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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑫ ~Road of Refrain~】
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【第十七章】 帰郷


 衝撃的な発言の直後ではあったが、一行は引き続き大きな町に向かって足を進めていく。

 到着まではもう二、三百メートル。

 皆が口々に驚きや唖然呆然といった反応を見せているが事情が事情だけに率直な突っ込みを入れていいものかと言及を自重している感じだ。

 唯一目を輝かせているエルは事の重大さを理解していないだけっぽいけども。

 それはさておき。

 先程の村とは対照的に随分と大きな町に見えるが、地上世界の大国における大都市みたく城壁に囲まれているというわけでもないため外からは全貌が見えている。

 そして目の前には待ち構えている女性、すなわちナディアの母親が一人ぽつんと立っているといった具合。

 しかしまあ、特殊な血を継いでいて地上に派遣され国王を務める一族なのだからそれなりの立場を持つ血筋なのだろうとは思っていたけど、まさかまさかこの地の最高位である神の子だったとはという感じである。

「レイラは……知ってたんだよね?」

「はい、勿論です」

 二人は地上に来る前からの、すなわちこの天界に居た頃からの付き合いという話なので当然か。

 というか……もしかしたら呼び名もそれを暗示していたりするのだろうか。

 天界の、つまりは神の使いだから『天使様』と呼んでいるのかと思っていたのだけど、文字としては一番偉い人の子供である『天子』になるんじゃないの?

 それはそれで今の今まで隠していた出自に気付かれる可能性がある呼称を常時使っていたということになるのでどうかとも思うが……普通に考えて『てんし』というワードを聞けば誰でも『天使』以外に連想なんて出来ないだろうから大した問題ではないか。

 いや、だとしても天使と呼ばれる理由を深く考える誰かが現れようものなら結局は不都合が生じることに他ならない気もするけども。

「ちなみに姉さんは?」

「いやあ、天界でもそれなりの地位に居る方だとしか~」

「黙っていてごめんなさいね。ここからユノ王国に派遣される立場である以上は口外厳禁という掟があるのよ」

 まあ、それは仕方ないか。

 ウェハスールさん達は例の血のことだって知らなかったわけだし。

 何なら天界出身であることすら【人柱の呪い(アペルピスィア)】の一件があるまでは伏せられていたんだっけか。

 そんなこんなで僕達以外も好き勝手な感想を漏らしながら町の方へ、というかは女性の元へと近付いて行く。

 敵対関係ではないことが確定し、なおかつ相手はこの地を治める人物。

 加えてナディアの身内とあっては牛に乗ったまま対面なんてのは失礼過ぎるため僕達も徒歩に切り替えている。

 数分としないうちにはっきりと風体が分かる位置にまで迫ると、ようやく女性の全貌が目に見えるまでになっていた。

 遠目から見えていた人影ですらどう考えても一般人とは言い難い雰囲気をヒシヒシと伝えて来ていただけに、何だか別の意味で緊張する。

 というか、よく考えてみるとこの段階で待っているということは予めこちらの動向は察知されていたか、見張っている人間が複数いたのではなかろうか。

 天門を潜ってすぐにバーレさんがやってきたことも含めスマウグの有様はあんなでもしっかりと監視や警戒態勢は出来上がっているのかもしれない。

 その女性は見た目は三十前後の、明るめの茶髪が背中の辺りまで伸びている見た目はとても綺麗な女性だ。

 袖のない足首までの長さがありながら左右共に太腿のほとんどが艶めかしく露わになっている所謂サイドスリット型の白いドレスのような服装をしていて、煌びやかで神秘的な雰囲気を惜しげもなく漂わせている、まさしく女神という肩書きにぴったりの外見。

