表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/333

【第九章】 偽りの条件

7/2 台詞部分以外の「」を『』に統一

 誘拐犯達が出した王女解放の条件である決闘が始まった。

 一対一を三試合。

 勝敗はどちらかが死ぬか戦闘不能になる、或いは負けを認めた場合に決する。それ以外にルールは無し。

 順番はあちらが指定することになり、最初に出て来たのは太った大きな男だった。つまりは僕が一番手という意味だ。

 向かい合って立つ僕と男の右側には向こうの連中が、左側にはセミリアさん達が並んでそれぞれ戦いの行方を見守っている。

 あの口振りや僕自身が今まで見てきた二人の恐ろしいまでの強さからして、セミリアさんとサミュエルさんが負ける可能性を心配する必要はないというのはほぼ間違いないと考えていいと思う。

 自分で言いたくはないが、問題は僕だ。

 僕の場合、相手も無事にとか以前に自分が無事に終わるかどうかも、もっと言えばあの人に勝てるかどうかすら怪しい始末。

 まいった、があるルールだけに死ぬことだけは避けられるかもしれないけど、その時点で僕達は鍵を諦めることになる。それだけはしたくない、僕のせいで台無しになんてことだけは絶対にしたくない。

「お前の様なチビ助など俺の特性爆弾石で消し炭にしてくれる」

 巨漢と言って相違ない男はいやらしい笑みを浮かべ、腰に付けていた石を両手に持った。

 小屋の中でも見た野球のボールぐらいの大きさがある石つぶてだ。その名の通り、爆弾として扱えるものだと見ていいだろう。

 やはりそういう攻撃方法を取るか。という感想が第一に頭に浮かんではくるが、それを予測出来ただけでも小屋に入った甲斐もあったというものだ。

 しかし、爆弾を使うつもりであるということは向こうは僕を殺す気満々だということ。

 これでは僕の憶測は外れている可能性が高いということになってしまうけど……いずれにせよ一介の高校生であるはずの僕が何をどうすれば殺す目的で爆発物を持った相手と向かい合って立たなければならないことになるのか。前回も随分爆発のお世話になって怪我だらけになったけどさ……。

「吹き飛びやがれぇ!!」

 嘆くばかりの僕の心など知る由もなし、大声が響くのと同時に男の両の手から放られた爆弾石が真っ直ぐに飛んでくる。

 すぐに僕は右手をかざし、小さくその言葉を口にした。

 絶対防御とまで言われたノスルクさん製の見えざる盾を発動するための呪文を。

「……フォルティス」

 間髪入れず、二つの爆弾が伸ばした手に到達する。

 その微かな感覚が伝わってくるなり大きな爆音が響き、目の前で凄まじい爆炎と白煙が巻き起こった。

 僕の掌からは既にシールドが広がっているため痛みはおろか衝撃もないし、それどころか熱さすらも感じない。

 とはいえ、改良によって掌と盾がゼロ距離になったこの仕様……ものすっっっっっっごく怖い!

 本当に目の前で爆発しているのだ。

 生きた心地がしないし、今度また同じ恐怖に耐えなければいけないと知ってしまったせいで使用を躊躇ってしまう可能性すら否めない程の恐怖が僕を襲っていた。

 しかし、その心情を察知されては意味がない。

 それでは何のための改良か分かったものじゃないと自分に言い聞かせ、僕はどうにか表情を保ち相手の方へ視線を向ける。

 鼓動が随分早くなっているが、元々感情が表情に出にくいおかげで顔だけは平常心を維持しているように見えている……はずだ。

 煙が晴れて視界が戻っていく中、そんな狙いの通り大柄な男が無傷の僕を見たその顔は驚きと恐怖に愕然としていた。

「馬鹿な……俺の爆弾石を…………腕一本で防いだだと」

 これは爆弾を放った張本人の台詞だが、それだけではなく盾の存在を知らない他の二人や、自陣の夏目さんやミランダさんまでもが口をあんぐりと開けて固まっている。

 兎にも角にも第一段階はクリア。

 この先は爆弾が通用しないと知ればどういう行動に出るかが鍵となる。引き続き爆弾を投げてくるようであれば同じ対処を続けるだけだ。

「ふ……ふふふ……舐めるなよ小僧。爆弾石だけが俺の武器じゃない、元々俺は武闘が得意なんだよ!」

 叫ぶ様な声で動揺を払拭すると、すぐさま男はこちらに突進してきた。

 別の武器を取り出さないところまでは数々の想定の中では一番マシな結果ではあるが、相手はあれだけ大きく、太い手足を持った男だ。

 殴られたり蹴られたりすれば多分僕は一発でKOされてしまうだろう。

 それを避けるために、僕はまず左側の腰に装着していたナイフを取り出しその先を男に向けた。

 人を刺す勇気なんて無いけど、こういう細かな戦略を重ねることでしか僕に勝機はない。

 男は体格の割には動きが速く、すぐに僕の眼前まで迫ると差しだしたナイフを持つ僕の左腕を素早く掴み刃を外側に向けた。

 格闘技の経験などない僕はされるがままに男の空いた手によって羽交い締めにされる。首に回った太い腕は呼吸を遮る程には締められていないが、掴まれた腕と合わせると僕はほとんど身動きが取れない。

「ぐふふ、このまま締め上げればお前は終わりだ」

 男の腕の力が少し増した。

 しかし、幸運にも男の行動は僕にとって、僕の想定したいくつかのパターンの中では一番望んでいた展開であった。

 刃物を持った相手にそのまま殴り掛かってくることはそうそうないだろう。であれば今そうされているみたいに腕を封じようとするか、その腕に向かって攻撃をしてくるかという中で男は前者を選択した。

