【第二十六章】 最深部
紆余曲折を経て……と言える程のこともなかったが、無事に僕達は洞窟の最深部へと到着した。
その後にもう一つ、例によって分かれ道であったり鉄格子とレバーの組み合わせという罠の様な謎解きの様な部屋もあったが滞りなく突破し今に至る。
もはやロジックを解く時間すら必要とせず、普通に覚えていたので念のための答え合わせ一つでいとも容易く通り抜けることが出来たので道中の様子は割愛させていただくとしよう。
二つ目の関門を抜け、順に階段を下りた先には今までとは違い通路は存在しない。
ただ開けた空間が広がっており、事前に聞いていた四つの扉と銅像が正面に並んでいるだけだ。
鉄製の頑丈そうな扉が四つあり、それぞれ脇に二メートルはある大きな銅像が立っている。
左から人魚だか魚人だかという感じの、下半身が魚の様になっている槍を持った男。
やけにゴツイ肉体を持つ角の生えた上半身裸の原人みたいな生き物。
そして尻尾の生えた巨大な鶏に四つも翼が生えた顔だけライオンみたいになっている人型の何かの四つだ。
ウィンディーネさんに聞いた四体の化け物。
あれが彼女の言うところの【湖の守人半魚人】【人食い鬼オーガ】【怪鳥コカトリス】【魔神パズズ】を指しているというわけだ。
「お、ここが話に聞いていた化け物達の部屋か。やっと退屈な時間とおさらば出来そうだぜ!」
一変した奇妙な空間その全貌を把握しようと無言のまま辺りを見渡す一同にあって、何故かキースさんだけテンションが上がっていた。
その言葉の有無は関係無しに皆がその意味を把握していたであろう中で、最終的に全ての視線が四つの銅像に集中する。
「王子、レイラ、この先のことも把握しておられるのですか?」
「うん、大体のことは分かってるつもり。だからそれを前提に行動の指針を決めるから、何か疑問点があれば遠慮なく言ってください。レイラも齟齬があったら指摘してね」
「分かりました」
「御意に従います」
ナディア、レイラに続けて了承の返事が並ぶ。
無論エーデルバッハさんはノーリアクションだったが、ひとまず異論は無さそうだ。
「まず最初に僕とナディアで一番左の扉に入ります。見ての通りあそこは出発前に聞いたウィンディーネさんの部下というか配下? の方が守る空間に繋がっていますので戦闘の必要はありません。残る三つは手分けして討伐し鍵を奪取する手筈になるのですが……」
「っしゃ、つまりは残りを三チームに分けてバケモンぶっ飛ばせばいいんだな?」
「キースさんの言う通りに出来たなら一番話は早いのですが、そこは少し変更して僕達が戻るまで待ってもらって、総勢九人を三チームに分けたいと思います」
「待て、何の理由があって無駄に時間を弄する必要がある。同時進行の方が効率も良いだろう、私達の力量が信用出来ぬとでも抜かすつもりか」
「そういうわけではないです。単にそうする必要があると判断しているからで」
「お前文句ばっか言うな! もっかいレイラに怒られろ!」
ひとまず説明しなければ理解を得られないのも当然だろう。
と思っている隣でエルが先に噛み付いていた。
そういえばここに入る前の落とし穴の時に指摘を受けた際にもあからさまにムッとしていたっけか。
その時は我慢していたみたいだけど、二度目は言わずにいられなかったらしい。
エルの場合、頭の良し悪しがどうとかという問題ではなく基本的にはナディアであったりウェハスールさんであったり、今で言えば僕も含まれるのだろうがとにかく、身近に居る信頼を置いている誰かの言ったこと決めたことに従っておけば大丈夫という前提が行動の基盤になっている。
ゆえに提示された方針に沿って物事を進めることに疑問を抱くことがなく、逐一口を挟んでそれを中断させるエーデルバッハさんが足並みを乱している存在みたいに感じるのかもしれない。
あとはまあ、自分で言うことでもないけどナディアやレイラがそうしてくれる様に僕と誰かの二択なら無条件で僕の味方をするという性質があるので責任の所在が難しいところではあるのだが……。
