【第十章】 頭脳vs魔法
7/13 台詞部分以外の「」を『』に統一
「また見てんの? ちょっと気にしすぎちゃうか康平君。もしかしてあっちの王女様に惚れてもーたんちゃうやろな」
夜が明けて翌日。
出発前にみんなで早めの昼食を取っている店の中で、隣に座る夏目さんがからかう様な顔でそんなことを言った。
卓に並ぶのは根菜類を塩胡椒っぽい何かで炒めたものと小魚(名称は耳に馴染みがなさ過ぎて聞いてもすぐに忘れてしまった)をちょっと酸っぱい何かに漬けた、僕達の世界で言う南蛮漬けのようなメニューだ。
昨日とはまた違った昼食ではあるが、これはこれで十分に美味しい食事だと言える。
炭水化物がなくおかずだけの食事というのも不思議な感じがするけど、元々食が細い方なので特に物足りない感もなく……とまあいつまでも異世界食レポ第二弾をしている場合ではないので話を元に戻すとしよう。
夏目さんが言っているのは勿論のこと発信機の受信モニターのことである。僕が朝から頻繁に確認しているのを見ていたのだろう。
とはいえ、言うまでもなくそれなりの理由があるのだ。
「惚れたから現在地をこまなくチェックするってどんなストーカー思想ですか。ちゃんと理由があってのことです」
「ほんまかぁ? 真面目そうな顔して意外とそういうタイプやったりして」
「さ、話も終わったことだし食事の続きといきますか」
「ちょ、そりゃないでー。冗談やん冗談、大阪ジョークやん」
「大阪ジョークってなんですか……まあいいですけど、これ見てください」
呆れつつもモニターを夏目さんに見えるように机の上に置いた。
しかし夏目さんは言わんとしていることの意味が分からず首を傾げている。それも当然といえば当然か。
「これがどないしたん?」
「合流地点を僕達のルートから近い方にしてもらった分、あっちは早めに出発していることが分かります。しばらく一カ所に留まったままなので向こうも何かトラブルがあったりしていなければ昼食でも取っているんでしょう。位置はここから二十五キロ程度、地図と照らし合わせるとリブという村のようです」
「そらあちらさんも飯ぐらい食うやろうけど、それで?」
「何が言いたいかというとですね、あの人達は真っ直ぐに今から僕達が向かう合流地点に向かって進んで来ている、ということです」
「いやだから、そら当たり前なんちゃうの? なんかおかしいとこあった? 言っとくけどウチは康平君みたいに頭良ーないから遠回しに言われても分からんで」
「いや、これは僕の頭がどうとかではないんですけど」
夏目さんが理解出来ないのも無理はない。この事実に強烈な違和感を感じるのは僕とセミリアさんと、精々ジャックぐらいのものだ。
というわけで、ここから再び回想。
僕が船の上でシャダムさんと話をする少し前。
僕達は地図の印にあるAとBの二つの合流地点候補から僕達のルートから近い方のBを選択することに決め、デッキでセミリアさんにマリアー二女王への報告を代わってもらうように頼み、それを承諾してもらった直後のことだ。
「それで、その報告に関してなんですけど、一つお願いがあります」
「なんなりと言ってくれ」
「ルートは僕達が西周りにしてもらう、それはそのまま伝えてもらっていいんですけど、合流場所をA地点に決めたと報告して欲しいんです」
「ど、どういうことだ? まるで虚偽の報告をしろと言っているように聞こえるのだが……そんなことをしては後で色々と大変なことになるのではないか? うまく合流も出来ないだろう、それだけでなくその責任はこちらに問われることになる。それが分からないコウヘイではないと思うが、しかし一体なんの意味があってそんなことを言うのだ」
「勿論意味も無くこんなことをお願いはしません。僕が王様に与えられた役目を全うするために知っておくべきことがある、そういう理由です。それから後に責任を問われた時はハッキリと言って下さい。僕の指示でそうした、と」
「了解した……お主がそう言うのであればその必要があるのだろう。言う通りにしよう」