 その後すぐに拳や蹴りが飛んでくる可能性が高いと踏んでいたが、その初撃だけは防げるように僕は敢えて利き腕でもない左手でナイフを持っていたのだ。

 ここでは盾を発動する必要がない羽交い締めという手段を取ってくれたわけだけど、そうでない場合にも一発目を防いで懐に入ることが目的のこの行動。おかげで命中箇所も威力抜群になってくれる。

 力が増す男の腕が僕の首を絞めてしまう前に、僕は空いた右手で今度は右側の腰に装着してあったそれ(、、)を取り出し、男の横っ腹に突き刺すように押しつけた。

 既に動作確認も済ませている、護身用の中でも強力な威力を持つスタンガンを。


「ぐあぁぁぁ!!」


 男の絶叫に加えバチバチっという音が耳に届くと共に男の身体から力が抜けていく。

 八十万ボルトのスタンガンだ。普通の人間ならば悶絶するだけの痛みがあるし、男の肉体がその威力に耐えれるかどうかは問題ではない。

 人体の構造上身体の自由が効かなくなるのがスタンガンという物の効果なのだ。

 首を締め付けていた腕も、僕の左手を掴んでいた手も離れ、男の巨体はそのまま地面に倒れ込む。

 気を失うまでの効果は本来ないが、しびれのせいか若干四肢も震えている状態で動く気配はない。

 こうなればしばらく立ち上がることはないだろう。

 ルール上の戦闘不能状態であることは明確だ。そのジャッジを求める意味も込めて視線をボスと呼ばれる男に向けた。

「……ここまでだな。この勝負はお前の勝ちだ」

「ふぅ……」

 どうにか、無事で済んだ。

 色々と上手く転んだ結果ともいえるけど、もしも盾が間に合わず攻撃を受けてしまった場合にも一発目だけはジャックの回復呪文でダメージを軽減させるとか、シーウルフと遭遇した少し後により危険な状況に備えて日本から持ってきていた鎮痛剤を飲んでおいたとか、単純に殴られるだけの痛みに対しては捨て身で反撃に打って出るだけの準備があったりする。

 それを必要としなかっただけ運が良かったことは間違いないと思うけど。

「こいつは……死ぬのか?」

 こちらに近付いてきたボス風の男が倒れている男を見下ろしたままそんなことを言った。

 スタンガンの存在なんて知らないだろうし、外傷も無いのに倒れたまま動かないのだからその心配もごもっともといったところか。

「死にませんよ。それどころか今は痺れて動けないだけで少ししたら元通りになります。外傷も後遺症も治療の必要もありません。僕は……人を殺すなんて絶対に御免ですから」

 男は『そうか』と短く呟き、倒れている男を肩に担いで運んでいった。常に厳しい顔付きをしているあの男にあって、どこか安堵の色が見えた気がするのは勘違いではあるまい。

 とにかく、僕の役目は終わりだ。あとは頼もしすぎる程に頼もしい二人に任せておくとしよう。

「コウヘイ、よくぞ無事で戻ってくれた。あの巨漢を倒してしまうとは恐れ入るぞ」

「さすがは俺の弟子。ちょっと格好良くてムカついたけどな」

「何回も言いたくないけど……康平君、アンタほんま何モンなん? 確かに格好良かったけど、色々映画みたいなフィクションじみたことしてたで」

「さすがコウヘイ様ですっ」

 命のやりとりという極限の精神状態から解放されたことによる安堵の息を漏らしながら皆のところに戻ると、ほぼ全員が僕を出迎えてくれた。

 無事を喜んでくれるのは嬉しいのだけど、緊張の糸が切れて予想以上の疲労感に見舞われている僕にはお礼は言えてもツッコんだり説明をする余裕はない。

「セミリアさん、サミュエルさん、あとはお願いします」

「任された。お主の信頼と勇気に答えることをここに誓おう」

「大袈裟な奴……なんでもいいからさっさと行ってきなさいよ。次はあんたの番みたいよ、クルイード」

 サミュエルさんの面倒臭そうな言葉に、セミリアさんは一転して応援の声を背に先程まで僕が立っていた位置へと向かっていく。

 僕達の中で唯一セミリアさんやサミュエルさんの凄さを見たことがない夏目さんだけはやっぱり不安と心配と怖さの混ざった表情でその背中を見つめていた。

 やがて二戦目を戦う二人が向かい合う。

 向こうは最初に顔を合わせた見張り番の男だ。

 他の二人と違って体格にこれといった特徴はなく、腰にある剣以外は危ない匂いはしないのだが……、

「まさかお前が二番手だとはなぁ、聖剣のシルバーブレイブ」

 男は剣を抜き、両手で構えた。

 対峙するセミリアさんにその気配は無い。

「私を知っているのか」

「知らない奴がいるなら是非会ってみたいもんだな。その顔、その銀髪、その不死鳥の紋が入った大振りの剣……武の心得がある者が見れば初対面であろうとすぐに分かる」

「ならばこの戦いに勝機があるかどうか、それが分からぬはずもあるまい」

「名前に怯むと思ったのならばそれは間違いだと言っておく。戦いもせずに白旗を揚げるような腑抜けた意志で剣をぶら下げてなどいない!」

「その意気や良し。望み通り相手になろう、どれほどの誇りと矜恃を持っていようとも道を外した者に遅れを取る理由などないことを証明してやる」

 その言葉を最後に二人は口を閉ざし、ピリピリとした空気だけを発して睨み合った。

 しかし、それでもセミリアさんは剣を抜こうとはしない。

 もしやセミリアさんまでも素手で戦うつもりなのか。そこに考えが至ったのとほとんど同時にセミリアさんがゆっくりと歩き出した。

 どういう意図があってのことか、すたすたと何の構えも取らずに男に近付いていく。

 十メートル程あった距離が半分になった時、その間に耐え切れなくなったのか男は剣を振り上げ、斬り掛かろうと勢いよく利き足を踏み出した。

 しかしその剣が振り下ろされることはなく、男の動きはそこで停止する。

 その理由は一目瞭然、男の喉元にはセミリアさんの持つ剣が突き付けられていた。

 少し離れて見ている僕などにはほとんど見えないぐらいに神懸かり的な早さで男の眼前に移動し、いつ抜いたのかも分からない剣を突き出す右手の先の切っ先が男の喉に触れるか触れないかの位置で静止しているのだ。