「疑問や意見があればその都度口にしろと言ったのはそいつ自身だ。貴様と違って使う頭を持っているのでな、説明が足りぬと思えばそれを求めるのは当然の権利だと言いたいところだが……どう理屈を説いたとて理解が及ばぬのだろうな。なるほどなるほど、中身が空の軽い頭なのだからさぞ飛び回るにも楽なことだろう」
「は?」
「あ?」
隙あらば睨み合う二人。
勿論こっちもすぐに割って入る。
「エル、大丈夫だから。一緒に話を聞いてくれる?」
「オルガも落ち着け。いちいちムキになるな」
レイラがエーデルバッハさんを腕で制止し、僕はエルを後ろから両肩に手を添えることでそれ以上の行動を抑止した。
まだお互いが睨み合ってはいるものの同じ理由で言えば聞き入れてくれるのはありがたい限りである。願わくばこうなる前に抑えてもらえると助かるのだけども。
「えーっと……ではまず僕が把握している情報をお話するので聞いてください。一番左の部屋のギルマンに関しては先程説明した通りで、残り三つの鍵を手に入れるには戦闘が必須となります。その隣の部屋に居るのは通称【人食い鬼】オーガ。あの像から得られる印象の通りバリバリの肉弾戦タイプです。巨体や強靭な肉体、恐ろしいまでのパワーを持っていて基本的には直接攻撃一辺倒ではありますが、強度があり簡単にダメージを与えられる様な生物ではありません。強いて言えば野蛮で野性的な性質があるので陽動や戦略には対応しきれないのだと思います。それゆえに相性の良し悪しが顕著に出ると考えられるので人選が一番重要だとも言えます」
「あー、私が一番嫌いなタイプだなそりゃ」
「私もー」
「魔法が効くのならわたしは相性が悪いとも言えないのでしょうけど~……」
「そんな奴あたしがぶっ飛ばしてやるから大丈夫だよ」
「ヴィクトリア、ミュウ、感想は後にしろ。ひとまず全て聞いてからだ、続けろ」
「あ、はい。それでですね、はっきり言って問題というか最大の難点は残る二体でして、その隣の翼の生えた生物。これは【魔人】パズズという名で、僕は直接見た経験はありませんが、とにかく強敵である度合いではこの中でも頭一つ二つ抜けています。飛行能力を持っていて、肉体的にも強く接近戦も可能、それでいて熱やら風やらといった魔法の要素も駆使してくるという文字通りの怪物です」
「ははっ、なんじゃそりゃ。バケモン過ぎるだろ」
と、もう笑うしかねえぜ。みたいに肩を竦めるのはキースさん。
逆に取るに足りぬとでも言いたげなのはエーデルバッハさんである。
「ふん、どれだけ大袈裟な見た目をしていようと所詮は神の手先でしかないのだろう。貴様の言葉を信用するとして、ならばそこにこちら側で最も強い私と隊長を宛がえばいいだけの話だ。負ける可能性など微塵もない」
「そうであればよかったんですけど、実は単純な話でもなくてですね……」
「それがあの鳥の怪物……というわけですか」
「ナディアの言う通り、あの【怪鳥】コカトリスにも相応の戦力が必要不可欠なんです。ちなみにどういう編成にするかはお任せしますが、僕を含むチームが向かうのはそこになります」
「理由は?」
「基本的な攻撃手段は空を飛び、強靭な鉤爪や嘴を利用して突撃してきたり炎を吐いたりといった方法なんですけど、それとは別に奇妙な能力を使うんです。目から光を放ち、それを浴びた者は体が硬直というか、石化したかの様に動かなくなり自由を奪われる、或いは行動を制限される。そういう能力です」
「滅茶苦茶じゃねえそれ!?」
「そうなんです。手段が光であるだけに回避する方法も無く、それが戦況を必ず困難にさせる要素になります。最も強いのがパズズであるなら、最も厄介なのがコカトリスだと思っていただければ分かりやすいかと」
「言っていることの意味は理解した。だがそうだとして、何故貴様がそのコカトリス? とやらとの戦闘に参加したがる」
「端的に言えば、僕にはその能力が効かないからですね。戦う術や敵を倒す力は無くとも盾を使えば補助や防御役にはなれますので」
「また突拍子もないことを……効かない理由を説明しろ」
「効果耐性、ですね。どうにも人の何倍も強いみたいで」
ということにしておこう。
今ここで妃龍さんのこととか持ち出したら関係無い話が長引く一方だ。
