役割分担である。
「それでは答え合わせをしましょうか」
「せっかくなので、せーので一緒に言いましょう~」
ニコニコしていても何がせっかくなのかは分からないけど、提案したのは僕なので素直にその言葉に従う。
「それでは、せーのっ」
「「月の扉」」
見事に一致。
僕は自分が間違っている気は全くしないが、一致しなかったら検討し直しだっただけにホッと一息だ。
「二人が同じ答えを出したのであれば間違いはないと思いますが、文字通り命懸けです。本当に月の扉でいいのですね? ケイト、コウヘイ様」
「僕にはこれ以外の答えは見つからなかったので正しいはずです」
「そうですねぇ、どう考えても他の扉が正解だった場合はヒントに矛盾が生じます。これ以外に答えは出ないとわたしも思いますね~」
「分かりました、では月の扉を開きましょう」
頷いて見せたマリアーニさんが扉の前に立つ。
しかし、手を伸ばそうとする右手をカエサルさんが遮った。
「駄目駄目、姫は下がってて。あたしがやるからさ」
「そうね、じゃあお願いするわエル」
「オッケー」
他の罠に備えて危険な役目を買って出るカエサルさんはなんだかんだ言っても立派な従者であるらしい。単純に好奇心などから扉を開けたかっただけでなければ、だけど。
僕達が見守る中、カエサルさんはゆっくりと扉を押し開く。特に何かが起こる様子はない。
「……何も起きませんね」
「ええ、でもそれが正しい答えだったという証明でしょう。さあ、奥に進みましょうか」
僕達は再び細い通路の様な洞窟を進んでいく。
やはり通路には明かりがないので懐中電灯とウェハスールさんの杖を頼りに一本道を進んでいくと、先程よりも曲がり角が多く右に左にと随分とくねくねした道になっていた。
そして、それだけではなく、若干傾斜があって登り道のようになっているせいで体力的な負担も少々増した感じがする。
またまた十分前後を進んで見えた通路の出口の向こうに広がっていたのは、先程と同じ様な広めの空間だった。
「またこれぇ? なんかさっきと同じじゃん」
これはカエサルさんの率直な感想。
しかし、確かに広さは同じ様なものでも様相は随分と違う。
さっきの場所では十個以上あった篝火が両端に二台しか無いせいで十分な明かりが無く、辛うじて周囲の状況が把握出来る程度で視界が悪いこと。
そして、やはり正面の壁には扉が見えるが今度は数が三つしかない。
「また、正しい扉を選べということなんでしょうね」
「しかしコウヘイ、先程と違って扉が三つしかない。しかも立て札やヒントも見当たらないぞ」
「それが問題ですね。取り敢えず近くまで行ってみましょう」
考えるのは捜索してからだ。ということでさっそく扉が並ぶ壁の方へと歩き出す。
すぐのことだった。
「いてっ」
後ろからシャダムさんの声がした。
何事かと振り返る。
「大丈夫? シャダム」
「心配には及ばないさ姫よ。どうやら目に見えぬ何かが俺を闇へと誘おうとしたようだ。クックック、闇に好まれるというのも考え物だな」
「ばっかじゃないの。勝手に躓いただけじゃん、いちいち格好付けんな」
「黙れガキ」
緊張感の無い連中ってどこにでもいるんだなぁ。あれ? デジャブ?
という感想が頭に浮かぶと同時に、普通に『いてっ』とか言うんだこの人……って感じだった。
さておき、扉の前に到着。
さっそく懐中電灯で周囲を照らしてみても立て札なんて見当たらないし扉には何も貼られていないし、今度は絵も描いていない。
何のヒントも無し、ということか? いや、ここでさっきのアレがここで出てくるわけだ。
「本当に何もありませんね……これといってヒントもないとなると、どうしたものでしょうか」
マリアーニさんも困り顔を浮かべている。
やはりあちらのメンバーにあって頭が良いのはウェハスールさんだ。
「なんのヒントも無し、というわけではないですよ姫。先程の問題に書いてあった文章を思い出してください~。最後に【再び行く道を選ぶ時、本物の扉の位置に従え。答えは○○○○の○○】とありました。つまりはあの時と同じ答え、ということまでは手掛かりがあるということですね~」
「あれはそういう意味だったのね。でも、その○の中に入るの言葉は一体……」
「それはわたしにも分からないのでみんなで考えましょ~。ちなみにコウヘイ様はもう分かってたりします~?」
「いえ、さすがにこの状況では全く。何かここにも手掛かりが無いと中々簡単にはいかなそうです」
ということで僕も考えてみる。
○○○○の○○とは一体なんだろう。
四文字と二文字の何かが入るのは間違いないのだろうけど……。
「あたし分かった!」
「エル、みんな真剣なんだから少し黙っていてね~」
「普通に酷くないそれ!?」
「冗談よ~、じゃあ聞かせてくれる?」
「あのね、月の扉!」
「前も後ろも文字数があってないわよエル……」
「むう、姫まで……じゃあ、正解の扉!」
「前の文字数はあったけど、後ろがあっていないしこの場における答えにもなっていないんじゃないかしら」
「だったら~、真ん中の下!!」
「文字数は合致したけど……ここにある扉に上も下もないみたいよ?」
「じゃあもう分かんない!」
やる気あんのか……と言いたくなるのをグッと堪え。
「セミリアさん、ちょっとこれ持っていてくれませんか?」
「む? ああ、それはいいがどうするのだ?」
「ちょっとじっくり見てみようと思いまして」
セミリアさんに懐中電灯を手渡し、扉の近くに行ってそれぞれの扉をくまなくチェックしてみることに。
しかし、やはり何か文字があるわけでもなく、絵も描かれておらず、扉の上にも下にも何も無い。本当にこの場におけるヒントは無しということなのか。
○には一つの音が入る。そう書いてあった以上は本当の意味で○一つに一文字が入るということだろう。
では四文字と二文字の何か考えなければならないのだが、確かに【真ん中】というのが今のところ一番しっくりきそうではある。
となると三つ並ぶ扉のうちの真ん中のそれが候補に挙がるわけだけど、さすがにそれだけで断定するのはリスクが高すぎるし、そもそも中央を表すのに【真ん中】というワードを使うだろうか。
「………………」
取り敢えずこっちは後回しだ。
では後ろの二文字に何が入るか。
あの場において二文字の言葉と言えば【上】とか【下】というのがやはり最初に浮かぶ。
あとはあの絵か?