「続けるか?」

 体勢を変えることなく、セミリアさんは問い掛ける。

 素人目にも圧倒的で、疑う余地の無い力量差だった。

 一瞬屈辱に歪んだ男の顔は、やがて何かを悟ったように覇気を失う。

「いや、やめておこう」

「賢明な判断だ」

 セミリアさんが剣を収め、背を向けてこちらに向かって歩き出すと、男は逡巡ののちに振り上げたまま固まっていた腕を下ろした。

 彼にしてみれば背後から襲い掛かるという選択肢が微塵も浮かばなかったわけではないはず。ただその行為の末を察したということだろう。

 とにかくこれでこちらの二勝。あとはサミュエルさんを残すのみとなった。

 僕が戻ってきたセミリアさんと握手を交わし、他の面々の称賛を浴びているその輪に加わることなくさっさと歩いていってしまっているサミュエルさんは、さっさと来なさいと言わんばかりに残った最後の一人に向かって手招きならぬ指招きをした。

 それに呼応する様に最後の男も前に出ると、自然と全ての視線がそこに集まる。

 ガッチリとした体格の背の高いその男は、その身長ほどの長い柄を持つ大きな斧を持っている。木を切るための斧ではなく、戦斧というのだったか武器用の物であることは形ではっきりと分かる。

 どの勝負も一歩間違えたらなんて甘い認識ではなく目に見えて命を落とす可能性があり、そのつもりで向かってくる相手との戦いだ。

 それでいてただ顔に出さないようにしている僕などとは違って何の躊躇いもなく、恐れる様子も感じさせず、サミュエルさんに至っては面倒くさそうな表情にさえ感じられる。

 それは戦い慣れているがゆえのことか、この世界で戦うということはそういうことなのだと今更認識を改めるまでもなく理解しているがゆえのことか。

「名前を聞いておこうか」

 まるで試合開始の合図を待つように向かい合う二人の中にあって、先に言葉を発したのは男の方だった。

 こちらもこちらで落ち着いているというか、戦い慣れていることが分かるどこか風格のある佇まいだ。

「無知な賊に名乗るほど安い生き方はしていないわね」

「大層な口振りなことだ。もはや問答に意味はなさそうだな、ならば最後の決闘を始めよう」

 そこでようやく男は手に持った斧を両手に持ち替えた。

 対するサミュエルさんは当初の宣言通り刀を抜かない。

「なぜ武器を取らない。先程の女勇者の真似でもするつもりか、同じ戦法が通用するほど俺は甘くないぞ」

「誰がアイツの真似なんかするかっての。どいつもこいつも聖剣だ女勇者だと煩わしい、アンタごときを相手に武器が必要な理由が無いだけの話でしょ」

「挑発が好きな女だ。後悔させてやろう、その身体を切り刻むことでな」

「時間の無駄。さっさと掛かって来なさい」

 会話が途切れるのと同時に時間が止まったかの様に二人が静止する。

 終始険しい表情を保っている男の鋭い眼光と相変わらずつまらなそうなサミュエルさんの視線がぶつかり合い、数秒足らずの間を置いて男が地面を蹴った。

 決して軽い物ではないだろう斧を手に、そうとは思えぬ速さでサミュエルさんの方へ突進していく。

 徐々に二人の距離が縮まると、そこで初めてサミュエルさんが構えた。

 それを受け、射程距離に入った男が斧を振り上げる。

 が、素手のままで構えを取ったサミュエルさんは未だ攻撃の姿勢を見せず、ただ振り下ろされた斧を受け止めた。なんのことはない、右手一本で。

 斧その物の勢いや重量はおろか刃が付いていることすらもお構いなしに、ガチっと掴む様に、いとも簡単にその動きを封じてしまったサミュエルさんは戸惑う男が次の手を打つ暇など与えず、そのまま男の懐に入ると左手で男の顎を押し上げる格好で男を地面に押し倒した。