「ありがとうございます。決して途中で訂正しないようにしてください、毅然とした態度でいれば問題はないはずなので」
「う、うむ……私に演技が出来るかどうかは分からないが、極力そういう態度を心掛けよう。他に何かするべきことはあるだろうか? なければすぐに行ってくるが」
「特にはないですね、あとは終わった後にその時の様子を聞かせてもらえれば」
「分かった、ではマリアー二王のところへ行ってくる」
まだ戸惑いが拭いきれていない風ではあったが、それでもセミリアさんは階段を降りて船内に入って行った。
ちょっと汚れ役をやらせてしまったみたいで申し訳ない気持ちもあるけど、こればかりは仕方ない。僕が行っては意味がないのだ。
僕の推測が正しいのであれば僕が嘘の報告をしてもその真意を見抜かれてしまう。であれば向こうは乗ってこない可能性がある。偽りの報告をするのは偽りであることを自覚していつつ偽る意味が分かっていない状態の誰かでなければならないのだから。
「ふう……」
さて、どうなることか。
と、セミリアさんの帰りを待つこと数分。
再びデッキに現れたセミリアさんの顔はやはり浮かない。
真面目で誠実な人だ、しかも相手は一国の王ともなれば意図的に騙す様な真似をして心中穏やかではいられないであろうことはよく分かる。
「お帰りなさい。どうでした?」
「ちゃんとコウヘイの指示通りの報告をしてきたが……やはりというべきか、どうにも怪しまれているようだった。何度も確認されたことからもそれは間違いないと思う。本当ですか、間違いはないですかとな」
「ふむ、やっぱりそうなりますか。その何度も確認をしてきた人ってもしかしてウェハスールさんだったりします?」
「あ、ああ。よく分かったな、その通りだ。随分と訝しげな顔をしていたが、私の態度がおかしかったのだろうか」
「いえ、そんなことはないでしょう」
「だといいのだが……どちらにしても怪しまれてしまってはコウヘイの目論見を台無しにしてしまうのではないのか?」
「大丈夫です。予想通りというか予定通りというか、むしろ都合が良いぐらいですよ。結果どうあれ嫌な役目をさせてすいませんでした」
「あまり申し訳なさそうにしないでくれ。コウヘイに必要なことであるならば何ら文句はない」
「その時が来れば全部説明しますので、今は事情は聞かないでくれるとなお助かります」
「うむ、ではその時を待つとしよう。何度も言うが、私に対して気兼ねなどしないでくれ。人を上手く使うのもお主の役目でありコウヘイにはそれが出来る能力があると私は思っている。私達は仲間だ、例え王に何かを託されてなかったとしても私が指示を仰ぐ相手はお主なのだということを分かっていて欲しいと私は思うぞ」
「王様やセミリアさんに頼られるだけの器があるのかどうかはいつまで経っても分からないですけど、その信頼に応えるために出来ることを追求してくつもりです。こっちが頼ることの方が圧倒的に多いでしょうけどね」
「ふっ、やはりお主は謙遜、謙遜、なのだな」
「いや、別にそういうわけでは……」
「いいかコウヘイ、私達が魔王を倒せたことも、それによって王国に平和が戻ったことも少なからず、いや、大いにお主の存在があってのことだということを忘れないでくれ。王がお主の才気を認めて重要な役割を担わせようとすることも、今サミュエルが生きていることも同じくだ。あの戦いによってお主の顔も名前も知らない人間がどれだけ救われたことか、コウヘイの言うどこにでも居る平凡な人間にそんなことは出来ないさ」
だからもう少し自分に自信を持て。
そう付け足して、セミリアさんは僕の肩に手を乗せた。
思い返せばミランダさんも言っていたっけ。セミリアさんから僕は必要以上に謙遜する人間だと聞いた、なんて話を。
僕は決して自分を特別な人間だとは思わないし、日頃日本で暮らしている時ですらそうなのだからこの世界で言えばよりその傾向が強いぐらいだ。