六つの扉に描かれていた「木」「太陽」「星」「炎」「月」「グラス」の中で二文字のワードは星と月。
○○○○の星。或いは○○○○の月。
これでは前に何が入ったとて到底ヒントになるとも思えない。
真ん中の星……真ん中の月……正解の星……正解の月……やはり今一つ意味がはっきりしない。
正しい扉は月の扉だった。
となれば月が入るのが濃厚とみるべきなのだろうが……やはり答えには程遠い気がする。
では逆に絵の中で四文字の物は……太陽のみ。
今あるキーワード。
四文字→真ん中、正解、太陽。
二文字→月、星、上、下。
これをそれぞれ組み合わせたとして…………あれ、ちょっとまてよ?
確か……あの時。
「うん、やっぱりそうだ……セミリアさんっ、ちょっとそれ貸してください」
「ど、どうしたのだコウヘイ。そんなに慌てて」
「もしかしたら答えが分かったかもしれません」
「本当か!」
すぐに懐中電灯を受け取る。
その様子を見てユノ勢も集まってきたが、説明は後だ。まずは確認しないと。
「コウヘイ様、何をしておられるのですか」
「僕の予想が正しければどこかにあるはずなんです」
「何のことを仰っているのです」
答える余裕は無い。
まずは扉を照らしてみる。
続いて扉の上の壁をこまなく見回してみるが、やはり無い。
ということは……。
「上か」
真上にライトを向ける。
そこには確かに、僕が探していた物があった。
「あれは……」
「太陽の……絵?」
「な、なんであんなもんが天井にあんの?」
セミリアさん、マリアーニさん、カエサルさんが揃って驚きの声を上げる。
これで半分まで辿り着いた。後はどこかにあるもう一つのあれを探さなければ。
「端から順に見て回るか……いや、違う」
偶然得た可能性がある。まずはそこだ。
頭の中で全てが繋がり、同時に僕は駆け出した。
何が何やら分かっていない他の面々も慌てて付いてくる。
僕を呼ぶ声への反応も後回しにしてこの空間のちょうど真ん中付近まで戻ると、地面をライトで照らした。
「あった……」
そこには一部分だけほんの少し出っ張っている箇所があった。
見ようによっては取っ手に見えるし、その証拠に周囲には正方形の切れ目が入っている。
「コウヘイ……それは一体」
「扉のようですね。持ち上げれば外れる仕様になっているはずです」
「そんな所にある扉なんて見つかるワケないじゃん! こんなに暗いのにさ! 卑怯だよこの国の奴等」
「こらエル、慎みなさい。そしてコウヘイ様、どうしてお分かりになったのです? エルの言う通り、この様な物は普通に探しても見つけられるとは思えません」
「そうだぞコウヘイ。お主一人は分かっている風だが、私達にも説明してくれ。いや、もしかするとウェハスール殿も分かっておいでで?」
「いやぁ~、お恥ずかしながら全く。あの○に入る言葉がなんだったのか、ということは今のコウヘイ様の行動とその扉を見て理解しましたけど、そこに辿り着くまでの道筋は是非教えていただきたいですね~」
後学のために、といつか聞いたような台詞を口にするウェハスールさんも含め全員がしゃがみ込む僕の傍に集まっていた。
ようやく僕も落ち着いたので久々の解説役になるとしよう。
「正直に言うと消去方だったんです。単純にさっき居た場所にあって、かつ関連がありそうな四文字と二文字のワードを挙げていきました。まず二文字の方ですが、上下に扉が分かれていたことから【上】と【下】そして扉に描かれていた絵のうち【星】と【月】。続いて四文字のワードはカエサルさんの言った【真ん中】と【正しい】それから同じく扉の絵から【太陽】です。その全ての組み合わせの中から一番扉の場所を示している様に聞こえるのが【真ん中の○○】或いは【太陽の上または下】だった。それでいてさっきマリアーニさんが言った通り扉の上下には何も見当たらない、ならば太陽の上下どちらかなのかと考えた時に答えが見えたんです」
「太陽の上か下ということか? しかしコウヘイ、何故それが答えだと分かるのだ?」
「よく思い出してみてください。正しい扉は月の扉だったんですけど、その位置は下段の真ん中にあったんです」
「さすがにそれは覚えているが……」