 かと思うと、まるで計算している動きであったかの様に倒れた衝撃で男が手放した斧を空中でキャッチし、そのまま倒れている男の顔面の横に振り下ろす。

 遠目に見ても顔の横十センチ足らず、地面にめり込むほどの勢いでその距離に斧が突き刺さるというのは当事者にしてみればどれほどの恐怖だろうか。

 固唾を呑んで見守る僕達の前で斧を手にしたまま倒れた男を見下ろすサミュエルさんと既に抵抗を諦めたかのように動きを止めた男が一つ二つ言葉を交わしている。

 察するに、それは負けを認める旨の発言だったのだろう。

 会話が終わるとサミュエルさんは斧を地面から抜き、放り捨てるとこちらに向かって歩いてきた。

 その鮮やかな勝ちっぷりにやはりこっち側のみんなは大興奮だ。いや、もうほんとどういう身体してんのあの人……。

 と、開いた口が塞がらない僕やミランダさんもお構いなしに、はしゃぐ高瀬さんや夏目さんが求めるハイタッチを当たり前に無視して僕の方に近付いて来る。

「約束は守る、だそうよ。中に来てくれってさ」

 サミュエルさんはほとんど僕一人に言って、親指を男達の方に向ける。

 その先には既に立ち上がったリーダー格の男を含め、三人が僕達を待つかのようにこちらを見ていた。

「では、行きましょうか。今度はみんなで」

 あれだけ潔い人達だ、これ以上の悪足掻きはしないだろう。

 そう結論付け、僕達は改めて小屋へと向かった。

 今度は僕一人ではなく全員で王女の軟禁されている小屋へと歩いていく。

 中にある爆弾がまだ若干ながら懸念材料ではあるが、今この状況だけみても道連れを選ぶ可能性は五分もないと言えるだろう。そもそも今の二人の戦い振りを見れば彼等のそういう行動が実を結ぶ可能性はまずないと言っていい。

 念のため二人に万が一のそういった行動を警戒してもらうように伝え、僕達は男達に続いて小屋へと入った。最初に来た時と同じく檻の中に居た王女が持っていた本を置いてこちらに寄ってくる。

「俺達の負けだ。約束通り解放する、この者達と共に帰るといい」

 リーダー格の男がぶっきらぼうに告げると、王女はパッと表情を輝かせた。

 すると出番が無かった上に二人のあんな戦いを見てテンションが上がったままの高瀬さんが急に出しゃばった。

「王女よ、この俺様が助けに来てやった……ぜ」

「ありがとうございますっ。どうか連れて帰ってくださいませ」

「お、おう……まあ、任せとけ。じゃ、康平たん、あとよろしく」

 何故か露骨にテンションが下がった高瀬さんは一方的に言い残すとあっさり後ろの方に戻っていく。

 あれだけ王女を助けるという任務に拘っていたくせにあの態度……王女が高瀬さんの好みじゃなかったんだとすぐに分かった。

 歳は似た様なものだとはいえ、檻の中にいる王女は目を見張る様な美少女という感じでは確かにない。

 だからといって別に不細工だとは思わないが、ロールフェリア王女やマリアー二さんと比べるとまあ……という感じだ。それでなくてもセミリアさんやサミュエルさんとずっと一緒にいれば目が肥えるのも分からないでもないが、その態度は失礼過ぎるでしょうに……。

「一つ聞かせてくれ」

 と、僕が高瀬さんの非常識さに若干引いていた時。

 今まさに鉄格子を施錠している番号の付いた錠に手伸ばそうとしていたリーダー格の男の動きが止まった。

「それだけの力量差があって何故俺達を殺さなかった」

 既に壁際に立って成り行きを見守っている見張りの男と太った男も揃って僕達を見ている。

 相手が気付いているかどうかは定かではないが、リーダー格の男はセミリアさんが、壁際の二人はサミュエルさんが咄嗟の事態にも抑えられる様な立ち位置を維持している僕達にあって、答えたのはセミリアさんだ。

「我々は王女の奪還を最優先に考えたまでだ。元より国に仕える兵士ではないし、例え悪人であっても無闇な殺生は主義ではない」

「ふっ、死なせてしまっては俺達が素直に王女を解放しないとでも思ったか?」

「その可能性もあったという話だろう。我々はリーダーの意志に同調し、それに従ったまでのこと」

「リーダー?」

 途端に男が怪訝そうな顔を浮かべる。

 見張り役の男も言っていたが、他国の人ですら見ただけで素性が割れる程の有名人なのが勇者セミリア・クルイードという人間だ。

 そのセミリアさんと誰かも分からない五人がいれば誰でもセミリアさんがリーダーだと思うのも当然といえば当然か。

 その疑問に答える代わりにセミリアさんが僕を見たことで男達の視線も一斉に僕へと移った。なんだか『お前みたいな小僧が?』とでも言われているみたいで虚しい。

「コウヘイ、私の説明に間違いがあれば補足してやってくれ」

「いえ、間違いはないです。ただそれは理由の一部というか、僕の中にとある疑念があったというのも事実なんですよ。それも、もっと重要な」

「とある疑念? それは一体どういったものだコウヘイ」

 素直に疑問を口にしたのはセミリアさんであったが、リーダー格の男も同じ顔をしている。

 元々が厳格な顔立ちをしているせいで『ふざけたことを言おうものならただじゃおかんぞ』とでも思われていそうな気分だ。

 それは、と男と視線を合わせたまま前置きをして。

 いくつかの小さな疑問や違和感がこの小屋に入ったことで繋がり、浮上したとある可能性の話を僕は初めて口にした。

「もしかしたら……そこに居る王女は連れ去られてなどいないんじゃないか、そう思ったんです」

「ふん、何を言い出すかと思えば」

 男は嘲笑混じりに鼻で笑った。

 まるで聞いて損をしたとでも言いたげな口調と表情だ。

「コウヘイ、さすがにその仮定には無理がないだろうか。私達はバートン殿下の頼みを受けてここに来たのだ、それに王女も事実ここに幽閉されていたではないか」

「無理矢理ここに入れられているのかそうでないのかは今この状態を見ただけでは断言出来る要素も無いでしょう」

「それはそうかもしれんが……ではコウヘイには王女が拉致されたのではないと思えるだけの根拠があるというのか? お主を疑う私ではないが、分かるように説明してくれなければ私の様な者には考えが及ばないのだ、気を悪くしないでくれ」