サミット会場で会った連中と自分が並んで立つ姿を想像すると残念な程に平々凡々な存在である事実など疑うまでもない。
しかし、だからといって別に自分を卑下しているわけでもない。
その器以上に持ち上げられるから謙遜で返すのであって、例えばこの世界で何か自信のあることをしようとしても僕は自信が無いように振る舞うことの方が多いだろう。自己分析するならば僕はそういう人間だ。
逆もまた然り、あの完璧超人ことクロンヴァールという女王に話をした時の様に自信がなくても毅然と振る舞うこともある。そういう駆け引きや心理戦こそが唯一、多少なりとも人と比べてその自信があることなのだ。
残る王様の代理や参謀なんていうのはどう転んだって身に余る役目であり、何が出来るのかも何をすべきなのかもその都度考えてやっていくしかない。大雑把に言えばそんな感じだ。
とはいえ、余り頼りないと思われてしまうとそれはそれで寂しいので僕はこう答える。
「こっちの世界じゃ出会う人の誰もが凄い人ばかりですからね。そういう中に入っていこうとするならひ弱な少年とでも思われていた方が都合が良いこともありますし、口で言っているほど僕は人より劣っているとは思っていないのかもしれませんよ?」
「それは頼もしい言葉だな。では私はそんなコウヘイの仲間として今後の活躍を楽しみにさせてもらうとしよう」
「おっと、いささか口が滑ってしまいましたかね。どうぞお手柔らかにお願いしますよ」
「ははは、さてどうするかな」
そんな船上での、また一つセミリアさんとの信頼が芽生えたやり取りを経て僕はシャダムさんの居る操舵室へ向かったのだった。
ここで回想は終わって昼食の席へ戻ることにしよう。
そんなわけで、夏目さんにとっては当然の事でも彼らが真っ直ぐに僕達の向かう合流地点に向かってくるのはあり得ない話なのだ。
しかし、そうは言ってもまだその説明をすべき時ではない。
「それは後々嫌でも分かると思います。みんな食べ終わったようですし、僕達も向かいましょうか」
僕達は食事処を後にする。
今度こそ真の目的である封印の洞窟へ向かって。
おそらく……いや、ほぼ確実にその前に一悶着ありそうだけどね。
〇
ラミント王国という小国を僕達グランフェルト勢は西回りに、マリアー二王率いるユノ王国勢は東回りにそれぞれ別れて封印の洞窟へ入るために必要な二つの鍵を手に入れるべく昨日一日の旅を終えて迎えた入国二日目の昼。
村を出発した僕達が事前に僕が決めた地図の印で言うところのB地点へと向かう道のりはまたまた歩いて一時間程の旅となり、目印となる山が見えて来た頃にはいい加減歩き飽きた、なんて不満が某二人組から漏れ始めていた。
地図に名前が書いていないので名称は不明だが、この山を少し登ったところに封印の洞窟というのがあるらしく、結局のところ合流地点をA地点にしようがB地点にしようが山の入り口のがこになるかという違いしかなかったりするんだけど、距離にしてみれば随分と差がある。
だからこそ僕達は僕達のルートから近い方を選ばせてもらったというわけだ。
こっちの地点だとその山の入り口手前にある大きな木が合流の目印となっているのだが、僕達がその一目で分かるだけの大樹に近付いていくと既にユノ王国の人達が待っていた。
昨日と変わって白いドレスに身を包んでいるマリアー二王、武器を持った護衛の二人に丈が短くミニスカートみたいになっているワンピース型のローブを着た魔法使いのウェハスールさん、そして相変わらず上下真っ黒な服装の中二病軍師のシャダムさんだ。
五人揃って僕達を待つその姿からはやはり憤りが目に見えて感じられる。やがて大樹の前に到着すると、不信感剥き出しで睨まれるような視線を向けられた。
さて、どう立ち回ったものか。
なんて考えつつ、白々しく再会の挨拶でも投げ掛けてみようかと思っているとシャダムさん一人がそそくさと僕の方へ寄って来くる。
「兄弟、お前……何をしでかした?」
彼の場合、キャラ作りでそういう顔をしているのか本当に心配しているのかは定かではないが、やや深刻な顔でそんなことを言う。というか……いつから兄弟になったんだろうか。