そうでなくとも簡単に吹聴していい話でもないだろうし。
「いちいち癪に障る男だ……だが今は捨て置いてやる。とにかく貴様と女王閣下が戻るまでに組み分けを済ませておけばいいのだな?」
「ええ、今話した情報を元に勝算を最優先に考えていただきたいです。最も敵との相性、そして組む味方同士の相性が良い振り分けで」
「この敵地で勝利以外の目的などない、その様なことは貴様などに言われるまでもない道理だ。我等が隊長に任せておけばいい」
「……編成はご主人様がお考えになるべきでは?」
「最初にも言ったけど、僕は戦闘は完全に素人だから。相手との相性だけで決めるべきではないだろうし、グループである以上は付き合いの長さや性格、戦い方、能力、色んな点で連携を取りやすい相手、チームワークを発揮しやすい相手とそうじゃない組み合わせもあるかと思うから姉さんにも知恵を借りて上手く纏めて欲しい。最終的には僕やナディアが決定を下さないといけない立場だから重要であったり重大な懸念があった場合にはその時に指摘させてもらうと思うけど」
「承知いたしました、お任せください」
「本音を言えばナディアは戦闘に参加しないでいて欲しいところではあるけど……」
「そういうわけにはいきません。わたくしにも回復ぐらいは出来ます、一人だけ安全な所で待っていることなど出来ようはずがありません」
「まあ、そう言うだろうなとは思っていたから駄目だとは言わないよ。それでも僕達は戦闘要員ではないからね、邪魔をしない様にって意味でも安全な位置にはいてもらうけど」
「はい、それで構いません」
「オッケー、ならひとまず僕とナディアは一つ目の鍵を受け取りに行こう。その間に水分補給と小休止、チーム分けをしておいてください。姉さん、レイラ、よろしくお願いします」
「はい~」
「任せください」
「弟、ちゃんと姫を守るんだぞ!」
「うん、大丈夫。といってもここだけは危険も無いけどね」
僕に向けて親指を立てるエルに同じ合図を返し、ナディアと二人で最初の扉へと向かった。
ここを出るための四つの鍵、その最初の一つを入手するために。
〇
ギィィィと甲高い音を響かせながら扉が開いていく。
僕にとっては朧気であっても確かないつか見た光景なわけだけど、当然ながらナディアにとってはそうではない。
不安からか僕の手を握りながら隣を歩くその表情にはそう見えない様にしているのだろうなと分かるぐらいには冷静なだけではないことが見て取れた。
それもそのはず、目の前には物騒な雰囲気など微塵もなく自然が溢れる光景が広がっているという予想外の景色が広がっている。
原っぱと湖、それ以外に何も見当たらない何とも不思議な空間だ。
ガチャンと扉が閉る音が耳に届くが、特に鍵が掛かって出ることを封じられた気配はない。
学校の体育館ぐらいの広さがある空間は本当に今まで歩いてきた洞窟の一部なのかと疑いたくなる程に自然に満ちている。
今立っている場所から半分ぐらいが短い草が生えているだけの芝生に近いものになっていて、半分より向こうが丸々池なのか湖なのかといった具合で水が溜まっているという感じだ。
どう表現しようと何ら差は無いので深さがありそうな分だけ湖ということにするが、その向こうには通り抜けるための扉がある。
あそこを通って外に出るためには化け物を倒さなければならない、というのが本来のこの場所の意味だ。
もしもそうだった場合、倒さなくても隙を突いて通り抜けることぐらいは出来そうな気がしないでもないが、あの扉の向こうがどういう造りになっているにせよ追い掛けて来られようものなら色々と不味いことになるので闘わずに進むという選択肢は基本的には無い。
ことこの場所に至っては水を越えて行かなければならない分だけそれも出来なさそうだし。
「ど、どうなっているのですか? この広さはさすがにおかしいですよね」
「そうなんだよねぇ。どう考えてもさっきまで居た空洞より広いし、こんなのが四つ並んでるなんておかしな話だよ」
「何らかの魔法で空間を拡張している、ということなのでしょうか」
「そう考えるしかない、かな。サミットの会場みたく外から見た姿が本来のものなのか、こっちが本来の姿なのかは分からないけど」