「説明を後回しにしたのは僕ですし気を悪くなんてしないですよ。ただ僕がその可能性が高いと思えたのはここに来てからのことだったんです。最初に違和感を感じたのは僕達がバートン殿下の屋敷に到着した時でした。門番の一人が僕達の来訪を殿下に伝えに行った時です」

「最初も最初ではないか。それのどこに違和感があるというのだ」

「あの人が敷地の中に入ってから戻ってくるまでに要した時間を思い出して欲しいんです。僕達が通された殿下の部屋は一番奥で、殿下はそこで書き物をしていたわけですけど、僕達が訪ねてきたことを知ってから書き物を始めたなんてことはないでしょう。つまりは僕達が来る前からしばらくはあの部屋に居たはず。入り口からあの部屋への往復をあんな短時間で、それも会話をした時間も差し引けばもっと少ない時間で戻ってこれるとは思えないんですよ」

「確かに今考えるとそうだが、それだけでは何も……」

「勿論その通りです、今の話はこの結論に直接関係はありません。ですが殿下の許可を得ただなんて勝手に答えるわけもないですよね? その時点で仕組まれた行動、或いは予め決まっていた行動だったのだという推測も出来ないではない。そしてもう一つの気になること、それは最初に見張りをしていたその人の腰にある剣です」

 一同の視線が僕に続いて見張り役の男へと移る。

 しかし僕の言わんとしていることが理解出来ないのか、すぐにその視線は僕に戻って来た。いずれにせよ王女本人が否定も肯定もせず、一緒に話を聞いている時点でもう違和感ばりばりである。

「どういうことや康平君。あの人の剣がどないしたん?」

「格好が違うのでピンとこないかもしれませんが、あの剣は屋敷の門番が持っていた物と同じなんです」

「マジで? よー覚えてんな……全然分からんかったでウチ」

「私も同じだ。だが、例えそうだったとしても……」

「言いたいことはごもっともです。例えそうだったとしても、やはり何かを断定出来る要素ではない。元兵士の人間なのかもしれないし、兵士から奪った物を使っているだけなのかもしれない。だけどその可能性と実際に兵士である可能性に差を付ける根拠も無いこともまた事実です」

「しかしコウヘイ、断定出来ないと自分で言っているような疑問ばかり重ねてもお主が言う結論には結び付かないのではないのか? 無論、可能性の一つとして行き着いたことは正しいだろうし、そうだった場合に備えた事もお主だから出来ることかもしれんが……」

「ここまではあくまで可能性の一つであり、どちらかといえば薄い可能性と言っていいぐらいの話でしかなかったです。だけどそれを一気に現実だと思わせる理由がこの部屋の中にあった。勿論気付いたのは最初にここに通された時です」

「俺にも分かったぜ康平たん、中に入ったら王女とこいつらの誰かがイチャついてたんだな?」

「違います」

 そもそも三人とも外に居たでしょうに。

「王女が手にしていたあの本、そこに答えがありました」

「確かにウチも閉じ込められてる状況でまで読書ってナンボほど好きやねんとは思ったけどやな……それが何で答えになるんや?」

「同じシリーズの物が王女の部屋にありました。背表紙の番号を見てもあの部屋から持って来た物だと見て間違いないでしょう。彼らがあの屋敷に侵入して王女を連れ去ったのは深夜という話でしたよね? ならばなぜあの部屋にあった本がここにあるというのか」

「でも……あの専属っていう女の人が言ってたやん。夜中に起きて読書してることがしょっちゅうあるて」

「その女の言う通りだ。俺達が忍び込んだのは夜中だったが、時間が浅かったせいか王女は起きて本を読んでいた。そのまま無理矢理連れ去ったがゆえに手にしていた本が付いてきただけの話だ」

 ここぞとばかりに男が便乗してきたが、僕にしてみれば苦し紛れの言い分にしか聞こえない。

 なぜならそれは。

「それを否定するだけの情報が僕達にはあるじゃないですか」

「情報て……ウチみたいなアホには分からんけど、なんかあったっけ?」

「王女の部屋の机にはもう一冊本が置いてありました。寝付きが悪いからという理由で始める読書で二冊も用意するでしょうか?」

「読書好きやったら別に二冊読む気でおってもおかしくはないんちゃうの?」

「あれだけ分厚い上に文字だけの本をですか? 二冊目を読み始める頃には夜が明けていますよ」

「た、確かに……いや、でも途中まで読んでたらどや? 一冊目の最後の方まですでに読み終わってて、その途中から読み始めようと思ったらすぐに次の巻にいくやん」

「一度手に取った本を途中で置くことはしない、それは皆さんも屋敷に居た女性から聞きましたよね?」

「じゃああれや。置いてあった本は既に読み終わってて、昼に終わったのを置いてたってのは?」

「専属の使用人であるあの人が片付けをする必要もないほど几帳面なのにですか?」

「うぬぬ……それもそうか。もういっそ最初から徹夜してでも読み切るつもりやったってことは?」

「その可能性は推測で否定することは出来なかったでしょうね。ただ、やっぱりそれもないんです」

「……なんで?」

「もしそうであったなら、机に置いてある本が五の数字でなければおかしい。四巻を置いて五巻を手にしていたということは既に四巻は読み終わっていたということ。それ以前から読み続けていたのならまだしも、あの女性は消灯したところを確認したと言っていました。であればそれだけの短時間で読み終わるはずがない」

「そうか、五巻読んでる途中で連れて行かれようと思ったらもっと遅い時間じゃないとおかしいってことなんか」

「そうです。それら全てを推測に加えると、連れ去られたのが夜中だったということには無理がありますし、あの本を今まだ手にとって読んでいるところを見ても三日前というのも既に怪しい」