「シャダム、下がりなさい」
僕が言葉を返すよりも先に、マリアー二さんがその後ろから厳しい口調を投げ掛けた。
まだ何か言いたげだったシャダムさんはそれでも言葉を飲み込み、命令通りに元の位置に戻る。
そして入れ替わるようにマリアー二さんが前に出ると、カエサルさん、ウェハスールさんがその背後に付いた状態で僕の前に立った。
しかしまあ、随分とご立腹のご様子だ。
当然といえば当然だけど、嘘を伝えられたならA地点に向かって後から責任を追及するということも出来たはずなのに、律儀にこっちに来たのは一国の王としてこの任務を全うしなければならないという責任感の表れだろうか。
いや、それも勿論あるだろうけど、実際は違うと思う。
僕が逆の立場だとしてもきっとここに来ただろう。
嘘だと分かっていても、ある種の挑発とも取れるそんな行動に乗せられてたまるかと、鼻を明かしてやろうと、そう思うのは当然の思考だ。
「コウヘイ様、いえ、そちらの勇者様にお伺いしましょう。どうしてここに居られるのですか?」
マリアー二さんは鋭い目をセミリアさんに向けた。
ウェハスールさん一人ほんわかした雰囲気でにこにこしているものの、カエサルさんはそれ以上の鋭い目で睨んでいる。
「何故……というのは」
「あなたは昨日確かにこちらではない合流地点を指定したはず。その場所に現れず、こちらに来てみるとあなた方が現れた。これは一体どういうことでしょう、説明していただけますか?」
「それは……」
口調も表情も一切の緩みを見せないマリアー二さんの攻めにセミリアさんが言葉に詰まる。
あんな表情で平然と嘘を吐くとは、あちらも相当に強かな様だ。
困った様子のセミリアさんが僕の方をちらりと見るも、事前に言った通りに、という意味を込めて僕は黙って頷いた。
「マリアー二王、我々の代表はコウヘイです。私はそのコウヘイの指示に従って貴女様の元に報告に行ったに過ぎません」
「そうですか。では、本人に伺いましょう。コウヘイ様、説明していただけますか?」
予定通り、といえるかどうかは若干怪しいところもあるが、マリアー二さんは僕へ視線を移した。
国際問題なんて言葉がチラついてちょっと日和りそうになってきたけど、ここまでやってしまったらもう後戻りなど出来ない。許して貰えなかったらどうしよう……そんなことを思いつつ、僕は腹を括った。
「その話をするのなら、場所を変えませんか?」
「その必要があるとは思えませんが? 後ろに居る方々の前で責め立てられるところを見られたくないとでも?」
「いえ、特にそういうことは気にしていません。元々それだけの覚悟でやらせた事ですし、彼等はそもそも今何が起きているのかも理解していないでしょう。ただあなた達にとっては人に聞かれない方がいい話もあるのではないかと思いましてね。特に、ウェハスールさんには」
付け加えた一言に、マリアー二さんとウェハスールさんは怪訝そうに顔を見合わせた。
特別な能力を持った人間はそれを無闇に知られることを嫌う、そんなことをジャックから聞いた。
であれば、もしも僕が思っているような力を持っている場合に大勢の前でそんな話をしたくはないだろう。と、暗に僕が言っていることにあちらは気付いているのかいないのか、マリアー二さんはその提案を受け入れる。
「分かりました。では当事者同士、少し離れて話をしましょう。こちらはわたくしとケイティアを、そちらはコウヘイ様と勇者様の二人でいいでしょう。エル、レイラ、シャダムはここで待機しているように」
「ではそのように。皆さん、そんなわけなので少し待っていてください」
マリアー二さんに倣って僕も待機を指示してみる。
サミュエルさん以外の三人は事態が全く把握出来ずにクエスチョンマークをいっぱい浮かべていた。
「コウ、何があったのかなんて興味ないけど、喧嘩するなら私も混ぜなさい」
と、なぜかこちら側で一人だけ敵意を敵意で返すように睨み返していたサミュエルさんが、またしても僕の頭を掴んで言った。
