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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑫ ~Road of Refrain~】
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【第二十三章】 後半戦へ


 朝から色んな意味でぐったりしてしまうレベルに疲弊してしまった感は否めないものの、それでも時間はごく当たり前の様に過ぎていく。

 その後、最初のギスギスした雰囲気もほぼ解消されたウィンディーネさんの部屋で朝食を済ませ、各々が支度を整えて女神の宮殿を、ひいてはこの町を出る時を迎えた。

 僕達九人に加え見送りに来ているウィンディーネさんも一緒だ。

 ここから再開する旅は、また様々な危機と相対することになるのだろう。

 そのはずなのに面子がオーバーキル過ぎて誰の表情にも憂いや不安の色は見られない。

 この先は最強格の神ばかりが待ち受けているというのに余裕どころかむしろワクワクしていそうにすら見えるのだから頼もしい限りだ。

 培った経験や己の持つ強さへの自信も当然あるのだろうが、好戦的であったり怖いもの知らずな性格が理由の大半を占めていそうなので一概に安心も出来ないのだけど。

 とはいえこの中で一番強いのだと思われるレイラが既に神の一人を戦うことなく降伏させてしまっているからなぁ。

 出発前にも似た様な話をしたけど、この面子で駄目なら世界から選りすぐりの選抜隊でも組まないともう詰みみたいな状況になってしまうぐらいには精鋭揃いであることは間違いあるまい。


「あの、ウィンディーネさん」


 ナディアとレイラは前の方ではしゃぐエルの相手をしている。

 声を聞かれることもないだろうとすぐ横を歩くウィンディーネさんにふと思い浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。

「なんじゃ?」

「現存する神の中ではウィンディーネさんや次に向かう先にいるクロノスという神、それと天帝の根城である楽園(エデン)という場所を守るノームという神が戦闘力という意味では最上位にいるという話ですけど、例えばレイラとウィンディーネさんが戦ったらどちらが強いんですか?」

「ふむ……この先の展望を予測、想定しようと思えば確かにその基準は重要な情報になるじゃろうのう」

「そうなんです。本人に尋ねるのは不躾だとは思うんですけど」

「要らぬ心配じゃの。レイラは確かに強いが、妾とて現役の女神じゃぞ? まだまだ娘に後れを取ったりはせぬ。良い線はいくじゃろうがな」

「なるほど……」

 対等とまではいかずとも良い勝負が出来るレベルではあるのか。母親の意地みたいな理由で見栄を張っているということもなさそうだ。

 というか、そういう意味で言えば二人の父親ってどうしたんだろう。

 ウィンディーネさん本人が未亡人だと自称しているので亡くなっていることは間違いないのだろうけど。

「興味があるのかえ? ははぁん、なるほどなるほど早くも独占欲が湧いてきたのじゃな。昔の男が気になる、と。愛くるしいのう、心配せずとも今は其方だけの女じゃというのに」

「いや、そういう意味では……」

「ナディアの父親、妾の最初の夫は百年以上も前に死んでおるよ。まだ我が姉エアリアルも健在で、この天界でも領土争いが長らく続いていた時期じゃった。ノームや先代のサラマンダー、シルフィード達に加え妾達姉妹も当然の様にそこに加わっておったのじゃ。夫はその時に戦死しておる」

「ちょ、ちょっと待ってください。百年前って……それじゃ年齢が合わないのでは? ナディアはまだ二十になる前だと聞いているんですけど」

「それに関しては昨夜の宴で触れたはずじゃが?」

「例の寿命を延ばすという儀式、ですか」

「いかにも。この天界では各地で神を始めとする統治に携わる者や古くから続く由緒正しい家系の者は成人から三十を迎えるまでの間にクロノスの神殿で儀式を受ける。それは成長、老化の速度を五分の一から十分の一程度に抑える、いうなれば肉体の時間経過を遅らせるという効力を得るためのものじゃ。成長、老化、代謝、あらゆる作用がそうなる。翻ってそれは通常の人間よりも寿命が五倍から十倍に伸びるということを意味する」