「ってことは……結論からするとどういうことなん?」

「王女が連れ去られて三日間、居場所を特定しているにも関わらず何もしないことも不自然で、見るからに本が一冊机に置いてあるだけの綺麗な部屋に手掛かりがあるかもしれないと通されたことも今思えばおかしい。この人達が決闘やルールに拘ったことも、潔く負けを認めて王女を解放しようとしていることも、まるで僕達を試すために作られた設定に思えて仕方がない。本当はもう少しそれらしい雰囲気を作ることも出来たのでしょうけど、その本が余計だった」

「王女が牢の中にいるにも関わらず本を持っていたことで綻びが出た、ということか。それがコウヘイの疑念を生んだ」

「恐らく、ここに来たのは今日になってからだったのでしょう。元々のシナリオではあの本は無かったんじゃないですか? それが彼らにとってもイレギュラーだった」

「イレギュラーってどういうことや?」

「殿下は予め僕達か他の国の誰かが訪ねてくることを知っていた。だけど本来明日だったはずのそのタイミングが今日に変わったことを知ったのは当然今日になってからだったわけです。予定通り明日僕達が来たらきっとあの本は無かったのでしょう、用事がある日はそれが終わるまで本は触らない、それが王女のルールだ」

「そうか……明日やと思っていつも通り普通に本を読んでたところに変更の知らせが届いた。慌ててスタンバったものの王女さんの決め事で既に読み始めた以上その本は置きたくない。だからしゃーなしに本持ってここに来たってことか」

「まあ、あくまでその辺は推測に過ぎませんけどね。ただ屋敷で聞いた話に無理があって、この人達がその話に乗っている以上両者が繋がっていることは疑いようもないでしょう」

 全ての説明と解説を終えた。

 結局最後まで王女本人が否定も肯定もしないあたり、僕達がどういう行動に出るかを観察していたとも取れる。ただお気楽なだけかもしれないけど……。

 いずれにしても王女を取り戻せるかどうか、或いは状況から真実を見抜けるかどうか、そのどちらかあたりが本来の鍵を渡す条件として設定されていたと見てよさそうだ。

 横に居る夏目さんの『康平君……将来は名探偵なれるで自分。コナンやコナン』という意味不明な感動の言葉や『まったく、先程の戦いも含めお主は一体どこまで私の想像を上回るつもりなのだ』というセミリアさんの称賛もさておいて、途中からは黙って話を聞いていたリーダー格の男に目を向ける。

 深く目を閉じ一度大きく息を吐くと、男は吹っ切れたような表情を浮かべた。

「全てにおいて……俺達の負けのようだな。少年、全て君の推察通りだ。我々は殿下の指示で動いている。ララ様を連れて屋敷に戻るといい、そこで全て明かされることになっている。勿論封印の洞窟に入るための鍵も受け取ることになるだろう。君達にはその資格がある」

 いきなりの口調の変化を伴いつつ男は今度こそ牢の鍵を開いた。

 こうして僕達は無事に王女を取り戻し、来た時と同じ馬車で屋敷に戻ることに。

 仮に僕の推測が外れていても王女を取り戻せたことに違いはなかった感じだし余計な時間だったかな、とも思ったのだが。


「例え我々に勝って王女を取り戻すことが出来たとしても、死人を出した時点でアウトだった。戦闘力に加えてそれを見極める能力があるか否か、それが君達が鍵を得るための真の条件だったんだ」


 そう補足した男の言葉からするとあながちそうでもなかったらしい。

 とはいえ、そんな疑念があったかどうかなんて無関係に人殺しなんてしないように提案していたであろうことも事実。

 そう考えてみると、やっぱり結末は同じだったのかもしれない。

 何はともあれ、為すべき事も人としての在り方も間違わずに済んだのならそれでいいさ。皆が無事で帰れることが僕にとっては何よりも大事なのだから。


          〇


「こちらがその鍵です。どうぞお納めくだされ」

 バートン殿下の屋敷に戻った僕達は再び部屋に通され、最初と同じ様に向かい合って座っていた。

 手渡された小さな木箱を受け取り中身を確認すると、銀製の大きめな鍵が確かに入っている。

 ちなみにララ様と呼ばれていた王女は既に自分の部屋に戻っていてこの場にはいない。

「この様な無礼を働いたこと、改めてお詫び申し上げる。例え封印の洞窟に辿り着こうとも、その先に進むには強さのみならず知能も必要となります。過去に死者も出ている以上は誰にでも任せられるものではないと言われてきましたゆえ、それを見極めるのも私どもの使命なのです。その責務を全うすることが我が国が五大王国へ示すことの出来る敬意であり、曾祖父の代からこの鍵を預かってきた一族の重責」

 諸事情や自身の心根をあらかた語り終えると殿下は深く頭を下げた。

 唯一サミュエルさんは試された事に対する不満を漏らし続けていたが、さすがにこの姿を見ては何も言えないみたいだ。

「頭を上げてください。悪役を演じたあの三人も一歩間違えれば命を落としていた状況ですし、どれだけの覚悟であったかはこちらも十二分に理解しています」

「ただの演技で人の本質を見極めるのは難しいものです。あの者達には殺す気で戦うように言ってありました。あなた方が無事で済んで何より。そして強さや勇気だけでなく鋭い洞察力と優れた知能、娘を救おうとする人情を持ち合わせておられた。きっと無事に役目を終えることが出来るでしょう」