 より馴染みのある偶像で例えるならばそれこそ天使というイメージに近いかもしれない。

 背中に翼でも生えていようものなら前提となる情報を持っていなくとも完全にそれらを連想しているだろう。

 しかし、担いでいるのか背負っているのか実際に背中にあるのは翼ではなく、やけに大きな瓢箪の様な形をした木製の何かだ。

「ねえねえ姫、ママさんの背中のやつって(ゲート)なの?」

「ええ。正真正銘最古の門の一つですよ」

 一人暢気なエルには緊張感の欠片も無い。

 警戒や恐怖心というわけではないだろうが、流石に神との対峙である以上は平常心というわけにはいかない……のは僕と守護星の方々だけらしい。

 そもそもレイラは知った顔だろうし、ウェハスールさんも身内の身内という認識なのか全く気後れなどはしていなさそうだ。

 水の精霊ウィンディーネ。

 その肩書の通り、背中のアレから水が出てきて何だかとてつもなく危険な目に遭った……様な気がするのはどこまでが現実なのだろうか。


「お母様!!」


 とうとう声が届く距離にまで至ると、駆け出したナディアが目の前の女性に飛び付いた。

 その姿は親子と表現するのに何の違和感も無く、お母さんの方も慈愛に満ちた笑顔で我が子の頭を撫でている。

「よくぞ無事に戻ったのう。心配を掛けよってからに」

「本当に久方ぶりです。あり過ぎたぐらいに色々ありましたけど、どうにか戻って参りました」

「待て待て娘よ、積もる話は後に取っておくとしようぞ。其方等もよく参った、ここでは何も心配は要らん。ゆっくりしていくがよいぞ」

 そこで初めて神が僕達の方を見た。いや、この場合は女神と言うべきなのだろうか。

 神かどうかというよりは単にここにいる誰かの御母堂である以上は同じ対応になるのだろうけど、エル以外の全員が挨拶代わりに一礼をする。

 さっきから例外にエルの名を挙げてばかりいるけど、別に馬鹿にしているとかじゃないよ?

「さて娘よ。主を連れ帰ってくれた者達を紹介してたもれ」

「ええ勿論。こちらがケイトとその妹のエルです、いつも手紙に書いた通りにユノ王国でわたくしを支えてくれているわたくしやレイラの家族ですわ」

「ふむ、娘が世話になっておるの。こうして直接礼を言う機会に恵まれたことを嬉しく思うぞ」

「いえいえ~」

「姫とレイラのお母さんっ、よろしくねっ!」

「うむ、元気な子じゃな」

「そして、こちらはフローレシア王国よりマクネア王のご協力もあて同行していただきました、国防を担う守護星という部隊の方々で順にエーデルバッハ様、キース様、ノワール様、パーシバル様です。地上世界ではレイラの部下に当たる方々なのですよ」

「ほう、かのフローレシアの。随分と時代も変わってきたものじゃのう、しかしながら所持(、、)して(、、)いる物(、、、)も含め中々の強者の様じゃな。レイラ共々世話になっておるの、礼を言うぞ」

「いえ、我々は隊長に命を預けている身。当然のことです」

 キリっという音が聞こえてきそうな締まった表情と声音に、気さくに挨拶を返そうとしたのだと思われるキースさんやノワールさんの台詞が出る寸前で止まってしまった。

 これがエーデルバッハさんの生真面目な部分なのかかもしれないけど、お母さんにお礼を言われたことで逆に『感謝される程のことではありません』的な態度によって格好付けようとしてしまっているというか、忠実な部下になりきっちゃっているというか、そんな心情を察して若干引いてしまっている。

 だってあからさまに『出た~』みたいな表情してるもの。

 二人揃って内心嬉しいんだろうなぁ、みたいな顔をしているもの。

「そしてこちらが」

 と、同じ感想だったらしいナディアが若干苦笑いしながら言葉を続けた時。

 不意に引き寄せられたかと思うと、そのナディアの両腕が僕の左腕を包み込んだ。

「わたくしの旦那様、コウヘイ様です♪」

 ええぇ……いきなりその話に飛んじゃうの?