「ウィンディーネさんが三百歳を超えている理由としては理解も納得もしていましたけど……それではナディアも同じ儀式を?」

「いいや、ナディアもレイラもまだ受けておらぬ。単にナディアを孕んでから生まれるまでの時間も相応に通常の何倍もの時間が掛かるというだけの理屈じゃ。食事も昨夜程の摂取量があればしばらくは必要無い。もっとも、無くとも生きられるというだけで出来ないわけではないがの。ナディアもいずれ儀式を受けることになるじゃろうが、女神の座を継ぐかどうかもまだ何とも言えぬ。本人の希望を聞く限り子を産んでからの方がいいじゃろう。ちなみにじゃが、婿殿にもその権利があるのじゃぞ?」

「……え?」

「この神の一族の身内となるのじゃ、当然の道理じゃろう。仮にクロノスの小僧が拒否しようとも無理矢理にでも実行させるゆえ安心するがよい」

「……親にどう説明すればいいのかも分からないので遠慮しておこうかと」

 そんなことになればいよいよ人間という定義から外れそうだ。

 母親どころかこの世界の人間ですら大半はこの天界の事情や有り方なんて知らないというのに。

「ま、強制するのもでもないがの。気が変わればいつでも言うがよい」

「そういう時が来たなら、ということで」

 そんな話をしている間に町の先端までやってきた。

 正真正銘、平穏の一時から脱却し次なる冒険へ向かう出立の時間だ。


「お世話になりました」


 代表して、というわけでもないが最初に礼を述べ頭を下げると、ナディア以外の全員がそれに続く。

 もっとも、口に出して謝辞を述べたのはウェハスールさんだけだったのだが。

「ほれ、約束の物じゃ。婿殿が管理しておるのじゃろう?」

 ウィンディーネさんが差し出したのは件のオーブ。

 四つ必要なうちの二つ目が今確かに僕の手に収まった。

「それからこれはクロノスの小僧に宛てた手紙じゃ。楽園(エデン)に行く前には奴の居住で一夜を過ごすとよい。ついでにオーブも譲るように認めておいた。この様な物が無くともナディアを見れば協力的に動きはするじゃろうが、念のためじゃ。それからこれを」

 ウィンディーネさんは手紙をナディアに手渡したのち、両手を後ろに回して首から掛けていたネックレスを外すと何故か僕に差し出した。

 渡されれば受け取るしかないわけだけど、細いチェーンに水滴の形をした半透明の青い宝石が付いていて、希少そうな物というよりはどちからと言えば女性らしい物に見える。

「……これは?」

 首を傾げるしかない僕。

 皆も不思議そうに視線を集めているし、この世界の人間であっても見て分かる何かというわけではないらしい。

「中間線の迷宮にいる番人の話は忘れておらぬの?」

「ええ、それは勿論。四体の怪物がいる、この天界を南北に二分する洞窟ですよね」

「いかにも。其方等であれば問題無いとは思うておるが、妾達神と比べる程ではないにせよ相手にするのは少々骨が折れるじゃろう。妾にサラマンダー、シルフィードと天帝ケイオス、現存する神がそれぞれ一体ずつを提供しておる。サラマンダーは人食い鬼オーガを、シルフィードは怪鳥コカトリスを、天帝は魔神パズズを、そして妾は湖の守人半魚人(ギルマン)を。いずれも並の人間ではまず勝てぬレベルじゃ。其方等に非凡な強さがあることは見れば分かるが、それでも楽な戦いにはどう転んでもなるまい」

「迷宮いうだけでも難儀なのに、それに加えて罠もあるんですよね……」

 どれだけ厄介が重なり合うのか。

 仮にそんな前情報がなかったとしても、恐ろしい化け物の怪物っぷりは朧気ながら脳裏に過ぎるので尚更そう感じる。

 オーガという名の巨体に筋肉の塊みたいな大男。

 コカトリスという名の巨大鶏。

 パズズというのはちょっと思い出せないけど、確かにギルマンというのも湖みたいな場所で相対した覚えが薄っすらとある。

 それぞれに対しどう戦い、どうなったのかまでは浮かんでこないことに毎度ながらモヤモヤするわけだけど、とにかくウィンディーネさんの言う通り楽に勝てる相手ではないのが事実であるのは既に理解してしまっているのだ。