どこまで喧嘩好きなことやら……化け物や盗賊相手には一切テンション上がらなかったのに。
「喧嘩じゃないですよ。くれぐれも手を出したりしないようにしてくださいね、本当に国際問題になっちゃいますので……」
「向こうが手を出さなきゃね。攻撃の意志を確認した時点で皆殺しにしてやるわ、正当防衛って便利な言葉があるんだから」
「いやいやいや……」
本当にやめてください。
ていうか、そのコメント聞こえてますから。余計向こうも殺気立ってきちゃってますから。
「本当に大丈夫なので、絶っっっ対にやめてください。強さが必要な時には僕がサミュエルさんを頼ることを知っていますよね? 今はそうじゃないってだけなので」
「だったらさっさと話を終わらせてきなさい。その結果を見てからどうするか決めるとするわ。一つ言えるのは、私は何も約束はしないってことだけ」
「…………分かりました」
土下座してでもどうにか音便に話を済ませよう。
心でそう誓って、
「では少し場所を移しましょう」
と、四人でその場を離れるのだった。
そのまま並んで歩いた状態で三十メートル程距離を置くと『ここまで来ればいいでしょう』というマリアー二さんの言葉で一斉に立ち止まると、依然険しい表情のまま一息吐くまもなく切り出してくる。
先に説明しておかなかったせいでセミリアさんはただ戸惑っているばかりでなんだか二対一になってしまっているが、ここからは真っ直ぐに行くだけだ。
「では改めて、話を聞きましょうか」
「僕達がここに来た理由ですか? 何かの手違いがあったみたいですけど、結果的に無事合流出来たわけですし溜飲を下げてもらえると嬉しいのですが」
「ここにきて手違いだと言い張るおつもりで? 自ら口にしたお言葉の通り、国際問題になってもおかしくないことです。わたくし共も簡単には引き下がれるものではありません、不当に貶められようとしたなどと心外であること甚だしいですわ」
「不当に貶められた、と仰る理由が逆に聞かせていただきたいですね。本来ならば何か手違いや伝達ミスがあったと考えるのが普通なのではありませんか? 嘘をつかれた騙されたと決めつけているその理由は一体なんなんでしょう」
「それは貴方の知るところではありませんし、説明の義務もないことです。事実ではない報告を受けた、それは疑いようもありません。話を反らさないでいただけますか?」
「知るところではない、ですか。確かに仰る通りでしょう、ですが僕にも僕の果たすべき役目というものがあります。あなたが一国の王である様に、セミリア・クルイードが勇者である様に」
「一体何の話をなさっているのですか? 説明をする気がないのであればわたくしにも考えが……」
「いくら二人の勇者と共に旅をしていても、僕には二人やあなた達のように魔物をやっつける力なんて無いんですよ。僕に出来ること、それは頭を使う事や代わりに考えること、情報を集めて、知識を増やして、それを活用して少しでも安全な方法を提案することです」
「………………」
「だからこそ失礼を承知でこのような事をしました。持っていて損な情報なんてない、いずれその知識が役に立つことがあるかもしれない、そう思ってしまった以上それを確かめることも僕の役割だと思った、それが理由です」
「何の話をされているのです。率直に申し上げて、全く話が見えません。あなたの言う確かめるとは一体何を指す言葉だというのです」
「僕が今回確かめたかったこと、それは……ウェハスールさんが本当に人の心を読めるかどうか、ということです」
はっきりと、マリアー二王の目が見開かれた。
彼女程に顕著ではなかったが、後ろのウェハスールさんも驚いた様子が見て取れる。
だが、本当に心を読めるのだとすればウェハスールさんが驚くというのはおかしくはないだろうか。
だとすれば僕の仮定は間違っていたとも言えるが……ならば逆に何を驚く必要があるというのだろう。間違っている中にも少し探ってみるべき何かがあるということなのか。
