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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑫ ~Road of Refrain~】
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【第十章】 断崖の国


「皆さーん、朝ですよ~。姫様~、コウちゃん~、起きてくださ~い」

 頭上で響いた柔らかな声が意識を呼び起こした。

 起床のタイミングに限れば聞きなれない声に沸いた少しばかり不思議な気分と共に重い瞼を開くと、目の前にはウェハスールさんがいる。

 ああ、起こしてくれたのか。

 やっぱりこの人はそういう役回りなんだなぁと起床することを決めると、瞼以外の重い感覚の正体を思い出した。

 一晩中そうだったのか、右腕は未だナディアの両腕に包まれており、反対側で寝ていたはずのエルはどういうわけか上逆さまの体勢で僕の膝にしがみ付いている。

 腕はまだしも、どういう経緯で膝十字固めみたいな状況が生まれたのだろうか。寝相が悪いとかいう問題ではない気がするぞこれは。

「ふわ~、おはようございます」

「はいおはよう~。ほらエル~、起きなさい~」

 にこりと挨拶を返してくれるウェハスールさんはこのアクロバティックな寝相にも慣れっこなのか、特に指摘するでもなく肩を揺すってエルを起こしている。

 その声に反応するかの様に、ナディアも小さな声を漏らして目覚めの時を迎えていた。

「……王子?」

 やはり普段そうではない人間が傍に居ると起き掛けの頭では違和感があるのか、僕と同様に理由を思い出すのに数秒を要した様子だ。

 慣れればそんなことは無くなるのだろうが、そりゃ不思議に思うよね。

 人どころか場所だって同じだ。

 見知らぬ場所、見知らぬ風景が寝起きの視界に入っただけで『あれ? なんで?』ってなるもん。

「……おはよう、ナディア」

「おはようございます、王子」

 ようやっと理解が追い付いたらしいナディアは満面の笑みを浮かべている。

 そしてきょろきょろと右に左にと視線を向けると、誰も見てないことを確認出来たらしくそっと顔を近付けてくるなり不意打ちで口付けをした。

「…………」

「うふふ♪」

 照れた風にはにかむと、ナディアは口元を抑えながらそそくさとベッドを出て行ってしまった。

 だから……不意打ちはやめてってば。

 いや、不意打ちをしない代わりに許可を求められたところで僕はきっとモゴモゴとどっち付かずの反応になるんだろうけども。

 などと、僕が呆けている間にも皆は着替えを済ませている。

 無論この室内で過ごすための部屋着などではなく、戦装束やローブという戦闘モードの格好だ。

 遅れて僕も着替え、それから皆で揃って朝食をいただく時間に。

 献立は特に味付けもしていない簡素なパンと牛乳である。

 一応はジャムやチョコレートは一緒に出されているけど、朝から甘い物ってどうにも気分じゃないんだよね。

 言わずもがなエルはべっちゃべちゃに塗りたくっているけども。

 起き掛けにそんなの食べたら胃が参っちゃって体調に悪影響が出るよ僕なら。

 なんて思っていたら、不意にそのエルがカップをこちらに差し出してきた。

「弟」

「どうしたの?」

「弟は体もちっちゃいしヒョロヒョロだからもっと牛乳飲まないと駄目だぞ。だからあたしのもあげる」

「……自分が嫌いなだけでしょそれ」

「そんなことないも~んだ」

 自分だって小柄で痩せているじゃないか。

 そんな発言は現代日本に生きる身としては有らぬ非難を呼びそうなので口にはしないが、僕も別に牛乳が好きというわけでもないんだけどなぁ。

 とはいえ捨てることになると勿体ないので仕方なく二杯目を飲み干すことに。

 まあ、きっとその場合にはウェハスールさん辺りが代わりに消化するんだろうけど、エルの好みなど誰よりも詳しいであろう中で敢えて牛乳を出すのだから飲んだ方がいいと判断しているのかもしれない。

 そう考えると甘やかして? 何でも許容してしまうのはよろしくなかったかな?

 そんなことに後から気付きつつも、朝食を終えるのだった。


          〇


 少しして、皆がすっかり出発の準備を済ませた頃。

 一人の兵士が目的地が見え始めたことを報告に来た。

 全員で部屋を出てデッキに上がると、なるほど確かに数キロ先にフローレシア王国が見えている。

 この世界では大きな国の大きな都市や町は城郭都市という敵の襲来に備え城壁に囲まれた形態であるのがほとんどだ。

 しかしながら世に異形の国と呼ばれるこのフローレシア王国は国そのものが十数メートルの壁に覆われているという、まさしく奇天烈な国家である。

 国土自体が小さいこともそれを可能にしている理由の一つなのだろうが、もう外から見たら国かどうかも分からない。

 中の様子が全く見えないためただ広大な海の真ん中に壁が立っているだけの風景だ。

 他国とは一切の関りを持たず、一切関わらせず、外部の人間全ての出入りを禁じているという鎖国的な方針や有り方の産物だというのは知っているけど、そのおかげというか、そのせいで鼻摘まみ者扱いをされているのだから難儀な話だと言えよう。