「それを預かったと言えばギルマンは無条件で通してくれよう。余計な戦闘は一つでも少ない方がよい。それでも三体は避けて通れぬのじゃ、決して油断などしてはならぬぞ」

「ええ、それは勿論。油断も慢心もしませんし、させません」

「うむ、それでよい。大した助力も出来ぬ身では偉そうなことは言えた義理でもなかろうが、それでも無事を祈っておるぞ。言い訳だと思われたならそれまでとはいえ……妾が女神である以上、この町を治める者である以上まだ手は貸せぬ。戦争の口実を与えるわけにもいかぬのでな。そのような(しがらみ)も、次に其方らが戻った時には無くなることを祈っておる。よいか? どれだけ重く大きな使命と責任を背負っておるのじゃとしても、意思や矜持に反しておるのじゃとしても、決して命を投げ出す様な真似はするでないぞ。誰も其方等にそれを強いたりはせぬ、そうなる前にサッサと逃げ帰れ。無事であることが一番じゃ、生きてさえいればまた挑むことは出来よう」

 ウィンディーネさんはナディア、レイラの順に頭を撫でていく。

 その表情には再会を願う気持ちやそれぞれの無事を祈る想いが浮かんでいて、同時に僕やレイラに向けられた視線には『信じているぞ』という意図がはっきりと見えた。

 続けてウェハスールさんやエル、守護星の面々にも激励とこの地での再会を約束する様な言葉を順に投げ掛け、今度こそ別れの時を迎えようとするまさにその時。


「婿殿、再婚早々に妾を独り身にしてくれるでないぞ? 嘘偽りの無い純真なる愛の証を預けておくゆえ、必ず返しに戻るのじゃ」


 ウィンディーネさんは顔を寄せてきたかと思うと、聞こえてきたのは耳元で呟かれた小さな声だ。

 そして距離の近さにドキッとして固まる僕の頬にそっと口付けをした。

 更なる不意打ちに驚くとか気恥ずかしさよりも皆の前で何をしてるんですかと焦る気持ちの方がより強く湧いてくる。

 幸いにも囁かれた台詞は周囲に聞かれてはいないっぽかったけど、、案の定多種多様の反応が一斉に向けられていた。

「あーーーーーー!!!!」

 と憤慨するナディア。

「今チューした!!」

 とはしゃくエルとユメールさん。

「あらあら~」

 と口に手を当て、いかにも何かを察したみたいな笑顔を浮かべるウィンディーネさん。

「ヒュウ!」

 と一人で盛り上がるキースさん。

「…………」

 と無言のレイラとシロ、そして同じ沈黙を選びながら軽蔑の眼差しを向けるエーデルバッハさん。

 もう誰にどんなフォローをすればいいのかなんて分からない。

 いい加減僕の処理能力にも限界というものがあるのだから。

 その結果ナディアに怒られ、エーデルバッハさんに嫌味を言われ、エルやノワールさん、キースさんに質問攻めを食らいながらこの水の都ことアプサラスを後にすることになるのだった。


          〇


 何だか未知なる旅や冒険とは無関係な部分で波乱万丈な一日だったけど、兎にも角にも僕達は次なる目的地を目指して進んでいく。

 そもそも戦闘が一切無い状態でここまで来ているのだから当然と言えば当然だが、当初から人数に変動はない。

 無論そんなものは避けて通れるならそれが最善だとはいえ、初っ端のバーレさんに始まったサラマンダーの一味は過去にやり合った経験のあるレイラの存在が相手側に戦闘を躊躇させ、ウィンディーネさんに至ってはナディアを含む二人の身内だから戦闘など起こるはずもなくという、どちらかというとイレギュラーが重なったがゆえの幸運だと言えよう。

 予想外の展開ではあれど、それは天界出身の二人がメンバーに加わっている時点で理屈としては起こり得る事態ではある。

 それは勿論分かっているというか、何が言いたいかというとこの面子でなければ体力面以外に大きな心配の種も無く、道に迷うこともなければ野宿もしなくていいという予想以上に楽な旅路にはなっていなかったということだ。

 当たり前のことながらそういった背景を考慮した上でナディアが討伐隊に名乗りを上げたのだろうし、単に運が良かったという話ではないのだろうけど。

 ちなみに、サラマンダーの所でカツアゲしてきた牛は置いてきているためこの先は僕やナディアも徒歩である。

 罠があるわ敵はいるわという迷宮みたいな洞窟を通り抜けるのに俊敏性皆無の牛を連れていては逆に危ないだろうということでそういうことになったのだ。

 唯一の利点である飛ぶという習性も洞窟内じゃ意味が無さそうだし、僕としては歩きの方がよかったので正直助かる。


「ああぁぁ~、どんだけ歩けばその洞窟とやらが見えてくるんだよ~。いい加減飽きたぜチクショ~」


 水の都アプサラスを出発して二時間程が経った頃。

 豊かな自然に囲まれた風景を見渡しながら歩く僕達一行にあって、誰もが薄々どころかその事実に半ば気分が重くなりつつある中で敢えて言葉にしなかった不満と不安を惜しげもなくぶちまけたのはキースさんだった。