「心を読む? そんな夢物語で納得してもらえるとお思いですか? コウヘイ様、言い逃れにしては幼稚で、あまりにも説得力に欠ける言い分だとご自分で理解していますか?」
「なんだか酷い言われようですけど……であれば逆に聞きます。マリアー二さん達はなぜここに来たのですか? 報告が偽りであったならば、あなた達はA地点に居なければおかしいのではありませんか?」
「先程も申した通り、一度A地点で待っていたもののあなた方が現れる気配が無いのでこちらの様子を見に来たというだけの話です」
「なるほど、そういう理由ならばこちらが何の疑いもなく納得すると思ったわけですか」
「……何が仰りたいのです」
「伝えるのを忘れていましたけど、僕にはあるんですよ。人の心を読む能力が」
「いい加減にしてください。そうやって道化でも演じていれば有耶無耶になると思っておいでですか? 弁明するつもりが無いのであればリュドヴィック王に直接お話させていただくことになりますよ」
「道化を演じているわけではありません。なんだかそういう扱いも懐かしいものがありますけど……証拠を見せましょうか」
「見せられるものならどうぞご勝手に」
「あなたは嘘をついている。あなた達は間違ってもA地点には行っていない」
「な、何を馬鹿なことを。そんな言い掛かりが通るとでも……」
「本当に言い掛かりだと思いますか? 一夜を過ごした街を出たのち、真っ直ぐにここに向かって来たことを僕は知っている。寄り道といえるのはせいぜいリブという村に寄ったことぐらいだ」
「ど、どうして……それを」
困惑のまま、マリアー二さんはウェハスールさんの顔を見た。
だが、既に普段のにこやかな顔も影を潜めているウェハスールさんはゆっくりと首を振る。
「姫、彼が心を読めるというのは事実ではないですねぇ。ですが、わたし達の行動を知っていることや彼の言う確かめたかった事というのは嘘ではないようです~」
表情は変わってものんびりした口調は変わらないままにウェハスールさんはどこか諦めた風に首を振った。
というか、その発言は半ば僕の仮定を認めたようなものなのではなかろうか。
「まさかこういう事になるとは……ケイトはどう考えているの?」
「そうですねぇ。この方が席を外そうと提案してくれたのはわたしの能力を不用意に他の人に聞かれてしまわないようにという配慮でしょうし、その時点で一枚上手だったと言ってもいいのかもしれませんね~。こうなってしまった以上わたしとしては後学のためにもお互い種明かしをしてすっきりしたいところだと思ったりするんですけどぉ、どうでしょうかコウヘイ様~」
「そちらがそれでいいと仰るのであれば、こちらは問題ありません」
どうやら、向こうは負けを認めたらしい。
どこか悟った風に溜息を吐くマリアー二さんと違ってウェハスールさんはこっちの話を聞きたくてうずうずしている様にすら見えるけど……自分の事なのにあまり深刻には考えていないのだろうかこの人。
「分かりました。ではそれでお互い納得するということで、よろしいでしょうかコウヘイ様」
まだ少し引き摺った様子のままマリアー二さんがは気を取り直してとばかりに表情を引き締めた。
仮に僕の推測が当たっていたとしても無礼な真似をしていることに違いはないだけに、それで許してくれるなら万々歳というのが本音である。
「では、失礼を働いた以上は僕から説明させていただければ」
そう前置きをして、僕は全てを話した。
船上でその疑念を抱いた理由や行動を把握していた理由を。
説明が難しいことやあまり知られない方がいいことも勿論あるのだろうけど、ウェハスールさんが居る以上隠したり誤魔化したりすることは通じないし、それがバレればまた不信感をを抱かれてしまう。それは避けなければいけないと伝わる自信もない発信機の説明や僕が別の世界から来たことも含めて全ての説明をした。
時折質問を挟みながら聞いていた二人は、話が終わると感心したように頷いた。