「過分なお言葉、痛み入ります。ではそろそろ僕達は失礼させていただこうと思います」

「今日のうちに出発なさるので?」

「いえ、どこかで一泊して明日出発するつもりでして」

「では村の宿に部屋を用意させていただきましょう。案内させますので、こんな村ですがゆっくり身体をお休めください」

「失礼でなければお言葉に甘えさせていただきます」

 そんなわけで、バートン殿下のご厚意により僕達は宿に向かうことになった。

 なんだか遠慮しなさすぎな感じもするけど、目上の人の申し出を断る方が失礼だしこのぐらいはお世話になってもいいだろう。

 これは余談だが、あの誘拐犯三人組は揃ってここで仕えている兵士だったらしく屋敷を出る時に偶然会った僕の相手だった太った人に何故か例の爆弾石を手渡されたりした。

 戦友への餞別だとか言っていたけど、どうして僕を戦友だと思っているのかとか、爆弾なんて渡されたところでどうすればいいのかとか、とにかく疑問だらけだった。


          ○


「んあ~……」

 本当に久しぶりのゆったり出来る時間である。

 あれから一旦宿へ移動した僕達はみんなで夕食を食べた。

 といっても唯一サミュエルさんだけは一緒に来なかったのだが、とにかく食事の後はは明日の出発までは自由時間ということになり僕はベッドに寝転がっているというわけだ。

 この世界では珍しく個室の宿で、それぞれ別の部屋で寝泊まりすることが許されるというこれまた本当に久しぶりの一人で静かに過ごす事の出来る貴重な安らぎタイムなのだった。

 といっても枕元にはジャックが置いてあるし、ついさっきまではミランダさんがこの部屋に居たわけだけど……。

 基本的に大人しい上に気の利くミランダさんが邪魔とは思わないけど、昼の出来事を思い返しては僕を英雄の様に語るその姿はどうにも対処に困るのだ。

 そんな時間を小一時間程過ごし、特に用事を言い付けるつもりもないしミランダさん自身も歩きっぱななしの一日で疲れただろうということで部屋に戻って休んでもらい今に至る。

『しっかし、今日は大層な活躍だったな相棒』

「……久しぶりに喋ったと思ったら今度はジャックがそんなことを言うかね」

『お前さんは持ち上げ過ぎだと言い張るが、それに足るだけのことをしたと俺も思うがね。あの洞察力に的確な判断や指示、それに加えて敵を倒しちまうんだからリーダーらしくなってきたってもんだ』

「リーダーらしさなんて僕には分からないよ。出来ることをするだけ、それで精一杯だもん」

 敵が化け物だったり実は敵じゃなかったりするからそう見えるだけであって、例えばあの条件が誘拐犯を殺すことであったなら、きっと僕は誰よりもリーダーらしからぬ姿を見せていたことだろう。

 昼間に演技がどうという話があったが、どれだけリーダーらしい人間を演じようとしてもやっぱり僕はこの世界の住人ではないし、どこにでもいる普通の人間なのだ。

「あ、そうだ」

『どうしたんでい』

「サミュエルさんに明日の段取りを伝えるの忘れてた」

 他の面々にはご飯の時に言っておいたから後から伝えようと思ってたんだった。

「ちょっとサミュエルさんの部屋に行ってくるね」

『なら俺はお先に寝てるとするかね』

「………………」

 ジャックにも眠るという概念があったんだ……初めて知ったよ。


          ○


 廊下を挟んで向かい合った並びの部屋に一人一部屋という今回の宿。

 皆も疲れてさっさと眠ってしまったのか、どの部屋からも特に話し声や物音は聞こえない。

 かくいう僕もクタクタだし早いとこ寝てしまおう。なんて決意は、そもそもサミュエルさんが寝てしまっていたらどうしよう、という心配に一瞬で変わる。

 それどころか寝ようとしていたタイミングですら人が訪ねてくることを鬱陶しがるんじゃないかと思えてならない。

「………………」

 ひとまずサミュエルさんの部屋の前に立ってみる。

 意を決し、そのくせ超控えめなノックで扉を叩くと意外にも普通に返事が返ってきた。

「誰?」

「僕です」

「アンタか。用があるなら入りなさい、用がないなら取り込み中よ」

 なんとも次の行動に困る返答である。

 暗に邪魔するなと言われている気がしないでもないが、用があるのも事実。本当に取り込み中ならサッと要件を伝えてサッと帰ろう。

 そう決めて、失礼しますと一言足して扉を開けた。

「な……な……何してるんですか……それ」

 思わず言葉に詰まる。

 中に入ると、部屋着に着替えたサミュエルさんがベッドに座って腕を磨いていた。

 いや……どうしてもそういう表現になってしまうのだが、文字通りの意味ではなく、自己鍛錬に励んでいるとかそういう意味ではなく、本当の意味で自分の腕を磨いていた。

 右腕を布巾の様なもので拭いているとでもいうのか、それだけの事であれば驚く理由にもならないのだけど、問題はその腕が身体と繋がっていないことにある。

 腕というか、もうほとんど肩口から切り離されたような状態の右腕を座っているその足の上に乗せて左手で磨いているのだ。

 肩口の断面部分は袖で隠れて見えないのがせめてもの救いだが、そんなことよりも……なぜ腕が取れている。

「何って何よ」

 サミュエルさんは素で『何言ってんのコイツ』的な顔をしたが、すぐにその理由に気付いたらしく、

「ああ、これ。アンタはまだ知らなかったんだっけ? 私は元々義手なのよ」

「そ、そうだったんですか……」

 全然知らなかったよそんなこと。

 柄にもなく普通にビックリしたよ。

 まだ心臓がバクバクしてるよ!