 こっちにも心の準備というか、まだ直接挨拶も出来てないのに。

 といっても後から実はこうでしたと切り出せる話でもないのだろうけど、そもそも王族どころか神の系譜であるナディアが自分の意思と希望だけで勝手に結婚とかしていいものなのだろうか。

 この天界じゃ……じゃなくてこの展開じゃ取り繕うのも変だろうし、まず交際から婚約に至るまでの過程すらなかったというのにもう親と対面って言われても作法とか分からないよ僕。

「うむ? なんと、そなた知らぬ間に伴侶を見つけておったのかえ?」

「はい! その辺りもたくさん聞いて欲しい話があります。わたくしもレイラも、この方が居なければ生きて帰ることはなかったのですから」

 ナディアは満面の笑み。

 対する僕はそこでようやく女神様に視線を向けられ、改めて一礼をすると共に事項紹介を口にするのが精一杯である。

 といっても名前しか言ってないんだけど、そうなった理由はそのウィンディーネさんが顔をグッと近付けて来たからだ。

 鼻と鼻が触れ合うのではないかというぐらいの距離に、思わず言葉を失う。

 というか随分と若く見えるけど、本当に二十歳になる子供がいる年齢なのだろうか。

「ふむ、ふむふむ。一見豪胆には見えぬが……なるほど、王のなんたるかを教えてやる機会はついぞ訪れなんだが、男を見る目は確かな様ではないか」

「うふふ、そうでしょう? 一日も早くお母様に自慢したかったのですよ?」

「言うではないか。是非ともじっくり聞かせて欲しいところじゃが、諸々の話は食事の席でゆっくり聞くとしようぞ。まずは神殿に来るがよい、宴の準備を急がせておる」

「まあ、宴の用意まで?」

「当然じゃ。二人の娘がようやっと戻ってきたというに、黙って送り出す親などおるまいよ」

「ではお言葉に甘えさせてもらいます。皆様も移動続きでお疲れでしょうからしっかりと英気を養っていただかないと。ただ一泊ののちはすぐに出立しなければならないのですけど……なにぶん期限付きの遠征ですから」

「その辺りもじっくり聞かせてもらうわえ。もっとも、妾にもしたい話は山程あるがの。レイラよ」

「は」

「お主には説教じゃ。まったく、あれほど口酸っぱく言って聞かせたというに平気で命を投げ出しよって」

「申し開きもありません。ですが……」

「ああ、よいよい。凡その事情は聞いておる」

「そうなのですか? こちらの世界の話をどうやってお母様が……」

「数日前に、諸々の顛末が記された文を受け取ったのでな。無論、例の計画については妾も知っておったしの」

「文というのは……どなたから?」

「AJ、という小僧を知っておるか?」

「確か、レイラと共にわたくしを守ろうと画策していたという……お母様はあの方をご存知なのですか」

「妾だけではない。レイラも【天帝一神の理(ヘヴンズ・キッド)】に加わる前から知っておる、何せ彼奴は其方が生まれる前には共にこの地で暮らしていたのじゃからな」

「そんな……初耳です」

「それはそうじゃろうよ、其方が直接会うたことはなかったからの。そもそもレイラを共に地上に行かせたのも彼奴の進言じゃ、無論そなたを守るためと言われて断れるわけもなく反対する理由も無かったがの」

「…………」

「レイラを責めるでないぞ。【天帝一神の理(ヘヴンズ・キッド)】には制約の力が働いておる、明かせぬものは命と引き換えにしたところで明かせぬ。楽園(エデン)へ向かうのであればクロノスの小僧がおる地も経由するじゃろう、そこで解いてもらうがよい。妾からも一筆認めよう」

 どこか蚊帳の外になってしまっている中。

 そこでウィンディーネさんは踵を返し、町の方へと歩いていく。

 何だか難しい話というか、複雑な事情がありそうな内容ばかりで口を挟むのも躊躇われて黙って聞いていた僕達もそれに続いた。

 規模としては結構なもので、実際に足を踏み入れてみると遠目から見ていた印象と同じくスマウグとは違いしっかりと町の形をしていることをよりはっきりと理解させられる。

 商店があったり石畳の通りが左右に広く続いていたり、他にも馬車が走っていたりど真ん中に馬鹿でかい噴水があったりと、むしろこの世界の基準で言えば栄えている部類だと言ってもいいだろう。