「そのシャダムの衣服に仕込んだチップ? という物の位置を特定することが出来るのですね。異世界の住人だということも含めて、とんでもない話を聞いた様な気がしてなりませんが、勇者様の証言も含めて事実のようですし、納得せざるをえませんね」
「マリアー二様、今の話に偽りなどないことをこの名に誓いましょう。我が国が魔王を追い払ったことも、私が仲間を求めて異世界に出向き、コウヘイと出会ったことが全ての始まりだったのです。そして私はコウヘイを信頼し、我が命を預けるに足る人物だと思っていることも事実。確かに褒められた方法ではなかったかもしれませんが、これも仲間を思っての行動だと信じておりまする。罰は私が代わりに受けますゆえコウヘイの処遇につきましては一考していただきたい」
セミリアさんは右の膝と拳を地面に付けてマリアー二王を見上げた。
ここまでされると仲間というよりも従者のような振る舞いになってしまっている感じだけど、僕が勝手にしたことでそんなことをさせられるわけがない。
自分の行動、いやそれどころか僕達の一行の行動の責任は僕が持たなければいけない。それこそが王の代理というポジションであるはずだ。
「いえ、全部僕が勝手にやったことでありセミリアさんはその指示に従ってくれだだけです。悪意や貶めようという気があったわけではないとはいえ、全ての責任は僕にあります。責任は僕が取ります」
「それは違うぞコウヘイ、お主を無事に帰すことも私の役目の一つなのだ。お主の代わりになら私は喜んで我が身を差し出そう。そうするだけの価値がある人物と共にあることが私の誇りなのだ」
「いいえ、違いません。王の代わりを務める僕が責任者であることこそが事実です。責任者というのは責任を取るためにいるのであって、権限を振りかざした挙げ句に誰かを身代わりにして無事でいるための肩書きではありません」
「屁理屈を言わないでくれ。王の代理であるお主に何かあっては私は何のために来たのか分からんではないか。王に合わせる顔もなければ戦士としての存在意義さえも失ってしまう」
「我が身可愛さにセミリアさんを犠牲にしました、と言わなければならなくなったら僕だって同じじゃないですか。勇者として多くの人間を救いたいと言っていたのはセミリアさんでしょう、それが出来るだけの力を持っているならその為に使うべきであって敵と戦っているわけでもない状況で僕の身代わりになるための存在ではないはず」
「そんな理由でお主を見捨てろというのであれば私は勇者の肩書きなど要らん」
「要らんと言ったところで僕が認めなければ同じことです」
「うぬぬ……お主がここまで頑固な奴だとは知らなかったぞコウヘイ」
「お互い様です。自分の代わりにセミリアさんに何かあるぐらいなら僕が酷い目に遭った方がよっぽどいい」
「どうあっても譲らないつもりか」
「セミリアさんが折れるまではね」
言葉では埒が明かないと、今度は目線をぶつけ合うことで戦う僕とセミリアさんだった。
まったく、これでは何のために僕の名前を出してもらったのか分からないじゃないか。
率先して戦うのがセミリアさんの役目なんだから代わりに出来ることを僕がやるという配置を理解していながらも放っておくことが出来ない優しい性格は分かるけども、それでは逆に僕の存在意義の方が失われるというものだ。
「お二人とも、もう結構です。勇者様もお立ちになってください」
マリアー二さんのそんな声でふと我に返る。
完全に場面を無視して言い合いをしてしまっていた。セミリアさんも同じだったらしく、
「お、お見苦しいところを……」
と俯いてしまった。
マリアー二さんは未だ屈んだ状態のそんなセミリアさんの両肩に手を添え立ち上がらせる。
「お二人の仲間を思う気持ちも誠実さも十分に理解しましたし、元よりそういった疑いを持たせてしまったこちらにも非があるでしょう。今回は責任を問うようなことはいたしません。ケイトもそれでいいわね?」
「はい~、わたしとしても初めての経験だったので驚きましたけど、同じ立場であれば姫や他のみんなに危害が及ぶ可能性を考慮すると放っておくわけにもいきませんしねぇ」