「それって……最近そうなってしまったんですか?」

「そんなわけないでしょ、何年も前の話よ。ジジイが作った物だからただの作り物の腕じゃないし、戦闘にも日常生活にも影響は無いし。言わなきゃ今のアンタみたいに義手だと気付かれないぐらいなんだから」

「確かに全然気付きもしなかったですけど……ていうか昼間のあれもノスルクさん仕様だから出来たことだったんですか? 斧を素手で掴んだあれは」

「当たり前でしょ、生身の身体であんな真似が出来る人間がいるかってのよ。ジジイの作った物ならではの特殊性ってところね。ついでに言えば右目も同じ」

「右目? もしかしてそれも義眼なんですか?」

「そ、むしろ腕よりこっちの方が先だったし。毒針を目に食らって見えなくなったところをジジイがお節介で作ってくれたってわけ」

「それで……あれだけ視力が良いんですか」

「そーゆーこと」

「色々と驚きが追い付きませんけど……ノスルクさんって何でも作れるんですか?」

「そうなんじゃないの。いくら魔法力が人並み以上だからってそれだけのおかげってことはないでしょうけど」

「と言うと?」

「知らないわよ、詳しくなんて。いつだったか天界に行った時にどうこう言ってた覚えはあるけど、私は話の途中で勝手に帰ったから全然聞いてなかったし」

「……勝手に帰ったんですか」

「ていうかジジイの話なんてどうでもいいわ。アンタの要件はなんなのよ」

「あ、そうでした。明日のことなんですけど」

 ひとまず理解が追い付かないだけの驚きは置いておいて。僕は伝え忘れていた明日の段取りを説明した。

 といっても昼前には出発するので昼食は早めに取っておきましょうというぐらいなのだけど。

「そう、分かったわ」

 黙って聞いていたサミュエルさんは一言だけを返して、外れていた右腕をカコっと装着した。

 こうして見ると本当に義手だなんて分からない。

 さすがはノスルクさんといったところなのか、見た目はおろか触れた感触も作り物だなんて到底思えないレベルだ。

 しかし、右腕も右目も戦いの最中に失ってしまったのだろうか。だとすればこの人達の生きる道、進む道とはどれ程までに過酷なものだというのか。

「コウ、まだ何かあるの?」

 話が終わったらさっさと帰れ、と目が告げていた。

 せっかくの休息の時間だ、邪魔をするのは忍びない。

 と、挨拶の一つぐらいして部屋を出ようと思ったのだけど、もう一つだけ気になっていたことを聞いてみることにした。

 きっとこのタイミングを逃せば今後聞いてみることは出来ないだろう。教えてくれるかどうかは別問題だけど……。

「あの、サミュエルさん。もう一つ教えて欲しいことがあるんですけど」

「何よ」

「あのカエサルさんとはどういう関係なんですか?」

 カエサル。

 確かフルネームはエルフィン・カエサル。薙刀を持ち、髪の毛が半分だけ金髪のユノ王国の女戦士。

 サミットの会場で見た二人の関係は旧知の仲でありながら因縁浅からぬ関係であることは間違いない。

 聞いてどうなるのかなんて自分でも分かっていなかったけど、あの時のサミュエルさんの目は今でも思い出せてしまうぐらいにただならぬ雰囲気があった。

「何それ、アンタがそれを知りたい理由はなんなのよ。今後の旅にもアンタの生活にも全く関係無いじゃない」

 答えたくない。という風ではなかったが、敢えて教える意味も無い。そんな反応だ。

「関係はないかもしれないですけど、聞きたいんです」

「だから、聞きたい理由はなんなのよ」

「理由は無いです。ただ僕が知りたいだけで……それじゃ駄目ですか?」

「………………アンタってやっぱり変な奴」

 調子狂うわ、と。

 サミュエルさんは呆れた様に大きく息を吐く。

「別に面白い話なんて何もないわよ。ただの昔の知り合いってだけ」

「昔の……知り合い。それって、つまりは仲間だったとか、そういうことですか?」

「どう表現するかは人それぞれなんじゃないの。私はそういう言葉を使ったことはないし、そういうつもりもないけどさ」

「そ、そうですか」

「同門とか、姉妹弟子って言うのが一番分かりやすい表現かしらね。私は昔シヴァという男に師事していたことがあって、その時一緒に居たってぐらいの関係よ」

「誰かの弟子だった、ということですか?」

「十二、三の時の話よ。男三人に女二人の五人が同じ立場に居た。私とエル……いえ、エルフィン・カエサル、それからレオン・ロックスライトにオズウェル・マクネア、それにカルヴァリン・ダックワースの五人。アンタに言っても分からないでしょうけど、長生きしたければ名前ぐらいは覚えおくおことね」

「………………」

「ま、シヴァが死んで住んでた国が無くなってからはみんなバラバラで、私は全く関わりを持っていなかった。だから昔の知り合いってだけの関係よ」

「そう……ですか」

 これ以上は踏み込んではいけない、そんな感じがした。

 いや、正確にはこれ以上の事は教えてくれないだろうなと分かったというべきか。

 話は終わり、そう言われた様な気分がそれを物語っている。

 少なくともカエサルさんとはそれだけの関係ではないはずだ。

 師匠が死んだ、住んでいた国が無くなった。それだけでもただならぬ経験があったはずだし、そうでなかったとしてもカエサルさんに裏切り者と言った事実は消えたりはしない。

 だけど、それは僕が今なにげなしに聞いて答えてもらえる話でもない。そういうことなのだろう。

 その線引きを見誤ればサミュエルさんはきっと気を悪くする。だからこれ以上は聞けない。

 サミュエルさんが口にしたレオン・ロックスライトという名はどこかで聞いたことがある気がするのだけど、果たしていつ聞いたのだったか。

 それに……マクネアという名前だって。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