 勿論それは天界の神に従うべく存在する国家であり王家であるという歴史的背景があってのことだけど、その長きに渡る関係性すらも今この段階では破棄されているのが現状だ。

 そう考えるとこの鎖国主義も近い将来変化があったりするのだろうか。

 そりゃ単一の国の問題であれば可能性はゼロじゃないかもしれないが、これまた色々と複雑な背景があるので何とも言えない。

 天門を守るために作られた国がフローレシア王国であり、その管理や統治を担うのがフローレシア王家。

 そしてその天門を開くことが出来る力を持つ血統、つまりはナディアの一族だが、その一族の居場所として続いて生み出されたのがユノ王国だ。

 加えて、これはノスルクさんの書記にあった情報だけど、かつて天地分断の乱とかいう内乱の様なことが起き、天界から大量の人間がこの地上に流れて来たらしく、その人達が独自に作ったのが今話題のアルヴィーラ神国という国で、彼等は天界では離脱民と呼ばれ今でも半休戦状態というだけで双方が明確に敵対姿勢なのだとか。

 これは道中に聞いた話だけど、天門及びその管理者であるフローレシア王国を監視する名目でユノ王国が生まれたが、敢えて別の国として存在させた理由は結託させないためという理由らしい。

 その内乱があって以降、天門の管理者や天門を開くことの出来る者がアルヴィーラ神国に与すれば『攻めることはあっても攻められることはない』という揺るがぬ前提と絶対的な優位性が失われる。

 そういう考えがそこにはあったのだとか。

 ゆえにユノ王国は軍隊を持つことを許されず、代わりに有事の際にはフローレシア王国が出張って敵を退ける。

 それでいて同じ天界由来の国であってもそれ以外には極力接点を持たない。

 なんとも徹底した外敵対策であり、過剰とも言えるこの地上勢力への警戒だとも言えよう。

 そもそもとして、例の【人柱の呪い(アペルピスィア)】自体が最大の標的は大国や魔王軍ではなくアルヴィーラ神国だったのではという話もあるらしいし。

 そんなウン百年前の話は別にどうでもいいというか、僕には関係無いと信じたいところだけど……この抗争が終わってもアルヴィーラ神国との悶着が控えているって話も聞いちゃってるしなぁ。

 ほんと、いつ平和になるんだこの世界は……まあ、それを言ってしまえば曲りなりにも当事者の一人になっているか無関係が揺るがない立場なのかの違いというだけで地球だって一生争いの無い世界なんて実現しなさそうだから視点や立ち位置の問題であってどこの世も似た様なものなんだろうけどさ。


「宰相殿、小舟の準備が出来ました。大将殿の船からも万事滞りなくとのシグナルが出ておりますのでいつでもご出発していただけます」


 聳え立つ壁から数百メートルといった地点。

 全船が海上で停止して間もなく、兵の一人が僕の元へとやってきた。

 円形に広がる城壁、その一角にある出入口のための門は既に開いており、あちらも僕達の到着に気付くと同時に受け入れる意思を示していることが分かる。

 これ以上の接近は許されていないためここからは今下ろしてもらった小舟で入国することになっていて、その段取りが完了したという報告だ。

「分かりました。送っていただいてありがとうございます、帰りもお気を付けて」

「恐縮にございます。我等兵団員一同、宰相殿のご武運とご無事を祈っております」

 ビシッという音が聞こえてきそうな動きで兵士が敬礼をすると、周囲の兵もそれに倣って同じポーズで僕に視線を集めていた。

 その言葉にもう一度お礼を返し、ナディアが代表して謝意を述べたところで梯子を伝って目下に浮かぶ船へと順に乗り込んでいく。

 ボートという程には小さくないが、それでもこの人数が乗ればぎりぎり定員オーバーになっているぐらいには大きさはない。

 全員が座るとギュウギュウになってしまっているわけだけど、この状態で数百メートルを移動するのは結構大変そうだ。

 というか……。

「あれ? 櫂がありませんけど?」

 ここまで来たときの様に魔法の力で進んでいくのかと思いきやこの小舟には帆が無い。

 つまりは手で漕いで行くのだと考えていたのだが、所謂オールがどこにも見当たらないのはどういうことだろう。

「櫂は必要ありませんよ~。代わりにこれを付けていただきましたので~」

 ウェハスールさんが指すは船頭に固く結ばれた太い縄だ。

 輪になる様に、まるで馬車みたく引っ張って走らせるための物であるが如く。

 ん? 引っ張る?