 進行方向左には緑に溢れる草原が広がっていて、反対側には広大な湖がどこまでも続いている。

 一見すると穏やかな気候も相俟って綺麗な景色に挟まれた長閑な旅路にも思えるだろう。

 しかし、その右側にある大きな湖が問題なのだ。

 当初の予定通り街を出てからは特に立ち止まったり寄り道をすることもなく真っ直ぐに洞窟へと向かっているのだが、その半ばにあるこの恐ろしいまでに大きな湖を回り込まなければいけないため思っていた以上に時間を要している。

 地図を見ると確かにその位置には大きな楕円が記されてはいるが、これが何かという表記が無いせいで内心では僕もそのまま縦断出来るものだとばかり思っていたためこの時間的、体力的なロスを後から知るというのは精神的にも大きな落胆を生んだ。

 特に険しい道のりでもなければ何かが待ち受けていたり襲ってきたりということもなく、本当にただ歩く距離が増えたというぐらいで済んでいるのが不幸中の幸いといったところか。

「文句を言うなヴィクトリア。山を登ったり川を渡るよりは幾分もマシだ」

 すかさずエーデルバッハさんの叱責が飛ぶ。

 確かにこう何時間も歩き続けていると疲れもするし、途方も無い気がして気が滅入るのも無理はないけど、どちらかといえば泣き言を漏らすなという意味よりも皆が黙っているのにお前が不満を口にしてどうする、という意味合いが強い感じだろうか。

 地図を手に進行方向を微調整しているウェハスールさんも『あはは~……』と苦笑いするしかないらしい。

 階級の違いこそあれそれぞれが仲間であり家族であるこの面子では規律も戒律もあったものじゃないし、ある程度奔放になってしまうのは仕方がないと言えよう。

 とはいえレイラやエーデルバッハさんがいなければフリーダム全開で纏まりも何も無くなりそうなので緩み過ぎる部分を占めてくれるのはとてもありがたいです。

 実際、今現在『もう歩き疲れた~』とか言ってシロと二人で(ゲート)から呼び出した大きな狼に乗っているノワールさんも速攻で怒られていたしね。

 僕やナディアが歩いているのに、という理由だったためこちらから気にしなくていいと口を挟むことで最終的にはお許しが出たわけだけど。

 そもそも愚痴という意味ならエルも大概だし……そこは度が過ぎる前にウェハスールさんが宥めてくれるので特に気にもならないとはいえ、その都度エーデルバッハさんがギロリと睨み、すかさずエルも応戦し、無言の眼力合戦が始まるので別の意味でこっちがヒヤヒヤである。

「そりゃマシではあるけどよぉ~、こんなんだったら馬でも借りてくりゃよかったんじゃねえのって話さ。ミュウには鳥がいるし、半分の嬢ちゃんは自力で飛べるんだから人数分も必要無かったろ?」

「借りてきたとしてどこに繋いでおくつもりだ。戻るまでにどれだけの時間を要するかも分からんというのに」

「ていうか鳥じゃなくてガルちゃん!」

「んなこた分かってんよ。だからこれはただの愚痴さ、帰りも同じだけ歩くと思うと気が滅入るなってだけの話だ」

「女王閣下も隊長も強くは言わんが、こっちはお前のその愚痴で気が滅入るという話をしていることに気付け。大なり小なり疲労があるのは皆同じだ」

「へいへいっと」

 言葉尻こそやや強めであるが、エーデルバッハさんも本気で怒っているわけでも煩わしく思っているわけでもないということだけは何となく分かる。

 基本的に表情を崩さない人だけど、レイラ程に感情が見えないということもないし、怒っている時はもっとピリピリした空気が伝わってくるので違いがハッキリしているという感じ。