「というわけです。この場はこれで収めるとしましょう」
「寛大な処置に感謝します」
「ありがとうございます」
二人揃って頭を下げる。
正直言って思っていた以上にヒヤヒヤしたけど、結果的に無事で済んで本当によかった。
この世界だからということもないのだろうが、人の秘密を探るとうのは中々のリスクを伴うものらしい。そんな少しの教訓を一人で得ていると、
「それでは今度はわたしの番ですねぇ」
なんてほんわかした声、ふわふわした口調と共にウェハスールさんが種明かしを始めた。
「コウヘイ様の推測はおおよそ正しいと言っていいのであまり説明することもないのですけどねぇ。言ってしまえば、わたしは人の心の機微を知ることが出来るんですよ~」
「心の機微……とは心を読むこととはまた別なんですか?」
「似ている様で違いますねぇ。心の動き、言うならば感情と表現した方が近いのかもしれません。今回で言えば勇者様の動揺や罪悪感のようなものが見えていた、それによって嘘を口にしていると分かったというわけです。心の中で何を考えているのか、というところまでは残念ながら読み取ることは出来ないのです」
「では、もしも平気で嘘をつける人間が相手であったなら見破ることは出来なかったということですか?」
「必ずしもそうではありません。その者が発言に対してどう思っているかということは無関係でして、その自覚があればどうしても心には表れるものなんですよ~。喜怒哀楽に恐怖や動揺だったり躊躇や照れ、恥じらいなんかは特に顕著に表れるものです。どれだけ言葉や表情口調で真意を隠そうとしても心は隠すことは出来ませんからねぇ」
なるほど、だからどういう理由で嘘を吐いたのかということまでは把握出来なかったというわけか。
とはいえ、心の声までだだ漏れではなかっただけマシかもしれないが、読心術なんて非じゃないほどに便利で恐ろしい力であることは間違いなさそうだ。
「もう一つ聞いてもいいですか?」
「なんなりとどうぞぉ」
「その能力というのは、いわゆるナチュラルボーンソーサリィーというやつですか?」
そんな魔法は本来存在しない。それは確認済みだ。
「いえいえ~、わたしなんかにそんな魔力はありませんよ~。わたしはどこにでも居る魔法使いです。この力は特殊なアイテムによるものなんです」
「特殊なアイテム……もしかして、その方眼鏡?」
出会った時からずっと、ウェハスールさんは右目にレンズの無い方眼鏡をつけている。
どういう意味があるのかと思ってはいたのだが……。
「その通りです~。さすがですねぇコウヘイ様。これは【心眼の輪】という物でして、マジックアイテムとは少し違うのですけど、コウヘイ様の言うカガクと同じで説明が難しいので特殊な能力を持ったアイテムだと思っていただければという感じですねぇ」
「なるほど、大体は理解しました。ありがとうございます」
「いえいえお互い様ですよ~、他に質問はありますか~?」
「いえ、もう十分です」
魔法の原理も分からない僕が特殊なアイテムの原理など聞いても余計に理解出来なさそうだ。
いつものワープ然り、傷が治る回復魔法然り。
何にせよこれでお互いの疑問も晴れて同盟崩壊の危機と僕が法的に捌かれる危機を乗り切ったというところか。
本来の目的を考えれば今からが本番なのだ。
ここからはまた行動を共にしないといけないし蟠りがなくなったのが一番良かったと言いたいところなのだけど、それはここに居る四人にしか当て嵌まらない話だったらしく。
「では色々ありましたけど無事に話も終わったということで、そろそろ山に入りましょうか。時間もありますし、何よりも向こうでサミュエルさんとカエサルさんが今にも殴り合いを始めそうな勢いなので……」
ふと他の連中が待機している方向に目をやると、これ以上ない至近距離で顔を付き合わせながらサミュエルさんとカエサルさんがなんらかの言葉の応酬をしている姿が目に入るのだった。