 ウィンディーネさんと一緒に歩いているせいか行き交う人達の注目を集めてしまいとても目立っているため少々落ち着かない感じもあったが、宿と食事を提供してくれるというのだ。贅沢は言うまい。

 この地を治める神なのだから耳目を集めるのは無理もないことだけど、道行く人々が気さくに話し掛けてくることも含め統治者として民を尊び、民もまた彼女を信頼しているのがよく分かる光景だったと言えよう。何から何までサラマンダーとは正反対だ。

 規模としてはグランフェルトの王都より若干小さいぐらいか。

 一つの町としてはそれでも十分に大きく民家や店の数から少なくとも数千人規模の人々が暮らしていることは間違いない。

 とまあ、この天界に来て以来初めて気を抜ける時間を得たということもあって暢気にも異文化の物珍しさ、目新しさに興味を示している間に目的地に到着し前を歩いていた全員がほとんど同時に足を止めた。


「「お帰りなさいませ女神様、天子様、侍衛長様。そしてようこそお越し下さいましたお連れ様方」」


 広く大きく派手でいて立派な宮殿を前に思わず感嘆の声を漏らしそうになっていると、入り口である正門の前に立っていた二人の女性が声を揃えて深く頭を下げた。

 槍を持っているということは門番といった感じの立ち位置の人達なのだろう。

 水をイメージしているのか薄い青色の戦装束を着ていて、謂わばウィンディーネさんの配下の人なのだろうけど、それを踏まえても男女比率が一対多数のまま変わらないのはいかがなものか。

 居心地が悪いとまでは言わないけれども、やっぱり気を遣うというか気が抜けるタイミングが乏しいというか、立場の問題あるのだろうけどだらしのない姿を見せちゃいけないと思う気持ちが強くなってしまっている感じで精神的な疲労も中々のものである。

 別にそれを強いられているわけではないのだけどね。

 そこはこっちにも意地や面子ってもんがあるじゃない?

 そりゃ今更そんなことを言ってもしかたないのは分かっているのだが……それは置いておいて、しかしまあ何と立派な宮殿だろうか。

 グランフェルトやシルクレア王国の西洋風のお城とはまた違った学校で使う世界史の資料集で見る様な神秘的な雰囲気がありありと感じられる。

 この世界じゃ動かないから持ってくることすらなくなったわけだけど、もしも形態がポケットに入っていたなら空気を読まずに写真を撮りまくっていたことだろう。

 身の危険さえなければ本当に国外旅行でもしている気分になるぐらいには目を引く物が多く感じるのは日本人なのだから仕方あるまい。

 もうこの体験があるせいで将来外国に旅行に行きたいという願望や意欲を持たなくなってしまうのではないかというレベル。

 まあ、それも今更過ぎる話か。


「じき準備も整う。部屋で一休みとしたい気持ちもあろうが、すぐにまた出てくるのも億劫じゃろう。晩餐室で一息吐くがよいぞ。その間に諸々の用意も済むはずじゃ」


 宮殿を先導してくれたウィンディーネさんに続く形で柱廊を歩き、建物内部に入ってすぐ。僕達は大きな扉の前で立ち止まった。

 どうやらこのまま夕食という流れになるみたいだ。

 色々と予想外の展開ではあったけど、野宿せずに済むというのは何ともありがたい。

 そもそも荷物を減らすために水以外には大した食料も持ってきていなかったけど、これも予定に含まれていたのだろうか。

 宴云々は除いても、お母さんが神様であろうとなかろうと生まれ故郷であるならこの地で一泊というのはまあ当然の想定なので渡りに船という程に大袈裟な話でもないのだろうけど。

 とはいえ、お腹が空いていることに間違いはないながらも僕としては部屋で一休みしたいのが率直なところ。

 というかもうお風呂入って寝たい。出来れば個室で。

 勿論そこは空気を読んで口には出さないけど……きっと後者も叶わないんだろうなぁ。


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