「その月の扉の上に何があったか、それを考えると上段の真ん中にある扉に描かれている絵は太陽だった。つまり、正解の扉は太陽の扉の下、太陽の下にあった。なのでまず太陽といえそうな何かを探したというわけです。答えが下なのだから上にあるだろうと扉の上を探して、次に思い付いた天井を探すと見つかったので、その下となると地面が一番に思い浮かびます。端から順に地面を探そうと思った時に……」
「先程シャダム殿が躓いたことを思い出したというわけか。まさかそんな答えになっているとは……いや、それよりもお主は何故当たり前の様にそんなことにまで頭が回ってそんなことまで覚えていてるのかと思うと自分で自分が情けなく思えてくるぞコウヘイ」
「そこまで凹むようなことでもないのでは……」
「いえいえ~、その気持ちも分かりますよ~。コウヘイ様が同行していなければ、ひょっとしたらわたし達はここで死んでいたかもしれませんもの~」
「ケイトの言う通りですよコウヘイ様。その洞察力や考察力は称賛に値します、あなたが居てくれてよかったと心から思いますわ」
お世辞か社交辞令か、はたまた本音か。
そのどれだったとしても僕のせいで、という結果よりは僕のおかげで、と言われた方が救われることは事実だ。
というか、いずれにせよそんなことを微笑みながら言われると照れ臭い。
「でもさっ、つまりはあたしがそのうちの二つも考えたおかげってことじゃないの?」
「エル……正しい答えにあなたの言った二つのキーワードは含まれていないわよ?」
「え!? そうなの!?」
「一体あなたは何を聞いていたの……」
一転、呆れて言うマリアーニさんだった。
ともあれ、これでほぼ答えは出たはず。というわけでセミリアさんの言葉をきっかけにして僕達は話を進める。
「ではコウヘイ、マリアーニ王、この扉を開くということでよろしいか」
「そうですね、さすがにこれ以上の正解は無いでしょう。わたくしは異論ありません、コウヘイ様とケイトはどうですか?」
「わたしはまだ反対ですねぇ。というのも、先にやることがあると思いますよ姫。ね、コウヘイ様」
「先にやること?」
マリアーニさんはウェハスールさんではなく僕を見る。
まあ、そのあたりはさすがウェハスールさんだ。
「先に手分けして一通り地面を捜索してから、ということですね。太陽の下にある扉がこれ一つと決まったわけではないですから。まあ複数あれば答えが矛盾しかねないので可能性は低いでしょうけど、命が懸かっているのなら念には念を入れる意味でも」
「なるほど……本当に二人とも頭が回りますね。逆にわたくしは頭が上がりませんよ」
情けない話です。と、それほど自虐的なニュアンスを含まずに言ってマリアーニさんは苦笑い。
一国の王様がそういう役割を担うものでもないだろうし、情けないという程の話ではないと思ってしまうのは一般的な考えだろう。
マリアーニさんが王である様にそれぞれに役割があって、他の部分を代わりにやろうとする人がいる。それが人望や人徳というものだ。
他の四人を見ても王様の命令だから従っているという関係以上のものを大いに感じるし、僕がセミリアさんの役に立てたらいいなと思うこともまた同じなのだ。
というわけで僕達は二人一組に分かれて端から地面を散策して回った。
といっても明かりとなるものが二つしか無いのでマリアーニさんとカエサルさん組は元の位置で待機だ。
ちなみに僕のペアはシャダムさん。
戦闘力的に一番弱そうなのが唯一の男二人がくっついたペアというのだから女性上位もいいところだな……。
「兄弟、あの扉を見つけたのは俺が闇のお告げを聞いたことも大きな功績だ。ということを姫にそれとなく言っておいてくれ」
などとわけの分からないことを言うシャダムさんを適当にあしらいつつ、慎重に地面を探すがやはり他に扉らしき物も手掛かりになりそうな物も特に見当たらず。
セミリアさんウェハスールさん組も同じだったことを受けて僕達は最初に見つけた扉を開くことを決めた。
今度はセミリアさんがその役を買って出たがやはり扉を開くことで何かが起きるということはなく、それすなわち答えが正しかったということを意味していた。
開いた先にあったのは階段で、例によって明かりがなく先も見えない階段をウェハスールさんを先頭に降りていく。
長く暗い階段をしばらく降りると、先の方に光が見えてきた。
その光に近付いた分だけ逆にその目映い光が視界を遮る中でやっとのこと辿り着いた階段の出口。
一歩踏み出すと意外や意外。
そこは既に洞窟ではなく、辺り一面に木々や青空、湖が広がる自然に囲まれるどこかだった。