「ですが、お母様の部下という方はどちらに?」
「水の中だよ。このままじゃ出てこないと思うから行こうか」
と軽く手を引き改めて立ち止まる足を進めていく。
やはり完全に中に入っているものの件の番人が現れる気配はない。
不用意に近付いて事情を説明する前に襲ってこられるのはどうしても怖いけど、このままじゃ放置なので致し方なし。
分かっていても腹を括る必要はあるため一つ覚悟を決め湖の方へと近付いていく。
いつかと同じく数メートル程の距離まで来たところで突如水面が波立ち始めたかと思うと、ものの二、三秒もしないうちに水中から何かが飛び出してきていた。
ちなみに何が出て来るか分かっていてもびっくりはしている。
ナディアの面食らっている具合は僕の比ではないのだけど。
まあこれも当然だ。水の中から現れ全身の半分以上を覗かせているのはまさしく聞いていた通り【半魚人】という意外に表現のしようがない生物なのだから。
片手に長い槍を持ち、薄い水色の肌の上半身は人その物の姿でありながら下半身に二つに分かれた足はなく、鱗に覆われた魚の体に尾ひれが付いているという半分が人、半分が魚と言う他に説明の言葉がない男。
そして首に掛かっている鎖に通された鍵。
色んな意味でまさしく番人の風体だ。
その証明と言わんばかりに半魚人は槍を持つ手にギュッと力を込め、眼を細めて僕達を真っ直ぐに見ている。
ひとまずいきなり襲って来る気配はないため『何の用だ』みたいな目を向ける男へと同じ言葉を投げ掛けていた。
「あの……ウィンディーネさんにここを通してもらうようにと言われて来たんですけど」
「……女神様が? ならばそれを証明して見せろ、事実であれば通してやろう」
逆の立場でもそうするのだろうが、ギルマンはあからさまに胡散臭いと思っていそうな顔をしている。
それでも問答無用で否定しないあたりは女神様という呼称も含め二人の間には明確に主従関係みたいなものがあるのだろう。
僕はすぐにポケットから出発時に預かったネックレスを取り出し、見える様に前に突き出した。
「どうやら本物の様だな。鍵はくれてやる、好きにするがいい」
首から掛けていた鍵を手に取ると、ギルマンはそれをこちらに放り投げた。
慌てて受け取りつつ、やや濡れたままの細い鎖を自分の首に掛けておく。
「一つ聞く」
あとは出発前にした約束を果たさなければと口を開き掛けるも、先に質問されていた。
既に槍も構えておらず敵意みたいなものは感じられない。
「何でしょう」
「女神様は何か言っていたか?」
「あ、はい……あなたに伝言を、と別れる間際に」
「聞かせてくれ」
「ナディアの口から話してくれる? それも誠意だと思うから」
「は、はい。あの、お母様は……じきに貴方の役目も終わるだろう、と。その暁には戻ってきてゆっくりと休んでくれ、長らく世話をかけたな。と、そう言っていました」
「……お母様? ああそうか、貴女が噂だけは聞いた女神さまの娘御なのだな。お目に掛かれたことを光栄に思う、そして女神様は……どれだけ時間が経っても変わらず義理堅いお方だ」
どこかその言葉を噛み締める様に目を閉じ、独り言の様に漏らす姿には感慨が見て取れる。
二人の関係がどういうものなのかは分からないけど、どちらの様子からも信頼していることだけは間違いないと、そう思えた。
「聞きたいことはそれだけだ。先に進みたければ通るがいい、戻りたくば戻るがいい。我等が敵対する理由は無い」
「あの、わたくしからも聞かせていただきたいことがあるのですけど」
「聞こう」
「お母様とはどういったご関係なのですか?」
「大昔、湖の主であった頃に助けてもらったことがあるのだ。その恩義に報いるため、それ以来女神様にお仕えしている。この洞窟の番人を任されたのは百五十年も前の話だ」
「なるほど……お聞かせいただきありがとうございます」
「礼を言われる程のことではない。女神様の元に戻ったならば、息災であったと伝えてくれ」
それだけを言い残し、ギルマンは背を向けそのまま水中に消えていく。
僕とナディアは主の居なくなった湖へと謝意の代わりに一礼し、再び皆の待つ扉の外へと戻った。