 僕以上にそういう理解があるからこそキースさんも適当にあしらっている風ながら素直に聞き入れるのだろう。

 どちらかというと纏め役をしっかり努めようとする姿勢であったり、ノワールさんやシロも含め指摘する者がいないと誰もが自由な振る舞いを続けるだけになってしまうためそういう役を買って出ている節の方が強いといったところか。もしかしたらレイラに良い所を見せようとしているという裏テーマもあるのかもしれないけれど。

「そろそろ一度休憩を取るのもいいかもしれませんね。半ばは随分前に過ぎているはずですので、じき見えてくるかと思いますよ」

 と、絶妙なタイミングで空気が悪くならない様にフォローを入れるナディアも立派だなぁ。

 と、一人黙っている僕であった。

 口論であったりノリや思い付きに巻き込まれると何をされるか分からないもの。

 ついさっきもエルが急に僕を抱えて浮き上がり、湖の向こう岸を見に行ってみようとか言い出して思い留まらせるのに苦労したもの。

 そんなわけで仲裁やフォローは人任せにしておき、大元を辿れば時間のロスがどうとかというよりも同じ景色が延々と続くことに飽きてきただけだと思われる問題をどうしたものかと今一度周囲を見渡してみた。

 本当に自然以外に何もなく、人影も建物も一切見えない。

 少なくともこれならばどこから敵が現れても早い段階で察知することが出来るだろう。

 唯一の不安は湖その物なのだが、出発前の話では件の洞窟の付近まではウィンディーネの領地内なのでそういう心配はほとんどしなくてもいいだろうのことだ。

 状況が状況で、こちらの立場が立場なだけに断定は出来ないとは言っていたけど、何であれ件の洞窟を超えて派兵してくる勢力も無かろうという話なので緊張感が伴わないだけ正直もの凄くありがたい。

 というか湖の中には鯨ぐらいのサイズの何かが複数泳いでいるのが見えているのでそうでなければ困ると言ってもいいぐらいだ。

 ほとんど影しか見えていないので具体的にどういう生物なのかは分からないけど、まず間違いなく襲ってこられたらやばい何かだということだけは分かるだけに見つけた当初は本当に末恐ろしかった。

 そしてそんな湖の上を、腕二本で僕をぶら下げた状態で飛ぼうというエルの正気を疑った。

 絶対に普通の魚じゃないよあれ、完全に人とか食べちゃうタイプのやつだよあれ。


「ははっ、そう気を遣わなくてもいいって。体力だけは有り余ってっからさ」


 と言うキースさん本人の言葉や既にここまでに一度小休止を挟んでいることもあってこのまま進むこととなった。

 どちらかというと小まめな休息は僕やナディアといったスーパー一般人のためという側面が強いのだが程よい気候のおかげか僕もそこまで疲れていないし、ナディアも全く問題無いとのことだ。

 暑くもなく涼しくもないぐらいの気温、そして基本的にこの世界の移動中というのは遮蔽物が少なく、温度を上げるコンクリートも排気ガスも電力で動く何かも存在しないので気温とは別で涼しい風が吹いている。

 ゆえに比例して夜は寒くなるわけだけど、こと今現在に関しては広く大きな湖がよりそう感じさせているのかもしれない。

 科学的、物理的な因果関係とかには詳しくないけど、そう感じても無理はないぐらいに湖は広い。

 直径で言えば縦横どちらも数キロでは足りないぐらいはある。

 差し掛かってから外周を歩き始めてもう一時間近くが経過しているのに一度も向こう側の岸が見えたタイミングはなかったのがその証拠だ。

 いくら限られた面積だからといってこれだけ何もない大地があるならもっと有効に活用をしようとか考えないのだろうか。

 領地という概念がそうさせるのかもしれないけど、乗り物やアイテムを使わなくても数日で端から端まで渡れるぐらいの、そう広くはない天界で暮らしていて大半の人間が隣の町一つ超えたことが無いというのが凄い話だ。

 そもそも【天界】というのが国の名称ではなく形態や在り方としてそれぞれの町村が一国家として独立した統治と発展を持っているがゆえのことなのだろう。

 元の世界でも僕の基準で言う無人島みたいなサイズの小島ぐらいしかない国もいくつかあったし、こればかりはそういうものなのだと納得するしかない。

 とまあそんなことを考えながら引き続き湖の傍を歩いていく。

 ようやく水辺の終わりに辿り着いたのはそれから三十分程が経ってからのことだった。


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