「まさか……」

「ご明察です~。というわけでエル、お願いね~」

「まっかせといて」

 にかっと明るい笑みを向けると、エルはその縄を潜った。

 そして次の瞬間、何の前触れも無く宙に浮く。

 もうこうなってしまえば説明など不要。

 まさに馬車の要領で、宙に浮いたエルがそのまま縄を手に小舟を引っ張っていくのだ。

 さすがに僕を持ち上げた時程の速度は出ていない……のか安全のために速度を落としているのかは不明なれど、それでも時速二十キロぐらいは出ていて普通に早い。

 いやぁ……何度目になるかという感想だけど、その能力汎用性が高過ぎるよ。

 背後の船から上がる無数の驚きの声を背に、僕達を乗せた船はあっという間に城壁の一角にある門の方へと近付いて行く。

 そして直前まで来たところで僕の不安に反してしっかりと速度を落とし、ゆっくりと内側へと、それすなわちフローレシア領内へと到達した。

 これは余談だが、こんなことが出来るならグランフェルトからこの方法で来た方が早かったのでは? なんて素人考えは、時間や距離からして魔法力が持たないので無理があるとのことらしい。

 とんでもない能力を習得してしまえるぶっ飛んだ道具という認識のせいで失念しがちだけど、全てではないにせよその大半は使用者の魔法力に持続力が左右される物ということだね。

 僕の指輪は魔法力が無い人間仕様なので大助かりだ。

 これに限らず攻撃用、戦闘用に属さない物の多くと属する物にも一部は放っておいても勝手に魔法力を補充したり動力を確保する門もあるのだとかと聞いたけど、そこまでいくと生まれつき魔法力など持ち合わせておらず、また今後どれだけの鍛錬を積んでも生み出されることのない人種の僕にしてみればもうサッパリである。

「ご苦労様、エル」

「このぐらいの距離なら全然平気だよ」

 やがて船が完全に停止すると、ナディアがお褒めの言葉を添えてエルの頭を撫でたところで順に小舟を下りていく。

 港というには簡素で取って付けた様な、どちらかというと船着き場といった感じの木を組んで作られた足場が陸地まで続いておりその先には二つの人影が僕達を出迎えるべく待っていた。

 一人は少しばかり僕より歳が上の茶色いショートヘアで、白い刺繍が所々に施されているボタンの付いた黒い服にへその辺りに服の上から巻かれた白く太いベルト、そして同じく黒いズボンにブーツという、どこか軍服を連想させる厳つさを感じさせる風体の若い女性だ。

 両腕には(ゲート)である金色のブレスレットが見えていて、目に見える武器こそ持っていないながらも戦闘特化みたいな人物であり、口も性格も中々にキツいという印象ばかりが浮かんでくる名をオルガ・エーデルバッハという守護性の二番目を意味する【二番星(ズィオ)】の肩書きを持つ若き戦士である。

 そしてその横に居るもう一方。

 こちらも僕とそう歳の変わらない、おでこを出したセンター分けの肩に届かない程度の黒髪にペイントなのか刺青なのか、右目の下に外から赤青紫の大中小の三つの星が並んでいるという特徴的な外見に水色の半袖シャツ、下はショートパンツに膝までのロングブーツを履いていて、腰には青竜刀みたいな先端の方が面積のある剣が存在感を放っているラフな格好の女性だ。

 何よりも目立っているのは顔に描かれた星ではなくヘッドティカと言えば分かりやすいか、インド人とかが付けているような赤と銀のチェーンのアクセサリーを額の高さに巻いていて、丁度眉間の上あたりに黒いガラスのような粒が付いている門である。

 名はヴィクトリア・キース。

 守護星の三番手である【三番星(トゥリア)】の肩書きを与えられており、この人もクロンヴァールさんと平気でタイマンを挑みたがるぐらいに強く、性格はというとあくまで僕の見て来た限りでは大雑把というか気ままで気まぐれみたいな印象だろうか。

 皆で近付いて行くと、二人は一礼しエーデルバッハさんが先んじて挨拶の言葉を口にした。

「ようこそお越し下さいました。マリアーニ陛下、隊長、そして……………………………………小僧」

 小僧て。

 精一杯言葉を選んだ結果がそれかい。

「お出迎えに感謝致します。ナディア・マリアーニ以下四名、お邪魔させていただきます」

「オルガ、天子様のみならず今やこちらのコウヘイ様も同様に私の主君だ。お二方への無礼は控えよ」

「……承知しました」

 レイラに諫められ、エーデルバッハさんは到底素直とは言えない渋々感を露わにしつつも頭を下げた。

 その最中にものっすごいこっちを見てたんですけど。何か僕が睨まれてない?

「つーわけで挨拶も済んだことだし城まで案内させてもらうぜー。まずは王様んとこだ、馬車を用意しているから後に続いてくれ」

 対照的に敬意の欠片も無い馴れ馴れしい言葉遣いのキースさんだったが、そのおかげで逆にピリッとした空気も有耶無耶になってくれたので敢えて何も言うまい。

 そんなわけで無事に上陸した僕達五人は揃って馬車へと乗り込み、砦も基地も無いこの国の唯一のお城へと向かうのだった。


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